俺が、というか俺たちがよく行くラーメン屋は、大学からほど近い、受験にご利益がある神社の真横に位置している。路地の奥に位置しているため、ぱっと見では分かりにくい。
店の名前は「へんくつラーメン」。文字通り偏屈な店主が一人で営んでいるラーメン屋だ。大将がどのくらい偏屈かと言うと、偏屈すぎて店が混みだすとキレて客を追い出したりするくらいには偏屈だ。普通にヤバい。補足すると、店は激狭なので割とすぐキレる。普通にヤバい。
なのにどうして俺がここに通っているのかと言えば、単純に安くて美味いからだ。学生の味方過ぎる。前に美味しさの秘訣を聞いたところ、猫で出汁を取っていると言われたことがある。聞いた後に俺は吐いた。猫って出汁出るんだ……。
ちなみにこの話を新田にしたら店を出た後で全部吐いた。まあその後普通に食ってるけど。ギャルの豪胆さには目を見張るものがある。
まなみ号Ⅱ(バイク)を店の前に停めると、ヘルメットを脱いだ新田がうへえと嫌そうな顔をした。
「またここですか……知ってたけど」
「いいじゃん安いし美味いんだから。お前だって高いランチ奢りたくないだろ」
「そうですけどー……私この店のせいで、猫見るたびに可愛いより先に出汁のこと考えるようになっちゃったんですけど」
「それは草」
「せんぱいのせいですけど!?」
ぎゃーすか言いながら入店。幸い店内は空いており、偏屈オヤジにキレられることは無く注文できた。ちなみにメニューは「ラーメン」しかない。偏屈すぎる。
もちろんセルフのお冷を二人分注ぎ、片方を新田に差し出しながら訊ねた。
「そんで? いくら勝った?」
「ふふふ、聞いて驚かないでくださいよ。8万です!」
「おおまじか。じゃあしばらく奢ってもらえるな」
「は? 何言ってんですか今日だけですよ」
「は? パチンカスなことバイト先でばらすぞ」
「それは反則じゃないですか……!」
うがーと新田が机に突っ伏した。
まあ冗談だけど、と続ける。こいつとは逆転する前からこんな感じだったので、世界が変わっても変わらないやり取りができるという点で俺は好ましく思っていた。なんだかんだかわいい後輩である。
「俺がたまたまあそこのパチ屋行ったのが運の尽きだったな」
新田がパチンコ・ヤニカスバレしたときの話である。特別深い事情があるわけではなく、普通に俺がパチンコ屋の喫煙所に行ったら出くわしたというだけの話だ。
「うちのバイト先でパチンコ打つ人がいるなんて思わないじゃないですかぁ……」
「そうか? 塾長はやったことあるって聞いたけど」
「それはせんぱいと話合わせたくて嘘ついただけですよ」
「ええ……」
そんな俺らのバイト先はというと、まあ塾長の言葉からも察せられる通り学習塾だ。古都と言われるこの都市は、学生の街の別名もある通りに大学生がまあ多い。そしてこれは俺の所感だが、塾講師をやっている大学生はまともな人が多い。バイト終わりに最寄りのコンビニでたばこを吸う俺に刺さる視線とか超痛いし。たまに生徒にも会う。そして目を逸らされる。なんでだ。
とまあ、俺が(元の世界基準で)女子大生に媚びるおっさんの図を成す塾長という事実を知ってしまったところで、ラーメンが運ばれてくる。黙って置いて行くあたり大将マジ偏屈。
「あ、お箸取ってくださいお箸」
「はいはい」
思うに、こいつが誰からも好かれるタイプなのは、この生意気さが絶妙な感じだからだと思う。妙に憎めないんだよな、典型的後輩というか。まあ胸小さいけど。
ともあれ、まずはラーメンである。
二人そろってぱきっと割り箸を折る。
「「いただきまーす」」
その後しばらくは店に麺をすする音のみが響いた。
☆
「はあーラーメンの後に吸うたばこが一番うまい……」
「ですねー……」
ラーメンを食べ終えた俺たちの姿は、店の前にある喫煙所にあった。喫煙所と言ってもボロボロの灰皿がぽつねんと置いてあるだけだが。
こってりしたもの食べた後に吸うたばこってなんでこんなにうまいんだろう。教えてエロい人。
「いつも思うけどお前渋いの好きだよな」
「む、しんせい馬鹿にしてます?」
「いやしてないけど。むしろちょっとすごいとすら思ってる」
「へ? なんでです」
「だってそれクッソ重いし。22だっけ? あと両切りだし」
まあ両切りはちょっと気を付ければ問題ないが、22ミリのたばことか常飲出来る気がしない。あとこれは悔しいので言わないようにしてるが、吸う前に箱にトントンやって葉っぱ寄せるのはかっこいいと思う。絶対言わんが。
「まあ私も吸い始めた頃はめちゃむせてましたけど。フィルターなしのがたばこって感じするくないですか?」
せんぱいも缶ピとか吸いましょうよと誘ってくる。
正直確かにと思わんでもないが、俺はライトくらいが好きなので軽くいなすにとどめた。こいつとて年がら年中狂ったようにしんせいを愛でているわけではない。ヤニカスバレした時はわかば吸ってたし。やっぱたばこのセンス渋い。
