仮面ライダーW×リリカルなのは ~Oの願い事~   作:アズッサ

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第六話 Oの願い/愛しの家族へ

 状況は悪化の一途を辿っていた。時の庭園より発生した次元振は収まりを見せていたが、庭園内部で巻き込まれた翔太郎のスキャンは今も進んでいない。大雑把な位置情報の特定すら出来ないのだ。だが、同時に収まりつつある次元振の影響は少なくなり、新たに局員を転送できる準備が整っているのは、エイミィの能力の高さだろう。

 ひとつ問題があるとすればアースラ内の武装局員のほとんどが全滅しているという事だ。

 

「僕が行く。元凶を止めなくちゃ事態は進展しない」

 

 こういう状況でのクロノの即断は頼もしい。転送可能となったとは言え、何時崩壊が始まってもおかしくない庭園に乗り込むのは危険ではあるが、このまま放置していては新たな次元振の発生とその余波でアースラは勿論、次元区域に近い地球にまでその影響を及ぼす事になる。状況はプレシア・テスタロッサ逮捕ということだけには収まらないのだ。

 通路を駆け、転送ポートを目指すクロノはその道すがら、なのはたちと対面する。その中には虚空を見上げ、もはや糸の切れた人形のような姿となったフェイトがアルフに抱きかかえられていた。真実と絶望を一気に叩きこまれた少女の心情はいかほどか、それは誰も想像はつかなかった。クロノはそんなフェイトを気の毒に思いながらも、すぐにその思考を脇へと追いやり、現地へと向かう目的を再認した。

 

「僕は現場へ向かう。君たちはその子を」

「待って! 私も行く!」

「僕も!」

 

 そう言って彼女らの傍を抜けようとするが、なのはとユーノはそれを静止するように訴えた。クロノが振りかえる。二人の眼差しは真剣であった。議論の余地はない。今は猫の手で借りたいという正直な思いもある。クロノはそれを承諾した。

 

「わかった。行こう」

 

 そう言ってクロノは駆けだし、なのはとユーノもその後を追う。残される形となったアルフはフェイトを抱きしめて、彼らを見送るしかなかった。

 そんな時であった。新たな足音が自分たちに近づいてくることに気が付く。振り返れば、そこにいたのはフィリップであった。つい先ほどまで、随分と取り乱していたフィリップだったが、今は落ち着き、出会った当初の飄々とした姿を見せていた。

 

「フェイト・テスタロッサ」

 

 その言葉に反応は帰ってこない。だが、フィリップは構わず言葉を続けた。

 

「僕はプレシア・テスタロッサを許さないだろうね。君がクローンだろうが、彼女の実の娘、アリシアが不幸な事故で命を失おうが、プレシアを同情はしても彼女を許すなんて事は僕には出来ない」

 

 口調は淡々としているが、その中にはフィリップの怒りが込められている。アルフはそれを察知していたが、彼の言葉を遮る事はしなかった。

 

「どんな形でも君は彼女の娘だ。そして子どもをあんな形で切り捨てる親を僕は絶対に許さない。だけど、僕たちは断罪をしにいくわけじゃない。依頼を果たす為に彼女に会いに行く。君のお姉さん、アリシア・テスタロッサから受けたこの依頼、必ず果たす」

「な、なぁ……そのアリシアの依頼って……」

 

 アルフにはフィリップのいう依頼が何の事なのかは詳しくは分からなかった。迷子がどうとか言っていた記憶はあるが、あの時は細かい事を聞く余裕もなかった。それに彼女もアリシアなんて存在は知らなかったからだ。プレシアの死んだ実の娘がアリシアで、フェイトはそのクローンで、フィリップは死んだアリシアから依頼を受けている。混乱していた。

 

「迷子を捜して、家に届けるのさ。君のお姉さんは余程妹が可愛いらしい」

 

 その瞬間、フィリップの表情が柔和になった。ほんの少しフェイトをなでてやると、フィリップは何も言わずにクロノたちの後を追う。

 

「ちょ、ちょっと待ちなよ! あんたの相棒、連絡付かないんだろ!? あんた、あの相棒がいないと戦えないんじゃ……!」

「心配はいらない」

 

 フィリップは立ち止り、振りかえらずに右腕を軽くあげた。その手には赤いベルトがあった。それはダブルのベルトとそっくりだったが、ひとつ違うのはスロット部分が片方にしかないという所だ。

 

「それに、翔太郎があの程度で死ぬはずがない」

 

 それだけを伝えるとフィリップは先を急いだ。

 既に三人は転送された後のようで、姿はなかった。モニターしていたエイミィは転送ポートにフィリップがいる事を確認すると驚いたような声を出す。

 

『フィリップさん!?』

「済まない、手間をかけさせるが僕も行くよ」

『ですけど……』

「翔太郎が動けない今、僕が依頼を引き継がなくちゃいけないんだ。それに……」

 

 フィリップはベルト『ロストドライバー』を装着すると、緑色のサイクロンメモリを取りだす。

 

《サイクロン!》

 

 そのまま流れるような動作でロストドライバーにメモリを挿入、変身の構えを取る。ガイアウィスパーの囁きと半分だけ流れるメロディ、フィリップの体を風が覆うと、そこには緑色の戦士がいた。

 その名は「仮面ライダーサイクロン」。ロストドライバーで単独変身するフィリップのもう一つの姿であった。

 

「これで構わないだろう?」

『わかりましたよ!』

 

 観念したような、呆れたような、ともかくそんなエイミィの声を聞き流しつつ、フィリップは転送の光に包まれる。一瞬の浮遊感の後、景色が一変する。無機質なアースラの転送ポートとは打って変わり、黒々とした空間と鳴りやまない雷、そして無数の残骸が広がっていた。

 

「彼らは既に侵入したか」

『フィリップさん、クロノ君たちにも突入は伝えました。そのまま道なりに進んで行ってください。大広間までは直通です』

「了解だ」

 

 サイクロンはエイミィのナビゲートを聞きながら駆けだす。道中で敵の妨害がないのは、それまでにクロノたちが排除したからなのだろう。サイクロンの身体能力を持ってすれば彼らに追いつくのは容易であった。

