秋の豚汁にはさつまいもを入れろ!!!   作:おいかぜ

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一旦エタです。蘭のネタが思い浮かばないので。
あと地の文のテンションが難しすぎる。

映画『Chef』はガチで名作なので観てください。


スーパーアルティメットサンドイッチ

 

 月末の恒例行事、金曜日の夜更かしタイム。つぐと通話を繋いで、配信期限が切れそうな映画を同時視聴する。月額制の配信サイトに加入して、頻繁に映画を観るようになったのは演劇サークルに入ってからだ。

 

 同期や先輩のおすすめだったり、名前だけ聞いたことがある映画を見つけては時々観て、さすが名作は面白いなと感嘆するだけ。演劇サークルとはいってもあたしの担当は美術と、ときどき音楽、演目によってはエキストラをするかも、くらいのものだから、勉強のためじゃない。新しい趣味、みたいな。

 

 それにしたってわざわざひとりで映画を観る時間を作るのが億劫になって、Afterglowのグループで同時視聴を募ったりするようになった。頻繁に来てくれるのはつぐで、その次がトモちん。蘭とひーちゃんは時間が合わないことが多いので残念。

 

 それで、10月末、ハロウィン前の金曜日は『シェフ』を観ることになった。アイアンマンを観たとサークルの友人に言ったら激推しされた作品だ。因果関係がよく分からなかったけど、どうやら監督が同じらしい。

「お腹が空くから気を付けてね」とよく分からない忠告を神妙に受け止めるも、対策しようがない。とりあえずガムだけ用意して、ベッドの上にタブレットをセッティング。

 つぐと通話を繋いで、同時視聴の招待リンクを送る。

 

 これまた意外……でもないけど、Afterglowで1番PCに強いのもつぐだ。情報経済学部で順当に勉強をしているのだから当たり前ではある。元々事務には強いし、日菜先輩に振り回されながらあの人の期待に応え続けた実績は伊達じゃない。

 

 部屋着1枚では肌寒い室温に、温かい毛布が組み合わさってサイコー。

 夏は肌寒いくらい冷房が効いた部屋で毛布にくるまって眠るのが最高だと思っているけれど、秋は電気代を使わずにそれを体感できるので悪くない。朝昼晩の温度差だけは厳しいけれど。

 

 少し暗めに調整した照明とディスプレイ。目の負担は軽減できていると思いたい。

 

『モカちゃんのチョイスって洋画が多いよね』

「洋画の雰囲気が好きみたい。日本のやつならドラマとかの方が好きかな〜」

 

 洋画の雰囲気、例えば小気味の良いシニカルなやりとりとか皮肉の応酬とか、もしくは世界で2人だけが知っている秘密に裏打ちされたやりとりとか。そうでなくとも登場人物の根拠の無い自信とかコミカルさとか、くすりと笑えるシーンが多いような気がしてる。

 

「あ、でも、主人公の挫折描写は苦手かも〜。胃がきゅ〜ってなる」

『それすっごくわかるなぁ。これって文化の違いなのかもしれないけど、洋画の方は名誉を貶められることが多い気がするんだよね。周りから馬鹿にされたり……。邦画は親しい人との別れとか、内々で完結することが多いから』

 

 こんな会話をしたということはそういう内容のシーンがあったということです。

 しばらく見ている内に画面の中の舞台は高級料理店の厨房からキッチンカーへ。複雑な親子関係の話とか、料理人としての矜恃とか、そんな面白さもあるけれど何より──

 

『美味しそう……』

「お腹減るね〜」

 

 とにかく料理が美味しそう。

 チーズサンドイッチ、テキサスバーベキューサンド、ベニエ、そしてキューバサンドイッチ。

 スパイスやソースをかけて肉を焼いて、ピクルスやらチーズやらハムやらと一緒にバタールみたいなパンに挟んでいるだけ。なんとなく味の想像がつくだけに、このホットサンドがとにかく美味しいことが画面越しでもわかってしまう。

 

 キッチンカーで訪れた先の客に振舞ったり、手伝ってくれた人にご馳走したり、賄いだったり。シチュエーションも相まって、とにかく食欲を刺激する。

 

「つぐなら作れたりしない〜?」

『キューバサンド?』

「うん」

『スパイス類が手に入れば作れるとは思うけど……あ、でも家のオーブンじゃできないから厳しいかも。店休日ならお店のを使ってもいいけど……お父さんの許可がとれるかな……』

