フェンリルに勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない   作:ノシ棒

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新年、明けましておめでとうございます。
今年もまたよろしくお願い致します。

新年よりGE2突入!


ごっどいーたー:15噛 GE2

やがて雨が降る。

雨は降りやまず、時計仕掛けの傀儡は来たるべき時まで眠り続ける。

人もまた自然の循環の一部なら、人の作為もまたその一部。

ならば。

荒ぶる神々の、新たな神話。

その序章は、あなたから始めることとしましょう。

さあ、幕開けのベルを――――――。

 

 

 

 

□ ■ □

 

 

 

 

Re:boot――――――Error。

 

RRRRRRRRRRRRRRRRBBBBBBBBBBBBBBB――――――R:B。

 

 

 

 

□ ■ □

 

 

 

 

ヴィスコンティの家名に重さを感じなくなり、どれだけの時が経っただろうか。

ゴッドイーターとなるべく訓練を受け、そして腕輪を取り付けられたその瞬間からだったか。存外長くはなかったようだ。もうずっと前から使命に生きていたように感じる。

アラガミと闘い続けるという使命に。

 

ジュリウス――――――『ジュリウス・ヴィスコンティ』。

ドッグタグに刻まれた己の名を指でなぞり、ジュリウスは苦笑した。

指先に一瞬痺れが奔ったのは、過去に残してきた、何か刺のようなものがあったからだろう。今よりも未だずっと幼い、少年だった頃に。

感傷というものだろう。

そんなものは両親が死に、財産目当ての親族をたらい回しにされていた時に捨てたと思っていたが、人は業を下ろすことはなかなか出来ないらしい。

ジュリウスは待合室のドアをノックする。内側からどうぞ、という許可の声が返る。

自分の母代わりとなってくれた、女の声だ。

今日、家族がまた一人増えると伝えられていた。

共に戦う仲間が。

訳もなく首元のタイの位置を調整する。新しい仲間に無様な格好は見せられない。

気品があり瀟洒である完璧な男、と他者から称されることも多いジュリウスだが、緊張や焦りとは無縁ではない。

“一人目”もそうだった。

あれは今から一年前。初めての家族、共に戦う仲間に、感動に頬が紅潮していたことを思い出す。

母代わりとなってくれた人はいたが、しかしそれでもジュリウスは孤独であった。

 

ジュリウスは所謂、天才と呼ばれる種の人間だった。

一度見聞きしたものは忘れず、一度の経験で百を知り、千を実践する。

『マグノリア・コンパス』と呼ばれる児童養護施設――――――の皮を被った、“児童訓練施設”にて、ジュリウスの才は完全に開花した。

将来にゴッドイーターとなり人類の一助となるよう夢見て、ジュリウスは幼少期の全てを費やし、己を鍛えた。直ぐに周囲との差が開いていった。その差は埋めがたい断崖となり、ジュリウスもその間に橋を架けることを諦めた。

相互理解を放棄したというよりも、理解不能であったと言う方が正しいだろう。

幼い頃は不思議に思ったものだ。

何故みんな、こんな簡単なことが出来ないのだろう。

かつてのジュリウスは、心底そう思っていた。

例えば戦闘訓練、例えば座学、例えば銃の分解、例えば指揮官訓練、例えば……。

あらゆる訓練にて、想定以上の結果を叩き出した。時には教官すらも超え、ジュリウスは大成していった。

だが、ジュリウス自身の感覚としては、そう“努力”を重ねた故の結果ではなかった。

やってみたら出来た。それくらいの感覚だった。

ジュリウスにとっての努力とは、スポンジが水を含むかの如く、あらゆる知識を吸収することだった。

注ぎ込めば注ぎ込む程力を蓄える、底なしの井戸のようだった。水を注ぐ作業。それに関して、労した覚えはない。

血を吐いて努力をしても、結果に届かないこともあると今ならば解るが、幼い傷付いた少年は他者を慮る心が欠如していた。

全ては唐突に冷たい世界に放り出された少年の、叫びと祈りからくる残酷さであった。

誰かに必要としてほしい。

ジュリウスの心からの願いだった。

誰かを必要とする……誰かを愛するということを知らぬ、愛されることのみを欲していた少年の罪だった。

 

