フェンリルに勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない 作:ノシ棒
屋上展望台は煌く陽の光のプリズムと、小さく囀る鳥の声、美しく咲く花々によって満たされていた。
差し込む太陽光を強化ガラスによって屈折増幅させ、天然の照明とするシステムである。光量が少なければ人工光と練り合わせ、光度が確保されている。
光の粒さえ見えんばかりの輝きは、正に楽園と言わんばかりの暖かさと穏やかさが演出されていた。
ジュリウスはこの穏やかな陽光の中、大木の根元に腰をかけ、小鳥の声に耳を傾け、花の香りに包まれてまどろむことが何よりも至福であると言っていた。
気持ちは解る。
この世界のどこを探したとて、こんなにも美しい景色は存在し得ないだろう。
どこもかしこもが荒れ果てていて、熱い荒野が広がっている。
緑を復活させたネモス・ディアナも、未だに花の群生までは栽培に成功していない。種子が弱く、空気中のオラクル細胞に食われてしまうのだ。
花に触れて生きられるのは、きっとそれだけで金を天井まで積んでも得られない贅沢なのだろう。
美しいものに人は惹かれる。憧れる。癒される。当然のことである。ユウとてこの場所を美しいと感じ、また安らぎを覚える。
だが、それだけだった。
己の胸に湧く憧憬を、当然の自然反応であるとしか捉えていなかった。
花の香りという刺激を受け、リラックス効果があるのは当然なことだ、と。酷く無味な記号として受け入れていた。
ユウはこの場所を、どうにも好ましいとは思えなかった。
ありていに言えば、たまらなく・・・・・・嫌いだった。
科学の粋を凝らして生み出した景観。それは、人が手を土で汚して作り出したものではない。
否定するとまでは言わないが、好むべく所ではない。
生きる意志と力が試される世界では、泥と汗と油の香りがする、汚らしい手垢に塗れたものこそが価値あるものではないか。
ただの偏屈であるという自覚があるため口には出さない。
つまり、趣味ではない。それだけのことだった。
ユウには美しく飾られたものが、鈍色の世界を隠すためのハリボテにしか感じられない。
今や世界を忙しく飛び回っている、歌姫の歌があった。
つらい世界であるからこそ、希望を捨てずに生きて行こう。そんな夢や愛が盛り込まれた歌詞であったか。
なるほど、美しい歌である。公共放送からもよく聞こえてくるようになったその歌を耳にすれば、ほう、と感嘆の吐息が知らず出る。
それだけだった。
良い歌であるのは間違いがない。それは否定しない。
ただ、ユウには共感できないというだけで。
どうせ心を入れて聞くならば、罵倒に塗れたロックがいい。
彼女のサイン入りのCDは闇市に流してしまって手元にない。新品未開封であったため良い値段で売れたな、くらいにしか記憶になかった。
せめて開けてやれよ、と闇市からCDを回収したコウタに泣きながら叩かれたのも覚えている。
――――――隣、いいかな?
「・・・・・・どうぞ」
展望台の中に備え付けられたガラス製のテラス。
シエルは備え付けられたベンチに、気配もなく座っていた。
まるで“空”のような少女だ、とユウは思った。
時折“ノイズ”の奔る、この空のような。
本日の天候は曇天。
だというのに、この屋上展望台には陽の光が射し込んでいる。
全天型ドームの透過モニターに映された、青空の画像と人工光による演出だった。
ユウがこの景観を好ましく思えない一因である。
隣り合って座る二人へと、穏やかな光が降り注ぐ。
シエルは俯き、ユウは目を細めて舌打ちをした。
口内で鳴らしたそれは、どうやらシエルの耳に届いていたようだ。
「・・・・・・この、空は」
――――――うん。
「好きではありません」
――――――どうして?
「作り物の空、ですから」
――――――いいじゃないか。綺麗だ。綺麗なことには変わりない。
「私と・・・・・・私と同じ、ですから」
シエルは俯いたまま、口を開く。
「うまくやるというのは、難しいです」
そう言って、本の――――――本に差し込まれている手紙を指先で撫でる。
「合わなくても、うまくやれ。そう言われました」
――――――大事な人から、かな?
「大事な人・・・・・・わかりません。会ったことがないんです。文通相手で、相手がどんな人なのか・・・・・・ただ・・・・・・」
――――――ただ?
