絶対曇らせてくる世界VS.俺   作:TE勢残党

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02 どうしようもない世界・下

 ――ゲームとしての「サバイバー」には、画期的なシステムがあった。

 

 いわゆる「放置ゲー」のレベリングシステムを、アレンジしてオープンワールドの世界に導入していたのである。

 

 レベル固定型であり、同じ場所にはいつも同じレベルのモンスターがいる本シリーズにおいて、クエストやストーリーで用意された導線を無視して僻地や極地を探検しようとすれば序盤から超高レベルの敵に相対することになる。

 

 そう言う時にプレイヤースキルで何とか出来るならいいが、そうでないプレイヤーのため、「フィールド上での探索に応じて経験値が入る」システムが実装されていた。

 

 クエストなどを真面目にこなしまくれば効率よくレベルアップすることは可能だが、それとは別でフィールド上での移動量、活動内容、(ゲーム内での)経過時間などを考慮して、フィールドに居さえすれば様々な形で自動的に経験値が入って来るように出来ているのである。

 

 これにより「珍しいキノコを追い求めて世界中旅しているうち、街に1度も入らないままレベルがカンストした」だとか、「遺跡荒らしを続けるうち自然とガードメカに勝てるようになっていた」などといった珍プレー好プレーが攻略に興味のない層からも続出することとなり、このシステムは高い人気を博した。

 

 これだけならただの良い話であるが、このシステムにはきちんとフレーバーテキストというか、整合性を取るための設定が存在している。

 

 この世界の人類は誰でも、「魔力」や「気」や「念オーラ」などと呼ばれるようなエネルギーを体内で生成できるという。

 

 しかし、これらのエネルギーは合成はできても貯めておくのは難しい。誰でも生きているだけで、基礎代謝のように一定量のエネルギーが体外へ放出されているのである。ほとんどの人間は自分の生成できる量より排出量が圧倒的に多い。そのためエネルギーは溜まらず、原則として一般人として生活することになる。

 

 そして、原則があれば例外もある。

 

 この世界において稀に産まれる、「生成エネルギー量が放出量より多い」存在。

 

 彼らは当然、常にエネルギー量ゼロ近辺を維持し続けるほかの人々とは異なって、普通に生きているだけで際限なくエネルギーが溜まり続け、ひいては強くなり続けるのである。この設定により、フィールド上で放置しているだけでレベリングになってしまう謎を解決していた。

 

 特に「渡り」に多くいるとされる「そういう者達」が、俗に強者やら勇者やらという名で呼ばれ、そして普通の人間では太刀打ちできない天敵たちに立ち向かうのである。

 

 ……おそらくは、今の俺も。

 

 

 

 ※

 

 

 

「はぁっ、はぁっ、はー……っ!」

 

 戻ってみると、ダリアがうずくまって震えている所だった。うつむいているから今は分からないが、「前」の時は目の焦点からして合っていなかった。きっと今回もそういう状態に違いない。

 

 「歯の根が合わない」という言葉通り、耳を澄ますとガチガチという音がする。綺麗なブロンドの長髪も、こうも振り乱して頭を掻きむしっていては幽霊的な迫力が勝ってしまう。正直に言って、怖かった。

 

 襲われるたびにこの調子だ。無理もない、彼女は俺と出会う前、さっきの生き物から妹を庇って……片目を含む、あちこちを抉り取られている。俺が焼いて無理矢理止血・消毒したせいで、あちこちやけど跡が残っている有り様。顔面の1/4ほどを覆っている包帯は俺のシャツの左袖だったもの。長袖でよかった。

 

 ダリアの頑張りのおかげで妹、リリは無傷だったが、すっかりトラウマになっているようだった。

 

 ……もうちょっと早く会えていれば、というのは禁句だろうか。

 

 彼女を何とか宥めたいが、返り血まみれの俺ではむしろ怖がらせるのがオチだろう。残念ながらリリに任せるほかない。

 

「やめて、来ないで……こ、な……うっ、お゛ぇえええっ!!」

 

「お姉ちゃん、しっかりして! もう大丈夫だから!!」

 

 リリが傍にひっついて、背中をさすってやっている。

 

 なら、俺ができることは……。

 

「……とりあえず、口すすがないとな。その後たき火だ、温かくしよう。川はあっちだったな……立てるか?」

 

「は、い……ご、ごめん、なさ」

 

「気にすんな。リリちゃん、肩貸してやってくれ。俺は見張りしながらついてくから」

 

 食い気味に答え、指示を飛ばした。優しそうな顔と声になるように努力してはいるが、実際にそうなっているかはわからない。

 

「は、はい……」

 

 リリが少し逡巡した様子を見せた後、こちらに向かってとてとて歩いて来る。少し体をかがめてやると、小声でおずおずと提案をしてきた。

 

「その、まだ休ませてあげてたほうが……」

 

「精神が弱ってる時に放っておいても、悪い方にしか考えられないからな。とりあえず何か"すること"を作って意識を逸らしたほうがいい」

 

