フェンリルに勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない   作:ノシ棒

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「勘違い」タグを「勘違いもあるよ」タグに変えたほうがいいんじゃないかと思案中。
勘違いものって尋常でなく難しい……!
勘違いが勘違いであるために投稿を続けておられる作者様方、本当に尊敬します。


ごっどいーたー:10噛 For2

アラガミの襲撃から三日。

今日もまた、朝が来た。いつもと変わらぬ朝が。

どこからか工業油の臭いに混じって、朝餉を作る匂いが漂ってくる。

ネモス・ディアナは活気を取り戻し、人々は束の間の平和の中に安堵の笑みを浮かべ、懸命に生きていた。

喪失と再生。アラガミが発生して以来、地球上で幾度となく繰り返されてきた光景だ。

幾度壊されようとも、喰われようとも。人の営みは変わらない。

それもまた、ある種の戦いであるとも言える。

ゴッドイーターは、そんな“戦う者達”を守るために創り出された存在だ。

戦い、守り、そして喰われていく……例え誰にも感謝されずとも。愛してくれと言うことはない。

ここにも一人ゴッドイーターがいた。

それは、戦いが終わり、そして戦う力を失ったゴッドイーターだった。

彼は折れた腕を包帯で括り、片腕を土塗れにして土を掘り続けている。

一心不乱と言うに相応しい有様で、作業に没頭していた。

 

「リョウ……君。その……」

 

無心に土を掘るリョウタロウに、ユノは何と声をかけたらいいのか、解らずにいた。

後ろには、同じように声をかけられず、口を尖らせて手持ち無沙汰ですといった風なサツキが。

 

――――――あの子達に、“ワクチン”を打ってきた。

 

「“ワクチン”って……それちょっと、リョウタロウさん、あなたまさか」

 

――――――“ワクチン”さ。

 

サツキの指摘に一言だけ返したリョウタロウに、ユノは言葉を飲み込んだ。

ユノは知っている。

アラガミや“流行り病”にやられ、もうどうしようもない者へと“ワクチン”を打ち、“楽にしてやる”のだということを。

リョウタロウがナチ総統……父へと今回のアラガミ襲撃の報告に出向いた折に、何かの話しをし、そして自らがワクチンを打つと申し出たことを。

この三日間、彼はどんな思いをしたのだろうか。

それを考えるだけで、ユノは胸が張り裂けるような気持ちになる。

仲間達の死の報告を受け、命を救った子供たちは感染の危険性から医師に手術を断念され、そして自らの手で……。

その決断の、選択の苦しみはいかほどのものか。

 

闇だ。

闇が彼方まで広がっている。

 

葦原ユノという少女は、世界を知らずにいた。

病的な気質のある父に、幼少期から世間と隔離されて生きてきたユノにとって、外界にはもっと希望があるものだとばかり思っていた。

ユノとて人類の危機的状況は弁えている。壁の向こうは夢で溢れているなどと、そんな楽観的な思いは抱いていない。

だが、これほどか。

これほどまで救いがないものなのか。世界には。

ユノという世界知らずの少女は、リョウタロウという男を通して世界を見た。

そして世界の厳しさ、冷たさ、恐ろしさを知った。知ってしまったのだ。

曇り空は依然として晴れ渡ることはない。

だが、太陽が覗いたその瞬間が最も危ないのだと、先日の天気雨から皆理解している。

分厚い雲の中に、赤が混じっていたら。そう考えると、恐ろしくて外には出られない。

暗がりの中、無力な少女はただ震えるしか出来なかった。

 

――――――あいつらに言ったんだ。

 

震える己の両肩を抱くユノに背を向けたまま、リョウタロウは言った。

土を掘り続けながら、額に滲んだ汗を拭って。

 

――――――すぐによくなる。明日には元気になるから、また木を植えよう。あの時の続きをしようって。

 

背筋を伸ばして腰を叩くリョウタロウ。

ユノは下唇を噛んだ。

血の味を舌先に感じた。

 

「ハッ……それで、あの子たちに明日なんかこなかったわけですが」

 

――――――うん。

 

「あなたが遅れたせいでね。そこんとこわかってるんですか?」

 

――――――うん。わかってる。

 

「じゃあなんでそうやって暢気に木なんて植えてるんですか、あなたは。そんな風に……」

 

サツキはリョウタロウの肩に手を置いて、なおも作業を続けようとしたリョウタロウを振り向かせて言う。

 

「なんて顔で、笑ってるんですか……」

 