「ざんねーん」

『ウチにバーベキューグリルとか、おっきなオーブンが置ければいいんだけどね』

 

 シンプルだけど手間がかかるのは分かりきってたし、あたしのわがままでお店のオーブンを使わせて、と言うのも何様だって感じだから、うーん、残念。

 

『モカちゃん、明日空いてる?』

「んーと、うん、空いてるよ〜。夜はバイトだけど」

『それじゃあ、ピクニックに行かない?』

「ピクニック? 紅葉狩りとかー?」

『うん。キューバサンドは難しいかもしれないけど、サンドイッチを作って外で食べようよ』

 

 スマホで天気予報を開く。予想最高気温は26度。天気は晴れ。ピクニック日和だ。紅葉には少し早いような気もするけど、近くの公園にはコスモスの花壇もあるし、レジャーシートを敷いて芝生に寝転がっているだけで楽しいだろうから無問題。ギターを持っていこう、と心に決める。

 

「さんせ〜。みんなも誘うー?」

『声はかけてみるけど、どうだろう。来てくれたら嬉しいけど……』

「たぶんバイトだよね〜。夏休み以来全然揃ってなーい!」

 

 長期休暇中はもちろん時間があったけれど、さすがに平日ともなると高校生の頃のようにはいかない。あの頃だって学校で一緒だったから一日中そばにいられただけで、放課後の時間だけで言えばそうでもなかったような気がする。

 

 個人個人とは会えるけど、全員が揃うタイミングは少ない。ライブのときか、スタジオ練習か。イベントでも催そうかしらん、なんて、月見会はやったし、ハロウィンパーティーをするには準備期間不足。結局クリスマスかなぁ。しばらく先だ。

 

 少し寂しい。とはいえ、あの頃みたいに焦りが首をもたげて来るようなことはないのがあたしたちの成長と言えるのかもしれなかった。

 揺るぎない信頼とか、そういう青い理想の混じった表現をするのもいい。でも、実際のところはもっと地に足のついた信頼であって、幼稚園時代からの積み重ねだ。これまでも一緒だったんだから、これからも一緒だろう、みたいな。

 

 あたしたちは、きっと永遠(とわ)に惹かれ合う。誰の目にも見えない、あたしたちだけに知覚できる引力が、夕焼けを克明に描いたまま離さないでいる。

 些かクサいかもしれないけれど、あたしはそう信じている。

 

「なにか食材とか買っていくものある〜?」

『えっと、それじゃあパンはモカちゃんが選んできてよ』

「よーし、ミス・ベーカリーことモカちゃんに任せなさーい」

『それはどっちかと言うと沙綾ちゃんなんじゃないかな……』

 

 

 

 ♦

 

 と、これまでが昨日の顛末。朝9時30分に目が覚めたあたしは(とっても早起き)、念入りに顔を洗って歯を磨き、おろしたてのタートルネックのセーターを着て、最高にハッピーなスタートダッシュを切ったわけです。

 Nimble Stepsのスニーカーに足を通して、いつもは緩く結んだまま結び直しもしない靴紐を結び直す。きゅっと引き締まる足の甲の感触に、軽快に弾む足取り。下り坂の如く前のめりに足が進む。

 

 近所に住んでいる野良猫が生け垣から顔を出して、鬱陶しそうにこっちを見ていた。ちゃおーっす、と声をかけると黙ってどこかへ行ってしまった。ハッピーが足らん! 幸せいっぱいのモカちゃんからお裾分けして差し上げようと思ったのに。

 

 朝の名残りで風はまだ少し冷たいけれど、太陽はきらきらと世界を照らしている。

 いつか見た映画みたいな道を歩く。側溝の蓋を二枚飛ばしで歩く軽快な歩様(ニンブル・ステップ)。信号待ちの時間さえも世界の美しさを受け止めるのに使い尽くして、空の青さを眺めながら深呼吸した。車の排気ガスの臭いをモロに食らって撃沈。少し気を落としつつ、我が庭たる商店街へ。

 

 やまぶきベーカリーのドアを押し開ければ、チリンチリンとベルが笑う。

 

「あ、モカ。いらっしゃーい」

「おはさーや〜」

「あはは、なにそれ。ご機嫌だね」

「今日はつぐとデートなのです〜」

「どこか行くの?」

「ピクニック〜」

「いいね。天気も良いし、気持ちよさそう」

 

