葬送の吸血鬼   作:mituha

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インフル治った!
しかしクリスマスも正月もバイト!
泣きたい………。


良い子のプレゼントは希望か?絶望か?【前編】

 

 

クリスマスと聞いて何を思い浮かべるだろうか?

元日本人の私としてはありきたりなクリスマスツリーやイルミネーション、ケーキにチキンといったご馳走。

そして、プレゼント。

 

しかし、私は赤い帽子に白ひげを蓄えた贈答品を無料で配る慈善活動不法侵入爺の存在を夢見たりするほど純粋な子供ではない。

そんなものは幻想だととっくに知っている。

 

そして本場ヨーロッパに生まれ変わり、その地の風習に染まるかと思えば、意外とそうでもない。私は生まれてから教会にすら行ったことすらないのだ。

 

こっち(イギリス)ではクリスマスは家族や親戚と祝うのが普通らしいが、両親を早くに亡くし、元日本人の感覚が抜けない私としてはクリスマスという響きにそこまで魅力を感じない。

せいぜい、普段と違う感覚はすれど、平日と同じ扱いだ。

 

今年、ホグワーツのクリスマス休暇。私は去年と同じように他の大勢の生徒と同じように自宅に帰った。

 

パヴィエル家は古くから続く純血の家系なだけあって、所有する屋敷はなかなかの広さだし、蔵書や骨董品、調度品などは素人目から見ても安くはない代物ばかりだ。とはいえ、親族の殆どは他界し、今はもう私しか後を継ぐ者はいない。

そのため、広い屋敷の殆どの部屋は埃を被り、暖を取っているのに人の気配がしないから常に冷え切っている。

 

毎年クリスマスとイブは家人の屋敷しもべと二人きり。

別に特別なにかする必要はないといつも言っているが、心遣いのつもりなのか、しもべが作るいつもより豪勢な食事を取り、早めに寝る。そして翌朝、私宛のプレゼントを確認する。まぁ、私宛のクリスマスプレゼントなんて、しもべが渡してくる手作りクッキーぐらいだけど。

 

無駄に大きなツリーの下にあるのが、ラッピングされたクッキーの袋一つなんて味気ないだろうが、私は案外これを気に入っている。

 

昔…………本当に子供だった頃。絵本で見たジンジャークッキーにチョコやクリームでアイシングされた定番のデコレーション。私が控えめな甘さを好むのを知っていて作られたこの丁寧な一品が私の数少ない楽しみだった……のだけど。

 

「これ、夢じゃないよね?」

「現実です。お嬢様」

 

独り言に律儀に返してくれたのは、長年この家に使えてくれている屋敷しもべ妖精のサン。

 

そして、私の眼の前には我が家のリビングに鎮座するクリスマスツリー……の下にできたプレゼントの小山。

 

「1、2、3、4………一つはサンのだろうけど残り3つに心当たりないな」

「ホグワーツの御学友からでは?」

「友人を作った覚えなんてないよ。敵なら作ったけど」

 

サンのクッキーを隅っこに寄せて慎重に3つの包を確認する。贈り物に見せかけた劇物は贈られ慣れている。念の為、ドラゴン皮で作られた手袋を装着して包装紙を外していくと、其々メッセージカードが現れた。

 

「ディゴリー、スミス、フォーリー………マジか」

 

あんぐり開いた口が塞がらない。

あの三人が私にクリスマスプレゼントを贈ってきた?………………なんかの嫌がらせかな?

いや、ディゴリーはそんな事するタイプじゃないけど後の二人は嫌がらせだろ。

だって、私あの二人嫌いだし。向こうもそうだろ。

 

「えっと、中身は………ディゴリーがインクセット?あぁ、あの時のか」

 

そういえば、休暇前にインク瓶一つ割って中身を駄目にしてしまったな。別に教科書を新しく貰ったから気を使わなくて良かったのに。これは義理か。

 

「スミスとフォーリーは、ナニコレ?」

 

瓶に入ったどピンク色の怪しげな液体と本。『魔法使いをオトス百のテク』?

こっちは『これであなたも脱引き籠もり陰キャ!愉快な陽キャを目指せるコミュニケーション会話術』…………………………………………嫌がらせだった。捨てとこ。いや、燃やそうか?

