葬送の吸血鬼   作:mituha

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昨日からインフルになってめっちゃツライ。
でもフリーレンは忘れずに見る!!
来週の金曜は投稿できるかワカリマセン………。


人の体温は温かい

 

 

「………っ」

「あ」

 

思ったより肩の筋肉に負荷がかかる。痛みに顔を歪め、自分が手に掴んだ命を離さないよう力をいれる。

今度は私が、階段の手摺から身の乗り出しディゴリーの右腕を掴んだ状態で身動きが取れない。

そして、結構重くてしんどいッ!

思わず呑気な面で放心状態で宙ぶらりんになっているディゴリーにイラッときて怒鳴りつける。

 

「早くどっかに掴まりなさい!」

「あ、あぁ!」

 

私の叱咤に我に返ったディゴリーは左手を足場に伸ばして自力でよじ登り、無事事なきを得た。

手を貸す必要がなくなり、負荷がかかった右肩をゆっくり回して違和感を取り除く。

焦った…………。

まさかあの距離を飛び移ろうとするなんて。

 

世の母親が子供から目を離せない理由が理解できた。子供って何やらかすか本当に分からない。

 

「バカなの?あんた死にたいわけ?!」

「そんなつもりないよ。イケると思ったんだ」

「何処からくるの、その自信……?」

 

あぁ~もう!頭痛が酷くなってきた。

 

「余計なことしないでよ」

「………ごめん」

 

俯くディゴリーを見下ろす。

 

「………………君が元気がないようだから心配だったんだ。何処かで倒れるんじゃないかと……」

「私が倒れる前にあなたが落下死してどうするの」

「うん、ごめん。ありがとう、助けてくれて」

「………………別に。死なれたら迷惑なだけだから」

 

お前は4年後まで生きていなきゃ、未来が変わる。だから私は手を差し伸べただけだ。

これがもし、マルフォイやペティグリュー、レストレンジ達死喰い人であったとしても私は、その時が来るまで必要と判断し助けた。

 

「君は優しいんだね」

「は?」

 

今世では絶対に言われないであろう言葉に動きが止まる。何言ってるんだ、こいつ。

 

「医務室行って目を見てもらったら?」

 

優しい人間というのは誰かのために打算無く尽くす人間のことだろう。魔法界のためにヴォルデモート復活を阻止しようと奮闘する人間のことを言うのだろう。

私みたいに、自分にとって利があるか、ないかで判断して行動する人間じゃない。

 

私はどちらの味方もしない。

どちらも見殺しにする選択を取った。

お前だって4年後には死ぬ、それが運命だから。

変えることは許されないから。

変えることが怖いから。

こんな私は優しい人間なんかじゃない。

……………もう、人間ですらないな。

困ったように笑うディゴリーの顔から目をそらす。

 

「帰る…………ぁ」

 

放り投げた教材を拾おうとしてやっと気がついた。

さっき、ディゴリーを助けるために放り投げた教材、インク瓶が盛大に割れて床にぶち撒けられ、真っ黒なインクが教科書と羊皮紙を染め上げ、滴り落ちている。

このまま放置していたら管理人に難癖つけられる。

慌てて杖を取り出して一振りする。

 

レパロ(直れ)スコージフェイ(清めよ)

 

割れたガラスの瓶は呪文で修復され、インクまみれの床はピカピカに拭き取られる。しかし、インクが染み込んだ教科書はどうにもならない。

試しに開いてみるが見事に一面真っ黒に染まって、文字など読めない。

仕方ない、新しく買おう。

 

「あっ!待ってミス・パヴィエル」

 

またか、今度は何だ。

若干イラつきながら顔を上げると同時に左手を掴まれ、引っ張られる。

 

「ぇ、ちょっ………」

「教科書を駄目にしてごめん。寮にいいものがあるんだ」

 

走ってはいないが早足で廊下を駆け抜けるディゴリー。それに引っ張られる私。

振り解いてやりたいところだが、なんだかそんな気力もなくなってきた。

眠い…………。

 

