なので別衣装ジョーダンは出ません、出ない、出ろ!(ガチャァ
宝塚記念も間近に迫る6月の初め。トレーニング追い込み前の羽休めということで、トレーナー共々1日オフとなったトーセンジョーダンは、早速仲の良い友人たちと遊びに出かける、はずであった。
「あーあ、どうすっかな〜」
サマーニットと白のミニスカート、日差し対策のウマ娘用耳付き帽子に、それに合わせて緩いポニーテールに纏めた髪と細いサングラス。いつかのサマーウォークとは別方向に決めた格好をしたジョーダンは、しかし気合の入った装いとは真逆にテンションは低かった。理由は単純、一緒に遊ぶ予定のギャル友達が全員ドタキャンになってしまったからだ。
『仕事先でトラブルがあって……ほんっとゴメン! この埋め合わせは必ずするから!』
『法事が〜、おばちゃんの法事が〜マジテン下げ〜ー』
『ドーベルが熱出しちゃって、代わりにイベント出なきゃいけなくて……今度は3人で何か企画するから!』
「そりゃ、外せない用事だってわかるけどさぁ……だからって3人同時って、どんな確率だよぉーもーーー!!」
不運だー、などと、かつてサマーウォークで訪れた観光地の港で、アニメや漫画のような怒声を上げてしまう。新しいショップができたと聞いて折角訪待ち合わせていた、これでは片手落ちもいいところだった。ショップの方も折角だからと入ってみれば、ネイル関係は外れであり、ヘリオスやシチーが好きそうな店が当たりと、2重3重と間が悪い状況なのも、ジョーダンの苛つきを加速させていた。
露天で買ったブルーハワイは美味しいが、それでもテンションを回復させるには全然足りない。もういっそ今日は帰ってしまおうかと考えて、ちょうど腰を下ろせそうな道の縁に体を預ける。観光地だけあって人通りがあり、自分と同じ年代と、少し上の世代、それこそトレーナーぐらいの人々で賑わっている。そんなところにこれ以上一人で行くのも憂鬱なので、どうせなら他の友だちに会いに行こうかとスマートフォンを取り出そうとした時だ。
あれ、と見知った姿が眼の前を横切った。思わず2度見して確かめてみたところ、それは自身のトレーナーだった。普段の白いワイシャツとは違い、ブルーのカラーシャツを中心にし、それに自分が以前教えたナチュラルカラーのネイルも施した、港町に合わせたスタイルをしている。中々似合ってるじゃん、と嬉しくてつい頬を緩み、声をかけようとした瞬間だった。
彼の隣に、女の人がいた。年齢としては自分より年上、トレーナーより少し年上に見えた。黒髪のショートカットに、短めのウマ耳。軽い化粧を施した、自分から見ても、キレイな人だと思うウマ娘だった。
「なにその女」
無意識にそんな言葉が漏れた。気づいて、たまらず自分の口を手で覆った。耳もいつの間にか絞っていたことも分かると、言葉にし難い気恥ずかしさが身内から湧き出て、首から頬が赤くなる。たまらずブルーハワイを一気飲みして冷やし、一息つく。
そうして改めて視線を戻すと、トレーナーと女性は近くのカフェに入っていった。足が自然と動き、ちらりとカフェの中を様子見する。二人はちょうど窓側から影になる場所に座っており、その表情までは見えなかった。何より夏場前ということでしっかり冷房をしているのか、中から話し声が漏れ聞こえてくることもない。ついつい耳をガラスにつけてみたが変わらなかった。
「いや、何してるってのあたし……」
冷静に考えると不審者だ。だが、気になるのだ。トレーナーは、あの女性とどんなことを話しているのか、どんな関係なのか。ナンパした、などという言葉も浮かぶが、普段の彼からは想像もつかなかった。
「どうせヒマだし、担当トレーナーのそこう?が問題だったらあたしにも影響出るし……そう、これはセイトーな調査ってことで」
