愛してるんだ。君たちを   作:極光のAUroRA

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もうすぐ出番じゃない
キャラ崩壊あるかもしれないじゃない


女の子を愛する魔法

 

 

 長命種族のエルフ、魔法使いのフリーレンは人間を知るための旅に出た。

 かつての仲間のハイターを見送り、フェルンという弟子を迎える。

 そのフェルンは魔法使いとしての高みにいるフリーレンを尊敬しているが、なにやら気になることがある様子――――

 

 

 

 【勇者ヒンメルの死後28年後。    

                    

中央諸国 グランツ海峡】

 

 魔導書を報酬として海岸の清掃を頼まれた2人。

 村に滞在して3か月もすれば仕事は順調に進んでいたが、身体に堪えるほどの寒波が身を蝕む時分になっていた。

 その日も朝から海岸の清掃に勤しむのだが…………。

 

「寒い……寒いよ……」

 

 フリーレンは目元をシワシワにしながら、寝ぼけ眼(まなこ)で廃材を燃えやすいよう一か所にまとめていく。

 フェルンは自身の仕事をしながらもそんな様子を見て。

 

「フリーレン様ってもしかして、すごくだらしがない人なのでしょうか?」

 

 彼女が思い出すのは尊敬する師のダメダメな生活能力の数々。

 

「毎朝フリーレン様のことを起こして、ごはん食べさせて服着せて

 散らかしたものがあれば整理して、髪を結って水浴びを手伝って

 これもう私 完全にお母さんですよね?」

 

「驚いた。フェルンがお母さんなんて言うんだ」

 

「私は真面目な話をしているのですが」

 

 むっすー、という効果音を当てられそうなふくれっ面を披露するフェルン。

 

「ごめんって。いや、同じようなことを言うやつが昔いたから」

 

「………まさか、フリーレン様は勇者様御一行との旅でも各地でお世話をする人をつけていたんですか?」

 

「えぇ? まさか、ないよ。そんな面倒なことしない。もう懲り懲りだからね」

 

「『もう』ということは、あったんですね」

 

「………まぁ」

 

 意識が覚醒し始めたフリーレンだったが、再びシワシワ顔に戻ってしまう。

 フリーレンは何か嫌なことがあるとこうなる癖のようなものがあった。

 

「フリーレン様のだらしなさに辟易しないなら、その方は親切な方なのでしょうね

 私はもう慣れてしまったので気にしていませんが」

 

「親切? いや、ありえないよ。あいつは………」

 

 フリーレンの脳があばら家にいた頃の記憶を蘇らせる。

 

 椅子に座って食事を――ひな鳥のように取らされている自分を凝視する髪の長い女。

 

『ねぇ、ふりィれェん。この際だから言っておくけどね。ボクだから魔法の研究だって手伝ってあげるしそれ以外出来ない引きこもりの君のために毎日ご飯を作って生地が軟すぎて手洗いしかできない洗濯もして埃の溜まった部屋で咳しないように掃除すらこなしているんだからね? ボクは君のおかーさんになってもいいとは思っているけど、いやむしろおかーさんになりたいな。君が結婚する時お相手に言い放ってやるんだ、結婚したくばこのボクを越えてみろ!ってさ。あれ? いやでもちょっとまって。結婚するってことはそれじゃあボクは君とはなれることになるのかな? あ、ムリ。やだやだやだ! それは認められないから君は一生独身でいてくれた方がいいや。ボクは子離れしたくない! というかもう今は君の右腕(物理)って感じだよね。終生の相棒的な? もちろん君の右腕になってあげてもいいんだけど、君の右腕の感触を忘れたくないからそれはよしておくよ。でもボクとは一緒にいないと君の目玉を煎じて薬草にしたあと飲んじゃうかもしれない』

 

 全身に怖気(おぞけ)が走り、身体を震わせる。

 あのときは色々麻痺していたが、今考えるとだいぶんキツイやつだったと思える。

 なぜあんな奴を身近な位置に置いていたのか。当時の自分を殴ってでもやめさせられないかと思わずにはいられなかった。

 

「フリーレン様?」

 

「ん…………」

 

 意識が現実に戻る。

 

「それで、ああ。ヒンメル達と旅をしていた時だっけ。

 寝坊はしょっちゅうだったね」

 

「怒られなかったんですか?」

 

「怒られたよ、一度だけね」

 

「一度だけですか……

 勇者様達って寛大なんですね」

 

「器が違うよね」

 

(それは私への当てつけですか……?)

 

 そんな会話がありつつも、2人は海岸の清掃を終えて、日の出を見ることが出来た。

 案の定、ひと悶着はあったのだが。

 

 

 

 そしてそれからまた数日。2人は見送ってくれる村人に別れを告げ、旅を再開した。

 運よく馬車を捕まえることはできたが、馬車の中で舟を漕ぎだすフリーレン。

 

「フリーレン様?」

 

「ん……」

 

「もう、仕方ないですね。ほら、こちらにどうぞ」

 

「ん。」

 

 導かれるまま、フェルンの膝に頭を乗せるフリーレン。

 柔らかい指と櫛が髪の隙間を通る心地よさに身を委ねながら、しかし心のうちには憂鬱な気分が立ち込めてきていた。

 

(…………そういえばそろそろ来るよね。面倒だな)

 

 

 

 

【勇者ヒンメルの死から28年。

                    

中央諸国 ルーイヒ街道】

 

 

 

 それからまた数日。

 途中で馬車を降りて2人は街道を仲良く並んで進んでいた。

 フリーレンは少し眠そうにしている。

 ゆえに、その人影に気がついたのはフェルンだった。

 

 群青色の髪をした女が道路を塞ぐように立っている。

 背丈は低い。フェルンの首元程度のそれ。

 星の模様が特徴のローブと魔法のワンドという装備を見るに魔法使いなのだろう。

 後ろ髪は地面を凪ぐほどに長く。

 前髪の隙間から覗く猫めいた鋭い瞳がフェルンを一瞥し、フリーレンを捉えたところで止まった。

 

「うげ」当のフリーレンは潰れたカエルのような声を出す。

 

 こんな道路で待ち人だろうか?

 怪しさ満点の不審者に不安から無意識にフェルンが杖を取り出した時。

 フェルンは何か違和感を覚えた。

 

 しかし、それは女の声に意識を取られて霧散する。

 にんまりと口元を歪め、女は口を開いた。

 

「やっはろ~! 久しいね、ふりィれん! 80年ぶりかな? 

 感動の再会、と行きたかったんだけど。その女は誰?

