「えっとね、まず、翌年はあのハリー・ポッターが入学してきて………ハロウィンにトロールが入ってくるの。それでいつかは分からないけどディメンターが城の周りを漂っている不気味な光景も見えて……」
「なるほど、それで?」
「………何度も言うけど、必ずその予知通りに事が進むわけじゃないよ。良い方向に変えてもその結果どうなるか分からないからね。後々不幸が倍になって返ってくるかも」
「そうなればあんたを何度でも気絶させて、また回避するため未来を予知してもらうわ」
私の言葉にスミスの顔が引き攣る。
上下に心地よく揺れる車体。贅沢に6人は入れるコンパートメントをたった2人で占領し、私とスミスは誰にも話せない秘密の会談をおこなっていた。
今日、ホグワーツ2年目が終わり、いよいよ次の学期から原作が開始する。こいつが未来予知の能力を持ち、原作改変を企んでいることに関して、私なりに考えた結果、協力するふりをして原作通り展開に落ち着かせることにした。目の届かない所で余計なことをされるより、手間はかかるが手元に置いて誘導させたほうがリスクが少ない。
毎日、必要の部屋に呼び出し、夢の内容を聞き出した。その結果、今のところ原作知識と現在の予定未来を擦り合わせたが、そこまで大きな差はないことが分かった。取り敢えず見たものはすべて記録するように言いつけ、今も彼女は羊皮紙に思い出す限り書き写している。
「それにしても、5年後か…………」
私はどうして死ぬんだろう?
そこが肝心なのにスミスは未だにその詳細を予知しない。それさえわかれば対処の仕様があるのに、既に知っていることを提供されても私に利はない。
「自分が死ぬって言われたのに随分と冷静ね」
「勿論、焦っているわよ?こんな事予想してなかったもの」
いや、ほんと。
表情に出にくいだけで私はあれから非常に余裕がない。イレギュラーの介入に原作対策。次年戻ってくる寄生虫付きのクィレルへどう対処するか。
来年からダンブルドアは学内の行動に一層目を光らせるし、考えだしたらキリがない。やること、気を配ることは山のようにある。本当はサンに在学中のハリーの監視を頼むつもりだったのに、こいつの監視に使ってしまって動かせない。
「なんでこうなったんだろ…………」
窓の外を眺めながら思わず本音が溢れた。
「なんか言った?」
「別に」
「お嬢ちゃんたち、車内販売はいかが?」
場にそぐわない陽気な声。
顔を上げると車内販売の魔女が廊下から顔をのぞかせていた。そういえば列車が発車してから結構時間が経っていた。朝食を早めに食べたので、空腹を感じる。
「私、糖蜜パイとかぼちゃジュースください」
「私はブルーベリータルトと紅茶、ダージリンで」
それぞれお金を払い、昼食代わりのお菓子を広げる。正面のスミスは早速購入したパイに齧り付く。
ポロポロと欠片を落とすのも気にしない光景に眉をひそめる。
「パヴィエルはベリーが好きなの?」
唐突の質問に紅茶に口をつけようとしていた手を止めた。
「なんで?」
「よく食べてるから。大広間のデザートでも3日に一度は食べてる。それも甘いより酸味があるタイプを」
え、私の食事を観察してたの?キモっ。
「………………別に」
「ふ~ん」
それにしても今更だけど、こいつはよく自分を殺そうとした相手を前にして呑気に食事ができるな。
私は人が近くにいると落ち着かなくて、食べてもあまり味がしないのに。
「…………不愉快だから出てってくれる?」
「はぁ?!」
怒気を含んだ反応に扉を指差す。
「というか、今日はもういいわ。用は終わったし、お友だちのところに帰ってくれる?一人で食べたいから」
片手で雑に追い払う仕草をするとスミスはムッとした表情になり、ドカッと座り直す。
「イヤだ。私は今日、ここにいるって決めたの」
「頭おかしいんじゃないの?どうして自分を殺そうとする相手と同じ空間に居たがるの?」
理解できない。私が呆れた溜め息を吐くのと対称にスミスはキョトンと面食らったような顔をする。
「…………私の心配してくれてるの?」
「はぁ?寝言は寝て言え」
「え〜?今のってそういう意味じゃないの?」
いつかの成績の件の時のようにネタを見つけたと言わんばかりの視線。こいつのこういうウザい絡みが嫌いなんだよ。
馴れ馴れしくも私の隣に移動し、体を密着させてくる。
「ほらほら、素直に言ってよ〜」
「今すぐぶち殺されたいのかお前」
怒気を含み、殺気を突き刺す私の視線に驚いたことに彼女は言い返してきた。
「今、私を殺したらあんたに不都合な未来の詳細が分からなくなるわよ?」
「チッ」
小娘が。前回とは違い一人前に口が立つらしい。
膝に乗せていたタルトと紅茶を横に避ける。
「?、ぎゃっ!」
分からせる必要がある。
油断しているスミスの首を鷲掴みにする。
すぐに振り解こうと彼女の両手が私の手を掴むが圧倒的に力の差が違う。
「ふと、思ったんだけど、頭さえ無事なら夢を見れるわよね?声帯を潰しても、腕さえあれば文字がかけて、見た内容を伝えられるわよね?」
ミシッと鈍い音が鳴る。
「やめっ!ぐ、るッ゙」
「勘違いするな。私はお前を殺さないんじゃない。私の温情でお前は生かされているんだ。分かったならその生意気な口を閉じろ。お喋りは嫌いだ」
パッと手を離すとスミスは咳き込みながら私から距離を取る。学習しないバカだ。
「確かに私は今お前を殺さない。だが、手足の一本や二本奪うことに躊躇しない。二度言わせるな。出ていけ」
ここまで脅せば流石に出ていくだろう。私と違って彼女には友人が多いようだし、何処ぞの一室に到着まで居座ることができるだろう。
「ゲホッ!ゲホッ!……………嫌だ」
は?
