フェンリルに勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない   作:ノシ棒

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ごっどいーたー:13噛

断続的な水滴の滴り落ちる音。

髪を、額を、喉を、乳房を、白い肌の上をフィルタを通された浄水が、球となって滑り落ちていく。

熱い湯を浴びられる幸せを十分に享受しながら、アリサはシャワー室の壁に静かに額を付けた。

タイルの冷たさが火照った身体の熱を吸い取っていく。

うなじから背筋を、そして尻を叩く水滴が、小気味の良い音を立てアリサの意識を遠く彼方へと誘う。

どうにも最近疲れが溜まっているようだ。

サテライトの建設から資材運用、内部統治まで、その全てをアリサ個人が統括し行っている現状では、無理もないことなのかもしれない。

事を為せばどうとでも成ると思っていたのは、やはり自分が子供だったからだろう。

年を重ね、ベテランと呼ばれるようになった。だが、いくらキャリアを積んだとて、感じるのは己の無力さばかり。

あと一人補佐についてくれたら。否、自分が補佐に付いてもいい。誰か、一つの都市を単独で、構築から実際運用までこぎつけられるノウハウを持った人員がいてくれたら。

そこまで考えて、アリサは頭を振った。

瞬間、浮かんだ男の顔を振り払うように。

長い髪から水滴が飛び、タイルを叩く。

こんなことで根を上げてはいられない。

これでは、せっかく彼から離れたというのに、意味が無くなってしまうではないか。

何かを誤魔化すようにして、アリサは石鹸を直接素肌に当てて泡立て始めた。

耳、首筋、肩……ついでだ、髪も洗ってしまえ。ゴワつくことになっても、贅沢は言えない。

湯が常に沸かされているまでに燃料事情が回復した極東支部にあっても、物資は多くはなかった。

物自体が無いのである。体を擦るスポンジのような上等な代物は無い。

タイルを滑る湯が鏡となって、自らの肢体を映し出す。

 

「ふむ」

 

アリサは何となしにポーズをとってみた。

片方の手は膝に、片方は腰に。

腰をくねらせて、挑発的に見上げる視線。

気を抜けばアリサの頭を一杯にする男の部屋に、珍しく放り投げられていた女性のヌード雑誌。その折り目がついていたページにあったモデルと同じポーズである。

 

「私だって、結構いけてると思うんですけど」

 

そこまで言って、独り言を耳にし、初めて己の発言に気付いたかのようにアリサは顔を顰める。

自分が恥かしい格好をしていることに顔を赤らめながら、タイルの水滴を払い除けた。

日課という奴は、如何ともし難いものだ。

ここで肌の上を流れる水の感覚を、彼の手として想像し、物思いに耽るのがアリサの常であった。

 

「やだな……私、全然リョウ離れできてない」

 

タイルの鏡を洗い落として、アリサは安堵の息を吐く。

今、自分の顔を見てしまえば、自分がどんな顔をしているか自覚してしまえば、後戻りできなくなってしまう。

厳重に、封じなければならない。

感情はすぐに暴走し始める。

自分は曲がりなりにも一区画の責任者という立場となったのだ。

だから、私情は捨てなければ。そうしていれば、何も考えずにすむ。

きゅっと噛み締めた唇。舌先に乗った鉄の味は、自身の想いを肯定しているかのように感じた。

 

「あっ!」

 

豊かな乳房を持ち上げて、その下に石鹸の泡を塗りつけていると、つるりという感触が指先に。

アリサの指から逃れた石鹸が、そのまま排水溝の中に落ちて消えていく。

 

「あぁー、またやっちゃった……大事な物資なのに……」

 

一度続けば万事が失敗続きであるように思えてしまう。

シャワーから上がればすべって床に思い切り尻餅を付くし。びたんと大きな音がするほど打ち付けたところが真っ赤になっている、とカノンにかわいいなどと笑われてしまった。

髪を拭けばゴワゴワのタオルは水を吸わない。髪を乾かす暇もなし、しょうがないのでひっつめにして纏めて誤魔化すことにした。

服にいたっては、きつくてジッパーが下りないのは何時ものことであるが、何時もよりも俄然つっかえて下りないような気がする。

火照った身体には涼しくていいが、流石にこれ以上の露出はファッションでは済まないような気もする。これはまあ、こちらの方が好みであるので、サイズが上がったのだと無理矢理納得することにしよう。

任務でもいまいちパッとしなかったのだから、踏んだり蹴ったりだ。

最近体の芯に疲れが染み付いて取れない。泥がへばりついた様な感覚がする。

もしやこれが最近の不調の原因ではないだろうか。

 

などと考えていると、着替え終わって自然と足はラウンジに向かっていた。

これもまた日課である。

日々を生きる糧を口にせねば満足に身体が動かせないのは、一般人もゴッドイーターも同じだ。

食うか食われるかの世界。

食べることは、何と言うか、救われていなければならない。そう言ったのは誰であろうか。

 

「おーっす、アリサじゃん。今日は非番?」

 

からりと晴天のような笑みを浮かべてアリサを迎えたのは、全身を包帯塗れにして松葉杖を着いたコウタであった。

上げた手は全てに固定器具が装着されて、首には石膏の首輪。晴れやかな笑みを浮かべる顔は、半分しか覗いていない。

一目で重傷と解る容貌だ。

 