リョウタロウはいつも優しい笑みを浮かべていた。

その笑みにどれだけユノは勇気を貰っただろう。

いつかきっと、世界に羽ばたいてみたいと思える程に。

だからユノは思ったのだ。この途切れそうな笑みを浮かべている人物は、本当にリョウタロウなのかと。

笑みとはもっと、暖かく、そして穏やかなものであると思っていた。

それしか知らないことが、ユノが物を知らないことの所以であるのだろうか。

リョウタロウの笑みは、切なく、苦しく、ユノの胸を締め上げた。

 

――――――強い子たちだったよ。みんな知ってた。意識が戻って、俺を見て、ワクチンのことも解ってた。でも笑ったんだ。ありがとうって。ここに来て初めてだったよ。ありがとうって言われたのは。

 

「……引退しなさい。あなたはもう、ゴッドイーターを続けてはいけない」

 

人を茶化す癖のあるサツキが、何時になく真剣な顔付きで諭すようにして言った。

辞めることはないと、リョウタロウは小さく首を振って答えた。

 

――――――迷って、苦しんで、泣いて……世界のあんまりもの厳しさに折れそうになった時は、ある言葉を思い出すんだ。俺の恩人が、くれた言葉を。

 

サツキさんの言った通りだった。そう言って、リョウタロウは再び作業へと戻る。

 

――――――それが俺の答えだよ。答えはもう、出ていたんだ。

 

「それは、何……? お願い、教えて」

 

ユノの問いかけは、好奇心に駆られたからでも、リョウタロウを思いやってのものでもない。

それは切実な、世界の寒さに震える少女の、恐怖心から来るものであった。

リョウタロウは、雲の隙間から射し込む輝きを、眼を細めて仰ぎながら言った。

雲が晴れていく。

 

――――――『たとえ明日世界が終わるとしても、私はリンゴの木を植える』――――――。

 

その瞬間、ユノの胸に到来した感情を、魂の震えを何と言い表せばいいだろうか。

世界が一瞬でクリアに、色鮮やかに彩られていく。

 

闇の彼方から、遠く小鳥の歌が響く。

狂える心の嵐が止んだ。

心に、魂に、穏やかな風が舞い込んだ。

それは歌となってユノに届く。

 

光りだ。

光りが雲の隙間から、リョウタロウを、世界を照らしている。

輝きに向かうリョウタロウの眼。

悲しみを見詰めたその瞳は、優しさを湛えていて。

 

「ああ――――――」

 

明日世界が終わるのだとしたら、今日、リンゴの木を植えたところで意味など無い。

実が結ぶことを知ることもなく、世界が終わってしまうのだ。

それは無駄な行いであると断じることができる。

言えるだろうか。同じことが。

リンゴの木も、それを植えた人も、実りを待つ人々も、そして世界そのものも全てが無になって消えてしまうとしても。

それでも、私は今日、リンゴの木を植えるのだと。

 

「ああ、ああ――――――」

 

それは無駄な努力かもしれない。

それでも。

全てが無駄になるとわかっていても、最後まで静かにやり遂げる。

それが人の営みで。

そして世界へと立ち向かう、勇気なのだ。

 

ユノは今、断言できる。

心に勇気が灯った、今ならば。

その火はリョウタロウが灯したものだ。

心が、魂が理解した。

勇気の断片(かけら)さえあれば、未来は私たちを見捨てることはないと。

リョウタロウはそれを、初めから知っていたのだ。

絶望を拭った瞳に、慈しみを宿して。

 

ユノは微笑みを浮かべようとして、しかし失敗した。

想いが両の眼から零れ出していく。

今まさに、ユノもまた、答えを得たのだ。

 

「ああ、ああ、あああ……ッ!」

 

天を仰ぐリョウタロウの背を、ユノは掻き抱く。

心の赴くままに、ユノは胸を、喉を振るわせた。

最も古い歌とは、感情の迸りである。心を抑えきれぬ女の涙と、叫びであるという。

原初の歌(アリア)が響く。

リョウタロウは天を仰ぎ、サツキは眼鏡を外して目元を拭った。

ユノの声に隠れるように、ここにも始まりの歌があった。

 

ああ、世界中に届けたい。

ユノは心からそう思った。

どうか耳を澄まし、聞いて欲しいと。

 

たとえ明日がこなくても。

この世界が闇に包まれているのだとしても。

闇の彼方から声が聞こえるはずだ。

ユノには聞こえていた。

リョウタロウの背から聞こえる心臓の音。

とくとくと、静かに脈打つその音は、眼を閉じた暗闇の中にあるユノにとって、一筋の光りのように感じる。

 

それはリョウタロウの心の声が聞こえるかのようだった。

ああ、光りの声が呼んでいる。

失くした日々の向こう側から。

夜明けの声が呼んでいる。

あの新しい風のほとりで。

 

