たばこ   作:園田那乃多

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18.七星様がみてる

 ちなみに言っておくが、俺は朝シャン派だ。これは前日夜に髪を洗わないとかそういうあれではなく、朝起きてシャワーを浴びないと目が覚めないので、シャワーを浴びたら条件反射的にいつの間にかシャンプーもしているという意味である。まあ遅刻ギリギリなどの緊急時は例外だが、こんな生活を続けていたせいで朝シャワーを浴びないとじんましんがでるのだ。

 じんましんは嘘だが、出来ることなら浴びたいと思うのは事実。

 俺は家主のいない部屋でしばらく硬直していたが、そういえば昨日は夜そのまま寝たことを思い出し、弾かれたように立ち上がった。

 

「そうだ、シャワー浴びよう」

 

 初対面の上さほど話したことも無い年上の女の人の家の風呂を勝手に使うのはどうかと我ながら思うが、裏を返せばそんな男を家に連れ込む女の人でもある。それに、あの時手を握ってくれたし、実質付き合ってると言えなくもないかもしれないという可能性も無きにしも非ずなので、俺が勝手に風呂を使うのは別に問題ないのではと判断した。

 あと逆の立場だったと仮定した場合、俺は俺の不在時に面のいい女が勝手に風呂使う事に対して「ふーんエッチじゃん」とか思う人間なので、輪をかけて良しと判断するに至った。

 

 俺は見知らぬ人の家の中で、家具などに触れないよう借りてきた猫のように慎重に歩きつつも、その実は勝手に風呂を使おうとしているという、遠慮深いんだか厚かましいんだかよく分からない行動をしていた。

 あとから思えば、この数十分でいろいろありすぎておかしくなっていたのかもしれない。

 

「にしても、結構いい部屋だなここ」

 

 10畳ほどのリビングに接続する形でキッチン、風呂トイレとあり、リビングだけでなく水回りもきれいに掃除が行き届いている。リビングは木目調ベースでベッドやインテリアが統一されているし、テレビがデカいのがいい。キッチンシンクには洗い物や水垢が溜まっておらず、シンク上のラックにきちんと仕舞われていて利便性も中々そうだ。

この世界換算で女の一人暮らしなんて散らかり放題であろうことを考えれば、八田さんは中々にきれい好きなのだろう。どうしよう凄くポイント高い。

 

「タオルは……まあこれでいいか」

 

 どこかに仕舞われていたら探すのに手間取っただろうが、一度使ったと思われるバスタオルが洗濯機の上に干す形で置いてあった。濡れてはいないので本当に使ったものかはわからないが、現状これしかないので仕方がない。そう仕方がないのだ。年上の美人なお姉さんの使用済みタオルしかないので、仕方がないのだ!(ずんだもん)

 

 

 男のシャワーシーンなんて需要が無いので……ああこの世界だと違うのか。ややこしいな。いやまあ今は俺しかいないし、需要はないことに変わりはないので割愛する。

 流石にシャンプーなどは使っていないし、出来る限り跡を濁さないように心掛けたつもりだ。勝手に風呂使っといて言うのもあれだが、変なところで申し訳なさを感じるのが俺という人間である。

 

 俺は先ほどとは一転してさっぱりとした気分で体を乾かし、服を着てベランダに出た。明記しておくが、バスタオルをどうこうしたあれは断じてない。ほんとほんと、ちょっと匂いかいだくらい。

シャワーを浴びてさっぱりしたらたばこを吸うのは最早ワンセットだ。ヤニカスはこのように、やたらと何かに紐づけてたばこを吸いまくる習性がある。朝起きたらとか飯食ったらとか。うん、死んだほうがいい。

 

 まだ時間的には朝であり、カラッと晴れた朝の日差しはとても気持ちがいい。なんか早起きすると何かとても得をした気分になる。だからといって夜更かしをやめたりは出来ないけど。リビングにも灰皿があったが、ベランダにも当然のように灰皿が置いてあって俺はちょっと嬉しかった。流石姉さんだぜ。

 

 たばこに火を点けて、外に向けて最初の煙を吐き出す。ほうと息を吐き三階のベランダの縁に肘をかけ外の景色を眺めると、ちょっと南の方に大学最寄りの駅と、俺たちが飲んでいた烏貴族が目に入った。何だほんとにすぐ近くだったのか……。

 相変わらず昨夜は二人と別れてからの記憶は全くないが、ここは家に帰るルート上といえなくもない場所だし、そこらでぶっ倒れていても不思議ではない。八田さんは本当に親切心で運んでくれたのかもしれないな。別に手は出されても俺は一向に構わんかったが、その辺もポイント高い。

 もうほんとさっきから八田さんのポイントがストップ高過ぎてヤバい。何ならもうちょっと好きまであるよ。いやないか。

 

