呪術廻戦 -0 GAME-   作:柴猫侍

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最終話 マモリと双子

 

 

 

 領域展開。

 それは呪術の極致であり、類稀なる天稟に恵まれた呪術師の中でもほんの一握りしか会得することの叶わぬ、まさに奥義中の奥義。

 

 だが、過去において領域はもっとスタンダードな技術だった。

 現代の術師や呪霊の扱う『必殺必中』から『必殺』を省き、術式(ルール)を強制する『必中』に焦点を当てていたからだ。

 

 『魔守禍去(まもりかざり)』もその内の一つ。

 

 『必殺必中』より『必殺』を省いた()()()()()

 ただし、『魔守禍去』が重きを置くのは術式(ルール)の強制ではない。

 

(領域内には真依と霞……それに加茂も居る)

 

 黒沐死の領域内に自分の領域を展開したマモリは、まず仲間に群がる蜚蠊の除去に移った。

 かかった時間はものの数秒。数千、あるいは数万にも及びかねない蜚蠊の大群の全てを『必中』が付与された糸によって引き剥がしていく。

 

 が、

 

『何ヲ スル』

 

 餌を奪われた食欲の魔物が憤る。

 

『私ノ 好キナ 味ヲ 奪ウナッ!!』

 

 黒沐死は再び単為生殖によって生み出した蜚蠊を、倒れた京都校の面々に仕向ける。

 すでに血塗れで抵抗する力も残されていない者にとって、それは死神の列に見えたであろう。

 

『……?』

 

 しかし、違和感。

 触角をピクリと動かした黒沐死であったが、直後に億千万の児を押し返す波濤が殺到した。

 

───『大河』

 

 川を模した糸の象形。

 それによって生み出される激流は、迫りくる黒い葬列を圧倒的な質量を以て押し返す。

 

『私ノッ』

「うるさい」

『!!!』

 

 押し寄せる大河に対し、領域に付与された術式より児を生み堕とそうとした黒沐死であったが、思うように術式が発動しない。

 その間、大河を割いて現れたマモリが黒沐死の胴体に強烈な攻撃を見舞った。

 吹き飛ばされる黒沐死に、間髪入れず冷気が襲い掛かる。

 

───『箒星』

 

 大河に巻き込まれた蜚蠊が漏れなく凍結し、次の瞬間にはバラバラに砕け散っていく。

 

『ドウ シテッ』

 

 領域に付与された術式が発動しない。

 それが意味するところは、領域同士の押し合いの敗北。

 

 だがしかし、黒沐死は自身の領域が未だ消えていない事実に困惑していた。

 

『ドウ シテッ』

「自分の領域の手応えがないのが不思議か?」

 

 またもや懐に潜り込んだマモリの拳が、今度は黒沐死の顔面を捕らえる。

 殴り飛ばされた黒沐死は我が子同然の蜚蠊を潰す寸前、背中の翅を羽搏かせた。しかし、いつの間にか足に絡まっていた糸によりそれほど高度を上げることは叶わない。

 

 いや、そもそも───。

 

「俺達の領域は『必殺』を省く他に、色々“縛り”を設けてる」

 

 黒沐死を逃がさぬよう絡ませた糸を、マモリは力の限り手繰り寄せるマモリ。

 そうして自身の傍まで引き寄せた害虫に、彼は語り掛けるよう言葉を続けていった。

 

「“範囲”。“時間”。そして、生得領域を出力する結界の“素材”……ギリギリまで切り詰めた“縛り”で生み出す俺達の領域は、対領域戦において本領を発揮する」

『ドウ イウッ』

「分からないか?」

 

───領域の“中和”だよ。

 

 限界まで手繰り寄せた黒沐死の顔面へ、マモリは再び渾身の拳を叩き込んだ。

 今度こそ黒光りする害虫は地面に叩きつけられ、地面を這っていた蜚蠊を数百ほど轢き殺していった。

 

 そんな黒沐死の肉体も、すぐさま領域の外殻たる壁に衝突する。

 糸を幾重にも重ねたような白い壁であるが、激突した黒沐死は壁に伝播する僅かな振動に気づいた。

 

『コレ ハッ』

 

 ()()()()()

 外殻に押し寄せる無数の呪力の気配。

 

 前提の話をしよう。

 術師同士が領域展開をした場合、競合する領域同士でも土台となる領域の外殻は、先に展開した領域の方となる。

 

 今回、先に領域を展開したのは黒沐死。

 マモリはその後に領域を展開した。

 

───()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『ソウ イウッ』

「言ったろ」

『!』

 

 時間を縛ってるって、と。

 淡泊な声色ながら、凄みを感じさせる威圧感を放つマモリが、カザリの片手と絡ませた糸で再び象形を形作る。

 

「───『蝤蛑(がざみ)』」

『!!』

 

 刹那、一本の糸が閃いた。

 黒沐死は反射的に体を逸らす。次の瞬間、彼の頭部から伸びていた触角の一本に鋭い斬撃が走り、いとも容易く切り飛ばされた。

 

『~~~!!!』

 

 感覚器の一つを切断され、黒沐死が声にならない苦悶の声を漏らす。

 特級ほどの呪霊ともなれば、手足の一本や二本切り飛ばされたところで再生するなど訳はない。

 

 ただ、痛みはある。

 苦痛に伴う僅かな硬直。時間にして一秒にも満たない間に、眼前の害虫を駆虫しようと白い少年は駆け出した。

 

 動き出そうとする黒沐死。

 しかし、倒れた際に絡まった糸がそれを許さない。

 

───『魔守禍去』は、狭義の意味における領域ではない。

 

 理由として挙げられるのは、生得領域を出力する結界の外殻にある。

 領域展開の難易度を跳ね上げる要因の一つにあるのが、『現実空間にスケールの違う疑似空間を重ねる感覚の掴み難さ』だ。

 こればかりはどれだけ死線を潜ってきた術師と言えど、生来のセンスに依ってしまう。

 

 だからこそ、『魔守禍去』は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 現実空間の領域への転用。これは領域展開を習得する上で有用な手段の一つと言えよう。

『魔守禍去』の場合、領域の範囲を決める外殻を自身の術式によって生成する糸に限定している。構成素材の“縛り”は、閉じ込めることに特化して外側からの侵入に耐性がない領域の外殻強化に貢献するのだ。