ユノは理解した。わかったのだ。

明日を照らすものは太陽じゃない。

心に在る一筋の希望……光なのだ。

その光を信じて、ただ歩き出せばいい。

 

空が晴れていく。

世界が光りに満ちていく。

 

ユノは新たな夜明けを見た。

サツキは闇に立ち向かう男の強さを知った。

光りは全ての上に訪れ、昨日の涙を空に還すのだと。

 

いつもと変わらぬ日々を守るために。

どれだけの失敗を重ねようとも。悔しさに打ちひしがれようとも。守ったはずの人々に疎まれようとも。

たとえ来る未来に終末捕喰が待ち受けていようとも。明日が終わりを迎えようとも。

ユノは一つの答えを得た。確信を得た。

きっとリョウタロウは、リンゴの木を植え続けていくのだということを。

 

『光のアリア』が、ネモス・ディアナを優しく包み込む。

リョウタロウの背に、この世で最も清らかな雨が降り続けていた。

 

 

 

 

□ ■ □

 

 

 

 

よう、という気安い呼び止めに、リョウタロウは思わず足を止めた。

極東支部職員用に設けられた出入ゲートの脇に、片腕をローブで隠した初老の男がもたれ掛かるようにして立っている。

白髪が混じった髪に、深い皺と無精髭が蓄えられた漢臭い顔を忘れることは出来ない。

かつてリョウタロウが憧れた、今も記憶の中に眩く存在し続ける漢。

始まりのゴッドイーター。

 

――――――ゲンさん。どうしてここに?

 

「ひよっこ共の教導の一貫でな。お前さんの戦闘データのおかげで、感応種対応マニュアルが出来上がったもんだから、ちょいと揉んでやりにきたぜ」

 

――――――そう、ですか。でも俺、ほとんど何も出来ませんでしたよ。感応種は普通のゴッドイーターじゃ歯が立たない。

 

「まあマニュアルっつってもあれだ、囮になっておびき寄せて、スタングレネード炊いて尻尾巻いて逃げろってだけだがな」

 

――――――打つ手なし、ですか。

 

「腐るなよ。囮もゴッドイーターにしか出来ない仕事さ」

 

リョウタロウは、何かを言わんとして口を何度か開いて閉じてを繰り返し、しかし決意したように一度だけ強く唇を結んでから言った。

 

――――――教導で来られたのなら、感応種襲来のデータ読まれましたよね?

 

「おう、報告書はみたさ。まあな、惨いもんだ……手足を縛って戦えって言ってるようなものだ、あれは」

 

――――――俺、思ったんです。アラガミ被害は増加の一方を辿っているのは、世界中で悲劇的な事例が絶えないのは……その、あんまりにも、出来すぎてるって。

 

「気付いたか」

 

深い溜息と共に、ゲンは無精髭をざらりと撫でた。

背筋に氷を突き込まれたような感覚。

リョウタロウの肌が悪寒に粟立った。

 

「相手が獣同然なら、人類はここまで追い詰められちゃいない。罠を仕掛けて、追い払えばそれで済む話だ……だが、そうはならない。奴等はいつも、人類の想像の上を行く。

 それはなぜか解るか? なあ……お前、アラガミの目を真っ直ぐ前から見詰めたことは、あるか? そこに映された自分の顔を見て、何か感じたことは?」

 

――――――そんな、まさか、でもそれは。

 

馬鹿な。

そうは思っても、しかしありえない、とリョウタロウは完全に否定することは出来ずにいた。

 

――――――アラガミが、知性を持って……戦術行動を執っているなんて。

 

「仮定の一つとしか言えんがな。だがお前は知っているはずだ。禁忌種に近付けば近付くほど、アラガミは人の似姿となっていく。

 知能だって、獣のそれとはかけ離れているはずだ。人間により近いものへ……いずれは、心を搭載したアラガミだって出てくるかもしれん」

 

ゲンの指摘に、リョウタロウは一瞬はっと息を飲む。

心を持ったアラガミ……月の輝きを見上げる度に思い出すのは、彼女のことだ。

月が緑化した原因そのものとなった、心あるアラガミの少女。

その名を、『シオ』という、真っ白な女の子のことを。

 

そう、女の子、だ。

リョウタロウは、彼女と関わった全てのものは、彼女をヒトであると認識していた。

アラガミであって、人の境界を踏み越えた存在。

神機ですら意思を持つというのに、アラガミが知能を持てない道理があるだろうか。

 