 

何故、こんな物を贈りつけてきたか心底わからん。彼奴等の考えていることが全く読めん。

取り敢えず腹がたったから、この二人に何か義理でも返す必要はないな。

休み明けに文句を言われても無視しとこう。

 

「お嬢様、お返しはどうなされますか?」

「そうだな……………」

 

しかし、ディゴリーは別だな。

丁寧な贈り物には義理でも返しておかなければ私がなんか…………落ち着かない。

義理程度のお返しって何が妥当なんだろう?

思えば、今世はクリスマスプレゼントを誰かに贈ったこともなかった。このインクセットは瓶にきめ細やかな丁寧な意匠がされている。コレならそこそこの値段がするだろうし、同じ値段で返すべきなのか?

ふと、脇に寄せたサンのクッキーが目に入った。

 

そういえば………………原作でハリー達はプレゼントにお菓子の詰め合わせを贈り合っている描写があったな。プロの作った物だし、これでいいか。

 

「サン、このクッキー多めに包んでディゴリー宛でふくろう便で送っておいて」

「かしこまりました」

 

いらないものをサンに押し付け、ソファーに腰掛ける。早速クッキーを摘みながら贈り物のインク瓶を眺める。

丁寧で繊細なデザイン。

私の好みだけど、学生が、ましてや12歳が持つには高すぎる気もする。

これがあの時の事も含めての贈り物なのかな?

確かに私は彼の命を救ったけど大袈裟すぎないか?

こんな私にクリスマスプレゼントを寄こすなんて。

 

「…………………へんなやつ」

 

 

   ◇ ◆ ◇

 

 

大魔法使いゼーリエ。

フランメの師匠で、神話の時代から生きるエルフの魔法使い。大昔から生きているだけあって魔法への才覚は勿論のこと、積み上げてきた研鑽、魔力量、そして豊富な知識を所有している。

 

片膝ついて目の前でふんぞりかえるエルフを観察する。

 

なるほど………コレは確かにやばい相手だ。

バケモノ級にはそれを生み出す親がいるのは当然か。

 

私たちは2年の旅を経て統一帝国の首都まで辿り着き、フランメの師匠である大魔法使いゼーリエに対面した。見た目は金髪にフリーレンと同じ長い耳を持つ10代前半の少女に見えるが、溢れ出す魔力量が恐ろしいほど桁違いだ。

 

一瞬冷や汗が出た。

 

「時の流れは早いものだな。気まぐれで育てた弟子がもう孫弟子達を連れてきおった」

 

ゼーリエの言葉に目尻がピクッと引き攣った。横で何食わぬ顔で平然と跪くフランメを蹴っ飛ばしてやりたいところだが、グッと我慢する。

コイツっ!手紙に余計なこと書いたな。あれだけ痛い目に合わせたのにまだ懲りてなかったのか。でも、今此処で訂正したらややこしいことになる。癪だが、此処はフランメの弟子という体を崩さない方が正解か?

ただし後で覚えてろよっ!

 

「フリーレンとエミリアだ」

「同族と、異界から迷い込んだ魔族モドキか」

 

ゼーリエの私とフリーレンを舐め回すように観察する目が背筋をゾクっと逆立てる。

この感覚、覚えがある。

心を読まれてる………!

 

閉心術(オクルメンシー)

「ほぉ………聞いていた通り、面白い魔法を使うようだ。気に入った。二人とも望む魔法を言うがいい。一つだけ授けてやる」

 

人の心勝手に覗き込んでおいて謝罪なしか。不躾で無遠慮なところはこの師にしてこの弟子ありか。

 

「私は今まで歴史で書かれたほぼ全ての魔導書の知識を持っている」

 

ゼーリエが座っている玉座の後ろには棚に入りきらず床に積み上がった魔導書の山が放置されている。

それを見て場の雰囲気に似合わず呆れてしまった。

地べたに直接放置とか普通に汚い。ただでさえ本は傷みやすいのに。何のためにこんなでっかい屋敷に住んでるんだ?本棚増やせよ。

整理整頓できないところも師弟共々一緒か。

 

「……………望む魔法?」

「魔法使いというものは人生を懸けて望んだ魔法を探し求めるものだ。それを言え。私が授けてやる」

 

でも、この申し出はありがたいな。流石に元の世界に帰る魔法など都合よくあったりはしないだろうけど、帰還のために転移や空間魔法のカケラだけでも触れることができれば、それだけでも十分な収穫だ。

