前半と後半で少し時系列が逆転してます。難しい。
尾行はアルファが始末したが、生徒は外出禁止になっているらしいので、僕はなるべく目立たないように妹が暮らす寮に向かった。モブにも許されそうな、所謂「あ、お前居たの?」くらいの空気の薄さを意識しながら気配を消す。
アルファの話だと、妹の部屋には宿泊許可を得た姉さんも居るらしい。いくら気配を消したところで、視界に映れば意味が無い。もれなく長時間拘束される未来が想像付く。
うっかり出くわさないよう、窓からお邪魔しようと屋敷の裏側へ回り込むと、見るからに不審者ですといった風貌の男達が居た。僕を目にした瞬間、迷い無く襲いかかってきたので、二人まとめてさくっと殺した。
何だったんだろう。泥棒とかかな。さすが中世、物騒なエピソードには事欠かない。
窓際で武器を構えていた妹の世話係が、騒ぎが収まったのを確認して飛び降りてきた。丈の長い給仕服のスカートを翻し、難なく目の間に着地すると、うやうやしく一礼してみせる。
「お待ちしておりました、主様。今は誰も居ません。これらは私が片付けますので、どうぞ中へ」
お言葉に甘えて、僕は軽く地面を踏み込んだ。このくらいの高さなら、魔力なんて使わなくても余裕で届く。音を立てずに窓枠に足を掛け、そのまま部屋の中へと忍び込んだ。
身体を冷やさないようにか、窓から少し離れた位置にあるベッドを覗き込む。妹はすっかり顔を青白くさせて、死んだように眠り込んでいた。小さい頃はよく見た姿だ。不可抗力とはいえ、最近放置しがちだったから、こうなるのも無理はない。
僕は妹の頬に手を添えて魔力操作をした。昔のように、繊細に、丁寧に。
やりすぎると後の反動が大きいので、ほんの少し熱が収まった辺りで止める。ついでにぬるくなった額のタオルを取り替えて、ふうと一息ついた。
地平線の向こう、夕闇を追うように、月が昇ろうとしていた。
「勘付いたか……」
「そのようです。昨日も同様の輩が現れています」
何となく呟いてみたそれに返事が返ってきて、僕は視線だけをそちらに向ける。
「以前は一人でしたが、捕らえて目的を吐かせようとしたところ、自害しました。教団が送ってきた者に違いありません」
「そうか。やはりな」
このメイドさん、中々にアドリブが効く。さすがアルファが連れてきた逸材だ。
此処に来る前は全く想定していなかった陰の実力者っぽい展開に、僕は心を踊らせる。
「今まで以上に警戒を怠るな」
「承知致しました。この身に変えても、妹君は私がお守り致します」
僕は頷くと、妹を一瞥し、颯爽とその場を後にした。
死体があったはずの場所は、血の一滴すら残らず元通りになっていた。
◇
アイリスの訪問から二日後、ゼノンは再びセレナの下を訪れた。
「お嬢様は臥せっておられます。お引き取りください」
「ああ……構わないわ。その人はうちの先生で、昨日もアイリス様の護衛で此処に来てたの。私もお世話になっている人よ」
「……クレア様が、そう仰るならば」
昨日は姿を見なかった側仕えに素気なく追い返されそうになったが、学園顧問、そして騎士団の剣術指南役としてクレアと関わっていたのが功を奏したらしい。彼女が助け舟を出したお陰で、無事室内に踏み入ることが出来た。
見舞いの品を贈り、ベッドに横たわる少女に近付く。ぐったりとした様子で細い呼吸を繰り返していた彼女は、ふいにうっすらと瞼を持ち上げた。
「ん、おねえ、ちゃん……? あれ、せんせ……」
「ああ、起こしてしまったかな。僕のことは気にせず、ゆっくり休むと良い」
「せんせい……きんいろの、おおきなめが、こっちをみてくるの」
「……悪夢を見たんだね。大丈夫、君のお姉さんが側に居るよ。ほら」
「ええ、そうよセレナ。お姉ちゃんは強いんだから。どんな怪物が襲ってきたって、必ずあんたを守ってみせるわ」
ゼノンに位置を譲られたクレアは、安心させるように妹の頭を撫でた。潤んだ瞳が伏せられる。
やがて、すう、と眠りにつくのを見届けると、改めてゼノンの方へと振り返った。
「この子、熱が出た時は、何時も悪夢を見てうなされてるんです」
「そうか……体が弱いとは聞いていたが、これほどとは思わなかったな。無理をさせてしまった。だが君たちのお陰で、シド君は無事解放されそうだよ」
「本当ですか、ゼノン先生!」
「ああ。まだ証拠を元に精査中ではあるが、早く伝えた方が良いと思ってね」
「やっぱり、それでわざわざ来てくれたんですね。目が覚めたらセレナにも教えてあげなくちゃ」
「そうしてあげると良い」
ほっと胸を撫で下ろす彼女に、ゼノンは作り慣れた笑みを貼り付けながら頷いてみせた。
報告も済んだことだし、あまり長居しては悪いからと、早々に部屋を後にする。
知りたいことは知れた。もう此処に用は無い。
金色の瞳。神話にて六つの月を食べたとされる竜が、その迸る魔力によって染め上げた色。
おまけに、その悪夢を何度も見ていると来た。間違いない。
かの神の愛子を、ようやく見つけた。
一年にたった12滴しか生産出来ない、希少なディアボロスの雫。その代用品となり得る存在を、かねてより教団では求められていた。
その筆頭として注目されたのが、邪神エクリプスにより祝福を受けた子供、神の愛子である。
随分と大層な呼ばれ方をしているが、その実態はただの生贄だ。あれは邪神の養分となるため、祝福という耳触りの良い力で魔力回路を繋がれているのだ。確かにそのお陰で悪魔憑きを発症せずに済んでいるのだから、ある種祝福と呼べるのだろうが。
祝福は、邪神自らが理想の子供を探して授けていると聞く。神のお眼鏡に叶うほどの膨大な魔力を日々啜っているならば、さぞ潤沢な魔力を蓄えているに違いなかった。
何処とも知れぬ世界の狭間で封印され、まともに身動きも取れない竜など、然程脅威ではない。
むしろ繋がった回路を利用して、一方的に魔力を奪うことすら可能かもしれないのだ。
研究のために殺せないのが少々面倒だが、あんな小娘二人などどうにでもなる。アレクシアよりは苦戦するかも知れないが、ほんの誤差だ。
これでいよいよ、ラウンズの席は確実なものとなるだろう。
込み上げそうになる笑いを、ゼノンは好青年然とした仮面の下に隠した。
◇
取り調べから解放されて二日が経った。
僕の手元には、一通の手紙。
報告に来たベータを引き連れ、僕は夜の王都へと繰り出した。
いよいよだ。
いよいよ、僕が待ち望んだ、最高の舞台が幕を開ける。
「今宵、世界は我等を知る……!」
▼名無しのメイドさん
ゼノンの二度目の来訪後に教団の手が伸びてきたので、ゼノンの正体にはほぼ確信している。しかし七陰同様シャドウ様は何でもお見通しと思ってるので本人には何も伝えてない。何時ものやつ。
▼窓から少し離れた位置にあるベッド
襲撃対策も含む。王族貴族に魔剣士が多いミドガル王国だとあんまりそういうの意識されてなさそうではあるけども。本人が鬼のように強いとはいえ実家のクレアのベッドも窓際だし。
王都襲撃は原作と変わらないのでカットします。ので、多分次で偽装恋人編は最後。