 小声でリリを説得する。「とりあえず歩く」のは病んだ時の基本……素人考えだが、何もしないよりはマシだろう。

 

 リリは一応納得したらしく、小さくうなずいてダリアの下に戻っていった。

 

(……昔の俺がよく使った方法。出来れば、二度と役立てたくなかったな)

 

 既に日が陰りはじめていて、ただでさえ薄暗い森の中がなお暗くなっている。ただでさえ辺り一面木だの草だので視界が悪い。そろそろ、足元に木の根があるか確認するのにも苦労するようになってきた。

 

 人工の灯りがないというのは恐ろしいもので、日が沈んだら最後、月明かりも遮られるこの森では本当に何も見えなくなってしまう。一人の時は適当な棒に火をつけながらの強行軍も不可能ではなかったが、今は流石に日の出から日暮れまでしか活動できない。今日はここで野営だな。

 

 これまでなら自分の耐久性に任せてそのまま寝ていてもよかったが、今日からは交代制で寝ないと駄目か。眠い時ならどこだろうと寝られるのは俺の数少ない特技だが……寝すぎないように気を付けないと。

 

 とりあえず、薪に使えそうな枝は集めてきた。ダリアとリリが川にいる間に火起こしを済ませておこう。方法はいたって原始的、溝を彫った板に太めの木の枝をこすりつけて摩擦熱で着火させるアレだ。

 

 俺の身体能力が異常に高くなっているおかげで、1分とかからずに火がついてくれる。つくづく便利な体だ。このデタラメな強さがなかったら、さっさと天敵に食われていただろう。服装含め外見は首吊った時と変わってないのに、どこからこんな力が出てくるんだか。

 

「……よし、できた」

 

 付いた火種をそっと移して、火起こし完了だ。天敵蹴散らした時のスプラッタといい、二週間もやってれば大体の事には慣れるものだ。我ながら、妙なところに適応力を発揮するものである。

 

 そのまましばらく焚火を眺めていると、川の方――何かあったらすぐ駆けつけられるよう、茂み一つ挟んで10メートルかそこらしか離れてないが――からリリが戻って来た。

 

「あ、えっと」

 

 相変わらず遠慮がちなか細い声。

 

「終わったか? ダリアちゃんは?」

 

 俺も対応に困っているが、とりあえず自然体を装って話しかける。変にどもったりしてないよな?

 

「あっちで、寝てます」

 

 視線を動かすと、俺と焚火を挟んで反対側に、確かにダリアが寝ている。

 

 どうも彼女らは気配が薄いというか、目立たないよう行動するのがクセになっているようで……しばしば認識から外れてしまう。いざという時ちゃんと気づけるだろうか?

 

「んじゃあ次は俺だな。たき火の番頼んだ」

 

 ともかく、自分も水浴びして返り血やら何やらを落としておこう。そう考え、そそくさとその場を後にする。

 

「……どうして、こんなによくしてくださるんですか?」

 

 だが、すれ違いざまにそんなことを言われた。

 

 少し考えて、言葉を選びながら答える。

 

「どうしてと言われてもなぁ……俺としても、こっちに来たばかりで何が何だかサッパリ分かってないから。君達からここの情報が聞けるのが、俺からすると凄くありがたい」

 

 確かに、この世界のことは知っている。だがそれはゲームという形であって、どこまで適用できるかは完全に未知数。オープンワールドだったとは言え世界の縮尺からして違うだろうし、こうも深い森だと現在位置も正確には絞り込むことができない。

 

 というか、あの性格の悪い仕様の数々を考えれば寧ろ事前知識から外れていて欲しいくらいだった。

 

「だからその代金代わりにあいつらを追い払って、ついでに肉も分けてる。……どうせ三人がかりでも食べきれないほどあるんだし、その方がいいだろ」

 

 本心だ。彼女らから情報が得られなくなったら、またあてのない遭難生活に逆戻りしてしまう。……現にあの天敵の肉が食べられることも、彼女らが慣れた手つきで解体しだすまで知らなかった。いや、正確には知識として知ってはいたが、ゲームではバラした肉の状態でドロップしていたので対応の仕方が分からなかったのだ。

 

「そんな、それだけで……わたしたちは、どうやってお返ししたら……」

 

 リリは相変わらずおどおどしている。

 

「そこはほら、お互い様だろ。俺だって『たったこれだけでこの世界の情報くれるの!?』とか思ってるから」

 

「せかい?」

 

「ああいや、ここら辺な、ここら辺」

 

 ここで会話が続かなくなった俺は、ふと思っていたことを口に出した。

 

「……でもアレだ。二人は、これからどうするんだ?」

 

「ぇ」

 

 声にならない声。見ればリリの表情が固まり、瞳孔の小さくなった黒目だけが不規則に震えている。何をそんなに怖がってる?