足がもつれて転ばないようにだけ気をつけていたらいつの間にか厨房側の寮の入口までたどり着いていた。

ディゴリーが寮の入り口になっている大樽をノックしている間にも足元がふらつき平衡感覚が乱れだした。

これはやばい、かなり限界。せめて自分のベッドに行きたい。眠気で転倒なんて間抜けな醜態は晒したくない。 

 

「こっちだよ」

 

談話室まで通されるとディゴリーはやっと私の手を離した。

 

「ここで待ってて」

 

返事の代わりに頭がゆらゆらと揺れ、手近にあったソファに腰掛ける。

一瞬瞬きしただけだったが、次の瞬間にはディゴリーは男子寮に消え、私は無人の談話室に取り残される。

黄色い照明、静かな室内、暖炉の薪が弾ける音。

あぁ、このままここで寝てしまいたい。

誰もいないなら寝てもいいんじゃないか?

 

そんな悪魔の囁きが聞こえるが、廊下から近づいてくる複数人の足音。それに意識が強制的に警告を鳴らす。

 

「ごめんよ、待たせて。はい、コレ」

「なにこれ」

 

タイミングよく男子寮から降りてきたディゴリーはカタログのような分厚い冊子を差し出してきた。

 

「ダイアゴン横丁のフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店のカタログだよ。僕が教科書を駄目にしちゃったからね。ギフトカードも挟んであるからこれで新しい教科書を用意してくれ」

「ありがとう………」

「書いて出せばすぐに届くよ」

「分かった」

 

あぁ、もう会話も面倒だ。

早く寝たい。

冊子を受け取り、脇に抱えて女子寮の階段を登る。

なんとか自室にたどり着き、荷物を自分のスペースに放り投げるとローブを脱ぎ捨ててベッドに倒れ込む。

 

二時間くらい寝よう………。

 

「クシュンッ」

 

寒い………。

手探りでシーツを手繰り寄せ、頭から被る。

ふと足先は冷えているのに指先は冷たくないことに気がついた。

あぁ、そういえばさっきまで繋いでたな。

ディゴリーの手は子どもの体温ということを差し引いても熱かった。

 

「人の体温ってあんなに暖かかったけ………?」

 

…………………どうでもいいか。

そして今度こそ思考を完全に放棄して瞼を閉じた。

 

   ◇ ◆ ◇

 

旅立ちの準備は一週間かけて念入りに行った。街から戻ってきた後のフランメは予想通り、すごく面倒臭いことになっていたが、お土産の酒とまだ話していなかった魔法道具のネタでなんとか機嫌を直した。そして旅に必要だと思った魔法具の制作のために作業時間ももらえた。

なら、最初から言えと、怒られたけど。

 

「ーーーよし、準備は出来たな。じゃあ、出発するか。此処にはしばらく戻らないからな。フリーレン、忘れ物はないか?」

「………魔導書」

「それは諦めろ」

 

比較的軽装のフリーレンとフランメ。必需品以外は現地調達が基本らしい。

そして私は折り畳みテント一つ。

 

「エミリア………それがお前の作ってた旅で役立つ魔法具か?」

 

私のテントを見たフランメのあからさまに微妙な反応が予想通りすぎる。

 

「そうだよ」

「ただのテントみたいだけど………」

 

もっとすごいものを想像していたフリーレンもこれを見た瞬間の顔は面白かった。

そんな表情できたんだ。

 

でも、これだって十分凄いんだ。

 

「これを見てもそう言えるかな?」

 

私が杖を一振りするとテントはその場で勝手に組み立てられる。

見た目はA型のソロテント。ギリギリ、フランメとフリーレンが一緒に入れるか分からないサイズ。

確かにこの世界のテントと違い、目新しいデザインをしている。しかし、二人の顔がますます微妙になる。

 

「これ、一人用だろ?」

「このサイズだと二人で入るのすら厳しいね」

「まぁ、中を覗いてみなよ」

 

私が二人を入り口を開け、覗き込ませる。

フリーレンとフランメが身を屈め、テントの中に入ると入り口の前で二人して言葉が出ないほど息を止めて固まる。

 

「ッ……こ、これは!」

「っ!!!」

 

