仮面ライダーW×リリカルなのは ~Oの願い事~ 作:アズッサ
Dから来た者たち/クロスディメンション
敢えて言えば、翔太郎もフィリップもそれなりに色々な経験をしてきている。風都でのドーパントとの戦いもそうではあるが、世界を超えた戦いに身を投じた事も一回や二回ではない。故に、異なる世界からやってきたと名乗る「時空管理局」という存在に対しても「そういうものか」という感覚で対応が出来たのだ。
黒衣の少女との戦闘を脱し、新たな少女、高町なのはと出会った二人は、今、時空航行艦アースラへと招待されていた。SF映画さながらの艦内とその存在に異世界からの来訪者である前に翔太郎は僅かに童心に帰っていた。アースラのような存在はそれこそ何度も見てきたはずだが、このように落ち着いて眺める事などなかったし、そもそもそれらの多くは敵であった。少なくとも、今現在においてこのアースラとそのクルーがこちらに敵対行動を取る事もなく、翔太郎自身も幾分かの警戒を解いていた。
「なるほど……」
清掃の行きとどいた食堂、その長いテーブルを挟むようにして一人、翔太郎は座っていた。彼に向き合うのはアースラ艦長のリンディ・ハラオウンとその部下数名である。彼女は顎に手を当て、思案していた。
「あなた方がジュエルシードを手に入れたのは、その依頼の手紙に同封されていた……という事ですね?」
「あぁ、そうなる」
探偵事務所に送られてきた手紙、そして同封されていた青い宝石『ジュエルシード』。その意外な正体は、アースラからもたらされた。
ロストロギア、何時、どこで、誰が何のために製造したのか全く不明の遺失物。多くは超古代の遺産であり、その種類は様々、だが危険度の高いものは世界すら崩壊させると伝えられ、伝説として存在するという。このジュエルシードもまたそんなロストロギアの一つであると言うのだ。
「ジュエルシード……願いを叶える宝石か……随分とロマンチックだが、おとぎ話のようにはいかないわけだ」
翔太郎は目の前の美人な艦長にアピールするように同じように顎に手を添えて、意味深にそう呟いた。事実の確認をする為に、そうやって勿体ぶった態度を取る事に意味は特にない。
「にわかには信じられないな。いくらジュエルシードが人智を超えたロストロギアだとしても、手紙の添え物で送られてくるなど……」
と、返答が返ってきたのは彼女の隣に座る少年からであった。クロノと名乗る少年は他の面々が制服を着る中、彼だけは一風変わった服装をしている。黒に近い紺色に両肩には棘を備え付けたものである。一見すれば自己主張の激しい姿である。しかし、その身長は低く、座っているだけでも少年の頭は翔太郎の胸程度である。声も若々しく、幼い印象を与えた。
「……んな事で嘘はつかねぇよ」
アピールを邪魔された翔太郎は少し不機嫌であった。故に少しぶっきらぼうに答える。大人げない姿であった。
「確かに……嘘ならばもっとマシな嘘をつくでしょうしねぇ。しかし、疑問なのは私も同じです。あなたがたの持つジュエルシードは封印状態、その状態であれば余程の事がない限り、暴走はしませんが、それを封印するには我々のような魔術師か、それに類似した力がなければ不可能です。何者かが発見、封印を行ったのは良しとしても、それがなぜあなた方に渡ったのか……」
その疑問には翔太郎も答えれない。彼らは手紙を受け取っただけなのだから。
「あなた方は探偵とおっしゃいましたね? 守秘義務などもあるでしょうが、差し支えなければその手紙の送り主、依頼人の名前を教えて貰ってもよろしいかしら?」
「あぁ……依頼人の名はアリシア・テスタロッサ……依頼内容は迷子の妹を探して欲しい……だ」
「迷子の妹? フム……テスタロッサ……」
翔太郎の言葉に何か思い当たる節があるのか、リンディが呟く。
「何か知ってる事でも?」
「関係があるのかどうかはまだわからいのだけど……ひとつだけ」
リンディが手をかざすと虚空に薄い半透明の画面が展開される。その表面をPCのキーボードのようにタップしていくと、一枚の画像が映し出される。
「この子は……まさか!」
「あなたたちが我々と出会う前に接触したという黒衣の少女、もしやと思いましたがやはり彼女でしたか……」
そこに映し出されたのは間違いなく、フィリップを襲撃し、ファングジョーカーで対応した黒衣の少女であった。
