Web版一章ラストです。
王都で大規模な襲撃が起こった。各地で無差別に建物が破壊され、巨大な怪物が暴れ回り、光の柱が上がると同時に収束したその事件は、人々に多くの傷跡を残した。
一方で、良い報せもあった。行方不明だったアレクシア王女が保護されたのだ。光の柱に程近い場所で、ずぶ濡れのまま剣を振っていたところを、姉のアイリス王女に発見されたらしい。
誘拐事件の主犯はなんと、王国の剣術指南役として高名なゼノン・グリフィだった。しかし不運なことに、光の柱に巻き込まれた彼は、跡形も無く消え去ってしまったという。
アレクシア王女は、今では無事、学園に復帰出来るまでに回復している。
――――と、言うのが、妹から聞いた、今回の事件のあらましだった。
妹も寝込んでいたので又聞きらしいが、一般人視点の話を聞けたのは嬉しい。光の柱は沢山の人が目撃した一方で、僕の存在自体は見事に隠れてきっていたのだ。
これぞ陰の実力者である。僕は内心で歓喜に震えた。
アレクシアには学園復帰後、その日の内に呼び出されていた。何をトチ狂ったのか偽の恋人関係を続けてみないかと言われたので、心からの笑顔でお断りしておいた。僕はようやく真の自由を手に入れたのである。
アレクシアが回復する頃には、妹の体調も入学当初の頃まで調子を取り戻していた。昔は試行錯誤していたので随分と日が掛かってしまったが、今や僕も手慣れたものだ。
そういう訳で、僕は久々に妹と一緒に下校していた。
アレクシアとのデートの傍ら、今まで見落としていた良い感じの道をいくつか見つけていた。通行の邪魔にならない程度には広く、時折誰かが散歩したりランニングしているような穴場だ。
しっかり舗装されていて自然も多い割に人通りが少ないのは、新しく交通の便に優れたメインストリートが開通したからだろう。輸送ぐらいでしかすっかり使われなくなったこの道は、妹との通学にはうってつけだった。
車椅子の隣に並んでのんびり歩く僕を、妹は相変わらずちらちらと伺っていた。
それでも以前ほどの挙動不審っぷりではなかったので、今ならいけるかと足を止める。
「セレナ。無理に聞き出すつもりはなかったんだけど、そろそろお兄ちゃんは心配だなあ」
妹はびくっと震えると、視線を泳がせて、それからゆっくりと口を開いた。
「お兄ちゃん……あのね、その、王女様と付き合ってたって、本当?」
え、そんなこと?
あれだけ世間にアピールしまくっていたのだからそりゃそうなのだが、学術学園の方にまで噂が広まっていたらしい。とっくにアレクシアからは解放されたのだし、人の噂なんて時間も経てば薄れていくものだから、現状特に気にすることでもないが。
つい拍子抜けしてしまったが、ともあれ僕は、心底真剣に妹の両肩を掴んだ。
「いいかいセレナ、よく聞いてほしい。断じて違う」
「ち、違うの?」
「そう。誤解の無いように言っておくと、あれは……その、人助けの一環なんだ。王女様に相談されて、恋人のふりをしてほしいと頼まれてたんだよ。それももう解決したから、今は別れたってことになってるんだ。僕たちに、そういう関係は、一切無い」
「ええっと……そ、そうなんだ。大変だったんだね」
妹は戸惑いながらも頷いてくれた。正直に猫被り王女の策に嵌ったと言っても良かったのだが、姉さんとの間で僕の話題が出る可能性を考えると、あまり大っぴらに人を貶すのは憚られたのだ。
僕は妹に対しては優しい兄を、姉に対しては気弱な弟を演じている。総じて、情けなくはあるけど害がある訳でもない平々凡々な兄弟、というイメージだった。どちらにしてもらしくはない。
「そっかあ……じゃあわたし、邪魔になってなかった?」
「ん? 邪魔ってどういうこと?」
「あっ、えっとね……」
妹は何処か緊張した様子で、恐る恐るといったように言葉を紡いでいく。
「ほら、お兄ちゃん、こうして送り迎えとかしてくれるけど、それだとゆっくりデートとかする時間も無くなっちゃうでしょ? それは、嫌だなあ……って、思って」
「だから、もしもね? お兄ちゃんに、本当に好きな人が出来たら、わたしのことは気にしないでほしいなって。わたしは全然、大丈夫だから」