「会いたいと・・・・・・一目だけでもいい、言葉を交わさなくても・・・・・・ただ会って、触れたい。その時、私は・・・・・・私にはわからないのです。私自身が一体何を思い、感じているのか」
――――――自分自身を知りたいから、会いたいのか。
「私は、知りたい。触れ合ったその時に、私が何を感じるのか・・・・・・“感じること”が、できるのか。
私の心は、動いているのか・・・・・・存在しているのか。人間の存在の証明とは・・・・・・それだけです」
――――――人の間って書いて、人間って読むんだ。心の在り処っていうのは、触れ合ったその場所にこそ、生まれるものなのかもしれない。ほら。
ほら、とユウは手を差し出した。
シエルは差し出されたユウの手をしばらく見詰めていたが、しかし再び力なく視線を落とした。
解っていると言わんばかりにユウは苦笑する。
――――――合わなくてもうまくやれ。同じ事を人に言ったことがあるよ。
「あなたも、ですか? それは極東の常套句なのでしょうか」
――――――ブラック会社に勤める社員の心得だよ。で、シエルの言うその人のことは知らないけどさ、たぶん同じ意味なんだと思う。
俺が言ったやつもシエルみたいなリアクションしてたよ。ありゃ気付くまで長いな。
「どのような意味だったのでしょうか・・・・・・これ以上の効率となると、私にはもう案件は提示できません。
これまでに習得してきた知識をもとに最善の戦略を提案しているつもりです。それなのに・・・・・・私が配属されて以来、戦闘効率が落ち続けているんです」
――――――やっぱり、同じリアクションだよ。
「戦術の柔軟性を保持せよという意味でしょうか。戦況に応じて臨機応変に対応すること・・・・・・それが重要なのは理解しているつもりです。
しかし私はいかなる不足の事態にも対処するために、上意下達を厳守するべきだと・・・・・・」
――――――真面目すぎるんだよ。うまくやれ、っていうのは、効率を上げていけってことじゃない。
「それだけでは足りない、ということですか?」
――――――堅いな。もっと単純でいいさ。仲良くしろってこと。一人で戦ってるんじゃないんだからさ。
「もちろんです。だからこそ命令系統の構築が・・・・・・仲間のことを考え、戦況に応じて協力して戦うことが大事だと、そういうことですか?」
――――――いや、うーん・・・・・・。
「解りました・・・・・・修正し努力してみようと思います」
それでは、と立ち去るシエル。
ブーツの音にキレがない。しょんぼり、という表現がぴったりの背中だった。
――――――そういうことじゃないんだっての。
ユウの独り言は人工の空に吸い込まれて消えた。
人間関係の妙とは、良くも悪くも、他者とのつながりを“実感”した者にしか理解し得ないだろう。
シエルは“つながるという実感”に戸惑っているように思えた。
ゴッドイーターは個の戦闘力を高めた、戦術的存在だ。
だが、それに搭載された制御装置は、人間である。
人間同士の深い情のつながりを感傷であり、非効率的であると断じる者も多いだろう。
だがユウからしてみれば、ゴッドイーターこそ、このつながりというものは必要不可欠であると思っている。
個を高めた存在であるからこそ、制御できないほどの“個性”が頭角を現していく。
それらを人類のために戦う存在としてつなぎ止めるには、つながりしかないだろう。
自分自身がそうである。
人間関係にがんじがらめになったからこそ、自棄にならずに済んでいる。
そも、戦術や戦略でどうにかなるのならば、とうにアラガミは駆逐されているのだから。
失敗例の最たるものとしては、アーサソール部隊であろう。
効率的な戦術行動のみを追及した、恐怖を知らぬ完成された戦闘集団がそれだ。
そんな程度であるのだから、自分のような頭の悪い男に殺し尽くされるのだ。
――――――考えるんじゃない、感じるんだ。できなきゃ・・・・・・死ぬだけさ。悪いな、ナナ。
立ち上がる。どこか諦めをその横顔に滲ませて。
――――――沈みかけのおっぱい・・・・・・か。
暁の水平線に陽が沈むかの如く。
沈み行く大いなる和らぎは、物悲しいものだ。
――――――ぬわああんもおお、疲れたもーん! 俺こんな真面目なこと考えたり話したりするキャラでしたっけ!?