「コウタ。あなたまだ寝てなくていいんですか? 重傷なんでしょう?」

 

「いいっていいって。ムツミちゃんの飯食った方がさ、薬飲むよりもよく効くから」

 

医食同源、ご飯は薬なんだから。と、コウタの言葉にカウンターの向こうでムツミが小さい拳を握り胸をむん、と張る。

ミイラ男といった風体のコウタは、包帯に血を滲ませながらも熱い煮物を頬張っては「うーまーいーぞー!」と叫んでいた。

一瞬、コウタが口から七色の光りを放射したかと思えば巨大化し極東支部と一体になって極東支部INコウタとなった姿を幻視した。

やはり、疲れているのだろう。どこのアラガミだというのだ。味皇とでも言えばいいのか。

 

「で」

 

そうやって唐突に切り出すのも、コウタの特徴である。

物怖じしない性格からくる一言は、一息に核心に踏み込んでくる。アリサは警戒に身体を強張らせた。

 

「またリョウがらみでしょ」

 

その名が出た瞬間、アリサの肩が自らの意に反し、震える。

 

「……何を言っているのかわかりませんね」

 

「そんなになってるのに、説得力ないって。休み、ちゃんと取れてんの?」

 

そんな、とコウタは自分の目元を指してからアリサに指を向けた。

そっと自分の目に指を触れると、僅かに違和感が。自分でも気付かぬ内に、隈が出来ていた。

「ま、座んなよ」コウタが座ったカウンターの隣を叩く。不承不承と席に着くアリサ。「あなただって」とコウタに返す。

 

「そんなになるの、初めてなんじゃないですか? 休んだ方がいいんじゃ?」

 

「これがそうも言ってらんないからね。この後、回復錠を山ほど投与される予定。あれ反作用がキツイからあんまりやりたくないんだよね。普通の人間じゃなくなったんだなーって感じになるし」

 

『回復錠』と銘打たれた薬剤は、言ってしまえばオラクル細胞活性化薬である。

人とアラガミの境界線上に立つ存在がゴッドイーターだ。

回復錠は、一瞬だけその境界線を強くアラガミの方へと傾ける。

全身に回ったオラクル細胞の瞬間活性化。

その仕組みはアリサもコウタも完全に理解してはいない。オラクル細胞の遡及性を利用しているらしく、投薬された瞬間にオラクル細胞が増殖し、傷を塞ぐのだとか。

名前からして便利な道具であると認識されてはいるが、経験を積んだゴッドイーターにとっては、これを過信することはない。

一度の任務に持ち込める数が厳しく決まっていること。投与した瞬間、身体が硬直し、身動きがとれなくなること。

露骨な反作用だ。

そして傷が治っていくその見た目が、何よりも忌避される要因となっていた。早回しで傷が塞がる画は、自分の身体のことながら、見ていて気持ちがいいものではない。

人とアラガミの境界線を揺さぶる薬。

それが回復錠である。

利便さと名前に騙されてはいけない。これは恐るべき薬剤だ。この薬ほどゴッドイーターの人権を無視したものはない。

つまり、回復錠の多用は、確実にアラガミ化への運命を早めることとなるのだから。

 

「この前の任務でさ、俺、リョウを助けに行ったじゃん? その時の怪我なんだぜ、これ」

 

アリサが下唇を噛んだのをコウタは知ってか知らずか、言葉を続ける。

 

「こっちは元々、台風の多い地域でさ。よくもまあこんな小さい島国を狙ったようにってぐらいさ。

 海上で発生した台風が急激にコースを変えて本土に上陸。極東を直撃……なんてのはザラにあることなんだ。アリサもこっちきて二年と少し経ったんだから、経験あるでしょ?

 この前も台風……何号だっけ、そいつが来て、二日間の外出禁止令が出たじゃん。あの時俺達、台風のど真ん中にいたんだ」

 

拳が腿の上で握られ、赤いスカートのプリーツが乱れる。

 

「台風の映像を見た瞬間、ああリョウは死ぬんだな、って何でか冷静に考えてた。真っ赤な台風だった。雷と一緒に、赤い雲がとぐろを巻いて、画面一杯に広がってた。

 赤い渦が大地を蹂躙していく様は……震えたよ。台風が来ることは解ってた。だから、リョウや俺や防衛班の皆で、近隣区域の避難誘導を進めてた。

 極東支部の管理区だけど、壁の作りが甘い、でも無視されてる訳じゃない微妙な場所。サテライトが極東に見捨てられた人達の場所なら、外部区域は……姥捨て山ってとこ。

 雨は凌げるけど、風まではどうにもなんないよ。移動しようにも、自分の足じゃ遠くにいけない爺ちゃん婆ちゃんが大勢いた。避難する場所まで自分達じゃたどり着ける訳が無い。

 そんな場所に、リョウは行ったんだ。たった一人で。

 さあ混乱も収まったぞって、ヒバリさんがクエストカウンター確認して、初めてそこでリョウが未帰還になってることに気付いた。その時にはもう、手遅れだった。

 リョウは多分気付いてたんだろうな。だから一人で行ったんだ。

 台風は勢力をどんどん強めていって、色が……最初はピンクに、だんだん、血を垂らしたみたいに真っ赤になってった。まるでリョウが一人になったタイミングを見計らったみたいに、スピードを上げて。

 外部区域の人達とリョウは、赤い台風のど真ん中で孤立した」

 