 目を離した間にすごーく可愛い女の子を引っ掛けてるんなんてさァ。

 ヒンメルはまぁ…………いいとして、これは浮気ィ?」

 

 ケラケラ笑うやけに高いテンションの女。

 ふざけた口調と声色に反する尋常ならざる気配。

 不自然に揺れる女の体。

 暗く淀んだ瞳。

 そしてなによりも。

 

(魔力の高まり……!)

 

 探知魔法が、女の周りに広がる爆発的な魔力の奔流を捉えた。

 目覚めたフリーレンが杖を取り出し、フェルンの前に出て臨戦態勢に入る。

 

「浮気だって言うんならァ、仕方無いよねェ……」

 

(――――くる!)

 

 フェルンが予感からとっさに防御魔法を前面に展開した刹那。

 

「――――殺すか」

 

 瞳の裏返った女が。

 

 それに合わせてフリーレンが。

 

 同時に魔法を撃ち放った。

 

 

 

「人を殺す魔法(ゾルトラーク)」

「愛を伝える魔法(ゾルトラーク)」

 

 

 一瞬の攻防。魔力の残滓が光を帯びて舞う。

 

(ッ! 魔法を魔法で攻撃した!?)

 

 互いに放った魔法を狙うという絶技。

 隔絶した技量なくしては出来ないソレをこの一匹とエルフは難なくやり遂げた。

 フェルンの心に恐怖と若干の興奮が生まれる。

 

「さすがふりィれェん……惚れ惚れしちゃうほど魔法がきれいだね」

 

「ご挨拶だね。そろそろ来るんじゃないかと思ってたよ…………不本意ながら」

 

「え、まさかボクを待っててくれたの!? 嬉しいなぁ……!

 これってもう実質結婚だよね? 結婚しようふりィれェん! 愛してる!」

 

「絶対違う」

 

「あっ、でもボクとふりィれんの結婚は解釈違いだ」

 

「あっそ」

 

 素っ気ないフリーレンの返事に満足した女。

 2人はそのまま再び魔法を撃ち合い始めた。

 時には直線的に。時には曲射的に。時には全方位から。 

 言うなれば魔法の大サーカスだ。

 そして両者の魔法は同格。

 練り上げられた魔法の数々はぶつかり合い、魔力に還っていく。

 

 上位者たちの魔法戦を前に、フェルンは戦況分析をしながらも心が僅かに躍るのを感じていた。

 

 けれど。

 

(私が目の前にいるのに無視?)

 

 油断か慢心かそれとも余裕か。

 目の前の女は少なくともフリーレンが魔法を撃つことに専念するほどの相手。

 それだけの力があって狙ってこないのは――――

 

(いや、違う。これは……私を人質にしてるんだ)

 

 だからフリーレンも逃げず魔法戦に徹している。

 どうしたらいいのだろうか。

 フェルンは杖を握りしめるも、その後の行動が思い浮かば(イメージでき)ない。

 隙をついて一撃を与えられればこっちが有利になる。

 きっとそれはフリーレンも同じ考えなのだろう。

 私だって撃ちたいのに。

 

「ふふ、楽しいね、ふりィれん!

 御師様みたいなことして前線から離れてたみたいじゃん?

 鈍ったんじゃないかと思ったけど、これだけの愛が君からもらえるなんて……

 またボクと一緒に暮らしてくれるってコト!?」

 

「それはない」

 

「だよねー」

 

 フェルンの前で魔法の打ち合いを続ける2人。

 

 その勢いが途切れることはない。

 

 そこで、魔力の流れを見ていたフェルンは奇妙なことに気がついた。

 

(魔力の量がチグハグだ……

 魔力制限の揺らぎも見えないのにどうしてこんなに魔法を撃てるの?)

 

 疑問を解消するには反応を観察するしかない。

 なら撃とう。フリーレン様を相手にしながらこちらまで気を配れないはず。

 フェルンは杖を構え――――

 

 フェルンとていずれ偉大な魔法使いになる逸材。

 頭の回転も魔法の発動速度もフリーレンをして速いと言わしめるほどだ。

 万(・)全(・)の(・)状(・)態(・)であれば。

 

 クヴァールとの闘いとはまた違った緊張感。

 そして魔法。

 ほんの一瞬、意識が攻撃に寄って誰も気にしない程度の魔力探知が甘くなった隙。

 ただ今回はその隙を咎める相手だったと言うだけ。

 

「フェルン!」

 

(え?)

 

 フリーレンの警句は時を逃した。

 

 フェルンの世界が緩やかに動く。

 

 瞬きがまぶたを持ち上げると。

 

 視界をあの女の顔が埋め尽くしていた。

 

「来ちゃった」

 

 敵に接近される――――

 それは魔法使いにとっての絶死範囲(デアトート)。

 

 しかし不思議と、フェルンは女のどこまでも深いアズライトの瞳に胸の高鳴りを感じていた。

 これはもしかして。

 

――――いや、違う。

 

 これは物理的なものだ!

 

 フェルンが瞳だけ動かして下を見れば、女の右手が、左胸(心臓)を捉えている。

 

 再び顔に目線を移すと、ピエロのような笑みを浮かべて見下ろす女。

 

 その口元の動きに、なぜか確信をもてた。

 

 

『愛を伝える魔法(ゾルトラーク)』

 

 

 重力から開放されたような、体から質量を取り除かれたような感覚のあと

 

 フェルンの意識は渦の奥底に吸い込まれていった。

 

 

 

「でっか………」

 

 

◆

 

「あいつアンセリッヒで磔にしたときやっぱ殺しておけばよかったよね?

 今になって後悔してるんだけど」

 

「まぁまぁ、それは女神様のほうがより正当で苛烈な裁きをしてくださいますから」

 

「なら僕らは女神様のあとにしようか」

 

「ええ、それがいいでしょう」

 

◆

 

 

 雲のような柔らかさに支えられている暖かさのもと、フェルンは意識を取り戻した。

 

(知らない天井…………)

 

 光る球体を入れられたガラス容器が頭上に浮いている。

 どうやら室内のようだ。

 視線を彷徨わすと、木造らしい部屋の真ん中に添えられた机がある。

 そこで向かい合って椅子に座っている女とフリーレンを見つけられた。

 女は扉側。フリーレンは窓側。

 女が笑顔でフリーレンを凝視しているも、そのフリーレンはずっと仏頂面だ。

 両者の間は無言である。

 視線の高さと位置からして、自分はどうやらベッドに寝かされていたらしい。

 

「お、気がついたみたいだね? おはよう」こちらを見た女がまともを気取って挨拶してくる。

 

 髪と瞳が茜色に変わっているが、同一人物だろうか?