 さらに、あえて範囲を限定するという“縛り”が領域制圧の強さに後押しをかける。

 

(外の蜚蠊が糸を食い破るまで……3分ぐらいか。───十分だ)

 

 つまるところ、『魔守禍去』は相手の領域内において完全に隔絶された領域を生み出すことに真の意味を見出している。

 相手の領域も必中も必殺も意味をなさない空間。外殻たる糸の繭を破壊されぬ限り、相手は多大な呪力を浪費する羽目となり、かと言って領域を解除すれば一時的に術式が焼き切れた状態で巣の主と対峙する運命を辿る。

 

 この領域の発祥は平安まで遡る。

 魑魅魍魎が跋扈する呪術全盛の時代において、藤氏直属暗殺部隊『日月星進隊(じつげつせいしんたい)』を始めとする呪術師の多くには領域の使い手が存在していた。

 故に、敵対する家の呪術師や天皇に恭順せぬ土着の士豪『まつろわぬ民』は、領域の使い手への対抗手段として『彌虚葛籠(いやこつづら)』や『落花(らっか)(じょう)』といった領域対策を発展させてきた。

 

 ある意味で『魔守禍去』はその完成系の一つだ。

 

 魔から守り、禍を(のぞ)く。

 

 故に『魔守禍去』。

 現代まで連綿と受け継がれてきた『ふたりあや』の相伝領域。

 

 しかし、これはあくまで狼煙に過ぎない。

 

「いこう、カザリ」

 

───うん、お兄ちゃん。

 

 糸が振動し、少女の声が響き渡る。

 

 直後、親を守ろうと黒い波濤が迫ってくる。

 全てが蜚蠊で形成されている波濤は、たとえ一級術師でも飲み込まれれば無事では済まない。付け加えて言えば、広い攻撃範囲を持たなければさらに厳しい戦いを強いられるであろう。

 

───『大河』

 

 その点、マモリは蜚蠊の軍勢を突破し得る要件は満たしていた。

 一級に裏打ちされた実力。術式による十分な攻撃範囲。

 

 ただし、それはあくまで()()()()()()()()()()に限定される話である。

 

『ナッ ゼッ』

 

 瞠目する黒沐死が目撃したものは、激流を追ってくるマモリ、

 

 

 ではない。

 

 

 

───『“嗢鉢羅(うばら)” “青蓮(しょうれん)” “瑠璃(るり)(いと)”』

 

 

 

 澄んだ声で呪詞が紡がれる。

 術式を発動するべく詠われる言霊、それこそが呪詞。呪術を究めること、それすなわち引き算であり、術式を構成・発動させるまでの呪詞や掌印といった手順をいかに省略できるかで術師の腕は決まる。

 しかし、あえて完全詠唱する───呪詞を省略しないという“縛り”により、術式の効力を引き上げることもできる。

 

───『箒星』

 

 完全詠唱により解き放たれる冷気。

 触れるものを引き裂かんばかりの極寒の突風は、すでに濡れていた蜚蠊の大群をみるみるうちに凍てつかせ、芯からその命を絶ち切っていく。

 

 黒沐死も例外ではない。

 呪力により何とか防御したものの、それでもやはり表面の凍結までは防げない。一瞬の硬直。その隙を衝くように、マモリの拳は黒沐死の胴体を叩いた。

 分厚いガラスが割れるような音が領域内に木霊する。そして、凍てついた外殻が砕け散り、剥き出しの筋繊維が冷気に晒された。

 

『~~~!!!』

「薄ら笑いが消えてるぞ」

 

───『“龍頭(りゅうず)” “銀鱗(ぎんりん)” “閼伽(あか)(みず)”』

 

 再び詠われる呪詞。

 しかし、それは少年の口より紡がれる声ではない。

 

───『大河』

 

 少年よりももっと澄み渡る高い声。

 琴の弦を爪弾いたような声の主は他でもない。一糸まとわぬ白い少女───カザリが、両手に作った掌印と共に、呪詞を紡いでいたのである。

 

 呪詞と掌印により100%の効力を発揮する大河蜚蠊の軍勢を襲う。

 いかに呪力で強化されていようと、水の流れというものは想像以上に強烈だ。1メートルの津波でさえ人の命を奪うに十分な威力を持つ波濤は、それよりも小さい蜚蠊を攫うなど訳はない。

 

 雑兵を一蹴してしまえば、残るは親のみだ。

 

『ギキィ!!!』

「喚くな」

 

 爛生刀を振り翳す黒沐死であったが、それよりも早くマモリの前蹴りが炸裂する。

 射出される卵嚢も、必中の領域内では脅威足り得ない。射出された傍から糸に絡め取られ、中身の幼体は一瞬の内に縊殺される。

 

「鉄の味が好き……だったか?」

『~~~!!!』

「だったら死ぬほど喰らわせてやる」

 

 お前のをな、と。

 呪力を纏った拳が、黒沐死の顔面を抉った。

 

───『“五重(ごじゅう)” “金縛(きんばく)” “(くがね)卒塔婆(そとば)”』

 

 そして、追い打ちを仕掛けるようにカザリが呪詞を紡ぐ。

 本来呪詞とは術式を持つ術師以外が唱えても意味がない代物だ。出力される術式に対応した言霊に呪力を込めるのだから当然である。

 

 ならば、どうして彼女は詠うのか?

 

 理由は明快だった。

 彼女もまた、ふたりあや(じゅつしき)を持つ術師に他ならないからだ。

 

───『鉄塔』

 

 呪力によって顕現された鉄の棒が、昆虫針のように黒沐死を貫く。

 これは夢でも幻でもない現実の光景だ。黒沐死を縫い留めたカザリは、全身に呪力を漲らせる兄に向かって呼びかける。

 

───お兄ちゃん、今だよ。

 

「あぁ……!!」

 

 全身全霊の呪力を以て。

 

「お兄ちゃんは頑張るぞッ!!!!!」

 

 間もなく、そうはさせまいと生き残った子の蜚蠊が彼目がけて集まってくる。しかしこれの排除に当たるのがカザリだった。

 

 いかに親の血を引いていたところで術式を継ぐかは天運が定めるところだ。

 これを『ふたりあや』は術式を血に依るものではなく、呪物(マモリ)を作る儀式の統一化によりクリアしていた。

 

