フェンリルに勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない   作:ノシ棒

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一つ一つにご返送できず申し訳ありません。感激しつつ全てに目を通しております。
皆様のお声がとても励みになります。今後ともお声をいただけたらありがたいです。



ごっどいーたー:16噛 GE2

神さま。

ああ、神さま。

私は罪過を犯しましたでしょうか。

償いの機会は与えられないのでしょうか。

手には至福。

頬には楽園。

鼻腔には極楽が。

おお、何と言うことでしょうか。

凄まじい既視感が今ここに。

あれは、そう、俺が初めてゴッドイーターになった時。

事務手続きをしようとして受付カウンターへと向かった時の話だ。

思えば、俺の地獄はあそこから始まったとも言える。

 

セクハラ事案回避のために、焦って打ち込んだ口座コードがまさかの間違い。その後に続く俺の赤貧生活。

ほとんどが慈善団体に送金されてたそうだけど、俺は知ってる。

うん、後日口座のことを知って、良い話でまとまりそうだったけど、俺は知ってるんだ。いくらかの金額がどこかに消えていったことを。

確実に口止め料さっぴかれてるじゃないですか、やだー。

ヒバリさんだからこれくらいで済んだととるべきか・・・・・・スタミナドリンクとかを売りつけてくるどこぞのゼニゲバ事務員みたいなことはなかったわけで。

うん、でも俺にはわかるぞ。

今回はそれじゃすまないってことくらいは。

これはあかん。あかんやつやこれ・・・・・・!

ざんねん! わたしのぼうけんはこれでおわってしまった!

 

適合試験が終わり、偏食因子が定着するまでミッションは受けられないとのことで、フライアを観て回ろうかとロビーの階段を昇る俺の眼に飛び込んできたものは。

白い――――――女の尻。

小ぶりの、しかし肉つきのいい、白いタイトスカートに包まれた尻が、空を“飛んで来た”。

宙を舞う書類に、飛ぶ尻に遅れて聞こえた悲鳴から考えるに、階段を踏み外しでもしたか。

これはもう避けられないし、まだ階段の半ばだ。受け止めなければ彼女が大怪我をするかもしれない。

直撃ルート。覚悟するしかない。

 

我ながら腑抜けすぎていたとも思う。“巣”にいるときは警戒心が失せるのが俺の悪い癖だ。突発的な事故や、あるいはテロ行為に気付くのがどうしても遅れてしまう。俺の力は“バネ”らしい、力みと緩みの繰り返しだと言われたが、こうも繰り返すと嫌になる。

大車事件の中も、それで女の子を一人死なせてしまっている。

ガーランド・シックザール事件では、アーサソールに背後を制され遅れをとった。

有事の際は対処出来る自信はあるが、何かが“起きる”まではてんで役立たずだ。全てが後手に回ってしまう。

仲間内にも被害を出してしまっている。

ヒバリさんもそうだったが、アリサにもやらかしたことがある。

料理を失敗したショックか何かで、階段落ちしたアリサを受け止めたことがある。ここまではいい。問題はこの後。“南半球”がまろび出てしまったらしく、俺の上で密着状態から退くに退けず、もしょもしょと動くアリサに天国と地獄の時間を味わった。

うん、「また」なんだ。済まない。

仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。

でも、この状態を見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない「ときめき」みたいなものを感じてくれると思う。

殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい。ここにバーボンはないけれど。

ソーマならスマートに受け止めたんだろうが、そこは俺だ。

師匠から教わったムーブメントが、今ここに。眼の前に。

 

具体的に言うならば。

階段を踏み外した女性――――――尻の肉付きからして十代だろう、少女と呼ぶのが正しいか――――――の股座から、ひょっこり顔を出している俺。

女性が俺の顔面の上に、尻を乗せている絵面。

ガードマンの人達がぎょっとした顔でこちらを見ている。怖い。

タイトスカートがぱかりと開かれていて、丈が短いスカートでそんなに足を開いているのだ、俺の目の前で。あとは……わかるな?