「あ、カラオケってあれか」

 

 目線を少し北に動かすと、七星たちが向かったであろうカラオケ店が目に入る。というかすぐそこだわ。24時間やってるとこだし、フリータイムで入っていたらまだ歌いまくってる可能性も全然あるのか……。

 俺はたばこを多少嗜んではいるが、ジムに行くことで肺へのダメージなどはチャラになっているはずなので、今のところ体力の衰えだったり息苦しさなどは感じたことがない。それを思えば、しこたま飲んだ後カラオケに行く体力を持つあの二人は一体普段どんなトレーニングをしているのだろうかと気になって仕方がない。普通に陽キャなだけか。

 人と接したり騒いだりするのには、所謂体力とは別に精神力的な部分も減っていく。俺は勝手にHPとMPと呼んでいるが、陽キャはMP高いんだよな。多分魔法使いとか向いてる。陽キャなのに魔法使い()とはこれ如何に。

 

 三階のこのベランダからは、カラオケ店の正面がよく見渡せる。俺もたまに一人で行くことがあるあの店は、漫画読み放題だし喫煙所も完備されていてとても居心地がいい。え?カラオケって一人で行くものでしょ?

 

 そうほら、今もヤニカス共が正面側にある喫煙所に出てきて……ん?

 

「んー……? あの特徴的な服って……」

 

 七星だ。

 そう直感するのと、俺がゴキブリもびっくりの初速でベランダの陰に身を伏せたのは同時だった。

 

 

 

 

「結構歌いましたね! 私オールなんて久しぶりですよ~……って七星さん? どうしたんです?」

「んー、なんか見られてるような感じがあったけど。気のせいかな?」

「え、もしかしてストーカーですか?」

「いやストーカーは私……って違うわ! ……ち、違うよ? ホントに違うんだからね? ねえ待って新田ちゃん何でそんな目するのお願い信じて無言で去って行かないでよぉ!」

 

 

 

 

「……行ったか」

 

 のそりと縁から目だけを出してカラオケ店を窺うと、どうやら二人とも部屋に戻ったようだ。

 これで一安心とばかりに煙を吐き出す。

 いや別に隠れる必要なんてなかったけどね? そもそも送って行ってくれないからこんなことになったのだ。いやこんなことって言うか何もないけどさ。

いくら俺が一人で帰れるとか宣ったとしても、そこは付いて来いよと思ってしまう。君たちさあ、送り狼って言葉を知らんのかね? 俺は全然ウェルカムなんだが?

 

 なんてめんどくさい女ムーブをかましつつ、この後のことを考える。だんだん気温も上がってきたがベランダはうまい具合に日陰になっており、朝シャワー後の気持ちよさも相まってもう少しここに居たい気分だった。

というわけで二本目に火を点ける。

 

「はー……。やっぱりピースなんだよなぁ」

 

 何もお礼をせずに帰るのは些か無礼だろうし、とはいえ八田さんが帰宅するまで待っているのもどうかと思う。

先ほど好奇心から冷蔵庫の中身を見てしまったが、あまり自炊はしないタイプなのか全くと言っていいほど食料が無かった。なので何かしら作って置いておくのはいい案かと思われるが、見知った相手ならまだしも、ほぼ初対面の俺がそれをしてしまってもいいのかと躊躇われる。好き嫌いもあるだろうし。

 

 ベランダから、窓越しにリビングを見やる。

 そこには、朝の慌ただしさからか置き忘れになっているハイメンがあった。この知らないものだらけの空間で、俺が唯一彼女を感じることができるものがあった。

 先の光景がフラッシュバックし、思わず鼓動が高鳴るのをヤニを吸うことで落ち着ける。胸デカかったなあ……って全然落ち着けてねえわ。

 

「まあたばこ安定か……」

 

 愛飲しているたばこが分かれば、ヤニカスにとってこれほど丁度いいお礼の品もないだろう。量があって困るものでもないし、そういう点ではヤニカスは便利だ。たばこさえ与えておけば取り敢えずのご機嫌がとれる。

 

 お腹も空いてきたし、すぐそこのコンビニでハイメン買うついでになんか買うか。いやでも金無いしな……。飯は自分の家帰ってからにしよう。

 俺は最後に深く煙を吸い込むと、吸殻を灰皿に押し付けた。鍵は玄関に置いてあったからよしとして、コンビニでたばこ買ってから一度は戻ってこないといけない。うわー彼女できたらこんな感じなのかな。このめんどくさいながらもそこにちょっと幸せを感じるみたいな、言い知れない満足感。

 

「彼女ほしー……!」

 

 あ、そう言えば金が無いんだからそもそも料理なんてできるはずもなかったじゃん。よかったマジで八田さんがヤニカスで。

 





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