俺たちが飲み散らかしているこの烏貴族は店舗が地下に存在しており、外界に出るには階段を使って地上に上がる必要がある。喫煙所も登ったところにあるため、たばこを吸うためにはアルコールとヤニで浸食された体をひいこら言わせて階段昇降をしないといけなかった。
まあ重度のヤニカスである俺たちがその程度の障害で喫煙を諦めるはずもなく、今は三人並んでポール型の灰皿を囲っている。
ちなみに店を出たここは大通りに面しているため普通に人の目がある。繁華街のまるで隔離施設と言わんばかりの喫煙所を思えば、ほんの少し郊外というだけでこの有様なのだから、喫煙者蔑視もなんだかなあという感じだ。
各々のたばこに火を点け、煙をくゆらせながら会話に花を咲かせる。
「へー、新田ちゃんわかば吸うんだ。結構重いでしょそれ?」
「普段はしんせいですよ! なんかタール多いのがたばこ吸ってる感じがして好きで」
「しんせい! すご、どこで買うの?」
「地元のたばこ屋さんが廃盤商品も扱ってて、買いだめしてるんです。まあもうすぐなくなっちゃいそうですけど」
「そっか。じゃあ、大事に吸わないとね」
「……はい。あ、七星さんはセブンスターなんですね……大学生って感じ」
「あはは、確かに。まあ名前が名前だからさ、これしかないーって。他のも吸ったことあるけど、やっぱりセッターが好きかな」
「もう名前がセブンスター吸うために生まれてきた感じですよね」
「まちがいないね!」
初手で俺にその花が咲かないのはもはや当たり前の光景である。もう慣れたものだ。今はたばこに逃げられるし、俺なんて適当に話聞いてる風に相槌打っていい感じのとこで愛想笑いしておけばいいのだ。俺の存在意義なんてそんなもん……何だ俺アルコール回ったせいかバッド入ってるぞ。いやデフォルトか。
ちなみに大槻班長化していた新田は、水を飲ませて焼き鳥食わせたら元に戻った。アルコールが残っている感じもなく、会話の感じからも明朗としているところを見るに、宣言通り酒には強いのだろう。というかリカバリー能力高すぎだろ。何で水飲んで焼き鳥食っただけでアルコール抜けるんだよ。
「私よく言われるんだけどさ、たばこ吸ってるのが意外だって」
「あー分かりますよ。七星さんなんか真面目そうだし」
「やっぱそう見える? 大学デビューしてみたけど、やっぱ根が真面目なんだよね、根が!」
「自分で言うんですかそれ」
「あはは。そうだ、平野君はずっとピースなの? 他の吸ったりしない?」
俺が喋らなさ過ぎて、自分でも俺って存在していいのかななんて考えていた折に、七星がそう問いかけてきた。よかった、俺にもまだ人権はあったんだ。というか、この状況を前世界換算すると男二人に女一人で女は全然喋らないという、気を使ってしょうがない状態だと今更ながら気づいた。こりゃいかん。俺ももっと喋りたいぞ、どう喋ったらいいか分からんだけで。
どうにかこうにか俺も会話に参加しなければならないようだな……温めに温めた俺の会話デッキが火を吹くぜ!
「そうだな、他のはあんま吸ったことない」
「へえー」
「そうなんですね」
……。
おいどうした俺の会話デッキ!? 火を噴くどころか一帯を焼け野原にしてしまったじゃないか! 初手エクゾディア揃ったのかと疑うレベルで会話が終わってしまったぞ! コミュ障にも程があるだろ!
……い、いやまだだ。俺とて楽しく会話を楽しみたいという気概は持ち合わせている。一対一の時は問題なく喋れるのだから、同じようなマインドでいけばいいはずだ! とりあえずここは一発芸でもして場を和ませてだな……!(コミュ障)
「ずっと気になってたんですけど、せんぱいってどうしてたばこ始めたんですか? 友達とか?」
「あ、それ私も聞きたい。男の子でたばこ吸うの珍しいし」
新田のナイスフォローに涙を禁じ得ない。流石俺の後輩だ。今度何かおごる。
しかし、俺がたばこ始めたきっかけなんて大したものじゃないぞ。別に面白い話でもないし。まあ隠すようなことじゃないので全然言うが。
「あー、最初は無理矢理だったんだよ、先輩に吸わされたというか」
「え、ヤニハラですか?」
「まあ今考えるとそうだけど。でも、そん時はちょっと嬉しかったんだよな。その先輩ちょっと有名だったからさ、そんな人と秘密の共有って感じがしてて。あとなんか優越感というか、周りとは違うぞって感じもあった」
当時を思い出すと今でも布団の中で悶えたくなる。なかなかどうして俺はすれた人生を送ってきたのだ。恥の多い生涯を送ってきましたよ、マジで。人間失格さながらである。反骨精神というか、周りのやることなすこと全てに対抗心を持っていた気がする。陽キャやキャッキャウフフして青春を謳歌している奴らを内心見下していたんだ。今思えば、単なる高2病ともいえる「よくあること」なのかもしれないけど。
あの人にたばこを教えてもらってからというもの、それらがただの羨望や負け惜しみだと気付かされた。
そういう意味で、あの先輩には感謝すらしている。思い返せば普通にクズ人間だったけど。……もしかすると俺のクズさはあの人由来なのかもしれないとすら思えてきた。なんだそれ嫌すぎる。一刻も早く決別したいまである。
「……平野君それってもしかして」
「あ、七星駄目だぞそれ以上は」
俺がたばこを始めたのがいつだったかなんて掘り下げなくていい話だ。それに、世界が変わったので無効という見方もある。ノーカンだノーカン! ノーカウント! ノーカウントなんだっ……! この話はっ……!(大槻班長)。
「まあまあ、せんぱいが非行少年だった話はいつか聞くとして、なんかいいですね、先輩後輩でそういう感じの」
「わかる! 薔薇の花が咲く的なね~」
「え、薔薇?」
「……アッ」
「え、ちょ、七星さん!? どうしたんですか膝から崩れ落ちて!?」
百合の花が咲く的な事を言ったのであろう七星が、サブカル知識に乏しい新田の純粋な聞き返しに充てられて死んだ。その気持ちは大いに分かるが、そんなネタを当人の俺の前でやるのはちょっとポイント低いぞ七星さん。前世界換算で、女の前でそういう意味の百合がどうとか言うのはよろしくないことの実体験ができてしまった。
思わず俺はそんなことしてなかっただろうかと記憶を手繰ったが、新田以外にまともな知り合いがいなかったのでそんな心配は無用だった。
たった今地雷系ファッションの女がメンタルブレイクしたように、これ以上この話をするのは地雷でしかない。そもそもその先輩が同性だって言ってないしな。
ちょうど一本吸いきったし、あまり席を空けるのもよくないだろうし、焼き鳥も食べたいし早く戻ろう。
「おーい七星起きろー。さっさと戻って飲みなおそうぜ、今日は新田の奢りなんだぞー」
「そうですよー早くいきましょー……って私全員分奢るなんて言ってませんけど!?」
「うーん……奢り……? なら行くぅ……」
「ちょっと七星さん!? ……もー!! なら私より飲めたら奢ってあげようじゃないですか!」
結局新田の奢りになった。まる。
【どうでもいい知識】
新田莉生→「新」田莉「生」→「新」しく芽「生」える→若葉→わかば から