 

下顎にしっとりとした柔らかな感触。

ひくりと動く秘密の場所。

脳髄の奥まで染み渡る甘い香り。

凄まじいToLoveるである。脳内文字も誤字変換起こすくらいの焦りよう。

よし、死のう。

 

「ん、ごほん! ……適合試験お疲れ様です」

 

さっとその少女は腰を上げると、咳払い一つ零して側に立つ。

散らばった書類に眼もくれず、耳が赤く染まっている。少女の動揺も一塩なのだろう。

オペレーションカウンターに回り、背筋を正して腰を折る少女。

 

「フライア所属、ミッションオペレーターのフラン=フランソワ=フランチェスカ・ド・ブルゴーニュです。よろしくお願いします」

 

わあ、特徴的な名前。

オペレーターの少女、フランの自己紹介を聞きながら集めた書類をカウンターに置く。

「ありがとうございます」と折り目正しく礼を述べながら書類を返すフラン。「記入をお願いします」、とペンが差し出される。

電子統一時代になっても、こういう書類でのやり取りは旧時代のままだ。むしろ、旧時代よりも物資の貴重性が上がったため、物質的なやり取りに信頼を置いているのかもしれない。

諸事項を書き込んで、名前、神薙・R・ユウの名をサイン。

新しい身の上となったこの身である。口座番号やその他登録情報はいまいち覚え難くても仕方がない。

だが、もう口座を間違えることなんてしない。

何かもう、いっぱいいっぱいで頭の中ぐるぐるしてるけど、きっとしてない。してないはず。

「お預かりします」と回収される書類。

それきり微動だにせぬフラン。

ノースリーブの制服からみえる白い肩が眩しい。

細い二の腕の先を包む、白い手袋。素晴らしいムーブメントポイントだと思います。

俺には死神の腕にしか見えていないけどね!

 

「何か?」

 

いや、その、こちらが何かっていうか。

死刑宣告はいつなのでしょうか・・・・・・。

 

「何かありましたか? ありませんよね?」

 

イエスマム。

何もありませんでした!

ありがとうございます、ありがとうございます!

 

「そうですよね。では次にこちらの書類を・・・・・・」

 

うわぁぁぁ女神やぁぁぁ。

ノースリーブタイトミニスカの女神がフライアにおったでぇぇ。

このご恩は忘れませぬ、忘れませぬぞぉぉ。

何かこの後も色々話したけど、テンパリすぎたのと安堵のサンドイッチで全部飛んじゃったよ。

お金とか経済の話? だっけ?

えっと、食べるだけあれば駄目なの? やっぱり男は経済力がなけりゃって、そういう話?

なんだろう、泣けてきた。

ゴッドイーターになった最初の方、俺の稼いだお金、全部もう神機様が片っ端から吸い取っていっちゃったからなあ。

“この”相棒はそんな無茶しないだろうか。

まさかまた神機さまだったりとか・・・・・・いやまさかね。

言わなきゃよかった。フラグに思えてきた・・・・・・。

 

しかし女の子との会話は苦手だ。

どこが地雷なのかさっぱりだもの。

困った時のバガラリー語録と、最近インテリになったソーマきゅんのウンチクメモは手放せないな。

いやー会話が弾む弾む。

ソーマ、見てるか? お前のインテリモテテクニックはフライアでも有効だ。

ちきしょん。

 

悪の巣窟かと思いきや、凄い近代化してるっていうか、お金かかってますねここ。

いやーフライアいいとこ一度はおいで。

極東の皆。俺、ここでもやっていけそうです。

加賀美リョウタロウ改め、神薙・R・ユウ。

がんばります!

ほどほどに!

 

 

 

 

□ ■ □

 

 

 

 

あらゆる対象を捕食しながら進化を遂げ増殖するアラガミに、人類は為す術もなく、世界の総人口は100分の1にまで減少。

60億の人類が、今や6千万以下。日に何百、何千という人間が喰われて死んでいく。

以降、人類は衰退の一途を辿り、死滅への道を進み続けている。

そんな世情で、家名を背負う意味とは何だろうか。

極東のような慣習によるものではない。継がれ続けてきた姓、所謂特権階級であるその証明のことだ。

この場合の特権階級とは、文化や歴史的なものを指す言葉ではない。

フェンリルによる統一社会となった今では、特権階級とは即ち財力。

企業統治に相応しく、文化的歴史的財産は全てが等しく無価値とされ、金の力によってのみ立場が保証されているのだ。

この世界の中で家名を背負うこととは、フェンリルの庇護を受ける資格を有しているということ。

つまり、それだけの財産を有しており、社会を支える一柱となっている証明でもある。

金を溜め込み、フェンリルのために使わせる。

あらゆる全ての力ある“家”が、保身に奔るこの現状。

歪んでいる、というのがフランの率直な意見であった。

 