ジュリウスは忘れない。

自分の護衛として付けられた少女に向かって言ってしまった、あの一言を。

きっと、当時の大人達は、そうして人間関係が破綻しつつあったジュリウスを思い似たような境遇の少女を側に置いたのだろう。

大人達の汚さによって少年は、訓練の過酷さによって少女は、お互いを思うことが出来なかったのだ。

そしてジュリウスは口にしてしまった。共に受けた訓練で、少女の何度も繰り返す失敗に対して。

なぜこんな簡単なことが出来ないのか、と。

嫌味に聞こえたなら、まだよかった。喧嘩なり何なり、反撃を一つもらえばそれで帳消し。怒りであっても、心の交流があるだけまだマシな状況だっただろう。

だがジュリウスは、心の底から解らないといった風に、純粋な疑問として、それを口に出してしまったのだ。

きょとん、と小首を傾げて。

それは冗談でやっているのかな、と思いながら。もしかしたらそうやって自分を笑わせて、会話の糸口を探そうとしているのかなどと、的外れな期待を抱いて。

持つものは持たぬものの気持ちを理解することは決して無い。

 

その少女は無言だった。

無言で、ただ視線だけをジュリウスに返した。

空虚だった。

曇り空のように灰色の瞳がそこにあった。

ジュリウスは己の過ちを悟った。

ジュリウスの不幸は、愚かではなかったことだ。その賢さ故に、己のしてしまったことの意味を理解したのだ。

少女の瞳には、何も映されていなかった。眼前にいるジュリウスさえも。

夢、希望、未来への期待……子供が抱くべき全ての美しいもの。少女の瞳は、世界を映すことが無くなってしまったのだ。

美しいものを映すはずだったその瞳を塞いだのは、自分だ。

“空”となってしまった少女。

その日から、少女から感情というものを感じることが無くなった。

甘いジュースを飲んでおいしい、綺麗な絵を見てすごいと思う、そんなそれまでほんの少しだけ残っていたものも、何もかもが無くなってしまった。

ただ刺激を刺激として受け止めているだけのような、息をすって吐くだけの人形のような存在になってしまった。

そしてジュリウスは、“人間”となっていた。

天賦の才故に人の心が解らなかったジュリウスが、初めて他者の心に触れたのだ。少女の心を壊したことによって。

ジュリウスは、少女の心を喰らって、人の心を得たのである。

 

苦い、あまりにも苦い思い出だ。

その後、少女は自然とジュリウスから離されて、どこかに消えてしまった。

便箋に何かを書き綴っていたような姿を最後に、それきり少女を見ることはなかった。

少女がどうなったかはジュリウスも知らない。問うても誰も教えてはくれなかった。調べようとしなかったのは、恐れていたからだ。己の罪を形として見たくはなかったからだ。

心なくしては、孤独の渦から逃れることはできない。

孤独の恐ろしさをジュリウスは知っている。

この世界で、ただ独りで生きていくことは出来ないことを。

心を閉ざし孤独に生きることになった少女に待ち受ける未来が、暗い陰惨としたものであることも。

 

寒い世界だ。身を寄せ合い、お互いの体温で温め合う家族が必要だ。

できれば気の合う者がいい。きっとそれは、相手だってそう思っているはずだ。

だからこうしてジュリウスは、“適合試験”には必ず顔を出すようにしていた。

一人目は、希望に胸湧く温かな日差しのような少年だった。

一年経ち、未だぎこちなさは残るものの、よき関係を築けていると思う。距離感が計れないのは、これは自分のせいだ。踏み込まれることに臆病な自分の。

二人目は、つい先日に適合試験が通ったばかりの、底抜けに明るく朗らかな、人懐こい子猫のような少女だった。

軽く自己紹介は済ませておいたが、こちらも相手の懐に嫌味なく踏み込むような性格で驚いた。距離を詰められると一瞬警戒してしまうのが悪い癖だとは解っている。心を開かねばならない。

きっとこの二人になら、胸の内を打ち明けたとて、信頼し合うことが出来るはずだ。

そして今日。

三人目が配属される――――――。

 

「失礼する、『ラケル博士』」

 

空気が抜け、機械式のドアが開く。

一言部屋の中に向け、足を踏み入れた。

 

「ジュリウス」

 

