今よりも一昔のこと。
この学園の恥ずかしい歴史。
一部のトレーナー達が年功序列を盾にすると施設の占領を行ったり、新人のチャンスを奪い取ることで地位を守ったり、夏合宿の全期間を居座って後釜にスペースを譲らなかったりと、横行闊歩していたトレーナーがデカい顔をしていた時期があったらしい。
後輩を大事にする先輩トレーナー達が睨みを効かすなどして止めてはくれたが、まあそれでも中央の甘い蜜を啜りたいがために横行が続いたりとその頃の中央トレセン学園は混沌としていて、それはもう情けないほどに酷かったらしい。
しかしある日、狂人の類に疑いない一人のトレーナーと現理事長の秋川やよいが現れたことで横行闊歩していた愚か者達に大粛清を行い、この中央に新風をもたらした革命期があった…… ってのを、とあるミスター三冠ウマ娘が何故か自慢げに教えてくれたのを思い出した。なにその地球連邦軍みたいな腐敗は?てかその話本当か?仮に起きたとしても話を盛ってないか?なんか怪しいな。
まあその話に信憑性があるのかはともかくとして人間が管理する世界である以上そんなことも起こり得るんだろうなと、ある程度の想像は付いてしまう。なので現在の理事長も二度とそうならないように過去アレコレと対策立ててくれたらしい。やはりアナハイムはダメだな。これから先はサナリィしか勝たん。
しかしそれでもまだまだ問題は残る。
まぁコレは致し方無い理由だろうが…
まず俺がこの学園に来て気づいたこと。
それは数。
ウマ娘生徒や関係者達。
それがとーーーーにかく多い!!
いくらマンモス高とはいえ『制限』がある。
何のことだって?
それはさっきも話をした通りのこと。
練習施設にも『限りがある』ってことだ。
改めてこの学園、中央の名に相応しい規模であり、ターフ、プール、スポーツジム、ダンススタジオ、体育館、などなど、ウマ娘の成長を促すための練習施設が複数存在する。
しかし、やはりアスリートウマ娘の数に対して施設の供給が追いついていない現状。
これは仕方ないことだ。
そもそも学園には2000人近くのウマ娘生徒がいて、その内の半数以上がアスリート選手として活躍している。そのため幾ら施設を増強しても足りない時は足りないし、だからと言って下手に増やしても管理が追いつかない。そうなると事故にもつながってしまう。だから限られた範囲でこの世界と上手く付き合わなければならない。これがかなり大変。
そのため利用したいトレーニング施設もトレーナーが事前に予約を取ったりする必要があるのだが、まあどこもかしこもいっぱいだ。そのため沖田トレーナーも「円滑な施設利用のためにはスケジュール管理がとても重要」と新人トレーナーが躓かないよう先に説明してくれる。ほんと良い人。
なので新人トレーナーはまずこの辺りから流れを覚えないとダメらしい。現場はそう簡単じゃないってことか。そりゃそうだよな。冷静に考えたら画面ポチポチと理想のまま進めれるほど甘くないよな、こういう所って。
それで…やっぱりターフ!!
芝だよ、芝!!