フランもまた、良家と呼ばれるに相応しい家の出身である。

飢えたことなど一度もなく、物がなく苦しんだことも一度もなく、暴力に晒されたことも一度もない。

この世界に産まれて苦しんだ経験は一度たりともなかった。

そして世界では今もなお、苦しみに喘いでいる人達が多くいることをフランは知っている。そう、知っているのだ。

何不自由ない家に産まれ、フランが唯一感謝したことは、修学に必要な環境がおおよそ整っていたことだった。

フランは学んだ。現在進行形で続くこの世の悲劇を、余す所なく。

そして学問の何たるかを正しく学び、血肉に変えた。フランには才があった。学問が人に教えるべく真たるものまでを学びとる才が。即ち、道徳、あるいは人道と呼ばれるものをである。

故に、フランは恥じたのだ。富める者であるというのに、苦しむ人々に何一つ助けを与えられない己を。そして、己の産まれた家を。

家の者は皆困惑したことだろう。幼い少女が唐突に、フェンリルに行く、と言い出したのだから。

フランの出した結論は唯一つである。己の学んだ知識を、世の支えとする。これだけだ。

少女らしい穢れの無い、純白の願いであった。

 

貴族の精神を取り戻せ、と私財を投げ打って社会奉仕をし結果跡取りを全て取り上げられたという、かの有名なフォーゲルヴァイデの例がある。

娘をフェンリルに、ましてやゴッドイーターなどにさせるわけにはいかないという家の者達の心情も理解できる。

だがフランは己を曲げることはなかった。拝金主義である家に対する反発もあったかもしれない。

反抗期の一言で済ますつもりもなく、そしてフランは行動した。

伝手やコネはいくらでもあった。フェンリルへコンタクトを取り、ゴッドイーターへの志望は偏食因子に適合せず取り下げられることとなったが、オペレート能力に適性ありとされ教育を受けることとなった。

数年で全ての過程を修了し、単独で一拠点のカウンター業務をこなせるまでの事務能力をフランは身に付けたのである。

そしてフランに任ぜられた配属先、それがフライアだった。

フライアが求める人材とは、極致化の名が示す通りに才溢れた者達であった。

移動拠点という特性上、身軽でなくてはならず、少数精鋭の体となるのは自然なことである。

単独でのフライア及び、ゴッドイーター達の任務取り扱い。それがフランに求められた仕事だった。

フランにとっては渡りに船。オペレート教育を修了してすぐ、フライアへの配属を受理し、ここ・・・・・このカウンターへと立つことになったのであった。

当時、フラン十四歳の事である。

 

そして二年。フランはフライアにて、十六歳となっていた。

フライアで過ごす内、多くの人間と関わってきた。

職員、科学者……そしてゴッドイーター達。

フライアはこれまでゴッドイーターのほとんどを外部戦力に頼って活動してきた。フェンリル本部直轄である。戦力の補充は充満なものであった。

そんなフライアが独自戦力を持つとなれば、注目されることは当然のことだ。

それも、第三世代型神機……数年前までの新型を“第二世代”とする、新たなゴッドイーターがフライアで誕生するとなれば。

統括オペレーターであってもフランには知る由もなかったが、ジュリウスがその魁であったらしい。

ラケル博士の特別製だとされた黒金の腕輪が、今後は第三世代の証となるのだという。

自分が勤めることとなったフライアのゴッドイーター部隊ブラッド隊長、ジュリウスもまた、世界の歪みの犠牲者であった。

 

フランにとって、ジュリウスは掴み所のない人物だった。

移動拠点に必要な戦力は防衛戦力である。こちらから打って出ることは少ない。ジュリウスが任務を受注しにカウンターへと顔を出すのは数える程であり、書類仕事もすべて艦内メールで済んでしまう。

二年間行動を共にしたが、関わりはあまりにも少なかった。

奪われた者と捨てた者として決して交わらない一線があるが、自分達にはある一点で共通点がある。

人に尽くし、人から必要とされたい。

ジュリウスの言動からは、抑え様の無い願望が感じられた。

だが不思議なのが、ジュリウスはどこか他者と隔絶した壁のようなものを自ら作っていることだ。

そこにフランは危うさを感じる。ともすれば、“使われる”側になりかねない。

ジュリウスが一般のゴッドイーターから掛け離れた力を持っていることは理解できる。つまりそれは、翻れば最悪の駒となる可能性がある、ということだ。

それなりの情報があつまる業務をしているからだろうか。どうにも、フライアにキナ臭さを感じて止まない。

神機兵のテストがそれだ。運び込まれる機材リストには、人道的見地から破棄されることになったはずの技術が、グレーゾーンにまでオミットされてはいるが、いくつも記載されている。