嬉しそうに語尾をとろりと延ばす、特徴的な口調の女の声。

背筋を這うような艶が含まれた声だ。

きり、という機械式の車輪が回る音。自動式の車椅子を振り向かせ駆動音である。

車椅子というハンデもまた、彼女の蠱惑的な雰囲気を彩る一つのアクセサリの様にしか感じられない。

車椅子毎ジュリウスに向き合った部屋の主。

彼女の名は、『ラケル・クラウディウス』

フェンリル極致化技術開発局、通称『フライア』の、副開発室長である。

ジュリウスを見やる視線は、額に掛かる黒のヴェールに隠れ、暗がりの向こうに柔らかく細められていた。

 

「新しい家族が増えますよ。ほら」

 

指し示すのは、大型モニターの向こう。

四方を対アラガミ装甲壁で覆われた、適合試験室の映像である。

ラケルは投影されたパネルを、細く折れそうな程の、まるで氷の彫像のような繊細な指先で叩く。

金色で装飾されたモニター群に向かう姿が、まるでパイプオルガンの奏者のような、宗教画染みた荘厳な姿に見える。

 

「あなたの兄弟が……私の新しい子供が出来るよう、祈りましょう」

 

そうだな、とだけジュリウスは答えた。

時折ジュリウスは、ラケルに言い知れぬ恐ろしさを感じることがある。

例えば、今だ。

適合試験とはゴッドイーターの適性が認められたものに腕輪を装着し、神機と結合させ偏食因子を注入することを指す。

年々精度が高まり、今ではほぼ失敗は無くなったというが、それでも失敗の可能性はゼロではない。

資料でしかジュリウスも知らぬことだが、この適合試験に失敗した者は、人のカタチを失いアラガミとなってしまうという。

試験などと言うが、これは実験だ。適合実験とするのが正しい表現であるだろう。

適合試験はゴッドイーターの活動領域で行わなければならない、という規定を考えれば、ジュリウスがこの場にいる理由も自ずと知れよう。

ジュリウスもまた、この場にある種の覚悟を持って臨んでいる。

場を和ませようとしているのだろう、くすくすと嬉しそうに笑うラケルに、ジュリウスは頷くことは出来なかった。

言葉尻だけを捉えるならば、なるほど祈りの言葉であるだろう。だが、そこに込められた感情は、何か揶揄する響きがあることを感じられぬジュリウスではない。

ラケルはこういった、乗るか反るかといった賭けのようなものを好む傾向があった。

退廃的というのだろうか。滅びを望むような一面もあるような気がする。

趣味趣向の類なのだろう。性癖とでも言うべきか。

大恩ある相手だ。ジュリウスは咎める事はない。

重要なことは、彼女ではない。これから新たなゴッドイーターとして歩み始める、“彼”の往く道である。

 

「どうかその行く先に幸多からんことを」

 

「ええ……きっと、世界を導く、その礎となってくれるでしょう。いえ……その礎となった多くの先の、頂きに立つことになるのかも。頂点は二つもいらない」

 

「博士、何かおっしゃりましたか?」

 

「世界を導く子どもたちを得て、私は幸せに思っていますよ、とだけ。彼がこちらを見ていますよ」

 

手を振ってさしあげましょう、とラケルは言った。

ジュリウスはそれを曖昧に笑って拒否した。モニターの向こうからこちらの様子は見ることはない。レンズを通して一方的なやり取りしかないからだ。

祈りを捧げる以上は、流石にセンチメンタルに過ぎはしないだろうか。ジュリウスは希望を抱きこそすれ、過剰な期待をすることはない。

だが、視線を感じた。

モニターの向こうから。

刺すような、痛みを伴う視線を。

馬鹿な、ありえない。ジュリウスはその感覚は気のせいであると否定した。己の感覚を、否定したのだ。

カメラのレンズの、さらにモニター越しに“見られている”などと。

自身の感覚を否定するジュリウスは、まったくの無防備だった。

ジュリウスがふとモニターを見た瞬間である。

視線が、絡み合った。もはや疑いようも無く、明確に。

吐息が凍える。

 

「む、お……ッ!」

 