 しかして、呪術はより深淵に嵌まる。

 

 呪術に精通する者の中でも一部の者しか知らぬ受肉体の特性がある。

 それは“()()()()()()()()()()()()だ。

 きわめて稀な事例であり、詳細な過程も完全には解析されていない事象。唯一判明していることと言えば、受肉してからの時間が関係していることぐらいだろうか。

 

 マモリとカザリが一つとなってから3年の時が流れた。

 受肉した当時、呪いへの耐性がないことから意識が魂の奥深くへと沈んでしまっていたカザリであるが、彼女に受肉したのは他でもない血の繋がった双子の兄。それも一卵性双生児だった。

 

 呪術において、一卵性双生児は同一人物と見なされる。

 本来一つとして生まれてくるはずだった二人は、霊魂からして受肉体と“器”としての適性が飛びぬけていたに違いない。

 

 故の、必然。

 故の、『ふたりあや』。

 

 彼は、彼女は。

 生まれ墜ちた瞬間より、一つに還ることを運命づけられていたのかもしれない。

 

───『“摩天(まてん)” “八葉(はちよう)” “(ぎん)(しろ)”』

 

 か細い指が白い糸を絡め取る。

 

───『富士』

 

 結ばれた糸に奔る呪力により術式が発動。

 しかし、それは今迄のような地面の隆起に留まらない。

 

 ()()

 そう形容するに相応しい地面───もとい、領域の基盤を形成する糸の爆発が黒沐死の体を直撃した。

 衝撃、続けて摩擦による熱。休む間を与えぬ怒涛の攻撃に対し、無防備を晒した黒沐死には子供の蜚蠊も近寄れない。

 

 そこへ───。

 

「スゥーーー……」

 

 拳を握る少年が構えた。

 彼の拳に漲る呪力は一振りの刀を彷彿とさせるほど研ぎ澄まされている。

 呪力の根底にあるのは負の感情。怒りや憎しみといった類のものだ。

 

 つまり相手に怒れば怒るほど、憎めば憎むほどに呪力は漲っていく。

 

 この瞬間、少年の全身を満たしていたのは眼前に佇む不倶戴天の虫に対する殺意。仲間を傷つけ、血を流させた呪いへの忿怒と憎悪だった。

 

(真依……メカ丸……霞……)

 

 マモリにとって、京都校の皆は生まれて初めてできた友達だった。

 血の繋がった兄妹でも、疑似的な家族でもない。

 純粋に『葛城マモリ』という個人を見てくれた他者、それが高専の皆だ。

 

 最初は妹の願いを叶える為。

 せめて、この体で学校を卒業しよう───その一心での高専入学だった。

 

 けれども、彼らと出会い“欲”が生まれた。

 できる限り同じ時間を共にしたい。そう思えるような人々に出会ったことで、葛城マモリという人間は本当の意味で産声を上げたのだ。

 

 同時に抱いた感情は、ともすれば家族に対する漠然とした特別視に近かったのかもしれない。

 

 子供に親は選べない。

 子供に家は選べない。

 生まれてからずっと過ごしてきた空間こそが、当人にとっての当たり前になってしまうものだ。

 

 当たり前に他者を思いやる空間。

 そうだ───高専こそがマモリが真に家族と認める居処足り得た。

 

 だからこそ、家族を脅かす外敵は何よりも許し難かった。

 

 研ぎ澄まされた呪力(さつい)に、余計な邪念が入り込む隙はない。

 

───祓う(ころす)

 

 その純真に満ちる殺意は、マモリが意識するよりも早く拳へと到達した。

 

 

 

 そして、黒が爆ぜる。

 

 

 

黒閃(こくせん)

 

 

 

 百万分の一秒に瞬く黒い火花が、純白の空間に大輪を咲かせた。

それは盾として構えられた爛生刀の刀身諸共、黒沐死の腕を打ち砕く。

 

『~~~!!!???』

 

 黒閃の威力は平均で通常の2.5乗。

 倍を遥かに上回る上昇率は、想定していた威力から身を守る為に張り巡らされていた呪力を軽々と上回る威力を発揮する。

 意趣返しと言わんばかりに腕を砕かれた黒沐死は、尚も全身を駆け巡る呪力と衝撃の余韻にうめき声を漏らしていた。

 

『ギッ ギッ ギッ !!!』

 

 しかし。

 人ならば誰もが思い知る彼の者の生命力。

 

『ワタシッ ハッ』

 

 砕かれた腕の断面は、すでに再生の兆しを見せている。

 彼の者は頭を潰されたところで即死しない。何故ならば、脳とは別に腹部に存在する神経節が第二の脳の役割を果たしているからだ。

 

 人が蜚蠊を畏れるが余り生まれた黒沐死も同じ。

 

『鉄ノ味 ガッ』

 

 たとえ人類が滅んだとしても、奴等は絶滅することはない。

 

『好゛キッ   ゛』

 

───しかし、それはあくまで種全体としての話。

 

 

黒閃!

 

 

 眼前の敵の殺すに不足はない。

 振り被った拳が黒沐死の顔面に届いた時、二度目の黒い火花が瞬いた。爆裂する呪力の閃光によって、不快で貪欲な顔面の半分が消し飛ぶ。

 

 半分となった世界を目の当たりにし、黒沐死はたたらを踏んだ。

 いいや、理由はそれだけではない。

 三発目が───来る。

 

 

黒閃!!

 

 

 今度は左腕。

 右腕の再生は間に合わない。

 

 

黒閃!!!

 

 

 身を捩り回避されるも、今度は肩ごと抉る。

 

 黒閃を狙って出せる術師は存在しない。

 しかし、一度黒閃を決めた術師の集中力は極限まで研ぎ澄まされる。

 

 となれば“必然”。

 呼吸のように廻る呪力は、意識よりも早く在るべき場所に向かって行く。

 

 ヒマワリが太陽の方に向くように。

 歴然とした結果が、目の前に広がる。

 

 

黒閃!!!

黒閃!!!

黒閃!!!