 お昼ご飯買いに来たの? と言われたので頷いておく。レジ横の大きなバスケットに立てかけられているバゲットに目を奪われつつ、その手前に並べられたバタールをトレーに。半分に切ったら1人前に丁度よさそうな大きさ。食パンと迷ったけど、あの映画を観たあとじゃあねぇ。トーストのホットサンドは普段からお店で食べれるし、と優柔不断を黙らせて、ああなんと素敵なバタール。3つのクープがあたしを誘惑する。

 トーストして食べるなら基本的にはバゲットの方が好きだけれど、さすがにサンドイッチにするには硬すぎるような気がしてそちらも今日は御遠慮。顎が外れちゃいそう。それに細いし。

 

 また買いに来るね、と10分もかけずにお店を後に。もう5年くらい通っているから、何代目かのスタンプカードが埋まりそうだった。今日は食パンのスタンプ。

 ビニール袋と紙袋の2重包装を抱えて、すぐ近くの羽沢珈琲店の裏へ。インターホンをぽちり。なんだか小学生時代とあんまり変わってないなぁ、と気がついてしまった。ラインなんて便利なものはなかったから、学校での口約束か、アポなしでインターホンを押してみるくらいのあの日の無謀さよ。今は無理。

 

「いらっしゃい。……ふふ、やっぱり沙綾ちゃんのところに寄ったんだね」

「あそこがいちばん美味しいから〜」

 

 出迎えてくれたつぐにバタールの入った袋を手渡す。エプロン姿からは既になにか調理を始めていたことが窺えて、なにか手伝おうかと言ってみる。答えは分かりきっているけれど。

 

「カフェオレを淹れてるから、待っててね」

「はーい。いつでも手伝うから言ってね〜? レタスくらいはちぎれるよ」

 

 見てていい? と言うともちろんと返される。邪魔にならない角度から、つぐの背中を眺める。自炊するようになってから、つぐの手際の良さがよくわかるようになった。一つ一つの作業自体は、物凄く早いというわけじゃない。中華の鉄人みたいに目にも止まらぬ速度で野菜を刻むわけじゃないし、火柱が上がるコンロで鍋を振っているわけでもない。

 並行して進める作業量が多いのと、動線がしっかりしているからロスがないというか。職人技であります。

 

「それはピクルス?」

「うん。ワインビネガーが切れかけてたから穀物酢も入れてるけど、多分大丈夫だと思う」

 

 ローリエと鷹の爪がひとつずつ、それから斜めにスライスされたきゅうりが放り込まれている鍋を覗き込むと、お酢の香りが立ち上ってきた。

 

「あ、忘れてた」

 

 おもむろにペッパーミルを取り出したと思ったら、蓋を外して中身の胡椒のホールをひとつまみ、鍋に放り込んだ。……そこから取るんだ。

 つぐがちょっと横着しているのを見ると安心するというか、嬉しくなるのはたぶんAfterglowの共通認識だと思う。嫌な団結力だなぁ、と蘭なら言いそう。

 

「アボカドの種を取るのってすごく気持ち良いよね」

「あたしそんなに綺麗にとれなーい」

「私もよく傷付けちゃうよ。……上手くいったやつを植えてみたんだけど、すぐ枯れちゃった」

 

 包丁を差し込んでぐるり。たぶん日常生活で見る中でいちばん大きな種が出てくる。この種が原因でアボカドは絶滅の危機に陥ったらしいから、生存競争というのは大変だなぁと聞き齧った知識で他人事の感想を抱く。

 刻んだアボカドとマヨネーズ、塩コショウ、レモン果汁をミキサーにかけてペーストにする。この時点でもうかなり手間がかかっているような気がしているけれど、一体どんな超大作が出てくるのかとドキドキワクワク。

 

 自家製ピクルスが瓶に流し込まれて、空いたコンロで今度はベーコンが焼かれ始める。

 アンチョビの缶とトマトが入った瓶が戸棚から取り出されて、同じく冷蔵庫からはパッケージされたモッツァレラチーズが出てくる。指折り数えて頷いたあたりこれで全部なんだろうけど、ものすごい張り切りようだ。

 

