愛してるんだ。君たちを   作:極光のAUroRA

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     『ありえない』

         『この私が』

   『私は』

 『大活躍をして』

             『それじゃあ』

       『あれ』 

            『どうなったんだっけ』




野辺

 

 

 

 堅牢と呼ばれたのも今は昔。今にも崩れんとする城の広場。

 (しろがね)の甲冑に身を包んだ男たちが女魔族と相対していた。

 顔に大きな傷を負った人間が一歩前に踏み出す。

 この武将集団の頭目だろう、鎧の胸に装飾が加えられていた。

 戦意が宿る瞳で女を視界の中心に据える。

 

「貴様が七崩賢、断頭台のアウラか」

 

 天秤を揺らしながら女は答える。

 

「そうよぉ? 何か用かしら。こう見えて忙しいのよ、私」

 

「……ふざけたことを。これ以上、我が領地を踏み荒らすことは許さん」

 

 男の鋭い視線を受けても魔族――アウラの表情に動きはない。

 むしろ、鼻で笑った。

 

「何がおかしい」

 

「おかしい? おかしいですって? 滑稽だわ。

 人間が勝手に決めた繁殖地でしょ? 許可なんて取るわけないじゃない」

 

「貴様ァ……!」

 

 男が鞘から刃を抜き放つと、部下たちも各々武器を構える。

 

「我が弟子たちの仇、刺し違えてもらい受ける!」

 

「出来るとでも?」

 

「出来ぬ道理はない、私が人間である限り!」

 

「ふぅん…………。

 それならお望み通り殺してあげるわ。人間のまま、ね」

 

 向かってくる男たちを認めながら、アウラは不敵に笑う。

 

 大口を叩いた男は剣を大振りに振ってくる。あからさまな隙。

 他の人間もそれをカバーするために動いているように見える。

 だがこれは罠。

 後ろの細剣を構えた人間が本命だろう。その剣だけ魔力を感じる。

 怒りに飲まれた振りをしながら冷静に勝機をつかもうとする姿勢。

 魔族は言葉を利用するが、人間も大概だ。

 正直、この手練れたちと半端な魔族が戦えば負けるのは魔族だろう。

 

 しかし、目の前に現れてしまった時点で彼らに勝利はないのだ。

 

 天秤を宙に掲げ、剣を右手に一言。

 

 

服従させる魔法(アゼリューゼ)

 

 

 天秤が光を帯び、世界に溶けていく。

 アウラは動かない。

 

 男たちはそれを奇妙に思いながらも止まらない。

 四方からの同時攻撃。

 よしんば対応できたとしても、自分たちの陰に隠れた致命の一撃を避ける猶予は与えない。

 剣先がアウラの首筋に迫る。

 獲物は動かない。それどころか不敵な笑みを崩さないでいる。

 

「止まりなさい」

 

――――ガコン。

 

 何かが傾いた。

 ただそれだけで。

 

「なん……だと……」

 

 刃は届かず。男たちは体の自由を失った。

 指揮官の男が瞬きをすると、アウラの姿は目の前から消えており。

 重いものが地面に落ちる音を聞いた。

 

 ふと、身体が自由になる。

 男はそこで気が付いた。

 

 己以外、全員の首がないことに。

 

 とどめを撃つはずだった部下の方へ振り向けば、彼もまた、崩れ落ちるところだった。

 

 下手人はひとりしかいない。

 

 まったく認識できない速度で行われた蹂躙。

 

「なんなんだこれは……」

 

 刃の血を払ったアウラが近づいてくる。

 

「こんなことが……それじゃあ俺は!?」

 

 それからまたひとつ、首が舞った。

 

 

 

 

 

 

 城から出てきたアウラを配下の魔族たちが迎える。

 

「アウラ様、ご無事で」

 

「当たり前でしょ。首尾は?」

 

「滞りなく」

 

「生き残りは?」

 

「いません」

 

「そう、上出来ね」

 

「もったいないお言葉……」

 

 魔族たちは仰々しく礼をする。

 

 彼らの背後に広がっていたはずの街並みは瓦礫に埋もれ、生活の後もない。

 

 こうしてまたひとつ、国が滅びた。

 

 今度は別の魔族がアウラの前に現れ、膝をつく。

 

「アウラ様、勇者がこちらに向かっているという報告が」

 

「ふぅん……シュラハトの言う通りというわけね」

 

「如何いたしますか?」

 

「やるわよ。あの南の勇者(ヒゲ)より強い人間じゃないでしょう」

 

「かしこまりました」

 

 鶴の一声で配下の魔族たちが動き出す。

 

 アウラは魔族の中でも珍しい「群れる」魔族だった。

 