叫ぶユウ。
真夏の夜に蒸された夢を見る野獣のような、げんなりとした顔であった。
――――――なんかもう、おでんパン食べたい。おでんパン食べて癒されたい。ナナがくれるおでんパンに微かに残ったナナの体温を舌で味わいたい。
うー、ナナのオープンなオーラで日光浴したい。ナナのチューブトップになりたい。健康的にゆれるおっぱいを支えた・・・・・・ナナ・・・・・・オープン?
うん? ああ、おっぱい! あー・・・・・・わからずやは俺じゃんか。あちゃあ。やっちまったな!
はっと気がついたようにユウは天を仰いだ。
モニターの太陽が、ユウの視線に反応し光量を調節した。
――――――歩み寄っても一人じゃ届かないってんなら、こっちからも行ってやんなきゃ駄目じゃん。
なんだよ、俺は待ってただけじゃんか。腰を下ろしちゃってえらそうに・・・・・・ちぇっ。
教えてやんないと。そうだよ、教えてやらないといけないんだ。“教えて欲しがってる”ってことを俺に“知らせにきた”んだから。
アランにも謝らないと・・・・・・自分で気付いて欲しいなんてのは、俺のエゴだった。
シエル、お前はもう気付いてるんだ。解ってないのは俺だったんだ。そう、そうだな。そうだよな。
差し出されたのなら、掴まなければ。
ユウ、何かを悟ったようにして立つ。
晴れやかな顔をして。
――――――おっぱいは世界を救う。
真理である。
ユウは真理に開眼したのである。
“たとえ話”をしよう。
そこにおっぱいがあったとして、そのおっぱいが今にも溺れそうであったとしよう・・・・・・おっぱいには浮力があり成人男性三人くらいの体重ならば余裕で水に浮かせられるのは語るべくもない自明の理ではあるが、たとえ話である。
沈む寸前のおっぱいを見たとき、さあこの手の中に飛び込んで来い、などと言えるだろうか。
例えそのおっぱいが助けてくれ、と叫んでいたとしてもである。
常識的に考えて欲しい。今にも沈みそうなおっぱいが目の前にあったのなら、自ら掴みに行くのが常道ではないだろうか。
これは救助、人助けだ。邪な思惑による行いではない。
苦しいと叫ぶのならばここまで泳いで来い、お前には浮力があるのだから。などとは、傲慢が過ぎはしないだろうか。
救いにいかねば、自らが堕ちる。
そう、おっぱいは全てを教えてくれる。
人とは・・・・・・アラガミとは・・・・・・ゴッドイーターとは・・・・・・世界とは・・・・・・星とは・・・・・・命とは・・・・・・進化とは。
全てである。
おっぱいには全てが詰まっている。
夢、希望、愛、全てである。
故に、学べ。そして、掴め。
おっぱいから学べ。全てを。
そう・・・・・・手を伸ばさねば、おっぱいには届かないのだから。
――――――うおおおおっ、燃えろ俺のムーブメントォォォ!
出撃シグナルが鳴る。
いつもの日常が戻ってきた。
ユウは走る。希望に満ち溢れた顔だった。
“つながり”を持てば、よく見えるようになる。多くは、自分に足らないものを。
踏み込め、ということを。
シエルに追いつき、ユウは華奢な肩を両手でぽんと掴んだ。
「ひゃっ!」と可愛らしい声が上がった。大丈夫。心が止まっている人間なんていない。そう言ってやりたかった。
ラウンジに聞こえるような大声で、ユウはナナを呼んだ。
――――――みんな! 戦いなんてくだらねえ! おっ・・・・・・でんパン食べようぜ!
カタカタッターン、とキーボードを弾く音。
フランである。
爽やかに宣言したユウを、フランが涼やかな目で見ている。
「くだらなくありません。出撃してください」
――――――いや、そんなことよりも聞いてくれ。わかったんだ! 歩み寄りなんだよ! 片方だけじゃだめなんだ。お互いじゃないと駄目だったんだよ!
「出撃してください」
――――――いや、ほら、手はね、片方だけじゃ鳴らないでしょ? もう片方があれば、ほら、握り合うことだってできる・・・・・・。
「出撃してください」
――――――人間関係が、ね? つながりが、ね? 大事だって、一番大事だって・・・・・・ね?