「…………出ていかない」
言ってることと態度が一致してない。
今も私に敵意丸出しの表情の癖に、なんで私から離れないと言ってるの?
私が困惑していると彼女は喉を押さえながら言葉を紡ぐ。
「この列車は、ホグワーツ所有の列車。あんたの所有物じゃない。ホグワーツは学費が無料。つまりあんたはこの列車に乗るための対価を支払っていない。なら、私がこのコンパートメントを出ていく言われはない!」
彼女の抵抗にぐっと喉が鳴る。
紛れもない正論だと頭が認めてしまったから。
「それに今、私に危害を加えることもあんたにはできない。何度も言うけど、ここはホグワーツ内部扱い。当然、この列車内には引率の教師、監督生が巡回してる。怪しまれる行動は出来ない。現にあんたはこの部屋に人避けの魔法を掛けなかった。そんなことをして、もしバレれば怪しんでくれと言っているようなものだもんね」
言うようになったな。
胸の内に燻るイライラした感情が増加していく。
その目。
純粋で、世の中の理不尽を何も知らない、わかってない。考え無しの癖に、自分が未来をつかめる信じて疑わない、未来を知っていながら絶望せず、希望を見出そうとしている青臭いその眼差し。それを見ていると無性にイライラしてくる。
随分と口が達者になったな。
一年前はキャンキャン吠える小型犬で、数ヶ月前は私の姿を見つけるとビクビク震えていたくせに。
誰かが入れ知恵しているのか?
何にせよ関係ない。
言うことを聞かないなら体で覚えさせるまでだ。
取り敢えず蹴り飛ばして追い出そう。
私が立ち上がり、距離を詰めると彼女は懐からサッと杖を抜いた。
「大した呪文も使えないくせに」
こいつの呪文学の成績が私に劣ることは知っている。
しかし、ある一点に視線が行き、後ろに引こうとした足が止まった。
杖先が揺れている。
狙いが定まらないのか?
いや、手が小刻みに震えているのだ。
これは恐怖?
怯えているのか?
大口叩いたくせに?
怖いのにどうして私に立ち向かおうとする?
逃げればいいのに。
逃げることは悪じゃない。
「どうして逃げないの?」
「そうすべきだと思ったから」
「蛮勇だ。それで何も得られなかったなら意味ないのに」
グリフィンドールのような考えだな。
理想が強すぎる。
「あんたにはないの?自分の命より大切なものが」
「ない」
その問いに即答できた。
私には命より失うことが惜しいものなど思いつかなかったから。
「そう…………可哀想に、あんたは愛情を知らないんだ」
その言葉は私の胸を重く、押し潰した。
「っ!」
何かを言い返そうと口を開いた。
私はそれを否定しようとした。でも、出てきたのは言葉にならなかった言葉のなり損ないの掠れた声だけ。
「何をしているのですか!?」
其の時、ノックもなしに扉が開かれ、入室してきたのはよりにもよってマクゴナガル教授。
彼女は私達の緊迫した空気に眉をひそめる。
「周囲から苦情が来ていますよ。物音や言い争う声が聞こえると。貴方方は来期はホグワーツ3年生になるのですから粗暴な真似はお辞めなさい!」
「すみません。マクゴナガル先生」
「あと3時間でロンドンに到着します。それまではくれぐれも問題を起こさないように」
ピシャリと私達に釘を差して教授は立ち去った。
私たちは無言で目配せをし、スミスは杖を仕舞い、私から離れて座席に座り直し、私も座る。
"あんたは自分自身を恐れている"
"可哀想にあんたは愛情を知らないんだ"
こいつに言われた言葉が頭の中で回る。
そんなわけない。
怖いものなんてない。
愛情だって知ってる。
無意識に握りしめた拳に力が入り、外の情景を視界に収め、集中し無理矢理冷静になろうと努める。
私に欠けているものなんてあるわけない。
親の愛情、家族の親愛。
前世で家族の仲は良好だった。
親族で争ったこともない。
私は愛を知ってる。
私は愛されていた。
ちゃんと…………知ってる、から。
愛されていた………
◇ ◆ ◇
ザック、ザック。
ジリジリと照り付ける日差しが憎い。
「暑い………飛びたい」
重さを感じさせないトランクを揺らしながら私は真夏の山道を登る。こんな日は飛行しながら登れば風を受けて少しは涼しくなるのに。生憎、空には鳥型の魔物が生息しているため、その方法は使えない。何処かに大きな巣があるのか、道中、討伐してもキリがなかったので諦めた。