慎重に選ぼう。間違っても断ったりしない。

 

「いらない」

 

そうそういらな………………

 

「え!?」

「魔法は探し求めている時が一番楽しいんだよ」

 

あろうことかフリーレンはゼーリエの提案を断った。

 

「フランメ。やはり駄目だこの子は。野心が足らん。燃え滾るような野心が」

 

ゼーリエは一瞬で興味を失ったかのようにフリーレンから目を逸らした。

 

「師匠、この子はいつか魔王を倒すよ。きっとこういう魔法使いが平和な時代を切り開くんだ」

「私には無理だとでも?」

 

フランメの言葉にゼーリエが不機嫌を隠さずに問いかける。

フランメは困った顔をしてハッキリと断言する。

 

「戦いを追い求めるあなたには魔王を殺せない。私達じゃ無理なんだよ。だってさ師匠、平和な時代で生きる自分の姿が想像できねぇだろう?」

 

フランメの質問にゼーリエは答えない。

何か考えているような表情をしている。

 

「フリーレンは平和な時代の魔法使いだ」

「ふん、相変わらず生意気な弟子だ。この私に意見するとは随分偉くなったな」

「人類の魔法の開祖と呼ばれ出したからな」

 

二人の憎まれ口の叩き合いを聞いてなんとなく読めた。

言葉の節々は高圧的でこちらを脅すような素振りを見せるけど、ゼーリエにとってコレは普通の態度でこちらを害する意思はないのか。無駄にピリピリ警戒して損した。

 

「同族は期待はずれだ。お前のもう一人の弟子はまともなことを期待しよう。エミリアと言ったか?お前はなんの魔法を望む?」

「その前に、いい加減開心術で私の心を突いてくるのやめていただけませんか?閉心術はあまり得意ではないので、このままでは顔を見て話せません」

「よかろう。よく防いだ方だ」

 

何かが入り込もうとしていた感覚が消え、漸く私は顔を上げた。

なんか私を見る目がフランメとそっくりで腹立たしい。

 

「私の事情は既にフランメ…せ、師匠から説明があったと思います」

 

師匠という言葉が一瞬詰まった。

フランメ、口角がピクッと動いたのを私は見逃さなかったからな。

 

「ふむ、異世界から来た吸血鬼という種族………だが、それは解除不可能な呪いにより変化しただけで元は人間の魔法使い、だとか?」

「えぇ、私はどういう訳か7年前この世界に転移しました。私が望むのは元の世界に帰還すること。しかし、私の魔法では世界を超えることは叶わず、この世界で最も女神様に近しい存在のゼーリエ様にお力添えを願えないかと思い参りました。私が望むのは世界を超える移動魔法です」

 

もう7年も経った。

向こうの時間がこちらと同じように流れている保証など何処にもない。一番の理想は私が此処で滞在していても、向こうは僅かな時間しか経ってない場合だけど、現実は理想のようにはいかない。逆の場合、私は居場所がなくなっていることを覚悟しなければならない。

 

「それがお前の望む魔法か?」

「はい」

 

ゼーリエと視線が重なり、奇妙な空気が場を支配したがゼーリエはフッと視線を逸らすと私に背を向けた。

 

「帰れ。お前にやる魔法はない」

「……………は?」

 

なんて言った?

 

「聞こえなかったか?お前にやる魔法はない。自分の望む魔法すら分からん奴に魔法を与えるだけ無駄だ」

 

ゼーリエの背が遠ざかり、玉座に戻っていく。

ゼーリエの言葉が脳内で反復する。

 

私が分かってない?

私が、家族の元に帰りたいと願っていないとでも?そのために長い道のりを旅したのに無駄だと?

この世界で苦労を乗り越えたことがその全て……………?