外見はコンパクトサイズで三人が寝起きするには狭すぎるテント。しかし、一歩中に入ると内装は芳醇な木製の匂いと温かみのある黄色いカーテンと照明が照らすログハウス風の室内。パーテーションで仕切られたスペースにはそれぞれベッドが三つ。中心のリビングスペースは大きなペチカが薪を燃やして温め、簡易的だがキッチンとシャワー、トイレまである。

正直、フランメの家より豪華である。

 

「なんじゃこりゃ………」

「どう?」

「外観と内装の空間が全然違う……空間を歪めてる?………いや、広い空間の外側を狭く幻視させてるのか?」

 

フランメはしきりに外側のテントと内装の木目を見比べ、フリーレンは壁をペチペチ叩き魔法そのもの解析に夢中になっている。

小さな木箱に魔法をかけて見せたことはあっても、此処まで派手に使ったことはなかったからな。

 

「これが検知不可能拡大呪文。これほどまで広大に魔法をかけられるのか………これ、内装はどうやって作ったんだ?確か、お前の魔法は無から有を生み出せないんだろう?」

「そりゃあ、手作業で作ったよ」

「へー……………手作業?!」

「勿論、魔法を使って時間短縮はしたけど一から木を切り倒して、運んで、接着して………家具も作った」

 

前世の父親と兄の趣味がキャンプとかDIY、畑作りだった。私は埃まみれ土まみれになりたくなかったから参加はしなかったけど、道具とか作っているところは観察していたから完全素人だけど魔法のお陰もあってそれらしいものは作れた。

 

「シャワー、キッチン、トイレは水と炎の刻印のルーンを埋め込んで作った。私の技術じゃ永続的に効果が続かないから定期的に書き直す必要があるけど」

「…………そこまで野宿を拒否するか」

「するよ。断固拒否」

 

だって、前世の旅の移動手段の安全的かつ文化的な技術を知っている者からすれば旅での不便は許容できない。

本当は作っている途中に馬車をキャンピングカーに改造する案を思いついたけど、キャンピングカーは写真でしか見たことない。内装がどうなっているかわからない上、動かす動力の問題がある。エンジンなんてないし、馬の食費も嵩むし、なにより馬車は一番小さいものでも高価なのだ。

しかし、私は思い出した。魔法族にはこの移動式完全住居テントがあることを。

 

「はっ!」

 

すると、突然大人しくしていたフリーレンが声を上げたこと思うと走ってテントから出ていった。

 

「「??」」

 

フランメと入り口を見ているとフリーレンはすぐに戻ってきた。

 

自分の顔が隠れるくらいの大量の魔導書を抱えて。

 

呆れたようにフランメがため息を吐く。

 

「………フリーレン、私は言ったはずだ。置いてこいと。戻してきなさい」

「嫌だ。師匠、あれは嵩張る荷物になるからだったじゃん。この中に入れて持ち歩けば嵩張らないよ。だから持っていく」

 

普段、フランメの言いつけには大人しく従うのに珍しく一歩も引かずにフランメに言い返すフリーレン。

まぁ、魔導書ぐらい本棚のスペースがあるから置いてもいいけど。

 

「お前、旅の途中でも魔導書を集めるつもりだろう?今あるやつは置いていく代わりに旅で見つけたやつは買ってやる、そう言う約束だ。お前のことだからこの後、何十、何百と増やすだろ。そんなことになってみろ、この部屋はあっという間に魔導書で埋まって寝るスペースを確保するのもやっとになる。流石の私もそれは嫌だ」

 

前言撤回。置いてきなさいフリーレン。

私が苦労して作った部屋を本で埋めつくのは許さない。

 

「うぅ〜」

 

上目遣いで子犬のような眼差しでフランメを見上げるフリーレン。

なんか、………最近のフリーレンは顔の表情の変化が顕著だ。

どこで覚えてきた、そんなの?

 

「ゔっ、可愛いな

「フランメ?」

「ハッ! んんっ………ダメなものはダメだ。フリーレン、戻してこい」

 

嘘だろ。こいつチョロすぎないか?

