escape from Ω Ewigkeit 作:翠のアロエ
―二人の囚人が鉄格子の窓から外を眺めた。
―一人は泥を見た。一人は星を見た。
「アイルランドの作家だかなんだかの詩らしいけど、見るなら断然星だよ、星。
どうして獄中から地面なんぞ見てんだよ」
ただ泥を見る私にそう言いながら、星を見る彼はそう言った。
「■■■■■■■■■■」
向かいの牢で星を見る彼に私はそう返して、今は泥に反射する星の光に目を眩ませた。
ふと見上げると、満天の星空がある。
地上から空までどこまでも開かれていて、太陽も出ていないのに地表の全てが照らし出されるような輝きの夜空。
空には雲もなく、大地も覆うものなく開けていてただただ広大に開放感だけがある。
今までどこにいて、ここで何をしていたのか。
思い出すことはできないし、思い出す必要もないと感じている。
やり遂げたような突き抜けたような満足感があり、また何かをやり切れていない違和感があった。
前者と後者が混ざり合って、喜びきることもできずただ立ち尽くしている。
ずっとそうしていい確信はあったし、そのようなものに「私」はようやくなれたのだからここに留まるだけで充分だろう。
満ち足りている。
完結している。
何もかもから逃がされて、そのように生きろと願われて、いつしか私もそう願ってここまで来た。
父もそのように生きたと聞いている。その父とも逃げ別れ、人生で出会った全てから逃げてここまで来た。
家族から始まり、家も財も名も人も全てだ。
今や私はたった一人で、ここにいる。
これをもって私を囚えるものも追いかけてくるものももういない。
ただ目指した星灯りだけを一身に浴びて天地に立っている。
これ以上ないはずの結末で求めるものはもう無いはずだが。
「まだ何かに囚われているような」
目の前の星空は確かに求めたものなのに、どうにも既視感が拭えない。
何度も見たことがあるような。
ずっとここで立ち尽くしているような。
何度も何度も繰り返しているような、星空の牢獄。
ここから抜け出す。いつかそこに辿り着くと誓った星空が、今はどうしてか空虚に見えてならない。
この場所に来たのはつい先ほどのようで、実はずっと昔のことだったのだろうか。星の動きがよく見える。
天体は予測された軌道通り動いては、ある地点で寿命を終える。
もちろん夜がそんなに長く続くはずは無いのだけれど、この星空に朝は来ない。
どうしてかは分からない。ひょっとしたら、私のいるこの場所も、いつか見ていた空の星の一つだったのかもしれない。
老いも飢えも死からも逃げはせた私は、そうやって星が生まれて流れて燃え尽きるのをずっと見つめているとあることに気づいた。
星空の巡りが気の遠くなるほど変わって、元の星図がすっかり分からなくなってしまった頃、全てがパっと移り変わった。
最初は何が起きたのか分からなかったけど、もう何度か気が遠くなって同じ現象を目にしてようやく気が付く。
これは
光の見えない星々の隙間。その虚無からこの星空すら覆う何かの祈りが透けて見えるようだ。
「幾度も繰り返せ。自分の望む結末以外は認めない。やり直したい」
音のない空に、姿なき神の声がある。
神の描いた設計図通りに星々は巡り、されど神の望みはそこに無い。
宇宙に満ちる星屑一つ逃さない潔癖の性。生まれる、消える、また生まれる。
自由に輝きあっているように見えるこの星達も、いつかの私のように囚われたままだった。
見上げているだけでは無価値のように思われるこの繰り返しに、その果てに望むものがあるのだろうか。
何にしても分かることは一つだけ。
「逃げ果てた先もまだ檻の中かぁ」
嘆息するように俯いた大地には、いつの間にか雨もないのに泥溜まりがぽつぽつと出来ている。
満天の星を鏡のように映してその身を美しく飾っても泥は泥。ただ黒々と濁っていつまで続くか分からない闇のようだった。
それでもこの星空よりはマシな気がして、いつ振りかの棒立ちを止めてその泥に足を踏み出してみる。
足を漬ければ見た目よりもずっと深く、足を取られるようで慌てて引き抜いた。
引き抜いた勢いで体制も崩れて尻餅をついてしまう。
そこら中に泥は満ちていて、そのままずぶずぶと泥の中に引き込まれるようだ。
抜け出す気力も無く沈みながら徐々に遠くなる星空。この檻を見つめて思う。
いつかこの泥と星を見て、彼の言葉に私は何と答えたのだったか。
その答えがこの星空に無いことを悟って、私は遂に泥に沈んでいった。
初投稿です。
アヴェスターとかいろいろ触れてたら妄想で頭がいっぱいになって吐き出さないと何にも集中できないので投稿しました。定期的に妄想でいっぱいになったら更新すると思います。