 

 

『ッ ッッ ッッ~!!!』

 

 声にもならない悲鳴を漏らす黒沐死。

 何度も爆ぜた黒い火花を前に、彼の肉体は満身創痍を晒していた。再生の為に廻らせる呪力以上に、肉の断面から溢れる体液の量の方が多い。

 

 最早、黒沐死は風前の灯火だった。

 再生よりも早くもたらされる徹底的な破壊。生命として持ちうる生存本能が訴える危機感に、複数の眼球が合体した黒沐死の複眼が見開かれる。

 

『ギッ キ ギッッ ギィイアアアアアアア!!!』

「!」

 

 耳を劈く断末魔を上げる黒沐死の肉体から、突如として黒い奔流が噴き上がる。

 それは親である黒沐死の肉体を貪り増殖した蜚蠊の群れ。我が身を喰らわせて増やした黒い軍勢は、怒涛の連撃を仕掛けていたマモリの視界を埋め尽くす。

 

『“(くらい)” “(くらい)” “(くらい)”』

 

 遅れて響く呪詞により、二体の式神が左右から現れる。

 

───『土中蠕定(どちゅうぜんじょう)

 

「往生際が……ッ!」

 

 語気を苛立たせながら、マモリは指先から射出する糸で式神を貫く。

 そのまま手繰り寄せるようにしてぶつけ合わせれば、双方の同時破壊を完了する。

 

 唯一想定外であったのは、その結果だ。

 

「っ!」

 

 破壊された式神から飛散する体液が、マモリの視界を奪う。

 元より破壊されることを前提とした目くらましだったのだろう。視界を潰されたマモリは霞む視界の中で黒沐死を探す。

 

───お兄ちゃん、こっち。

 

「……ああ」

 

 だが、彼は一人ではなかった。

 双子の片割れが糸を引いて、討つべき敵の方角を教えてくれる。目が視えずとも全幅の信頼を置くに値する導きのままに、マモリはありったけの呪力を拳に込める。

 

「ありがとう、カザリ」

 

 霞む視界の中、黒が迫ってくる。

 全てが新たに生み出された蜚蠊だとは言われるまでもなく理解できた。

 

───『“四方(しほう)” “七宝(しっぽう)” “魔訶(まか)金剛(こんごう)”』

 

 だが、マモリの前進は止まらない。

 紡がれる妹の声を聞いた彼は、むしろグンと歩幅を広げた。

 

───『巣掻(すがき)

 

 迫る黒を阻むべく現れる放射状の糸。

 まるで蜘蛛の巣の如く拡がった包囲網は、兄への横槍を許さないと言わんばかりに黒の軍勢を食い止める。

 

───お兄ちゃん。

 

 呪詞でもなんでもない妹の声。

 しかしそれは兄にとって何よりも心強い声援に他ならなかった。

呪力とは違う力が込み上がるのも束の間の出来事。

 

 

 

───大好き♡

 

 

 

「カザリぃーーーーーッッッ!!!!!」

 

 

 

黒閃!!!!!

 

 

 

『ギヂュ゛!!!???』

 

 大爆発。

 そう形容するに相応しい呪力と感情の瞬きに、黒沐死の肉体が爆発四散する。幾度となく黒閃を浴びた肉体は最早再生することもままならず、汚らしい肉片となり領域に散らばっていく。

 

「フゥー……ッ」

 

 滝のような汗を垂れ流すマモリは息を整える。

 数多の“縛り”で必要な呪力量を押さえても消耗の激しい領域展開に加え、カザリを具現化の為に人間一人分を再生する反転術式を用いた。

 たとえ元の呪力量が足りていたとしていても、当然の消耗具合だと言えよう。

 

(まだだ……まだやることが……)

 

 ゆらゆらと。

 覚束ない足取りで向かう先は、一度黒沐死の領域によって無数の蜚蠊に襲い掛かられた真依達の下だ。

 内臓などの重要器官までは食い破られていないが、それでも全身を齧られた彼女達の傷は浅くない。

 

(せめて、皆の手当を───)

 

 膝をつき、血塗れの真依を抱き上げる。

 そのまま領域を解除し、手当に移ろうとした。

 

 

 

 

 

『───ワダシ ハッ゛!!!

 

 

 

 

 

 次の瞬間、空から黒い影が飛び掛かってきた。

 真冬の寒空を覆い尽くす程に膨れ上がった蜚蠊の大群を引き連れる呪霊───それはたった今祓除したはずの黒沐死だった。

 しかし、正確には同一の個体という訳ではない。死ぬ直前に単為生殖を果たし、新たに誕生した黒沐死の子。それこそが目の前の呪霊の正体である。

 

 親の死を境に、親が受けていた恐れは子の方へと注がれる。

 故に、その強さはなんら親と遜色ないものへと昇華していた。

 

 敵は万全。

 対して、マモリは満身創痍。

 

「……はっ」

『鉄ノ゛ッ 味゛ガッ !!!』

「まったく」

『好ギダァァァアアア゛ア゛ア゛ッ゛ッ゛ッ゛!!!!!』

「───俺も、大好きだよ」

 

 吼える黒沐死に、マモリは囁いた。

 だがそれは目の前の害虫などに対してではない。

 

『───』

 

 生れ落ちたばかりで飢餓状態だった黒沐死。

 その本能に正直なはずだった食事の手が、止まる。

 

『……?』

 

 周りにも目を向ける。

 やはり止まっていた。『魔守禍去』の外殻に阻まれ、領域と領域の間に閉じ込められていた蜚蠊達が。

 

 そして、崩れていく。

 

『───ッ!!!???』

 

 黒沐死の誤算。

 それは領域を解除したマモリが無防備になると思い込んでしまっていたこと。

 これ自体は間違いではない。領域展開後、肉体に刻まれた術式は一時的に焼き切れてしまうことは、自身も領域の使い手であることから理解していたからだ。

 

 だからこその急襲。

 完璧なタイミングのはずだった。

 

 ただ一つの誤算───()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

───術式反転

 

 兄が血濡れの友人を抱き上げる間、妹は掌印を結んでいた。

 

 マモリとカザリは二人で一人。

 しかし、それはあくまで『ふたりあや』の使い手としての話。

 術師としてのマモリとカザリは、それぞれが独立した存在だ。

 

 そして、黒沐死にとって何よりも誤算であったのは───。

 

 

 

───()()()()

 

 

 

 兄と妹。

 その双方が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 糸を『紡ぐ』術式の順転、『(しろ)』。

 対して糸を『解く』反転、『(くれない)』。

 

 そしてこれは、人の身にのみ許された()()()()()()

 

 紅の糸が白波となって拡がる。

 まるで血を吸った蜘蛛の巣のように。

 