 群れるという行為は本来、弱者の生存戦略。

 種として慢心してもなお強者である魔族とは縁の遠い概念だ。

 現在の体制ですら魔王のカリスマと圧倒的な力があってこそ。

 第一、魔族に足並みそろえて動くということが致命的に合わない。

 さりとて。

 アウラは長年を孤独でいるのにどこか物足りなさを感じた。

 これまでが騒がしかったからなのか、魔王のカリスマにあてられたのか。

 アウラ自身、そこまではわからない。 

 ただ、自分だけじゃないのは悪くなかった。

 

 

 

 

 

 

 勇者御一行はいよいよ七崩賢のひとり、断頭台のアウラと相対する。

 両陣営に緊張感が走る中、ヒンメルは尋ねずにはいられないことがあった。

 

 道中見てきた死者たちの無残な姿。

 

 地面に刺さった十字に組んだ木の枝。その頂上に人の首を乗せた悪趣味なオブジェ。

 

「あれをやったのは君たちかい?」

 

「ええ、そうよ」

 

 アウラは無感情に見える顔で答える。

 

「なんのために」

 

「あら……私たちを相手に話なんてしていいのかしら?」

 

「いいから答えてもらえないかな」

 

 両陣営ともこの問答が戦端を開く合図になると理解していた。

 故に余計な口は出さない。それでも水面下での準備は当然にする。

 フリーレンだけはさっさと殺した方がいいと思っていたが、ヒンメルのすることだから見守ることにしていた。

 

 ヒンメルに見つめられ、アウラは答える。

 

「あれはね、弔いよ」

 

「弔い……?」

 

「アイツが言っていたわ。人は死んだら弔うのでしょう?

 人の身で私に立ち向かった勇気ある戦士たち。

 殺してそのままなんてカワイソウじゃない」

 

「本気でそう言っているのか……?」

 

「本気も何も、そういうモノじゃないの? 何か間違えたかしら」

 

「…………そうか」

 

 弔いと侮辱の違いもわからないなんて、なんと哀れなのだろう。

 燃えた村長の家がヒンメルの頭によぎる。

 

 ヒンメルの背後でフリーレンが眉をひそめた。思わず口が出る。

 

「ヒンメル、こいつらは人の習慣の意味をわかってない。

 結果しか見てないんだ。

 だからやることもただの猿真似になる」

 

「そう、だね。ああ、わかってたさ」

 

 フリーレンの言葉でヒンメルは意識を切り替える。

 

「ふふ、やる気になったみたいね」

 

 アウラが天秤を揺らす。

 

「ああ、始めよう」ヒンメルは剣を鞘から抜き放ち。

 

「ようやくか」アイゼンが斧を構え。

 

「まったく、最近のヒンメルは口数が多くなりましたね」ハイターも聖典を開いて。

 

「ヒンメルの好きにすればいい」フリーレンが発動待機した呪文を放つ。

 

 戦端が開かれた。

 

 

 

 強者同士の戦闘は当然に決定打も早い。

 幾度かの打ちあいの後、アウラは体が軽くなったことを自覚した。

 ヒンメルの動きから、一拍遅れて左半身を斬られたと理解する。

 聖職者の男に意識を取られていた隙を狙われた。

 動きを止めたのに、それでも追いついてくる。

 その剣筋はただただ、愚直なまでに速い。

 これはまるで。

 

――――南の勇者(ヒゲ)と同じじゃない!

 

 アウラは聡明な魔族だ。

 彼我の戦力差を正しく認識する目を持ち、作戦を立てる脳を持ち、そして実行する手もある。

 故に最適解を導き出せる。

 たいてい慢心しているのだが、ここに至ってアウラはようやく本気になった。

 しかし、本気になるのが遅い。もはや戦局は覆せず。

 即座に撤退を決断する。

 

 しかし、ヒンメルは既に次の動作を()()()()()していた。

 このままでは。

 

――――死ぬ? わたしが?