どうやら、そういうことらしかった。
悠々と泳ぐ初夏の雲。風に揺れる街路樹が、へらりと笑う妹の顔に影を落とした。
「僕は当分、そういうのは考えられないから、セレナが気にする必要無いよ」
「でも……」
眉を下げて力無くうつむいた妹に、僕は少し考えて、ほんの少しだけ声のトーンを落とした。
「これは誰にも……姉さんにも、言ってないことなんだけど」
内緒話をするように、身を屈めて妹の顔を覗き込む。
「セレナ、僕はね。そもそも特定の誰かに対して、そういうのを求めたことが無いんだ。所謂アセクシャルってやつなんだけど」
「あせく、しゃる?」
「そう。恋愛感情を抱かない人のことをそう言うんだよ。強いて言えば、特別に心を預けられるような存在に憧れたりはするけど、それは相棒とか、心の友とかいうやつであって、付き合いたいとか結婚したいって思うのとはまた違うからね」
そしてそういう存在は現れないのであろうことを、僕は前世含めて学んだのである。
僕の同士として引き入れたアルファ達だって、今となっては幼馴染の縁で付き合ってくれているだけに過ぎないなのだ。
「つまり、そういう性格というか……個性なんだ」
「うーん……何となく、解った。かな?」
妹は中々に柔軟な思考の持ち主のようだった。この中世風の世界に生まれながら、現代日本のセクシャリティをすんなりと受け入れてみせるのだから、大したものである。あるいは、ベッド生活が長く続いて世間に疎いというのも大きいのかもしれない。
「でもこれって、貴族としては致命的なんだよね。家は姉さんが継ぐだろうから、そこまで問題にはならないと思うけど……一応、普段はそれっぽく振る舞ってるんだ」
「そうだったんだ……」
「でもまあ、今のところはそう自認してるってだけで、もしかしたら奇跡的に好きな人が出来るかもしれないしね。そんなに深く受け止めることでもないよ。とはいえ、皆が皆そうは思わないだろうし、変に心配掛けさせたくもないから、皆には内緒にしてね」
「うん、解った」
「姉さんにもだよ」
「うん。わたしとお兄ちゃんの秘密にする」
「ん、約束」
指切りげんまん、の歌はこの世界には無いので、小指は絡めるだけ。車椅子の後ろには妹の世話係が居るが、寡黙な仕事人タイプの彼女なら、変に言い触らすこともないだろう。
「でも、だから尚更と言うか、セレナに好きな人が出来たら応援したいけどなあ」
「ええっ!?」
妹の恋人なんて言ったら、いかにも主人公クラスのメインキャラが出てきそうだ。
恋人に紹介されて、それとなく顔と名前を覚えて、それなりに仲良くやっていた義兄が、実は陰の実力者だった――――なんて、実に衝撃的で素晴らしい。
ちなみに姉さんに関しては、本人が既に主人公っぽいので論外とする。
「えっと、でも、……わたしも当分、そういう人は、出来ないんじゃないかなあ」
「そうなの?」
「うん」
妹は、何時もの困ったような微笑みを浮かべて、それきりその話題を口に出すことは無かった。
当てが外れたけど、このくらい別にどうだって良い。主人公候補は他にも居るのだ。
僕はただ、妹が華々しく死んでくれさえすれば、それで充分文句は無いのだから。
▼情けないけど害も無い兄像
漫画版クレア曰く、生意気だけど虫も殺せない心優しい子。ただしフィルター入ってそう。
妹は素直に頼もしくて素敵なお兄ちゃんだなあと思っている。ただし己を認めてもらったことでフィルター入ってる感は否めない。
▼アセクシャルなシド
本人曰く成し遂げたいことのために不必要なものはどんどん削っていったらしいが、あそこまで無関心だと、もう元からそういう欲が無いタイプだったんじゃないかなあという想像と捏造。
▼後ろで聞いてるメイドさん
これはシャドウガーデンにも明かされたと考えて七陰に共有するべきか悩み中。
▼好きな人が出来る予定の無い妹
彼女は常に死と隣り合わせの自覚がある。
王女と偽装恋愛編、終わり。
以前同様、区切りが良いので、ここで一旦終了とします。
また需要がありそうなら続きを書きに来ます!
それでは、此処までお付き合い下さりありがとうございました。