陰の実力者には妹が居る。   作:うたかね あずま

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王女と偽装恋愛編。



彼女には偽物の恋人が居る。

 何の因果だろうか。僕はこの国の王女、アレクシアと付き合うことになってしまった。モブとしてコッテコテの情けない告白をして盛大に玉砕する筈が、当の本人に受け入れられてしまったのだ。

 というのも、あちら側にも僕のようなモブを利用したい事情があったらしい。学園の講師であり、王国お抱えの剣術指南役でもあるゼノン先生との婚約を回避しようと、都合の良い当て馬を探していたという。そこに罰ゲームとかいう舐め腐った動機で告白してきた下級貴族の僕である。彼女が目を付けるのも当然の流れだった。

 

 正直言って、非常に迷惑この上ない。クール系ラブコメ主人公のやれやれ……的なフリじゃなく、マジのガチの冗談抜きにこれっぽっちも嬉しくない。僕が日頃からどれだけモブ活に情熱を掛けて勤しんでいると思ってるんだ。

 冴えない男爵家の次男シド・カゲノーに比べて、ゼノン先生は地位も名誉も金もある、引く手数多の絵に描いたような完璧イケメンである。文句の付け所がまるで無い彼の何が嫌なのか、僕にはさっぱり解らない。

 

 しかし、報酬として差し出された金貨には抗えなかった。折角の王都という舞台。陰の実力者として本格的に活動する為には、これまでコツコツ貯めてきた資金や親の仕送りだけでは到底足りやしないのだ。

 結局僕は、取引成立として偽装の恋人役に就任したのだった。

 

 来る日も来る日も、僕の傍にはアレクシアがくっついて回る。早朝から剣の稽古を始め、昼食の時間から午後の授業、放課後すらデートの名目で付き合わされる。時には星が見えるような時間まで連れ回されたこともあった。

 それでも僕はひたすらに我慢した。幸いにも僕はモブ恋人として振る舞えていたし、報酬があるからこそ、ある種の仕事として割り切れていたのもある。

 

 だがしかし。僕にも譲れない時というのはあるのだ。

 僕は今、陰の実力者になるために金貨を集めているのであって、金貨を集めるために陰の実力者になるのを妥協したら、それは本末転倒なのである。

 

 つまり、何が言いたいのかと言うと。

 そろそろ魔力操作するタイミングを作らないと、妹が死ぬ。

 

 

 

 

 

 

「悪いけど、今日は絶対に無理。先約があるんだ」

 

 そう言ってアレクシアの誘いを素気なく突っぱねたのは、ゼノンとの婚約から逃れるため、時間稼ぎとして契約恋愛を持ちかけた男――――欠点だらけの下級貴族、シド・カゲノーである。

 彼との交際を世間に広めるため、今や日課となった放課後のデートに連れ出そうとしたところだった。何時もは肩をすくめて大人しく後を着いてくるところを、彼は打って変わってきっぱりと拒否してみせたので、アレクシアは思わず目を丸くした。報酬の金貨をちらつかせても、全く靡く様子を見せないのだ。

 

「へえ、王女の命令よりも大事な約束があるっていうの?」

「妹と一緒に下校するんだよ」

「あらあなた、妹がいたの。さぞ可愛いんでしょうね」

 

 何せ15歳にもなって一緒に下校するほどだ。妹は鬱陶しく思わないのだろうか。いや、むしろ妹側も喜んでいるのかもしれない。仲睦まじいことで何よりである。アレクシアは同じ妹として辟易とした心地になった。

 

「一緒に学園に通ってるってことは、双子なのかしら」

 

 家名を聞いてから気付いたが、彼には特待生として知名度の高い姉がいる。騎士団に仮入団するほどの実力を持ち合わせており、アレクシアも顔は見たことがあった。妹なのだし、きっと彼女に似ているのだろう。然程興味は無いけれど。

 半ば手持ち無沙汰にシドの妹像を想像していると、彼はゆるく首を振った。

 

「違うよ、一個下。聴講生制度で学術学園の方に通ってるんだ」

「聴講生? でもあなた、男爵家よね」

 

 確かに貴族には学園に通う決まりがあるが、あくまで努力義務に過ぎないし、ましてや聴講生制度はその分の費用が掛かる。特待生とは違い、本人がどれだけ優秀であっても、学費を免除するような待遇は用意されていないのだ。