 

「………………置いていくなら三日三晩泣き喚く」

 

顔が引き攣る。

マジか、こいつも。

いい年して何言ってんだ?

フランメが無理矢理フリーレンから魔導書を奪い取ろうとするが、フリーレンは意地でも離さないつもりらしく本を抱えて蹲る。

 

 

 

 

はぁぁぁぁ〜〜アホらし。

この師弟の喧嘩に一々付き合ってられない。

 

「フリーレン、全部は無理だ。せめて十冊にしなさい」

「にじゅうぅぅ」

「十だ」

 

恨めしそうに私に縋るフリーレンに一つの巾着袋を出す。

 

「これにも検知不可能拡大呪文がかけられている。十まで絞るならこれをあげよう」

「戻してくる」

 

光の速さで掌を返したフリーレンはきっちり十冊その場に置いていくと残りを戻しに行った。

 

「フリーレンめ、私の言うことは素直に聞かないくせにエミリアの言うことは聞くのかよ」

 

ひとり拗ねたように口を尖らすフランメを諌める。

 

「やり方の問題だよ。子供に我慢を学ばせるには始めに小さな条件を提示して、おまけとして魅力的な結果をチラつかせる。目先の利益ばかりに目を向けさせないようにするのにも使える手だ」

「でも、そんな便利なもの与えたらあいつは何でもかんでも詰め込む。一体何日で容量を超えるかわからんぞ?」

「分かってる。これには一番狭い容量で設定している。容量を広げたかったら自分で魔法を覚えるしかない。広げられるようになるまで物は増やさせない」

 

物を増やすにはそれ相応の収納スペースを作らないとあっという間に物で埋もれる。自力で、整理整頓できないうちはなんでも与えるべきじゃない。

 

「甘やかしてると将来碌な大人にならないからね」

「なんかお前………子育ての貫禄があるな」

「子どもが二人と孫の世話までやったからね」

 

自分の子育てをしてる時は一分一秒があっという間で、こんな理知的なこと考える余裕はなかったけど、孫の世話を頼まれた時は心にゆとりが出来、物事を俯瞰して冷静に孫を教育できるようになったていた。

 

「…………そうか、お前の中身って想像以上に婆臭かったのか」

 

……………………。

 

「ふっ!」

「いだぁ!!」

 

失礼なことを抜かしたフランメの腰に回し蹴りを食らわす。

確かに私は人間では十分老人だが、この見た目でババア扱いされるのはなんか許せない。

 

「こ、この ッ! やりやがったなっ」

「言葉を選べ、ガサツ女。…………そういえば、フリーレンと一緒に家の裏でなんかしてたけど何話してたの?」

「ふ、ふふっ、知りたいか?」

「いや別に」

「そこは知りたいって言えよ!」

「なにしてるの?」

「あ、フリーレン戻ったね。はい、約束通りこれはあげよう」

「ありがとう」(*´꒳`*)ムフー

 

私から受け取った巾着を嬉しそうに眺め、早速魔導書を収納していく。

 

「イタタ……結局、お前が一番フリーレンを甘やかしている気がするんだが?」

「もう一つあるよ。甘やかしてあげようか?フランメちゃん」

「やめろ、気色悪い。それに、私は自分で作れるようになるからな。不要だ」

 

あ、そう。

一通りテントを見て二人が満足したところで片付け、いよいよ出発する。

 

「よし、じゃあ今度こそ行くぞ。まずはヴィレ地方リーゲル峡谷を越える。北に進むほど魔物の脅威は増していく。気を引き締めろよ」

 

こうして私たちは統一帝国の首都に向けて旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

「疲れた………」

 

完全同意。

旅を始めて一か月。

始めに近場の街まで私の姿くらましで移動し、そこからひたすら歩き、やっとリーゲル峡谷で人のいる村に到達した。

 

「道中、村らしき物はあったが魔族の襲撃を受けたりして廃村ばっかだったからな。ここで物資の補給をしよう」

「エミリアの姿くらまし気持ち悪い、二度とやりたくない………」

「まだ言ってるの?」

 

旅の経験があるのか、野宿や日中も疲れを見せないフランメと違い、フリーレンは初日の移動酔いを引き摺っている。

一ヶ月も前のことなのに………。

 