言われずとも解っている。

つい先日のことだ。極東を、大型台風が直撃した。

日本と言う国は元々台風が頻繁に到来する風土であったらしい。

欧米のハリケーン被害という程でもないが、頻度からすれば年に何度も、こんな小さな島を幾度となく台風が通過する。

 

極東に来て、初めて台風を経験した時のことをアリサは覚えている。

シオ、リンドウ事変が終わった後、一時の安寧に安らいでいた夜のことだ。

極東中に鳴り響くサイレン。下りる隔壁。外出禁止令の警報。右往左往とする人々。

それが台風という自然現象であることはまだ知らずにいた。

ロシア生まれのアリサにとって、自然の驚異はさほど珍しくはない。

だが、あのいつ止むと知れない雨の打ちつける音と、風の吹きすさぶ振動は、耐え難いものがあった。

古来、暴風雨は神と同一視されるものである。その理由を骨の髄までアリサは知った。これが、台風なのだと。

低気圧の爆弾の中に身を置く不安は、アリサの精神を容赦なく削っていく。

停電によって部屋の明かりが消えた時、恐怖はピークに達した。

部屋の扉は自動スライド式だ。非常ハンドルで手動で開閉できるが、混乱したアリサにはそれを思い当たることはなかった。

日本生まれでもなく、これが初めての台風だ。非常灯も部屋には備え付けていなかった。危機意識が甘かったと言わざるをえないが、自然脅威とは体験せねばその真の恐ろしさは解らぬものだ。

暗くて狭い場所に閉じ込められること。

その事実が、アリサのトラウマを直撃した。

過去の凄惨な記憶からはとうに抜け出しているとはいえ、それでも影響は残る。これはアリサが一生涯掛けて背負い続けねばならない、重りである。

記憶にはないが、ロシア語で何かを喚いては壁をバンバンと叩き、部屋の隅でぶるぶると震えていたらしい。

風雨に軋む極東支部の中、アリサは眠れぬ夜を過ごした。

気が付いた時は、涙と鼻水で顔面を汚して、リョウタロウの胸の中で眠りに着いていた。

大声に驚いて見回りに来たリョウタロウを押し倒し、すがり付いていたらしい。

直接接触による感応現象。

リョウタロウの温かな感情が流れ込み、不安を、恐怖を、優しく包み込んでいく。

アリサはまどろみの中で、両親や親友、守れなかった人々の微笑む優しい夢を見た。

リョウタロウから与えられる感応現象は慈愛に満ちていて、世界は美しいものだと信じさせてくれる。

 

だからアリサは過ちを犯した。

決して許されぬ過ちを。

 

「無理したら行けない距離じゃないよなって、そう思った瞬間さ、気付いたらリョウのビーコン探って防壁積んだトラックのハンドル握ってた。

 そんで外部区域に直行して、そこで簡易シェルター作って……最悪だったのが、風にのってサイゴートとかシユウがバンバン突っ込んできたこと。

 リョウは神機もってなかったから、俺が頑張るしかないじゃん? 雨に濡れないようになんとか頑張ってたけど、最後はシェルターの中に雪崩れ込んで、この様さ。

 雨に濡れることはなかったけど、じいちゃんやばあちゃん達、守りきれなかったよ。

 気付いたらカラッと晴れたお日様の下を、リョウに背負われてた」

 

寂しそうに笑うコウタのまなざしは、どこかリョウタロウのそれに良く似ていた。

守れなかった、失敗したゴッドイーターの顔だった。それでもと歯を食いしばり、前を向き続けるゴッドイーターの顔だった。

きっとそこで、リョウに背負われながら、コウタは二人で話をしたのだろう。

 

アリサは人命救助や、危機的状況への介入任務の経験がほとんどない。

これはアリサの経歴からくるものだ。すなわち、旧支部長とその傘下の医師によって操り人形とされ、当時の部隊長暗殺未遂事件を起こしたことの。

地位あるポストは与えられたとしても、緊急性のある任務に就けられることはあまりない。それは、信用と信頼の違いだ。

信用とは実績であり、信頼とは期待である。

 

おそらく、榊支部長の狙いは、自分を統治に関わるゴッドイーターとして押し上げたいのだろう。

“折れて”しまっては困る。そういうことだ。

わかりやすく人のためとなる華やかな任務のみ。泥臭い仕事からは離された、まるでアイドル扱いだ。

それならばそれで、自分の仕事をするだけだ。この地位にいなければ出来ないこともある。

だが。

リョウタロウと同じ景色をコウタは見ている。

その事を想う度に、アリサはたまらなくコウタが羨ましく思えた。

 

「アリサも来るのかなって思ってた」

 

スカートのプリーツの皺は、もうアイロンを掛けても戻らないだろう。

 

「ヘリをジャックしてでも飛んで来るのかなって。あそこ、アリサの居たサテライトに近かったじゃん」

 

「それは……サテライトの、避難があったので」

 

コウタは「ふうん」と鼻を鳴らすと、「ま、そういうことにしとこうか」と、ムツミが小さな手で運んできた食事をかき込む。

 

「リョウのこと、どう思ってる?」

 

またこれだ。

唐突に核心を突く男がコウタである。

アリサは心臓に氷の針を打ち込まれたような気分となった。

コウタと会話をしていると、このような気分になることが多々ある。

 

「どう、とは?」

 