少し手を加えれば本来の性能を発揮するだろう。使う者の良心に任せるしかない、という技術だ。

そう、良心である。

 

フランはこの艦にある人材へ、真なる良心というものを見出せずにいた。

その代表が、ジュリウスである。

ジュリウスには、何もかもあらゆる全てを受け入れる器がある。

その精神性も、恐らくは“受動的”なものであるのだろう。

人間としては非常に好ましい。

だが、陰謀渦巻くフェンリル直轄領のゴッドイーター部隊長としては、どうだろうか。

疑い、恐れ、淘汰する厳しさが必要ではないだろうか。

優しさと恐怖、この二つを矛盾なく両立させることが、真なる良心を持った者ではないだろうか。

ジュリウスは優しすぎる、とフランは思う。

人を計れるほどに、傲慢になったつもりはないが。

だが、このこびりついた危機感は、一体何なのだろうか。

何かが起きるぞ、という。

考え性である自分の考えすぎならばよいのだが。

 

――――――どうぞ。

 

極東人らしい曖昧な笑みを浮かべ、青年が資料を手渡してくる。

不要な争いを避けるための敵意がないというポーズらしいが、見るものによっては不快を与えるというアルカイックスマイルだ。

なるほどこれは、あまり良い印象は抱けない。どうにも腑抜けているような感じがする。ゴッドイーターとして頼りないように感じるのは、カウンターに立つ者としての視点であるからだろうか。

本日付で配属となった、全てのゴッドイーターを過去にする、新たなるゴッドイーター。

第三世代の体現者。

神薙・R・ユウ。それが彼の名である。

経歴におかしな点は無し。極東でゴッドイーターとなったというのに、すぐさまこちらに召喚されたことが不運である。ということくらいしか語る事はない。

考え事をしていたために彼の前で失態を演じてしまったが、それで嫌に馴れ馴れしくしてこないことには好感を持てる。

外部からくる、特にお偉い様方は、どうにもセクハラをしなければならないルールでもあるのか、あしらいが面倒なのだ。

最前線である極東出身と聞いて、有事の際の対処(カウンター)機能を期待していたが、さて。

どうやら平凡な出で立ちに似合う、平凡な“中身”をしているようだ。

それはそれで良いことである。どうにもゴッドイーター達は個性が強烈すぎて、付き合い難い者もいるのだから。

差し出された記入済みの書類を確認する。

 

「あの、口座番号のご確認はしましたか?」

 

――――――ええ。間違っていないでしょう?

 

その瞬間である。フランは不意を打たれたかのように驚愕するしかなかった。

へらりと笑うユウ。しかしこちらを責める険が含まれているように感じる。

危険な光りが眼の奥に灯されていた。

まるで、問うな、と言っているかのような。

記入されていた口座番号は、フライアに連なる、児童養護施設への寄付口座のもの。

即ち、ユウは命を削って得た金銭を、今後ほぼ全額養護施設へと寄付すると言ってのけたのだ。

正気の沙汰ではない。

新兵にままある英雄願望の現われであろうか。否、ユウにそのような気負った様子は見て取れない。

全くの自然体である。何を言っているのか、と問わんばかりに。

これは間違いではない。間違えているのは、フランの方だとばかりに。

フランの喉が鳴った。

平凡な人物だなどと、自分はとんでもない思い違いをしているかもしれない。

 

「質問してもよろしいでしょうか」

 

――――――どうぞ。

 

「フェンリルが世界を統治することとなり、全ての価値基準が資本となりました。貴方はそれをどう思っているのですか?」

 

言外に、ゴッドイーターであってもその社会構造からは逃れられないというのに、と含ませて。

得られる金銭を手放すような真似を何故するのか理解出来ない。

ユウは肩を竦める。

 

――――――無いと不便だな、とは思うけど、それだけだよ。

 

「それだけですか? 今の世界は貧しければ、文字通り生きていけないのですよ?」

 

――――――実体験だけど、案外それでも人は生きていけるよ。

 

「現実的ではありません。先立つものが無ければ、生きていくことはできない。失礼ですが、あまりにも楽観的すぎでは? それとも、私を世間知らずだと侮辱されるおつもりですか?」

 

――――――あー、ちょっとまって。ポケットにゴミが。

 

「ごまかさないでください。納得のいく返答を」

 

――――――はいとれた。うん、受け売りでいいなら答えられるけど。

 

「・・・・・・どうぞ」

 

――――――資本……金、か。金ってなんだと思う?