「彼女の名はフェイト・テスタロッサ。なのはさん、あなた達と二度目に接触した女の子で、我々の協力者なのだけど、彼女にそう名乗ったそうなの」
「フェイト……テスタロッサ……」
翔太郎は名前を確認するように呟く。
「あなたたちの依頼人と同じファミリーネーム。それに私たちの業界でも有名な人物に同じファミリネームがあるの。偶然……と言うにはあまりにも同じ過ぎるわ」
「あんたらの世界じゃよくある名字ってわけでもないようだ」
「そうなるわね。とはいえ、こちらも目下調査中、確定的な情報はまだないわ。それに……」
その一瞬で、リンディの目つきが変わった。翔太郎を射抜くような視線であった。
「我々があなた方と、いえ正確にはフィリップさんと出会った時のあの姿……白と黒の……」
「ダブルだ。仮面ライダーダブル。そしてあれはファングジョーカーだ」
「そう、その仮面……ライダーという姿、こちらも差し支えなければ教えてもらえないかしら?」
「それは警戒って奴か?」
「そう思って貰っても構わないわ」
そうまで言われれば答えないわけにもいかない。
翔太郎としても彼らとの協力関係を崩したいとは思わない。
「悲しみをぬぐう二色のハンカチ……俺たちは二人で一人の仮面ライダー、ダブルだ。言っとくがあんたらの言うロストロギアじゃねーぜ?」
「よく誤解されるのだけれど、私たちは強盗じゃないのよ。そんな何でも強奪するわけじゃないのよ……」
困ったようにリンディがため息をつく。
「それはすまねぇ……だが、まぁ……仮面ライダーは人に仇なす存在じゃねぇ」
「今はその言葉、信じましょう」
リンディはそう言いながら握手を求めてきた。
翔太郎はその手を取り、握り返す。
「それじゃあ、探偵さん。ようこそ、アースラへ」
ひとつ、またひとつと次々に本が積み上げられ行く。その光景を目の当たりにするなのはともう一人の少年、ユーノは唖然としながらフィリップを眺めていた。翔太郎がリンディらと会合を行う最中、フィリップはアースラの資料室に籠っていた。彼の知的好奇心がそうさせていたのだ。当たり前だが、いくつかのプロテクトやセキュリティの関係で閲覧できる資料は限られるが、フィリップとしてみれば異世界の書物というだけで十分に興味が惹かれるものなのだ。
異世界であり、文字すら地球とは異なるはずの文章をフィリップはあっさりと理解してみせ、今では速読すら可能な程であった。
「なるほど……僕達の知る魔法体系とはまた違った法則が働いているのか……だとすれば或いは……力を貸し与えられているわけでもないか」
フィリップはブツブツと呟きながら本を片手に、わざわざ用意してもらったホワイトボードに自身の知りうる限りの知識をまとめ、そこに新たに加わった知識を書き込み、まとめていく。殆ど一瞬にして真っ白なボードは複雑な方程式や幾何学的な原子記号やその組み合わせで埋め尽くされた。
そして次に始まるのが、少年少女二人を相手にした長々とした講義であった。これまでにフィリップがまとめた情報を整理するように、そしてその中で判明した理論や仮説などを活き活きと語っていく。開始早々、わずか十分でなのはは机にうな垂れる事になる。その後を追うようにしてさらに十分後、ユーノ少年がギブアップする番であった。
しかし、これは二人が勉強を嫌っているなどという話ではなく、ただたんにフィリップの説明する内容及びその言葉が複雑怪奇であるだけである。
だが、それでもフィリップの講義は終わらない。生徒二人が降参している事など気にも留めず新しい知識を得たことを喜ぶように説明していくのであった。
そんな哀れな犠牲者を翔太郎が救い出すのにはあと一時間は待たなければならなかった。
「ったく! 子ども相手にわけわかんねー説明してるんじゃねーよ!」
翔太郎は呆れた顔をしながらこめかみを押さえていた。相棒の毒牙にかかり少年少女は頭から煙を噴きだしていた。真面目な子たち故にフィリップの説明を何とか理解しようと頑張ったのだろう。その疲れた体には目の前に用意されたドリンクとクッキーは何よりのごちそうに見えるはずである。
「それは心外だな翔太郎。僕としては要点をまとめて、さらに噛み砕いて説明したつもりだが?」
フフンと得意げに笑みを浮かべるフィリップ。やはり新しい知識を披露したいだけのようだった。