「今晩の宿を探してくる。お前たちは?」

「私は疲れた。休みたい」

「私はまだ体力に余裕があるから、村の周囲を見てくる」

「いいけど、魔物に気をつけろよ」

「わかってるよ」

 

ここまでの道中でかなりの数の魔物と戦闘をしてきた。私の魔法技術も格段に向上したと自負している。

それに、もう右も左も分からなかった頃とは違うんだ。

 

二人と別れ、私は小さな村の周囲を散策した。クィディッチ競技場ほどの大きさもない村はあっという間に一周できてしまい、面白みにかけると思っていると魔力探知に何かが引っかかる。

 

「なんだ?魔法が使われた痕跡がある」

 

これは森の方かな?

村の周囲を囲む森から僅かに魔法の気配がする。こんな小さな村でも魔法を扱える人間がいるのだろうか?

いや、もしかしたら………………。

 

チラリと背後の村を見て、意を決して森に足を踏み入れる。

 

昼間なのに進めば進むほど暗くなって嫌な気配がする。

杖を取り出し警戒しながら魔力の痕跡を辿る。

ふと、足元に真新しい足跡があるのに気がついた。血痕も付着している。

指で擦って匂いを嗅いでみると間違いなく人間の血液だった。

 

「やっぱり、近くに魔物か魔族がいる」

 

予感が確信に変わると突如として濃い霧が発生した。死臭が濃くなる。

魔力探知と五感をフルに稼働して気配を探る。しかし、視界は使い物にならないくらいの濃霧に覆われ、数歩先さえ見えない。

このまま進むのは危険だ。一度、上空に飛んで方角を確認しよう。

 

「ミア」

 

唐突に聞こえた忘れもしない声。

何年も呼ばれていない愛称に心臓が跳ねた。

 

「ッ!……」

 

咄嗟に振り返った先にいたのは黒髪に灰色の瞳。懐かしい母校の制服に身を包んだ若かりし頃の姿。

息をすることも忘れ、驚愕で体が硬直する。

 

「セド………?」

 

杖を持つ手が震える。

バカな。そんなはずない、彼がこの世界にいるわけない。そもそも生きていることすらおかしい。確かに彼はあの時に死んだ。私は死んだことを確認したじゃないか。

 

「寝ぼけているのかい?ほら、次は薬草学の授業だよ」

 

こいつは何を言ってるんだ?

私はとっくにホグワーツを卒業して………。

ハッと周囲を見回すと自分の立っている場所は薄暗い森ではなく、あの歴史ある城の中、大勢の生徒で賑わう大広間だった。そして、いつの間にか自分の服装もかつて袖を通した制服に変わっていた。

 

信じられない。

 

ぎこちなく周囲を確認する、

教員席にはあのダンブルドアがいる。スネイプも生きている。あの忌々しいガマガエル女はいない。

 

平和だったあの頃そのものだ。

 

これは幻覚?

幻影?

ただの夢?

 

試しに頬をつねってみるがしっかり痛みを感じる。念のため爪を食い込ませてみると頬から血筋が垂れる。

 

「何をしてるんだ?!やめるんだ、ミア!」

 

セドの手が私の手を押さえて離す。

 

「急にどうしたんだ?」

「…………触れる」

 

痛覚もある。触れられる。生徒たちのざわめき、体温、肌を掠める城の魔力も、魔力探知も何もかもがコレは本物だと教えてくれる。

 

 

 

これは……………現実なの?

 

今まで見ていたものが全部夢だったの?

 

異世界に転移なんてしてない。

ホグワーツを卒業して85年も経ってない。

そもそもまだホグワーツを卒業なんてしてない。

 

「大丈夫?」

 

今なら、全てやり直せるの…………?