 

「お金は、ですから現在の価値基準であり」

 

――――――そういうことを言ってるんじゃあない。もっと根本的なことだよ。君はどう思う?

 

「私は・・・・・・お金とは、権威であり影響力であり、つまり力であると、そう思います」

 

――――――確かに、その通りだ。だからたくさん持っている奴が強い。そういう理屈だね。でも、俺が言っているのはもっともっと、根本的なことだよ。

 

「根本的な、こと」

 

――――――金で何をする? 突き詰めれば、物々交換に過ぎないんだ。最も基本的な経済行動から離れてはいない。

これは“その物”と同じ価値があるのですよ、と定まった額の銭を渡す。これが資本制の大前提だ。

この“同じ価値があるのですよ”という保証が通貨にはなければならない。どんな形であれ金銭を扱うということは、潜在的に信用取引をするということだからね。

“何かからの保証”によってこの数字に“価値が発生する”と、誰もが信じなければ成り立たないんだ。

つまり、“カネ”とは“信用”の数値なんだ。

 

「お金、とは、信用……」

 

――――――カネ・・・・・・『フェンリルクレジット』、統一貨幣だ。 

国家体制が崩壊し、貨幣に価値がなくなった。すぐさまフェンリルが世界統治をし、そして新貨幣を流通させた。

 

「フェンリルが信用せよ、と命じている。そして皆がそれを信用するようになった。経済的自然淘汰による資本主義ではない、ということですか?」

 

――――――人類史上、全世界の文明が一斉に崩壊して、全部が“おじゃん”になるモデルケースなんて存在していない。当然だけれどね。

あのままでは人類は自滅していたのだから、すぐさま一つにまとめなくてはいけなかった。そこで、フェンリルが取った手はこれさ。

 

「フェンリルクレジットという“信用”を発行することで、人類の精神性、“価値観、すなわち道徳”を“保証”した、と」

 

――――――経済活動でみちゃあだめだよ。わかりやすく提示された金の価値観だけで考えるから、おかしなことがそこいら中で起きるんだ。たくさん持ってるとか、少しも持ってないとか、そういうの。

多く持っているから優れている、幸せなんだという価値観。そういう上辺の幸せに浸らせることが狙いなんだろうね。

だって、フェンリルが造って、フェンリルが流し、フェンリルが価値を保証してるんだから。経済なんて概念は発生するわけがない。

全てコントロールされている。皆がそれをありがたがるからだよ。

これは経済を隠れ蓑にした、統治手段そのものだ。

 

瞬間、フランが感じたこの衝撃に、なんと名付けたらよいだろうか。

稲妻が脳天から背筋を駆け抜けたかのような感覚だった。

これまでの貨幣概念を覆す説・・・・・・否、フェンリルは初めから貨幣概念など流布しようとしていなかったのだろう。ユウによる独特な切り口は、フランに社会の新たな側面を示唆するものだ。

 

考えてみれば当然のことである。

国家体制が崩壊し通貨の価値もまた崩壊した。

人類の総数はもはや一億にも満たないのだ。海路、空路はアラガミに事実上封鎖され、インフラは死んだも同然となった。

ゴッドイーターの護衛による資材の運搬程度が限界だ。流通など不可能。経済圏など構築されるわけがない。

そこで事実上世界の統治機関となったフェンリルが、自らが保証する通貨を流通させたのだ。

自らが保証する貨幣、fc(フェンリルクレジット)による売買を行うようにと統一したのである。

旧時代の資本主義的価値観がそのままfcにシフトしたなどと、どうして考えられよう。

フェンリルが新しく示した社会構造は、共産主義ではなかった。

だから皆、企業が作った社会なのだから、資本主義に違いないと思い込んでいたのだ。

人類の業である。自分だけは大丈夫、助かる、死ぬことはない。だからこのままでいいのだ、という平和的な思考。

よもや自分達が“管理”されているなどと考えてもいないのだろう。

企業であるという肩書きに眼が眩んでいた。

もはやフェンリルは、統治機構なのだ。その目的はもはや利益のために動いているのではない。

 

――――――そう、信用によって成り立つ国家なんだよ、企業国家フェンリルはね。皆の信用・・・・・・信仰によってのみ成立する国家。これはフェンリルによる経済活動じゃあない。これは、宗教活動だ。

カネという神を創り、人類に信奉させることで一つにまとめる。そういう統治法なんだ、これは。文明が崩壊してなおそれまでの価値観にしがみ付いて離れられない人類へ逃げ場を与えてやること。

与えることが目的だったんだ。これまでの価値観を存続させることが人類の総意。そして、そういった“芯”の無くなった人類をコントロールするのがフェンリルの狙い。話は簡単だろう?