これが無いと話にならない。
ウマ娘の成長過程を確認するにはやはりターフを走らせて随時確認するしかない。そこでやっと担当ウマ娘の足りない部分とか明らかになってる。現在使っているシューズとかもな。だから芝で走せるって大事なんだよ。
でも残念、幾つか練習用のコースが設けられているとは言えやはり学園のターフは常に満席状態だ。まあそれもそうだろう。ここはそれだけ多くのウマ娘がいるから。
そうなれば当然、利用者も多い。
しかもその中でも特に大きなチームが長時間占領している事が多々ある。
いやでもこれは仕方ないことだ。
なにせレース界隈を盛り上げるのはまず大型のチームだ。それは皆理解している。
だから施設利用の際はそう言ったチームが優先されることが多くあり、無名の小さなチームは大体後回しになってしまう。
中央らしく実力主義ってやつだ。
こうして聞くと残酷かもしれない。
でもそんな事は新人も分かっている。
皆覚悟の上で中央の門を叩いて来ている。
なんなら春のオープンキャンパスでもそう言った説明も自然にしてくれる。
中央を
だから甘くないことは承知の上だ。
もちろん、俺も分かった上でココにいる。
それが中央で頂点を目指すと言う事。
でもちゃんと予約を取って施設を確保すれば満足に使える時間は訪れる。だからスケジュール管理は綿密にする事が重要である。
言葉にするとアレだ。
段取り八分仕事二分、ってやつ。
これ面白い言葉だよな。
まさにその通りだと痛感するわ。
だからそうやって他トレーナーと時間を照らし合わせたり、なんなら一緒に施設を使ったりとトレーナー同士で工夫したりして、ゲームならではの友情トレーニングが発生させるなど全体的な強化にも繋がっている。まあ中央は元々そういうところだったらしいから元の正常な姿戻ったと言う方が正しいか。やはり地球連邦軍でクソだわ。ジオンもクソだけど。
しかしそのために必要なスキル。
それはコミュニケーション能力。
これ必要不可欠。
例えばこんな話あるぞ。
トレーナーがどんなに能力が高くてもコミュニケーション能力が決壊していると人間社会どころかウマ娘とも契約結べず中央を去る事になるって。組織からすれば仕事出来てないってことだもんな。そりゃ中央を去ることになるわ。
だから繋がりってかなり重要。
なのでしっかりと先輩達に挨拶して助けて貰えるようにしてもらうこと。人間社会だなぁ。
だがそうした努力の結果として比較的毎日学園のターフを使えるようにはなるし、先輩トレーナーの元で練習を積めるなど、地固めを怠らない者から報われる。下積み時代は誰もが通る道だな。あと逃げ先行も地固めスキル積んだ奴から報われるらしい。ええ…
とまぁ、ここまでつらつらと説明したが、じゃあそんな俺はどうなのか?って問われたら昔からのコネとして沖田トレーナーの利用時間に甘えて並走を頼んだりしている。むしろ沖田トレーナーの担当ウマ娘もサトノクラウンの同期ってことで逆に並走を頼まれたりもする。とてもありがたい。
だからこのチャンスを活かすべくその場で沖田トレーナーに質問したり、意見交換したり、自分の視点にはない担当ウマ娘の走りを見てもらったりと一緒にターフを利用出来る時はSSRレベルの友情トレーニングを満遍なく踏ませて貰っている。本当に感謝してます。今度サウナ行きませんか?良いところ案内しますよ。
まあ、でも…
「沖田トレーナーとタイミング合わない時は基本的に学園の施設は使わないけどな」
え?
諦めたらそこで試合終了??
いやいや。
別にそんなことないぞ。
だって…
「トレーナー!」
「お、来たか」
「お疲れ様、じゃあさっさと行くか」
「ええ!」
いつも通りの時間。
俺が担当するウマ娘。
改め、名はサトノクラウン。
彼女は制服と荷物、あと尻尾と耳を揺らしながら姿を見せる。
しかしなんかご機嫌だな。
良い事あったか?
てか最近こんな調子だよなぁ。
どうしたんだろう。
ゲッター線でも浴びたか?まあやる気があるとトレーニングの質が上がるから良いことなんだけどね。いやー、絶好調の練習効率20%上昇とやる気効果ってつえーわ。このまま維持したいね。もしやる気が下がったら即お出かけ。もちろんサウナ。
「シートベルト、おーけ?」
「
恐らく「いいぞ」って意味だろう。
そう雰囲気で受け止めると俺は車のエンジンを入れるとアクセルを蒸し、学園の敷地内から出る。
目指す先はひとつ____サトノ家だ。
これはいつも通りのルーチン。
彼女との放課後はこうして始まる。
え?目的?
