七星視点
今日はいい日だ。
なんて、駆けながら思う。これ普通男女逆だよね、と。別に待ち合わせをしていた訳ではないけど、待ってる相手に駆け寄って行くのは男の子なことが多いし。少なくとも私がこれまで触れてきたラブコメでは。
信号を待つ少しの時間すら待ちきれなくて、私はじわりと浮かんできた額の汗を乱暴に拭った。
信号の色が変わると同時に駆けだす。厚底のパンプスのせいでめっちゃ走りづらいけど、そんなのどうでもよかった。人の間を縫うようにして横断歩道を渡り切り、すぐそこのコンビニへ向かう。
「ひ、平野君っ」
「よ、久しぶり。……久しぶりか?」
あまりにも必死な様子が伝わってしまったのか、苦笑しながら平野君が手を挙げた。
遠目からでも分かったが、スーツ……まあワイシャツか。とにかく、ピシッとした姿の彼はあまりにも新鮮で、まるで服の方が彼に合わせたんじゃないかってくらい様になっている。ネクタイを締めているのが際立たせてるのかもしれない。
思わず呆けたように見入ってしまう。
停めてあるバイクの傍で車止めに腰かけてたばこを咥える平野君は、なんだかもう、どうしようもないくらいにかっこよかった。
二つの意味で動悸が収まらない私を見て何を思ったのか、平野君はちょっと待ってろと言ってコンビニの中へ入って行ってしまった。
久しぶりに全力疾走したせいなのか、たばこで肺がやられてしまったせいなのか。ぜーはーと肩で息をしている身としては、ちょっとありがたかった。今のうちに汗を拭って髪も少し整えておく。下手な姿は見せたくない。
……にしても。
「あーーーだめだこれちょっと平野君かっこよすぎじゃない……?」
平野君が塾でバイトをしているというのは前に聞いていたので知っていたが、見るのは初めてだ。彼はクール系なので絶対に似合うとは思っていたが、まさかここまでとは思わなかった。ちょっと後でチェキ撮ってくれないかな……。全然お金払うので。
リクルートスーツを着た男子大学生という性癖が蔓延るのも納得である。もう今夜はそっち系の動画を使うしかない。またこの実際に平野君をどうこうするという発想が真っ先に浮かばない辺り、私のヘタレさというか、情けなさが浮き彫りになってきて嫌になる。千田とか赤澤ならもっとぐいぐい行くんだろうな、なんて思う。でもしょうがないでしょ推しなんだからさ……(言い訳)。
「お待たせ。ほら」
一人心の中でぶつぶつ言っていると、コンビニから出てきた平野君がペットボトルの水を投げ渡してきた。慌ててキャッチする。手のひらからすうっと冷えていくのが気持ちがいい。
財布を出そうとする私を、彼が手で制した。
「暑かっただろ。走らせちゃったし、これは奢り」
「え、いいのにそんな。悪いし」
「いーのいーの。あ、そんならセッター一本ちょうだい。それでいいわ」
「そんなのいつだってあげるのに……」
でもそう言うならと、ショルダーバッグからセブンスターを取り出した。平野君がありがとうと言って受け取り、口に咥える。
ジッポを取り出そうとポケットの中をまさぐっている姿を見て、ふと思う。
あ、今チャンスじゃないこれ……? やってみたかったやつ。自分も吸おうと思っていたので、ライターは手の中にある。平野君が目当てのものを見つけて口元まで持って行ってふたを開けて火打石を擦るより、私の方が早い……っ!
悩んでいる時間などない。私はぐ、と唇をかむと、平静を装ってライターを彼の口元に運ぶ。
「ん? お、さんきゅ」
カチッという操作部を押す音と、ターボライターのガスの音。ついで、彼がすうと煙を吐き出す姿。
……やった。
…………ふふっ。
私は言い知れない満足感と共に、彼に並んでたばこを吸った。
うん、今日もセブンスターはおいしい!