「さっぱりわかんねーよ」
対して翔太郎は資料室を訪れた際に僅かに聞こえたフィリップの説明とぎっしり書きこまれたホワイトボードの内容を思い出しながらつっこみを入れた。
「それは君だからじゃないかな」
「んだと!」
そして始まる喧嘩である。勿論お互いに本気ではない。それがいつもの光景なのだ。だが、そんな事は知らないなのは、ユーノの二人は慌てて探偵二人の仲裁に入ったのだった。
「あわわ! いや、いいんですよ! 僕としては非常に興味深い内容でしたし!」
そんな事をユーノが言うもので、調子に乗ったフィリップが彼に詰め寄りながらまた珍妙な講釈を垂れ流そうとする。それを引きはがそうとする翔太郎、おろおろとするなのは。そんな騒がしいやり取りがかれこれ五分は続いたのだった。
そしてそんな騒がしいやり取りがひと段落し、翔太郎はドリンクを飲みほし、行儀が悪く氷を噛み砕いて飲み込んでいた。その表情は疲れ切っていた。
「あぁ全く……」
「フム……ところで翔太郎、先ほどの続きだが」
「もういい! もういいぞフィリップ、その話はまた今度だ。亜樹子にでも聞かせてやれ!」
「そうか……それは残念だ」
二度目の騒がしいやり取りが始まるかと思われた瞬間、少年少女の底抜けに明るい笑い声が聞こえてきて、二人はそちらへと意識を映した。
「あははは! 何だかこんなに笑ったのは久々です」
「本当!」
なのはとユーノは年相応の笑みを浮かべていた。そうなると彼らと同じように騒がしくしていた翔太郎とフィリップも歳を考えなければならないが、釣られて笑った。
「けど、探偵さんって聞いてちょっぴり怖いイメージでしたけど、案外そんなことないんですね!」
なのはとしては、親しみやすいという意味で言った言葉である。だが、翔太郎としては『ハードボイルド』ではないという意味に聞こえたのだった。
「待て、こんなにもクールな探偵は中々いないぜ?」
急に取りつくろっても先ほどの騒ぎを起こせば無駄な事は明らかだった。だからこそ、二人の子供はまた笑う事になる。
「やっぱり君はハーフボイルドが似合うよ」
ポンと翔太郎に肩に手を置き、ニヤッとフィリップが笑う。
「お前、誰のせいだと……」
「まぁまぁ、良いじゃないか。子どもたちを前にハーフもハードもないさ」
そう言いながらフィリップはドリンクを飲み干す。
「しかし……冷静になって考えると君たちのような子どもがこんな事件に関わっているとはね」
「えぇ……まぁ驚かれるのも無理はないと思います。とはいっても、この事件の原因の半分以上は僕にあるんですが……」
フィリップの問いにユーノが苦笑しながら答える。
「どういう事だ?」
すかさず翔太郎が聞く。
「あぁいえ、ジュエルシードは元々僕が見つけたものなんです。以前より危険指定されていたロストロギアですし、管理局へと引き渡す為に輸送していたはずなのですが、何者かの襲撃にあい、この地球へ落ちてしまったんです」
「襲撃……っていうと、あのフェイトって子が?」
翔太郎の言葉にユーノは首を横に振りながら答える。
「分かりません。ジュエルシードを狙っている以上関係はあるのでしょうけど、実行犯までは……それに責任の一端は僕にある以上僕がけじめをつけなければならなかったのですが、下手をうって、なのはや管理局……そして遂にはあなたがたまで巻き込む形になってしまって」
申し訳なさそうに顔を曇らせたユーノだったが、傍にいたなのははそんなユーノを励ますように言葉をかける。
「そんなことないよユーノ君。だって、ユーノ君はジュエルシードを発見しただけだし、なのはがユーノ君と出会って、時空管理局のみんなと出会ったのだって偶然だもん。悪くないよ」
「意外な事実が判明したわけだが、俺もただ依頼の調査を続ける関係でここに関わったわけだからなぁ。殆どは俺たちの都合でいるだけだ」
翔太郎もそれに続く。そんな言葉をかけられるものだから、ユーノは少し気恥ずかしくなってきたのか言葉を詰まらせながらも小さく頷いて返事を返した。
「ですけど……なのはは僕のせいで家族と離れて危険な目にもあってるし」
「大丈夫だよ、なのはが自分で決めた事だし、一人でいるのも慣れっこだから」
そういうなのはの表情もまた暗いものだった。
