「███〜!!お腹空いたぁ〜!!」
────聞こえるはずのない声を彼は聞いた。
「ああ、はいはい、分かったよ藤█え、ちょっと遅くなるけど良いか?」
ひとりでに言葉が紡がれる。口から漏れるその名を、彼は知らない。
「そうだな、今日はハンバーグにしようか……」
冷蔵庫を開けてそう呟く。その一連の行動に彼の意思は介在していない。バグを起こした機械と同じ。思いだせもしない記録をなぞるだけの壊れた機械。
行動を止める意味すら分からないまま、彼は具材を取り出した。
その一連の行動に、何故か懐かしさを覚えた。
まるで、隣に料理の手伝いをしてくれる誰かがいるような、居間で待ってくれている誰かがいるような────
────そんな錯覚に陥りながら、玉ねぎを細かく刻んだ。玉ねぎが目にしみたのか、視界が少し歪んだ。
油を引いて玉ねぎを炒める。火の調節をしながら、あめ色になるまで。
「███はすごいなあ、成長が楽しみだ」
また声が聞こえた。
「……あ、じいさ──」
体が勝手に反応する。身に覚えの無い会話がまた再生された。録音されたテープを聞かされているようだ、と思いながらあめ色になった玉ねぎを冷ます。ひき肉をこね、粘り気が出たところで、残りの具材全て混ぜ合わせた。
肉を成形しつつ、付け合わせの料理も作った。レシピを見ていないのにも関わらず、彼は一連の行動をスムーズに行う事ができた。
肉の焼ける匂いがする。
「おや、美味しそうな匂いがしますね」
「ああ、セイ█ー、今ハンバーグ作っている所なんだ」
────誰かの嬉しそうな声がして、少しだけ、腐った心が暖かくなった気がした。
「あれ、██ヤ██タ、█理なんてめず██いね。」
────ふいに、聞き慣れた声が聞こえた。
「……あ、れ」
その声は誰だったか、その名称が何を指すのか、思いだせなかった。
パタン、とポケットから何かが落ちる。
「……あ」
──それは、どこにでもあるような、ごく普通の手帳だった。彼のポケットからおちたのだから、それはきっと彼のものなのだろう。
罅割れた手を伸ばして、拾い上げる。手帳の感触は手に馴染んだ。
「██ヤ█ルタ?大丈█?」
なにか、大事なことが書いてあった気がして。
彼は手帳を開いた。
「──ぁ、あ」
様々な事が書かれていた。忘れてはいけなかった事が記されていた。
彼自身の事、今いる場所やマスターの名前、その他諸々が事細かく記されていた。それは過去の彼が書いたものだった。
そして、その中に次の項目があった。
『・聞き慣れた声が聞こえても、それらは全てお前の幻覚だ。そんなものはここにあるはずが無い。お前がその手で壊したそれが返ってくることなどありはしない。それを、肝に銘じて生活する事
・見知った顔の人物がいるが、それは別人である事』
「───あ、ぁ、そうだった。」
くく、と乾いた笑いが出た。
「そうだったな、オレの名前なぞ、とっくの昔に──」
ぽつり、と呟いた。悲しいのか否かは判断できない。思いを馳せられるほど、彼は詳細に覚えていなかった。
「……エミヤオルタ?」
見知ったマスターの声が聞こえた。呼ばれたそれは彼自身の名前だ。返事があまりに遅いので、心配しているのだろう。
「……暇つぶしに作ってみたんだ。味の保証は出来ないが、食べてみるか?」
「……うん!食べる!」
嬉しそうに彼のマスターが言った。
焼けた肉の塊に竹串を刺せば、透明な汁が出てくる。焼き目がつくように強火にして十五秒。
白い皿に付け合わせの野菜と共に盛り付ければ完成。少し焦げ目がつきすぎたそれをみて、マスターは目を輝かせて見ていた。
かつての自分が言っていたであろう言葉を、彼は言ってみる事にした。
「……お待ちどおさま」
見知らぬ誰かの声は、もう聞こえなくなっていた。