恐らく現在、人類としてただ一人空を飛べるが、未だに高所が不得意なので空中戦闘ができない。俊敏に飛べないので一人の時は無理して深追いはしないことにした。
「だいぶ登ってきたな」
見晴らしのいい崖から背後を振り返ったら、遥か彼方に歩いてきた街が微かに見える。
「さて、この辺のはず………」
懐から出した手紙によるとこの辺りに住居があるはずなんだけど………右を向いても、左を向いても似たような木しかない。
家なんて見当たらない。
「あれ?何処だ?」
ジリジリ照りつける日差しが強い。
日傘が欲しい。
顎を流れる汗を拭い、木陰に腰を下ろす。
「いいや、ちょっと休憩しよう」
トランクを開けて杖を振る。
「アクシオ、アイス」
トランクからは木の器に入ったバニラアイスが飛び出し、同じく呼び寄せたスプーンで掬い、口に含む。久々に味わうジワリと広がる甘さ。口の中ですぐに溶けてなくなる滑らかな食感。
「あー沁みる」
山登りした後の甘いものは格別だ。
これがあるからここまで頑張って登ってこれた。タイミングよく吹き抜ける風が髪を攫う。
「涼しい〜、よく考えれば暑いけど前世の暑さに比べたらまだ易しいな。標高が高いせいもあるけど、二酸化炭素の排出量が圧倒的に違うからな。たぶん今も30℃ないな」
実際、毎晩クーラー要らずで寝られるし。
つくづく思う。
前世の環境って良くも悪くも異常だったんだなって。
思い返すと生まれた時から冷暖房完備の環境だった。だから地球温暖化って騒がれててもエアコンは年中手放せなかった。
だって、命には替えられないし……。
食べ終わった器を魔法で簡単に綺麗にし、トランクに仕舞っていると背後で何か物音がした。サッと杖を抜くが、魔力探知に引っかかった魔力に覚えがあり肩の力を抜いた。
ガサガサと音が近づき、草木の間からヒョコッと姿を現した懐かしい顔ぶれに頬が緩む。
「久しぶり、フリーレン」
「やっぱりエミリアだったんだ」
顔を出したフリーレンは50年前と出会った時と全く変わっていなかった。
「師匠が遅いから迎えに行ってこいって」
「ここまで問題なく来れたんだけど家が見当たらなくて迷っちゃった」
「惑わしの結界を張ってるんだよ。空の魔物対策に。こっち」
フリーレンの案内で森を進む。
およそ30年ぶりの再会だが、私たち二人の間では時間の流れを全然感じないな。私も彼女もどれだけ年月が経っても姿形がそれほど変わらないから。その辺はゼーリエも同じだ。
あの人と一緒にいると時間感覚がおかしくなる。
「フランメは元気?」
「元気だよ。あの人、本当に歳をとってるのか分からなくなるくらい何も変わらない」
「そっか。でも、フリーレンは少し背は伸びたかな?」
初めて会った時はフリーレンの頭は私の胸くらいだったが少し首元に近づいている。
「でしょ〜?でも師匠は全然変わってないって言うんだよ」
「そりゃあ、毎日見てたら分かんないでしょ」
正直、私もゼーリエが背が伸びたと報告してきても気づけるか分からない。柱に傷をつけて目に見える形で証明しろと言いたくなる。
「ところでエミリア。さっきから甘い匂いがするんだけど?」
「鼻聡いね。アクシオ、アイス」
トランクから今度は小さなアイスキャンディーが飛び出てきた。それをフリーレンの口に突っ込む。
「ふぅひぇたい!」
「美味しいでしょ?私の世界では夏の定番おやつだよ」
今回はシンプルに葡萄果汁で作ってみた。最初は氷のような冷たさに目を白黒させていたフリーレンだが舐めると甘いことに気がついたのか、夢中でペロペロ舐め始めた。
「別に舐めてもいいけど、いい加減で噛み砕かなきゃ溶けて落ちるよ」
「!」
面白いな。
私の言葉にフリーレンはすぐにアイスに齧り付いた。そしてあっという間に手元には木の棒だけが残った。
「ゔ、頭が痛い……何かの呪い?」
「よくあることだよ」
話しながら歩いていると一軒の小屋に辿り着き、小屋の前には一人の人間が立っていた。
こちらは初めて会った時と比べるとしっかり時間の経過を感じさせてくれる。
「久しぶり、フランメ」
「あぁ、久しいな、エミリア」
あの20代の頃に比べたら顔の皺が増え、背も些か縮み、鮮やかな赤毛は白髪が増えた。
分かってはいたけど………。
「老けたね」
「当たり前だろ」
言うつもりのなかった本音が溢れたがフランメは肩をすくめただけ。若い頃なら絶対殴られてた。
「よく来たな。エミリア、歓迎する」