 

傷一つない綺麗な顔がこちらを心配そうに覗き込む。

目頭が熱くなり、視界が滲む。

ぽろぽろと雫が溢れくる。

 

「………今日は授業をサボろうか」

「どうして?」

 

普段の素行からなら絶対言わない言葉だ。

 

「君が泣いているからだよ。今は君の話をじっくり聞きたいんだよ。スプラウト先生には後でちゃんと話しておくよ」

「………ありがとう」

 

そうだ。彼ならきっとそう言ってくれる。

なら、今度こそちゃんと話そう。

私の秘密を全部。

あの未来みたいに後悔なんてしたくない。

 

「おいで、ミア」

 

差し出された手を握ろうとし、ふとその掌に視線を落とすと動きが止まった。

 

「どうしたんだい?」

 

優しげな眼差し、穏やかな声。

何一つ記憶と変わらない。

なのに、なんだろう………この違和感?

 

「ねぇ、セド。私たち今何年生だったっけ?」

「突然だね、……5年生だろう?」

「そっか………5年か」

 

5年………ということは今はアズカバンの囚人編。

セドの手はその綺麗な顔に似合わず、何度も皮が剥けたように荒れていた。

当然だ。彼はクィディッチ選手だったのだから。ハードなスポーツだ。

手荒れくらいするだろう。

でも、それなら………なぜ、たった15歳の子供が文字を彫ったような呪いや呪文を受けた傷跡まみれの手をしているの?

5年ということはまだ、余命まで一年の猶予はある。勇士として課題に取り組む中で魔法により受けた傷なら分かるけど、コレはどちらかというと………。

 

「そうか………」

「ミア?どうし」

アバタ・ケタブラ(息絶えよ)

 

私の杖先から緑色の閃光がかつてない速度で迸り、彼に直撃した。

大広間は突然の私の奇行に騒然……にはならなかった。彼は仰向けに倒れていかず、途中で霧のように離散した。

彼が立っていた場所には、長い白髪をウネウネと纏い、顔を手で覆い嘆くような姿をした魔物。

それは死の呪いを受けたことで咆哮を上げながら黒い魔力の粒子となって散っていく。

霧は晴れ、周囲の背景は徐々に元の薄暗い森に姿を戻した。

 

やはりアレは幻覚。

涙と血の垂れる頬を乱雑に拭う。

 

「あーあ、あれがあなたの取り戻したかった過去じゃなかったの?」

 

耳障りな鼻につく声。

発生源に顔を向けると、まるで占い師のようなローブを身に纏い、焦点のない瞳に頭から生えた一本の角を持つ少女。

 

「魔物を使役して操る魔族がいるとはね」

 

自分でも驚くくらい低い声が出た。

魔族は不思議そうに、しかし喜びの笑顔を浮かべて無邪気に問いかけてくる。

 

「ねぇ、どうして?今までの人間はみーんなアレの幻覚と私の魔法に騙されたのに。何であなたは気がついたの?」

「お前に教える必要はない。破滅の雷を放つ魔法(ジュドラジルム)

 

私の放った魔法を魔族は空中に浮かび上がって巧みに避ける。それを追いながら私は次々魔法を放つ。

 

どうして?

分かってる、矛盾してるんだ、私の願いは。あの頃に戻りたいと、無駄にしてしまった時間をやり直せたらと、何度も何度もそう願った。彼の顔が、体が傷だらけになるのを願ったことなんて一度もない。だから私はまだ比較的平和だった学年で彼と過ごすことを夢見た。

でも、私は彼の傷一つない綺麗な手を知らない。覚えてない。いつも箒を乗り回して、マメを作っては潰して硬くなり、呪文の練習をして、呪いを受けて、傷だらけになった手になった時、ようやく意識した。そして、私はそんな手が………。

 

「私はね、幻影魔法が得意なの。人間って不思議よね?ないと理解しているものを見せられると途端に動かなくなる。それを攻撃できない。だから私は幻覚により、リアル感を出すために『幻覚を実体化させる魔法』を作ってアインザームを飼い慣らしたの。死者の幻影が話しかけたり、触れられたりしたら人間は簡単にそれが本物だと信じてしまう」

「黙れ」

「あの子は私の自信作だったのよ?普通の個体と違って、相手の記憶から最も思い入れのある死者と言ってほしい言葉を読み取るだけじゃなくて、一番望む瞬間まで読み取るの。

魔物を改造までした私はすごいよね?」

「黙れ」

「どうしてそんなに怒っているの?貴方は私の魔法を初めて打ち破ったんだからもっとお話してよ」

 

どうして?