「小さい頃にお父さんが仕事で怪我をして、お母さんたちもお父さんの看病や立てたばかりのお店を切り盛りするのに忙しかったし……あぁだけど今は平気、慣れちゃったのもあるけどお父さんも元気になったし、お店も繁盛してきたし!」
空気が沈んでいる事を察知したのか、なのはは慌てて話題を反らした。
「そういえばユーノ君の事も聞きたいな。結構一緒にいるけどこうして話す事なかったし、翔太郎さんやフィリップさんのことも!」
「あぁ……僕も元々一人だったからね。両親はいないんだ。部族のみんなが親代わりだったから……寂しいって事はなかったかな。たくさんの親と兄弟もいたし……」
「だあ! 子どもが、んなしんみりする事ばっか話てんじゃねーよ! もっとこうあるだろ、俺のハードボイルドな探偵記録とか、解決してきた難事件とかさ!」
「つい最近解決した難事件は風都三丁目のお婆さんの愛猫五匹の探索だったけどね」
「ちげーよ! 五丁目の子犬脱走事件だ……ってそれも違う!」
下手な盛り上げ方であった。だが、翔太郎としても子どもがそんな暗い話をする事を好まないのだ。色々と事情があるのはどの家庭も人間も同じだが、子どもは子どもらしく、また負けないくらい明るくいて欲しいのだ。
それに、翔太郎としても下手な慰めなど言える程要領もよくないことを自覚している。だったら道化を演じるだけなのだ。その姿勢がよくも悪くもハーフボイルドなのだろう。だが、堅いだけよりはマシである。
「まぁ今の君たちは一人じゃないさ。どんなに離れていても想いあえる家族がいるんだ。血のつながりも距離も些細な問題だ。そう、たった一つの家族なんだからね」
フィリップは二人に言い聞かせるように言った。
翔太郎はそんな言葉をかけるフィリップを優しく見守っていた。フィリップもまた家族との別れを経験した身である。だが、今はそれを言うべきではない。相棒ではあるが他人の翔太郎がいうべき事でもないし、フィリップが話す事をしないのならそれでいいのだ。
「そういって貰えると、なんだか嬉しいです」
えへへと元気を取り戻したように微笑するなのはを見て、翔太郎もフィリップも笑みを返した。
だが、そんな和やかな空気を切り裂くようにアースラ艦内にアラートが響く。
翔太郎らがアースラのブリッジに駆け込んだ時には、大型のディスプレイの中にフェイトが荒波と竜巻の中を疾走している映像が流れていた。ただの荒波と竜巻ではない。自然界では起こり得ない程に密集して、局地的な嵐だった。
魔法というものに疎い翔太郎でも、目の前の出来事が魔法という手段を用いて引き起こされた人為的なものだという事に容易に想像がついた。
「これは!」
「海中に眠っていたジュエルシード五つを彼女が強制的に発動させたんだ。恐らく一気にこれを封印、回収するつもりなんだろう」
いつになく厳しい視線で映像を凝視するクロノが淡々と答える。翔太郎としてはなぜ彼がこんなにも冷静でいられるのかが疑問であった。
「ジュエルシードとやらは一個でも大規模なエネルギーを放出すると聞く。そんなものが五つ同時に発動すれば……彼女は間違いなく潰れるだろうね」
口調はいつも通りだがフィリップの目は真剣だ。そして彼の言葉を肯定するようにリンディが酷く冷たい声を放った。
「その通りよ、探偵さん」
「その通りって……そんな大変!」
なのはは事の重大性に気が付いたのか咄嗟にブリッジ出口、転送装置とも兼用される装置へと走りだそうとするが、それをクロノが静止する。
「駄目だ! 出撃する事は許されない」
「どうして!」
「遅かれ早かれ彼女は自滅する。ならば、彼女が自滅するのを待って、こちらが出向く事が最善の選択なんだ」
「でも!」
冷酷な事をいうようだが、クロノとて、いやアースラの面々とてそれが非道な事である事は重々承知の上である。だが、それでもそんな決断をしなければならないのが彼らなのだ。組織というものに属するものの勤めでもあるのだ。
「君たちは、少なくとも今は僕たちの協力者で、指揮下に入っている。命令には従ってもらう」
「だったら関係ない俺たちは自由に行動させてもらうぜ」
翔太郎の言葉にブリッジクルーが一斉に視線を向けた。フィリップはやれやれと言った具合に肩をすくめていた。
「おい、ちょっと待て!」
「悪いがあんたらの事情を考慮してる暇もないんだ。俺たちは俺たちの仕事があるからな。大事な手掛かりに大怪我されちゃかなわねぇからな」