ゴッドイーターとなり任務を繰り返す内に、おかしい、という疑問が湧き上がる瞬間が何度もあった。

戦闘中にレーダーの網を掻い潜るかのようにして、急に戦闘域へと乱入してくる中型種。

データにないアラガミの強襲。

本来生息域の重ならないはずのアラガミの共闘。

相反する属性を持つアラガミの共存。

こちらが嫌がるような行動を……作戦の裏側を掻く、想定外の行動をアラガミが執ったことを、リョウタロウは幾度となく経験している。

 

アラガミは進化する存在であれば、進化途上の道筋を模索する行動なのだ。そう榊が説明したことを覚えている。

科学者の視点からすれば、その通りであるだろう。科学的な分析からすれば。

だが。

もしそれが、アラガミの知性による行動であるとしたら。

こちらの“嫌がる行動”……すなわち、“戦術行動”を執らんとした結果なのだとしたら。

 

模索しているのは、“人類の攻略法”であるのだとしたら。

ゴッドイーター殺しとも言うべき感応種の能力は、つまりは。

 

「どうにも、出来すぎた悲劇ってえのが在り過ぎる。ゴッドイーターは常に選択を迫られるものだが、それにしたって、家族と仲間のどちらを取るかなんていう嫌らしい天秤ばかりじゃねえか」

 

リョウタロウの目の前にも、その天秤は何度も現れた。

慕ってくれた教え子か、懐いてくれた少女か。

冷たい数多くの住民達か、温かな少数の子供たちか。

まるで、どちらを生贄にするのか、と問いかけてくるように。

アラガミの全ての行動は、その天秤を作り出すためにあるようにしか思えない。

 

ならばきっと、アラガミには悪意のOSが搭載されているに違いない。

“苦しめる”ということが、人類を衰退させるに最も効率がよいのだと。

邪悪な知性を感じる。

もっと巨大な……“地球規模”の何かの意思が、アラガミを通じて人類を滅ぼさんとしているかのようだ。

“悲劇という手段を使って”。

 

「まるで“神”のような存在がいて、世界を終わらせよう終わらせようとしているみてえだ……そのために邪魔な人間の、“意志の力”を削ごうとしている。そんな風に感じるぜ。

 こりゃ俺の考えすぎかね? それとも、考えが足りないのか? ぞっとしねえよな……」

 

――――――地球が、人を滅ぼそうとしてるっていうんですか? アラガミを使って……悲劇を起こせば、人を最も効率良く減らせるから……。

 

「赤い雨もそうだ。ありゃもしかすると、地球が人を減らすために降らしてるのかもしれん。ま、勘だがな」

 

百田ゲンという初老の男は、物事の本質を見抜く力に優れている。

それは経験が為せる術であるのかもしれない。本人の言う通り、ただの当てずっぽうの勘であるかもしれない。

だが、ゲンという男が口にすれば、ただの勘という言葉が持つ重みは、まるで異なるものとなる。

リョウタロウの両肩に、ずしりと重力が……地球の意思が圧し掛かったような気がした。

 

「で、だ。お前はどうするよ」

 

――――――俺は。

 

「もしこれが星の意思なのだとしたら……人に死すべしと地球が言っているんだとしたら、お前はどうするんだ?」

 

――――――俺は、負けたくない。負けたくないです。

 

「それでいい」

 

男臭く笑うゲンは、それ以上を語ることはなかった。

男の決意を問うことに、多くの言葉は不要である。

 

「そういや、赤い雨に関しても色々わかったようだぜ。偏食因子が関係しているのか、赤い雨への抵抗力がゴッドイーターにはあるらしい。

 皮膚からの二次感染がしにくいだとか、発症してから死ぬまでの期間が長いってだけだが、それがわかっただけでも大きな進歩だ。

 榊博士の言うことにゃ、これもお前のデータからわかったことらしい。正式にこの病は『黒蛛病(こくしゅびょう)』と名付けられたんだと」

 

――――――黒い、蜘蛛みたいな痣が浮かび上がるからですね。

 

安直ではあるが、理解しやすい名前だ。

黒い蜘蛛は不吉の現れである。

死を運ぶ黒い蜘蛛……恐れは危機感につながり、赤い雨への民間対応はより一層進展することだろう。

雨が降りそうになったらすぐに家に帰る、これだけでも大きな違いだ。

 

「それで、お前さんこのまま帰っちまうのか? 誰にも、何も言わずによ」

 

ゲンの不意の言葉に、リョウタロウは一瞬返す言葉を失った。

それは図星を突かれたからではない。

全て解っているという様に、ゲンが苦笑を浮かべていたからだった。

 