「というかどこで仕入れてんだよしんせい。もう売ってないだろ。」
「あー、実家の近くに廃盤になってる銘柄扱ってるお店があるんですよ。帰るたびにカートン買いしてます」
「へえー……」
なるほどね、ストックが切れたら他の渋たばこ買うって訳か。
とはいえ、新しく入荷することがない以上、そのストックは目減りする一方だろう。いつかは無くなってしまうのだ。それも近いうちに。同じ愛煙家として、好きな銘柄が無くなるショックはよく分かる。俺もピース生産終了とか言われたら発狂する自信がある。
「なら、大事に吸わないとな」
「……はい。だから、大事な時だけ吸うようにしてるんです」
そう言いながらこちらに目を合わせ、にこりと屈託なく笑う。
つまり、今日はパチンコで当てようと気合い入れてたってことか。ゲン担ぎ的なね。わかるわかる。俺も勝負の日はピースロイヤル買ったりするし。その気持ちはすげえよく分かる。
「……あれー?」
新田が何か首をかしげているが、俺の意識は既に先の彼女の発言に向いていた。未知なるたばこを求めていた。
「あーでもその珍しいたばこ屋は気になるな」
俺はピースかセブンスターしか経験が無いので、珍しいたばこがあればちょっと買ってみたいと思う。常々思ってるはずなのに、いざたばこ屋行くといつの間にかピース買ってんだよな。これがピースの呪いか……。
「…………夏休みですし、今度来ますか? 私の地元」
「いや金無いし。あ、もしかして奢り? なら行く」
「う、ぐぐぐ……究極の選択……」
新田が何やらうんうん唸っているが、女の子に全額出して旅行とか流石に気が引けるので奢ってくれても断るつもりだ。そして俺は金が無いので自費で行くのは無理。……つまり行けないってコト! ……はあ、こうしてチャンスが逃げていくんだよなあ。
丁度一本吸い終わったし、さっさと行くぞと声を掛けバイク(まなみ号)に跨る。新田が待ってくださいと慌ただしくたばこをもみ消して、ヘルメットをキャッチ。
後輪のサスペンションがしなったのを確認すると、俺はエンジンのスイッチを押し、アクセルを回した。
「じゃあさっきのパチ屋まで戻るなー」
「……もうちょっと一緒に居てくれてもいいじゃないですか」
「あー? 風で聞こえん!」
「何も言ってないですぅ!!」
☆
大学近くの烏貴族。
そこにあるテーブル席(喫煙席)の一角。
「もー元気だしなって、別にフラれた訳でもないんだからさ」
「話を聞く分には、むしろ割といい感じでムカつく」
「それな!」
「あんたら……!」
大学生らしく騒がしいその集団の中には、七星希の姿があった。
「七星の平野君厄介オタク振りには辟易してたけどさ、何回か二人で飲みに行って? 授業も一緒に受けてたんでしょ?」
「勝ち確なのにそんなに落ち込む意味が分からない」
「そーそー、というか早くヤれよ! 最初に飲み入った後行けただろ! なんだよまだ手も繋いでないって! プラトニックか! プラトニックラブか! 少年漫画みたいな恋愛してんじゃねーよ!!」
「千田うるさい」
隣の友人にそう言われ、千田と呼ばれた女性はしゅんと黙った。
そんな彼女に辛辣なツッコミをした女性は、こほんと一つ咳払いをすると、対面の希に向き直った。
「それで、平野君厄介オタクヤニカスストーカー希が言いたいのはこういうこと? つまり、今日の昼過ぎごろに女をバイクに乗せた平野君がラーメン屋から出てくるのを見た、と」
「その不名誉かつ事実と異なる称号はさておいて、そういうことですね……」
「ちなみにどうしてその現場に居合わせたって?」
「だってそこ平野君がよく行くお店だから。居るかなって」
「……今の聞きましたか赤澤さん? 居るかな、ですってよ?」
「聞いた。さっきの称号のどこに事実と異なる点があったのか小一時間問い詰めたい」
千田こと千田麻衣と、彼女に赤澤さんと呼ばれた女性、
二人とも希の友人で、よくこの店で飲んでいる。ここ最近の希の話は大抵和絡みなので、本日の初手で助けてドラえもんとばかりに泣きついてきた彼女の態度から察していた。あ、今日は長くなるな、と。そしてこの後は近くのカラオケでオールのコースだな、と。
一般的な女子大学生の性質として金欠が挙げられるし、当然のことながらこの三人はもれなく当てはまっているので、出来ればここであまりお金を使いたくない。
今日はキャベツ盛りをつまみに飲むことに決めつつ、めんどくさい友人の話に耳を傾けてやることにする二人だった。
(平野君とパチンコ屋でたまに会う事は言わないでおくか)
(平野君と趣味友なのは言わないでおこう)
ヒロイン?
・千田麻衣→せんだまい→「せん」「まい」→せんまい→まいせん→マイルドセブン
・赤澤聖楽→あかざわせいら→「赤」「楽」→赤らく→赤ラーク