 

今までの努力。その何もかもを否定された気分に陥りカッと頭に血が昇る。

立ち上がり叫び声のように反論を吐き出す。

 

「違う!私は、ッ本当に願ってる!帰りたいこの思いに偽りはない!」

 

早く帰らなくてはみんな死んでしまうかもしれない。それだけは嫌だ。看取るのはいつだって悲しい。けど、自分の知らぬ間に永遠の別れを迎えることはもっと後悔が残る。

それが自分の身内なら尚更。

 

「そうだな。お前のその思いに嘘はない。だが、帰還の魔法はお前が真に望む魔法ではない」

「ちがっ………、ッ」

 

それが望んでいる物だとハッキリ言えればよかった。でも、何故か私はその言葉に異を唱えられない。ゼーリエの言葉が無情にも私の心に刺さって抜けない。

 

「自分の本当に追い求める魔法も自覚できない奴に魔法使いを名乗る資格はない」

 

こちらを見下ろすゼーリエの眼光に手が震える。声が出ない。恐怖に体を支配される。

 

「立ち去れ」

 

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

一週間後。

帝都の宿屋の一室に入室したフランメは見慣れたテントに特に反応を示さず、部屋のど真ん中〜占領するテントに身を屈ませながら入る。

 

「フリーレン、エミリアは?」

「相変わらずだよ」

 

リビングスペースで寛ぐフリーレンは部屋の隅に増えた扉を一瞥する。

ゼーリエの邸宅から追い出されたエミリアはあの日から水一滴すら取らず急遽作った小部屋に引き篭もっている。

 

「飲み食いしなくていい身体ってのも問題だな」

「ゼーリエに断られたくらいであんなに落ちこむとはね」

「それだけじゃないだろうな」

 

確かにエミリアこの数年、暇さえあれば独学で転移の研究に勤しんでいた。しかし、既存の人類の魔法ではコレと言った成果を上げることができず、顔には決して出さなかったが焦っていたのをフランメは感じていた。だからフランメが与えたゼーリエとの面会は彼女にとって進展の兆しだったのも事実だろう。

それなのに、魔法を得るどころか魔法使いとしての芯を否定された。

フランメは扉をノックして声をかける。

 

「エミリアー、もう一週間だ。いい加減出てこい」

 

返事はない。ドアノブを静かに開ける。

鍵はかかっていない。

部屋というより空間を引き伸ばしたかのようにただ暗闇が支配する洞穴で、ポツンと鎮座するのは背中から生えた大きな蝙蝠の翼で全身を包み込んで丸くなっているエミリア。

 

「何も口にしないのは良くないだろ。取り敢えずパンとスープを持ってきた。味に関してはこの際文句は言うなよ」

「……………」

「師匠は昔からああいう人だ。気にする必要はない。デリカシーがないのとか、気が回せないとか、言い方がきついとか気にしたら負けだ」

 

モゾっと黒い塊が身動きをして、白銀の頭が顔を出す。

 

「………分かってる。ゼーリエはすごい魔法使いだよ。誰に対しても、あんな言動を崩さないことを許されるくらい。私の生物としての本能があの上位者に逆らうなって警告を鳴らした。だからあの手の人の言動なんていちいち気にしない」

 

顔を上げたエミリア表情はしばらく泣き腫らしたのか赤く腫れていた。

しかし、フランメは別の要素に首を傾げる。

 

(赤?こいつ、瞳の色まで赤かったか?)

 

それは出会った時から変わらない黄金の瞳が光源のない場所でもハッキリ分かるくらい紅く、怪しげに発光していることだ。

 

「お前、その瞳………」

「瞳?…………あぁ、一週間過ぎてたんだ。道理で喉が渇いたわけだ」

 

【喉が渇いた】

それはエミリアが吸血を欲している言葉だ。

フランメは出口に視線を向ける。

 

「待ってろ。取ってくる」

 

簡易冷蔵庫にいつもの小壷が入っている。

しかし、そんなフランメの腕を掴みエミリアは静止した。

 

「待てない」

「は……?お、おいっ」

 

エミリアの腕が力強く引かれ、フランメはエミリアと向かい合う形で正面に向けられる。

振り解こうとしたフランメはエミリアの真紅の瞳に見つめられ、動きを止めた。

漆黒の翼、雪のように白い肌と髪、濡れた宝石のように美しい瞳に吸い込まれる。

 

(前々から整った顔をしていると思っていたが…………こうして見ると成程。まるでガラスでできた美術品のようだ)

 

フランメが無抵抗で見入っている間に小さな口から覗く真っ白な犬歯がゆっくりとフランメの首筋に添えられる。

 

かぷっ、

 

「いッ ………っ!」

 

ちゅるるる

 

それまで、まるで夢見心地で微睡んでいたフランメだが、肉を切られ、血の吹き出す刺激で漸く覚醒した。自分に身を傾れ任せるエミリアを強制的に引き離して出血を抑える。

 