自分に言い聞かせるように呟いて、喫茶店に入る。予想通り冷房が聞いており、話に邪魔にならない程度の音量で流れていた。先にオレンジジュースを頼んでから、目当ての二人の視界に入らず、かつ声が聞こえて顔も見れる席に座った。店員が持ってきたジュースを受け取りつつ、ちらりとトレーナーの姿を見た。
「……で、そうしたら……」
「そうなんだ、何だか……」
とても楽しそうに話していた、何というか、自然体だ。女性の方も朗らかにそれ返しつつ、自らも話題を出して、トレーナーもそれに関心したかのように頷いていた。初対面ではない、親しげな様子。確かにトレーナーも大人の男性だ、親しい女性の一人や二人、いるだろう。何なら学園でも同期の女性トレーナーや、外部も企画スタッフのウマ娘の女性とも仲が良かったはずだ。その交友関係に、一担当ウマ娘が口を出す道理はないはずだ。
それでも、すごく、心がモヤモヤする。
これは、あの高鳴りと同じものだ。それが今度は、暗い煙を作り出して、自分の内側を満たそうとしている。その煙は、トレーナーが他の綺麗な女性と話すことを嫌がっている。トーセンジョーダンより大人で、彼と親しげで、傍から見るとちょうどよい感じになっているのを見ていると、胸が締め付けられるように痛い。
「なに、これ……」
そんな顔を、他の女にしないでほしい。
そんな声を、他の女にかけないでほしい。
あたしを見ていてほしい、今この瞬間も、いつものトレーニングみたいに。
違う、彼にもこの気持ちをわかって欲しい。
この胸の切なさと高鳴りを、彼と分かち合って。
「ねぇきみ、どうしたの、大丈夫?」
「へっ……は?」
不意に声を掛けられ、顔をあげる。知らない男がいた。見るからにナンパ目的だ。
「お、やっぱ思った通り可愛いじゃん。ほらそんな顔をしちゃダメでしょ? 話聞こうか?」
「何あんたナンパ? そういうの、今はいいっつーの」
冷水を被せられ、気持ちが一気に落ち込む。声の調子も下がり、耳もぎゅっと狭まった。それに気づかず、男が更に話掛けてくる。ヤレ可愛いね、気分転換にいかないか。そんな調子のいい、軽薄な言葉を重ねられる。
嫌になった。何故休みの日に、こんな目に合わないといけないのだ。
「……どいて、帰る」
「ちょっ、そう釣れないこと言わないでよっと!」
たまらず席に立ち、踵を返した。それに反射的に近づいてきた男の手が、こちらに伸びる。腕を掴んだら蹴り飛ばしてやろうか、そんな不穏な感情が浮かび上がり足に力が入った。
その瞬間、ナンパ男の腕を別の手が掴んだ。
その手の先を追うと、そこにはいつの間にか近寄ったのか、トレーナーの姿があった。その顔を険しく、いかにも機嫌が悪いといったものを隠さないものだった。・
「はっ? なんだよお前?」
「そっちこそ、俺のツレにしつこいじゃないか」
「ツレって……て、てめぇ、席離れてるしんな安いウソつくんじゃねーよ」
「違わないよ。俺はトレーナーで、彼女は学園のウマ娘だ。学園の子にしつこく纏わりつくのは、彼女のイメージにも繋がるんだ、辞めてもらえないか?」
ぎりっ、と何かが締め付けられる音。途端に男が悲鳴を上げ、手を引いた。そうしてわかったよ、と捨て台詞を吐いて、店を出ていった。
「ふぅ……あぁ、怖かった」
「もう、無茶しすぎだよ」
一息ついて、いつものトレーナーの顔に戻る。その彼に呆れたように声をかける女性。
それがあまりにも自然に見えて、また、胸がズキリと痛む。同時に、とても惨めな気分で、視界がじわりと歪んだ。
「それよりキミ、大丈夫だったかい……って、あれ……ジョーダン?」
「ッ……!」
気づかれた。つい彼の顔を正面から見据え、それだけで恥ずかしくて、目頭が熱くなって、逃げるように店を出た。静止の声が背中から掛けられるが、それに構わず、ただ走った。