当然、トレーニングだぞ。
休み以外で遊びに行くつもりはない。
俺たちはダービー取るんだから。
「今日はどうするの?」
「昨日は上半身。なので今日は下半身」
「走り込みね!」
「連絡はしてある。芝は綺麗だぞ」
中央に入り、彼女と契約する。
そうして本格的に稼働しよう……と、する前に俺は先駆者である沖田トレーナーからこの学園の仕組みを確認した。
もちろん自分の眼でも確かめている。
このメカニズムを。
システムを。
柔軟性を。
そして確信した。
___あ、これ、間に合わないな。
彼女の成長過程。
そして体のハンデ。
そのための必要な環境が多い。
だから"予定通り"に舵を切った。
___サトノ家でトレーニングを積む。
そんな計画を。
「……うーん?この問題は…」
「?…あー、それ逆数になるぞ。だから代入するタイミング間違えるなよ」
「え?…あ、なるほどね!」
「数学は苦手か?」
「いえ、むしろ燃えるわ!」
「良い性格してんなぁ…」
ちなみに宿題はいつもこの移動中に半分ほど終わらせている。
あと彼女は車酔いをしない。
香港に拠点を待つ故、長距離移動に慣れた彼女だから車酔いなんか早々しないらしい。
とても強かな娘だ。
嫌いじゃないな。
…
…
…
さて改めて、サトノ家にはターフがある。
それは本格化前、またデビュー前のウマ娘が使うためにサトノ家が用意した芝だ。
もちろんサトノ家お抱えの職人によってちゃんと手入れされてるため走りやすい。芝の質は中央にはやや劣るが管理が行き届いてるだけ素晴らしい。トレーナーとして見てわかる。
そしてサトノ家はターフだけじゃない。スポーツジムも置いてある。時期によってはお金さえ払えば民間も利用できたりとかなり本格的な施設である。
そして、サウナもある。
これはサトノクラウンが考案して作ってもらったあのサウナだな。
何故か壁も回るアレ。
てかなんで取り付けたし。
意味わからん。
「いいか?ジュニア級で力加減をとことん教え込ませたのは筋肉量を意図的にコントロールするためだ。俺がわざわざ50%とか70%とか数値にさせたのはその意識量を増やさせたいから。骨格のハンデを背負っている以上はそのハンデを理解した上で練度の高い練習を叩き続けないとならない」
「そうね。分かるまで大変だったわ…」
「“視る"プロフェッショナルがいるってそう言うことだからな。自分では気づかない部分をこちらで暴く。だからもう無駄な体力の使い方は今後一切許さない。もう嫌だろ?日常で歩いているだけで知らない痛みが走って、それで後々になって判明して、その都度対策講じて、また繰り返して、まともに練習もできないなんてことは」
「っ……ええ、それは…もう」
「でも安心しろ。そのために俺がいる。もう不自由はない。それに桐生院家の血を引いている俺にはこの眼、あと頭脳がある。それとトレーナー白書。クラシック級のウマ娘を担当しているってことで本家から貰ってきた」
「分厚い本ね」
「読むのに100時間以上は要するぞ。すっごい文字数だからな。でも質より量が証明された重要な書物だ。そしてコレはこの半年間でその意味が形になってくれるだろう」
「日本ダービー…」
「現在は一月。その日まで半年間。数字にすれば約180日分の猶予。これの全てをそのためだけに費やす。放課後に友達と遊ぶ頻度が減ることになるけど……良いかな?」
「じゃあ、それってつまり……」
「…」
「今の私はそれだけ走ることが許されていることよね?……っ!素晴らしいわ!トレーナー!」
「サトノクラウンのハンデは俺からしたらもう関係ない。なにせ…… 時折バスタオル一枚でサウナに乱入してくるからな?不可抗力ながらも充分に身体は視て把握してるよ。サウナ補正込みで信頼厚いし熱いわ」
「あ、あまり、掛かっている時の私を思い出さないで……は、恥ずかしいから…」
「なら自制心のスキルでも覚えろ。そんじゃあ始めるぞ。日本ダービーは俺たちのモノだ」
「ええ!」
__学園だとターフが中々使えない?
__ならサトノ家を使えば良いじゃない!
そう考えてから約300日目か。
よく手入れされたサトノ家のターフをトレセン学圏指定の赤いジャージを着こなして走るサトノクラウンの姿、冷たい風を切る。そしてこのターフの脇には、来年か再来年に中央トレセン学園に入学するだろうサトノ家のウマ娘がサトノクラウンの走りを見ている。邪魔をしないように大人しく眺めているが耳をピコピコとさせたりと興奮は隠せてない模様。まぁいつものことだ。見たければいくらでも見てサトノ家の強化に繋げればいい。視線をストップウォッチに移し、タイムラップを刻み彼女の走りを都度確認する。ココ最近になって年期が出てきたバインダーにペンを突き立てて成果を刻み。すぅぅと、息を吸って応援メガホンを通して叫ぶ。
「調子が良いんだ!遠慮するんじゃねぇ!!」
「ッッ!!だぁぁぁああああああ!!!!」
声に応え、速度を上げる。
本気を出せる喜びが。
遠慮を知らない喜びが。
躊躇いを捨て切れる喜びが。
彼女の走りに現れる。
よく手入れされた黒鹿毛が綺麗に靡いた。
___ああ、なんて綺麗だろうか。
そう…この血筋が騒ぎ立てる。
もしや彼女に惹かれているのか?