「ゴッドイーターがたった一人で、逃げるように街を出て行くのはな……女が理由か、それとも“膝小僧を擦り剥いたか”のどっちかだって相場が決まってる。

 そうやって転んで立ち上がって……かさぶたをこさえてくのがゴッドイーターってやつだ。つれえなあ」

 

だが、とゲンは不思議な感情を浮かべた眼で、リョウタロウを見る。

その灰色の目に浮かんでいるのは、なんだろう。

まるでリョウタロウが、ゴッドイーターが守るべき対象を見るかのような。

 

「負けたくない、か。その意気だ。地球によ、“かかって来い”と言ってやれ」

 

――――――はい。もう少しだけ、頑張ってみます。

 

「ああ、お前なら出来るさ。お前ならな……。それじゃあよ、最後まで格好付けていきな。また、極東でな」

 

手刀を切るゲンに頭を下げて、リョウタロウはゲートを潜る。

このまま外部のピックアップポイントまで徒歩だ。

神機を失ってしまった今後に不安はある。

だが、やれることは沢山あるはずだ。

さしあたっては、ここに来る前に急遽隊長職を押し付けてしまったコウタのサポートか。

メールで今朝、正式に隊長権限が移譲されたと報せがきた。正式な書類は今夜にでも送られてくるだろう。

これで名実共に、ヒラに戻ったことになる。

神機を破損させることは、ゴッドイーターとしては眼も当てられない程の失態だ。

大ポカをやらかした人員を、また取り上げることもないだろう。

ゲンやツバキのように、後進を育てる、新たな道を歩むのもいいだろう。

政治機構や物資運搬、兵站を学びたいと言っていたアリサの個人教師をしてやるのもいい。

まだまだ、戦いは終わりそうにない。

たとえ神機が無くなったとしても。

それでも自分は、ゴッドイーターなのだから。

 

「しかし、本当に何が起きるかわからんもんだな」

 

立ち去るリョウタロウの背に、独り言としては大きすぎるゲンの呟きがぶつけられた。

振り向くなという意図を読み取り、リョウタロウは背を向けたまま、首を傾げる。

 

「あの時助けた子供が、今じゃ極東にこの人ありと謳われるゴッドイーターになっちまうなんてよ」

 

――――――ゲン、さん。俺のこと、気付いて……。

 

「よくやったな、“坊主”。お前は立派だよ。良いゴッドイーターになった。本当にな」

 

リョウタロウは一瞬だけぽかんと唖然とした表情となった。

視線が左右に、誤魔化すように揺れた。自分に相応しくない宝石を渡されたような、価値あるものをどう扱ったらよいのか解らない。そんな様子だった。

そしてリョウタロウは、震える手を眼に当てた。

顔を拭うようにして、ネモス・ディアナを去っていく。

誰もその顔を見る者はいなかった。

 

リョウタロウはたくさんのものを失った。

失い続けて、それでも戦うのだろう。

これから先も失い続け、戦い続けていくのだろう。

ほんの少しの報いを支えにして。

 

「男の涙は見ないフリをするもんだぜ。さ、お嬢ちゃん、家に帰りな」

 

「……気付いてたんですね」

 

「まあな。だから俺が出て行ってやったんだがな。あの坊主はやたらと鋭いからな」

 

「リョウ君は黙って出て行ってしまうんだって、わかってました。羨ましいです。私は、何も言えなくて……」

 

「追いかけな」

 

「えっ……?」

 

「今じゃなくてもいい。お前さんのやり方でな。あいつはゴッドイーターだからよ、戦う以外の生き方はもうできねえ。

 だから、何か伝えたいことがあるなら、追いかけていかなきゃいけねえ。戦いの場にな」

 

「戦いの、場……」

 

「確か、お前さん歌が得意なんだって? じゃあそいつを武器に、世界に繰り出してみるといい。戦いにいくんだ。行きな、お前さんの戦いへ。戦え。そうすればきっと、どこかで会えるだろうさ」

 

「私は……私も、戦えるでしょうか。リョウ君みたいに」

 

「それを決めるのは、お前さん次第だ。一つ良い言葉を教えてやる。夜が怖ければ歩かねばならない……一歩、歩けば一歩分、朝が近くなるのだから。ってな」

 

「それは……ええ、素敵な言葉ですね。そっか。うん。ただ、歩きだせばいいんだ」

 

「若い内は何でもやってみるもんさ」

 

「まだまだ現役に見えますよ?」

 

「世辞なんぞ言うんじゃねえやい。まったく、俺も焼きが回ったもんだな……若いもんの色恋の世話までするたぁな」

 

「色恋なんて! その、そんなこと、その……」

 

「好いた男と同じ世界を見れるのが、きっといい女ってやつなのさ。世界を見りゃあ、きっと素直に頷けるようになるさ」

 

「はい……はい! 私も、踏み出そうと思います。リョウ君みたいに、諦めずに……だからきっと、また! リョウ君に会うために!」

 

 

 

 

□ ■ □

 

 

 

 

しかし、こう、ハグしてもらったときの背中の感触。

えがったのう……えがったのう!