圧。

そうとしか言い表しようの無いプレッシャーが、室内に充満する。

足が後ろへと下がる。無意識に体だ硬直し、血管が収縮する。戦うための身体を、本能が造ろうとしている。

湧いた頭に氷柱を突き入れられたようだ。

脅威。脅威だ。

大型のアラガミを前にしても終ぞ感じることのなかった、脅威が目の前にある。

モニタの中に映るのは、中肉中背黒髪の東洋人の青年。

これといった特徴はない。

冷たい実験台の上に横たわった、無防備な姿を晒している。

だが、その隙からは一切の隙もうかがえない。無防備であるのは、ジュリウスの方であったのだ。

カメラを、モニターを、その先にいる自分達をじっと見上げる青年に、ジュリウスの総身は粟立った。

乾いた喉が張り付き、熱を発し始める。

身体は鳥肌が立つほどに寒いというのに、熱い何かが喉元に競り上がってくる。

矛盾。

どうしてこんなにも冷たく、胸が熱いのだろう。

 

「気を楽になさい。貴方はすでに選ばれて、ここに居るのです……」

 

ラケルがマイクのスイッチを上げる。

そのまま適合試験の説明を始めた。彼女なりの笑えないユーモアを交えながら。

“彼”の周囲に、機械群が展開を始める。最新鋭の適合試験機器である。

展開を繰り返し、競り上がってきた台座には、黒塗りの神機が。

まるで棺のようだ、とジュリウスは思った。

神機が納められた台座には、手を差し込むスリットが設けられている。

箱型の最新鋭試験機器は、そのスリットに手を収め、上から蓋をするようにして叩き付けて作業を完了させる。

片腕を収めたその箱が、ジュリウスには棺のように見えてならない。あるいは、そのまま、ここが彼の墓となるのだから。

 

「気になりますか?」

 

ラケルに呼ばれ、意識が戻る。

いつの間にかジュリウスは、モニターの向こうにいる彼と見詰め合っていた。

距離も角度も、何もかもを超えた邂逅であった。

感応現象のそれとは異なる、意思を超えた、超常的な精神の触れ合い。

不可思議な出来事だった。ジュリウスにとって、初めての。

ラケルがスピーカーのスイッチを再び上げた。

ジュリウスにマイクを差し出す。

 

「俺は……ジュリウス・ヴィスコンティ。お前が配属されることになる部隊の、隊長だ」

 

適合試験を通る前の者に、配属先の部隊長が声をかけるなど、異例なことだ。

しかしそうあることが自然なことであるかのように、ジュリウスは彼へと、自らの名を告げた。

彼は手首をさすっていた。右の手首だ。手首を一周するように、テープで薬剤アンプルが固定されていた。

テープを面倒そうに剥がす彼。皮膚の色が、その周辺と上腕部とで、酷く異なっていた。

事前の人事通達資料を思い出す。

確か、極東にて第二世代に適正が認められたものの、すぐに“乗り換え”のためにこちらに派遣された新兵であったか。

不機嫌そうな顔は、今回の人事異動に不服を感じているからだろうか。

極東のような最前線、ゴッドイーターの華とも言うべき戦場から引き抜きを受けたのだ。無理も無い。

“ここ”は正直なところ、“実験艦”という色合いも強い場所だ。

フェンリル本部直轄ということで、多少なりとも無茶が通る。

そう、『フライア』は常に人員を求めている。

“第三世代”に適正のある人員を。

 

――――――どーも。ジュリウスさん。カガ……神薙・R・ユウです。

 

男が頭を下げた。

寝そべったままの不恰好なものであったが、目を伏せ出来る限り首を曲げる、丁寧なオジギだ。

素っ気無さは愛嬌であろう。上司に対する態度としては不足であるが、大胆不敵な人物であると好感が持てる。

人事を不服に思ってはいるが、隊長の自己紹介を無視することも出来ない、といったところだろう。それが彼の性格の律儀さを現している。

挨拶は大事だ。確か、極東の古文書にも書かれていたはず。

なるほど、これが極東人か。極東の教育レベルの高さが垣間見えた気がする。

彼の視線の高さが戻る。

彼の……ユウの口元には、笑みが浮かんでいた。

柔らかな笑みが。

だが。

 

「ユウ、か。今後ともよろしく頼む」

 