 

「アウラ様!」

 

 だが、子飼いの魔族に咄嗟に盾(致命傷を引き受ける魔法)を使わせたおかげでアウラは命拾いした。

 その一瞬を逃さず大きく後退する。

 周りを見れば配下たちはアイゼンに両断され、ハイターの女神の三槍に貫かれ、フリーレンの地獄の業火を放つ魔法に焼き払われていた。

 物量でも押し切れないのは明白。

 

「……こんなこともあるのか」

 

 追撃の手が緩んだヒンメルに追いついた配下たちが攻撃を始める。

 一瞬で斬り捨てられていくが、その時間で十分だった。

 

 感知できる魔力が減っていくのを感じながら、体内で荒れ狂う魔力を抑えてアウラは戦場から逃走する。

 

 不思議と、追撃はなかった。

 

 

 

 

「……ヒンメル。お前は、お前は」

 

 何度も、何度も後ろを確認して、時には転んで木に顔をぶつけながら逃げた先。

 アウラは息を切らして膝をついた。

 まだ死んでいないことを実感すると、再びあの恐怖が蘇る。

 皮肉にも、生まれて初めて本能以外での()()をヒンメルに理解させられた。

 急いで止血した後、アウラはふらふらと休息(安心)できる場所を探し始める。

 

 魔族に同族意識はあるといっても非常に薄い。

 だから胸に渦巻くコレはきっと、七崩賢の自分を無様に敗走させてプライドを傷つけられたことによる反発欲なのだろう。

 

 それから、アウラは身を潜めながら勇者一行に勝てる力を求め続けた。

 それもここ百年のうちでも驚異的な速度で。

 

 だが。

 アウラがかつての幻影に勝てる方策を得た時には。

 

 

 

 ヒンメルは、もはや生きてはいなかった(もういないじゃない)

 

 

 

 

 

 

【勇者ヒンメルの死から28年後。】

【北側諸国 フェアルト跡地】

 

 

 

「御祈りは済んだ?」

 

 女が問いかけて来る。

 

「ええ」

 

「そっか」

 

 思い出した記憶に蓋をして、アウラは目を開いた。

 視線の先にあったものは、墓。

 魔族は死ねば塵となる。故に遺骨などは当然収められていない。

 それでも、木の枝を突き刺しただけの盛り土(子供じみたもの)は、確かに墓だった。

 

 アウラ自身、未だに弔うという行為はよくわからない。

 祈れと言われても、何を祈ればいいのか、誰に祈ればいいのかわからない。

 ただ手を合わせただけだ。

 

 それでもその様子を見ていた女は満足したらしく、微笑んでいる。

 

「ねぇ、オネェサマ」

 

「なぁに?」

 

「弔うって、結局なんなのかしら」

 

 アウラの問いに、女は手を顎に当てて答える。

 

「そうだねぇ……ただでさえ興味のないものをすぐ忘れるボクらだから

 興味のないものに興味を持とうとすること、かな」

 

「ふぅん。意味あるのかしら、それ」

 

「きっとね。思い出を単なる記録と捉えがちだし。

 案外、こういうのが人間との共存を望んだ魔王サマの言う未来に繋がったりして」

 

「魔王様が? ありえないわよ、それ」

 

「そうかな? そうだね、そうかもねぇ。

 じゃあ、ボクが死んだらすごい大きな墓を作ってよ。500年くらいかかるやつ」

 

「えぇ……嫌に決まってるじゃない」

 

「い~い~じゃーん。毎月墓参りしてくれないと化けて出るから」

 

 急に抱き着いてきた女の顔をアウラは手で押さえる。

 

「化けて出れるわけないじゃない。それに……あんたなんて早々忘れるわけないし」

 

 後半はぼそりと呟かれたが、密着していた女は聞き取ったらしい。

 

「……わーぉ」

 

 急に黙り込んだ。

 

「何よ、私何か変なこと言った?」

 

 訝しむアウラに女は笑顔を振りまく。

 

「んふふ、なんでもないよ!

 ところでアウラ、メイド服はもちろんだけどいつもの服(スケベ衣装)も素敵だね」

 

「ふふん、当たり前じゃない。魔王様にもお褒め頂いたんだから。

 ……って、急にどうしたのよ」

 

 脈絡のない話題転換に、流石のアウラも「まだ本格的に探してないけど家の鍵がない気がするとき」の顔になる。

 

「うーん? いやぁ、ボクが性欲を感じるのはアウラだなぁって」

 

 女の指が露出した腹部をなぞる。

 

「っ……! それ、ぞわっとするからやめなさいよ!」

 

 慌てて身を離そうとするも、女がしっかり腰を捕まえていて逃れられない。

 

「ふふふ、アウラ大好き~! 愛してる~!」

 

「この馬鹿女ぁ……! はな、れろぉ……!」

 

 首にまで噛みついてきて、いよいよ手の施しようがなくなってきた。

 

こふぇふぉふぉ(これも)

 

 さらに女は無理やりアウラに短刀を握らせ、そのまま自身の腹に突き立てさせる。

 

「私の手を使わないでもらえるかしら!?」

 

 女の腹部を短刀が抉る。

 溢れた血がアウラの手を伝い、服を赤く染めていく。

 

「あふぁ……ふぃーふぉ(いいよ)、アウわぁ……」 

 