「好きなんでしょ?」

 

「は、あ、えっ!? あ、や、その!」

 

「俺は好きだよ」

 

苦笑と共にコウタは言う。

「ああ、そういうこと……」とアリサも胸を撫で下ろすが、しかしコウタの冷ややかな目に背筋が凍りつくような思いだった。

 

「俺は家族が一番大事だよ。ゴッドイーターになったのも家族のためだし、任務中も、すぐに自分を守ることばっかり考える。

 隊長なのに、自分のことしか考えないのなんてどうよって話だけど、でもさ、俺がここで死んだら、残された母さんは、妹はどうなるんだろうって。

 父さんがさ、帰ってこなかったあの寂しさを覚えてるから。

 父さんが死んでから、俺の母さん、女手一つで俺と妹を育てたんだ。

 母さんがさ、俺に妹を連れて外で遊んでこいって言うときはさ、決まって知らない男が家に来る時だったんだよね……」

 

「もう子供じゃないんだから、子持ちの女が金を稼ぐ方法が少ないことくらい知ってるよ」薄く笑うコウタ。

「こっそり見たこともある。妹を置いて一人で行ったのは、兄貴として正解だったよ」その独白に、アリサは何と答えたらいいのか、わからなくなった。

 

「だから俺は、家族のために生きてる。泥をかぶって、後ろ指さされても平気さ。エイジス計画で、皆を裏切ったのもね」

 

「あれは……! あなたに責任は……!」

 

「皆そう言ってくれるけど、俺も“そう”思ってるんだ。平行線だよ。でも、それでいいと思う」

 

「あなたの選択は、立派だと思います。それは事実です。結局、コウタは戻ってきてくれましたから。私たちがそれに、どれだけ救われたか」

 

「ありがとう。でも俺が宇宙船のチケットを蹴ったのは、ゲンさんの言葉があったからなんだ」

 

ゲン、とは、極東支部につい先日まで滞在していた戦術アドバイザーのことか。

あまり自分とは関わりがなかったが、聞くところによれば、最初期のゴッドイーターであったとか。

その人が一体、コウタにどんな影響を与えたのだろう。アリサは小首を傾げ考える。

 

「リョウが子供だった頃のこと、教えてくれたんだよ」

 

「あの人が、子供だった頃のこと……」

 

「俺さ、実はすごい小さい時、リョウに会ったことがあったんだ。思い出したよ。

 妹が産まれたばかりの頃さ、無茶苦茶なことさせられた母さんのお乳が出なくなっちゃって、妹が栄養失調になったんだ。

 赤ん坊が栄養失調になるっていうのは、つまりそのまま死ぬしかないってことで。そこは今でも変わらない。あの頃の方が、もっと……。

 そんで俺、何とかしなきゃ! って、フェンリルの配給車に潜り込んでさ、ミルクを盗もうとしたんだ。

 大冒険だったよ。色々な偶然があって、何とか潜り込めちゃったんだよね。さあいざ物資を、って見てみたら、空振りさ。

 ミルクなんてどこにもなかった。まあ、すぐに死ぬ赤ん坊のことなんか、気遣う余裕なんてなかったんだよね。

 エイジス計画もあったから、既存の人口の維持と、生存率の高い青年期からの人材育成に集中してたわけだ。ミルクなんて、とてもとても」 

 

盗みは外部区域に比べ比較的治安の良い極東支部内の居住区にあっても、日常的に行われている。

物資事情が改善された今であってもそうなのだ。十年程前はどうだっただろうか。

 

「結局フェンリル職員に見つかった。食料を盗むのは、とんでもない重罪だ。殴られたよ。目が開かなくなるくらい、死ぬ程。

 気付いたら、家のベッドで横になってた。母さんがボロボロ泣いて、俺の手を握ってた。

 見知らぬ、俺よりちょっと年上の男の子が、フェンリル職員のリンチから俺を助け出して、背負って連れて来てくれたんだって。

 そして、俺の家の中をチラッと見て、泣き声も上げられなくなった妹の顔を見て、一言だけ……そっか、って呟いて、どこかに消えてしまったって。

 それから二日もたたない内に、ゲンさん率いるゴッドイーター部隊がやってきて、俺達の家にミルクをくれたんだ。

 憧れたよ、ゴッドイーターに。救われたと思った。ゴッドイーターになれば、きっと俺も、ああやってたくさんの人を助けられると思った。

 俺は単純なガキだったから……ゲンさん達がどうしてこんな、フェンリルの意向に逆らう配給をしてくれたのか、考えもしなかったんだ。

 そして今になって、エイジス事件の時にさ、ゲンさんに教えてもらったんだ。

 フェンリルの高級官僚向けの物資運搬車に、自分を囮にしてアラガミをぶつけて、物資を奪った子供がいたこと。

 その物資は、ベビー用品が中心だったこと。子育てグッズってのは、安全な場所でこそニーズが発生するのは当然だからね。産みっぱなしのこっちとは違う。

 そんで、奪ったはいいけど運べなくなって、途方にくれていた所をゲンさん達が保護したんだとか。多大な犠牲を払って……。

 それでも、それを知ってなお、その子供は地面に額を擦り付けて、血が滲むくらいに頭を叩き付けて、懇願したんだ。

 この物資を街へ運んでくれって」

 