ジュリウスの凍える背筋と、燃える胸の内には何ら変わりようがない。

優しく緩む、ユウの唇。

だがその目が、全てを物語っていた。

深淵。

深く、暗い、虚無の洞。

底なしの井戸を覗き込んだような――――――否、これは宇宙だ。

ジュリウスはユウの瞳の中に、宇宙の真理を見た。

底知れぬ、底など無いかのような、無限の可能性を。

ユウの瞳に映る己の姿を、ジュリウスは見た。

そして、理解した。

目の前に居るこの男は、自分と“同等”の存在であることを。

 

「Rの系譜か、あるいはオリジナルに繋がるものか。それそのものか……どれでもよいでしょう。とても、楽しくなりそうですね。宴は華やかでいなくては。フフ、フフフッ」

 

くすくす、くすくすと、ラケルが笑っている。

喉の奥で転がすようなか細いつぶやきは、機器の設置が完了したアラームに掻き消され、ジュリウスに届くことはなかった。

あるいは、届いていたとして、その後の“二人”の運命を変えることが出来ただろうか。

神なる者にも解るまい。アラガミにも、人にも。全ては世界の選択のままに。

 

「何も恐れることはありませんよ。貴方はそう……『荒ぶる神』に選ばれし者ですから……フフッ」

 

ラケルがパネルを撫でる。

官能的な指使いは、正に戦士を死地へと誘う美しい死霊の指だ。また一人、新たな戦士が生まれる。

きっと、地獄の底を舐めるような、窮極の戦士が。

 

「貴方に祝福があらんことを――――――」

 

棺に目掛け、激しい回転運動を伴う適合機が叩き付けられた。

ドリルの様に、腕輪を装着者へと癒着させる。

轟音。

モニタの先の音が、こちらまで漏れ伝わってくるかのようだった。

ユウは一瞬、背を仰け反らせたが、奥歯を噛み締めるかのようにして悲鳴を押し殺していた。

呻き声一つ漏らすのみ。耐え難い激痛だろう。脂汗を流しながら、それでも弱音を吐くことはない。

自分の時はどうだっただろうか。

気付けばジュリウスは、モニターへと手を差し出していた。苦痛に歪むユウの頬を撫でるようにして。

接合は数秒。ユウが台座から転げ落ちる。

 

「適合失敗か……?」

 

「いいえ。よくご覧なさい」

 

慈愛に満ちたラケルの視線の先には、ユウが、神機の剣先を地へと刺し杖として、膝を震わせながら立ち上がらんとする姿が。

“生まれた”のだ。

ジュリウスは、あらゆる理屈を超越し、そして直感する。

光りと影。表と裏。天と地。

あれは、己の表裏一体となるべく存在だ。

 

「貴方に“洗礼”を施した時とそっくり……」

 

ふわり、と黒いヴェールの向こう側でラケルが優しく微笑んでいた。

絡められた両の指先に、見えない糸が絡められているような、そんな気がした。

 

「おめでとう……これで貴方は神を喰らう者、ゴッドイーターに成りました。いいえ、戻った、といった方が正しいかしら。

 そして、これから更なる『血の力』に目覚めることで、極致化技術開発局『ブラッド』に配属されることになります。

 ゴッドイーターを超越した、選ばれし者ブラッド……来るべき新たな神話の担い手……」

 

苦痛に喘いでいたユウが、天を睨む。

ジュリウスの胸の奥に灯る熱い何かに、名が付いた。

感応現象ではない。意識のやり取りではない。説明不可能な、感情のうねりのような何かに。

思う。

果たして、自分は家族を、仲間を、庇護し合えるような、支えねばならないような、隔絶した存在として見ていなかったか。

何と言うことだろうか。まるで進歩がない。自分の精神は、少年時代のままではないか。守ってやらねばならない存在を欲していたなどと。その対価に愛されようとしていたなどと。

果たしてそれが、自分の真なる望みであったのだろうか。

 

ジュリウスは、その天から与えられた才により、己の感情を正確に把握した。理解した。

ユウという男があらゆる面において、己に差し迫る“格”を有した存在であることを。

ユウが立ち上がった姿の向こうに、瞬間、ジュリウスは白昼夢を見ていた。

宇宙を見下ろす光点の頂が二つ。

一つはジュリウス。一つはユウ。

まるで世界をすべる“王”の座のようにして、二人は向かい合って立っていた。

神機を手にしたユウに、喉元に刃を突きつけられながら――――――。

 