 

 

───『紅蓮白海(ぐれんびゃっかい)

 

 

 

『キ  ゛  ッ   ?』

 

 ただでさえ呪力の消費が尋常でない反転術式。

 生み出した正のエネルギーを注いだ術式反転。

 極めつけに呪力を湯水の如く要する領域展開。

 

 領域が構築されたのは刹那にも満たぬ時間だった。

 しかし、その間にも付与された術式が発動される。

 『紅』が有するは糸状への分解。付与された術式は必中のみであったが、結果は言うまでもなく───必殺。

 

 

 

『  ァ  』

 

 

 

 のべ、2兆4863億9932万4980匹の蜚蠊。

 

 

 

鏖 殺

 

 

 

 毛糸玉から糸端(いとぐち)を引っ張り出したように、黒沐死を含めた蜚蠊の群れが糸状に解かれていく。

 断末魔すらも許さない瞬殺に、空を埋め尽くしていた黒い雲は跡形もなく消え去っていた。

 

「……ありがとう、カザリ」

 

 自分と友達を守ってくれた最愛の妹へ礼を告げる。

 それに妹は少しはにかんだ。

 すると間もなくして、彼女の肉体がはらはらと解けていく。

 一糸まとわぬ肢体は、美しい白と紅の糸へ。幻想的ながら風に吹かれて消えゆく妹の体を前に突っ立っていることしかできないマモリであるが、彼は相も変わらず淡泊な反応を浮かべていた。

 

「……じゃあ、また」

 

 ぎこちない笑顔を見せれば、応じて妹も笑顔を浮かべる。

 そうして少女の残滓が消え去った後、彼は目の前の少女を抱きしめ、冷え行く体温を感じ取った。

 

「俺も……すぐ向かうから」

 

 マモリにとっては初めての京都の冬の年。

 その日は大層寒く、いつの間にか雪も降り始めていた。

 あちこちで鳴り響いていた戦闘音も時間と共に収まっていき、次第に穏やかな静寂が訪れる。

 

 

 

 そして、寒空の中を漂う白い息が一つなくなった。

 

 

 

 ***

 

 

 

『えぇ!!? ケーキを食べたことないィ!!?』

 

 素っ頓狂な驚きの声を上げたのは霞だった。

 驚天動地を顔に描いたようなオーバーリアクションを取る彼女に対し、言われた当人は呆れた溜め息を吐きながら答えた。

 

『えぇ、そうだけど?』

『貧乏な私の家でも食べてたのに……!!』

『新手の煽り?』

 

 そういう訳じゃ……と訂正する霞であったが、やはり驚きは隠しきれない様子だった。

 発端は12月頭。西宮の提案でクリスマスパーティーをやることに決まってからだ。

 

 折角ならば皆で美味しく食べられるケーキを決めよう。

 そんな考えから同級生にリクエストを聞こうとした霞の出鼻を挫いたのが、今目の前に居る真依である。

 

『ショ、ショートケーキも……?』

『ないわ』

『チョコケーキもチーズケーキも?』

『ないったら……あ、』

『あっ! でもホットケーキは無し! あれはケーキはケーキでもケーキに非ず的な……』

『……ホットケーキもないわよ』

『うぇええぇえええ~~~!!?』

 

 驚き過ぎて腰を抜かす。

 それは霞にとって初任務で呪霊に遭遇した時以来の出来事だった。

 

『に、日本人なのにケーキを嗜んだことが……ない!?』

『流石にあるわよ。霞と桃とカフェに行った時とか』

『逆に言ったらそれ以外無いってことじゃ!!?』

 

 つまり、高専に来るまでは食べたことがないという意味であり、霞は三度腰を抜かした。

 しかし、これも真依のバックボーンを考えれば理解はできる事情であった。

 彼女が生まれたのは呪術の名門、禪院家。『禪院家に非ずんば呪術師に非ず、呪術師に非ずんば人に非ず』と謳う彼女の家は、時代錯誤も甚だしい前時代的な男尊女卑の家柄であった。

 

 加えて彼女は双子であった。

 呪術師にとって双子は凶兆。せめて才能さえあれば良かったものの、彼女達はそれすらも持ち得ずこの世に生を授かった。

 

 そんな彼女達がどのような扱いを受けてきたか、想像に難くはないだろう。

 

 そもそも誕生を祝福されてなどいない。

 実の親すらから『生まれてこなければよかった』などと吐き捨てられる彼女達が、一般的な家庭にあるような誕生日や聖夜にケーキを食べる文化には触れる機会はなかったのだ。

 

『あ、俺もない』

『こっちにも居たぁーーー!!?』

 

 そこへ更なる爆弾が投下された。

 ここは教室。何も用がなければ同級生で屯う憩いの場だ。

 当然、用事もなければアクションを起こすことがないマモリもまた席に着いていた。

 

『な、なんです!? これがカルチャーショック……!? 異文化交流!?』

『誰が異人よ』

『ケーキ……ケーキか。今から買って食べてみるか。メカ丸、行こう』

『俺は食えんと言ってるだロ』

 

『ちょっと待ったぁー!!』

 

 マモリとメカ丸が見慣れた漫才を始めかけた直後、霞が大声を上げる。

 

『折角ですし、初めて食べるんだったらクリスマスに皆で囲んで食べましょう! 真依も! ね!?』

『だからケーキは食べたことあるってば』

『カフェで食べるケーキとクリスマスケーキは別なんです! それに誕生日ケーキも!』

 

 鼻息を荒くし、興奮した様相を呈する霞。

 そんな少女の勢いに珍しく圧倒される真依とマモリの二人は、なんともいえぬ表情で見つめ合った。

 

 しかし、妙に張り切る霞の姿が微笑ましくて自然と頬が綻んだ。

 

『よーし! 今年のクリスマスは皆でケーキ食べるぞー、おー!』

『任務が被らないといいな』

『ちょ……そんなこと言わないでくださいよ』

『なんでだ?』

『そんなこと言ったら本当に任務が来そうじゃないですか~!』

 

 空気の読めぬマモリの一言に、霞の目には涙が浮かぶ。

 それがまた面白くて真依はくすくすと笑った。

 

 高専に入ってから早数か月。

 同級生は少なく、上級生は何かと濃い面子が揃っている。

 けれども同性の友人とは仲良くなれて、異性の友人ともそれなりに仲良くなれたという自負はあった。

 