 アレクシアの言う通り、カゲノー家は男爵家である。シド自身、一枚の金貨に一喜一憂するほどなので、その財政状況が伺える。とてもではないが、子供の教育にそこまで手を回す余裕は無いように思えた。

 

「親切な人達からの援助があったりしたんだよ。とは言っても、金銭以外にも色々問題はあったし、両親は結構悩んでたみたいだけどね」

「親切、ね……」

 

 妹やカゲノー家が相当愛されていたり多大な恩を受けているのでもなければ、金銭と引き換えに何かしらの無理難題を要求されたのだろう。魑魅魍魎が跋扈する貴族の間ではよくある取引だ。特に男爵家ともなると、上級貴族に搾取されやすい立場でもあるから。

 

「でもまあ、背に腹は代えられなかったというか」

 

 シドは何処か遠くを見つめながら、なんてことのないように続けた。

 

「妹は、体が弱いんだ」

 

 静かに落とされた声。それからすべての音をさらっていくように、ざあ、と風が吹き抜けた。

 世界が切り離されたように、彼の声だけが其処に響く。

 

「今は車椅子で生活出来るくらいには良くなったけど。二年くらい前まではベッドからまともに起き上がれなかったし……今でも結構寝込みがちでさ」

 

「前に領内視察に行った時、妹の容態が急変したことがあったんだ。医者が言うには、精神的負担も大きいかもしれないんだってさ。何時も妹の面倒を見てたのは僕だったから、多分、不安だったりしたのかな。そういう些細なストレスでも、命に関わるケースはままあるらしい」

 

「だから、一緒に王都に来たんだ。王都には片田舎の診療所なんかより、ずっとまともな医療機関もあるしね。……まあ、結局こっちの医者にもほぼ匙を投げられてて、ストレスをなるべく減らして様子を見るしか無いって言われてるんだけど」

 

 遠い国の世間話でもするかのように、シドは滔々と語った。

 何処までも単調な声色。今ではすっかり見慣れた真顔。その心の内が、表面通りに平静なままでいる筈もないことは、アレクシアにだって察せられた。

 

「要するに、妹があとどのくらい生きられるかは、僕に掛かってるってこと」

 

 きっと、そのくらいの心構えでいた方が良いのだ。そうでないと恐ろしいから。

 こうしている間に、今度こそ妹が死んでしまおうものなら――――アレクシアに付き合わされながら、ずっと、そんな風に考えていたのかもしれなかった。

 

「だから僕は、君の命令より、妹の命を優先するよ。それじゃ」

 

 そう言うと、シドはアレクシアに背を向けた。ここまで長々と話して聞かせたのも、アレクシアが知らなかった彼等の現状を突きつけるためなのだろう。仮にも恋人ならば、そして表向きのアレクシアの人柄ならば、その気持ちを汲んで快く送り出すだろうから。

 

 彼の背に掛けられるような言葉も浮かばず、アレクシアはその場に立ち尽くすばかりだった。胸の奥に、靄々とした感情がわだかまる。

 

 ――――彼がプライドをかなぐり捨てて必死に地面に這いつくばり、一枚一枚の金貨を異常なほど丁寧に拾い集めていたのは、きっと。

 

 今更、アレクシアに口を出せるようなことは何も無い。王女だからといって、何でも好き勝手に出来る訳ではないのだ。それこそ目下の問題である婚約者候補の件のように。

 それでも、彼にも一応、こちらの事情に付き合ってくれている恩はある。本当に一応だけど。

 

 あからさまにやり方を変えたって、自分だったら良い気はしない。

 ならせめて、これからは早めに帰らせるようにして、報酬の金貨も少し増やしてやろうかしら。

 久しぶりの一人での帰路につきながら、アレクシアはそう思った。

 

 




▼妹のために金貨を稼ごうとしていると思われはじめた兄
本日の勘違い増加ポイント。全然全くそんなことはない。
現状アレクシアの中では、どうしようもないクズからそれなりに情はあるクズに格上げされた。

▼親切な人達からの援助
あしながおじさんならぬ、あしながおねえさん集団が学費や治療費の大半を寄付してくれた。
どっから掻き集めてきたんだろう、僕も呼んでくれたら良かったのに……とシドはこっそり拗ねた。商会やその他諸々のことはまだ知らない。

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