そして、サイクロンの能力は風を力に変える事である。サイクロンが走れば走るほど、速度が上がり、それに比例してサイクロンの肉体は強化されていく。風こそがサイクロンの力である。動けば動くほど、速ければ速いほど、サイクロンはその名の如く、風になる。

 

 

 

 大広間へとたどり着いたなのは、クロノ、ユーノは立ちふさがる巨大な兵士たちを見てもたじろぐことはなかった。傀儡兵と呼ばれる鋼鉄の兵士たちは斧や剣、中には両肩に大砲を装備したものもいる。その戦闘力は非常に高い。反面、大した知能レベルは持ち合わせていない事や鈍重な動きという欠点もあるが、そんなものは補える程の数がそこにはひしめいていた。

 

「僕はプレシアの元へ行く! 君たちは最上階の駆動炉の封印を頼む!」

 

 クロノが自身のデバイスを構え、特大の一撃を放つ。収束された魔力砲が傀儡兵の群れに大きな穴を作る。なのはとユーノはすかさずそこへ飛び込み、クロノの指示通りに最上階を目指す。プレシアの逮捕も重要だが今はそれ以上に暴走する庭園を止める必要もあった。彼女の持つジュエルシードの発動を呼応するようにこの時の庭園の駆動炉もまた膨大なエネルギーを放出しながら自身を崩壊させている。だからこそ、クロノは二手に分かれるよう指示を送ったのだ。

 

「クロノ君も気をつけて!」

 

 クロノはニッと笑みを浮かべて答える。なのはらの後を追おうとする傀儡兵を狙撃し、自身を囲む兵士たちを見渡す。

 

「無傷じゃ済まないな……こりゃ」

 

 軽口を叩くのは不安を打ち消す為だ。周囲を見渡し、明らかに不利な状況であることを悟ったクロノは一点突破という無謀な賭けに出ようとしていた。

 その時、烈風が吹いた。

 

「何!?」

 

 烈風は兵士らの巨体を叩き伏せる。そして、風が走る。大剣を持った兵士がその剣ごと真っ二つに切りされていく。風は瞬く間にクロノを囲む兵士たちをねじ伏せた。

 

「君は……!」

 

 クロノの目の前にサイクロンが降り立つ。サイクロンは腕を構えて、顎に手をあてがった。

 

「手伝うよクロノ」

「フィリップさんか!」

「アリシアの依頼を完遂する。プレシアの元へ!」

 

 そう言ってサイクロンとクロノは兵士たちの群れへと突撃する。だが、もはや兵士たちなど烏合の衆である。サイクロンの高速戦闘は兵士たちの鈍重な動きではとらえきれず、軽々とその合間を潜り抜け、兵士たちの急所を的確に狙い、破壊していく。そんなサイクロンにかき回される兵士などクロノのしてみれば練習の的よりも簡単に当てられる的でしかない。

 

(これが噂に聞くマスクドライダーの力か!)

 

 サイクロンの援護を受けて、クロノはふといままでの調査の途中、偶然にも知りえた情報を思い出していた。それは次元を超え、破壊すると言われる存在についてである。

 

(数か月前、いくつもの次元世界の消滅、そして復活が確認された。それと時を同じくして無数の次元世界の融合も……その中心にいたのは全て『ディケイド』と呼ばれる存在……プレシアすらも口にした噂だけの存在……そしてマスクドライダー、仮面ライダーという呼称、なるほど確かに……)

 

 だが、クロノはそこで考えを止めた。今はそんなことよりも目の前の事件へと取り組む事が重要だからだ。それに、今その仮面ライダーは味方として共に戦っている。それでいいのだとクロノは思っている。

 

「フィリップさん、雑魚に構っている暇はない、ついて来てください!」

 

 言って、クロノは再度チャージした魔力砲を地面へと向けて放つ。巨大な爆発とその余波で兵士が吹き飛び、地面には大きな穴が穿れた。若干反則な近道であった。

 

「着いてくる? クロノ、それはこちらの台詞さ」

 

 爆風による風を受け、サイクロンは常人には視覚出来ない程の速さで周囲の兵士を蹴散らす。邪魔になる兵士を片付け、サイクロンはそのまま大穴へと突入する。

 

「そのようだ!」

 

 クロノもまたその後を追う。

 

『クロノ君! フィリップさん!』

 

 道中、エイミィからの通信が入る。

 

『フェイトちゃんとアルフさんも協力してくれるみたいよ! 今、なのはちゃんとユーノ君と合流した!』

「そうか……駆動炉の方は彼女らに任せてもいいようだな」

『そうね、いけるよ!』

 

 エイミィの言葉に強く頷くクロノ。サイクロンもまたそれに同意した。

 

(翔太郎、事件は大詰めを迎える。君は一体何をしているんだい?)

 

 快進撃の中、サイクロンはただ一つ、その事だけが気になっていた。そして、回廊を降りていく中、ついに目的となる最下層へとたどり着く。

 これまでに妨害を続けてきた兵士は一体いくつ倒してきただろうか。もう数すらも数えていないが、サイクロンもクロノも大したダメージはない。

 

「予定よりも随分と速く到着出来た。これもあなたの援護のおかげです」

 

 襲撃が止み、一旦は静けさを取り戻した回廊を進みながら、クロノはサイクロンへと礼を述べた。

 

「気にする事はない。お互い、目的を果たす為に手を組んだまでだからね」

「そうですね……ですが、感謝しています」

 

 次第に、回廊の舗装された通路は消え去り、いつの間にかごつごつとした、岩肌が目立つようになってくる。庭園崩壊の影響が大きいのか、右手側の壁は完全に消失しており、虚数空間と呼ばれる次元世界の海が広がっていた。

 

「ここだ!」

 

 クロノのデバイスが反応を示す。がれきに埋もれ、隠された通路を魔力砲で粉砕したクロノとサイクロンはそのままの勢いで突入していく。ひび割れた地面と崩壊し今も崩れるその空間の奥、アリシアの浮かぶシリンダーを愛おしく撫で、寄りかかるプレシアの姿があった。

 

「あなた達……そう、もう着いたのね……案外傀儡兵も役に立たないわね……所詮は骨董品の木偶人形だったかしら」

「そこまでだプレシア・テスタロッサ。罪状はもう伝える必要はない。あなたを逮捕します」

「逮捕……?」

 