やめろ、横からやかましい。
彼女はお前らのモノじゃない。
あの子は、俺のだ。
俺が、担当しているウマ娘だ。
…
…
…
さて、トレーニングが終わったら次は何か?
そりゃ一択!!
___サウナだ!!
サトノ家のサウナ!
せっかくあるんだ!
当然、これを利用しない選択は無いな!
もちろん俺も入るぞぉ!
サウナがあるからなぁ!
餅は餅屋。
サウナはサウナー。
よく言うだろ?
……え、言わない?
あ、そうですか。
あとサトノクラウンも隣の部屋にいるぞ。
サウナも一緒だ。
………で?
なに期待しているんだい?
…間違えなんかないぞ?
てか普通は混入しないからな?
基本的におかしいからな?
ウマ娘の世界はいくらか倫理観飛んでるところありますけれど普通はあり得ないからね?
あとココ、サトノ家だからね?
お偉いさんのところだからね?
そんで持ってサトノクラウンだからね?
サトノ家の令嬢だぞ?わかってる?
本当は水風呂へ雑に投げ入れて掛かりを止めるとかしたくないからね?しかもそれを本家の領地でかつ、良いところのお嬢さんをそんな風に扱うとか命知らずだからね?なんか周りは微笑ましそうにこの様子を見てるけど絶対にストライクのカウントされてるぞ。
だから万が一間違いなんて起きたら俺は死ゾ。
いくらサウナパワーを得ても解決できないことはあるからな?ほんまに…
「!」
そして俺は反射的に体が動く。
ちぃ!またか。
足音がした!
回転する壁を止める!
次はこっちか!
シャッターも閉じる!
あとこれもか!
画面を開いてオルゴールを回す!
それでこっちも!
空洞をライトで照らす!
ええい!
音で誘導する!
どこだ!?
随時画面を確認する!
やばい!
メンテナンスも行う!
動くなよぉ!
ついでに盗塁を決める狐も毎秒牽制する!
ちぃ!
深夜のピザ屋さんのように就業時間AM5時まで外部からの強襲に耐え続ける!
繰り返す!繰り返す!朝はまだか!?
「いや、待てなんでサウナでホラゲーをしてんだよ!!普通はサ黙だろ!?*1」
教えはどうなってんだ教えは!!
お前ら禁じられたモラルを平気で壊してんじゃねえか!!
ワッカってんのか!
ガチャン……!
ブゥゥぅぅぅ……ン……
「なん……だと……?」
サウナの霊圧が消えた…??
そして部屋が真っ暗になってしまう。
もしや電気を使いすぎたのか?
そりゃサウナは電量を多く消費するが…!
でもだからと言って稼働しているサウナを止めるなどサウナーにはできないだろ!!
してやられた!
___そして聞こえる。
テンテレ、テッテ、テッテテレテー♪
テンテレテー、テンテテテー♪
テン、テレテ、テテテレテー♪
テンテン、テー、テレテー♪
テテテテレテー、テンテレ……
……
…
…
「…」
…
…
…
…
…
…………!
「そこだぁ!!」
「ぎょえ!」
うわ、女の子が出して良い声じゃないな。
いや、しかし、あぶなかった。
危うくゲームオーバーだった。
「あ、電気ついた」
しかしどうなってだこのサウナ??
仕組みがよーわからん。
てかなんでこんなに遊び心込められてるの?
ホラー要素は『とくさん』だけで充分なんだが?
やはりセガは挑戦が過ぎる。
この世界では時代が追い付いているが。
とりあえずコチラの頭から食い破ろうとしてきたサトノクラウンをアイアンクローで捕獲することはできた。
こら! ジタバタするな!
ああ! たぬきになるな!
おい! 手もワキワキするな!
こら! ヨダレも垂らすな!
ああ、まったく!
サウナによる補正があるからウマ娘と互角になれるが普通はワンサイドゲームだからな?
あまり中央のトレーナー困らせるな。
神経が苛立つ…!