「出撃してください」
――――――はい。
「何か言うことがあるのでは?」
――――――あの、その。
「あの、でもその、でもありません。はっきりと言ってください」
――――――ごめんなさい。
「よろしい。では、出撃してください」
――――――はい。
フラン冷静なツッコミ。
副隊長ご乱心。
フライアニュースの本日のブラッドの記事が決まった。
「ユウさ、何かやったの? 説教モードのフランとか初めて見たんですけど」
――――――おっぱいばっかりに目をやってたら、尻に怒られたでござる・・・・・・。
「・・・・・・はあ?」
――――――ロミオ、お前もいつかわかる時がくるさ。どっちが素晴らしいかを論じるなんてくだらないってことを。
だって、どちらも柔らかいんだから。いいんだよ。両方好きでも。どちらにも良さがあるってこと、認めるのが大人ってことさ。
「お、おう・・・・・・よくわかんねーけど、ミッションいこうぜ? な? 泣くなよ」
――――――覚えておけよ。それにはそれにしかない役割ってのがあるのさ。オンリーワンがたくさんあってもいいんだ。
それで、そいつが小さくってもな。でかいことが全部じゃない。何が出来るのか、出来ることを精一杯やるだけだって思うこと。
そう思ってるだけで、一番なんだよ。何物にも変えがたい。もうもってるんだなあ、それだけで・・・・・・うん。
「オペレーターに怒られた副隊長が哲学言い出したでござる・・・・・・やだ、意味不明・・・・・・」
ユウ、悲しみの出撃。
このあと滅茶苦茶討伐した。
なお今回の出撃の際、ユウ指揮の下、ブラッド隊は発足以来の戦績を上げることとなる。
□ ■ □
つながりとは、一体何なのだろうか。
熱い雫に打たれながら、シエルは思う。
手がある。指先がある。白い指が。自分の指が。
今日の任務で、グボロ・グボロの突進に“引っ掛けられ”、左腕が複雑骨折、指は皮一枚で繋がっていて切断寸前となるまでの傷を負った。
それが数時間もせずに今や熱いシャワーを浴びられている。
回復錠の効果たるや、かつて自分を囲んでいた研究者達が絶賛していただけのものはある。
ミッションリザルトは、SSSと評してもよい程の結果だった。
皆目立った外傷も無く、呆としていた自分が不覚傷を負ったのみ。
自分が戦闘指示をした際は、良くてもAAといったところだろう。
戦闘行動中にさえ明らかな違いがあった。正に生き生きとしていた、と表すべく動きであった。
ブラッド隊が一つの意思を持った群れとして、“狩り”を行っていた。
不思議な感覚だった。
自分の思考が他者の思考となり、他者の思考が己の思考と同調するかのような。
誰がどこにいて、どれだけのライフバイタルであって・・・・・・全てが手に取るように解った。
そして何よりも、言葉では表せない深い部分からの一体感があった。
現場指揮を執った副隊長曰く。
――――――戦闘指揮執る奴の感覚を共有するっていうか、なんていうか、プチ感応現象みたいなのあるっぽいよね。
視界のこう、右上のあたりにミニマップみたいなのが表示されてさ、それでみんながどこにいるか解るような感じ? みたいな?
バイタルサインはこう、左側にさ、色分けされた体力ゲージみたいなのがあって、あと残りどんくらいかってすぐ解るっていうか。
回復柱のタイミングそれで測ってたり、俺はそんな感じに戦場が見えてるんだけども。どう?