どうしてだと?

私の記憶にズカズカ入り込んでおいて、よくもそんなことが言えるな?

私が望んだ言葉、望む瞬間を見せてあげた?

誰が頼んだそんなこと!

今まで出会ってきた魔族は平気で嘘をついて人間を捕食していた。人の情というものを理解することなく、習性と捉えて学習していく生き物だ。愚かな生物と思って、私は何処か他人事だった。自分は魔族の嘘にも、人間の嘘にも騙されないから。

でも、今ようやく自分のこととして理解した。

コイツらには人の感情が、感性が理解できない。分かり合えることはない。

言葉の通じない猛獣だ。

フリーレンやフランメが魔族を根絶やしたいと思った理由も今なら分かる。

 

「私の魔法(思い出)を汚すな」

 

コイツらは生かしておけない。

 

「貴方はさっきの彼に会いたいのよね?また見せてあげましょうか?そしたら怒らない?」

「うるさい」

「今度は抱きしめられる幻覚はどう?人間は親愛の証で抱きしめ合うんでしょう」

「うるさいうるさい」

「貴方の魔法は当たると痛いわ。やめて、死んじゃう」

「死ね」

「そんなこと言ってると彼に嫌われちゃうわよ?人間は同族を殺すことを忌避するのに」

「お前は人間じゃない」

 

逃げ惑う魔族。戦闘に特化していない魔族だからか、逃げ足だけは早い。

しかし遂に私の切り裂き呪文が魔族の左腕を斬り飛ばした。

 

「あ………」

 

地を転がり、這い蹲る魔族に杖を突き出し狙いを定める。

私を見上げる魔族は縋るように手をつく。

 

「ごめんなさい、許してください、もうしません。貴方と仲良くなりたかったけどやり方がわからなかったの。助けておかあ」

「“おかあさん”なんて知らないくせに。クルーシ」

「やめるんだ!ミア!」

 

横から腕を掴まれた。

また、彼だ。

切羽詰まった焦った顔。

ダメだ。コレは幻覚、罠だ。

早くトドメを刺さないと。

そう分かっているのに、触れる肌が、体温が、匂いが本物と同じだから一瞬魔族から目を逸らしてしまった。

次の瞬間、私の視界は反転し、後頭部に硬い衝撃を受けた。

 

「か、ッはっ!」

 

首に硬い筋肉質な手が巻きつき、呼吸を圧迫する。その手を振り解こうと踠くと彼が全身で私の上に馬乗りになり、動きを制限する。私を見下ろすその瞳に先ほどまでの慈しみの感情はない。

 

「や、っめ………ッ!」

「貴方は精神防御が脆弱なのね。今まで出会った人間の誰よりも幻覚に騙されやすい。でもみーんなそう。ありえないと分かっているのに、偽物だって理解してるのに、触れられる幻覚を見せられるとみーんな抵抗できなくなる。死者を傷つけられない。人間って非合理的な生き物で助かったわ」

 

視界が掠れる。

苦しい。締め付ける手を除けようとすればするほど力が入らない。魔族の声が遠くに聞こえる。

やめて、私をそんな目で見ないで。

魔族は人喰いの化け物だ。この旅で救えなかった命もあるけど、魔族から守った人間の命だって沢山ある。貴方ならそんな私を褒めてくれるでしょ?私は私が正しいと思ったことを今日までやってきた。頑張ったのに………。

 

どうしてそんな冷たい目で見るの?