 自分の血が相手を塗りつぶしているような感覚でハイになった女は、もはや聞く耳を持たなかった。

 

「いろいろ台無しじゃない……!」

 

 

 

 

 

 

 

 取っ組み合いが終わり、もう帰ろうとなった時。

 唐突にアウラを頭痛が襲った。

 

「うっ」

 

 鈴の音。暗闇の反響。何かが捻じれる景色。

 

 意味不明な情報が脳を締め付ける。

 

「アウラ?」

 

 頭を両手で押さえる。痛みは治まらない。立っていられなくなる。

 

「アウラ!」

 

 崩れ落ちる寸前、抱き止められた。

 心配そうに見つめて来る。

 

「ごめんね、無理させちゃった?」

 

 だが、アウラはそれに答えられない。頭が痛い。

 何かが叫んでいる。でもわからない。

 

「だい、じょう――――」

 

 大丈夫、と言おうとして女の顔を見たアウラは言葉を失った。

 代わりに出てきたのは。

 

 

 

「…………あんた、誰?」

 

 

 

「誰って……いやだなぁ、お姉ちゃんだよ?」

 

「オネェ、サマ……?

 …………あ、ああ。そう、よね。

 私、何を言っているのかしら…………」

 

「きっと疲れてるんだよ。帰って休もう?」

 

「ええ、そうね……」

 

 頭痛はもう、しなかった。

 

 アウラは女が差し出した手を使って立ち上がる。

 

 そしてそのまま、仲良く揃って家にむかって飛んだ。

 

 

 

 女の顔が認識できなかったような気がしたのは気のせいだろう。

 

 

 

 

 

【勇者ヒンメルの死から28年。】

【北側諸国 グラナト伯爵領】

 

 

 

「なんかいろいろもらっちまったけど、いいのかな。あとで返せって言って来たりしないよな……?」

 

「その時は魔導書以外は返してもいいかもね」

 

「よくないです」

 

「そうだよフリーレン! 明日のごはんなくなっちゃうよ!」

 

「流石にそのくらいは予備があるんですけど……」

 

 シュタルクという戦士を仲間に加え、フリーレン一行は北上を続けていた。

 魔法使いの不思議なカバンがあるとはいえ、物資は有限ということで買い物のために城塞都市へ立ち寄ったのだが、奇妙なことに巻き込まれた。

 

  唐突に鎧姿の青年から『もしかしてフリーレン様だろうか?』などと声をかけられ、領主の館に連れていかれたのである。

 

 どうも話を聞いてみると青年はフリーレン、というよりヒンメル勇者御一行――特にアイゼンの話――が好きだったようで、生き証人に会えたことからテンションが天元突破。迷惑でなければ、という枕詞はあったものの、ほぼ有無を言わさぬ勢いで一行を邸宅に連れ込んでしまったというわけだった。

 それだけならフリーレンたちも塩対応だったかもしれないが、腹ペコだった一行に食事を出して勇者一行の話をせがまれてから状況が変わる。

 

 フリーレンはヒンメルを褒められて陥落。

 シュタルクも最初はガチガチだったくせに師匠の話が始まると陥落。

 青年が騎士だったということもあり、あまりハイターの話が上がらないことでむくれたフェルンだけが陥落を免れた。

 

『おお、なるほど! アイゼン殿はダイアモンドを素手で!?』

 

『もったいないって言ったんだけどね。ヒンメルがせっかくなら見てみようって』

 

『ほほぉ……話に違わぬ剛腕、流石アイゼン殿だ』

 

『今でも師匠は手のひらサイズのモノなら握りつぶせるぜ』

 

『なんとなんと!』

 

『どうしてもう馴染んでるの……?』

 

 そんな会話がありつつ、その後は伯爵まで出て来ててんやわんや。

 よく笑う人たちだな、とはシュタルクは伯爵たちを評価していた。

 

 結局、その日は一泊させてもらうことになった。

 

『楽しい時間であった! これはささやかなお礼と思って欲しい』

『お前がフリーレンなら、これは儂らが持っているよりいいだろう』

 

 その後、食料だけでなく、魔導書も半ば押し付けられて一行は館を後にすることになる。

 

 

「北は魔族が活発だと聞きましたが、この街は平和そうでしたね」

 

「まぁ、師匠(せんせい)の防護結界があるわけだからね」

 

「そういや、フリーレンの師匠のこと俺なんも知らねえな。どんな人なんだ?」

 

「フリーレン様、私も興味があります。まだ逸話の真相が」

 

「近いよフェルン……。いいよ、話してあげる。あれは――――」

 

 旅は続く。まだまだ、始まったばかりなのだから。

 

 

 

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