 何を馬鹿な事を言っているのか。そんな風に言いたげなプレシアの視線が二人を射抜く。

 

「次元振はリンディ艦長が防いでいる。駆動炉も高町なのは、ユーノ・スクライアの手によってもう間もなく封印されるだろう。あなたの野望はここまでだ」

 

 だがクロノは受け流しながら続ける。いつでも撃てるようにデバイスを構える腕の緊張は解いていなかった。

 

「なんで……なんでいつもこうなのかしら……」

 

 プレシアはアリシアのシリンダーに抱きつきながら、涙を流した。

 

「何で世界は私から何もかもを奪うのかしら……富や名声なんてなくしてもいい、けれど愛する娘までなぜ無情にも奪われなければならないの!」

 

 プレシアの絶叫と共に魔法陣が展開される。その衝撃波が二人の元まで届く。

 

「事故を起こしたから? 私の存在? 何がいけないの、何が駄目だの! なぜアリシアを奪うの!」

「止めろ!」

 

 クロノがデバイスを発動させるよりも早く、プレシアの無造作に放った魔力弾の着弾が早かった。咄嗟の機転でシールドを展開するクロノだったが、魔力弾はやすやすとクロノのシールドを貫いた。

 

「あぁ!」

「クロノ!」

 

 同じくサイクロンは済んでの所で魔力弾を避ける事ができ、弾き飛ばされたクロノへと駆け寄る。クロノは頭から血を流し、苦痛に顔をゆがめるがサイクロンの手を借りることなく立ち上がる事が出来た。

 

「娘の為にあらゆるものを捨てたわ。なのにみんなが寄ってたかって私から奪おうとする……今もそうよ! 私は取り戻したいだけなのよ、失った過去を、ついえた未来を! 私とアリシアの世界を!」

 

 ただの魔力の放出ではあったが、その衝撃波軽々とサイクロンとクロノを吹き飛ばす。

 

「こんなはずじゃなかったのよ……私とアリシアの運命は……こんな残酷な運命のはずじゃなかったのよ!」

 

 その悲痛な叫びからプレシアの無念が伝わる。それはサイクロンもクロノも否定はしない。だが、しかし、それを許すわけにはいかないのだ。

 

「世界はいつだって『こんなはずじゃない』事ばかりだ……!」

 

 クロノはがれきに埋もれながらも叫んだ。

 

「今も昔も……誰もがそうだ! こんなはずじゃないって言いたい事ばかりだ! 逃げたっていい、立ち向かってもいい、だけどそんな自分勝手な悲しみを周りに押し付けて、巻き込んでいいわけがない!」

「そうだ……」

 

 クロノに続くようにサイクロンが立ち上がる。幸い衝撃波のダメージは少ない。動けないクロノとは違ってサイクロンは構えをとり、クロノの盾になるように立ち上がった。

 

「プレシア・テスタロッサ。あなたもそれを分かっているはずだ! あなたのその悲しみが、今まさにフェイトをそしてあなた自身を苦しめている!」

「そうよ! だから私は! アルハザードへ行くのよ!」

 

 プレシアはデバイスをサイクロンに向け、その体を拘束する。紫の鎖が何重にも重なりサイクロンを締め上げる。

 

「ぐぅぅう!」

「そういえば……あの子が取り逃がしたジュエルシード……確かあなたが持っていたはずね。ちゃんと報告は受けているのよ」

 

 プレシアはよろめく体をデバイスで支えながら、サイクロンを凝視する。壊れたような笑みが鋭くなるにつれて、サイクロンの体を鎖が締め付けていく。

 

「ぐあぁぁぁ!」

「貧弱ね。原理は分からないけど、あなたの片割れの時よりもパワーが弱いわ。さぁ、このまま砕かれたくなかったらジュエルシードを渡すといいなさい!」

「そ、それは無理だね……!」

 

 強がりを口にする余裕などないはずだが、サイクロンはそんな言葉を吐いた。それがプレシアの逆鱗に触れる事は簡単に想像できる。プレシアはさらにサイクロンを締め上げると、そのまま彼を壁へと打ち付ける。壁にめり込む程の衝撃を与えられたサイクロンは力なく、その身を落下させる。

 

「がっ……! はぁ!」

 

 許容範囲のダメージを超えた為か変身が解除され、フィリップへと戻る。フィリップは額や口から血を流しながらも、全身の痛みに耐えながらも立ち上がろうとしていた。

 だが、その体をプレシアは容赦なく鎖で縛りつける。無防備な状態のフィリップの懐から青い宝石が飛び出し、プレシアの元へと飛んでいく。ようが済んだプレシアはフィリップを無造作に開放した。

 

「貧弱なボウヤたち……邪魔をしなければよかったものを!」

 

 フィリップとクロノ、お互いに身動きが取れない今、プレシアの放つ魔力弾の直撃を受ければ命はない。焦りが二人の脳裏を走る。だが、どうする事も出来ない。プレシアが腕を振り払う、その瞬間であった。天井が轟音と共に破壊され、金色の魔力光がプレシアの眼前に降り注ぐ。

 

「これは……!」

 

 プレシアは驚愕すると同時にその光が何なのかを直ぐに理解した。

 

「フェイト……!」

 

 プレシアの目の前にフェイトとアルフが降り立つ。アルフはプレシアを睨みつけたまま、拳を構えるが、フェイトはバルディッシュを降ろしたまま、プレシアと正面から向き合っていた。

 

「何をしに来たの……邪魔よ、消えなさい」

「あなたに……言いたいことがあってきました」

 

 邪険にするプレシアの棘に耐えながらもフェイトは前を見据えていた。

 

「私は……私はアリシア・テスタロッサじゃありません。あなたが作ったアリシアのクローン……いえ人形なのかも知れない」

 

 認めたくはない事実である。今まで自分は彼女の本当の娘だと思い込んでいたのだ。それを、今まさに目の前の女によって最悪の形で知らされたフェイトには恨みごとに一つをいう権利もある。だが、彼女はそれをしなかった。そんなつもりもなかった。

 

「だけど、私は、フェイト・テスタロッサは……あなたに生み出され、育てて貰ったあなたの娘です!」

「だから?」

 