「何すんだ!コノヤロウ!」

「ごめん………我慢できなくて」

 

口から鮮血を滴らせながら気まずそうに謝るエミリアの瞳はいつもの黄金色に戻っていた。

 

「お前、今、何か私に精神魔法でもかけたか?」

 

冷静になればフランメがあんな怪しい状態のエミリアを自分の急所に易々と噛みつかせたりしない。

まるで自分に魔法をかけられたような感覚だった。しかし、エミリアは口元拭って首を横に振る。

 

「かけてないよ。フランメは私の【魅了】にやられただけ」

「魅了?」

「吸血鬼は本来、その美しい容姿で人間を虜にして人間が堕ちている間に血を吸うの。相手を魅了させて思考や判断を鈍らせる一種の催眠かな。血が足りなくなるとね、本能なのか男女問わず魅了を振り撒いちゃうんだ」

 

学生の時は苦労した………と、遠い目をするエミリアにフランメは少しばかり納得した。まるで半分夢を見ているような感覚。ふわふわ思考が定まらず、あの状態で何か彼女の口から何か命令されていたら恐らくフランメは逆らえなかった。

魔力探知に何も引っかからず、純粋な魔法による精神攻撃ではないので精神防御も効かない。この理由から今までエミリアが決して間隔を開けずに吸血行為をしていたわけだ。

 

「目、戻った?」

「あぁ……い、ッ」

 

抑えている手を退かすとフランメの首筋には4本の歯形がくっきりつけられ、そこから血が垂れている。遅れながらフランメは前に本人から説明された吸血鬼の特徴について思い出し、青ざめる。

 

「おい、これ私、吸血鬼になったりしないよな?」

「ならないよ。エピスキー(癒えよ)

 

エミリアの一振りの魔法でフランメの皮膚は傷を塞がれる。

 

「吸血鬼は確かに噛むことで同族を増やすけど、狼人間と違ってただ噛むだけじゃ増えない。考えてもみなよ、食事の度に鼠算式に吸血鬼が増えていく光景を。地獄絵図じゃん…………あまり広めていない事実だけど、本当は私が明確に同族を増やすという意志を持って噛んで、さらに私の血を相手に流し込む。それでやっと人間は吸血鬼になる。だからフランメが吸血鬼になることはないよ」

「それを聞いて安心したぞ」

「でも、念のため私が血を流しても舐めたりしないでね。そこまでは責任持たないから」

「元はと言えばお前が急に噛み付いたんだろうが!」

「ごめん」

 

フランメの拳骨がエミリアに振り下ろされる。痛みに呻きながらエミリアはもう少し吸って貧血にさせればよかったと後悔した。

 

 

 

 

 

 

「それでお前、これからどうするんだ?」

 

微妙な顔でパンを咀嚼するエミリアの横にフランメが腰を下ろす。エミリアはぼんやりと何もない部屋の隅を眺めていたが、重い口を開いた。

 

「どうしようか………考えてた。それで思ったんだ。この世界で骨を埋めるっていうのも選択肢の一つだよねって」

 

骨を埋める。つまりは帰らない。

フランメはその言葉に瞠目し、目を細める。

 

「………正気か?」

「ちょっと本気」

 

生気のない、彼女らしくない腑抜けた声にフランメは胸ぐらを掴み上げる。

 

「帰りたいんじゃないのか?お前には私と違って家族がいるんだろ?待ってるんだろ?お前は語っていたじゃないか!お前の学び舎の思い出を楽しそうに。あそこがお前の生きる場所なんだろ!なら、なんでそんな簡単に諦めようとする!7年も経ったからか?まだ、10年も経ってないだろ!!」

 

まるで自分のことのように怒鳴り散らすフランメにエミリアは目を見開くが、フッと諦めのように表情を和らげる。

 

「それだよ………まだ、たったの10年なんだ。私にとっては」

 

今まで見たことない切なげな表情にフランメは掴んでいた手を離す。

 

「フランメ。私は何歳に見える?」

「18、いや、16か。………それくらいだ」

「そうだね。………80年前からずっとこの姿のままだ」

 

エミリアは自分の手を見る。

皺一つない。

肌荒れも再生スピードの方が早いので無縁だった。

 