 

「………おはようございます。私、生きているんですか?」

 

「生きてるよ。おはよう、フェルン」

 

 師匠の声を聞いてひとまずフェルンは安堵することが出来た。

 

「……しかし、なぜ……」

 

 フェルンは胸に手を当てる。規則正しい鼓動を奏でる心臓を感じられた。

 

「ああ、あれ? 幻覚魔法だよ。ボクと最初に目を合わせた時にちょちょいっとね」

 

(ちょちょいって……)

 目を合わせたと言っても一瞬だ。

 それが本当ならば目の前の魔法使いは化け物なのではないだろうか。

 

(いえ、それより。出合い頭で幻覚魔法をかけるとか何考えてるの?)

 

 内なる怒りを抱えてもフェルンは冷静だった。

 

「幻覚魔法、ですか。実際に掛けられたのは初めてです。

 幻覚でもあの魔法戦は臨場感がありました」

 

「フェルン、魔法を撃ってたのは本当。

 この卑劣魔が人の弟子を籠絡しようとするから防いでた」

 

「ふりィれんの弟子はボクの娘も同然だからね」

 

「お前の理屈はおかしい」

 

(どういうことなんですか……?)

 

「おかしいかな? それこそおかしくないかな? まぁいいや。

 確かに幻覚もあるけど、正確に言うとちょっと好戦的になるように誘導したんだよ。

 でなければふりィれんの弟子が師匠を信じないなんてミスしないでしょ」

 

「………………それは、はい」

 

「あれ? 何この反応。ふりィれん? ちゃんと師匠なんだよね……?」

 

「うるさいよ」

 

「えぇ…………。それより、精神魔法対策を教えないといざって時に死んじゃうよ?」

 

「あんな回りくどくて面倒な魔法、実戦で使うのはお前くらいなんだよ」

 

「そのボクに掛けられてるわけで…………」

 

「ちゃんと教えるし、お前に次の機会なんてない」

 

「ちょ、うわ、暴力反対!」

 

 フリーレンは杖で女の頭を叩き始めた。

 

「解除したよね?」「えっとぉ……」「し た よ ね ?」「…………はい」

 

(この女はフリーレン様の知り合いなのでしょうか……?)

 現状を受け止めきれない部分はあるものの、ひとまずフェルンは疑問を先送りにした。

 

「ところで、貴女は先ほど私に不埒な真似をした人と同じでいいんですよね?」

 

「言い方。まあそうだよ。

 でもそんなに不埒なことかな? 女の子同士だったら自然な触れ合いだよ」

 

「一方的なことを『触れ合い』とは呼ばないと思うのですが」

 

「一理ある」

 

 程よい弾力だったよと宣う女に、フェルンはこいつは生きていちゃいけない存在だと認識する。あまり好きじゃないリストに女を入れる決意をした。

 一方、フリーレンは机の下から脛を蹴っていた。足が短いせいで変な姿勢になっている。

 

「痛い、痛いよ、ふりィれん」

 

「ふん」

 

(フリーレン様、かわいい……)

 

 フェルンの神経が癒された。

 

「そういえば、その髪は? 髪を染める魔法でしょうか」

 

「あ、これ? 違うよ。単にボクは髪に魔力を出し入れ出来る体質でね。髪の魔力量に応じて色が変わるんだ。人間は私を『色彩』なんて言うこともあるよ」

 

 女は髪を指に巻き付けながら自慢する。

 

「……聞いたことないです」

 

「私も初耳」

 

「えぇ……。まじかぁ、ちょっとショック……」

 

 女は撃沈した。しかし立ち直りも早い。

 

「ま、それはいいや。君、ふりィれんの弟子なんだよね。

 ちょっと指導してあげようじゃない」

 

「え、結構です」

 

「では初歩から(レクツィオン・アインツ)!。

 今ボクはどれくらいの魔力を髪に込めているでしょうか?」

 

(この人、話を聞かない人だ…………)

 

 フリーレンを見たところ頷いたため、フェルンは嫌々ながら探知魔法を使った。

 すると奇妙なことが。

 

(…………?)

 

 魔法の失敗を疑うも、フリーレンに使ったところ正常に作動した。

 つまり探知結果は正しいということ。

 しばし逡巡し、答える。

 

「…………8割か9割でしょうか」

 

「おやおやおや、これは驚いた。ほぼ正解だよ。

 ちなみにそう考えた理由は?」

 

「先程の魔法での魔力の感覚。そして

 あなたから『一切の』魔力を感じなかったからです」

 

 フェルンの言葉に、女は喜悦を露わにする。

 それは熟練の魔法使いの顔だった。

 

「勘もいいね。感覚派の天才か。

 そう、探知魔法の弱点……というか、発想の問題。今キミはボクから髪に魔力を貯める性質を聞いたから少しは探知できたはずだけど、普通は髪に魔力が込められるとか考えない。魔力探知の術式は「自然の」魔力を探知する仕組みだからね。魔力制限とかで内側に閉じ込めた魔力がわからないのもこのためだ。

 あ、ちなみに魔法は自然扱いらしいよ。

 変な話、髪の毛は人体の一部だけど人体ではない。無生物だけど無生物じゃない。なんていう変な法則が適用されてるみたいなんだよね。

 だから普通の探知魔法じゃこの状態のボクはひっかからない。ゼンゼとかいう例外はいるけど。

 キミが感じていただろう違和感の原因はこれだよ。

 さて、それじゃあ応用だ。そういう魔力探知が難しい魔力を調べるには魔力探知魔法にどんな工夫をしたらいい?」

 

 いじわるな質問だ。

 魔力探知は魔力探知でしかない。フェルンは魔法使いとなってから常に使っているが、探知できるものは探知できるし、探知できないものは探知できない。

 そういうものではないのだろうか?

 しかし、不思議とフェルンはその答えがわかった。

 

「――――魔法の『精度』を落とします」

 

 女はまさか答えられるとは思っていなかったのだろう。

 数秒、驚愕の表情で固まったままだった。

 そして、動き出すとフリーレンの方にすごい勢いで振り向いた。

 

「おいおい、おいおいおいおいおい!

 彼女、最高だよ! ここ百年で彼女のような考えの子は見たことないや。

 ねぇフリーレン。この子、貰ってもいい?」

 

「だめ。ハイターから頼まれてる」

 

「まぁそりゃダメか」

 

(ハイター様と知り合い……?)

 

 取り付く島もない様子に意気消沈した後、女はフェルンの方に向き直る。

 

「さて、君の解答はやはりほとんど正解だ。付け足すなら波長の問題だね。

 全く困るよ、ボクだって理論に200年はかかったのに。

 「自然の」魔力を調べる魔法なら「不自然の」魔力まで範囲に含めてしまえばいい

 ふふっ。そう、そうなんだよね。『そうはならんやろ。なっとるやろがい!』

 魔法って理論的だったりこんなのもあったり面白いよね。

 もっとも、今は机上の空論だけどさ」

 

――――後にフェルンはこの会話を素にとんでもない魔法を作るのだが、それは別の話。

 

「…………フリーレン様みたいなことを仰るのですね」

 

「フェルン、流石にそれは私も心外だよ」

 

「えへへ、そう? 嬉しいなぁ! 実質ボクとふりィれんがひとつになったね」

 

「なってない」

 

「ふふ、何年たってもふりィれんのツッコミは気持ちイイねェ……」

 

(コイツは何を言っているんだ?)