 そんなフェイトの叫びもプレシアはたったひと言で切り捨てる。あまりにも冷たすぎる仕打ちは決心を固めたフェイトにすら動揺を与える。

 

「もうそんな事はどうでもいいのよ。今新たにジュエルシードが手に入った。確率はこれで上がるのよ。最後の最後にあなたが役に立ったわ……だからもう本当に用済みなの」

「あなたは……心まで閉ざして、ただ自分の中に引きこもっているだけだ……」

 

 フィリップがかすれたような声で言った。

 プレシアはぎろりと血走ったような眼でフィリップを睨みつける。鬱陶しい邪魔が入ったと感じたプレシアは今度こそ、この生意気な男の息の根を止めてやろうと思いたつ。

 だが、フィリップはプレシアの殺気を感じながらも、言葉を続けた。ボロボロになりながらも、立ち上がり、プレシアを見据える。

 

「そんなあなただから……娘の声も届かなかったんだろうね……」

「鬱陶しいわね、あなた……フェイトは娘なんかじゃないわ」

「違う!」

 

 フィリップは叫んだ。

 

「あなたは、あなたの言う本当の娘の声も届いていなかった!」

 

 フィリップはそう叫びながら、一通の手紙をかざす。それは彼らの元に送り届けられたアリシアからの手紙であった。

 

「何……それは?」

「僕たちは探偵だ。探偵の元に届く手紙は決まっている。依頼だ。そして、依頼人の名はアリシア・テスタロッサ」

「…………!」

 

 そんな馬鹿なことがあるか。プレシアはそう叫んでやろうと思ったが、フィリップがそれを制した。

 

「Ⅰと刻まれたジュエルシードはこの手紙に同封されていた。ジュエルシードは願いを叶える宝石、アリシアは死しても願ったんだ!」

「嘘よ、でたらめだわ」

「依頼内容は『迷子の妹を探してください。きっと寂しくて泣いています』……アリシアは、あなたの娘はフェイトの事を妹と呼んでいる。そして、あなたが受けれない為に、迷子となったフェイトを探して欲しいと僕たちに依頼してきた!」

「惑わすなぁ!」

 

 プレシアの絶叫が響く。そんな事はない。否、あり得ない。死者が願いを? ジュエルシードにそんな力があるなど、だが、ロストロギアと呼ばれる得体の知れぬ宝石ならば、しかし、それならばなぜ? 自分の元へ、届かないのか、なぜ、どうして……そんな言葉の数々がプレシアの脳裏に走る。プレシアはフィリップのかざす手紙を確認する。知らない文字、この地球の文字だろう。だが、そのつたない文字は見おぼえがある。独特のはねや流しは確かにアリシアの文字のようにも見えた。だが、それで信じられるわけがない。だが、一度根付いた疑惑は払拭しきれない。

 もし、本当にその手紙が本物なら、今まで自分が行ってきた事は何だったのか。全てを犠牲にし、ただアリシアを蘇らせる為だけに今日までの時間を過ごしてきたというのに、その為にフェイトを作り出したのだ。それも全てはアリシアの為の犠牲なのだ。それを……アリシアが否定するはずがない。

 

「違うわ……そうよ、アリシアは私に優しいもの! アリシアは私の言う事を聞いてくれる! 我がままだけど、アリシアは! アリシアぁ!」

「か、母さん!」

 

 身を悶えさせながら絶叫を続け、そして血を吐くプレシアにフェイトが駆け寄る。だが、プレシアは無造作にデバイスを横に薙ぎ払い、フェイトを殴打する。突然の事に、身構える事も出来なかったフェイトはそのまま倒れ込む形となった。

 

「お前は私の娘じゃない! 偽物よ! その手紙も、依頼も、私の同情を誘うというの! いけない子だわ! フェイト、あなたが仕組んだことなんでしょう!」

「違う……違う! 母さん!」

「プレシア・テスタロッサ!」

 

 フェイトはただ首を横に振るだけだった。だが、プレシアの怒りは収まらない。両腕を広げ、今しがた奪い取ったジュエルシードをこれまでに集めたジュエルシードが彼女の周囲を漂う。ただ違うのは、そのジュエルシードたちが封印を施された青い結晶体ではなく、ドス黒く、鈍く輝いている事だった。

 

「何が……起こっている!?」

 

 事態の成り行きを見守っていたクロノだが、これは想定外の事であった。

 

『大変よクロノ君! ジュエルシードが暴走しかけてる!』

「なんだと!」

 

 プレシア・テスタロッサ程の魔導師が、いくらロストロギアとは言えジュエルシードの制御を失うというのか。クロノは無理をおしてでも事態を食い止めなければいけないと悟り、立ち上がろうとするが、悔しい事に体は言う事を聞いてはくれなかった。

 

「くそ! 止めるんだプレシア・テスタロッサ!」

『駄目! 止まらない……暴走のエネルギーが……』

『エイミィ!』

 

 割り込みをかけるのはリンディであった。彼女も単身庭園に乗り込み、崩壊を防いでいたのだが、事態の急変を察知していた。

 

『各員回収を急いで!』

『やってます! けど、暴走のエネルギーが邪魔をして……アースラにまで余波が……』

 

 そう叫ぶエイミィの背後からはけたたましくアラームが響いていた。

 

『なんて事……!』

「母さん!」

 

 その時、クロノは思わずリンディを役職名ではなく、プライベートでの呼び名で呼んだ。

 

「今はジュエルシードの封印を優先します! どっちにしろ、そうでもしないと終わりです!」

『クロノ……あなたまで失ったら私は……』

「死にませんよ。母さんを第二のプレシアにはしたくない」

 

 それだけを伝えると、遂には通信すらも取れないような程の影響が出ていた。

 暴走を続ける無数のジュエルシードはさらに共鳴を強め、プレシアの絶叫は今もなお続いていた。

 

「とは言ったものの……あれをどうするべきか……」

 

 クロノが見つめる先、またも想像を絶する事態が始まっていた。ジュエルシードの暴走はただのエネルギーの放出現象だけで終わるものではない。願いを叶える為にそのエネルギーは実体をもち、願いに突き動かされるようにして僅かながらに意思を持つ。

 それはプレシアであっても同様だった。本来ならば、暴走を引き起こしてもそれを制御するだけの力が彼女にはあったはずだ。だが、今の錯乱したプレシアにはそれを行うだけの平静は保てない。