「アンチョビ食べれたよね? そんなに主張してこないとは思うけど……」

「うん、大丈夫。そっちはドライトマト?」

「うん。昨日のうちに作っちゃった。1時間くらい低温のオーブンで乾かしてオリーブオイルに漬けてるの。……はい、あーん」

「あー」

 

 爪楊枝で一粒。オリーブオイルと、トマトの旨みと、ほんの少しの塩味。単品でもめちゃくちゃ美味しい。グルタミン酸が弾けていらっしゃる。……トマトってグルタミン酸だっけ。

 チーズを薄くスライス。アンチョビを刻んで、多分完成。今更だけど、モッツァレラチーズってあんなパッケージに入ってるんだなぁとちょっと感動。コンビニで売ってるパウチのお惣菜みたいな。スーパーに売ってる? あんまり記憶にない。

 

 収納からパン切り包丁を取り出して、つぐがスルスルとバタールを両断した。あのギザ歯で斬るとパンくずがボロボロとこぼれそうなものだけど、綺麗な断面だ。剣豪になれる素質があると思われます。イヴちゃんと並んで羽沢コーヒーSAMURAIをやったらどうだろう。

 

 おみごと! と言ってもポーズは決めてくれなかった。刃物は危ないからね。あたしが悪う御座いました。

 

 そのまま具材を挟み込むための切れ込みも作って、バルサミコ酢をぬりぬり。

 ここからはさすがにあたしも作業に加わって、ベーコンを睨むつぐの隣でアボカドペーストをパンに塗りたくっていく。もうこれだけでディップソースとかに使えそうだ。

 

 モッツァレラチーズとトマトを交互に並べて、その上にアンチョビとオリーブオイル。つぐがフライパンからつまみ上げたベーコンを乗せて、さっきのピクルスを最上段に。オリーブオイルとライムを少し絞ったら、バターを塗りたくったホットサンドメーカーに挟んでコンロの上へ。ぎゅうっと潰して焦げ目をつける。

 

「これを食べられないみんなは気の毒だなぁ〜」

「私とモカちゃんの秘密だからね」

「えー、この動画ひーちゃんに送り付けたらダメかな」

「あはは、可哀想だよ。今日来れないことも悔しがってたんだから」

「じゃあ送り付けちゃお〜」

「えぇっ!?」

 

 じゅうじゅうと弾けるバターの音。隙間から覗くパンと踊る具材。ううむ、朝食を抜いてきたのは正解だった。

 ひーちゃんへ送信。これが食べられないのは可哀想。

 

 香りが立って焦げ目がついたら、クッキングシートに包んでその上からラップをする。移動のときに匂いが漏れちゃうから、とのこと。サンドイッチふたつをランチバッグに入れて、ピクニックの準備。

 調理はつぐに任せることになるのが分かりきっていたからその他の細々した用意はあたしが担当してきた。レジャーシートを持ってくるとか、なんか色々。

 

 エプロンを外したつぐが「着替えてくるね」というのでお色直し待ち。お預けされた犬のような心境で、さっきとは裏腹に「ちょっとくらい食べてくるんだった」と後悔。とはいえ今更なにか口に入れても、もうこの羽沢サンドイッチの口になっているからあたしには響かないだろう。ピクルスの残りをポリポリとつまみながら、もしかしてこの酸味がさらに食欲を誘発しているんじゃないかと気がつく。

 

 3分くらいで戻ってきたつぐは、部屋着からオーバーオールに着替えていた。白とオレンジのツーピースシャツに、ダークブラウンのサロペットスカート。

 あたしのズボラファッションとは大違いのオシャレさん。

 

 似合ってる、と言うと照れくさそうに笑った。

 

 ギグバッグと、トートバッグと、それからランチバッグと。結局大荷物になるなぁ、とボヤきつつ外へ。

 ハイカットの白いスニーカーに足を通して、つぐのファッションは完成した。

 

「モカちゃん、いかにも大学生バンドマンって感じだね」

「え、毒吐かれてる〜?」

「え、いや、違うよ! かっこいいなぁって」

「ふーん? バンドマンっぽいのは蘭とかトモちんだよね。たまにビジュアル系っぽいの着てるし」

「目立つもんね。歩くランドマーク、とかひまりちゃんがよく言ってた」

 

 足取りは軽快なまま、歩幅はつぐに合わせて小刻みに。爽籟(そうらい)に背中を押されて、街路樹の落葉に彩られた歩道はさながらレッドカーペット。本日の主役はあたしです。いや、この羽沢サンドイッチです。控えおろう。