発展性を残した素晴らしいおっぱいだった!

ありがとう極東。ありがとうネモス・ディアナ!

しんどいことも一杯あったけど、まあそれは他の所でも同じことがあったわけで。

アフターケア最高。あの柔らかさだけで全てが救われた気がします。

うおおお、み、な、ぎ、っ、て、き、たぁぁあああああ!

 

こいよ地球! かかってこいやぁ!

地球まじでイージー。

あいつ自然災害しか攻撃手段ないから、俺の格闘戦にもつれ込めば楽勝。超余裕。

溶けた氷の中に恐竜がいても球乗り仕込み。

ぱっかーん! 地球割っちゃう!

リョウタロウ勝利宣言。

とっても簡単!

 

「でさー、エリナとエミールがさあ……ねえリョウ、聞いてんの?」

 

はいはい、コウタ。

聞いてる聞いてる。

上田妹と上田2号が仲悪いんだっけ。

俺ほとんど面識ないんだけど……ていうか2号はともかく、極東の新人達に普通に俺、避けられてるみたいだし。

なんかソーマから聞くところによると、俺の名前が出てくると特に上田妹が拒絶反応出ちゃうとかなんとか、それほんとなの?

今の第一部隊ってどうなってるの?

 

「なんだよそれ! ちょっと離れてたらもう他人事かよ! 俺、リョウが隊長やれっていうから、色々頑張ろうって思ってたのに。リョウが隊長だったから、俺……俺……!」

 

コウタ……。

 

「どうして欧州から帰って来たと思ったらいきなり俺に隊長やれなんて言って、そしたらまた欧州に行っちゃって、そんでいつの間にかまた帰ってきて……えっ、マジでリョウのスケジュールどうなってるの?」 

 

いきなり素にならないでくれませんかね?

いや、ほんと俺もどうなってんのかと榊さんを問い詰めたい。小一時間ほど問い詰めたい。

でも命令されたら従うしかないのが下っ端の悲しいところですよね……。

 

「この報告書おかしくね? 一人で一個師団並みの戦果とか、ん? は? え? えっ、これおかしくね?」

 

はっはっは、お前も隊長になった自覚があるようだな。

あれだけ書類見ることも触ることも嫌がってたコウタ君が、ほんともう見違えるようになっちゃって。

隊長権限とかで見たくもない陰謀書類とかばんばん回ってきちゃってもう大変だぞ!

 

「いや、ネモス・ディアナにうちの新人たち研修に行かせるんだから、先任の活動くらい確認するって……ええと、向こうでリョウは、朝起きて飯食ってトレーニングして出撃して出撃して出撃して、そんで帰ってきて飯食って寝る前に出撃して寝てた? ネモス・ディアナでも以下略? ん、んん?」

 

何かおかしな点でも?

あるよね? おかしな点、あるよね?

ほら、聞いていいよ。聞けよ。

働きすぎじゃね? って言えよ。

言ってくれよう……聞いてくれないと泣くぞう……。

恥も外聞もない泣き方するぞう……絶対めんどくさいぞう……。

全部神機様がやれっていったからぁ……。

うおおん神機様ぁ……。

 

「まあ、リョウだしなあ」

 

スルーするのやめてくれません!?

その、俺だしな、みたいなセリフ、常套句になってんじゃん!

やめて! お願い!

 

「その、神機のこと、残念だったな。でも俺さ、あんまり心配してないんだ。たぶんリョウはまた、ゴッドイーターを続けることになるよ。ゴッドイーターじゃないリョウなんて、想像つかないもん」

 

それは喜んでいいんですかね?

ゴッドイーターやるぜーって言ったけどさあ。

天職じゃないと思うのは変わらずなんだよね。

あんまり向いてないんだろうなあ俺。

 

神機様もいなくなっちゃったし、これからは自分で全部やってかないと。

そうじゃなきゃ、神機様だって安心してさ……。

 

「それより聞いてくれよ。俺、隊長としてやっていけるのかなあ。リョウが戻ってくるまで、極東を守るんだって、そう思って頑張ってきたけど……なんか自信失くしちゃうな。リョウみたいにうまく皆をまとめられないや」

 

まとめてた覚えはないけどね。

ソーマとかアリサの顔色うかがってた覚えはありますけどね。

あいつら扱い難しすぎだもの。

だからコウタ君、君に魔法の言葉を教えてあげよう。

 

「魔法の言葉?」

 

初期アリサよりマシ! ソーマよりマシ!