小屋の内装は、昔住んでいたフォル盆地の住居と似ている。相変わらず、本棚に入り切らない魔導書や紙の束が積み上げられ、整理整頓されていないが、床に散乱して足の踏み場がない状況に比べたらマシだな。
「どうだ?私も片付けくらいは覚えたからな」
「70点だね」
「……やっぱり〆ようかな」
この空間を部屋と認識できる程に片付いているが、掃除が行き届いていない。隅に埃が溜まっている。でも、私はそんな小姑みたいなこと言いにはるばる会いに来たわけじゃない。
こっそり埃は杖を振り消してあげる。
「それで、今日は態々抜き打ち掃除のチェックに来たのか?」
「まさか」
私はずっと握っているトランクを持ち上げる。
「今日は長年待たせた結果報告に来たんだ」
「それがお前が必要としていたものか?変わった鞄だな」
「まぁね」
学生時代は大きめのキャリーケースサイズのトランクに魔法をかけて使っていたが、大きすぎて邪魔だったから卒業と同時に片手で持てるサイズに買い替えた。
「この中にも検知不可能拡大呪文が施されてるんだけどね、昔あげたテントの比じゃないよ」
床にトランクを置き、ロックを外して口を開く。中身を覗きこんだフランメはホォと感嘆の溜息を吐く。トランクの淵から伸びた梯子は中の空間の床についている。
先にトランクの中に足を突っ込む。
背後を振り返り二人を見る。
「入ってこれる?」
「そこまで老いてないぞ」
「はいはい。頭ぶつけないようにね」
トランクの中。そこはかつて作ったテントと同等の広さの空間が広がっている。違う点といえば内装。あっちは完全に休むための空間を重視して作ったのに対して、こちらは学者の実験室という雰囲気だ。
壁に固定されている棚には色とりどりの薬品や薬草が。備え付けの作業台には大鍋や金の秤が。この部屋の他にも5つの別部屋がある。
学生の頃のは石造りの床と壁の殺風景な空間だった。大きさだけは無駄に広く、教室ひとつ分くらいあった。使用目的も限られていたので完全に物置として使っていた。
一方これは卒業と同時に購入し、自分ではなく、サンに魔法をかけてもらった。自分でやるより早いし、正確だからだ。
ゆったりとした動作で降りてきた二人は部屋の中を興味深そうに観察する。
生憎、保管していた壊れた逆転時計はすぐにゼーリエに預けたから此処にはない。
…………今更だけど、この部屋には危険な物が多すぎるな。一応空だが、大鍋を覗き込もうとするフリーレンの首根っこを掴んで引き戻す。
「その辺の物に不用意に触れないでね。バジリスクの毒とか触れたら死ぬから」
「ならなんで連れてきた?」
お預けを食らった子供のようなフランメの顔に苦笑し、五つある内の花が描かれたドアをあける。
「ここは危ないからこっちで話そう。…………最初に言っとくけど攻撃しないでね」
「「?」」
私が扉を開けた途端、世界は一変する。薬品やアルコールの匂いが染み付いた部屋から一歩踏み出すと、そこは新鮮な青い草の匂いが広がる草原。無限に広がっていると錯覚する大地。室内なのに上には空があり、人工太陽も浮かんでいる。
「あれは……なんだ?」
驚愕した顔でフランメが震えながら指差した方向には悠然と闊歩するサイに似た大型の生物。確かにあれはインパクトあるよな。
「魔法生物。ここにいるのは毛や角が魔法薬の材料になる動物を飼育してるんだ」
「不思議な生物だ。魔物とは違うのか?」
「ある程度の知能がある個体もいる。魔物みたいに魔法効力を持つけど、どちらかというと魔獣に近いかな」
私は足元に近寄ってきたニーズル似の猫を抱き上げ、二人の前に突き出す。
「触ってみる?」
「噛まない?」
「おとなしいよ。此処にいるこの子は私がホグワーツで飼ってた個体の子供だからね」
フリーレンは猫をおずおずと受け取る。
その子は人懐っこいし、引っ掻いたりしない。尻尾を踏まない限り。
フリーレンが猫に夢中になっているのを見守りながらフランメと草原を歩く。
ゆっくりと、フランメの歩幅に合わせて私は淡々と結果を報告する。
「一月前ついにこの鞄を召喚できた」
50年。
それだけの年月を費やし、漸く計画は第二段階に進める。
「30年前に一度会いに行った時、漸く準備が整い、実験を始めた段階だったな」
「うん、長かったよ。でも、時間をかけた甲斐はあった」
出入り口の側に作っていた畑には向こうの植物が植えられ、綺麗に手入れされている。小さいがサトウキビの畑もあり、そこだけ気温が高い。