 今迄の人生の中で一番充実していると言っても過言ではなかった。

 

『ほんと、アンタ達ったら……』

 

 願わくば、いつまでも一緒に居れればと。

 心の底から、そう思っていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「───ぅ……ん……」

 

 身体が冷たい。

 突き刺すような寒さが堪える。

 

 しかし、その感覚こそが己の生きている証拠だと理解し、真依は重たい瞼を開けた。

 

「こ、こは……?」

 

 霞む視界には気を失う前───もっと言えば、黒沐死の領域に閉じ込められる前の京都の街並みに似た光景が広がっていた。

 

「わた、し……生きて……───!!?」

 

 鈍い思考が急速に回転数を上げる。

 ズキン、と頭が痛むがそれは無視した。

 

「マモリはっ……!!?」

「真……依……?」

「!!?」

 

 体を起こそうとした瞬間、自分の頭が何者かの膝枕にあずかっていると気付き、視線をそのまま上へと逸らした。

 そこには白皙の美貌に血化粧を施す少年が、こちらを覗き込むように項垂れていた。

 

「目ぇ、覚め……」

「貴方……呪霊は!!? あの後どうやって───ッ!!?」

 

 痛む体に鞭を打ち、何とか座る姿勢まで移行する。

 その際、自身の手が自然と彼の手を掴んでいた。彼が逃げぬようにと無意識の内に繋いだ手であったが、異様に冷たい。

 

 まるで、血が通っていないような体温。

 

 いくらなんでも、どれだけ長い時間寒空に晒されていればこうなろうか?

 

「───ま、い」

「な、何よ?」

 

 今にも消え入りそうな声に、真依は平静を取り繕うのも忘れて耳を近づける。それくらいせねば聞き取れぬ声量。

 同時に、耳を撫でる息のか細さに全身が総毛だった。

 

 一言一句聞き漏らしてはいけない。

 そんな悲痛な覚悟が真依の胸を満たしていく中、聞いた言葉は───。

 

「ケーキ……おれの分、食べて、いいから……」

 

 信じられない内容だった。

 

 ケーキ?

 まさか、クリスマスケーキのことか?

 

「貴方……何ふざけたこと……!!?」

「あと、さ……まいの、姉ちゃん……」

「……真希のこと? 真希がなんだって───」

「仲直り」

「!」

 

───できるといいな。

 

 そう言ったような気がした。

 最後の方は、正直聞き取れなかった。

 

 だからこその推測。

 だからこその疑問。

 

「ねえ、ちょっと」

 

 だが、その疑問は永遠に解けることはない。

 

「マモリ」

 

 いくら肩の彼を揺らしても、紅玉のような彼の瞳の焦点は合っておらず、虚空を見つめるばかりであった。

 肩に降り積もった雪で、どれほどの時間を彼が自分達を見守るかに費やしていたかが分かってしまった。

 

 もっと早く目覚めていれば聞けただろうか?

 もっと己が強ければ答えを知れただろうか?

 

「ねえったら」

 

 しかし、ボロボロな彼の体に相反して綺麗に治癒された肉体は、そのどちらも成し遂げるには至らなかった。

 

「マモリ」

 

 いくら呼びかけても彼は答えない。

 いくら呼びかけても彼は戻らない。

 

「……嘘吐き」

 

 その日の京都は寒かった。

 彼がくれた体温を奪われてしまうようで、痛くて堪らなかった。

 

「守るって約束したじゃない」

 

 

 

 ***

 

 

 

 月日は廻り、1月となった。

 

『……あの子は命を懸けてアンタ達を守った。それだけは事実よ。たとえ受肉体だったとしても、あの子の担任として私はあの子を誇りに思う』

 

 アイツがくれた分のケーキは結局手をつけられなかった。

 けれど、痛めて捨ててしまうことがどうしようもなく耐えられなかった。

 

 だから、自分の分と合わせて霞の弟に上げた。

 『お姉ちゃんの同級生がくれたんだよ。大切に食べなよ』って、あの子は言ったらしい。

 

 寒さが厳しさを増す2月。

 

『正直、マモリが最期まで何を考えてたかは分かりません……けど、今ある命はマモリが守ってくれた分だから。その分は精一杯生きようって』

 

 霞は一層稽古に励むようになった。

 弱い自分を変えたいんだとか。

 あの子らしい真っすぐで素直な気持ちを聞いて、私は心底自分の性根が嫌になりそうだった。

 

 梅が花をつけ始めた3月。

 

『俺は呪骸を捨てる“縛り”で加茂を逃がしタ。だが、この程度命を捧げたアイツに比べれば安い覚悟だったらしイ』

 

 相変わらずメカ丸の表情は読めない。

 けれど、メカ丸はアイツが死んだ理由に苦々しい表情を浮かべていたように見える。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 恐らく、そうだろうと。

 検死をした家入先生も、全身のあちこちが呪力で焼き切れてるのを確認したんだって。それだけの呪力、アイツがどれだけ凄い術師だってあり得ない。

 

 きっと、自分達の為に命を懸けたんだろうと。

 

 メカ丸は機械的な口調で。

 それでも隠し切れぬ悔しさに声を震わせながら言っていた。

 

 私は、自分一人安全圏から戦えるメカ丸のことを羨んでいたけれど。

 この時ばかりは、そんなことを思えなかった。

 

 一年廻って、春が来た。

 

 教室の寂しさには大分慣れてきた。

 やっぱ嘘。

 一人分の空白に未だ慣れない。

 

 そんな時、届いた一報。

 

───宿儺の器『虎杖(いたどり) 悠仁(ゆうじ)』の高専入学を認める。

 

 呪いの王、両面宿儺。

 その“器”の秘匿死刑が先延ばしにされたらしい。

 何でも滅多にいない適応した“器”だから、『どうせ殺すなら全ての宿儺を取り込ませてから殺せばいい』って。

 

 五条悟の提言と総監部の意向で、そう決定した。

 

 本当に。

 本当に。

 本当に───。

 

 

 

 反吐が出るわ。

 

 

 

 また、うだるような夏が廻ってきた。

 夏の暑さは京都も東京も変わらない。無駄に熱を急襲する制服の黒色も変わることはない。

 

 

 

 それでも今は。

 

