予期せぬ七星と新田の邂逅は、ぴしりと空気がゆがむような錯覚を覚えるものの、会話の口火はいたって普通に切られた。というか気まずくなる要素が無い。ここにいるのは偶然会った知り合いと駄弁っている俺がいるだけなのだ。新田にどうこう言われるあれも無いし。
「あー、すいません突然。私はせんぱいのバイト先の後輩の新田って言います。あ、今のはすいませんと吸いませんを掛けた激ウマギャグで」
いやお前喫煙者じゃん。バリバリヤニカスじゃん。どきついタール数のたばこ吸うじゃん。
猫を被る新田に、何言ってんのお前?という視線を向けるも秒で肘が飛んできて黙らせられた。くっ、なかなかいいもん持ってんじゃん……!
「そ、そうなんだ! はじめまして。私は七星希って言うの。平野君とは同じ学部で……友達?」
新田の非喫煙者という大噓に騙された七星が、慌ててたばこをもみ消しながらそう確認を取るかのようにこちらを窺ってきた。
確かに、俺たちの関係って何なんだと思う。まあ友達で間違いはないと思うが、なんかそう一括りにまとめてしまうと、友達なんでこの先何もないです!って言われてるみたいでちょっともやもやする。だからといって好きなのかと言えば、自分で自分を完全に肯定できない。
とはいえ、否定の意も浮かばないため首肯しておくにとどめる。ちなみに俺は全然火は消してない。だってもったいないし。
「そんで、お前はなんで来たの? バイトはどうした」
「いや普通に休憩時間だったんでヤニ補給しに来ただけですけど。どうせ先輩もいるだろうし」
「えっ吸わないんじゃ……」
「あ」
しまった、みたいな顔をして新田がこちらを向く。いや俺を見られても知らんわ。すぐばれる噓を吐くな。
俺が助け舟を出さないことを悟ってか、新田は七星の方に向き直る。
「い、いやーバレちゃいましたかー、新田ちゃんジョーク……なんて」
「うわきつ」
そして、きゃはっ、とでも言わんばかりに声音とポーズを取り繕った。それを見て思わず心の声が漏れた俺に、本日二度目の肘鉄が入る。いいもん持ってんじゃん……!
「あ、あはは……仲いいんだね」
「まあ、付き合い長いですからね!」
新田が何やらふんぞり返ってそう言うが、別に七星と大差があるわけではないだろ、と内心思った。言わないけどさ。
新田は一回生で、つまりは今年の春に入学してきた。バイトもそれからなのでまだ知り合って半年経ってないくらいだ。七星と知り合ったのが6,7月だったから、実はそんなに差はない。
まあ会う頻度は当然新田が多いけど。
「いやあんま変わらんだろ……。というかさ、お前この後も授業あんのに大丈夫か? 匂い付くぞ」
あれだけ喫煙者だというのをひた隠しにしてきただけに、ちょっと心配になる。今までも、俺がバイト終わりにここで吸ってる時すら我慢していたくらいだし。当たり前だが、ここにいるとバイト先の奴やら生徒やらに見られる可能性高いんだよな。それに匂いは非喫煙者からすれば結構感じるらしいし。
そんな心配を胸に聞いてみれば、新田は何ともあっけらかんに答えた。
「いやー大丈夫っしょ、全部せんぱいのせいにするし!」
「おい、俺のただでさえいいとは言えない塾内での評判をこれ以上貶めてくれるな」
モッピー知ってるよ。バイト終わりにここにいると同僚とか生徒が何とも言えない目で見てくること。こないだ塾長にも「平野君喫煙者なの」って京都人特有の遠回しな言い方で言われたしな。ちなみにこれを分かり易く言い換えると、「生徒に悪影響だからやめろや、親から苦情来たらどないすんねん」だ。怖い。
そんな俺が後輩でみんなの人気者新田ちゃんにたばこを吸わせたなんて噂が立ってみろ、もう居たたまれないどころの騒ぎじゃないぞ。居たたまれなすぎて辞めちゃうレベル。
「え、平野君バイト先で評判悪いの?」