トマトの葉を一枚千切る。
「実はこの部屋、召喚してから特に手を加えてないんだ。この芝生の草毟りも庭木の手入れも」
「それがどうした?」
不思議そうに首を傾げるフランメについジト目を返してしまう。
これだから普段から掃除しない奴は。
「それほど乱れていないし、伸びてない。あ、さっきの部屋は流石に毎日掃除してるよ?でも、あの部屋も入った時それほど埃は積もっていなかった。精々一日だ」
理解できるように、態とゆっくり喋る。
「検知不可能拡大呪文は空間を広げることはできても外部との時間の流れを弄ることは出来ない。つまり、今この瞬間も此処は外と同じように時間が流れている」
フリーレンの方を見るといつの間にか他にも寄ってきたニーズルやパフスケインに囲まれている。
「動物たちは世代交代していなかった。私が部屋に顔を出しても過剰な反応はされなかった。50年経ってるのに………。揃った状況証拠から出された結論は」
「向こうでは大して時間が流れていなかった」
私が言いたかったことを先にフランメが言ってしまった。しかし、そんなことを気にしないくらい自分の口角が上がっていく。
「こっちの50年が向こうではたったの一日。1000年いてもたったの20日ぐらい。一ヶ月も経たないことが分かった」
「お前の懸念事項の一つ。向こうの時間に置いていかれる心配は無くなったわけか」
「うん。それは良かったんだけど…………一つ予想外な問題があってね」
この召喚で見過ごせなかった問題。
「私は最初からこのトランクだけを呼び寄せるつもりだった。ゼーリエとも話したんだけど、これ自体は無機物だし、中に入ってる物も一緒に呼び寄せられるだろうって。でも、外側は無機物でも中に入ってる動物たちはどうなるか分からなかった」
この空間は内側を魔法で拡張しているだけに過ぎず、よくあるアイテムボックスみたいな別空間を創造したわけじゃない。呼び寄せる物体そのものは無機物だが、中に生き物が入っているので最悪、動物たちだけ向こうに取り残される可能性もあった。
「見ての通り大型の生物もいるから動物だけ放り出されたら地獄絵図だっただろうね。泊まってたのマグルのホテルだし」
いや、ほんと。
マグルのホテルに放り出された魔法生物。考えただけで恐ろしい。
違法密売の容疑をかけられてもおかしくなかったし、もし、動物たちだけ取り残されていたら洒落にならなかった。
「何が腑に落ちないんだ?」
「しもべが一緒に召喚されなかったこと」
「しもべ?」
口で説明するより見せた方が早いな。
杖を振ってさっきの部屋から写真を呼び寄せる。何十年か前に撮った家族写真。その隅に茶色の肌をした小さな人型の生物。
「正式名称は屋敷しもべ妖精。魔法族の名家に仕え、無償の労働奉仕を行うことを生き甲斐にする魔法生物。奴隷であることを喜ぶ変な生き物だよ」
「それは………変わった生き物だな」
「ウチにもいたんだ。サンって名前のしもべ妖精。父と母の代から家に支えてくれてた」
「そいつは一緒に召還されなかったのか?」
「何故かね。この中に居たはずだし、私が呼べば何処だろうと姿現しで現れるのに」
何度呼んでもサンは現れない。
流石のしもべ妖精も世界を超えて駆けつけるのは無理みたいだ。
「召喚の条件はこのトランクとだけしか指定しなかった。それなのに動物たちが一緒にこれたということは無機物の中に生き物がいても召喚できる証明だ」
「なのに何故、そのしもべだけが召還されなかったのか……」
「他の魔法生物と違う点はヒトたる存在として分類に分けられてるってくらいだし」
それだって魔法族が勝手に分類分けしただけだ。関係あるとは思えない。
何かがおかしい。
思い返しても私がこの世界に来た経緯にも不可解な点がある。
喉の奥に小骨が引っかかった気持ち悪さがある。
…………でも、まぁこれは今すぐどうにかできる問題ではないな。
「それよりフランメ。私、とある魔族と戦ってね、呪いも手に入れたんだよ!」
フランメの目の前で私は杖を振る。
「
杖先から球体に膨らむ水の塊が出現し、浮かんでいたそれが私の頭の上で弾け、私は水をモロに被る。髪と服はぐっしょり水分を含んで重たくなる。
「どう?『触れた水を凍結する魔法』!これはね、召喚の材料集めに南側諸国に行った時にとある大魔族と対峙した時受けた呪いなの。そいつは恐ろしく魔法解析に秀でてた。湖や川とかにあらかじめ触れておくことで人がその水を口に含んだ時に魔法を発動して体内から人体を完全に凍結させてたの」