 

 フェルンは女の思考回路を理解することを諦めた。

 

「さてさてさて、飴と鞭。ご褒美に面白いものを見せてあげるよ」

 

 女がそう言うと、女の魔力が増えたり減ったりし始めるのをフェルンは認識した。

 そして現実に起きたことといえば。

 

「…………なんですかこれ」

 

 女の髪の毛が七色に発光していた。

 しかも代わる代わる色を変えて。

 

「最初に見た人間いわく、『髪を七色に光らせる魔法(アンシュピール)』らしいよ。

 魔法じゃないけど」

 

(魔法じゃないんだ……)

 

 つまり純然たる魔力操作の延長らしい。

 確かにきれいかもしれない。

 これほどまでに淀みなく魔力を動かすには、いったいどれほどの魔力操作精度が必要なのか。ここまで鍛えるには眠れない夜もあっただろう。

 

 なんだか悔しくなってきて、フェルンも同じように出来ないかと挑戦してみる。

 

「あっ」

 

 出来ちゃった。

 

「嘘でしょ!?」

 

 地毛である紫陽花色限定ではあるが、なぜか出来てしまった。

 驚いた女の顔を見れて溜飲が下がる。

 ふふん、と得意になって光らせた結果。

 

「眩(・)し(・)い(・)から止めて……」

 

 間近で2人の発光を浴び続けていたフリーレンが限界を迎え、シワシワ顔になった。

 

「すみません……」

「ごめんね~」

 

 髪が金色になったところで女は止め、フェルンも普通の髪に戻した。普通の髪とは?

 この状態は魔力探知にもひっかかるようで、フェルンは自身と同程度の魔力を感じていた。もっとも、魔力制限をしていない確証もないため実数値との乖離は考えられる。

 なんだか釈然としないが、目の前にいる女は確かに一線級の魔法使いだった。

 

「さて、そろそろ喉が渇いてきたころだよね。お茶を用意させよう」

 

 女が手招きをするのでフェルンも女の向かい側――フリーレンの隣の椅子に座る。

 確かに歩き詰めであまり水を飲んでいなかったかもしれない。

 急速に喉の渇きが主張を始めた。

 

「聞いていませんでしたが、ここはどこなんですか?」

 

「ここ? あそこからそんな離れてないよ。ボクが森の中に用意してるセーフハウスのひとつさ。ふりィれんとの愛の巣は流石にお弟子ちゃんでも入れられないからね」

 

「どこが愛の巣だ」

 

「ひとつ屋根の下で寝たらもう愛の巣なんだよ!」

 

「知らないよ」

 

(聞いてないことまで喋るな……)

 

 女はどうやらマウントを取りたかったらしいが、フェルンには通用しなかった。

 

「いいもん、いいもん。おーい、アウラー!」

 

 拗ねた女は仲間を呼んだ。

 

 お手伝いの人でもいるのだろうか。

 しかし、ぴくり、とフリーレンが名前に反応したのをフェルンは見逃さなかった。

 フェルンもまた、その名前をどこかで聞いたような気がした。

 

「オネェサマ、騒がなくても聞こえるわよ。

 オキャクサマ、お茶のご準備が出来たじゃない」

 

「ふふ、そうだっけ? ありがとね」

 

 やがて出てきたのは、カップを4つ乗せたお盆を手にするメイド服の女。

 顔を黒のベールで覆われているが、頭頂部から飛び出た角の主張が激しい。 

 

「これはどうも――――」角!? フェルンの思考が止まった。

 

 そして、その女性を認識した途端――――

 

 

 

 

 

 

『魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)』

 

 

 

 

 

 

 フリーレンが高圧縮の魔法を放ち、

 それを予期していた女が五重の防御魔法で防ぐ。

 漆黒の奔流は3枚の壁を破壊して止まった。

 フェルンの意識を置き去りにする一瞬の攻防。

 

 一拍遅れてからの理解。フリーレンの魔法でフェルンの硬直は解けた。

 

(今のがフリーレン様の…………

 なんて速さだろう。今の私では対応できない)

 

 いきなり魔法をかましたフリーレンを見ると。

 そこにいたのは魔法使いフリーレンではなく。

 『葬送の』フリーレンの顔だった。

 

 その理由も明らかになる。

 女も魔法の余波(風)までは消せず、隠れた顔があらわになった。

 フェルンの脳裏に衝撃が走る。

 

 この女は、図鑑で。

 

「断頭台のアウラ!?」

 

 フェルンもイスを蹴飛ばしながら立ち上がり、杖を構える。

 

 断頭台のアウラ――――

 

 それは『かつて』七崩賢と呼ばれ恐れられた大魔族の名前。

 勇者ヒンメルが下した後行方が知らなかった魔族でもある。

 

 ある、はずなのだが。

 

 アウラからは大魔族らしさというべき魔力が全く感じられない。

 大樹のように立ち上っていただろう魔力は枯れ木のような量しかなかった。

 フェルンはフリーレンとおなじこと(魔力制限)をしているのかと疑ったが、その師匠が珍しく驚いているのを見て(感じて)その考えを外した。

 

 女は2人のなんともいえない表情を見て、してやったりという顔になる。

 

「おお、よく知ってるね。その通りなんだけど、安心して? 

 今は弱小魔族にすら勝てない実力しかないからボクのお付きの人をしているんだ。

 ね? アウラ」

 

「はい、オネェサマの御付きを……して、る、わけないじゃない。馬鹿じゃないの」

 

 機械のような表情が一変、苦しみと憎しみを露わにするアウラ。何か加害行為をしようとしたようだが、体はカタカタと震えるだけだった。

 

 アウラはフリーレンにもなにか言いたい様子。

 しかしそれは許されていないようだ。

 

「だったらなおさら殺すべきでしょ。今、ここで」

 

「相変わらずの殺意だね。それをボクにも向けてくれると嬉しいんだけど?」

 

「……………」

 

 フリーレンの冷たい視線を受けても女は頑なだった。

 

 フェルンは2人が魔力の気配で無言の空中戦をしているような錯覚に陥る。

 無意識に喉が鳴った。

 

(魔族と一緒にいる人が魔力を隠す? でも魔族はこんなことしない、出来ない。フリーレン様がそう言っていた。それに、角もない。じゃあこの人は――――?)