曖昧な物言いであったが、あの気難しいギルバートすら頷いて聞いていた。
そして、自分もまた。
自分が戦闘指揮を執っていた時・・・・・・でしゃばるつもりは無かったが、効率重視のために指示をせんとしていた時は、このような感覚は得られもしなかった。
自分達は、ブラッド隊は間違いなく、“一個の存在”となっていた。
副隊長との指揮の差。
この違いは一体、どこからくるものか・・・・・・それを戦闘中に考えて、そして負傷した。
戦いの最中に気をやるなど、猛省せねばならない。
こんなことだから、最終ロットにまで“残されて”しまったのだ。
シャワーの雫が乳房の間を通る。年々重たく感じるようになったそれを持ち上げれば、下に溜まっていた血染みが排水溝に赤錆の筋を残して流れていった。
ボディソープを手にとって、軽く泡立ててから、肌の上を滑らせるようにして塗りつける。
レア博士と、そして名も知らぬ彼女から習った、身だしなみ。
ほとんど“香り付け”のためのようなものだ。
ゴッドイーターとなった者は、不必要な老廃物の排出がほぼ無くなる。
代謝機能はむしろ活発化するが、汗、垢・・・・・・その他排泄物諸々は、おそらく体内のオラクル細胞が捕喰し、エネルギーと化しているのだろう。
バースト化するための非戦闘時の貯蔵エネルギーは、常日頃のオラクル細胞による老廃物の捕喰によってまかなわれていると考えられる。
急所を保護する体毛すらも、女性ゴッドイーターは腕輪を嵌めたその日から、少しずつ薄くなっていく。
男性では、顕著なのが髭といった男性ホルモン由来の体毛である。
手足や脇といった体毛は、一説によればフェロモンの発散器官であり、またその材料が皮脂からなる老廃物であるとも言われている。
生殖を目的としないならばそれら体毛や老廃物はムダなもの。つまり、オラクル細胞の格好の食料であるわけだ。
オラクル細胞がとりわけ顔面の体毛の眉毛や髪などは捕喰せず、髭や産毛の毛根と老廃物しか捕喰しないのは神機の偏食傾向であるとも言われているが、事実は解明されていない。
ただし、常人と比べて老廃物の排出が圧倒的に少ないといえど、皆無というわけにはいかない。
洗浄は大事である。
「ん・・・・・・」
かつては適当に水で流すだけであったが、女の子はそれではいけないとレア博士が教えてくれたやり方の通り、指先で洗浄する。
前、後ろ、その間・・・・・・指の腹がなぞる度に、刺激が奔る。
冷たく、寂しく、不快な刺激が。
何故女性には空虚な部分があるのか、レア博士に聞いたことがある。
今にして思えば愚かな質問であるが、あの頃は未だ性能のみを追求しており、生殖はもとより一般知識についての欠落があった頃だった。
「大事な人に埋めてもらうためよ」とレア博士がその髪よりも赤く顔を染めて、しどろもどろに教えてくれたのを覚えている。
「博士は埋めてもらったのですか」と問うと、「まだよ」と泣きそうな顔をして言っていた。
知識の欠落を理解したのだろう、レア博士は急に真面目な顔つきとなると、肩を痛いくらいに掴んで真っ直ぐに言った。
「貴女の心の穴を埋めるもの、それはきっと、愛というものよ」
「では、レア博士がその愛をください」
「私は・・・・・・駄目よ。私では駄目なのよ・・・・・・」
レア博士はくしゃくしゃに顔を歪めて、今にも零れ落ちそうな涙を目に溜めていて。
何か失礼なことを言ってしまったのかと、頭を下げた。
違うのよ、とレア博士は何度も目を擦る。
「いつかきっと、きっと、あなたを愛する人が現れる。きっと、必ず・・・・・・信じて、シエル。きっとあなたは運命と出会う。
きっと・・・・・・例え、あなたの生きる道が地獄であったとしても。手を取り合って、その地獄を進もうと言ってくれる人が・・・・・・。
あなたが手をつないだその瞬間、“あたたかい”と思える人が、きっと・・・・・・きっと・・・・・・! それが愛よ、シエル。愛なのよ」
愛とは何か。
つながりとは。
あたたかい、とは一体何なのか。
「わたし、は・・・・・・」
シャワーのバルブを捻る。
冷水を止めた。
熱湯が、肌を赤く爛れさせる。
寒い。
震えるほどに。
まるで、空に落ちていくかのようだ。
この世界の空は、酷く空虚で、そして冷たく、残酷だ。
無限大な夢の後の、何も無い、蒼が広がっている。
手がある。指先がある。白い指が。自分の指が。赤く腫れていく自分の指が。
手を差し伸べてくれた人はこれまでもいたのだろう。
レア博士・・・・・・白い部屋の子供達・・・・・・あの名前も知らぬ女の子。
そして、手紙を送ってくれる親愛なる“あなた”。
多くの手を、見過ごしてきた。