「いやそんなことないですけどね? だってほら、せんぱいってちょっと近寄りがたい感あるじゃないですか。話してみると意外と気さくなんですけど」
「あーわかるわかる。私も最初めっちゃ緊張したし」
「七星さんはせんぱいとは何きっかけなんです? 同じ学部って言ってもあんまり個人と関わる機会ないじゃないですか、言語クラスとかですか?」
「違う違う。いやまあ友達は同じクラスだったらしくて相当協力してもらったけど違くて……。あー言っちゃっていいのかこれ……?」
「言っちゃいましょーよー!」
コミュ力が高いのか、この世界においても女性は会話好きなのか、早々に俺を置き去りにして話している二人。おかしくね? 三人いて一人ハブられるなんてことある? ましてや二人の共通の知人ポジだよ俺。
まあこういう時の身の振り方は心得ている。俺にとっては三人いたのにいつの間にか一人になっていることなんてあるあるだからな。こういう時は、すっとフェードアウトするのが正解だ。気付かれないように細心の注意を払ってその場から消える。そうすれば、他二人からの「え、まだいたの?」という視線を受けずに済むし、何より俺がこれ以上気まずくない。ウィンウィンなのだ。
そうと決まれば後は行動するのみ。俺は自然な流れでたばこをもみ消し、まなみ号の方へ体を向け――
いや待てよ。俺今日バイクで来てるじゃん。どうやっても音で気付かれちゃうだろこれ。どうすんだこれ。あー詰んだ。コンビニの中にエスケープするか……?
「えーっ!! ナンパしたんですか!? この人を!?」
「こ、声が大きいよ!」
うわうるさ。
何事だと視線をそちらに向ければ、殊更に驚いた様子の新田とわたわたとそれを制止しようとしている七星が目に入った。信じられないものを見たという視線を向ける新田と目が合う。
「せんぱいがナンパにホイホイついて行っちゃうような人だとは思いませんでした幻滅です今までの私の気持ちどうしてくれるんですか返してくださいあとこの後飲み行きませんか」
「貶したいのか誘いたいのかどっちだよ」
「あっ飲みに行くなら私も行きたいな……なんて」
そもそも俺はナンパにホイホイついて行った訳じゃないし。その証拠に七星とは今のところマジで何もない。何もなさ過ぎて普通に友達してるわけだし。
まあとはいえ、そんなイメージが付いてしまうのは俺にとってあまり良くないだろう。ブランドイメージに傷がついてしまう。大したブランドじゃないけど。
小声でぼそっと何か言った七星は一旦スルーして、俺は新田に開き直る。
「勘違いしてもらっちゃ困るが、俺はそんなに安い男じゃないぞ。俺が七星にホイホイついて行ったのはな、七星がかわいかったからだ」
「か、かわっ!?」
「結局ホイホイ行ってるじゃないですか」
「いや見ろこれ、多分異性から褒められなれてないせいであたふたしてんのかわいくないこれ」
「確かにかわいいですけど……」
なんか立ち去る雰囲気でもなくなったなあと、腕時計を見れば、新田が来てからそこそこ時間が経っていることに気付いた。
「それよりお前時間大丈夫か?」
「げ、うわーまじかもうこんな時間……。じゃ、私行きますね。フリーズしてる七星さんにもよろしくです」
結局何をするわけでもなくただ立ち話をして終わってしまった彼女の休憩時間。なんかちょっと申し訳ない気がして、踵を返して立ち去ろうとする新田に声を掛けた。
「じゃ、夜はその辺の烏貴族でいいよな?」
「え? ……いいんですか!?」
「まあなんだかんだお前と飲み行ったことなかったし。あ、もちろん奢りな」
「何でですか……今回だけですよ」
「あ、折角だし七星も連れていっていいか?」
「何でですか!?」
うがーと吠えながら、それでもちょっと弾んた足で新田が去っていった。
俺はそれに軽く手を振って見送ると、隣にいたフリーズド七星の方を向き、そのままの流れで眼前に手をかざす。反応はない。
「……駄目だこりゃ」