 

「ねぇ、変な隠匿魔法を使ってまでどうしてそいつを連れてる? 場合によっては」

 

 フリーレンは抹殺を仄めかす。

 が、『仄めかす』で止めている事実がわかっている女は笑みを選んだ。

 そして言葉も選ぶ。魔(・)族(・)ら(・)し(・)く(・)。

 

「そうだね、ふりィれん。それは至極当然の答えを言わなければならない。

 なぜなら、ボクはアウラのお姉ちゃんでお母さんだからだ」

 

 違うけど?????

 とでも言いたげなアウラの表情を黙殺する女。

 当のアウラとて、親指と人差し指の先で女のローブをつまんでいた。

 だってあの魔法怖いじゃない。

 

 まっすぐな宇宙の瞳に見つめられ、フリーレンに過去が迫る。

 

『その子誰? 人間?』

 

『そうそう、捨て子だってさ。だからこのボクが一人前のレディに育ててあげようっての』

 

『くだらな……』

 

『ははーん? そう言ってられるのも今の内だからね!』

 

 フリーレンは苦虫を噛みつぶした。

 命乞いでもしてくれた方がやりやすかったものを――――。

 すぐに撃てる準備をしながらも、フリーレンは席に戻った。

 

(?????????)

 

 一方のフェルンは状況がわからなかった。フリーレンが魔法を撃って女が防御したまではわかった。その後の会話がよくわからない。

 フェルンは説明を求めたかったが、答えてくれそうな雰囲気でもなく。

 混乱しつつフェルンも師匠(先生)に倣った。

 

「…………」

 

「…………」

 

「ふふ、ほら、いつまでも持ってたらお茶が冷めてしまうよ」

 

 え? この雰囲気で私がお茶を配るの?

 そんな顔で見つめるアウラにそうだよ(Los)と手振りで示す。

 舌打ちをひとつ。

 にやにやする女と対照的に警戒心MAXのフリーレンと混乱のフェルン。

 

 結果。

 アウラがカップを置く音だけが響いた。

 フリーレンはその様子を厳しい瞳で監視する。 

 

 そして最後に女の前にお茶を置いた―――その時

 な(・)ぜ(・)か(・)自由を取り戻したアウラは、悪戯小僧のような笑みを浮かべ、カップを女の顔面に叩きつけた!

 

 音を立てて割れる陶磁器。

 しかし破片と中身が地面に飛び散ることはなく、女の魔法で宙に浮いていた。

 

 2人も流石にそっちは予想外だった。

 

「ありがとうアウラ。…………こんな感じで反骨精神旺盛でさ、かわいいよね」

 

 女は屈託のない笑みを浮かべた。

 それが余計に狂気を感じさせる。

 

「どこがですか……?」

 

「……………悪趣味だな」

 

 フリーレンの言葉に満足を浮かべた女は立ち上がり、アウラの背後に回る。

 

「お弟子ちゃんの質問に応えよう。それはもちろん、お仕置きが出来る(愛を伝えられる)からさ!」

 

「な、なによ」

 

 ビクリと震えるアウラの体を押さえ。

 右手で下顎を持ち、前に回した左手で腰を掴んだ女は。

 

「お、おまえ、また」

 

 顕になったアウラの首筋に噛みつき、何かを吸い始める。

 フェルンの目にはそれが魔力に見えた。

 

「うっ」

 

 アウラは暴れようとしたのだろうが、しかし体を震わせることしかできず。

 次第に瞳の焦点がガクガクとブレ始め。

 

「んっ………ぁ……………ぅ………」

 

 ついには足の力さえ手放し、

 女の左手に全身を預けてしまう。

 そのままアウラは意識を失った。

 

「ね? 安全でしょ?」

 

 娘を気絶させる母親がいるのだろうか。

 ここにいた。

 

「………………」

「ダメだこいつ……ここまで来てたか」

 

 眼前の異常な行為と、魔族らしからぬ生娘のような声に言葉を失ったフェルン。

 フリーレンは警戒していたことも忘れ片手で顔を覆う。

 ズレたベールの隙間からは、あられもないアウラの表情が窺えた。

 

 断頭台のアウラの姿か? これが………。

 

 

 

「……………フリーレン様。その、色んな人がいるのですね」

 

 やっとの思いでフェルンが口にしたのはそれだけだった。

 

 何事もなかったかのようにアウラを赤子扱いして抱きかかえる女。

 フリーレンは依然として警戒をといていないが、初めて見る魔族の寝顔は気持ち悪いほど人間にそっくりだった。

 

 女は魔法でカップを作り出し、そのまま宙に舞うお茶を注いで飲む。

 

「うん、美味しい。

 2人もどうぞ? 北の山奥でしか取れない珍しいハーブから調合したものなんだ」

 

 どうしますか? フェルンがフリーレンに問う。

 フリーレンとて、女の性格は理解している。こんなところで毒を入れる奴ではないことも。

 

「ふりィれん。わかってると思うけど、ボクの『魔法』なら」

 

「知ってる」

 

 フリーレンはハーブティーを口にした。

 特にフリーレンの様子に変化もなかったので、フェルンもそれに続く。

 

(…………確かに、おいしい)

 

 飲み始めは爽やかで、次第に甘くなり。最後は呼吸に乗って消えていく。

 そんな自然的な味。

 感想がいつの間にか顔に出ていたフェルンに女は微笑み、自らももう一口飲んだ。

 

 完全にとは言えないが、危険が薄れたことで静かなティータイムと相成った。

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ要件を話してもらうよ」

 

 カップが空になったころ、フリーレンは女に現れた目的を問いただし始めた。

 女もはぐらかすことなく答える。

 

「うん。まぁ予想通りだろうけど、ふりィれんの顔を久しぶりに見たかったのがひとつ。

 もうひとつは弟子っていうのを確認したくてね。噂になってたよ? エルフと人間の二人が魔導書一つで何でも話を聞いてくれるって」

 

「なんでもじゃない」

 

(なんでそんな噂が出回っているの?)

