陰の実力者には妹が居る。   作:うたかね あずま

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感想・評価等ありがとうございます。
続かないと言いましたが、お礼に続きを書きました。
図らずもふと日付を見たら、いい兄さんの日でした。



陰の実力者には大切な人が居る。

 妹の、文字通り決死の努力を目にしてから。

 彼女の病気を治療するため、僕は密かに実験を始めていた。

 

 妹に似た症状のサンプルは生憎見付からないまま。妹本人で試すしかないと腹を括り、介助やスキンシップを通して少しずつ魔力を探るところから始めている。

 薄い霜柱を壊してしまわないように。限りなく繊細に、慎重に――――そのぐらいギリギリの加減で試しているので、亀より牛より遅い歩みだが、うっかり死なれでもしたらたまらない。

 まあ、僕の手で殺すのはまだ良い方なんだけど……陰の実力者がうっかり殺しちゃうのって、エピソードとしては盛り上がりに欠けるし。

 

 ちなみに、敵に殺されたりするパターンが一番好ましくないと考えている。妹が死んだ後に想定している陰の実力者のイメージが弱くなってしまうからだ。

 ベストなのは、シンプルに病気で死んでもらうこと。邪神エクリプスの設定に鑑みても、世界の裏で暗躍する陰の実力者の一面としては、これが最も相応しい。

 

 ――――そう。

 僕は、妹が存在する今しか出来ない陰の実力者プレイがしたいのだ。

 

 あらゆる全てを切り捨ててでも、たったひとつ、守りたかったもの。

 儚く散った彼女の亡骸を抱えてなお、陰の実力者は、深い陰の中を行く。

 

 ……いやー、痺れるね。最終的にはこれを目指したい。

 血気盛んな姉相手では難しい、病弱な妹相手だからこそ映える展開だ。

 

 という訳で今のところ、妹の病気が完治するまで時間を割く予定は無い。僕の修行やアルファ達との訓練の時間も減ってしまうから、単純に効率が悪いのもある。

 だから、多少放っておいても死なない程度……大人しく過ごしていれば、最低限の日常生活は送れそうなレベルを目指すつもりだ。

 

 まあ、僕はこれでも、妹のことをそれなりに気に入っている。せめて少しくらいは、彼女の積み重ねてきた努力が報われて然るべきだろう。その程度の支援は惜しまないさ。

 要するに、Win-Winというやつだ。

 

 

 

 貴族は15歳になると、王都の学校に通うことになる。

 姉も今年で15歳。我が家のホープたる姉さんの新たな門出を、僕たち家族は盛大に祝った。

 

 此処最近の妹は、どうにかスープを一人で飲みきれる程度にはマシになった。自分なりに体力を付けてきた成果かもしれない。とはいえ、それ以外の動作は相変わらずままならないらしく、紅茶を注いだカップを持つだけで腕が震えるので、送別会にはとても参加出来なかった。

 すっかり落ち込んでいた妹だが、出立前の最後の一日を姉さんと二人で過ごすことになり、今は一転して随分とはしゃいでいる。

 普段は妹に負担を掛けないようにとあまり構うことなく、代わりとばかりに僕を振り回す姉さんも、この日ばかりは妹に集中して思う存分可愛がっていた。

 

 就寝時間が迫る頃になると、姉さんが妹と一緒に寝ると騒ぎ出した。さすがに同じベッドに寝かせるのは無理があるので、汚れても良いシーツを床に敷き、ベッド用のマットレスを置いて布団を作ってやった。

 土足文化のこの国に、日本の畳文化が育てた布団は存在しない。でもまあ、このぐらいの機転は子供でも思いつく範囲だろう。そんなことよりも僕は早く狩りに行きたかった。

 

 姉さんはよくやったと僕を褒め称えると、意気揚々と読み聞かせ用の絵本を選び始めた。

 妹は姉さんよりも圧倒的に読書量が多い。今更そんな幼児向けの本を読み聞かせるのはどうかと思ったのだが――――まあ、妹は喜んでいるようなので、水は差すまいとそっと部屋を後にした。

 

 そんなこんなで、姉さんと妹は、仲睦まじく二人きりの夜を過ごしたのだった。

 

 

 

 ――――そうして迎えた、次の日の朝。

 

 

 姉さんと妹は、忽然と姿を消した。

 

 

 

 

 

 

「ベータ」

 

