「あれは二級呪霊などではありませんでした。産土神信仰。私と灰原が手も足も出なかった時点で強さは一級以上。どう考えても一級案件です。窓の見間違いでは済まされない。」
もう流れる血も殆ど無い灰原の遺体を横に座らせ、帰路の車の中で淡々と補助監督に事実を述べる。全てを誤魔化すようにと噴き出していたアドレナリンと灰原の死を直視したストレスが一度気絶したことによってストレスの方に天秤が傾いている。
筋断裂、複数の外傷、半壊した制服。拡張術式に耐え切れずに根元から破壊してしまった鉈、ボロボロの見た目に見合わない澄んだ呪力の流れ。
貧乏ゆすりが止まらない。先程まで命の危機に晒されていたことによって研がれた殺伐とした圧が補助監督を威圧しているのは分かる。八つ当たりなのも分かっている。彼が悪くない事も。だが、止められない。
天を仰ぐ。低い車の天井が視線を遮る。長く息を吐いて、精神の限界が訪れたか二度目の気絶に至った。
「灰原のことは残念だった。」
「…ええ。」
久しぶりに顔を合わせた夏油先輩は、以前よりも澱んで見えた。そして「先輩」として以外に興味を抱かなくなっていた。真っ白な布が顔に被せられた土色の遺体が、目端にずっとチラついている。
最強の彼と言葉を交わしてみても、その価値観は揺らがなかった。
流れる様に出てくる暴言ともとれる言葉にも、彼が最強という要素も。黒閃によって広がった呪術の世界も心底【どうでもいい】
無気力ともとれる諦めを滲ませた感情。
以降与えられる任務も生活と卒業に必要な最低限のモノを受けだけに留まった。
七海が考える「この世はクソ」嫌がらせの為に対象の後輩を悪戯に殺す様な倫理観もなにも無い老害が居座るこの世界。
その考えの一旦を担ったのが夏油傑の離反だとしても間違いでは無い。
夏油傑のような高潔な考えを持つにはこの呪術界はドブ川以下過ぎた。呪い、呪詛が蔓延る世界がクリーンな訳が無い。あるのは深淵を覗いたのと同じまっくろくろすけだけ。
卒業間際となり七海には高専関係者としての席は用意されていたが、その誘いを七海は蹴り飛ばした。
フリーの呪術師、その存在を知っていたから。
「ふぅん?それで…君は何をしたいんだい七海君。」
「何も。強いて言うならば、クソならばクソなりの世界を自分の意思で生きたい。それだけです。」
「成程、なら人脈は必要だよ。なんのコネも後ろ盾も無い儘だと、食い潰されかねない。」
「…ありがとうございます。」
「幸い君は一級だ。それも学生なのに。だからこそ、交渉はしっかりした方が良い。」
冥冥も善意でアドバイスをしている訳では無い。七海健人の純粋な実力を鑑みた上で横の繋がりを作りに来ただけである。
古臭く面倒臭い考えは淘汰される。自らの意思で行動する人物を冥冥は高く評価していた。それが自分と考えが違うからといって否定することは無い。
人脈は其の儘金脈になり得る。髪型がポニーテールであろうとも、三つ編みであろうともそのスタンスは変わらない。
2010年3月、七海建人は一人呪術高等専門学校東京校を卒業した。
─────2017年12月、百鬼夜行当日
原作沿いで、但し社会人経験の無い七海くんをどうかよろしくお願いします。