 

 フェルンは初めて噂の恐ろしい感(・)染(・)力(・)を知った。

 

「わかってるよ、噂だし。ただ君が魔法を集めてるのは事実だろうってさ。

 最後のひとつはボクもそろそろアプローチを変えようと思ってね。依頼をしようと思って持ってきたんだ、報酬の魔導書」

 

「……どんな?」

 

 フリーレンの目が少し変化する。魔法が気になるのは本当なのだ。

 

 女は虚空から一冊の本を取り出した。

 綺麗な状態で保たれた灰色のカバーの本だ。

 

「ふふ、聞いて驚くんだね。その名も『枝毛を直してくれる魔法』さ!」

 

「……………?」

 

 女は誇らしそうに話すがフリーレンの反応は芳しくなく。

 

「あっ、さてはこの100年近く髪のお手入れとか自分でしてないなキミ!」

 

「いや、お前が言う? そもそも枝毛って何? 見たことない」

 

「…………フリーレン様も私といっしょにいる間は少なくともご自身で髪を洗ったことはありませんよね。第一、フリーレン様は無関心かもしれませんが、少し。いえ、かなり髪のお手入れには時間を使うんですよ。フリーレン様は無関心かもしれませんが」

 

「……………悪かったって」

 

 思わぬ伏兵にバツの悪い表情になるフリーレン。

 おかーさんに頭は上がらないのだ。

 そんな様子に女は我が意を得たり! とドヤ顔をした。

 

「やっぱりね。というかうらやましいなぁ! ボクもふりィれんの髪お手入れしたい!」

 

「お前には触られたくない。そこの魔族でも触ってろ」

 

「確かにアウラは好きだよ? でもふりィれんの方がもっと好きだし」

 

(今の発言は私でもわかる。クズだ)

 

 フェルンの視線がより冷たくなる。

 

「フリーレン様はあげませんからね」

 

「む、言ったなお弟子ちゃん。それなら勝負と行こうじゃないか……!」

 

「私は私のものだぞ」

 

 むすー、とした顔でフリーレンは主張した。

 

「それより、お前から髪の話が出るほうが意外だよ」

 

「え、なんで」

 

 まるで意味が分からないとでも言いたげな女。

 そこにフリーレンから爆弾が落とされる。

 

 

 

「お前男じゃん」

 

 

 

 女の反応は早かった。

 

「女!女の子!今のボクは女の子でーす!ノンデリ発言だめ!」

 

 一方、フリーレンの言葉にさすがのフェルンも「え?」と困惑の表情を浮かべる。

 どこからどう見ても女。地の文もそうだと言っている。

 

「どういう、こと……ですか?」

 

 フェルンは説明を求めたいことが多すぎてもうわからなくなって来ていた。

 しかしフリーレンは無慈悲だ。

 

「そいつ男だよ。女になってまでずっと私を追っかけてきてる」

 

「男……? 女………?」

 

 もっとわけがわからない。

 フリーレンの追撃が入る。

 

「そいつの魔法。『女の子を愛する魔法(リーベンスフォール)』

 かけられたやつは女が好きになるんだ。

 基本的にかけられた側が使用者に好意を抱くようになる。

 はずだったんだけど、トチ狂ったそいつは自分にかけて女になった」

 

「なるほ…………??????」

 

(?????????)

 

 フェルンの脳内は混乱の極致に合った

 まるで宇宙の真理に気づいてしまったような表情を浮かべるほかない

 いや、これが宇宙の真理の可能性もある。

 男の子は男の子同士、女の子は女の子同士で恋愛すればいいじゃない。

 恋愛できない男の子も女の子になれば問題はなし。

 なんてことだ、完璧な理論ではないか。

 宇宙の心は彼(彼女)だったのだ。

 

 

  そ ん な ワ ケ が な い 。

 

 

「ボクよりボク(の魔法)に詳しいふりィれん素敵…………。愛してる」

 

「私はそうでもない」

 

「でも今のボクは女だからね。繰り返すようだけどそこは重要だから!」

 

「私はそう思ってない」

 

「非道(ひど)いなぁ……乙女心とかないんか?」

 

「お前よりはある」

 

「うそだァッ! この朴念仁が!」

 

 

「なんというか……」

 

 再起動したフェルンに視線が集まる。

 彼女の意識が宇宙を旅したあと、ようやく出たのは。

 

 

 

「きしょいですね……………」

 

「きしょいよね」

 

「言い方酷くない?」

 

「だってきしょいし」

 

「今後一切、私に近寄らないでください」すす、とイスごとフェルンは後退した。

 

「酷い!」

 

 

 

 

 

 追加のお茶を飲みながら、そういえば、とフェルンは尋ねる。

 

「フリーレン様はかけられたんですか?」

 

「いや。もしかけられたら自害するよ」

 

(そんなに卑劣な魔法なんだ…………)

 

「ボクが好きなのはそのままのふりィれんだからね」

 

「『愛する』だなんて上から目線でよく言うよ」

 

「なんか辛辣なんだけど……」

 

 これまでを振り返ればそうもなろう。

 しかしだんだん話が脱線してきたため、女は本題に戻ることにした。

 

「話っていうのはね、ふりィれん。

 キミはメイルゥのこと覚えてる?」

 

「メイルゥ……?

 お前が育てていた子供の名前か、覚えてるよ。

 ヒンメルがロリコンじゃなかったら今ごろお前は細切れだったわけだから命の恩人でしょ」

 

(勇者ヒンメル様ってロリコンだったんですか……?)

 

どこからか必死に否定の言葉が飛んでくるも、フェルンの耳にはとどかない。南無。

 

「いやヒンメルがロリコンと言われたのは………まぁいいや。

 あの時、キミが助けてくれなかったのは忘れてないからね???」

 

「頼まれなかったし」

 

「なんて薄情な……はぁ。

 とにかく、そのメイルゥなんだけどさ。

 実は結構前に処刑されちゃったんだ」

 

「………なんで?」

 

 お茶を飲む手が止まった。

 少なくとも、フリーレンが知る限りメイルゥという少女は処刑されるようなことをする人間ではなかったはずだ。

 

 ヒンメルが少女に剣技をおねだりされたときの記憶が蘇る。

 

◆

 

 森の中で静かに剣を正眼で構えるヒンメル。

 瞳を閉じ、集中した彼は風を読んで時を計る。

 

 狙いすました一閃。

 

 ヒンメルが振り抜いた剣をしまうと、落ちてきた木の葉がキレイに二つになっていた。

 

『わぁ……!

 ヒンメルさま! かっこいいです! すてきです!

 おかーさま、メイルゥ決めました。

 将来はヒンメルさまとけっこんしたいです!』

 

『ふふん、君は見る目があるじゃないか。気に入った!