「最初に異変を感じたのは30の時。同級生たちが顔たるみが出てきたとか言った時かな」

 

「その時は別に自分の顔に意識を向けなかった。元々日本人は低身長で童顔だし、その感覚が抜けてなかったから自分もちょっと若く見える。その程度の認識だったんだけど、息子がホグワーツに入学した年にね写真を見たの」

「写真?」

「肖像画と思ってくれていい。あの戦いが終わった後に撮った若い頃の。………ははっ、何一つ変わってなかったんだ私は。他の人は年相応に見た目が変わっているのに、私は写真と何一つ変わっていない。その時に察したよ。自分は歳を取らないんだって」

 

自傷気味に笑う表情の瞳には光はない。

 

「心のどこかで思ってたんだ。この年まで普通の人間と同じ成長スピードで肉体が育った。なら、私は少し特徴のある普通の魔女で高々100ぐらいで死ぬだろうって……でも現実は違った」

 

くしゃっ、と頭を抱える。

 

「家に残っていた資料を片っ端からひっくり返して、呪いを受けた人の平均寿命を調べたけど何一つ出てこなかった。当然だよ。呪い受けた者は全員、直系子孫を残さず自害してるんだから。私が異例なんだ」

「そのこと家族には……」

「言ってない。最後まで言わなかった。あの人は勘づいたかもしれないけどね。毎日、少しずつ、老け薬を調整して飲んで、見た目を老化させていった。…………それでも見た目を変えただけで、身体の機能には一切の衰えはなかった」

 

現にエミリアの魔力は修行を積んだ分だけ増え続けている。

今まで目を逸らしてきた感情が決壊するかのようにエミリアは言葉を叩きつける。

その声は高く、笑っているのに表情に喜びなど微塵もない。

 

「私がどんなに見た目を誤魔化しても、周囲の時の流れは変わらない!知り合いがどんどん死んで、愛する人を失って、遂には息子まで年老いた!」

 

ついには黄金の瞳から涙が溢れる。

 

「笑えるよね?母親より老いた子供を見て私は何をしようとしたと思う?あの子に噛みつきそうになった。絶対嫌だ!置いて逝かれたくない!……って。そんな自分勝手な意志に支配されかけた。私が同族を増やす意思があればあの子は私と同じ時の流れに居てくれる。一瞬でもそう思ってしまった。そんなことすれば次はあの子が孫に置いて逝かれてしまうのに……」

 

顔を抑え、身体を震わせ疼くまる彼女にフランメは触れようとした手が止まり、悔しそうに唇を噛む。

 

「ゼーリエは正しいよ。私は自分の願いに気づいていたのに気がつかないフリをしていた。現実から目を逸らしていたんだ。私が望んでいた魔法はただ帰還する魔法じゃない。そりゃ息子の死に目に会えないのは後悔が残る。でもそれ以上に私は自分にかかったこの呪いを解きたかった」

 

血の呪いは次の世代へと継承される呪い。子を成し、親が死んで初めて次の世代に次の呪いを受ける者が生まれてくる。

 

「私がこの呪いに耐えられなくなって自死を選べば、次に生まれてくる子孫に呪いが移る。私が生きている限り、私の子供たちが苦しむことはない」

 

魔法界には未だに根強い人狼差別やヒト至上主義の考えが浸透している。それらは一朝一夕で取り除けるものではない。

エミリアは転生者という特別な出自もあり、同族の輪から弾かれても精神的苦痛には耐えられた。

 

しかし、未来を生きる子孫たちが呪いを受けた場合そうとは限らない。

 

彼女に残された選択は子孫に重荷を渡して自死を選び救われるか。それとも子孫を救うために永遠に近い時間を呪いを抱えて生き続けるか。

 

「フランメ………私は帰りたい。自分の居場所へ。でも、私は帰りたくない。だって、帰って待っているのは息子の死だ。子孫がこの呪いで苦しむのを私は見たくない。でも、私だって心は折れるんだ………」

 

弱々しく縋り付く友人にフランメはかける言葉が分からない。

どんな慰めを吐いても自分もいずれ彼女を置いていってしまうから。

 

 




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今回は暗い話になってしまった。文章に纏めるって思ってたより難しくて悪戦苦闘中。
次回は一週間と言わずに早めに書き上げたいと思います。
必ず!きっと!多分………。

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