鈍い自分に嫌気が差す。
初めは、痛みに鈍くなった。次に思考が。そして、感情が。
ブリキの人形のようになっていく自分を見て、多くの人が救わんとしてくれた。手を差し伸べてくれた。
何故それに気付かなかったのだろう。
何故それに心動かされなかったのだろう。
無感動だった。
まったく、心が揺り動かされることがなかったのだ。
それはただ薄情者であったというだけなのだろうか。
それとも、人の心を失ってしまった人形だからなのだろうか。
愛は素晴らしいものだとレア博士は言った。
それはきっと救いなのだろう。
きっと、この錆付いた心が再び蘇るような、奇跡を起こすものなのだろう。
だから――――――私は、救われてはならない。
こんな所で救われてしまったら、私のために命の全てを投げ出したあの子の死は、一体何だったというのか。
ここで救われてしまったら、これまで手を差し伸べてくれた多くの人たちの行いが、全て無になってしまうのではないか。
目の前にある手にようやく気付いたからとそれに飛び付くのは、差し伸ばされた手を、救いを、選ぶが如く行いである。
きっと“過ぎ去ってしまった人たち”は思うはずだ。
これまで手を差し伸べてやったというのに何故こんなところで、と。
目の前にある手を取らんとするのは、これまでにあったあたたかな手を振り払うことに等しい。
それは許されないことだ。
だから、私のような無価値な人間が、ああ・・・・・・“あたたかさ”を望んではならないのだ。
それは望んではならないものなのだ。
だから・・・・・・だから。
ああ・・・・・・こんなことを考えることが、既に――――――。
「作り物の空(シエル)は・・・・・・嫌い、です」
この身体になってから、ずっと、酷く寒い。
ただ無性に、親愛なるあなたからの手紙を読み返したかった。
□ ■ □
「なぜ最前線の極東地域にこのフライアを向かわせるのだ?」
「極東支部においてブラッドと神機兵運用の実績がほしいのです」
「実績ならこのあたりのアラガミだけでも十分だろう。何もあんなアラガミの巣窟に行く必要はない」
「神機兵の安定した運用を目指すなら、もっと様々なアラガミのデータがなければ本部も認めてくれません」
「しかしな・・・・・・」
「局長。極東支部には現在、葦原ユノ様がいます。本部に対しても発言力のある彼女への助力ならば、決して無駄な投資ではないかと」
「ふむ・・・・・・レア君がそういうならば投資はしよう。だが、わかっているな?」
「ええ、どうやら綿密な打ち合わせが必要なようですね。この後、じっくりと・・・・・・」
「ラケル君、神機兵とブラッド、どちらも本当に損害を出さずに済むんだろうな?」
「うふふ・・・・・・ええ、大丈夫ですわ、グレム局長。きっと、どちらもすっかりと、あるべき美しい姿となるでしょう。ふふ、うふふ・・・・・・ふふ、ふ――――――」
□ ■ □
極東への急激な進路転換は、全職員誰もが困惑に値するものであった。
いわゆる“アラガミの動物園”であることのみならず、現在の極東地域は“赤い雨”が降り注ぐ危険地域である。
多数の職員の反対を押し切ったのは、グレム局長の強引な意見によるもの。
同調したのは研究部といったところか。
未だ真価を発揮しているとは言いがたいブラッドの潜在能力と、神機兵の戦闘データ取りのためであろう。
フライアは先進技術の実験施設という側面が強い。
極東は技術の独自進化が異常な地域ではあるが、その土台は既存技術からなるものだ。
技術の発足地、パイオニアと言ったところであろう。それがフェンリル極致化技術開発局、フライアである。
ユウもフライア配属当初に、神機兵ドックに見学として足を踏み入れたことが何度もある。
まず、圧巻の一言。
ずらりと並んだ神機兵と、その保管スペースの広大さに声を失った。
そして恐ろしいのが、フライア職員に限った話ではあるが、これが許可を求めれば普通に見学出来てしまうというところ。
ドックにカプセル詰めにされて並ぶ幾タイプの神機兵。
最重要とされる制御系、駆動系はさすがに開示不可であったが、見られたところで何も隠すことは無いと言わんばかりの情報管理体制である。
この時になれば神機兵のテレビコマーシャルがひっきりなしに各種番組に差し込まれていた。
このドックで撮影されたものであるのだろう、見覚えのある場所がいくつかあった。
応用力は極東と優劣付け難いとはいえ、技術の地力は敵わないものがある。
それを肌で感じることとなった。
――――――いっらっなーいなにっもーすっててしっまおっおー、次の強化素材売って気付くー。