 君にはこの僕が直々にかっこいいポーズを伝授してあげよう』

 

『やったー!』

 

『でも結婚は無理かな。ごめんよ』

 

『そっかぁ〜。がんばってね!』

 

『――! あ、ああ。もちろん』

 

『ふりィれェん! メイルゥが寝取られたァァァァァァ!!!』

 

『うっさ……』

 

『断ったじゃん……人聞き悪すぎるでしょ……』

 

『縛り付けられたままでよく喋るな』

 

『彼女どう喋ってるんですか? あれ』

 

『愛だよ!!!』

 

『何言ってんだコイツ』

 

『ヒンメルさま、ねとられたってなぁに?』

 

『えっ、それを僕に聞くの!?』

 

◆

 

「なんで、というか……まぁ説明はするよ」

 

 女は気落ちした様子で話始めた。

 

「メイルゥが行ったのはここから北西に馬車で10日くらいのコメンって街なんだけどね、街のパン屋の後継ぎと結婚してまあ幸せな結婚生活を送ったらしいんだよ。

 ただ孫娘がなんかそこの領主の息子に言い寄られたらしいんだよね。

 で、その息子ってのが手あたり次第に立場の弱い女の子に手を出す奴でさ、早い話ドブカスってやつだよね。

 だから当然それを知ったメイルゥは知り合いの貴族繋がりで領主に抗議したわけ。孫娘もメイルゥのいう通りその息子を振ったんだけど、まぁ問題は周りなわけで。

 そのころパン屋も結構な規模になってたから、それをやっかむ同業他社やら領主に取り入りたい輩が大騒ぎ。そしたら事態はあれよあれよと進んでいってさ。

 結果として一族処刑だって。

 アホかな? アホだよね。

 なんでそういうことをボクに言わないのかな……」

 

 女は悲しそうな顔を浮かべる。

 しかしそれが演技かどうかを判断することは人間に出来ない。

 

「依頼っていうのは、ボクの代わりに墓に花をお供えしてくれないかなっていう話。もうすぐあの子の誕生日だしさ。

 ボクはあの街の領主たちはもちろん、メイルゥを見殺しにした街の人間を見たらきっと皆殺しにするまで止まらないと思う。いや、止まらない確信がある。

 ボクはあの街が大嫌いだけど、あの子は違う。少なくともあの子が生きた街だから壊したくない」

 

 だから君たちに頼むんだよ。

 女はそう言った。

 

 しばしの静寂。

 

 一つ質問なんだけど。

 フリーレンは女に問いを投げる。

 

「……なんで墓があることをお前は知ってる?」

 

「…………。勘の良いエルフは嫌いだよ。

 まぁ。実のところ、10年前くらいに会いに行ったんだ。そこでメイルゥが処刑されたことを知ってね。その場で、もうみんな殺しちゃおうと思ったんだけど……

 メイルゥが止めてってさ。そういった気がしたんだ。昔からお人好しすぎるんだよ。自分から生贄として乗り込んできた頃と何も……いや、今はその話はいいか。

 ともかく、ともかく。二度目は無理だ。ボクはボクを抑えられない」

 

 俯いて右腕を押さえる女。

 

「この憎しみは子を殺された母親としてのモノなのか、愛玩動物を取られたことに対する苛立ちのどっちなんだろうね。

 ねぇ、どう思う?

 ボクらに母親の真似事なんて土台無理な話だったのかな?

 そもそも母親ってどこまで子供の面倒を見ればいいの?

 人間は自立というけれど、一体いつを持って自立といえばいいの?

 大人だろうが子供だろうが吹けば死ぬ生き物が自立できるものなの?

 魔王がヒンメルに殺されて世界は平和になった。でも、それっておかしくないかな?

 どうして平和なのにメイルゥが死ななきゃいけなかったの?

 いったい、いつまで人は同じ種族で仲良くできないままなのかな」

 

 アウラの寝顔を慈しむように撫でる女。

 

「ボクはもう好きな子たちが殺されるのは嫌なんだよ。だから、いっそ手元に置いておくことにしたんだ」

 

 女はフリーレンの瞳を正面から見つめる。

 心苦しさなんてものが魔族にあるかはわからない。

 

「フ(・)リ(・)ー(・)レ(・)ン(・)。

 アウラを本当に殺そうとするなら、その時ボクはキミたちの敵にならなきゃいけない」

 

 女の瞳がフリーレンに問う。

 しかし、答えは決まっているようなものだ。

 

「…………魔族は敵だよ。人間にも、私にも」

 

「まぁ…………そうなるよね」

 

 フリーレンとて故郷を焼かれた過去が消えないのだから、魔族への憎しみがなくなったわけでもない。譲れない一線はあった。

 

 重苦しい暗雲が部屋に立ち込める。

 だからこそ、口を開いたのは女でもフリーレンでもない。

 

「………何かを語れるほど私はあなたのことを知りませんが」

 

「ん?」

 

 薄暗い瞳に見つめられ、フェルンは身が縮こまりそうになる。

 話を聞く限り、そして情報を合わせた限り、この女は魔族だ。

 魔族とは、言葉をしゃべり、しかし通じ合うことはない猛獣。

 師匠にたびたびそう教えてもらった。そのこと自体に疑問はない。実際逸話を聞く限りそうなのだろう。

 それでも。

 魔族らしからぬ言葉を話す女に。

 言っても無駄なのかもしれないけれど。

 だから、これは誰かのためではない。自分のためだ。

 ここで何も言わなかったら、自分の思い出が薄れてしまうような気がして、フェルンは口を開いた。

 

「少なくとも、そのメイルゥさんはあなたが大好きだったはずです。

 あなたがそうであるように。

 生みの親と育ての親が違うとしても、そこに愛は生まれるんです。

 愛は人によって違います。人それぞれの愛があるんです。

 そして愛というものは失ってから気づくことも多いものです。

 でも、愛は消えません。生きている私たちが愛を背負っていく限り」

 

 フェルンがとある僧侶に救われ、育てられた日々は確かに愛を感じる日々だった。

 その思い出は自分が生きている限り消えないものなのだ。

 たとえいつか自分が死んでしまうとしても、誰かがほんのひとかけらでも背負ってくれたなら、無くなるなんてことはない。

 

「でも、きっとそれは魔法の錯覚(ニセモノ)だ」

 

「錯覚も実感を伴うならホンモノと変わりなんてないと、私は思います」

 

 フェルンの言葉に女は目を見開く。

 視線を落とし、フリーレンの方を向いた。

 

「どうしよう、ふりィれん。フェルンちゃんのこと好きになりそう……」

 

「やめてよ(やめてよ)」

 

 感動的な場面が台無しだ。

 

「はは、小娘が……これだから人間は面白いね、フリーレン」

 

「フェルンに感謝しなよ」

 

「感謝してるよ。ありがとう」

 

「いえ…………」

 

 フェルンは謙虚だった。

 

「さて」

 

 改めて女は2人の目を見る。

 

「依頼、受けてくれる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあまたね、ふりィれん」

 

「もう来なくていいよ」

 

「非道ぃ……フェルンちゃんもまたね」

 

「また来るんですね」

 

「何なのこの師弟…………」

 

 

 

 新しく蔵書に加わった魔導書を抱えながら、フリーレンはアウラを背負ってこちらに手を振る女を背にして歩く。

 

「断ってよかったんですか? フリーレン様」

 