コウタは、どこか遠い記憶へ溯るような、そんな目をしていた。

ここではないどこか。今ではないいつかへと意識を傾ける。

 

「俺、馬鹿だからさ。ゲンさんにその話聞いた時、ああバガラリーだ、ってそう思ったんだ。あいつはバガラリーだったんだって……俺、馬鹿で単純だろ? そう思ったんだよ。

 あいつは、誰にも感謝されず、そのまま黙って去って行ったんだ。自分だって苦しかっただろうに……」

 

だから。

コウタは言った。

 

「この藤木コウタには恩がある。加賀美リョウタロウに、返しきれぬ恩が」

 

言い知れぬ凄味のようなものが、コウタの全身から発されていた。

胸元をぐわりと片手で開くコウタは、空気をドドと軋ませる何かがあった。

 

「俺は家族のために生きてる。戦う理由も家族のためだ。この戦場は、それが許されてる。

 でも……もし、仲間のために戦わなければいけない時がきたのなら。俺はリョウのためなら死ねる」

 

覚悟だ。

その真っ直ぐな瞳には、覚悟があった。

折れず、ブレず、愚直なまでの覚悟が。

その言葉に嘘はなく、どこまでも真実であると信じられる。

 

「例えリョウが、この世界を滅ぼす、悪魔になったとしても」

 

コウタはドロリと濁った瞳をしていた。

瞬間、アリサの胸を焦がす熱。

アリサがコウタを信じつつも、どうしても最後に受け入れられなさが残るその理由が、今はっきりと解った。理解した。

嫉妬だ。

アリサはコウタへ、嫉妬心を抱いている。

何の呵責もなく、ただ真っ直ぐに想いを向けられることに。

否……“コウタもまた、知っている”のかもしれない。

“その上で、この台詞を吐いたのだとしたら”。

自身が抱きようもなかったその覚悟を抱いた者。それがどうしようもなく嫉ましく感じる。

嫌な女。

爪が食い込む程に握られた拳の痛みに、アリサは恥じ入るようにそう思った。

 

「ま、昔からリョウはリョウだったってこと。へへ」

 

それきりコウタはアリサを見ようともせず、折れた指と腕で、納豆ペーストと格闘を始める。

アリサも隣でシチューを口に運ぶが、何故か味がしなかった。スプーンの鉄の臭いだけが口の中に充満する。

救われない食事は作業でしかない。アリサはふとそう思った。

 

――――――やっぱマニュピレーターじゃない?

 

「マニ“ピュ”レーターだってば」

 

――――――嘘だあ。絶対マニュピの方が言いやすいって。

 

「それ提出書類に書いちゃって何度も書き直しくらってるんでしょ? 直しなよ。ほら、ここ、原典3巻の113ページにも書いてある。マニピュレーター。いいね?」

 

――――――あっ、はい。でもマニュピの方がさあ。

 

「くーどーいー! 男らしくないよ! 会話でならそれでもいいけど、文章にしちゃうと誤字でつっこまれちゃうよ!」

 

男女二人が会話する声と、独特な金属音。

極東支部に居る者は、それが腰に下げたスパナやドライバが擦れる音だということを良く知っている。

金属音はリッカの足音の代名詞。もはや名物だ。

リッカがリョウタロウと何をかを口論しながら、ラウンジへとやってきた。

 

――――――オッス、コウタにアリサ。

 

「オッス、リョウ」

 

――――――怪我の具合はどう?

 

「見た通り。リョウもめちゃめちゃになってたはずなのに、綺麗さっぱりだよね」

 

――――――いやあ、昔から俺、怪我の治りが早くってさ。アリサも、久しぶり。

 

「う……や……そのっ」

 

――――――うん?

 

「くあ――――――!」

 

――――――ちょっ、そんな急いでかきこんだら。

 

「んぐぐぐ!」

 

――――――ほら、言わんこっちゃない。

 

急にばくばくとパンを頬張って喉に詰まらせるアリサに、「これが最も模範的なゴッドイーターの姿なんだよね」と笑いながらコウタが水を差し出す。

「最も模範的なゴッドイーターのアリサちゃん、何かあったのかな」とリッカは心配顔。

――――――最も模範的なゴッドイーター大丈夫か? とリョウタロウも苦笑する。

 

「ご、ごちそうさまでした!」

 

喉が詰まった苦しさか、恥かしさか、顔を真っ赤にして走り去るアリサ。

「アリサも色々あるんだよ」と、コウタがしみじみと呟いた声だけが耳に残った。

 

「ちょっと、模範的なゴッドイーターいじめすぎたかも」

 

――――――アリサと何かあった?

 

「いやあ、特に何も。ま、強いて言うなら……恋愛相談かな?」

 

――――――そうか……アリサも色恋を知る年頃か。あれ、何か泣けてきた。娘を送り出す親父の心境だこれ。

 

「アリサもアリサだけど、リョウも大概めんどくさい奴だよね……」

 

「そこがいいんだけどね」

 

「まあわかるけどさあ、リッカもカノンちゃんも……最近はエリナもだし。大変じゃない? ついていける?」

 

「うん。私は大丈夫」

 

「言いたくないけど、運命とかそういうの、良くない方向でリョウにはあるよ。きっと」

 

「わかるよぉぉ。うんうん、そうだよね」

 