ジュリウスの胸が高鳴る。

これは、暗喩だ。

ユウが自分にとって、重大な存在となることへの。

自分達は同等であり、そして対等である。

少女の空虚な眼を思い出す。

こびり付いた後悔の、その理由をジュリウスは思い知る。

 

ああ。なんだ。そうか。そうだったのか。

あの台詞は、自分にこそ向けられるべきだった。

なぜこんな簡単なことが出来なかったのか。なぜこんな簡単なことが解らなかったのか。

俺は、あの子と友達になりたかったんだ。

 

「我々は君を歓迎する。ようこそ、ユウ――――――『ブラッド』へ」

 

この胸に灯った熱を。

手に伝わる熱を。

ジュリウスは知っている。理解している。

かつて、幼さ故に踏み躙ってしまったもの。

同じ轍を踏んではいけない。もう二度と過ちを繰り返してはいけない。

ジュリウスは知っている。理解している。

自分が真に望んだものは、この手の内側にあるということを。

もう手放してはいけない。

自ら離れていってはいけない。

愛されること。愛すること。それは大切なことだ。人の一生の中で問い続けていかねばならないことだ。

両親を失った自分は、家族を欲し続けてきた。

だが本当は、もっと対等な存在を欲していたのではないか。

仲間……否。もっと、もっと、お互いを思いやらずとも側にいるような、傷付け合っても笑い合えるような、そんな関係を求めていたのではないか。

ああ、どうしてこんな簡単なことを今の今まで解らなかったのだろう。

自分が、そしてあの少女が、心の底から欲して止まなかったもの。

それは友情と呼ばれるもの。

例え、それがお互いの血を、肉を斬り合うような友情であったとしても――――――。

 

「貴方には……期待していますよ――――――」

 

ラケルが囁く。

その声が、果たして暗惨たる夜の闇を往く者達の、導となるであろうか。

 

 

 

 

□ ■ □

 

 

 

 

かつて、極東にニ柱の神様がおったそうな。

その神様達はひょんなことで口論となり、“神遊び”をすることとなったという。

極東の神々は仲違いをすることが多々あり、ここが他国と異なる点であるが、戦争ではなく、喧嘩をそこいら中でしていたらしい。それもくだらない理由の。

二柱の神様達もまた、くだらない理由での喧嘩をしたのである。

曰く、最上の苦痛とは何か。

ある神はこう言った。それはすなわち、重い岩を背負って国中を歩き続けることである。

ある神はこう言った。それはすなわち、腹痛を我慢することだと。

はあ? そんなん我慢するの全然つらくないし。出すの我慢するのが最上の苦痛とか馬鹿す。

よっしゃそんならお前試してみろし。限界までな。

結果は……言わずもがなである。

汚い絵面になったことは想像に容易いだろう。

ていうかそれが極東の土台を作った神様の話しだよ。国譲りするまでトップの位だった神様の黒歴史だよ。

つまり何が言いたいかっていうと……極東人は胃腸が弱いってことだよ!

 

極東支部を出発して早いもので、あれよと言う間にフライアに到着していた。

写真で見た時は、超巨大陸上戦艦じゃんすっげー、とか思ったりもしたが、そんなものはフェンリル御用達の輸送機の中で消し飛んだ。

榊さん……腹が、痛いです……。

機内食の干からびたチーズがクリティカルヒットしたらしい。何かやたら高いメーカー品らしいが、チーズの良し悪しなんかバンピーが解るわけがない。

鋼の胃袋を持っていると思っていたが、こうまで弱るとは。

いや、原因は解っている。

アリサだ。

 

初めは普通に話してるんだ。

でも、だんだん涙目になっていって、最後は「ごめんなさいッ!」って急に顔を抑えて走って行っちゃうんだよ。

俺、何かしましたかねアリサさん。

コウタやソーマの何か言いたそうな顔が超つらいの。特にソーマ。「俺の苦しみの十分の一でも味わえ」とか分け解んないし。

久しぶりに会ったサクヤさんも俺を見て溜息吐くし。

そんなこんなで、出発直前になってもアリサには何も言えずに旅立つことになってしまった。

まあ、一応秘密任務ですからいいんですけどね。

ああ……お腹がキリキリしてきた。

胃痛が腸の不調に繋がってる。

持ってくれ、俺の全角アスタリスク。

 

と、俺が過去最大の戦いを繰り広げていると、やってきました独立起動拠点フライア。

なんだろう、ものすごく消耗した気分だ。輸送機の窓から外を見ても何も感じない。思ってたよりもキャタピラがデカイな、くらいだ。

あれよと言う間に、オサレ紋章の付いたダークスーツの男達に周囲を囲まれ、実験室まで直行である。

お願い。お願いだから、トイレに行かせて。お願い。

そろそろ限界だから!