やっぱりピザ屋の夜間警備ってクソっスね。
忌憚のない意見ってやつっス。
「むー、むー、むー!!」
「やっぱりサウナで掛かってるな…」
いつも通りと言うべきか、昂りに比例して耳が紅潮しているサトノクラウン。
やれやれ。相変わらず。
熱に焼かれると本当に弱いな、この娘。
まあその分ちゃんとサウナからエネルギー吸収できている証拠だから違う意味で安心もできるが、もう少しなんとかならないかな。
とりあえず水風呂にぶん投げとくか。
「と、いうより…」
もうこれ、一緒のタイミングでサウナに入らない方が良いのでは?
ピザ屋のボブは訝しんだ。
…
…
…
さて、サウナで体が暖かくなると筋肉が柔らかくなるので、その間に体のストレッチを行ったり、柔軟をしたり、筋肉の硬直を無くす。
そして最後は寝台に寝転がってもらい、この手で揉みほぐす。この時は俺のターン。もちろんやられたらやり返す。倍返しだ。
そんなサトノクラウンのヒミツ。
手癖なのかわからないが彼女は落ち着かない時は手をワキワキとさせていることがあり、それに伴ってすこしだけイタズラ好きな側面を持っている。
そのため俺が他所見しているタイミングで手をワキワキさせながら意味深に迫ってくる時があり、その気配を感じて後ろにバッと振り返るも、ワキワキさせていた手を背中に戻して金スキルどこ吹く風とばかりにニコニコと誤魔化しながら「別になんでもないわよ、ふふっ」と、まあ明らかに背後からコチラに何かしようとしたよね?ってアクションを取ってくる。お陰で令嬢ってビジョンは砕けた。まあ既にパクパクしてるどこぞのメジロ家のお陰で令嬢もピンキリなんだと理解してたけれども。
最初はこんなことなかったぞ?
ただ日本ダービーを獲るぞ発言をした境に俺の背後から何故か牽制してくるようになった。
お前は俺のナニを狙ってんだ?
人間が勝てる訳ないんだから勘弁してくれ。
しかし!この時だけは俺のターンだ。
あとサウナのおかげで調子が良いのかコチラも同じく手がワキワキと良く動くし、眼も冴え渡っている。
なんか肉筋や骨も透き通って見えているが気にしない。
稀によくある。
まあなに。
コレもととのいを得たサウナ補正って奴だ。
あと赤叡智の加護。
え?ワキワキのワキちゃんだって?
申し訳ないが凱旋門賞で告白したウマ娘に関しては凄すぎて参考にならないのでキャンセルだ。
「痛いところあるか?」
「あたまぁぁ…」
「アイアンクローは自業自得だろ」
「だっでぇざうなぁがぁあづいがらぁぁ」
「自覚してるなら焼かれすぎるなっての」
「むぅぅ……ぅ…」
まったく。慣れもしないのにサウナを高熱に設定して入りやがって。結果として体どころ脳まで「ウルトラ上手に焼けましたー!」してしまう。なに!?伝説の高級肉焼きセット!?なぜ伝説の高級肉焼きセットがここに……逃げたのか?自力で脱出を?伝説って?ああ!
しかしそんなに俺の真似がしたいのか?
別に俺も最初から激熱のサウナに入れたわけでもないんだぞ?
時間をかけてゆっくりと体を高温に慣らした。
しかし彼女の反骨精神が刺激しているのか、逆境に対して燃えるタイプなので困難苦難に身を投じたい気質故、激熱のサウナに挑戦を繰り返す日々。三回に一回のペースで今日みたいな掛かり状態が発生する。賢さが不足してるようなので重点的に鍛えてみましょう。
いや賢さは普通に高いぞ?
今年のクラシック級ウマ娘の中で恐らく一番賢さのステータス高い。あと色んな語学習得するくらいには頭が良い。まあだからサウナに焼かれやすいのかもしれんが。だから偉人はこう言いました。サウナバカと天才は紙一重と。マ・クベ大佐も言ってた。いや言ってないかも。
「ぅぃぃ…香港の施術師よりいいかもぉ…」
「どうかな。いや、そもそもこの技術の名前がソッチ系だから間違いではないかもな」
「んぇ…??」
「ああ、こっちの話だ」
コレは地元の話。
都内から離れたちょい田舎のところ。
その隣町にはものすごいマッサージ師がいると噂になっていた。
なんとも名前が『東方不敗流マッサージ』と小耳にする。
マスターアジアじゃん。
でだ。
当時は地方の資格を得ようと勉強中だったがこの名前に対して大変気になったので見に行くことにした。
それで駅一つ移動して降りた。
そしたら駅近くにある駄菓子屋に何故かミスター三冠ウマ娘がいた。なんで?何かの見間違いかと思った。だがどう見てもあの三冠ウマ娘にしか見えなかった。なによりトレードマークのシルクハットはリュックサックにぶら下げていたから否定材料にもならない。そして自由を象徴するような佇まい。手に入れた栄光も勝手に付いてきた成果とばかりに自由気ままな空間。まさにそのウマ娘である。