「そんな軽く言っちゃえる? それ。この前の台風とかもさー、世界とか地球とかそういうのが、リョウを本気で殺しにきたとかそう思えてならないんだけど。

 だっていきなり進路コース変えるんだもん。これ俺の考えすぎかな?」

 

「んー……ね、知ってる? 神機には整備士が必要不可欠なんだよ。本人の意地とかそういうのと関係なくね」

 

「あー、覚悟完了しちゃってますか。それなら俺は何も言えないなー」

 

「シェアリングって最近じゃ普通に使われてる言葉なんだよ? データとか、資料とか、色々とね」

 

「お、おう……覚悟完了しちゃってますか……」

 

 

 

 

■ □ ■

 

 

 

 

彼女を見かけたのは偶然だった。

背中ががばりと大胆に開いた服は、しかし下品ではなく、黒を基調としたシルエットがシックな雰囲気を醸す。

肩口と眉上で切り揃えられたおかっぱ髪は、幼稚さなど微塵も感じられず、切れ長の顔を知的な印象に整えている。

子を一人産んだとは思えない程の美貌、否……子を産んだが故に、より一層魅力的となったその女性。

雨宮サクヤ。旧姓、橘。

リンドウと結婚し一線を退いた、アリサ達の先達。元衛生兵、医療系のゴッドイーターである。

 

「アリサ? やだーもー久しぶりね! 元気にしてた? 隈ができてるぞー? せっかくの可愛い顔が台無しよ? うりうり」

 

アリサを見つけたサクヤは、遠慮無しにアリサの頬を突いて捏ねる。

片腕に抱えた紙袋からは、子供の食べやすいペースト状の離乳食のパックが見え隠れしていた。

 

「ねえもう聞いてよ。今日もレンは榊博士にべったりなのよ。わかんないでしょうに、何が楽しいのか神機の組み上げデータをずーっと博士と見てるの。

 ママと子供向けのテレビみましょーって言ってもやだーって。博士も博士で、この子は神機の心がわかるんだ、なんて言っちゃってさ。

 旦那もいないし、ツバキさんに女の子っぽい可愛い服送ってりょうく……んんっ、げふんげふん。せっかく時間が出来たから、ツバキさんに極東の服を送ろうかなって。

 向こうじゃ中々大変だからー……って、ア、アリサ? やだ、ねえ」

 

ぼんやりとサクヤの話を聞いていると、急激に視界がぼやけていった。

サクヤが慌てる様子がアリサには不思議に思えた。

変わったことが起きているでもなし、何をそんなにうろたえる事があるのだろうか。

 

「泣かないで、アリサ。指、痛かった? ね、お願いだから」

 

しきりにサクヤは泣かないでと、アリサの目元を指で拭う。

触れる指の優しさに、ようやく気付く。

ああ、自分は今、泣いているのかと。

自覚すれば、止め処なく涙は溢れてくる。

サクヤにしてみれば災難だろう。

会話の最中に表情を変えず、自分が泣いていることにも気付かずに、ただ涙を落とし続けるなどと。

 

「アリサ。お部屋に行きましょう」

 

腕を引かれて、気付けば自室に戻っていた。

扉を開けた瞬間、サクヤが「うわ」と声を上げる。

そして気合を入れて、「よいしょお!」とアリサをベッドへと投げ飛ばした。

悲鳴を上げる隙さえなかったのは、次いでサクヤまでシーツの上に飛び込んで来たからだ。

 

「いつもはレンの特等席だけど、今日は特別よ?」

 

そう言って、アリサを優しく胸に抱くサクヤ。

甘い香りがした。母乳の匂いだろうか。遠い記憶にある、母の香りだった。

 

「当ててあげよっか? リョウ君のことで悩んでるんでしょ」

 

図星である。

顔に出ていたのか、やはり解りやすかったのだろうか。

 

「アリサが悩むことなんて、自分の力不足か、リョウ君のことしかないじゃない。ほら、ママに話してみなさい」

 

冗談めかして自分のことをママと呼ぶサクヤだったが、それがアリサの最後の堤を崩壊させた。

しゃくり上げてむせ返りながら、アリサはサクヤの乳房へと顔を埋め、縋り付く。

それをサクヤは優しく髪を撫でながら抱き寄せた。

 

「私……私……!」

 

「うん、うん。ゆっくり、話してごらんなさいな」

 

「は……ふ……ッ……ぁ!」

 

語ろうとしても、感情が喉につかえて言葉が出ない。

ゆっくり、少しずつアリサはサクヤへと告白した。

己の犯した愚かさを。

 

「私……見たんです。見てしまったんです。リョウの気持ちを。本当の想いを。知ってしまったんです」

 

「リョウ君の、本当の気持ち……?」

 

ああ、とサクヤはそこで全てを悟った。

 

「感応現象ね」

 

悲痛さにサクヤの眉根が歪む。

サクヤは理解した。

アリサの苦しみは、痛い程に“通じ合えてしまった”が故のものなのだと。

 

「見てはいけなかった……見てはいけないものだったんです。あれは、誰の眼にも触れられずに、そっとしておかなければいけなかった」

 

「アリサ……あなたは一体、何を見たというの?」

 

「見たんです……私は、見てしまったんです……」

 

「落ち着いて、アリサ。何を見たの?」

 

「恐ろしいものを」

 

吐息さえ凍りつくほどの恐怖。

サクヤは震えるアリサの肩に手をやる。氷のように冷たかった。

 