 その瞬間、ジュエルシード全てのエネルギーがはじける。周囲の柱や岩を砕き、がれきを吹き飛ばしながら、プレシアとアリシアのシリンダーがあった場所には、巨大な黒い人型がうずくまっていた。人型ではあるが、人間ではない。全てから逃げるように塞ぎこむような格好だが、ただ一点、違うのは両腕だけは何かを大切に守っていた。アリシアであった。シリンダーから解放され、光輝く球体の中におさまったアリシアをプレシアが変異したジュエルシードモンスターは何もも寄せ付けないように大切に抱えていた。

 

「母さん……母さん!」

 

 その変貌を間近でみていたフェイトは何度も叫んだ。だが、今のプレシアにその言葉は届かない。もぞもぞとうごめく暴走体から魔力弾が放出される。

 

「フェイトぉ!」

 

 刹那、アルフがフェイトを抱きかかえ、直撃を避ける。

 

「アルフ……!」

「フェイト、せっかくここまで来たんだよ! ぼうっとしてないでさ!」

「アルフ……わかった!」

 

 フェイトにはアルフの言いたい事がなんとなく伝わっていた。今この場にいて、ジュエルシードを封印出来るのは自分しかいない。そして、母を救えるのは、自分しかいないという事を理解した。

 

「それに……母さんにはまだ言いたい事がたくさんある!」

 

 フェイトはバルディッシュを展開し、大鎌へと変形させる。

 

「待ってて母さん! 今助ける!」

 

 フェイトがバルディッシュを振るう。暴走体の表面に傷が出来るがすぐさまその傷はふさがり、体が震えると同時にフェイトの背丈と同じぐらいの魔力弾が発射される。

 

「うっ……!」

 

 それを難なく避けるフェイトだが、かすっただけでもその衝撃は凄まじい。何度も回避を続けていくが、次第にバランスが取れなくなり、タイミングがずれる。

 

「しまった!」

 

 眼前に魔力弾が迫る。バルディッシュに切り裂ければと思い、迎え撃とうとする次の瞬間であった。ピンクの光が頭上より飛来し、魔力弾をかき消した。ハッとなり見上げるフェイトはそこに、レイジングハートを構えたなのはの姿を認めた。傍らにはユーノがおり、ユーノは倒れるフィリップやクロノを回収、防衛に努めた。

 

「なのは、二人は僕が!」

「お願いユーノ君! フェイトちゃん!」

「なのは……」

 

 急ぎフェイトへと駆け寄るなのは。にっこりと笑い、フェイトの無事に安堵する。

 

「よかった! アースラとも連絡が取れなくなるし、嫌な魔力が感じるしで、心配してたけど……どこも怪我はない?」

「うん……平気……けど母さんが」

 

 二人の少女は暴走体へと視線を向ける。

 

「あれが……プレシアさん……そして……」

 

 なのはは暴走体が抱えるアリシアを視覚した。

 

「うん……アリシア……姉さん」

「助けなくっちゃね。こんな終わり方私嫌だもん」

「私もそう思う……言いたいことも言えないままじゃきっと後悔するから……だから、お願い母さんと姉さんを助けて!」

 

 その瞬間、暴走体の体から新たな魔力弾が発射される。二人はそれを避けようとするが、それよりも早く、

 

「ライダーキック!」

《ジョーカー! マキシマムドライブ!》

 

黒い影が魔力弾を消し去ったのだ。その影は地面へと降り立つとその姿を完全に表す。それは黒いボディに真っ赤な目を光らせた、ダブル、否、仮面ライダージョーカーの姿であった。

 

「どうやら遅刻せずに済んだみてぇだな……」

 

 ジョーカーから発せられる声はまさしく翔太郎の声だった。

 

「翔太郎さん!?」

「よぅ、待たせたな」

 

 ジョーカーは軽く手をあげて返事を返した。そんなジョーカーめがけて、暴走体は再度魔力弾を放つ。だが、ジョーカーは軽やかなステップを繰り返しながら、魔力弾を避け、時には受け流すようにして弾く。

 

「おぉっと! 手荒い歓迎だな……」

 

 最後の魔力弾を蹴り返しながら、ジョーカーは小さくため息をつく。

 もぞもぞと動きながら暴走体はジョーカーを見下ろす。表皮がざわざわと震えるのは怒りの現れか。そのこう着状態の間に、なのはとフェイトはジョーカーの傍まで降り立つ。

 

「ほ、本当に翔太郎さんなんですか?」

「ホレ! 足あんだろ!」

 

 ジョーカーはパンパンと足を叩く。

 

「けど、どうやって……外に落ちたら助からないってクロノ君が……」

「持つべきは相棒の発明品ってな」

 

 そう言ってジョーカーは腕に巻かれた時計をとんとんと叩く。それは腕時計型のガジェット『スパイダーショック』であった。蜘蛛を模したガジェットはその通りに強化ワイヤーを射出する事が可能である。翔太郎は崩壊の最中、このワイヤーで自身を釣りあげ、九死に一生を得たのであると説明した。

 

「まぁ、その時に気を失ってな。マジでヤバかったぜ……さて」

 

 ジョーカーはフィリップに駆け寄り、肩を貸して彼を立ち上がらせる。

 

「行けるか、フィリップ?」

「当然さ。まぁ君に言わせれば僕は無茶をする相棒だからね」

「へっ……んじゃ、始めようぜ。俺たちの依頼をよ!」

 

 ジョーカーはそう言って、変身を解き、ロストドライバーを外す。そしてダブルドライバーを取りだし、二人は各々のメモリを取りだし、構える。

 

《サイクロン・ジョーカー!》

 

『変身!』

 

 二人は同時にメモリをスロットへと挿入する。フィリップ側のサイクロンメモリは翔太郎側へと転送される。翔太郎はダブルドライバーを展開、その肉体をダブルへと変化させる。同時にフィリップの意識はダブルへと移り、その体は意識を失い倒れ込む。この時フィリップの体を受け止めたのはアルフであった。

 

「一体どういう体してんだ……」

 

 そんなアルフの感想を聞き流しながら、二人は一人の仮面ライダーダブルへと変身を遂げる。

 