 

 

「同級生が死んだんでしょ? 辛かった?」

 

 

 

 先日、とある任務で東京校の1年生が死亡した。

 死んだ生徒の名は───虎杖悠仁。

 

 

 

「いいのよ。言いづらいことってあるわよね。代わりに言ってあげる」

 

 

 

 両面宿儺の()()()

 

 

 

「“器”なんて聞こえはいいけど、要は半分呪いの化物でしょ」

 

 

 

 どうして呪いの王は良かったのか。

 

 

 

「そんな穢らわしい人外が隣で不躾に“呪術師”を名乗って、虫唾が走っていたのよね?」

 

 

 

 どうして彼は駄目だったのか。

 

 

 

「死んでせいせいしたんじゃない?」

 

 

 

 その納得できる答えは、未だ見つけられずに居る。

 

 

 

 ***

 

 

 

「や、久しいね」

「私だよ、私。分からないかい?」

「───ははっ、何で分かるんだよ」

「ま、いいや」

「東京・京都百鬼夜行はそれなりに楽しめたよ」

「おかげで使えそうな呪霊(てごま)も何体か取り込むことができた」

「戦いの結果としては……まあ、妥当だったよね」

「随分と杜撰な計画さ」

「そもそも、土台からして間違っている」

「夏油傑は非術師を皆殺しにすることで呪霊の誕生しない世界を創ろうとしていたけれど、私からしてみれば退屈な夢物語さ」

「呪霊がどのようにして生まれるか───君も高専生だったなら知っているだろう?」

「一つ、人間から漏出した呪力が澱のように積み重なることで生まれる」

「もう一つ、()()()()()()()()()()()()()

「分かるかい? 要するにいくら非術師を殺したところで、術師が呪霊になれる以上、彼の言う理想郷は根本からして破綻しているんだよ」

「ま、元々術師の為の世界を創ると謳って術師と戦争したんだし、さもありなんって感じかな」

「おかげでこの肉体も手に入れられたけど」

「でも、個人的には君らも気にはなっていたんだよ」

「昔はそれなりに熱中したかな?」

「後天的な天与呪縛……それに適した術式の運用」

「けれど、やっぱり駄目だったよね」

「私から生み出したモノは、私の可能性の域を出ない」

()()も呪胎九相図も同じさ」

「折角使えるなら有効活用しようと思ってね」

「で───本題に入るんだけどさ」

「君も私の考えるゲームの泳者(プレイヤー)になってくれないかい?」

「『死滅廻游(しめつかいゆう)』って言うんだけどさ」

「泳者名は『土蜘蛛』……いや、」

 

 

 

「『マモリ』と『カザリ』───どっちがいいかな?」

 

 

 

 呪いは廻る。

 何度でも。

 

 

 

 




*あとがき

 こんにちはこんばんは、柴猫侍です。
 この度は『呪術廻戦 -0 GAME-』を読んでいただきありがとうございました!
 陰鬱曇らせ杯として参加させていただいたこの作品……はたして私は良い曇りが書けていたでしょうか?

 呪術特有の暗い因習に天与呪縛、そして受肉体。
 それらに呪術師において凶兆とされる双子という要素を絡めることで、呪術作品らしい世界観を描けていたらいいな……と思いつつ筆をしたためさせていただいておりました。
 特に本作では双子繋がりとして、特に真依をピックアップする機会を多めに取りました。
 原作でも言及していた虎杖の死に関する煽り……原作だけなら真依の性格が悪いだけで終わりますが、そこに『もしもこんな背景があったなら』というのがこの作品のはじまりでもあります。
 乙骨とは違い、双子の兄妹としての愛情が今度は真依と真希へと廻っていく……そんな今後を想像させるような仕上がりを目指してみました。

 加えて最後の会話のみのパート。
 BLEACHの藍染よろしく黒幕にピッタリな脳味噌メロンパンが実は関係していたという感じで、実はマモリとカザリは羂索の関係でした。領域展開の掌印の由来に『羂索』が入ってるのも伏線だったりします。

 そんな訳で色んな伏線を張ったり、原作への繋がりを意識してみたりもしていたので、その辺をまた楽しんで読んでいただければ幸いです。
 『0(ラブ)ゲーム』とは完敗を意味する言葉。
 呪術廻戦0の裏で繰り広げられていたのは、命を賭して守ってくれた少年に何もすることができなかった京都校の面々の心情を表していたのかもしれません。

 作品についてのあとがきはこのくらいにいたしまして、今回の陰鬱曇らせ杯を開催していただいたTE勢残党さんに感謝の気持ちをお伝えさせていただきます。本当にありがとうございました!
 また次回の機会があればどうぞよろしくお願いいたします。
 それでは柴猫侍でした!

 下に設定とかその由来なんかを書き綴るので、お暇があればどうぞ。



*設定集
・葛城 マモリ
 呪術高専京都校に入学したアルビノの少年。双子のカザリは妹にあたる。田舎の村の因習により堕胎させられ呪物化した胎児であり、当初は赤子ということもあり情緒が未熟であったが、京都校の面々と触れ合うことにより人並みよりやや淡泊ぐらいの情緒ぐらいに育ってきたところだった。
 しかし、自分という存在を誕生させてくれた京都校の面々には並々ならぬ感情を抱いており、百鬼夜行に乗じて襲撃を仕掛けてきた黒沐死に対し、自身を生贄にした呪力の制限解除を敢行。反転術式と術式反転により具現化させたカザリと共に黒沐死を祓い、最後の呪力が尽きる瞬間まで真依達を反転術式で治療していた。
 代償として葛城マモリ個人としては死ぬも、死んでも尚友達を守るという約束は揺らがなかったのか、彼の故郷には白い毛を靡かせた紅眼の蜘蛛の呪霊が発生したとされるが、確認より前に何者かの手によって姿を消した。
 後に『死滅廻游』と呼ばれる殺し合いのゲーム、その仙台結界にて水色髪の少女が危機に陥った時、その呪霊はどこからともなく現れて彼女を守ったという。
 そして───。