資本主義優位だった旧文明だ。それに即したものを与えてやれば・・・・・・。

 

通貨が信用から成り立つのであれば、それを得ることはだれかから保証される、ということだ。保証されることは安心につながる。

こんな世界で安全などあるわけがないのに、人は金を欲する。

その総数を100分の1に減らしたとしても。

だからフェンリルはそれをくれてやったのだ。

 

「与え続けていれば、コントロールは容易い・・・・・・」

 

――――――狡猾で、かつ効率的だ。上手い手さ。

 

誰もがフェンリルは企業であると信じている。

誰もが世界はフェンリルによって統治された、企業国家・・・・・・企業世界であると信じている。

だから、カネを持っているものが生きる世の中なのだと。

フライアの局長など、その典型例だ。

経済活動によって台頭したフェンリルは、そのまま、旧時代の価値観を用いて新世界を統治したのだ。という“許し”を人類に与えたのだ。

皆その案に乗ったのだ。心を明け渡すことで、安心をフェンリルから買った。

すなわち、フェンリルとは企業国家ではない。

宗教統一国家、フェンリル。

それがフェンリルの真の顔である。ユウはそう言っているのだ。

 

――――――何らかの理由で働けない非消費者層に、そしてアラガミに襲われて死んでいく層・・・・・・この二つが大きすぎる。これで経済型の流通社会を築こうなんて無理な話さ。

技術進歩と同時に人類の減少も歯止めが掛かった、なんてのは幻想だよ。全体の母数が減れば、そりゃ喰える量も減るさ。単に人類が減りすぎて、既に希少種になっているってだけだよ。

 

「貴方はどこで、このような発想に至ったのですか? とても普通では考えられない、異端とされる発想ですよ、これは」

 

――――――極東のスラム出身だったからね。最前線のスラム街だ。凄いよ。祈るくらいしか、することがない。

 

「それは・・・・・・その、申し訳、ありません。私が問うてはいけない事でした」

 

――――――君を責めてるんじゃないよ、お嬢さん。

どことなく君の言動からは気品を感じる。俺としちゃ良い所の出のお嬢様が、こんな血生臭い場所にいる方が驚きだよ。

極東でもあったけどね。女は強いというか、なんというか。君は真面目だな。

 

「それしか取り柄がありませんでしたから」

 

――――――言うね。ごめん、悪かったよ。謝るから怒らないで。頼むよ。

 

「怒っていません」

 

ようやく笑みが零れた。そして、ユウにも。

これが本当の彼の笑みであったように見えた。

春風のような、爽やかな笑みだった。

 

――――――ま、そんなつらつらと、やたらと長い理由さ。金は食べる分だけでいいよ。必要であれば、溜めなきゃいけないけど。必要以上あることを魅力だと言う人は、俺は好きじゃない。

 

「私もそう思えたら・・・・・・いいえ、きっとそう感じていたのだと思います。貴方の意見は正しい」

 

――――――言ったろ、受け売りさ。

 

「そういうことにしておきましょう」

 

――――――富める者、貧しい者の構図は、大局を見ればフェンリルを信じた者か信じなかった者かの違いでしかない。いいんじゃないかな、そういう形の自由があっても。

 

「ええ・・・・・・でもそれは、きっと残酷な自由です。血を吐くような、そんな自由です。望む者もいれば、望まぬ者もいるでしょう。貴方の意見は正しい。ですが、私が提起したことも、また事実の一面であることをお忘れなきよう」

 

――――――うん。持たない者が弱き者であると、そう思ってほしくなかっただけさ。

闘うことは必要不可欠で、誰かが矢面にたってやらなきゃ立ち行かないくらい人類は追い詰められてるけれど、現場で戦うことだけが誰かを守ることじゃない。

 

「私は選択を間違えた、と? かもしれません。もしかしたら、フェンリルに来なければ出来たかもしれないことは沢山ありますから」

 

――――――間違えたんじゃない。かもしれない、だ。まだ結果は出ていない。これを、間違いじゃなかった、にするのは君のこれからに掛かってる。

今、君には君の闘う場所がある、だろ?