走って、走って、息を切らしながら走って、気づけばいつの間にか来ていた。先程の店からは、意外と離れていない。それでも息が荒いのは、走るのに適さない格好で、フォームも何もなく、がむしゃらに走ってしまったからだ。それ以上に、心の乱高下が激しくて、てんで落ち着かない。息を整えながら、背の高い木陰に入り、そのまま座り込んでしまう。畳んだ膝に顔を埋めて、視界を塞ぐ。少し冷静になった頭が、不意にジョーダンにそれを囁いた。
「……なんで逃げてんだよあたしぃ。そこはデートじゃんって茶化すとこだろぉ」
言葉にしてみれば、正解は単純なものだ。
身近な男性が、明らかに気合の入った格好で女性と合っていた。普通なら男の方をからかって、相手の人を品定めすればいいのだ。それで偉そうに合格、なんて言えば上出来だ。それが普通の、仲のいいトレーナーと担当ウマ娘の会話だろう。
けれども、自分はそれができなかった。
理由が、まるでわからない。自分はバカで、感情に言葉をつけるのも難しい。喜怒哀楽、なんてものは国語で知っていても、それが具体的に何を意味するのかは感覚でしか知らない。モデルとして色々な表情をするゴールドシチーであれば、それの一つ一つに答えを見せてくれるだろう。メジロパーマーならば、根っこの優等生な部分でしっかりと答えを出して言葉で伝えてくれるだろう。ダイタクヘリオスなら、そんなことよりも言って、喜と楽をそのパッションで持って示すだろう。
今の自分が陥っているのは、そういう言葉ではうまく表せない。悔しい、それではあの女の人に勝てない。そんな、理不尽とも言える、訳の分からない言葉も浮かぶ。何に負けるのかというのもわからないのに、腹も立つ。
「マジ下がる、今日サイアク……絶対アシタ引きずる……もう、帰ろ」
自然と出た言葉に、しかし体が言うことを聞かない。今はただ、この木陰の中で小さくなっていたかった。
「はっはっ……いた、ジョーダン!!」
けれども、遠くから近づいてきた、聞き慣れた声に、ペタンと伏せていた耳は立ち上がり、上げてしまった顔は、その人の表情を見てしまった。
「トレーナー……」
「はぁ、はぁ……ようやく、追いついた。やっぱり、ジョーダンは速いなぁ」
安心したように、トレーナーは微笑んだ。それを見て、妙な安堵感と、羞恥心と、胸の高鳴りを覚えて、それを振り切るように大声を出した。
「な、何でこっち来てるの!? わけわかんないんだけど!?」
「いや、泣きそうな……泣いている担当の子を放っておくほど、俺は薄情じゃないよ」
言われて、初めて気づいた。大粒の涙がこぼれ落ちて、折角下ろしたスカートを濡らしていた。なんで、と声に出して必死に拭うが、ポロポロとこぼれ出てくる。
「ほら、ジョーダン。これで拭って」
トレーナーが差し出したハンカチを取って、目元を拭った。
本当は、優しくしないでほしかった。苛立ちがまして、暴れたくなってしまうから。それとは反対に、彼に抱きついてわんわんと泣いてしまいたいという、情けなさでいっぱいのことをしてしまいたいという、妙な感情があった。
それを抑えるために、落ち着くまでひたすら目元を貰ったハンカチで覆っていると、いつの間にかトレーナーも木陰に入り、自分と同じように座り込んでいた。そこに腹が経って、押し付けるようにハンカチを返す。苦笑しつつ受け取る彼と、子供っぽい自分に気恥ずかしくなり、顔を横に反らした。
「……あんがと。けどいいの? さっきの人、あんたの彼女でしょ? 戻ってあげなきゃ」
「彼女? あーいや、さっきの人は従姉妹の姉さんだよ。出張中の旦那さんに会いにきたのに合わせて、俺にこの辺りを案内してほしいってさ。今は緊急事態だからって、旦那さんと合流してもらった」
このあたりに知り合いいないからガイド役にちょうどよかったって。そうはにかむ彼に、何故か苛立った。
「従姉妹って、ほんとぉ? だってあんた明らかに服気合入れてるじゃん? ほんとにただの従姉妹か〜?」