『さぁ……プレシア・テスタロッサ……お前の罪を数えろ』

 

 ダブルはその指先を暴走体へと変貌を遂げたプレシアへと向ける。むろん、その返事は帰ってこない。だが、全身をざわめかせるその姿は怒りだ。自分に罪はないと言うように、全てを否定するように暴走体は無数の触手を展開し、ダブルたちを狙う。

 

「やらせない……母さん!」

 

 真っ先に動いたのはフェイトである。バルディッシュの金色の刃が触手を切り裂く。

 

「レイジングハート! フェイトちゃんに続くよ!」

 

 なのはもまた己の相棒と共に魔力砲をチャージ、暴走体の頭部へと狙いを定める。しかし、暴走体はその高エネルギー反応を見逃さない。触手の数を増やし、さらに魔力弾を一斉に発射する。

 

「やらせるかよ」

 

《ルナ・トリガー!》

 

 ダブルは両サイドのメモリを交換する。右側は金色のルナメモリ、左側は青色のトリガーメモリ、ダブルの射撃形態の一つ『ルナ・トリガー』であった。ダブルは胸に装着された専用銃『トリガーマグナム』を構えると、連射、無数の弾丸を打ち出す。弾丸はダブルの意志に従い、不規則な軌道を描きながら魔力弾を相殺していく。そして触手は先ほどと同じようにフェイトが切り払う。

 

「ディバインバスター!」

 

 同時にチャージの終了したなのはが得意の魔法を放つ。暴走体は障壁を展開するが、なのはもまた負けじと魔力を込め続けた。

 

『翔太郎、僕たちも押し込む!』

「OKだ!」

 

 そういってダブルはルナメモリをヒートメモリへと変更する。金色の半身が赤く変わる。『ヒート・トリガー』へと姿を変えたダブルはトリガーメモリをマグナムへと挿入する。

 

《トリガー! マキシマムドライブ!》

『トリガー! エクスプロージョン!』

 

 なのはの魔力砲と合わせるようにダブルから高温度の火炎放射が放出される。二つの高エネルギーに押し切られる形で障壁は砕かれ、暴走体はその身にピンクのエネルギーと赤い炎を受け、悲鳴のような、獣の叫び声のような轟音が発する。だが、全身を焼かれながらも暴走体の肉体は驚異的なスピードで再生していくのが見えた。

 

「みんな! あの暴走体はジュエルシードのエネルギーをぜいたくに使っている! ダメージの蓄積なんて考えてたらこっちが先に消耗するよ!」

 

 動けないフィリップとクロノの盾になりながらも暴走体を観察していたユーノが叫ぶ。

 

「どうすればいいの!」

 

 なのはは無数の魔力弾を一斉発射して暴走体を牽制する。

 

「変わらないよ、暴走体のコア、ジュエルシードを強制的に封印するんだ!」

「けど、ジュエルシードが見当たらない……!」

 

 フェイトの言う通り、真っ黒な暴走体の表面にはそれらしきものはどこにも見えなかった。さらに言えば高エネルギーの塊である暴走体が邪魔をしてか位置を特定することも難しかった。

 

「フィリップ! 検索でどうになんねぇのか!」

『不可能だね。ジュエルシード、及びジュエルシードモンスターに関する情報はまだ更新が追いついていない』

「くそ!」

 

 ダブルはヒートメモリをサイクロンメモリへと交換し、『サイクロン・トリガー』へと姿を変えていた。威力の低い弾丸は牽制である。しかし身軽になった体は暴走体の触手や魔力弾を次々と避けていった。だが、それもじり貧である事に代わりはなかった。

 

『……!』

 

 不意に、フィリップはこの場にいる者以外の声を聞いた。

 

『何だ……!?』

「フィリップどうした?」

 

 右半身の動きが鈍る。ダブルは翔太郎とフィリップの息が合わなければ満足に動けない。この時、フィリップはその幻聴のようなものに意識が向いてしまった。普段ならあり得ないことだった。

 

『……!』

『まただ……翔太郎、誰かが僕たちに語りかけている』

「何! 誰かって! 誰だ!」

 

 トリガーメモリをメタルメモリへと変更したダブルは『サイクロン・メタル』へと変化し、メタルシャフトで攻撃をしのいでいた。身動きが取れないからだ。

 

『駄目だ、聞き取れない! だが、確実に声はする!』

「そりゃいいが! 早くしねぇとやられちまうぞ!」

 

 フィリップもそれを理解している。兎に角思案を続けながらもフィリップは翔太郎と意識を合わせる。

 次第に、暴走体の傷は完全に癒え、勢いを取り戻す。更に攻撃の勢いは苛烈さを増していた。先ほどよりも俊敏になる触手と機敏に動く魔力弾を防ぐことが難しくなっていた。ダブルもなのはもフェイトも防戦へと移行していた。

 

「あの時みたいにジュエルシードを纏めて封印すれば……!」

 

 なのはが叫ぶ。

 

「駄目、ここじゃ庭園が崩壊する……! それにあのエネルギーじゃ防がれてしまう」

 

 だがフェイトはそれを却下する。効果的ではあるのだろがリスクを考えれば共倒れであった。

 

『翔太郎、一か八かだ。エクストリームで行こう!』

「エクストリーム!?」

 

 翔太郎はフィリップの考えが分からなかった。だが、無駄な事をする男ではない事を信じていた。そうなれば行動は早い。ダブルは『サイクロン・ジョーカー』へと姿を戻すと、『エクストリームメモリ』を呼び寄せる。エクストリームメモリは通常のメモリとは違い、鳥型のガジェットであった。鳥の鳴き声と共にエクストリームメモリが飛来する。エクストリームメモリはまずフィリップの肉体をその身に宿し、なのはやフェイトに迫る触手や魔力弾を弾きながら、ダブルの元まで飛翔する。

 

《エクストリーム!》

 

 エクストリームメモリはサイクロン、ジョーカー両メモリを吸収、ベルトへと装填される。ダブルはそれを確認するとエクストリームメモリを左右へ広げる。瞬間、ダブルの体がまばゆい光に包まれる。

 

『はぁぁぁぁ!』

 