いいのか! ここでやるぞ!

なんかやたら冷たい台の上に寝かせられたけど、冷たさが俺の腹に継続ダメージ入れてくるけど、いいのか!

ていうかもう声もでないくらいのレッドゾーンなんですけど!

 

何か色々スピーカーから言われたりしたけど、全く耳に入ってこない。

誰なの? 女の人? 確か何とかいう博士だっけ。どうせ何か起きた時の黒幕でしょ。わかるわかる。

ていうか準備長いよ。お願い早く終わって……。早く、早く、早く、腹が痛いんだよぉおおおおっおっおっ!

はああ!? 名前!? 言えばいいの!?

カガ……おっと、ナムサン。これは罠だ。例え腹痛に苛まれようと、俺は死亡フラグを華麗にパリィするぜ。

 

――――――ドーモ。ジュリウス=サン、『神薙・R・ユウ』、デス。

 

それにしてもミドルネームが恥かしすぎるよ榊さん。

恥かしさで引っ込んだよ榊さん。

ていうか何なの、上司ぽいけど、顔も見えない状況でいきなり自己紹介されたし。俺寝転がってるし。お腹痛いし。

散々だよフライア!

あああまた痛みの波が来たぁああああうわああああ天井からドリルみたいなの出て来た怖ぇええええ!

これガチャーンってくる? くるよね? わかってる。くるんでしょ!

ほら来たー! ガチャーン来たー! はい痛い痛い。でも俺の腹の方がヤバイぞ! ははは、痛い、そして痛いぞ!

お腹痛いのが極限までくるとエビゾリしちゃいますよねぇぇえええ! ビクンビクン!

ああ、目の前が真っ白になっていく。何だこれは――――――。

 

ももももう限界!

限界ですからあ!

もう、でちゃ……アオオーーーーッ!

なんなんだよこの上半身締め付ける服もぉおお!

試験室に入れられる前に渡された、フライアの……ブラッド隊の制服。

おティクビ様の形が浮かび上がる程のピチピチインナーに、ほんとなんでこんなデザインにしたのかという胸の部分だけ隠された上着。

ヘソの形まで浮かんどる。

いや、これが制服だっていうんなら諦めよう。なんかもう、色々と諦めちゃいけないものがあるだろうけど諦めよう。

逆に考えるんだ。

ピチピチでもいいさ、と。

男でこれなら、女はどうだ!

ヘソがこんなに形が解るなら、後は……わかるな!

おっぱい!

おっぱい!

ああ、おっぱい!

ちょっと希望が持ててきた! 先行きは明るいぞ!

ありがとうフライア! 来てよかったブラッド! よろしくまだ顔も解らないジュリウス隊長!

でもまずはトイレに! トイレにいかせてください!

もう限界!

限界ですからあ!

 

 

 

 

□ ■ □

 

 

 

 

瞬間、目の前が真っ白に光り輝いたのは、白昼夢を見ていたからだろうか。

気付けば何も無い、白い、広大な空間に立っていた。

ふと、指先に小さな感覚が。子供の手だ。

人差し指と中指を、子供が、女の子がきゅっと握り込んでいた。

見覚えの無い女の子だった。

どう言い表したらいいのだろう。

寸瞬前まではショートカットだった。今ではロング、そしてボブに変わった。

肌の色も、透き通るように白い時もあれば、健康的な褐色をしている時もある。

眼も、背丈も、着ている服さえも、瞬きの合間に変わっていく。年齢も、あるいは性別さえ。

変わらないのが、この手に感じる――――――“懐かしさ”、だけ。

そうか。

お前は……。

 

言葉を制するかのように、少女は手を一度だけぎゅっと強く握り、そしてこちらを見上げて首を振る。

眼差しには、強い想いが込められていた。

解っている。

お前の“名”を呼ぶには、まだ何かが足りないんだな。

致命的な“何か”が。

そしてそれは、きっと俺だ。俺に足りないんだ。

このままではいけない。

まだ、“再開”には至らない。

そういうこと、だな?