 

 

「ねぇ、最後に貴方の命乞いを聞かせて?」

「それはお前のだ」

 

地面が揺れるほどの爆発音と共に私の呼吸を遮っていた力が抜ける。

 

「ヒュッ……かはっ!」

 

彼の幻覚は消え、激しく咳き込みながら必死に失った酸素を供給する。深呼吸を繰り返し、なんとか起き上がった先にはフランメとフリーレンが魔族の右腕を吹き飛ばして地面に転がしていた。

 

「ふらんめ、ふりーれん。どうして此処に………」

「宿をとったとき、この辺りで最近人が行方不明になっているとか、幽霊が出るとかいう話を聞いてな。お前には、まだ精神攻撃魔法などの物理攻撃以外の魔法を詳しく教えてなかったから念のため探してたんだ」

「そしたら、森の方から戦闘音が聞こえてきたからね。物凄い音がしてたからすぐに分かったよ」

 

そうか、……どうやら怒りに任せて魔法を使っていたことが功を奏したらしい。

杖を握り直して立ち上がる。

 

「コイツが事件の黒幕か?」

「そうらしい。アインザームとかいう魔物を改造して、自身の幻覚に実態を持たせる魔法と組み合わせて人を襲っていたみたい」

「なるほどな、魔物を使う魔族か………危険だな。此処で始末しておこう」

「私にやらせて」

「できるの?」

 

フリーレンの言葉に頷いて杖を構える。

もう、大丈夫。

 

「ごめんな」

シレンシオ(黙れ)

 

心のこもっていない謝罪の言葉ほど虫唾が走るものはない。

最初は頭に血が昇って、死の呪いを放ったり、磔の呪文で死をより後悔する苦しみを与えようと思ったけど、そんなものを使ったらそれこそ彼に幻滅される。

正直、魔物相手とはいえ死の呪いを使ってしまったことも今すごく後悔し後ろめたく思っている。

これ以上、私が自分の評価を貶める必要はない。

 

インカーセラス(縛れ)……インセンディオ!(燃えろ!)

「ぃ、〜ッ!!」

 

杖から出た炎が魔族を燃やす。熱さにのたうち回る魔族を見てもこれっぽちも罪悪感なんて湧かない。むしろ、杖を持つ手により魔力が注がれる。

痛いだろう?

苦しいだろう?

当然の報いだ。

燃えろ、燃えろ、もっともっと……っ!

 

「やめろ、エミリア」

 

フランメに肩を叩かれ、我に帰る。

 

「魔族はもう塵になった。それ以上やると森に燃え広がる」

「ごめん。フィニート(終われ)アグアメンティ(水よ)

 

燃え滓に水をかけて消火を行う。

コレでもう、被害が出ることはない。

終わった後にフランメが私の頭に手を置き前後に撫でる。

 

「撫でんな」

「おつかれさん。よく一人で頑張ったな」

「………イヤミ?」

「ばーか。ここは素直に受け取っておけ」

 

ほら、帰るぞ。と、フランメが私の手を引く。そして反対の手をフリーレンが握った。

それにちょっと驚いたけど、今だけは悪くないと思う。

さっきの彼の手は決して冷たくなかったけど、本物の手と偽物の手ではやっぱりどこか違う。二人の手はちゃんと生きている人間の体温がする。

それが、今はどうしようも無く安心できた。

 

 

 

 

 





◇検知不可能拡大呪文をかけたテント
原作4巻、映画4作目で登場した四次元ポケットみたいなテント。中は非常に快適。快適すぎて三人は街についても宿の部屋でもベッドを使わずこの中で寝起きしている。

◇検知不可能拡大呪文をかけた巾着袋
フリーレンがご褒美で貰ったもの。一年後に容量を超える。

◇死の呪い
使うつもりはなかったが、頭に血が上って唱えたら成功した。生き物に絶対的な死を与える魔法。


エミリア
実は主婦力だけじゃなく子供の扱いにも長けている。でも、年寄り扱いすると回し蹴りが飛んでくるので要注意。
精神魔法や耐性が弱いのは元の世界では禁術扱いで知識が欠落しているから。

フランメ
フリーレンの育児に奮闘中。最近気まぐれで色仕掛けを教えてみたら思わぬ形でその効果を食らった。エミリアが精神攻撃に弱いこと知った。

フリーレン
エミリアが見せてくれる魔導具は毎回楽しみ。
巾着袋はとっても嬉しかった。
なんか悲しそうだったから手を握ってあげた。
最近表情に変化が出てきたのは無自覚。

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次回は元気になったら22日金曜の23時に上げます。
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