 

「た、確かに」

 

納得してくれたようだね。

部隊員達の中が悪くてどうしようもないってなった時、ぜひこの言葉を思い出してくれたまえ。

それがお前の支えとなって、未来へ進む標となるだろう。

 

「でもほんと、あの頃のこと思い出すとリョウは苦労してたよなあ。俺さ、やっぱりリョウに隊長でいてもらいたかったなあ」

 

やめてください。

せっかく押し付けげふんげふん!

楽になっげふんげふん!

もう勘弁してほしげふんげふん!

 

海外に引っ張られていくようになっちゃったから、極東を守る人間が必要だった。

相応しいって思ったから、アリサでもソーマでもなく、コウタ。

お前を指名したんだ。

いや決してあの二人に隊長やらせるのは流石にないわーと思ったからでもコウタなら頭悪いしメンタルも強いし適当にそれっぽい理屈言えば断らんだろと思ったからでもないぞ!

 

でも最初の内が大変だっていうのは、その通りだな。

コウタも色々やらされて駆けずり回ってるんだろ?

特務はほんと、大変だよなあ。

隊長下りても特務漬けとか、なんなんだよほんと。

リンドウさんとかレンに「パパは外にすんでて、お家に遊びにくるの?」って言われてガチへこみしてたし。

 

「んん? 特務……? ん、んん?」

 

ん、んん?

え、ちょっと、何その反応。

まさか。

 

「いや、第一部隊の隊長が特務やらされるとか、ソーマと前支部長じゃあるまいし、そんなの都市伝説っしょ。ないない、ありえないって」

 

はぁぁああ?

はぁぁああ!?

何それ、何この感情?

何で隊長なのに特務がないの?

納得いかないし!

これ納得いかないし!

ちょっと待って、それなんで俺だけやらされたの?

納得いくわけないし!

シックザール支部長との一件はしょうがないにしても、榊さんからの特務は山ほどあるでしょ!?

 

「あーそいえばリョウ、隊長になってから極東支部にいた時は、なんかいっつも単独任務してたよなあ。なんだっけ、本部職員さんの接待とか、視察で接待戦闘?みたいなのやらされてたんでしょ? 

 現場への負担が大きすぎるって今はそんなのなくなったから、俺は部隊のことだけ考えてたらいいから、リョウよりは楽させてもらってるよ」

 

なにそのバックストーリー。

聞きたくなかったし。

いやぶっちゃけるとね、俺と同じ苦しみを味わうがいいと思ってだね。

あぁぁ……これへこむわぁぁ……これすんごいへっこむわぁぁ……。

コウタ、お前にはがっかりしたよ……がっかりコウタだよ……。

 

「そんでさあ、ソーマとアリサが組むようになってから、ソーマが丸くなっちゃってさあ。なんかずっとブツブツ言ったりしてるんだよ。

 『リョウの写真が……あたり一面に……なんだあれは……』とかさ。何言ってるんだって話。

 アリサもほら、あれ、リョウがお土産に買って来た帽子。あれいっつも撫でながらさ、ほわほわ笑ってるんだぜ。

 すっげー可愛いってなもんで、男共に大人気なんだよ。リョウもうかうかしてると、横からひょいって取られちゃうぞ」

 

ああー確かに、あのおっぱいが誰かのおっぱいになるのは人類の損失だな。

おっぱいはさあ……なんていうか、誰にも邪魔されず自由で、救われてなきゃあダメなんだ。独りで、静かで、豊かで……。

おっぱいは皆のものだよな。うん。

 

「アリサ、ファイト……」

 

それで、そっちはどうなのさ。

なんだかんだで、隊長ってのはさ、ほら。

色々、決断しなきゃいけない立場にいるからな。

 

「ん……この前さ、アラガミが防壁破って侵入してきたときに、どこを守りにいくのかって決めなきゃいけない時があってさ……。

 あーあ、こんなのばっかりだよ。俺、その区画に住んでた人数の多さで選んだんだ。それで結果は……さ。エリナにめちゃくちゃ責められたよ」

 

そっか……。

 

「でもさ、俺、やるよ。うん。守れなくて、間に合わなくて、うわーってなるけど、でも俺、戦うんだ。ちょっとでも守れるんじゃないかって、信じてるからさ。リョウが俺達に教えてくれたみたいに」

 

コウタ。

お前が隊長になってくれてよかった。

第一部隊を頼んだぞ。

 