・葛城 カザリ
 兄同様、アルビノの性質を有する少女。性格は明るく無垢な性格だった。
 しかし、呪霊襲撃の折、村の掟により『マモリ』の“器”としての役目を果たすこととなり受肉。カザリとしての人格は魂の奥深くへと沈むこととなり、しばらくの間双子の妹を殺してしまった兄の自責の念に苦しむ姿を遠巻きに見守ることしかできなくなった。
 だが、黒沐死との戦いでマモリが死に瀕した時、生得領域にてついに兄と対面。
 兄と自分の想いが同じであることを伝え、自らの命を京都校の面々に使うことを決めた。
 兄を愛している。

☆術式『ふたりあや』
 呪力によって生成した糸をあやとりのように結び、型に応じた現象を引き起こす術式。別に呪力が流れた糸状の物で代替できるため、紐でもゴムでもいける。十種影法術並みに器用万能な術式でもあり、型さえ増やせれば多種多様な現象を引き起こすことが可能。
 作中では披露しなかったが、あやとりにある連続技のように連続で型を作り、連撃を仕掛けることも可能。
 術式としては極めて珍しく二人で運用することが想定されており、特に受肉体と器が共生した時には無類の連携を見せるとされている。
 術式順転の名称は『(しろ)』。
 発動できる技は以下の通り。

大河(たいが)
 川のような激流で相手を押し流す技。呪詞は『“龍頭(りゅうず)” “銀鱗(ぎんりん)” “閼伽(あか)(みず)”』

箒星(ほうきぼし)
 冷気と塵で相手を氷結させる技。呪詞は『“嗢鉢羅(うばら)” “青蓮(しょうれん)” “瑠璃(るり)(いと)”』

鉄塔(てっとう)
 金属を操る技。なかったら呪力で具現化する。呪詞は『“五重(ごじゅう)” “金縛(きんばく)” “(くがね)卒塔婆(そとば)”』

富士(ふじ)
 地面を隆起させる技。威力が上がれば噴火のような現象を引き起こす。呪詞は『“摩天(まてん)” “八葉(はちよう)” “(ぎん)(しろ)”』

梯子(はしご)
 土なり木なり周囲の物体で梯子を作る技。

蝤蛑(がざみ)
 糸による一閃で相手を断つ技。

・術式反転『(くれない)
 反転術式によって生み出した正のエネルギーを術式に注ぎ発動される術式。順転が糸を『紡ぐ』のに対し、こちらは物体を糸に『解く』術式となっている。
 要は防御貫通で相手を分解する術式。触れたら最後、相手は糸になる。引かれる糸を自ら断てばその限りではないが、反転術式使いでもなければ肉体を分解されてる以上、大ダメージは必至。
 真に恐ろしきはこの反転した術式を付与された領域にあるが、これについては後述する。

・領域展開『魔守禍去(まもりかざり)
 生得領域を術式で生成した糸の繭内に展開する()()の領域。名称の由来はあやとりの技『まもり、かざり』から。これは現代では『蜘蛛の巣』という技で継承されている。
 掌印は不空羂索観音菩薩印。
 領域を展開する“範囲”、“時間”、領域の“素材”など諸々を縛ることによって、展開するまでのハードルと呪力を極力抑えた、対領域用の領域。
 通常の領域より燃費が良く、領域の外殻も縛りによってそこそこ固い。
 この領域が真価を発揮するのは領域を展開した相手を領域内に閉じ込めた時で、領域を展開している相手の必殺効果を一方的に封殺した上で、外殻の外側では領域用の呪力を無駄撃ちさせることで領域戦を優位に進める。
 領域内には必中の術式が付与されており、どこに逃げようと必中の糸が体に絡まってくる。それ単体ではそこまで脅威ではないが、それでも領域は領域。早めに抜け出すかしないと術師であるマモリとカザリにフルボッコにされるという運命を辿る。

・領域展開『紅蓮白海(ぐれんびゃっかい)
 反転した術式を領域に付与された領域展開。名称の由来は紅い蓮の色を意味し、八寒地獄にも用いられる『紅蓮』と、笠状の仏具や天を意味する言葉『白海』。また、『白海』の別名である『天蓋』は、彼岸花の別名『天蓋花』として用いられている。こちらも掌印は不空羂索観音菩薩印。
 通常の領域である『魔守禍去』同様、こちらにも必中効果しか付与されていないが、術式反転である『紅』の性能がそもそも殺意が高めである為、必然的に必殺必中の領域となっている。触れた瞬間に分解される糸の領域。性能で言えば『伏魔御厨子』とほぼほぼ似たようなもの。
 ただし、付与される術式が反転術式で生み出す正のエネルギーを前提しているとだけあって、必要とする呪力量は『魔守禍去』を遥かに上回る。作中では一時的に術式が焼き切れたマモリの代わりに、自らも自身を生贄にした呪力の制限解除をしていたカザリによって発動。領域展開により増殖していたGの群れを一瞬で皆殺しにした。

・極ノ番『???』
 ふたりあやにも存在する領域展開とは違う生得術式の奥義。この技は『紅』によって一度は分離した肉体と魂を一つに回帰させ、一つの体に二人分の肉体を宿すことを真髄としている。
 初代の『マモリ』と『カザリ』が発動した際は、腕は六本、目は四つの蜘蛛のような異形となり、その姿は呪いの王に非常に酷似していたとされている。

黒沐死
 高専に登録されている16の特級呪霊の内の1体。現代社会のゴキブリへの忌避感より特級呪霊の中で発生間隔が短く、今回の個体は百鬼夜行に誘引される形で登場した。
 高専とも夏油一派とも違う第三勢力として幾人もの犠牲を出し、一度は疲弊したマモリに勝利したが、その後に自分の命を犠牲にした呪力の制限解除を実行したマモリとカザリを前に圧倒された。最後の足掻きとして“子”の黒沐死が領域展開解除後に急襲を仕掛けたが、カザリの領域展開『紅蓮白海』により蜚蠊の軍勢諸共全身を糸状に分解されて撃破された。
・領域展開『無間阿久多(むけんあくた)
 黒沐死の領域展開。
 掌印は愛染明王印。巨大な卵嚢が構える暗闇に見える空間全てが蜚蠊に埋め尽くされており付与した術式により領域内に無尽蔵に蜚蠊を生み出す領域。領域内のバフ効果により、呪力で強化された蜚蠊は通常時よりも格段に攻撃性能が上がっている。
 『無間』は『無間地獄』、または絶え間のないことの意。
 『阿久多』は蜚蠊の異名『阿久多虫(または芥虫)』より。
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