尚、後日シガレットキスなるものを知り、私のやってみたいことランキング一位に輝くのは言うまでもない。
☆
なんか隣の七星が見るからにご機嫌にたばこを吸い始めた。そんなに吸うの我慢してたんだろうか。いやセブンスターはうまいけどさ。
というか走らせちゃった後にたばこ誘って悪いことしたかな。暑そうにしてたので冷たい水買ってきたが、ちょっとまだ荒い息してたしな。酸欠なのではと心配だ。
疑問に思ったので聞いてみる。付き合いも短い訳じゃないし、最近は思ったことをすっと聞けるくらいの関係にはなれたと思う。どうかそう思っているのが俺だけではないと信じたい。
「走った後にたばこ平気か?」
「え? うん。全然いける。何なら人生最高レベルで美味しいよ今」
えっそうなんだ。酸欠の時の方が美味しく感じるのか。今度試してみるか……?
いやしかし、コンビニの喫煙所でスーツ姿の男と地雷系ファッションの女が並んでヤニを補給している姿は、異様ではないだろうか。前だったらパパ活を疑ってしまうが、この世界だとどんな感じなのだろう。地雷系を男に当てはめるのが難し過ぎて想像できん。
流石にそれは聞けず一人考え込んでいると、七星が灰を落としながらこちらを見上げるように尋ねてきた。
「平野君はバイト帰り? 終わり?」
「終わり。今日は夏期講習あってな」
「へーそうなんだ」
あっやってしまった。思わず内心顔色なからしめた。
これこそが俺をぼっちたらしめる最大の理由だと思うんだよな……。幸中は友達じゃないので除外。
次の会話に繋ぐように話せないというか、そこで会話が途切れてしまうというか。これが気の置けない仲なら気にならないし次の会話も適当に振れるが、そうなる前の微妙な関係の時は、こうして途切れるとめっちゃ気まずいし後悔するんだよな。気の置けない仲の奴もそうなる前はこうであったはずなのだが、その時どうしてたかはもう覚えてない。
しばし無言の間があり、吐き出す煙がただいたずらに大気を汚していた。こういう時たばこがあると少し気まずさが薄れる。
くっ、いいやもう限界だっ、(会話)振るねっ!!
「な、七星はさ」
「う、うん。なに……?」
うわあ変に切ったせいでなんか余計ぎこちなくなってしまった気がする。なんか告白でもするんかみたいな雰囲気だ。向こうも心なしかもじもじしてるし……。
もういっそ告白でもするかと開き直りかけるが、それをするにはあまりにも好感度が足りないだろう。玉砕は目に見えている。この世界では既に栓無きことかもしれないが、俺とて男。告白経験くらいある。まあ当然全部フラれたが。
そんな経験豊富(笑)な俺からしてみれば、これは100%今すべきではない。折角掴んだチャンスなのだから、もっと大事にすべきである。だって七星かわいいし。胸は小さいけど。
と頭の中で理屈をこねくり回し、結果特に何かするでもなく思ってたことを口にするに留まった。
「何かの帰り? 駅から出てきたってことは」
「ぇ、ぁ、あー、そう! そうだよ! 友達と嵐山行ってた」
「嵐山かー。京都住んでるとなかなか行かないなー」
「まあそうだね。いつでも行けるしってなっちゃう。私も誘われなかったら行ってなかったし」
「ん? 帰りってことはその駅七星の最寄なのか」
「そうだよ? なんかあった?」
なんとか会話も平常運転に戻ったところで、ふと口に出てしまった言葉。特にどうという意味はないのでさらっと流したいところだ。この駅に関する薀蓄などない。
「いや後輩もこの辺住んでるからさ、近いのかなーって」
「へー後輩……」
うわなんか声低くなった。やっぱやめときゃよかった。……いや待て、新田はマジでただの後輩なんだから別に変に取り繕うことは無いじゃないか。普通にバイト先の後輩でと何事もなく流せばいいだけの話だ。
なんだか嫌な予感がするので、ここはさっさと済ませようと口を開きかけた時。
「あーやっぱいた! せんぱー……いと、誰?」
新田が来た。何で今来るかなあ……!
読み終えたね? さあ、もっと評価するんだ(承認欲求モンスター)
サブタイはバカとテストと召喚獣です。
こんなん分かるか!!