たばこ   作:園田那乃多

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サブタイに誤字は無いです。



12.クズ好きの下剋上 上

 

 朝。今日はお昼からバイトがあるので8時に起きた。今日は、なんて言い方したけど、だいたいいつもこのくらいに起きる。大学生になると生活習慣が乱れる人が多いが、私はまだこの健康的な習慣を維持できていた。流石私。大学生の鑑過ぎる。全腐れ大学生…特にあのせんぱいは私を見習うべき。

 

 起き抜けにあくびをかみ殺しつつ、眠い目をこすりベランダへ出る。その際、出入り口近くの窓枠においてあるたばこを取るのを忘れない。夏の朝日は外に出る気力を奪ってくるが、私の部屋はベランダが南向きなので直射は当たらない。物件選びでこだわってよかったと思う。

 それでもエアコンの効いた部屋から外に出ると、ベランダはむっとするような暑さだ。直射は当たらないとはいえ、暑いものは暑い。顔をしかめつつ縁に肘でもたれかかり、わかばを取り出してジッポで火を点けた。一口めは少し多めに吸い込み、脱力するように大きく煙を吐き出す。

 寝起きでボヤッとした頭にニコチンが回り、少しくらっとした感覚を覚える。所謂ヤニクラだ。好き嫌いはあるだろうが、私はこれが好き。このポヤポヤした感じが。寝起きの時限定だけどね。

 ヤニクラが収まるまで少し縁に体を預け、ベランダから見える道路をぼうっと眺めた。住宅街だし何があるって訳じゃないけど、駅が近いので人の往来はそこそこある。三階から見下ろすと、道行く人、ひいては社会全体を俯瞰で見ている気がして中々に気分がいい。王様にでもなったようだ。みろ、人がごみのようだ……なんちゃって。

 

 そういえばせんぱいは今何してるだろう。夏休みだしどうせ用事は無いんだろうから、まだ寝てるのかな。寝てるに違いない。だってせんぱいだし。それなら夏期講習に引っ張り出してきてもいいかもしれない。昨日人が足りないって塾長も言ってたし。

 

 ヤニクラも収まったし、ちびちびとわかばを消費していく。タール数が高いから、少し吸うだけでも濃い煙が出て、それがちょっと快感なのだ。夏の暑いときはメンソールが欲しくなるけど、今手元にあるのこれとしんせいだけだし。

 いつの間にかルーティンになってしまったなあと、ここ最近ですっかり慣れてしまったたばこを見てふっと微笑む。

 

 思い浮かべるのは、飄々としながらも気さくで優しい、でも男の人なのにたばこも吸うしパチンコもするちょっと変わった私の先輩。多分友達とかに言ったら、「絶対やめなよ」って言われそうな趣味をしているあの人。

……いやそれは普通に友達が正しい。私が友達でもそう言うよ、「絶対やめときなよ」って。まあ私もどっちもするんだけどさ。

 

 とにかく、せんぱいは私にたばこを教えてくれた人だ。教えたって言うとちょっと違うかもだけど、あれは殆どそうなのでそうなのだ(ゴリ押し)。

 

「……責任とってくださいね。せんぱい?」

 

 私、新田莉生はそう微笑むと、先輩の家のある方向にふうっと煙を吐き出した。

 

 ……そしてちょっと恥ずかしくなって一人逃げるように家の中に戻った。

 

 

 

 

 まだちょっと慣れないスーツに袖を通し、バイト先へ向かう。うちから塾までは同じ駅前という事もあってとても近く、歩いて五分ほどだ。暑くてもこれくらいなら耐えられる。

 塾長か社員が先に来て鍵を開けるため、私が着くころには既に冷房が付いている……と言っても、夏期講習に限って言えば私たちバイトと社員の人の出勤時間に差はないので、現時点でそこまで涼しくないんだけどね。気持ちぬるめの絶妙に嫌な気温の中、私はロッカールームで掃除をしていた塾長に話しかけた。