当時、南側諸国は雨季で雨が続いていた。
大魔族が触れた天の恵みは地を伝い、川に流れ、村の溜池に、都市の水路に行き渡る。
そして住民がその水を体内に入れた途端……。
大魔族は地方の小さな村から都市部の町まで、多くの人間たちを氷の彫像に変えてしまった。
私がその地に足を踏み入れた時には既に広範囲に魔力の籠った水が大地に行き渡っていた。
無論、大魔族に立ち向かう人間は大勢いた。
しかし、人間である限り水分を摂取しなければ脱水症状で死ぬ。例え、何日も前に魔族の水を摂取し、既に排出されていても体内に残った微弱な魔力を魔族は察知し感知できさえすれば魔法が発動し相手を殺す。
それが繰り返され、魔族が通った後に残されたのは温暖な気候には似つかわしくない永久凍土に閉ざされた都市だけ。
「でも、フランメ思い出して。私にかけられている呪いは『流水に触れると火傷のように焼ける呪い』よ?その魔族の魔法、私に効くと思う?」
自分でも違和感があるくらい声色が高く、興奮している。
「効かなかったのか?」
勿体ぶったように私はその場でくるりと回ってみせた。
「ご覧のとおり!今も呪いを解いてない。解析すらしてない。私に魔法がかけられても肌を焼こうとする力と凍結させようとする力が反発しあってどちらの症状も出ない」
あの魔族の魔法は今の人類が解明していない原子の原理について触れていた。空気中の水分の存在に気がつき、体外に漂う水素を水として認識して攻撃に転換してきた。
実は私、普通に流れていない水にはダメージを受けずに触れられる。お風呂の湯船や池とか。それに少しでも流れが加わると火傷する。
だから、よくある水弾みたいな攻撃されたら普通に凍っていた。
幸いだったのは私に魔法が効かないと判断した魔族が水の渦を作り上げてその中で私をその中でかき混ぜて窒息死させようと作戦を切り替えたことだ。泡頭呪文で酸素を確保し、隙を見て魔族を抹殺できた。
「呪いを呪いで無効化する………私の仮説は間違っていなかったか」
「まぁ、微妙な副作用として水を飲むと喉を通る時に氷水並みの温度になるって効果が残ったけど、概ね無効化できてる」
湿った服と髪を一瞬で乾かす。
「それにね、フランメ!もっと凄いことが……」
「エミリア」
「ん?」
「少し落ち着け。そして、ソレを拭え」
ソレと、私の顔を指差す。
不思議に思い、両手を顔に持っていくと頬が濡れている。
手の甲で拭うが、どんどんと拭った所をまた濡らす。
「え、何これ?どうして、涙が止まらない、の?」
私の両目からは熱い雫が溢れてきていた。
悲しくなんてない。
むしろこれだけの成果が出て嬉しいはずなのに。自分が泣いていることを自覚すると途端に胸が苦しくて、言葉で言い表せない色んな感情が溢れてくる。
フランメの手が私の頭に伸びる。
「よく頑張ったな」
「っ、撫でんな!」
私の頭を撫でる皺だらけの手を払い除ける。
側から見たらこの光景は孫を撫でるおばあちゃんの図にしか見えないぞ。
「今日くらい素直に撫でられとけ。………本当に長い間、よく頑張ったなエミリア」
「なにそれ。何度言うけど私はお前よりずっと歳上なんだよ」
そりゃあ、見た目がこれだから貫禄や威厳とかないかもしれないけど、フランメの倍生きて、倍の経験を積んでる。
「それがどうした?お前はずっと心細かったんだろう?」
「っ……」
「一人で見知らぬ土地に飛ばされ、危険生物、言葉の通じない恐怖、知らない魔法。未知の不安を常に抱えて生きてきた。そんなの、誰でも怖いだろ」
寂しい。
不安。
恐怖。
安心。
孤独。
焦り。
歓喜。
色んな感情が急に溢れて、頭が追いつかない。
「私達がどれだけお前の味方でなっても、元の世界の90年間の安心には敵わない。7年一緒に過ごして、やっと慣れてきた頃、私たちは離れなくてはいけなくなった。随分、心細かっただろう?師匠はその辺フォローしてくれないからな。いいか?大人になろうが心が弱った時、支えを求めるのに年齢なんて関係ないんだよ」
「そう……なのかな?」
「あぁ」
フランメの両腕に包み込まれる。
全身でフランメの体温に包み込まれ、涙はいつの間にか止まっていた。
なるほど。