「私……私、眠ってるリョウに、興味本位で触れて、感応現象を引き起こしたんです。

 いつもは私からの一方通行だった感応現象も、あの日は、リョウがすごく疲れていたから、もしかしたらって。

 そうしたら、リョウの気持ちの、想いの、深い所まで流れ込んできて……私、最初は狙い通りだって笑ったんです。

 これで本当に通じ合うことが出来たんだって。でも……でも……!」

 

人は一人では生きていけない生き物だ。

だから他者と触れ合おうとする。心の距離を縮めようと努力する。

だが、人の矛盾の本質はここにあった。

心というものは、とかく薄汚いものである。人の心が純真無垢であるなどと幻想だ。

心と心が触れ合うことが出来たのならば、それで幸せなどと。一体どこのだれが言ったのだろう。

つまり人は心の距離が近くなればなるほど、他者の真実に耐えられなくなるのだ。

そしてアリサは知ってしまった。

リョウタロウの真実を。

 

「リョウくんのことが、怖くなった?」

 

「違うんです……違うんです、私は……」

 

「いいのよ、それでも。それでもいいのよ……」

 

サクヤの胸に到来したのは、一握の寂しさだった。

幼い少女が温め続けた恋心が吹き消えたことへの。

リョウタロウとて聖人君子ではない。いかに英雄然としてそう持て囃されたとしても、一皮剥けば欲望が渦巻いているに違いない。

知らないほうが幸せであることなど、いくつも存在するのだ。

それを知ってしまえば、後は破綻するだけだ。

人の、男の汚さに、少女の心は穢れを拒絶した。それだけのことだ。

そうサクヤが納得しかけた瞬間である。

 

「リョウが怖いだなんて、そんなの初めからわかってる!」

 

アリサの叫びが、必死に訴える瞳が、サクヤを貫いた。

 

「あの人の側に行くと、背筋が凍り付く思いがした。手足が震えるほどの重さを持った一言を聞いたことも、何度も何度もある。

 助けを求める女性を見捨てたところを見た。どうしようもない男が死ぬ様を嗤って罵っていたのも見た。

 道行く女性をいやらしい目で見ていたことも知ってる。生きる術がないと嘆く少女に、体を売れば生きられるのにとつぶやいたことも。

 私たちを見る目さえとても冷ややかだったことを、わかってた! それを全部、にこにこと、いつもの笑顔でしてたことも……私は初めからわかってた!」

 

サクヤは想う。リョウタロウを、アリサを想い遣る。

自分は大きな思い違いをしていたのかもしれない。

 

「リョウが“この世界を憎んでいる”ことなんて、私は初めからわかっていた!」

 

その慟哭は、本当にちっぽけな個人的な理由で。

だがこの世の何よりも重く、熱く、そして清らかなもの。

 

「あの人の心は叫んでいた! それでもと! それでも世界はきっと、美しいままなのだと!」

 

サクヤの両目から涙が溢れ出した。

この二人は、心が触れ合ったというのに。重なり合ったというのに。

お互いの距離が、何故こんなにも近く、果てしなく遠くなってしまったのだろう。

 

「自分自身の心を、必死に騙して……! 誰よりも自分が、それを信じていないのに……!

 あの人の戦いは、自分を騙すことだった。

 “加賀美リョウタロウという人間に、きっとこの世界は美しいと、勘違いさせること”だった!」

 

演技とは、何者かを騙すために行われるものだ。

もしそれが己自身に向けられたのだとしたら。

それは、想像を絶する内界での戦いとなるだろう。

日々己を殺すことだけに、その思考は費やされることになるはずだ。

表に出る言動と、内界での思考は大きくかけ離れたものとなる。

心身のアンバランスさは、いずれ自己崩壊へと通じていく。

恐らくは、既に自我の乖離が始まっていると考えられる。

異様なタフネスは、肉体の疲れを感じる機能が麻痺してしまったが故。

才能の一言では片付けられない能力の伸びは、自己保護のためのストッパーが破壊されてしまったが故。

リョウタロウは、ギリギリのラインで己を保っていたのか。

“きっと”世界は美しい。

それは、この世界が穢れ切っていることを理解していなければ、出てこない言葉だ。切なる願いが、叫びが込められた言葉だ。

 

リョウタロウを殺すのは、とても簡単だ。

それは間違いなのだと。

“お前の勘違い”なのだと突き付けるだけでいい。

そして、リョウタロウの心臓にトドメの一撃を刺すナイフを、アリサは握ってしまった。

切っ先はもう、リョウタロウの胸に届いていた。

感応現象は、お互いの意思に関係なく発生する。

 

「私は、自分の愚かな好奇心で、あの人が最も隠したいと、自分自身から隠し切ろうとしていた願いを、想いを、知ってしまった……!」

 

心の距離がゼロになれば、そこに生まれるのは幸せではない。絶望だ。

相手の己さえ知らぬ深層を、“知ってしまった”という。人の矛盾の正体。

罪悪感。

己の内から湧き上がる罪の感情に、アリサは押し潰されんとしていた。

 

「アリサ」

 

「だから私は、もうあの人の側に居ることは出来ない。でも、離れることも出来ずに、ずるずると先延ばしにした。

 サテライトの建築プランを提出したのも、その責任者に立候補したのも、そうしたらあの人と付かず離れずの距離でいられるから。

 直接会って話すことが出来ないから、あの人の私物や、写真や、抜けた髪を拾って集めて……それで自分を慰めていたんです。

 ほら、壁にいっぱい、リョウの写真が貼ってある。ねえ、サクヤさん。私、気持ち悪いでしょう? ねえ?」

 