そして目が会った。
__ねぇキミ!なんだか彼に似ているね。
__なんて言うのかな……魂ってのかな?
声をかけた彼女もよく分かってないが『魂』とやらに違和感を持ったその感性に俺は心臓を掴まれた気分になった。
そりゃこの魂は二度目だからな。
異分子と言われたら否定できない。
しかしそれ以上に『彼』って言葉に引っかかってたのでそのウマ娘に尋ね返そうとして、もう一人が現れた。
__なんだ、いつの間に帰ってたのか。
__やっほ、久しぶり。あとただいま。
__ああ。行先で良いモノは撮れたか?
__バッチリ。仕事扱いは嫌だけどね。
__路銀稼ぎにはなる。やっておけ。
__縛られるのは嫌だな。写真みたいで。
その三冠ウマ娘はフォトグラファー。
日本語に略すなら『写真家』って職業。
旅好きを職業にした自由なウマ娘。
どうやら海外に足を運んでいたらしい。
そして…
__初めましてだな……
二度も心臓を揺さぶられる。
サウナでととのった心は容易く乱れる。
しかし俺の表面はまだ冷静だった。
だから思考がまとまる。
__そっち側の兄弟。
その男はつまり、そうなのかもしれない。
少ない判断材料でも、俺は回答を得た。
しかし、それ以上の問いも、答えも無く、この二度目に関しても、もう関係ないとばかりに話題から離れた。
ただ一度の確認のみ、俺たちの存在を再確認させていた。それだけだった。
そんな驚きは有りしも、今となっては思い出話になるオマケ程度のこと。
さて、ここからが大事。
隣町まで届いた噂の元。
東方不敗流マッサージなんだが、どうやらその人はウマ娘を対象としたスポーツマッサージ師を仕事にしている人間であり、小さな家を改装して個人経営でお店を開いている。てか指が黄金にでも輝くんか?
ただ看板らしい看板も無く、存在自体あまり目立たない印象なのだが、しかし、その人は一部界隈で有名なのか良いところの御家庭や御貴族がお世話になるような隠れた名店らしい。何よりあのシンボリ家やメジロ家とも伝を持っているとか。どうやら前職業故の人脈らしい。だからこじんまりとした経営ながらも金回りも良く仕事はちゃんとある。そんな良家達のお眼鏡叶うマッサージ技術とは一体なんなのか?
__この世の体の作りが噛み合っている。
__ただ、それだけだ。
二度目になる前…… つまり『前世』から学んだ技術をそのまま使っている。それがたまたまこの世で設定された身体に深く噛み合って成立してしまっているとのこと。ただそれだけらしい。
蓋を開ければ大したカラクリはない。
その人はただそうしているだけ。
だがこの世に生まれ、決まって形作られ、仕組まれた身体を持った者からしたら神技になっている。
だからその人は与えられた二度目の世界でそう寵愛されていた。
なんて、勝手な憶測で考えてたら。
__全てがそうだったら、良かったかもな。
見透かされたようにその人は答える。
そして何故だか…
視線を合わせるに苦しくなった。
まるで__痛みを知った赤子のようだ。
目を合わせれない。そんな感覚が襲う。
しかし…
__でもキミはアタシを視てくれた。
__アタシのまま描ける、その走りを。
そして痛みは気のせいだった。
横にいる自由の象徴が視線を合わせるから。
__そうだな。もう終わった贖罪だ。
__だから今こうしてる。ウマ娘を…
ユメヲカケル彼女達を視たいがために。
それが今の理由。
強くてニューゲームが許された俺程度の生き物なんかが想像が付かない先で、その人が得てきた『答え』と『応え』がその視線にある。
思わず、覗き込みたくなるくらいに。
しかしそうするに恐ろしいくらいに。
本当の意味で視線を合わせることは許されないその人だけが踏み進めた『道化師』の果て。
俺の『
ならそれは残酷と思うべきだろうか?