 

「いつまでもこうしてる訳にもいかないだろ。ダリアちゃんのこともあるし、人里かどっか、もっと安全な所に行かないと」

 

 自分一人だった時はともかく、今は守る対象が二人もいる。こんな天敵だらけの所にいたら気が休まらない。天敵の出ない土地か、最悪でももっと天敵が弱い土地に移動すべきだろう。

 

 原作において、天敵が出ない……つまりモンスターの湧かない地域は「安全地帯」と呼ばれていた。植生や縄張りなどの関係で、または人間が天敵を狩り尽くすことで出来た「安全地帯」にのみ、この世界の人間は都市を築いて生活している。それ以外の場所には、小規模な村や集落、遺跡などが点在するのみだ。

 

 今いるここはそんな安全地帯の外側。街に戻らずずーっとフィールドをうろちょろしている状態なのだ。

 

 できれば大陸南部の"ヴァーミリオン平原"……最低でも北端の"北ロカ地方"の集落を目指したいが、ここからどうやって向かったものか……

 

「……安全って、なんですか」

 

 そうやって考えを巡らせていると、リリが疑問をぶつけて来る。これまでになく静かで、けれどこれ以上なく切迫した声色だった。

 

「なんって……とりあえず、天敵がいない所だよ。二人だって……元々はもっと大人数だった訳だから、この辺にも何処かしらあるんだろ、そういうのが」

 

 でなければ……こう言っちゃなんだが、人類はとっくに絶滅しているはずだ。

 

「そういう所に行ければ、無理に一緒に行動する必要も」

 

 右腕を掴まれた。

 

「わたしは、今が一番安全だと思ってるよ?」

 

 俺の台詞を遮って、リリが意を決したように口を開いた。

 

 敬語が外れた、怒らせた……? いや、それよりも。

 

「今のこれが、安全……?」

 

 2日に1度は天敵に襲われるような状況が?

 

 ことここに至って初めて、俺は何か嫌な感覚に襲われる。

 

 周りが当然のように把握していることを自分だけが違うように覚えていたのが分かった時のような、話をかなり進めた後で前提部分が間違っていることを察した時のような。

 

「うん、生まれてから、今までで一番安全。だって勇者さまが、守ってくださるから。……初めて見たの。天敵を、あんな風にやっつけちゃう人」

 

 元々死んだ魚のようだったリリの目が、さらに濁って見えた気がした。

 

 口調自体は淡々としている。声を荒らげているわけでもない。

 

 ただ、話す内容にあまりにも実感がこもっているだけだ。

 

「わたしたちは、追い出されたの」

 

「…………村か、どこかから?」

 

 完全に気おされている。何とか絞り出せたのは、相槌一つだけだった。

 

「"群れ"だよ。"村"なんてそんなの、勇者様がいなきゃ作れっこないよ。それか……おとぎ話に出てくる『楽園』なら、作れるかもね」

 

 自嘲気味に吐き捨てるリリ。

 

 ここで、俺は悟った。

 

 ゲーム中でなら、ファストトラベルを使わなかったとしても現実時間で10分あれば世界中大体の場所へはたどり着けた。だがそれは、ゲーム的な都合で編集された世界地図上でのことだ。この世界で生きている一般人にとって、その道のりは何キロになる? 交通手段なんて、こんな辺境には何もないのに?

 

 強者に分類される今の俺が、ずっと歩き通しでも抜けられる気配のない大森林。

 

 そこで産まれ、育った人間は。果たして都市の存在を知れるのか?

 

 ここより進んだ場所がある……いや、他にも人間の集まりがあるという、概念自体を持てるのか?

 

「ずっとずっと逃げてた。段々、たくさん天敵が出るようになって、ちょっとずつ人が減って」

 

 その答えが、眼前で語るリリの"故郷"なのだろう。

 

 文明どころじゃない。彼らは、「定住」と「農耕」すらも天敵に奪われている。

 

「でも」

 

 それまでと打って変わった強い口調を使うや否や、リリの口元が裂けるように歪む。多分……笑っている、んだと思う。

 

勇者(あなた)さまが、助けてくれた」

 

 縋りつくような、不安そうな……だが間違いなく嬉しそうな、恍惚とした顔でそんなことを言う。俺はと言えば、気圧されて言葉も出ないままだ。

 

「もう死なない、もう天敵に追いかけられなくていい。もう、みんなが食べられない」

 

「もう、あの頃に戻らなくてもいい。勇者さまがいてくれれば」

 

 余りにも悲痛で、必死で、恐ろしい目だった。本気が痛いほど伝わってくる。気恥ずかしいから「勇者」呼ばわりは止めろ……などと、とても言える雰囲気ではなかった。

 

「だからわたし、なんでも、するよ?」

 

 今度は笑顔だ。だがさっきのトリップしているようなのとは違う。震えながら、ひきつった、媚びたような笑みをこちらに向けてきた。

 

「お手伝いでも、お■■■でも、殴り相手でも、なんでも」

 

 ――俺は自分のことを血も涙もないヤツだと思っていたが、思い上がりだった。今多分、全身に鳥肌が立っている。

 

 13歳が言っていい台詞じゃない。この一日で何度も下方修正してきたけれど。俺の認識はそれでもまだ、甘かったのかもしれない。

 

「だから、すてないで?」

 

 

 

 ここは、どうしようもない世界だ。

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