少女は頷く。

こんなにも触れ合える程に近いというのに、なんと遠いのだろう。

全ては己の迷いが招いた結果であるというのならば、受け入れねばならないことだ。

だがそれで、少女にこんなにも……こんなにも辛そうな顔をさせてしまった。

ごめんな。

本当にごめん。

俺を本当の意味で理解してくれるのは、お前……“荒ぶる神”だけだというのに。

神を喰うお前を荒ぶる神であると言うのは、矛盾があるかもしれない。だが、間違ってはいない。

人と共に在ることを決めた荒ぶる神々が、お前達なのだから。

だから、お前をもっと、大事にしてやればよかった。

健やかな時も、病める時も、お前はいつも俺と共に在ってくれたというのに。

 

少女は答えの代わりに指差した。

指の先を見やる。そこは宇宙だった。広大な宇宙の海が広がっていた。

感じる。ここが宇宙の頂きであると。

星の煌きに、星屑の川。宇宙の頂点、それは世界の狭間でもあった。

かつて感じた、不可思議な感覚。己が己では無いような。あらゆる可能性を内包した存在となったかのような。

万能感と共に、結局己は己でしかないという虚無感。矛盾を抱えた存在に。

この瞬間、己は自己の壁を超え、単一であって群となっていた。

 

数え切れない沢山の俺。

その対岸には、孤独の主が。

金髪の、見覚えの無い精悍な顔付きをした男が立っていた。

お互い、唖然とした顔で見詰め合っていた。

一体なぜここに。

どうして。

お互いの存在がお互いにもたらす意味は。

寸瞬の思考。

雲耀よりも速く、身体が動いた。

手の内に、ずしりとした、“神機”の重さがあったからだ。

神機を持って相対するならば、道は一つのみ。

金髪の男の喉下へと神機を突き付け――――――。

 

ああ、なぜお前は、そんなに儚く笑っているんだ。

ああ、何故俺は、こんなにも口惜しい想いで、神機を振るわなければならないんだ。

何故俺は。

泣いているんだ。

紛い物の心で、自分自身のためにしか泣けない癖に。

 

 

 

 

□ ■ □

 

 

 

 

西暦2074――――――神薙・R・ユウ、極致化技術開発局へと正式に配属される。

この後、数ヶ月の時を経て、血闘者(グラディエーター)の二つ名にて称されることとなる。

ゴッドイーターの極致へと歩むものとして。

怒りの日は、来たる。

 

 

 

 

 

 

 

 





新年明けましておめでとうございます!
新たな年も開け、開運として今回は早めに投稿させて頂きたく思います。
開運! 運よ開け!

しかし、何だかんだストーリー面で言われておりますが、設定厨である私の眼からみたGE2は非常に完成度が高くまとまったものであると感じます。
これ、勘違い入れる要素とかどうしたらいいんだよ……。
まだ繋ぎの回や幕間は、物語を進めたりワンクッション入れるためだから勘違い要素薄くてもいいとして。
今後かなり厳しくなっていくかもだぜ・・・! ただでさえGE2は話が暗いしね!
GE1とバーストに比べて圧倒的な暗さ。お気楽な主人公でも覆せるかどうか試してみなきゃわからんぜぇ!

しかし本当にそろそろ私の脳からギャグネタが枯渇し始めてきました。
ネタを、ネタをください。
面白い勘違い、ギャグ、キャラ同士のからみ。
何でもいいのでネタをください。
特に勘違い要素のところを!
こ、このままでは普通にオリ主再構成モノになってしまうう。


○新年初懺悔

ロミオ(R)
リヴィ(L)
ファーーーーーーーーーー!!!!

はずかしすぎるんご!ウオォ
で、でも後書でのやらかしだからいいよね・・・!ねっ!
それもこれもレイジバースト(R:B)のOPの出来が良すぎるのが悪いんやぁ・・・・・・!
もうアニメ版GEも期待するしかないじゃないですかーやだー!
マヨマヨファンタジー!



※活動報告も更新ー。

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