クロノの静止を無視して、翔太郎は転送装置へと移動していく。
「あのフェイトという少女があなた方の依頼に関係があるとも限らないんじゃなくて?」
リンディは試すような口調で言い放つ。
「探偵の調査に空振りなんてねーんだよ。可能性があればとことん突きとめる。違ったら違ったって事がわかって大した収穫だ」
「そう……けど、現場は見ての通り海の上、空の上だけど?」
「心配ご無用、海も空も対応できるさ」
フィリップが自信満々に答える。
それ以上、リンディは何も言わなかった。リンディがパネルを操作すると、翔太郎はそのまま転送装置の光に包まれる。転送される翔太郎を見送る面々、その中でなのはは踏ん切りがつかないでいた。
『なのは、行って!』
だが、それを後押しするのはユーノだった。念話によるプライベート通信を送ってきたのだった。
『君のやりたい事、やってくるんだ!』
『でも……!』
『君に助けられた恩返しさ』
ユーノはフッと笑みを漏らす。同時に、なのはの背中をフィリップが軽く叩いた。
「フィリップさん?」
「僕の相棒はあの通りでね。助けてあげてくれないかな?」
「……はい!」
なのはは駆けだす。その間にユーノは印を結ぶ。転送魔法を発動させたのだ。
「おい、君も!」
「すまない、クロノ」
振り返ったクロノの目の前にはフィリップがいた。
「君って力持ちかい?」
「なんだって?」
その次の瞬間、フィリップの腰にはベルトが巻きついていた。流れる動作でフィリップは緑色のメモリを取りだし、ボタンを押す。
《サイクロン!》
そしてメモリをベルトに差し込むと、サイクロンメモリは消え、フィリップが意識を失い、クロノへと倒れ込む。突然の事にクロノはバランスを崩して、フィリップに押し倒されてしまうのだった。
「な、何だって言うんだ!」
その感想は当たり前であった。
荒れ狂う海を眼下に翔太郎は帽子を右手で押さえながら、落下していた。このまま落ちれば間違いなく命を落とすが、翔太郎は冷静だった。いつの間にか腰に巻かれたベルトには緑色のサイクロンメモリが差し込まれていた。翔太郎はそれを押しこみ、次いでジョーカーメモリを起動させ、ベルトへと挿入する。
《サイクロン・ジョーカー!》
ガイアウィスパーと音楽が流れ、翔太郎の体は変化していく。右半身は緑色、左半身は黒色の仮面ライダー、ダブル・サイクロンジョーカーであった。「風の記憶」を宿したサイクロンメモリの力はその名の通り風を操る。落下する際に生じる風を取りこみ、ダブルは体に風を纏い僅かに落下速度を緩める。
「翔太郎さーん!」
頭上でなのはの声が聞こえる。彼女また、初めて遭遇した時の白い衣装へと変身を遂げていた。
「落ちてますけどー大丈夫ですかー!」
「あぁ、すぐにくる」
急降下する形でダブルの傍まで移動するなのは。そんな彼女の心配を問題ないという風に返すダブル。その瞬間、遥か後方から黒と赤の飛行物体が急接近する。
『マッハ12』
なのはの持つデバイス、レイジングハートがすぐさま飛行物体の速度を割り出す。その飛行物体とは、ダブルの空戦用マシンである『ハードタービュラー』であった。すぐさまダブルはハードタービュラーに乗り込む。
「お先に行かせてもらうぜ?」
ダブルは荒れ狂う空域へと突入し、なのはもまた、そのあとを追う。
そしてアースラのクルーは彼らを見送りながらも、最大限のサポートを行おうとしていた。ブリッジクルーは常に現場の変化に目を光らせ、ジュエルシードに異常がないかを観測していたし、危険と判断すればいつでも艦内に連れ戻せるよう準備を行っていた。
リンディの判断である。
「クロノ、あなたも準備をしてちょうだい」
「艦長?」
意識を失ったフィリップを自分の席に座らせながらクロノはリンディの方へと向いた。
「形はどうあれ事態が動くわ。今はあの子たちに任せるとしても……」
「了解です」
みなまで言わずとも理解するのは優秀なクルーであるからというだけではない。二人は親子なのだからそういう繋がりがあるのだ。
(黒幕が動くと判断したか……だとすれば……)
クロノはなおの事彼らを現場に向かわせなければ良かったと思っていた。もしこの予測が的中すれば、一番危険な場所にみすみす送り込んでしまった事になるのだから。
三者の想いが交差する中、嵐はさらに強まっていくのであった。