もしかしたら、私はずっと誰かにこうして欲しかったのかも。誰かに甘えたい。撫でてほしい。元の世界で私より歳上で私を甘やかしてくれる人はもういない。だから、無意識にでも気を張って、大人ぶって、大人になった気でいた。そんなことをしていても大人になれるわけじゃないのに。
人間の本質はいつまで経っても子供なのかも。私も思ったより大人になってなかったんだな。
「フランメは変わったね。お姉さんっぽくなった」
「今更だな?私はお前と出会った時からずっと大人な女だったろ?」
「最初は生意気なクソガキだと思ったね。そして今はおばあちゃんだ」
「やんのか、コラ」
クスクスと笑い、何気ない軽口を叩き合うこの瞬間が何よりも尊い物だと感じる。しかし、噛み締めていた感動はエルフの救命要請で現実に引き戻された。
「エミリア〜助けてぇ」
フリーレンの泣きの入った声に揃って振り返るといつの間にか乱入してきたディリコールとデミガイズに髪を引っ張られ玩具にされていた。空気を読まないな、あのエルフは。
「まったく………ライナー、ペル、フリーレンを放しなさい」
杖を振って二匹をフリーレンから引き離す。
助け出されたフリーレンは顔をしょぼしょぼさせて私を盾にする。
「なんなのあいつら〜」
「ディリコールのライナーとデミガイズのペル。肉食じゃないから安心しな」
ディリコールは瞬間移動ができる飛べない鳥。マグルの世界では絶滅したドードー鳥のことだと知った時は驚いた。魔法生物だから絶滅扱いになったのか。目玉がギョロッとしているから初見は驚くが、無害な生物だ。
「デミガイズの毛は寄せて糸にして織物にすると透明マントになる。抜け毛が溜まったら作ってみる予定なんだ」
「うぅ〜それはほしい」
「じゃあ、ペルとは仲良くね。この子は気難しいから仲良くしないと毛をくれないよ」
「えー」
嫌そうに抗議するフリーレンに苦笑する。
「仲良くできるなら今日の夕飯はフリーレンの好きなもの作ってあげるよ」
「ほんと?」
「勿論」
「じゃあ、あれがいい。白いスープ」
「クリームシチュー?そういえば前に作ったな………わかった」
確か食糧庫に市販のシチュー粉があったはずだ。今日はあれを使おう。
「フランメは?何がいい?」
「そうだな……お前のパンが食べたい。あの柔らかいやつ」
「わかった。すぐ作るね」
畑からいくつか使えそうな野菜を収穫して部屋を移動する。パンを焼くとなると早く作業に取り掛からないと。このトランクの食料庫の備蓄は余裕がある。今回はバターを一から作る必要がない分、楽だし品数を多くしてみるか。
「〜♪」
○
リビングテーブル並ぶ皿に盛り上がっていたご馳走は綺麗にこの場にいる3人の胃の中に収められた。テーブルの上を軽く片付け、私は食後のお茶を用意する。
「お腹いっぱい。満腹」
「フリーレンって見た目の割に結構食べるようなったんだね」
「成長期なんだよ」
ムフーっと、独特の鼻息で胸を張り、用意したクッキーに手を伸ばす。
「そういうお前もかなり食べるようになったな?」
フランメが私の側に積み上がった空っぽの皿を指差す。
「フィールドワークが多いからね。二人と別れた当初は食費ケチって、血やパンとか必要最低限の栄養補給で生きてたんだけど流石に生活習慣病になりかけた」
一人で研究に没頭しているとついつい干し肉などで満腹を誤魔化してしまった。
反省、反省。
冒険者は体が資本。
栄養大事。
「ふーん。何処を旅したの?」
「帝国は一通り回ったかな。でも、北の方は流石に行ってない。寒くて耐えられなかった」
魔法でなんとかしようと思ったが、限度がある。防寒具が発達すれば行ってみたいが、魔族や魔物との戦闘が激化しており、正直一人で旅するのは危険なんだよな。
「興味深い呪いがあれば調べに行きたいんだけどねぇ……」
「一人で無理はすべきじゃないぞ」
「分かってる。してないから今生きてるじゃん」
私がこの歳まで生きてこられたのは引き際を間違えなかったからだ。自分の実力、場の条件、その時の運。全てが味方した時しか命懸けで戦わない。そして、最後まで奥の奥の手まで用意しておくこと。
「それよりフランメ。聞いたよ?皇帝に直談判して帝国で魔法の研究の認可を下させたんだって?」
材料採取の旅から数年ぶりに帝国に足を踏み入れたら国は大きく変化を遂げていた。今まで魔法は魔族が扱う邪悪なものとして思われ、表立って研究や使うことは避けられていたのにそれが解禁されていたのだ。
フランメは満足そうにカップに口をつける。