あーあ、俺も選択を間違えたのかも。本当はゴッドイーターなんてやりたくないのにさ。

 

「でも貴方はここにいる。ここで、剣を取るという選択をした。でしょう?」

 

――――――それこそ、宗教選択の自由っていう奴だよ。宗教上の問題なんです。困ったことに。

 

冗談めかして言うユウに柔らかく微笑ながら、フランの背筋に冷たい戦慄が奮う。

この男は、“切れる”。あまりにも鋭く。危険な程に。

神々に喰い荒らされたこの世界において、新たな神を説いて見せたのだから。そしてそれは人の総意で産み出されたのだと。

欲望に濡れた、あまりにも穢れた“神”・・・・・・それは人類が最後に辿りついた逃げ場だった。

人の本質とは、欲望でしかないのだろうか。己の保身でしかないのだろうか。

違う。とユウは言っているようだった。

それもまた、可能性の一つでしかないのだ、と。

宗教上の問題でしかないからだ。

信じる者をなんとするか。それだけの話しである。

スラム街に横たわり、ゆるやかに死を待つだけの者達。

人を恨み妬むだけしか生きる活力を見出せぬ彼らは、しかしフェンリルの作り出した新世界の神からは解放された人々である。

真なる自由。しかし相応の対価を払わねばならない。

どちらが幸せなのだろうか。

フランは結論を出すことができなかった。

 

ラウンジを見渡すユウの目に映るものは、いったい何であろうか。

最前線で戦う者であって、この洞察眼。ゴッドイーターとしては未だ解らないが、秘めたる器は、ジュリウスに並ぶものを感じさせる。

そしてユウの言葉は、フランに自身の選択に疑問を抱かせるものだった。

 

幼少のみぎり抱いたあの想いは正しい。だが果たして、そのためにとった手段は正しいものであっただろうか。

家の者達が言った。考え直せと。お前は別の手段で誰かを守れば良い、と。

かつての自分は、それを拝金主義の言葉であると断じた。軽慮であった。

オペレーターとして一日中カウンターの中で事務仕事をしている今を考えれば、誰かを守る、といった点では、家に留まった方がよほど何をかを為せただろう。

だが、選択に後悔をしても意味が無い。今、この時。これからのことを考えねば。

 

ユウの言葉はともすれば、自分自身を信じていないのだ、と言っているようにもとれる。

疑え自らを。

そう言っているかのようだ。

その通りなのかもしれない。自身の選択を疑い続けること。常に、よりよい道があったのでは、と模索し続けること。

それが彼の生き方なのだろう。

己を疑うことで、己を信じるという矛盾。

 

ジュリウスの副官となるのは、彼しかいない。フランはそう思った。

一年という戦闘経験のある先任者がいるが、如何せん年が若すぎる。自分の感情に呑まれる癖があるとなれば、副隊長としてはやっていけない。

同時期に配属されることとなった少女も然り。こちらはユウよりも先に挨拶を済ませたが、彼女もまた感情先行タイプだ。

これで部隊という体が成すのか、と不安に思いもしたが、なるほどどうして、バランスが取れているようだ。

このような鬼札を差し込んでくるとは。フェンリルの人事に感嘆すべきか、それとも流石は極東人と恐れ戦くべきか。

人畜無害の没個性のように見えて、とんでもない剣を隠していた。見た目と中身の危なさの矛盾もユウらしさであるか。

短時間であるというのに、フランはユウがどのような人物であるかを見抜いたかのような気がしていた。

 

――――――そうだ、忘れるところだった。

 

「はい、なんでしょうか」

 

――――――初めまして。こちらこそ、よろしく。

 

「あ・・・・・・はい。どうぞ、よろしくお願いします。ユウさん」

 

口を開いただけでこれだ。必ず、しかも盛大にユウは“やらかす”ことになるだろう。

その行動が、フライアの中に嵐を巻き起こすことになるはずだ。

あのジュリウスでさえ、“食われる”かもしれない。

ユウが巻き込むのか、巻き込まれるのか。それを想像するだけで、何だか楽しい心持ちになれる。

それだけでも得難い人物である。

 

きっと、今日が始まりだ。

神薙・R・ユウという青年によって、“変革”の時がもたらされる、その始まりの。

神話の始まりを、きっと今、私は見ている――――――。

 

 

 

 

□ ■ □

 

 

 

 

「・・・・・・ああ、適合試験お疲れ様。まあここに座るといい。ここはフライアの中でも一番落ち着く場所なんだ。暇があるとずっとここでぼーっとしてる。

 顔を合わせたのは初めてだな。不思議だ。俺はずっと、お前のことを知っていたような気がするんだ。おかしいだろう?