「いいのよ、アリサ。それでいいの。それが“普通”なんだから」

 

サクヤは何度もそれでいいのだと、言い聞かせるようにアリサの髪を撫でる。

 

「貴方たちは特別な力を持ってしまった。それで本来はとても、とても長い時間を掛けなければいけないお互いの理解を、ちょっとした裏技を使ってショートカットしてしまった。

 そのしわ寄せがようやく今、きたのよ。あなたのその不安は、彼の心が見えすぎてしまったから。“近すぎて、だから見えなくなってしまった”のよ。

 それでいいの。心なんて、見えないのが普通なんだから。そうやって誰もが苦しんで、答えを出すのよ」

 

「答え……?」

 

「あなたの恋は、もう終わったのよ。アリサ」

 

その事実を口にせねばならない。

アリサの目に再び溢れる涙を、サクヤは唇で柔らかく吸った。

 

「だからあなたはもう、子供でいてはいけない。教えを求めてはいけない。誰もあなたを救ってはくれない。

 あなたは一人で歩まなければならない。その熱に胸を焦がし、寒さに肩を震わせながら。それでも前へ、その先へ……答えに辿りつかなければならない」

 

「だめ……言えない……私は、言ってはいけないんです。ああ――――――」

 

その叫びは、悲鳴に等しいものだった。

きっと。

サクヤは想う。

この涙を見れば、叫びを聞けば、リョウタロウも信じられるだろう。

世界の美しさと、そして、儚さを。

自らの崩壊と、引き換えにして。

 

「心の底から、愛しているだなんて――――――!」

 

それは、愛してくれとは言わない男へと向けた、愛の告白。

サクヤは想う。

自分も少女だった時に、こんな叫びを上げていたのだろうか。

涙する声は、歌のようにも聞こえた。自分もこんな歌を口にしていたことがあったのだろうか。

わからない。

結ばれて、子を生した今となっては。母となった今となっては、今が幸せで、昔のことは忘れてしまった。

оре не море, выпьешь до дна.

悲しみは海にあらず、すっかり飲み干せる。

アリサの口癖の一つだ。

ああ、確か、悲しいことがあったような気がする。そんなこともあったねと、笑えてしまうようなことが。

悲しみはいずれ消えるだろう。時が経てば風化してしまうだろう。

だが、この身を裂く程に、後から後から内側から溢れ続ける感情はどうだろうか。

飲み干すには熱く喉を焼き、海よりも深く、無垢なその感情は。

サクヤにはわからない。

だが、一つだけ言えることがある。

自分の胸の中から聞こえる啜り泣く声。

こうしてアリサは歌い続けるのだろう。

愛の歌を――――――。

 

 

 

 

■ □ ■

 

 

 

 

「ああ……後はよろしく頼むよ。送り届けてさえくれれば、勝手に向こうが組み上げてくれるさ。何せ、正規ルートを通ったパーツなんだからね。

 偶然規格が合わずに、ワンオフ品になって、彼の着任時期と重なるだけさ。偶然だよ、偶然……。

 私は嫌いだよ。ああいう、自分は超越者なんです、みたいな顔をした者はね。女性ならばなおさら……これは失言かな。

 指導者も、研究者達も、どうもキナ臭いが……さて、彼を使いこなすことが出来るかな? 

 それとも、君のように惚れ込んでしまうかも? いや……崇拝かな?

 ははは、怒らないでくれ。冗談だよ、冗談。君は冗談が通じないな、ツバキ君。

 さて……では送り込もうか。我らが英雄殿を。

 人外魔境、外道の巣窟――――――移動要塞、フライアへと。

 喜んでいるのか、だって? 声が嬉しそうだから? うん、そうだね。その通りさ。

 悪びれることがなくて申し訳ない。だって、ははは、とても、うん、とても興奮するだろう?

 最も新しい神が織り成す、神話の幕開けを私たちは見ることになるのだから――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公が主人公を勘違いさせる系だったっていう。

ど、どういうことだってばよ!
説明しろ山城ォ(艦これ)!
天気雨→台風のジョグレス進化。地球さんがアップを始めました。
これ以上の赤い雨攻撃はネタがないので、あとはストーリーに沿った感じにするしかー。


余談ですが
神狩人→G級ハンターと転職をし、現在はポケモンマスターに就職しました。
あとパズルとドラゴンとか、騎空士さまとか、プロデューサーにも……いい時代になったものだ。
あ、提督業はライフワークですよね。みなさんもそうですよね? ね?
もぉぉおおおレイジバーストはよぉぉおお!
もう我慢できないのぉおおおっおっおっ!
PS4版もVita版も両方買っちゃうぅううう! 悔しい! ビクンビクン!

今回少し時間が空きましたが、以前後書に書かせていただきましたように、これくらいの更新速度となりそうです。
それでもと付き合っていただけるならば幸いです。
ご感想に返信はできませんが、その全てに目を通し、活力を頂いております。
ありがとうございます!
そして、今後ともよろしくお願いいたします。

短編にのせるには勇気の足りないものを、後日また活動報告に上げようかと思います。
こちらもまたよろしくお願いいたします。

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