たばこ   作:園田那乃多

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需要ありそうだし続き書けたので投稿



2. この素晴らしい勘違い達に祝福を!

 男女が逆転しているのではないかという俺の疑念は、その後すぐに確信に変わった。

 たばこ屋の前で、私たち、入れ替わってる~!?(貞操観念的な意味で) と疑いを持った俺は、いやでもまさかなともやもやした気分のまま家に帰り、いつものように着替えてから荷物を持ってバイクに跨りジムに行った。そこで、受付のムキムキの女性トレーナーを見て「まさか」と思い、ジム内の男女比を見て確信した。「あ、この世界男女逆だ……」と。

 普段ならマシンコーナーにもフリーウエイトコーナーにもガチムチでむさくるしい男しかいないはずのこのジムは、一人でも女性がいようものなら皆なぜか普段扱う重量よりプレート一枚分くらい重い重量で頑張り出すし、ことあるごとに視線を投げかけるくらいには男所帯であったはずなのに。まあ当然俺もそうしていたが。

 それが今やどうだ。ぐるりと見渡しても男は俺一人で圧倒的アウェーだし、俺が入って来た途端全員重量上げてたし、だぶだぶのタンクトップから覗く俺の躰には刺さるような視線を感じるし、まるでこれでは普段俺が女性にしていたことではないか(女性トレーニーには大変申し訳なく思っている)。

 

(まじか……)

 

 別に頑張っている分には全然問題ないのだが、ちらちらとこちらに視線が来るとどうしても気になってしまう。元の世界での女性には今更ながら罪悪感を禁じ得ない。まあこの逆転している世界で、今の俺の服装は相当ヤバいのかもしれないけど。タンクトップだぶだぶだから余裕で乳首見えるしハーフパンツはすげえ短いし。

だが、もう着てきてしまったものはどうしようもない。このまま帰るのは勿体ないが、かと言ってこの格好でジム内を闊歩して他のトレーニーの集中の邪魔もしたくない。

 

(仕方がない、今日は有酸素だけにしよう)

 

俺は奥の方にあるトレッドミルを起動させ、軽く走り始め思考に耽る。

 

 少なくとも俺の記憶している範囲では、昨日まで世界はこんな感じではなかったはずだ。喫煙所では男どもが毒素を吐き散らかしていたし、たばこ屋のばあさんはおまけなんかくれなかったし、幼稚園のお迎えにはママさんが来ていたし、ジムはむさ苦しかった。

 また大学にいる間は、喫煙所の他に、ぱっと見では特に異常は見受けられなかったように思う。最も校内で騒ぐ陽キャに関心を払っていないので確信はないが。教室でも男が極端に少ないとか女が多いとかいう印象もなかったので、男女比的な部分はあまり変わっていないのだろう。そして、講義の内容を鑑みるに男女が逆転したことで、その性別役割も入れ替わっている。要は前の世界で女性の問題だったことがこの世界では男性に置き換わっているのだ。

 

 (というか、そもそも論としていつこうなった? 元に戻ったりするのか?)

 

 今やこの世界が逆転しているとか元の世界とか思ってるのは俺しかいないわけだが。

 正直に言えば、別に元に戻らなくてもいいと思う自分がいる。だってこのままなら俺モテるし! これは俺の人生のQOL上、とても重要なポイントである。それに今のままで困ることそんなにないし。今後の生活への不安とかそういうのはモテるという圧倒的重要事項の前に霞んで見えないレベル。

 俺の顔面がどうあれ、この世界ではモテるという事実は今日の七星の例からもよく分かる。たばこ屋のばあさんは知らん。それに、前々から来世は美少女になってちやほやされたいという願望があったので、この状況はある意味僥倖と言えなくもない。

 

 だがしかし、突然こうなった以上、突然元に戻ってしまう可能性は十分ある。しかしそれは困る。とても困る。この世界で無条件でちやほやされるというぬるま湯に浸りきってしまったら、元の世界の荒波に耐えきる自信が無い。

 

(現状維持が妥当か……)

 

 そう。そのため、自分から積極的にちやほやされには行かず、待ちスタイルで行こうと思う。積極的待ちスタイルで。所謂オタサーの姫だとか、パパ活女子だとかにはならず、俺という餌に食いついてきた女だけに的を絞ってちやほやされよう。清楚系で売り出していくつもりだ。無論チャンスがあれば拾うが。

 

 今後の方針が何となくまとまりかけたところで、程よく体も温まってきた。

 もう少し強度上げてくかと、ボタンに手を触れようとした時、

 

「あのー、少しよろしいですか?」

 

 背後から女性に声を掛けられた。

 ほら来た来ましたよ皆さん! これがこの世界クオリティだよ。本日二度目の逆ナンですわ。イージーゲーム!