チケットー交換ーがまんでっきなーい、僕は周回するよっおー。
さて深夜帯ともなれば不夜城フライアといえど、ブラックライトの科学光が夜を深くし、足音を暗闇の静けさに響かせる。
極東への舵を取ったフライアは、現在通常航行船速で移動中である。
キャタピラの駆動音と振動を居住区まで届かせないのは、流石は移動拠点である。
これまでは大陸方面で活動していたフライアだったが、極東へ向かうと決まり、ユウもかなりの動揺をしている自覚がある。
こうして夜中ふと目が覚め、空腹に眠れずに自動販売機へと向かうことになったのも落ち着かないからだった。
自費で購入せねばならないが、深夜であっても食物が買えるのだから、フライアの自販機はありがたい。
極東の自販機は冷やしカレードリンクや、初恋ジュースといった、人知では理解が及ばないドリンク的な代物しかないのだからして。
ユウはポケットに適当に放り込んだフェンリルクレジットカードを弄る。
確実にまた面倒な事態が起きる。
間違いない。
それはもう火を見るよりも明らかで、帯電中のヴァジュラの正面に立っていたらどうなるか簡単に理解できるくらいに危険な事態となるだろう。
主に、ユウ個人にとって。
潜入先の機関が、普通に通常業務として極東へ逆戻りするなど、誰が予測出来ようか。
エミールは拳で解らせたが、コウタあたりに普通に名前を呼ばれただけでアウトだ。
コウタは最近驚くほどの隊長位適正と知性を発揮し始めたのだから、まあ大丈夫かもしれないとして、その他の面子が危なすぎる。
そも、自分は極東では悪い意味で目だっているのだから。
フライアでもそのようになりつつあるのが悲しい。
今日の任務でもそうだ。
ギルが「さすがだな。お前の指示は動きやすい」と絶賛していたが、正直ほとんど何の指示も出していない。
だいたい、自分の指示は「ガンガンいこうぜ」か「いのちだいじに」くらいしかないというのに。
集まれか策敵しろくらいは端末を鳴らすか狼煙を上げるかして知らせるが、それだけである。
論理的な命令をしてすらいないというのに、それでも戦績として数字が上がっているのは、単にゴッドイーターに基本的に備わった“連係機能”によるものだろう。
ゴッドイーターには感応現象を起こすまでとは言わずとも、お互いに脳同期を自動的に行う機能が備わっている。
いわゆる、一流のスポーツチーム内でよく発生するアイコンタクトや、武道家が言うところの相手が何を考えているかが解る、といった能力の拡大版である。
これをどれだけ活用できるかというのが、ゴッドイーターの部隊運用の要であるというのが、ユウの持論である。
そんなことを得意気に語ったからだろうか。
何故かいつの間にか外部からのゴッドイーター達への研修を開く羽目となり、これも何故かフランが研修会のプランを立てていたことを後で知り、そして研修会当日に最前列に座っていたのはジュリウスだった。
こういうのが好きそうなシエルならいざ知らず、何故お前がいるのかとツッコミを入れたくとも、横に立つアシスタントのフランが冷たい視線を送ってくるためそれもできず。
適当に述べた誰もクスリともしないジョークを猛烈な勢いでメモされるのは、心にくるのでやめて欲しかった。
外部への教練など一応は新任の副隊長にさせる仕事ではない。
こうして、訳のわからない立場が作られていく様をひしひしと実感しつつあるユウであった。
もう全部榊博士のせいだということにして思考放棄している。
「・・・・・・げな・・・・・・きゃ」
深夜に空きっ腹を抱えるつらさは異常である。
その異常を止める程の、さらなる異常が、ユウの足を凍りつかせた。
女の声が、した。
「に…・・・むきあ・・・・・・」
シャリン・・・・・・ガタン――――――シャリン・・・・・・ガタン――――――。
薄暗い廊下、自販機の明かりに照らされて、そこに少女はいた。
フェンリルクレジットカードを読み取り機に押し当てては、ボタンを押し、物を取り出す。
延々とそれを繰り返している。
シャリン・・・・・・ガタン――――――シャリン・・・・・・ガタン――――――。
何を買っているのかは知れないが、巨大な袋を引きずっていて、それに購入した商品を放り込んでいるようだ。
「にげ・・・・・・で、む・・・・・・なきゃ」
ぶつぶつと、何かをつぶやきながら。
延々に、ルーチンワークを繰り返している少女。
特徴のない白い寝衣。
髪をざらりと流している少女の顔は、俯いていてようとして知れない。
だがユウにはその少女に見覚えがあった。
常は露出が多い服装を好み、まとめ上げた髪の、活発な少女を。
――――――ナナ?