 たった一言。その声に応え、エルフの少女が姿を現す。

 主と揃いの漆黒を身に纏った彼女は、早速持ち帰ってきた情報を主の前に並べていった。

 

「アルファは?」

「クレア様とセレナ様の痕跡を探っています」

 

 侵入経路であろう窓ガラスは盛大に割られていたが、争った形跡は然程見られなかった。クレアがセレナを人質に取られ、大人しく従うことにしたのだろう。

 二人共、おそらくまだ生きている。セレナの虚弱性を思うと安心は出来ないが、クレアが共に居たのが幸いした。彼女のお陰で、絶望的とまではいかない状況に留まっている。

 しかし確実に助け出すには、主の助力が必要不可欠だ。セレナが関わってしまった以上、短期決戦が望ましいのは言うまでもなく、人質の危険も考えるとなると、万全を期すべきだとアルファからも伝えられている。

 

 淡々と投げ掛けられる、限りなく簡潔な問いの連続。

 一通り欲しい情報は得たのか、主からの質問が途絶えると、彼はふいに軽く目を細めた。

 

 

「――――久しぶりに本気を出すか」

 

 

 ぞわり。

 

 ベータは微かに身震いした。

 

 あまりにも冷ややかな殺気。此方に向けられた訳では無いのに、その片鱗を垣間見ただけで、肌の表面を鋭利なナイフでなぞられたかのような錯覚が襲う。

 

「……犯人はやはり、ディアボロス教団の者です。それも幹部クラスで間違いありません」

「教団は何故、セレナと姉さんを?」

「お二人が英雄の子だと疑いを掛けているのかと。セレナ様に関しては、今頃神の愛子について探られている可能性もあります」

「ふん、勘の良い奴等め」

 

 吐き捨てるように、彼はそう零した。

 

 ――――シャドウ様は、妹君を何よりも大切になさっている。

 

 生まれながらにして風前の灯火である命を抱えながら、それでもひたむきにその火を燃やす。

 火の勢いが増せば増すほど、蝋のように脆く溶けゆく身なのだとしても。

 そんな彼女の生き様に、きっと彼は魅せられたのだ。

 

 本人は己自身の事を語ることは滅多に無いから、ベータ達の勝手な想像だけれど。

 時折隙を見て治療に励む彼の、妹を見つめる眼差しが、どこか柔らかいこと。それから、徐ろに瞬いた睫毛の先が微かに震え、静かに伏せられることに気付いた日、七陰はそう悟った。

 

 ベータが広げた膨大な資料から、シャドウはものの一瞬で隠しアジトを突き止めてみせた。

 主の卓越した分析力に惚れ惚れとしながらも、ベータは改めて気を引き締める。

 

「七陰に伝えろ。――――決行は今夜だ」

「はい、シャドウ様!」

 

 闇の中に一筋差し込む、淡い月の光のような。

 そこに生まれたささやかな陰が、己の輪郭を描いていくような。

 そんな希望が、まだこの世界にあることを、もう、ベータだって知っている。

 

 ベータにとっての希望がシャドウなら、シャドウにとっての希望は、きっとセレナに違いない。

 

 敬愛する主の、たったひとつの希望のために。

 必ず、彼女を救い出さなくては。

 

 




▼「久しぶりに本気を出すか」
原作同様に陰の実力者プレイが出来そうで張り切ってるのと、これで妹が死んだら折角考えた陰の実力者プレイが出来なくなるな~というささやかな焦り。勘違い要素を増やしていけ!

▼己の輪郭を描いていくような希望
存在することを許された・名前や居場所や物語の数々をくれた的な意味でベータはそう感じているという設定だが、シドがこれ聞いたら「成程、肉塊だったしね」って思いそうなフレーズ。

▼細かい時系列とか
クレアの治療が約一年前。一話の兄妹の会話はそれから数ヶ月経った頃を想定。
ただの肉塊だったので好き勝手弄くれたアルファが治るのに掛かった日数が約一ヶ月。
=妹以外の適当なサンプルが無いので、うっかり死なないように慎重に実験を重ねた結果、学園入学までの二年の間に理想の対処療法を編み出す……という想定。
だとしてもシドなら一年も掛からなそうな気はするが。シドなので。


兄のイメージがベートーヴェンの月光なら、妹のイメージはドビュッシーの月の光が良いなと。
普段は月光派だけど、妹のために月の光を弾く兄ムーブシドが見たい。


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