たばこ   作:sonoda

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二部構成。



20.平野和の憂鬱

 

 やってしまった。

 彼を自分のベッドに寝かせて一息ついた私に、今更ながらそんな感情が去来した。一時の感情に身を任せると身を滅ぼすとよく言うが、今の私はまさにそうだ。泥酔しているとはいえ、意識のない男の子を自分の家に連れ込んだという客観的事実に、さあと汗が引いていくのが分かる。

 

 むしろ、ここまで来たら行くところまで行ってしまえと言う気持ちもないわけではない。でも、それではただのレイプと何ら変わりはない。逆の立場なら喜んでお願いしますと伏してお願いするくらいだが、生憎こういう場では女の立場は弱いため、どうしても躊躇ってしまう。

私の男性経験の無さも、躊躇に拍車をかけていた。こんなことなら学生時代にもっと遊んでおくべきだった。今更後悔が押し寄せてくるが、もうどうしようもない。

 

「……」

 

 自分の部屋だというのに妙に居心地が悪くて、他に誰がいるでもないのにきょろきょろと視線を彷徨わせながらベッドの脇に腰を下ろした。

改めて彼の寝顔を見ると、アルコールのせいか悩まし気に顔をしかめながら、時折うなされたようにうんうんと言葉が漏れている。

 

「あ、そうだ水……」

 

 苦し気な様子に触発されたように、キッチンに行きコップに水を溜める。飲み過ぎた時には水を飲ませるといい、といつか会社の飲み会で誰かが言っていたのを思い出した。

 

「の、飲めますか……?」

「ん……」

 

 彼の上半身を起こして、口元にコップの縁を近づける。

 傾けたコップから伝った水が唇を濡らすと、体の反射なのかこくりと喉が動いた。

 そんな扇情的な姿と、自分の手ずから男性に水を飲ませているという今の状況に、心臓が速度を増していくのが分かる。かあと頬が熱くなって、心なしか頭もぼうっとしてきたような気がする。

 

 このままではいけない。

 コップ一杯分の水を飲んで少し落ち着いた様子の彼を見下ろしながら、内心思った。このままでは理性のたがが外れるのは時間の問題だと。

 一先ずシャワーを浴びて来よう。さっぱりすれば、気持ちも落ち着くはずだ。

 眠っているとはいえ男性の目の前で服を脱ぐのは躊躇われて、私は着替えをクローゼットから持ち出すとリビングから出てお風呂場に向かった。

 

 

 

 

「あぁ、さっぱりした……」

 

 お風呂から上がり、さっぱりとした気持ちと共に冷蔵庫から缶ビールを取り出してぐいと一口煽る。

 

「あ……」

 

 あまりにもいつもの流れ過ぎて自動的なまでにスムーズな動きでビールを飲んでいた。今飲んだらまずいのでは、とリビングに彼がいることを思い出して理性が警鐘を鳴らすが、私の手の中のスーパードライが「ここでやめると美味しくなくなるぞ」と語り掛けてくる。

 

「どうしようかしら……」

 

 とはいうものの、気の抜けたビールほど美味しくないものはない。折角なら、ビールは美味しく飲みたい。

 それに、一缶だけならそこまで酔ったりはしないし大丈夫だ。大丈夫、私はお酒弱くないし、変な酔い方もしないはず。開けちゃったものは仕方ないし、このスーパードライは飲んでしまおう。

 そんないい訳を頭の中でこねくり回すと、私はぐいと一気に冷えたビールを煽った。

 

「はあ……」

 

ああ、仕事終わりに飲む冷えたビールほど沁みるものもない。

 ……たばこと一緒にやりたくなってきてしまった。

 …………もう一本くらいなら大丈夫かな。

 

 

 

 

「やっちゃった……」

 

 目の前の四本の空き缶に、湯上りとは別の理由で火照った顔がぐにゃりと映っている。

 大丈夫大丈夫と思っているうちにいつの間にかこんなに飲んでいたらしい。お酒って怖い。改めてそう思った。

 アルコールのせいで少しボヤッとする頭の中は、「早く寝たい」で占められている。私は酔うと眠くなるタイプだ。このまま寝てしまいたいが、それはいかがなものだろうか。

 少し考えて、あれ、むしろいい方向ではと思う。このまま寝てしまえば彼にも何かするわけにはいかなくなるし、間違いを犯す可能性は無くなる。いや間違い犯したいけど私にも生活があるし……現状寝てしまうのが一番いい案に思えてきた。

 

「ならいっかぁ」

 

 そう納得すると、羽織っていたバスタオルをぽいと洗濯機の上に投げ、下着だけの格好でリビングに向かう。

 

「えへへ」

 

 彼は相変わらずそこに居て、今まで画面越しで見ていた人が実際に目の前にいる事実に今更ながら頬が緩む。

 今から私は寝るしかないわけだが、この家にベッドが一つしかない以上私もそこで寝るしかない。つまり一緒に寝ることは仕方がないのだ。我ながら完璧な理論にほれぼれする。

 唯一の懸念は酔って寝た後の寝起きはテンションが少し高いくらいだが、別に気にするほどでもないだろう。そんなことより今は彼のことで一杯だ。

 