 

「おはよーございます」

「おはよー新田ちゃん。今日も暑いなー」

「ですねー。あ、そいえば、今日講師足りてるんでしたっけ? 昨日足りないとか言ってませんでしたっけ」

「いやそうなのよ。このままやとうちまで出張らなきゃならなくなりそうでほんまキツイ。もう五科目全部記憶ないもん、教えんのなんて無理や。てかかわいそ過ぎやろうちが担当になってしまった子」

 

 まるで一大事だみたいに言うが、大体どこの塾も塾長が直接指導に当たっているのに、と思う。何なら率先して指導してる。あとすごい喋る。

 この人は基本的に現場に出ないスタンスを取っているため、普段は事務に専念しているイメージしかない。それが良いのか悪いのかはさておいて、取り敢えずは生徒からも不満の声は出ていないし給料も支払われているので、個人的にはどうでもいいと思っている。

 あ、でも男子大学生のバイトの子にすり寄ってくのはマジでキモいと思う。なまじ見てくれがいいだけにせんぱいもコロッといかないか心配だ。

 まあ別に嫌ってはないんだけどね。なんだかんだこの人気も利くし仕事できるし。

 

「そのことなんですけど、平野先輩今日出れるらしいですよ? なんか暇だって言ってたの聞きました」

「え、まじ!? 平野君出れるん! 超助かるわー!!」

 

 その言葉に、がばっと立ち上がってこちらを向く塾長。あーあーちりとりからほこりとか落ちたよ今。

 さっそく電話せなーと、ルンルンでロッカールームを出て行く塾長は、正直アラサーがそれやってるの相当キツイわーと思わなくもなかったが、まあこの後せんぱい来るだろうし、ため息一つ吐いて流すことにした。

 

 

 案の定先輩は暇だったようで、あれから程なくして現れた。

 私たちの仲がいいというのは大っぴらにはしていない。私も人前ではきちんと名前で呼ぶし、何よりこの人と仲良くしてると生徒とかのやっかみがあるし。こないだもちょっとバイト終わりに喫煙所で話してただけですぐ「新田先生平野先生と付き合ってるんですかー?」ってなったし。まだ付き合ってないっつーの!まあスーツ着てる姿は確かにかっこいいけどさ。普段クールだし近づきがたい感あるけど話してみるとそうでもないし年上感あるし、綺麗なお兄さんなんだよなこの人マジで。それでいて中身はヤニカスパチンカスでクズそのものだしいつも私にたかってくるしでもたばこ吸ってるとこカッコイイんだよなあー男でそんなのとかギャップ過ぎ責任とれほんと。

 

 ……はっ、いけないつい。

 閑話休題。

 それはそうと、ちらほら生徒も来だして騒がしくなってきた。その喧騒にまぎれるようにして私は出入り口まで足を運び、せんぱいを出迎えた。

 私の姿をとらえたせんぱいは軽く手をげると、いつものように奢れ奢れ言ってくると思いきや、

 

「ありがとう新田。お前のおかげで俺はクズに堕ちなくて済んだ」

「何ですか急に。心配しなくてもせんぱいは自分が思ってるよりちゃんとクズですよ?」

 

 急にお礼を言われたので思わず面食らってしまう。何の話だかさっぱり分からないので、取り敢えず無難に事実を返しておいた。

 

「ファッキュー新田」

「何ですか急に!?」

 

 うがあと憤慨する私をよそに、せんぱいはすっと中へ入って行ってしまう。

 私への扱い雑くないですか!? まあここではそれでもいいんですけど……。

 何故だかあの人はびっくりするほど女っ気が無くて、その点はあまり心配していない。見た目だけならともかく、中身まで見て好きになるような変わり者なんて私くらいだろうしね。

 私は少しむっとしながらも、数瞬の後には元通りの表情で、パタパタと講師用ブースへせんぱいの姿を追った。私も授業の準備しないと!

 




もう一話新田視点です
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