 ああ・・・・・・あまり恐縮しなくてもいい。敬語もいらない。ジュリウス、と。呼び捨てで構わないさ。ブラッドを編成したラケル先生にも一度会っておいたほうがいいな。

 先生、さ。公式な場では博士と呼んだほうがいい。俺達だけの時は気にするな。

 俺達は同じ血を分けたいわば家族のようなものだ。対等な立場で意見してくれ。

 なぜかな、予感がする・・・・・・いいや、確信があるんだ。きっとお前が、一番早く『血の力』に覚醒する。

 戦況を覆す大いなる力。戦いの中でどこまでも進化する、刻まれた血の為せる業――――――『ブラッドアーツ』に。

 進化の極致を、きっとお前が見せてくれるんじゃないか・・・・・・そう思ってると言ったら、お前は笑うか?

 そうか。このフライアのことをどう思う? 極東では、あまり評判が良くないのは知っている。お前の眼で見て、肌で触れて、感じた意見を聞きたい。

 はは、ははは! そうだな、その通りだ。腹が空いている奴は一人もいない。腹が減るのが一番いけない。お前の言う通りだ。

 いや、久しぶりに笑った。笑ったのはどれだけぶりだろうな・・・・・・。

 ああ、そうだな。隊長だから、か。俺は知らず、肩肘張っていたのかもしれない。

 不思議だな。お前が言うと、まるで歴戦の隊長のような言葉に聞こえる。

 お前の言う通り、酒でも飲んでみようか。きっと笑えるだろう。その時はお前も付き合え。

 神薙・R・ユウ。お前を歓迎する。良き仲間となれるよう・・・・・・何だ、まだ硬いのか。では家族・・・・・・重い、だと?

 ダチ? いや、むしろいい。そうか・・・・・・極東の流儀ではそう言うのか。ダチ、か。

 改めて、よろしく頼む。ユウ――――――」

 

 

 

 

 

 




俺は勘違い系の縛りを捨てるぞーーーッ! J○J○ーーーッ!
勘違いさせねば!という気持ちが強すぎて文章が止まりますので、もうオリヌシ再構成もの(勘違いもあるよ)のスタンスでいいよね!
いいよね・・・?
ネタが、ないんです・・・。
ギャグとか考えられる人たちは本当に天才だと思います。
勘違いにも色々種類があるようですね。
私のSSは、内面勘違い系に分類されるようです。
今回は他人(ソーマ)からの受け売りウンチクを語ったところ、すごいなんて頭がいいの!って思われる勘違いである、と。

・・・主人公の語りの中でのソーマ情報は2割ほどでした。ちらっとカンペを読んだだけで、あとは全てオリジナル。“内面”勘違い、ですから。



モンハンも好きです。でもゴッドイーターも好きです。

ゴッドイーターが主ターゲットにしてる購買層は、ライト層であるのは間違いないでしょう。
しかしGEの凄いところは、さりとてハード層にも満足できる自由度があること。バレットエディットとかがそうですね。
そして、一番GEの注目すべきところ。はい、もうわかりますね?

それは……設定。

もうおっさんを超え始めた年ですが、いくつになっても設定厨の私です。
厨心くすぐられる設定や世界観ってたまらない。
通商? 貨幣? 技術? なんか難しい言葉がいっぱい並んでるヤッターーー!
むつかしい言葉が並んでるだけでもういろんな汁がでますね。うへうへ。
今回脳汁がブッシャーしました。
設定こねこねするの楽しぃいイーーーッ!

さて、GE2に突入しました。
展開ですが、どれくらいのスピードにしたものかと迷っております。
前半のようにほぼダイジェストでも・・・うーん。
じっくりやると終わりが見えてこないですし、私の気力も持ちませぬ。
どうしたものかなあ。何かいい案はないでしょうか。展開のスピードについて。

現在展開スピードはかなり遅めです。
どれくらいのものが読み易いか。ご意見いただけるとありがたいです。
それでは!




狩りゲーの息抜きに始めたマイクラにドハマリしました。こりゃーたのしいぞう!
別画面でグランブルーと艦これ起動させながらマイクラ。これが最高。

スマホのゲームもあなどれませんね。
あぁ~グラブルの声優さん有名所ばっかり集めててずるいんじゃぁ~(正月限定キャラを引き当ててニヤニヤ)

活動報告(ぽけ黒白)投稿しました

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