いや、同情なんて遠くの昔に役割終えた。
まるで賞味期限切れのカボチャみたいだ。
しかし、例外が一つあるとしたら。
今も昔も、隣で尻尾を絡ませながら今を楽しむ自由を象徴としたそのウマ娘だけが、その魂に許されていること。
それがその人の内側にあった二度目と役割を鉄の塊から連れ出した。
サウナ生まれの俺だからなんとかその熱を感じ取ることが許されたらしい。
そして新たに役割を自ら選んだその人から『兄弟』という
数年の
__貴方なら!サトノ家のジンクスを!
夢焦がれてた声が、これを繋いだ。
だから俺はこうなっているんだろう。
このウマ娘に視線を合わせたくて。
「んへへぇぇ…………すぅ……すぅ…」
「まったく。気持ち良さそうに寝やがって」
ポカポカと暖かい体が手のひらに伝わる。可憐な体だ。
不用意な痛みを与えず、疲れた彼女を起こさないように二度目の先駆者から学び得たコツの通りに緩み切った施術する。
ご愛嬌にも「コメくいてー」な横顔でだらしなくヨダレ垂らしている。
親しみしかないな。
ああ、今日も目一杯走った。
昔以上にたくさんを走った。
__それは……本当ですか?本当に…?
__満足以上に走れるよう、俺がしてやる。
ハンデを気にして満足に走れなかったあの頃はもう終わった。
そして間に合ったからホープフルステークスで結果を出せた。
まあ、知ってたさ。
もし100%躊躇いなく走れるサトノクラウンが完成したらジュニア級で敵なし。それができなかったのはハンデがまとわりつき全力を出しきれない大凡40%の躊躇いを元に走るしかなかったから。それを早い段階で解決した。
トレーナー白書の無駄に多い質量と、その無駄を洗い出し、鮮明にさせるためのサウナで。
そんな荒技を可能にできたのは、サトノクラウンが元からサウナに興味を持って通っていた事と、多くの語学を学べるほどに知識吸収力が高いこと。そして逆境に強い事。
あの三冠ウマ娘が偽りなくそう叫べたように、桐生徳というやり方がサトノクラウンに噛み合ったから真っ当に夢焦がれる理想的な組み合わせになった。現代進行形でそれは証明されている。
やはりあるもんだな。マッチングアプリと化した三女神ってのは。今頃良い仕事したとスッキリした表情で額の汗を拭っているんだろう。
ご都合主義もここまで来ると清々しい。
まあだからホープフルステークスは存分に奮ってやったさ。当の本人は理想値を満たした走りを本番で引き出せたから、あっさりと勝って驚いていたけど。まあ俺は驚かなかったよ。
だってハンデを克服して全力を出せるサトノクラウンだぞ?それに出走前はサウナで体温めてととのっていたから冬の寒さに強かったし、あと逆境に強い精神があるから緊張もそこまでしてなかったし、最初から最後まで全身全霊を引き出せた。
てか、元から初期値が高いんだよ。
ハンデが邪魔してるだけで。
それを100%にさせた。
そうすれば『ジンクス』のステータスマイナス補正とかも関係ないからな。
「だから数年前の菊花賞でナリタトップロードが勝った訳なんだが」
小回りに難ありなハンデだろうとも結局は熱量で覆すその愚直さ。そりゃもう参考材料そのまま。サトノクラウンに見合った骨組みだから成長を増長させてくれた。沖田トレーナーにお願いして良かったわ。
「だから俺は確信するよ。キミが一番強いウマ娘ってことを」
最も強いウマ娘が勝つと言われる菊花賞で栄光を手に入れたナリタトップロード。
その骨組みを得て走るサトノクラウン。
全力の彼女が最強に決まっているだろう。
「でも、怪我はしないでくれ」
その施術中になんら効果はないが……無防備に見せるこの頭を軽く撫でる。
ああ、ほんの少しだけで良い。
どうかこの『冠』のウマ娘を。
桐生院だとか。鋼の意志だとか。
そんなの関係ない。
彼女がこれからも無事に走れますように。
「…すぅ…んん……とれーなぁ…………えへへ…」
小指にふわりと絡みつく。
無意識な尻尾の先が、想いだけを揺らす。
互いにそれを気づかない。
なにせ…
サウナの湯煙のように見えるものは限る。
だってウマ娘に焼かれて夢中なんだから。
そして…
その冠は____
次回 最終話。
とくさんか?
-
違います
-
そうです