「失礼しますね……」

 

 夏とは言え、普段下着姿で寝る私は夏用の薄い掛布団を敷いている。もしかしたら彼は暑いかもしれないけど、一緒に布団を被りたいので合わせてもらうしかない。

 夜の住宅街は静寂に包まれている。暗いリビングの中で、私がベッドに腰かける衣擦れの音のみがかすかに聞こえていた。

 心臓が高鳴っている。でも、今はむしろそれすらも心地よかった。

 露わになっている太ももから、彼の体温を感じる。

 こうして異性と触れ合うのは初めてのことだというのに、そこに嫌悪感は無く、体がもっとを求めているのが分かった。

 ゆっくりとした動作で彼の隣に体を横たえると、私の体重分ベッドが沈み込んでいく。横目で眺める彼は穏やかな寝息を立てており、起きる気配はない。私はそっと彼の右手に自身の右手を這わせた。肌同士が密着していて、温かいのか暑いのかもうよく分からない。唯一分かるのは、これはとても気持ちがいいという事だけ。

ああ、このままベッドの奥の奥、誰も来ない場所まで、二人沈んでいけたらいいのに。

 そのままつうと筋肉質な腕を撫で下がって行き、掌にたどり着き、重ねた。ごつごつとした男性の手。握ったり離したりするが、彼からの反応はない。そんな当たり前のことにむっときて、頬を膨らませながら少しつねってみたりした。勿論無反応。

 腕を絡めた状態で仰向けになると、このまま寝入ってしまいそうなほど安心感があることに気付いた。夏でも体温が心地いいなんて、知らなかった。

 

「ふふふ」

 

 情欲よりも満足感が勝り、私はそのまま瞼を閉じた。

 

 

 

 

 八田さんの家から出た俺は、じりじりと射す朝の陽ざしに耐えながら駅近くのコンビニへ向かっていた。お礼のたばこを購入したらまたこの道を引き返さないといけないのでげんなりするが、流石に礼を欠くわけにはいかないので心に喝を入れて背筋を伸ばした。

 

「暑い……」

 

 が二秒で姿勢が崩れた。如何せん暑い。シャワーを浴びたからまだましとは言え、昨日も着て汗をかいた服をまた着るというのは不快指数が高い。今も現在進行形で汗かいてるし。きっとくさいので今だけは可愛い女の子といえど近づいてほしくない。文字通り鼻つまみにされるだけだ。

 この路地を抜けると南北に続く大通りがあって、コンビニは大通りを少し北に歩いたところだ。そんな大通りにひっそりと佇むラブホテルを目印に曲がるわけだが、絶対にそこの駅前の居酒屋で飲んだ大学生が二次会ですぐそこのカラオケ行って終バス無くなったとか言ってホテルに行くんだ。俺は知ってるんだ。

くそがよ……と思わず今まで通りの常識に基づいた愚痴がこぼれるが、この世界では俺はホテルに連れて行かれる側だったことを思い出し少し冷静になれた。

でも逆転世界になってから一度もそんな美味しい思いしたこと無いんですけどそれは。今さっきの八田さんが初めてだよ。なんで襲ってくれなかったんだろう。いやむしろ、常識ある社会人は普通そんなことしないのか。リスクが大きすぎる。

 

「もういっそプラカード首から掛けるしかないか……」

 

 犯してください的なやつ。なんかそういうエロ同人見た気がするし、いけるやろ多分……。

 暑さのせいか終わってる思考力でふらふら歩けば、コンビニに到着した。ふいーすずしー……。

 買うものは決まっているし、スムーズにコンビニを後にする。いくら涼しかろうといつかは出ないといけないのだから、さっさと出るに限るのだ。

 

「ふー……」

 

 あれれおかしいぞ。暑い暑いとか言っときながら外にある灰皿の前でたばこに火が点いてるよー? なんでだー(ヤニカス)。

 まあ灰皿を見つけたら取り敢えず吸っておくのは常識なのでね、仕方ないね。

 流石に夏の昼間というべきか、大通りに面したコンビニとはいえ灰皿に群がっているのは俺一人だ。

 俺はクソ暑い中日向を歩く人々を優雅に日陰から眺めつつ一服をしていた。なんていい気分だ。いやここも暑いは暑いけど。

 

「ん……?」

 

 と、視界の隅から見覚えのある人間達がこのコンビニに向かってくる。片方は特徴的過ぎて遠目からでもよく分かるファッションをしているため、自然その隣にいるやつも割れた。

 どうしよう今は絶対会いたくないやつらだ。さっきカラオケに居たのだからここでエンカウントしてもおかしくなかった。俺のミスだ。

瞬間的に顔を背け、今からでも無関係の人ですオーラを醸し出していく。願わくばスルーしてくれ……!

 

「あれせんぱいじゃないですか?」

「ほんとだ平野君だ! なんでこんなとこに?」

 

 だめでした。

 俺は流れ落ちる冷汗を背中に感じつつ、どう言い訳をすべきか全力で脳みそをフル回転させていた。

 




感想は必ず返事するのでちょっと待っててくれよな!!!!!

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