今更ですが、当作はアニメやカゲマスをベースに、書籍や漫画の要素をちょこちょこ混ぜてます。やっぱり映像の力は強い。
突然、アレクシアが労働環境を整備してくれた。この猫被り王女、一体何を企んでるんだ。
不可解に思いながらも、僕はきっちりと報酬を受け取った。貰えるものは貰っておくべきだ。
しかしここ最近、妹がやたらに挙動不審だった。しきりにこちらを伺っては、そわそわと落ち着かない様子で手遊びなんかしている。何かあったのか訊いてみても、何でもないとか気にしないでとか、明らかに何かあるだろというような狼狽えっぷりを見せながら、困ったように微笑むのだ。
これは、思春期というやつだろうか。姉さんも、親父と洗濯物を一緒にされると嫌がったりしてたし、妹もそんな感じで兄に構われるのが嫌になったとか。
さて、どうするかなあ。妹に距離を置かれると、治療の都合上少し面倒なのだ。
深夜の寮に忍び込んでも良いのだが、それだといまいちスマートさに欠ける。あと、妹が眠る傍らで窓の月を眺めながら物思いに耽る僕……という遊びは実家の方で散々やったし。折角の王都でわざわざやることでもない。
僕は内心溜め息を吐きながら、今日も今日とてモブ仲間と共に登校していた。王女とどこまでいったとか、果てしなく頭の悪い会話が繰り広げられるのを適当に流していると、校門で待ち構えていた集団の一人に呼び止められた。例の絵に描いたような完璧イケメン、ゼノン先生である。
「僕に何か」
「――――実はアレクシア王女が、昨日から寮に戻っていない」
聞くところによると、アレクシアは何者かに誘拐された可能性が高く、校門にこうして騎士達が集まっているのも捜査のためらしい。話しながらゼノン先生が見せてくれたのは、現場付近に残されていたという彼女の靴の片割れだった。
一応恋人関係なので、今しがた初めて聞いたその知らせに、僕はショックを受けたように振る舞った。勿論心の中では高らかに歓声を上げている。
ざまあみろ猫被り王女、これで僕は晴れて自由の身だ!
「昨日、最後に接触した君が、容疑者として浮かび上がっている」
「はい?」
「話を聞かせてもらいたい」
協力してくれるね、と有無を言わさぬ眼差しでゼノン先生は僕を見据えた。
完全武装の騎士達が、殺気をまるで隠しもせず、あっという間に僕を取り囲んでいく。
ヒョロとジャガはすっかり震え上がって、意味を成さない悲鳴を漏らした。
そして僕は、無言でおもむろに両手を挙げ、降伏の姿勢を取るのだった。
さらば、余命十秒にも満たない僕の自由。
◇
アレクシア王女の誘拐事件を受け、ミドガル学園の生徒達は全員外出禁止、授業以外の時間は寮で待機と教師達から指示が出された。
真っ昼間には滅多に見れることのない、がらんと静まり返った学園。だからこそ、校舎内の広場にて今もなお収まらない騒ぎは、一際目立っていた。
「邪魔しないで!」
「駄目ですよクレアさん! 落ち着いて下さい!」
「落ち着いてられる訳無いでしょ! 弟を……シドを助けに行くのよ!」
「いかなる理由があれど、生徒会長として外出は認められません」
数人掛かりで止めに入ろうとする生徒達を次々と倒しながら、愚直に突き進むクレアの前に、ローズは毅然と立ちはだかった。
魔剣士学園の特待生、三年のクレア・カゲノー。確か彼女は、過去に何度か誘拐された経験があったと聞く。彼女の心情は十二分にして推し量れるが、今回の犯人の目的が解らない以上、彼女自身も狙われている可能性があるのだ。
多少非情な対応をしてでも、この学園の生徒を守るのは、生徒会長たる己の役目だ。他の生徒のためにも、これ以上彼女を暴れさせる訳にはいかなかった。
「シドが誘拐なんて大それたこと出来る訳無い……! 騎士団の人達も解ってくれるはずよ!」
「話の通じない人ですね」
暴走するクレアを取り押さえようと、ローズは素早く前に踏み出て、彼女の腕を引っ掴む。そのまま捻り上げようとした時、魔剣士学園ではまず見ないような車椅子が、騒ぎの中心へ向かってくるのが見えた。
「お姉ちゃん」
クレアがはっとして振り返る。彼女によく似た絹のような黒髪をさらりと揺らしながら、車椅子に運ばれた少女は、こちらを静かに見据えていた。
「セレナ! 校門で待っててって言ったじゃない……でも、あんたもあの子のために駆け付けてくれたのね。セレナだって解るでしょう、お兄ちゃんが誘拐なんてするはず無いって」
「うん、解ってるよ。お兄ちゃんは、そんな酷いことする人じゃないもの」
使用人が押す車椅子が、きい、とローズの目の前で止まった。
――――姉に加えて、厄介なきょうだいがまた一人増えたか。
見るからに体の弱そうな少女である。クレア相手のように、力技で捻じ伏せる訳にはいかない。警戒を込めて未だ捕まえているその手は離さないまま、ローズは目を鋭くする。
「でもね、お姉ちゃん。とりあえず、今は寮に帰ろう?」
ところが、身構えるローズの予想に反して、彼女はクレアを引き止めるために現れたらしい。
少女は小首を傾げながら、そっとクレアの手に己の両手を重ねてみせた。
「生徒会長さんも言ってたけど、生徒はみんな外出禁止なんだって。だから、ね?」
「でも、セレナ! シドが……」
「大丈夫だよ。お兄ちゃんは、絶対大丈夫だから。……ごめんなさい、ローズ先輩。お姉ちゃんはわたしが寮まで連れていきます」
「……解りました。お願いしましょう」
ローズが悩んだのと同じように、クレアも妹相手に強行手段は取れないようだった。握られた手を振り払うこともせず、困ったようにその場で固まっている彼女を見て、ローズはようやくクレアの腕を解放した。
「あっ、その代わり、アイリス様へひとつ伝言をお願いしたいんです。構いませんか?」
「ええ、そのくらいのことでしたら」
「ありがとうございます!」
生徒が全員居なくなったことを確認出来たら、ローズも帰宅する前に一度ゼノン先生に報告しにいく必要がある。彼の立場を考えると、今頃はアイリス王女と共に居るだろう。
ほっとしたように微笑みながら渡されたのは、一通の封筒。中身は見てもらっても構いません、と添えられたそれを、ローズはしっかりと受け取った。
「セレナ、どういうこと?」
「勿論ちゃんと説明するよ。でも、その前にわたし、お姉ちゃんに相談したいことがあるの。とりあえず、帰りながら話そう?」
「え、えぇ? しょうがないわね……」
使用人が押す車椅子の速度に合わせて、姉妹はゆっくりとこの場を去っていった。
クレアを止めるために奔走していた生徒達は、台風が過ぎ去ったような心地になりながら呆然と彼女達を見送ると、次第に各々の寮に帰るべく動き出すのだった。
▼姉の手を握る妹
こうすれば姉がどれだけ暴れ回っていても止まってくれると学習している。
妹にもちょっとくらい頑張らせてあげようかなと。次回。