「おう、まかせとけって!」

 

色んなことがあって神様は俺達を見放したのかもしれない。

それでも。

それでも……だよな。

これくらいじゃまだまだ、だぜ。神様よ。

 

「それでさー、人を気遣うやり方っていうの覚えてからソーマの奴もう、モテてモテて。

 いっつもキャーキャー言われてるんだよ。俺の妹もソーマさんかっこいいーってさあ。この前俺んちにソーマが遊びに来たときも、いかないでーって服ぎゅーってさ……。

 へへ……それほんとは、俺のポジションだったのに……へへ、へへへ……」

 

お、おう。

 

「なんか、書類が……書類が終わらないんだ……リンドウさんの隊長時代の書類まで残ってるし……隊長だから俺……しっかりしないと……ちゃんとしないと……書類終わらせないと……」

 

い、いやでも隊長は押し付けちゃったけど、書類は全部終わらせてたはずなのに。

 

「サテライト拠点の理論実証とか、エリナとエミールのスピアとハンマーの極東運用データとか、なんか色々あって。最近じゃ出動してるよりも机にかじりついてる方が多くて……。

 現場に出たら出たで、新人のフォローとかエリナ達の仲介とか感応種の対応とか……帰ってきたら書類の山が……最近じゃついでで隊長してるんじゃないですかってエリナに怒られて。

 母さんにさあ、愚痴っちゃったよ。第一部隊の隊長をしてるんだけど、俺はもう限界かもしれない、って。でも書類が……俺がやらないと」

 

コ、コウターー!?

しっかりしろコウタ!

もう限界! 限界ですからあ! 

第一部隊を実験部隊にするのはやめたげてよお!

榊さあん!

 

「さ、アナグラに帰ろうぜ。今度は“ちゃんと”さ」

 

ああ、そうだな。

 

「俺は仕事をしに帰るよ……」

 

コウタ……お前は今、泣いていい。

泣いていいんだ……。

 

 

 

 

□ ■ □

 

 

 

 

あ……わっ……その……!

そ、そのっ……帰ってきてたなら、その、何か言うべきなんじゃないですか?

あんまり身勝手なことばかりしてると、ふてくされますよ。ツーン、です。

あなたは第一部隊の隊長を辞めて、一人になったつもりなんですか?

そうすれば、身軽になれるからって……。

 

だめ。

そんなの絶対ダメです。

 

私は……私たちは、あなたの“帰る場所”でありたいんです。

この広い世界の、どこにいても。

 

その、だから……!

え、わっ、わっ!

あ、あの! あの……!

き、急に、その! えっ!? ええっ!?

 

あっ……シオちゃんの事を思い出したから?

そうですね。シオちゃんも、こうやってぎゅーってしてもらうの、好きでしたから。

だから、その、もっとぎゅーってしても、その。

う、ううー……ドン引きです……ばか。

 

わかりますよ。

リョウのことですから……あなたの事は、全部、わかります。

何か、あったんでしょう?

ううん、何も言わなくていい。

だからもう少し、このままで。

 

素敵、ですね。

こうやって、帰れる場所があって、抱き締めてくれる人がいる。

それだけで、全部が許される気がします。全部、許せる気がするんです。

ね、リョウ。

 

おかえりなさい――――――。

 

 

 




まとめ
主人公<(´・ω・`)つらいけどがんばるお!
ユノ<(´;ω;`)ブワッ

書き切った。
もうシリアスは逆立ちしても頭から出てこない。
あと1話くらいは出てきそうにない。
ゲーム本編だと『光のアリア』はユノが作ったということになっています。
あの詩はもう、主人公やゴッドイーター達、それを見る人々に向けるためにつくったとしか思えませんでした。
光のアリアが、アリサやソーマ、そして主人公達と触れ合ったユノが、その生き方を知り、謡ったものであるのだとしたら。
GEはゲーム表現でやさしく描いてありますが、すさまじい残酷さ、そして人間の勇気賛美歌が謳われるストーリーであると思います。

しかしこう、主人公ちょっとしんどすぎない?っていうご意見が多数でして、いやはやごもっともでした。
公式小説からして精神的ブラクラものでしたから、いやあこれくらいは許容範囲だろう、と。
勘違いものにあるまじきシリアスさになってしまった……申し訳ありませんでした。
だので次から勘違いもの路線復帰だぜぇーー! ひゃっはー!

GE/GEBでは保留となり、GE2では答えが出せず。
博士ーズに誰も、終末への明確な答えを返せませんでした。
でも主人公は答えを持っていたのではないか、と思えてなりません。

これがリョウタロウの、終末捕喰に対する答えです。

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