従姉妹と聞いた瞬間、ほっとした。だが彼の声音と表情に、苛ついたのだ。その感情が声にも出たのか、自分のそれに、隠しきれない棘と、僅かな震えが混じっていた。
案の定、トレーナーは困ったように頬を掻いた。困らせる気はないのに、またその仕草に苛立つ。
「やっぱりジョーダンは鋭いな……あー、こう、言うの恥ずかしいけど……その、初恋の人だったんだ」
「初恋……」
その単語を口にすると、すとん、と何かが、心の内に落ちた。
それは、いうなれば"納得"だった。ジグソーパズルの最後のピースがハマったような、収まり具合。ああ、これだったんだと、頷いてしまうような言葉。
初恋。
それが今まで、トーセンジョーダンを病ませていた/胸に宿った、不思議な"炎"だったのだ。
「そう。従姉妹の綺麗なお姉さんに遊んでもらって、恋して、そしてその人が結婚したって聞いて、勝手に失恋する。よくある、男の初恋と失恋だよ。流行の小説にもならないだろ?」
「……そういうの読まないから、知らん」
たしかに、そうだ。自分はそういう文学とか小説とかとは縁がない。ドラマや漫画は見るが、それこそ画面の向こう側のもの、感情移入はするが、それが実際にどういうものか、知らなかった。
「けれどさ、その人に今度の休み、街を案内して言われてさ。結婚してるって聞いてても、つい舞い上がってしまって……いや、自分でも単純だなと思ってしまって……ははは」
「……ぷっ、ほんとそれ。マジ笑える。ジョーダンかっての」
何だか、愉快な気分だ。ひたすら笑いたくなった。
「あは、あははっ」
だから、声を上げて笑ってしまった。つられて、彼も声を押さてて笑った。道すがる人たちが、奇異の目でこちらで見ているが、それを気にせず笑ってしまった。
ひとしきり笑い終わると、心はすっかり落ち着いていた。炎は、今はひとまず小康状態を保ってくれている。
「それで……なんで泣いてたのか、そろそろ聞いていいかい?」
「……ナイショ」
けれどね、と勢いよく立ち上が、体を反転させる。自然と浮かんだ笑みは、涙の跡で決まらないだろうが、それでも見せつけるには十分だ。
「もう、大丈夫だよ。トレーナー!」
この初恋は、きっと実らないだろうとわかるから。
だから、笑顔でいられるのだ。
トーセンジョーダンが、にかりと笑った。逆行の中、赤い涙の跡が残る笑顔は、年相応で、それでいて、どこか力強く、儚い雰囲気を帯びていた。
だからだろう、柄にもなく、我を忘れて見惚れてしまった。差し出された手と、どしたの、といつのもの調子に戻った彼女の声に気づき、ようやく正気を取り戻す。
その手を取って、立ち上がる。彼女自慢のデコレーションがされた、女性特有の細い手。星のように彼女を彩るネイルと、普段とは装いの違うトーセンジョーダンに、ついドキリとさせられた。
「というかさー、シチーたちにドタキャンされて今テンション低いんだけどぉ。ちょい付きあってくんない?」
「ん、ああ! それでテン下げ?してたのか。こっちももう空いたし、少しぐらいなら付き合うよ」
「マジ? ならジュース奢りねっ。さっき美味そうなの見つけてさ〜」
彼女を先導に、観光地の中心へと歩いていく。その後姿に、ようやく普段のトーセンジョーダンが戻ってきたような気がして、安堵する。
我ながら陽気で体調を崩しかけているのかな、と思ってしまった。
教え子にときめき、見惚れてしまうなど、それこど彼女が信頼する、大人として失格だから。
今まで何度もトーセンジョーダンにはいいカッコを見せてきたのだ。だから彼女が生涯駆け抜け、最高のバカになるまで、自分もまた、それ相応しい姿でいたのだ。
だからきっと、高鳴った胸の音も、体調が悪いだけなのだ。
ゴルシ「これ次アタシが勝ってチューしろって命令すれば終わる話だよな?」
ライス「ゴールドシップさん!!」(無言の殺劇舞荒拳
予定ではあと2話です。気力があれば書きます。