 

 電車一本、結局は行き慣れた公園に落ち着く。ジョギングに励む人達の隙間をぬけて、遊歩道脇の芝生スペースへ。オレンジ色の蝶があたしたちの前をフラフラと飛んでいた。少し奥まった方にあるコスモスの花壇へと向かうのだろうか。

 

 家族連れやカップルが寛いでいるのに倣って、空いたスペースに腰を下ろす。花見みたいに大きなスペースは必要ないと思ったから、レジャーシートもそんなに大きくないやつだ。

 

「つぐ隊長! お腹が空きました!」

「うん、先に食べちゃおっか。私も作っている内にお腹すいちゃって……」

 

 正午の音楽。ランチバッグを開けて、まだ温もりが残ったサンドイッチを手に取る。クッキングシートの包みをご開帳。

 

「いただきまーす」

「いただきます。……口に合うといいんだけど」

 

 バターの香りが立ち上る。パリッと焼き固められたバタールにかぶりつけば、たちまちあたしの意識は天国へ。

 バターとアンチョビの塩味、ベーコンとトマトの旨み、チーズのコク。暴力的に襲いかかってくるそれらをまとめあげるアボカドの濃厚さと、そこにスっときいてくるバルサミコ酢とピクルスの酸味。ライムの香りが抜けて、こんなに味が複雑なのに重たくない。

 これクセになっちゃうやつだ、と思いながらも咀嚼は止まらず、二口目にかぶりつく。

 

「美味しい……!」

「良かったぁ。試作してなかったから、ちょっとだけ心配だったんだ。……うん、アンチョビの扱いだけ工夫すればもうちょっと味がまとまるかも」

「え、これで及第点扱いなの?」

「充分美味しいけど、次があったらもっと美味しいものを食べて欲しいから」

「つぐ〜!」

 

 秋晴れの陽気に溶かされて、口元を指で拭いながらまたかぶりつく。少し顎が疲れてきて、途中からはゆっくり。複雑なのに地に足が着いた美味しさだから全く飽きがこなくて、つぐの家からここまで我慢した甲斐が有るというものだった。空腹は最高のスパイス。満腹の時に食べたって美味しく感じそうなものに加えたらもう暴力ですよ。

 

 アボカドペーストの味付けを控えめにしてアンチョビをそっちに混ぜても良かったかも、というつぐの反省を聞き流す。

 

 結構ボリュームがあったのに、ものの10分くらいで食べきってしまった。

 

「ご馳走様でした〜」

「お粗末さま。満足して貰えたみたいでよかった」

「んー、昨日からのモヤモヤは晴れたかも」

「次があったらキューバサンドも挑戦してみるね」

「期待してるね〜」

 

 足を伸ばしたまま、後ろに手を着いて体を伸ばす。

 左手がレジャーシートの外にはみ出て、芝生を直接触る。少しチクチクした感触と、立ち香る草の匂い。花や植物の匂いを嗅ぐ度に蘭を想起しているような気がする。

 

「あとでコスモス、見に行こうね」

「んー。でもしばらくきゅーけい〜」

 

 ウェットティッシュで口元と手を拭いて後片付け。小さなランチバッグごとトートバッグの中に仕舞う。ギグバッグからアコギを取り出して、一応チューニングがズレていないか確かめる。

 

「リクエストある〜?」

「えっと、秋の歌がいいな」

「秋ってなると意外と思い付かないよねぇ。半分くらい冬に足を突っ込んでいそうな曲ばっかり」

 

 楓とか、と例を挙げてみると、それは冬じゃない? と返ってくる。そうでなくとも暗い曲ばっかり。

 ギターの音が周囲の耳目を集め始めたことを知覚しながら、まあ騒音ってほど大きな音を出す気もないし、と右手で弦を弾く。

 

 冬を請うのも違うような気がして、夏惜しむ曲を、と思ったけどセプテンバーは9月でした。10月に歌うのはちょっと間抜けな気がしてボツに。

 代わりにもうすぐ満月だし、「月光」でも。

 

 色なき風に紛れて、メロディが世界に溶けていく。

 ノスタルジーと高尚な満足感の中で、ぼんやりと歌う。こういうのが幸せって言うんだろうか。

 

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