 俺は停止のボタンを押しタオルで汗を拭いながら、喜色満面の内心とは裏腹に、いたって冷静な声音と表情で後ろを振り返った。さてさてどんな子なのかな~?

 

「なんでしょう?」

「あっ…と、トレーニング中に申し訳ありません。私トレーナーの段田と言います」

 

 そこには、受付にいたムキムキ姉さんとは別の若い女性が立っていた。

 体はバルクというよりは全体的に引き締まっており、少し明るいショートヘアに薄めの化粧でも分かる整った顔立ち。その雰囲気はいかにもスポーツマンといった感じだ。ジムのスタッフ着に首から下げた名札には、『段田鈴(だんだりん)』とあった。

 段田さんは恥ずかしそうに頬を染め、目線をあたふたと彷徨わせながら続ける。

 

「非常に申し上げにくいのですが、あの……お客様の服装が、ですね……他のお客様もいらっしゃいますので……」

 

 アッ(白目)

 そこまで言われて、ようやくナンパではなかったことに気付く。

 俺の格好普通にアウトですね……。さっきはちょっとまだこの世界に慣れてない部分もあって、まあええやろと持ち前の諦めの早さから流してしまったが、元の世界でジムで女性が乳首丸見えの格好していたら普通にアウトだわ。 

 

「すいませんでした……」

「い、いえ……」

 

 絞り出すように声を発する。

 そこまで思い至ると、途端に先ほどの自分が恥ずかしくなってきた。完全に浮かれていた。絶対逆ナンだと思った。あ、この世界じゃ普通にナンパか……。

 頬を染めた若い男女が視線を交差させているというこのワンシーンだけ見れば、何やら甘酸っぱい感じもするが、ここにいるのはただの露出狂(俺)とそれを注意しに来たトレーナーという普通にヤバい絵図だった。

 

「と、とりあえず、ですね。そのご恰好ではちょっと色々あれなので、着替えていただくかしないといけなくてですね……」

「着替えありません……」

「え、えと、来るときは上に何か……」

「着てません……このまま来ました……」

「えっ痴男……」

 

 最近暖かいし、いつものこと過ぎて家で着替えたそのままここまで来ていた俺。普通に何の疑いもなく露出狂でした。バイクだったからあんま見られてる感じは無かったけど、段田さんの言う通り痴男(多分この世界で言う痴女)だわ俺……。

 羞恥でがっくり項垂れる俺に、あたふたと段田さんはフォローを入れてくれる。そしてわたわた自身が着ていたジャージを脱ぎだした。えっ痴女……?

 

「ああああの、よろしければこれ着て下さい!」

 

 えっご褒美……?

 

 

 

 

 史上稀にみる痴男を何とか家に帰した鈴は、トレーナー控室でふうと汗を拭った。

 そして、流れるような動作でパソコンを開き、入退室の管理システムから先の男を特定にかかる。その目は学生時代に打ち込んでいた陸上短距離のスタート直前時よりも真剣みを帯びている。

 

「……いた。平野和…ふふ、可愛い名前。…へえ、すぐそこの大学なんだ。…最近入会したにしてはいい体してたなあ……」

「うわ、あんたすごい顔してるよ? 一体何見てんの」

 

 シャワー室などの清掃から戻ってきた先輩トレーナーが、普段あまり事務作業をしたがらないリンを訝しんで液晶を覗き込んでくる。

 

「げ、会員さんの個人情報見てんの? あんまよくないよそれ」

「ち、違うんですよ! さっきこの人めちゃめちゃエロくて……」

「ふうん……? まあそこそこかっこいいけど。へえ、家直ぐ近くじゃん」

「先輩も見てるじゃないですかぁ!」

「そりゃあエロいとか言われたら気になるでしょ女なら!」

 

 その後しばし女特有の猥談が続き、

 

「えっ!! その人にジャージ貸したの!? その場で脱いで!?」

「……まあ、はい」

「……アンタそれ普通にセクハラだよ。訴えられたら一発」

「ですよねー!! あーもーなんであんなことしちゃったんだろう……でも向こうも受け取ったんですよ! 普通に!」

 

 ぎゃあとデスクに突っ伏し、涙目で叫ぶ鈴。

 そんな後輩の姿を憐みの目で眺めながら、先輩トレーナーは続ける。

 

「そりゃあ処女くさくてガタイのいい女がテンパりながら物渡して来たら受け取らざるを得ないでしょ、男なら」

 

 痴男っぽい格好はさておいて、と締める。

 

「うわーんやっちゃったぁー!!」

「まあ、どんまい……」

 

 その当人がご褒美だなんだとか思っていたことを、彼女らが知る由もない。

 

 

 




・登場人物1
 段田鈴→鈴(すず)→ベル(英語)→だんだべる→ダンベル
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