 ダブルは自身の中央部分を開け、そのクリスタルサーバーと呼ばれる部位を出現させる。全身もその細部は変化し、頭部はXのようにも見えた。これぞ、仮面ライダーダブル・サイクロンジョーカー・エクストリームである。翔太郎とフィリップが完全に一体化し、その戦闘能力は大幅に向上する。ダブル最強の形態であった。

 だが、ダブルは攻勢に出なかった。変身を遂げたというのにその体は身動き一つしないのだ。

 

「翔太郎さん! フィリップさん!」

 

 触手をよけながらなのはが呼びかけるが反応は帰ってこなかった。

 

「なんだ、失敗でもしたのか!」

 

 クロノもそれが異常なのではないかと疑う。

 

「分からない、けどこのままじゃ!」

 

 ユーノは動かないダブルを援護しようとするが、暴走体もその状況に目ざとくも気が付いたのか今まで眼中にもなかったユーノたちへも攻撃を仕掛ける。

 

「あたしに任せろ!」

 

 だが、その中を駆け抜けるのはアルフであった。狼の姿へと戻ったアルフは一気にダブルの元へと駆け寄り、咆哮と共にシールドを展開した。

 

「そんなに仰々しく出てきてさ! 木偶の坊のままってわけじゃないんだろ!」

 

 アルフはそんな文句を言ってやった。

 だが、ダブルは……

 

 

 

 CJXへの変身を遂げた翔太郎とフィリップの意識は外にはなかった。CJXのクリスタルサーバーが直結する巨大なデータベース『地球』にその意識は存在していた。

 

「これは……

 

 翔太郎の意識が周囲の状況に気が付く。時の庭園の中にいない事はすぐにわかったが、それよりもなぜここにいるのかが分からなかった。

 

「翔太郎……彼女を」

 

 すぐ傍にフィリップの意識が出現する。促されるように翔太郎はフィリップと共に意識を向ける。そこには小さな女の子が立っていた。その姿はフェイトと瓜二つ、そう、彼女はアリシアであった。地球と直結した二人は彼女が名乗りでなくてもそれを一瞬で理解するにいたった。

 アリシアははかなげに笑みを浮かべ、二人の後ろを指差す。二人が振りむいた先には現実世界での戦闘が映し出されていた。アリシアの指先はその映像の中、暴走体を指していた。そして、映像が縮小され、映し出されるのは、暴走体に抱かれるアリシア自身の姿であった。

 

「そうか……そういう事か」

 

 翔太郎は帽子を深くかぶるようなしぐさをして、全てを理解した。アリシアの意図を、そして願いを。

 

「後は任せてくれアリシア・テスタロッサ。君の願いは必ず俺たちが……」

「行こう、翔太郎……! この不幸の連鎖を僕たちが断ち切るんだ!」

 

 二人の意識は地球を飛び超えて、ダブルへと戻っていく。アリシアはそんな二人をただ見送り続けていた。

 そして、ダブルは……その二つの目を輝かせ、覚醒する。

 

『うおぉぉぉぉ!』

 

 ダブルは気合いを入れるように叫ぶと、専用の武器『プリズムビッカー』を取りだす。

 

『翔太郎、狙いはただ一点だ!』

「任せろ! なのは、フェイト!」

 

 ダブルはプリズムビッカーをプリズムソード、ビッカーシールドへと分離させ、駆けだす。

 

「俺たちが一撃かましたら封印をしろ!」

「え、えぇ! いきなりどうして!」

 

 ダブルはなのはの疑問に答えるまでもなく、暴走体へと肉薄していた。

 

『時間がない。この空間の崩壊も早い。それまでに決着をつける。それが、僕たちの依頼の終わり、そしてアリシアの願いが叶う時だ!』

「アリシア……姉さんの……」

 

 先に動いたのはフェイトであった。フェイトはなのはの隣へと移動するとバルディッシュを封印形態へと変形させる。

 

「やろう、なのは……きっとそれが最善なんだと思う」

「フェイトちゃん……うん!」

 

 なのはも決心を固めた。

 ダブルはプリズムソードを振るい、触手と魔力弾を切り裂き、暴走体の真正面へとたどり着く。だが、立ち止まる事はせずビッカーシールドにサイクロン、ヒート、ルナ、ジョーカーの四つのメモリを挿入する。それぞれのマキシマムドライブが発動し、ダブルはシールドを投擲する。ダブルを取り囲もうとしていた触手がそれに切り裂かれる。ダブルは戻ってくるシールドの上に飛び乗ると、プリズムソードへとプリズムメモリを差し込む。

 

『ビッカーチャージブレイク!』

 

 プリズムメモリの力により、ソードへと収束したメモリのエネルギーを纏い、その輝く刃がたやすく障壁を砕き、暴走体の頭頂部から切り裂いていく。そして、その暴走体の中央部分、アリシアの眠る場所まで刃が届く。

 

『今だ! アリシアを!』

「うおぉぉぉぉ!」

 

 ダブルはプリズムソードの刃を返し、アリシアを暴走体から抉り取るようにすくいだす。アリシアの眠る光球が暴走体から離れていく。轟音を立てながら、暴走体はアリシアへと手を伸ばす。だが、その肉体は崩壊を始めていた。

 

「暴走体が……まさか!」

 

 その瞬間、ユーノは理解した。暴走体のコアはアリシアなのだと。

 

『なのは! フェイト!』

 

 ダブルが叫ぶ。

 

「やめろぉぉぉ!」

 

 崩壊する暴走体の内部からプレシアの絶叫が響く。だが、既になのはとフェイトのチャージは終了していた。

 

「娘を救う事が罪なの!? 娘を愛する事が罪だと言うの!」

 

 それは母の嘆きであると同時にこの世界全てに向けられた怨嗟でもあった。プレシアはその全てを吐きだそうとしていた。

 

「私は! アリシアを!」

『もう止めて……お母さん!』

「……!」

 

 瞬間、なのはとフェイトの魔法が放たれる。暴走体のコアであるアリシアを包み込み、ジュエルシードがその活動を停止していく。その閃光の中、プレシアは確かに、アリシアの声を聞いた。

 光が広がる。それは通信が途絶していたアースラでも確認されていた。膨大なエネルギーの奔流が艦体を揺らす。

 

「クロノ君たちは……!」

 

 エイミィはその光が暖かなものであることを感じてはいたが、それでも庭園内部に残っている仲間が気がかりであった。

 そして、光は遂には時の庭園を包み込む。

 