「別に。あいつはただ話がしたかっただけだろうからね。あわよくばという思いもあったんだろうけど」

 

それに。

 

「アイツの面倒な事情に関わりたくないし」

 

 横顔を見たフェルンは思った。

 

(嘘ついてるときの顔だ…………)

 

 旅は長い。寄り道をしながらも次なる目的地へ、2人は歩き始めた。

 

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

「ハッピバースデートゥーユー」

 

 村はずれの小さな家で少年の5回目の誕生日が行われていた。

 気味悪がってこの家に他人は近づかないので、母と子供だけのひっそりとしたものだ。

 

「ああ、よかった……おめでとう、ルスト」

 

「ありがとうお母様!」

 

「………。もう、いいわよね」

 

 小さくつぶやかれた声に、与えられたおもちゃに夢中の少年は気が付かない。

 母親は意を決して、最(・)後(・)の(・)仕(・)上(・)げ(・)に入ることにした。

 

「ルスト、大事な話があります」

 

「なぁに? お母様」

 

 すっかり機嫌のよくなった少年は笑顔で振り返る。

 そんな笑顔に母親は罪悪感と……この笑顔を歪められるのなら、という昏い喜びを抱いて、すべきことを実行した。

 

「ルスト、あなたは魔族なの。

 今まで育ててきたけれど、私の気持ちがどれだけ伝わっているかわからない。

 きっと、あなたも私のことをわかってなかったのでしょうね。ただ自分より魔力の多い私が言うことを盲目的に従っていただけ。お行儀が良いなんて、よく言ったものよ」

 

 突然雰囲気の変わった母親に子供の笑顔が曇る。

 

「お、お母様? 何を言ってるのかわからないよ……」

 

 しかし、母親はそんな程度で止まらない。

 

「ええ、文字通りわからないのでしょう。でも、これは私たちの幸せを壊したあいつへのささやかな復讐。だからごめんね。ルストに罪はないけれど、これからあなたを傷つけるわ。なぜならそれは必要なことだから」

 

 本当に傷つくかはわからないけれど。

 心のなかでだけそう付け足した母親は子供から見える怨敵の面影を睨みつけた。

 そのまま怯える少年の肩を掴んで話し始める。

 

「あなたは魔族。わたしたちとは違う人食いの化け物。私はあなたを愛してなんかいなかった。もちろん『お前』も。私が生涯で愛したのはひとり。お前たちに殺されたあの人だけ。あの人を殺したお前たちを今でも殺したいと思ってる。でも、私(人間)は弱すぎた。だからお前たちを殺せる存在を作った。お前が研究だのに現を抜かして私を殺さなかった(辱めた)その慢心がお前たちを殺すんだ。どうだ? 苦しいか? 恐ろしいか? その苦痛を味わって地獄に落ちるんだな」

 

「お母様どうしたの……?怖い、怖いよ……」

 

 自分でも予想以上の力みを加えていたようで、少年の肩が赤く腫れていた。

 でも、仕方ないじゃないか。

 それを見届けることはできないけど、奴らが苦しむことはわかっているんだから。

 

「ああ、ごめん、ごめんよルスト」

 

 正気を失いながらも母親は慈しむように少年の頬を撫でる。

 

「でもね、でもね、ルスト。お前をこのまま人として育ててしまったら、私はなんのために生きてきたかわからなくなってしまう。お前を愛してしまったら私の愛はあの人のものだけでなくなってしまうの。だからルスト。お前は魔族でなければならないのよ。ここが人でいられる最後の時間なの」

 

 理解できない話を到底受け入れることなどできず、少年は頭を振る。

 

「やだ、やだよ。お母様、僕は人間だよ……? 魔族じゃないよ、魔族はやだよ……」

「ああ、ああ。かわいそうなルスト……でもごめんね。私も復讐を今更やめるつもりはないの。大丈夫、あなたが魔族だということは魂が覚えている。きっかけは私があげるから」

 

 母親が残した最後のピース。

 それで少年は完成する。人も魔族もみんなみんな滅ぼしてくれる肉の機械の誕生だ。

 いよいようまく笑えなくなってきた。ダメだ、嗤ってしまう。

 

 それでも5年いっしょにいた子供。

 すがるような視線を見ていられず、最後に母親(人間)は甘えを出してしまった。

 

「もしも。もしもあなたが本当に人だというのなら、魔族にできないことをしてみなさい」

 

「魔族にできないこと……?」

 

「ええ。だれかを『愛する』ことよ。

 きっと、あなたには無理でしょうけどね」

 

「愛……………」

 

「さようなら、ルスト。すべてを壊して」

 

 自分の手を心臓に当て、魔法をひとつ。

 それだけで母親は命を断つことができた。

 床に倒れた遺体から命の残り火が広がっていく。

 

「お母様……どうして……」

 

 母親の死に呆然とする子供の絵。

 なるほど感動的だろう、三流の悲劇にしては。

 だからこそ残念でならない。

 

「どうして………知らなかったんだろう」

 

 流れ出る命を見ていると、何かが少年の心を刺激した

 枷はすでにない。

 やがてそれは抗えきれない欲望(Lust)となり。

 

 

 

 

 

 

「お母様がこんなに美味しそうだったなんて」

 

 母親を見つめていたはずの瞳は、肉を見る瞳に変わっていた。

 

 

 そしてその夜。

 少年は完成した。

 

 

 

 

 

 優秀な魂の器と優れた魔法使いからの教育を受けた少年は青年に成長し、何十年、何百年と戦い、そして勝ち続けてきた。

 

 いつしか人々は彼を天災のようなものとして扱い、上位魔族は嬉々として戦いを挑み、そして敗れていった。

 

 それでも青年は止まらない。

 

 今日もまた、瓦礫という山の王となった青年は獲物を探す。

 

 母の遺言(呪い)を達成するため、このまま永遠に戦い続けるつもりだったのだ。

 

 

 

「お前か? ここらの魔族も人間も殺し回ってる頭のおかしいイカレ野郎ってのは」

 

 

 

 だが、そうならなかった。

 ならなかったのだ。

 

「…………人に尋ねるときは自分から名乗る。母親から教わるだろ」

 

「魔族がいっちょ前に言うじゃねえか。

 だがいいぜ、お前は面(・)白(・)く(・)な(・)り(・)そ(・)う(・)だ(・)か(・)ら(・)教えてやるよ」

 

 炎のように燃える髪の女は青年を見て、自らの戦闘スタイルを曲げてまで現れた甲斐があったと確信する。

 だからその名を名乗った。

 

「私はフランメ。

 大魔法使い、フランメ様だ」

 

 史上最強。

 

 彼女(英雄)との邂逅が彼の運命を大きく変えた。

 

 

 かくして、物語は始まりに至る。

 

 
















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