「・・・・・・で・・・・・・あわなきゃ・・・・・・」
ナナだ。
髪を下ろしていて表情は見えないが、ナナに違いない。
何をかを呟きながら、自販機のボタンを押し続けるナナ。
まるで夢遊病のようだ、とユウは思った。
虚ろな目。
ぐらぐらと揺らぎ、重心がぶれている体。
同じ言葉を延々繰り返していることからも、意識ははっきりとはしていないだろう。
もしそうであるならば、覚醒を促す刺激は与えてはならないとも言われている。
その行為を止めていいものかどうか迷う。
「逃げないで・・・・・・向き合わなきゃ・・・・・・」
シャリン・・・・・・ガタン――――――シャリン・・・・・・ガタン――――――。
そんなことを数分繰り返していれば、自販機のボタンに赤いランプが灯る。売り切れのサインだ。
ナナが買い続けていたのは、栄養剤。
特殊栄養補助ドリンク剤である。
カチ、カチ、カチ・・・・・・と十数回はボタンを押し続け、ようやく諦めたのだろう。
ナナは袋を引きずって、自室に向かってだろう、引き返そうとする。
「逃げないで・・・・・・向き合わなきゃ・・・・・・」
――――――ナナ。
「逃げないで・・・・・・」
視線が絡み合った。
焦点の合わないくすんだ瞳が、ユウを映す。
「あー」
にこり、とナナは笑った。
下ろした髪の隙間から、ドロドロに濁った目を除かせて。
「逃げた人だぁ」
ゆらりと差された指は、細く、長く、ガラス細工のように美しく。
ユウの秘された内側の薄皮を剥がすかのように、鋭利だった。
「あは・・・・・・あはは・・・・・・あは、はは、ははは・・・・・・」
くすくすと笑いながらナナは自室へと続く廊下へと消えていく。
まるで幽鬼の如く――――――。
裸足がぺたぺたと廊下を歩む音。袋を引きずる音が、ユウの耳にこびり付いて取れない。
気が付けば、窓から朝日が差し込んでいる。
数時間もこの場に立ち尽くしていたのか。
ユウの背には、じっとりと脂汗で透けたシャツがへばり付いていた。
ニンスレ原作完全再現すぎて笑いすぎてお腹いたいので早く書きあがりました!
やったねワッショイゴウランガ!
ああいうチープで安っすい感じが正しくニンスレなんだよなあw
※前投稿でのBAについて
主(´・ω・`)「覚醒率」
シエルζ*'ω')ζ「覚醒率」←自分はまだ使えないけれどユウのが見えてる
ロミオ( ゚ Д゚)「覚醒・・・・・・率? エッ・・・・・・?」
主(´・ω・`)「覚醒率あげたい? よろしい、ぶんぶん丸だ!」
シエルζ*'ω')ζ「覚醒率あげたい? よろしい、訓練です」
主(´・ω・`)「訓練・・・・・・エッ・・・・・・?」
ロミオ( ゚ Д゚)「ポカーン」
“模造”として同じものが見えてるけど、それに干渉して高めることはできないっていう
ゲームシステムと設定とをいい感じに組み合わせためんみつなふくせんだったんだよっ!
めんみつなっ!
※1・2メンバーからみた主人公
1メンバーから見た主人公→希望
2メンバーから見た主人公→救い
この違いは何か。
救いとは何か。
※シエル友達フラグ延期
ぼっちをこじらせた結果
※ナナ
くーるーきっとくるー
※勘違い要素
もぅマヂ無理。
今DSの電源ぃれた。
ブレセカしょ・・・・・・。
うおおおおイデアーーーーッ!
アニエスーーーーッ!
マグノリアーーーーッ!
もうやたら長くて場面転換がゆっくりでストーリーの展開テンポが遅いのは諦めたぞーーーーッ!
それではまた、次回に!