 

 

 その空間は非常に安定していた。光の中だ。その中には茫然と流れるプレシアの姿があった。力を使い果たし、自身のデバイスは砕け、プレシアはただ光の中を漂っていた。

 ふと、周囲に気配を感じる。そこにいたのは二人の少女だった。他人が見れば見分けがつかないような、そっくりの少女が二人。だが、プレシアには直ぐにどちらかが分かった。

 

「あぁ……右がアリシアね……やんちゃな目で直ぐにわかった……そして、フェイト……優しい目……」

 

 プレシアは二人の娘の頬を撫でる。

 

「母さん……」

 

 声を発したのはフェイトだけであった。アリシアは笑顔を向けてくれるが、言葉を発する事が出来なかった。既に死したアリシアには今この場に姿を現す事だけで精いっぱいなのだろう。だが、それでもアリシアは母プレシアの手と妹フェイトの手を握った。

 

「姉さん……姉さん!」

 

 アリシアの温かさがフェイトにも伝わった。

 

「プレシア……」

 

 いつの間にか彼女たちの傍には翔太郎とフィリップがいた。

 

「あなた達は……探偵だったわね……ねぇ聞かせて頂戴……私は、私の罪は……」

「プレシア……娘を、家族を思う気持ちは決して罪何かじゃない。だが、あんたは……」

 

 翔太郎の言葉をみなまで聞かずともプレシアには分かっていたのだ。

 

「頑なに心を閉ざして、娘たちからも逃げていた……それが私の罪なのね……」

 

 全てを理解したプレシアの表情は穏やかなものだった。

 

「私っていつもそうなのよ……いつも気が付くのが遅いの……そして自分勝手……」

 

 まるで世間話をするみたいにプレシアは笑った。笑って、二人の娘を抱きしめた。

 

「けど……けど、今わかった気がする……だけどこれも自分勝手よね……今更だわ」

「今更なんかじゃない。プレシア・テスタロッサ、あなた達は……やっと迷子から解放されたんだ。長い迷子の先を超えて、やっと家族になれた」

 

 フィリップは自嘲をするプレシアをたしなめるようにいった。

 

「やっと家族に……そうね……私たち、家族に……」

 

 そういうプレシアの声色はかすれていく。次第に娘を抱きしめる腕の力も弱くなっていった。それには、その場にいる全員が気づいていた。プレシアはなぜだか涙が止まらなかった。

 

「本当に……遅いわ……もう……全てが終わる」

「ううん……」

 

 プレシアの手を握り返しながら、フェイトが首を横に振る。涙があふれて止まらない。みっともないくらいに目を真っ赤にしながらも、おえつが止まらないままでも、フェイトは何度も「違うよ」と言い続けた。

 

「今から始まるんだよ。私たちが……家族が!」

 

 その言葉を聞いたプレシアは暖かな笑顔を見せた。

 

 

 

 鳴海亜樹子はぷりぷりと怒っていた。だが口にするケーキの美味しさには笑顔を見せると言う高度なテクニックを披露していた。翠屋と書かれたケーキのはこの中身は一瞬にして亜樹子の胃袋の中へと収まっていったのだった。取りあえず、亜樹子はそれで今回の報酬がゼロだった事を帳消しにした。ルンルン気分でケーキを頬張り、至福の時を享受していた。フィリップはそんな亜樹子のなんとも言えない奇妙な変化を興味深く観察しては「興味深いねぇ」と呟いていた。

 そんな賑やかな二人を尻目に、翔太郎は事件の報告書をタイプライターで打ち込んでいた。

 あの後、時の庭園は崩壊し、脱出が不可能となっていたはずの面々はどういうわけか、海鳴の海岸へと打ち上げられていた。そこにはプレシアとアリシアの姿はなかった。暫くは茫然としていた面々だが、すぐにアースラに回収された。怪我を負っていたクロノとフィリップはそのまま医務室へ直行させられたのだが、エイミィがクロノに抱きつき泣き叫んでしまうというちょっとした事件が起きた。それでクロノの怪我の回復がほんの少し遅れたとか。

 フェイトは、一応裁判という処置がとられるが、事情もあり、アースラの面々が全面的に協力することで、寛大な処置がとられる事だろうとリンディが太鼓判を押した。「少し裏技を使うかも」などと悪戯っぽく笑みを浮かべるリンディだったが、それを見た翔太郎は呆れつつも心配はいらないと判断した。必要以上に包帯を巻かれたクロノはいつも以上に真面目な声で「僕たちはそこまで冷酷な組織じゃない。事情は考慮する」と付け加えた。

 そしてアースラの面々は暫くこの地球へと滞在することとなった。次元振の影響が出たのか、彼らの世界へと戻る為の航路が安定しないという事らしい。そんなことで、ユーノはまた暫くなのはの家に世話になるようだった。翔太郎たちと出会う前から、そのようにしていたのだという。

 そして、翔太郎とフィリップは、挨拶を済ませてすぐに風都へと戻った。名残惜しいという感情もあったが、風都を開けすぎたのでは、風都の悲しみをぬぐう二色のハンカチの異名が泣く。なんて事を翔太郎が格好をつけていうものだから、フィリップが茶化してまた騒動が起こる。そんなこんなで帰路に着く二人だが、その前に翠屋へと寄って行く事にした。報酬がゼロなのだから何とかして亜樹子の機嫌を取らなければならないからだ。結果は成功である。

 そして……

 

『……小さな女の子の想いが頑なな母親と妹の気持ちをつなぎとめた。残された時間は少なかったが、手遅れではなかった。迷子の女の子は愛する母親の元へと帰る事が出来たのだ。一人の女の子のたった一つの願いは叶えられた。青い宝石が見せた最後の奇跡、それが彼女の未来に繋がる事を祈るばかりである』

 

 タイプライターを打ち終えた翔太郎はコーヒーを一口。

 すると、誰かが突然、ドアを叩く。新たな事件の予感だった。翔太郎は帽子をかぶりなおし、フィリップは本を片手に、亜樹子は騒がしくも返事を返しながらドアを開けた。

 また風都に風が吹いた。それは、いつもの事だった。

 




少し詰め込みすぎたかな?

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