「あぁ、国を支える宮廷魔法使い達もだいぶ育ってきた。これで人類が魔族の魔法に翻弄される時代は終わる」
「おまけに帝都に人類史上初の魔法学校を作ってしまうなんてね」
一番驚いたことはこれだ。
「なんだ。知っていたのか?」
「今ゼーリエ様のところにいる弟子の一人に講師になるように皇帝から打診があったんだよ」
今、帝都は魔法だけでなく、一般教育を学べる学施設の設立の動きがある。だからあらゆる分野で優秀な人材を何処も求めている。ゼーリエ本人にも誘いがあったようだが、あの人は秒で断っていた。自分が認めた者にしか魔法を教えたくないらしい。
「正直驚いたよ。この世界にはまともな教育機関がない。魔法に限らず、何か学ぶには弟子入りして個人の師から直接学ぶしかない。師も不特定多数に教えるわけないし、平均的に能力向上を図る【学校】なんて高等教育を人類が確立させるのはあと100年くらい先かと思っていたから」
私は今までどんな大きな街に行っても子供を教育する場、所謂【学校】に類似する施設すら見たことなかった。それもそう。貴族など資産がある人間は子供の教育に家庭教師を雇えるが、平民は日々の暮らしを維持するのに精一杯。子供も親の仕事を手伝い、金を稼ぎ、将来は自然とそれを継ぐ。だから識字率も高くない。
「お前の母校の話を聞いた時から考えていたことだ。私の誰もが魔法使える世界の実現に学校というシステムは理想に近い。費用が高いことは課題だが、これで才能のある奴は伸びるし、平民でも宮廷魔法使いの道は夢じゃない」
「それは良いんだけどさぁ、魔法生態学の教材に私を載せるのはどうなの?」
例の弟子の1人がサンプルで渡された教材の一つ。各種魔物や魔力を所持する動物、魔獣などの特徴と弱点を記した魔法生態学の教科書。その中に何故か吸血鬼の項目があった。
「ダメか?」
「ダメとか以前に私余所者だよ?この世界に吸血鬼なんて種族存在しないじゃん。私だって表立って正体吹聴したりしないし、嘘つき呼ばわりされなかったの?」
私たち以外からしてみれば、私の存在は新種の生物だ。聞いたこともない、見たことない、それらしい目撃例がフランメだけって信憑性が薄すぎる。よく教材に載せられたな。
創作物と思われても仕方ない気がする。
「この大魔法使いフランメ様が言うことを否定できる存在がこの世にいると思うか?」
「ゼーリエ」ズバッ
自信満々に胸を張ったフランメに一刀両断する
「師匠は……まぁ、うん。あの人にはかなわないけど………安心しろ、根回しは完璧だ。何年も前から貴族を中心に吸血鬼が出てくる御伽噺を娯楽として広めた。全く知らない未知の生物とは思われてない」
「いつの間に……」
「ウケは良かったみたいだよ?人間って生き物は怖いもの見たさの好奇心が尽きないよね」
私は呆れて声も出ない。どうしてそんなことをしたの?
「さらにエミリアという吸血鬼は治療魔法や空間魔法、アレらの開発者で私の共同研究者という体で皇帝に話した。だから魔法史にもお前の名前が載ってるはずだぞ」
「なんで……」
そこまでして私の存在を世間に広めた?
そんなことをしてなんのフランメになんのメリットがある?
魔法だってフランメが開発したことにすれば良かったのに。女神の魔法に頼らない、魔法使いが使える治療魔法。この世界の人間からしたらさぞ画期的だろうに。
「私は約束を守っただけだ。言っただろう?お前の名前を後世に残すと。私が死んだ後、お前が元の世界に帰った後もお前の存在が忘れ去られないため、死なないためだよ」
今まで忘れていた古い記憶が掘り起こされる。初めてやった模擬試合。
「そういえば、………そんなこと言ってたね」
「あぁ、懐かしいな」
覚えてくれていたんだ。
私は今の今まで忘れてしまうくらい期待していなかったのに。
改めてフランメをじっくり見る。
顔や手には深い皺が刻まれ、全身に纏う魔力は若い頃の血気盛んな熱さを感じない。今に止まってしまいそうに静かに波打つ揺れは徐々に残りの時間を認識させる。
「ありがとう、フランメ」
「私がお前にしてやれることはこんな事くらいだ。結局、お前の研究はほとんど手伝えなかったから。…………本当はフリーレンにも私との形になる何かを残してやりたかったが。そういうわけにもいかんからな」
「どうして?」
人類の魔法の開祖、フランメの一番弟子のエルフ。肩書きは立派だし、フリーレンはそれに見合うだけの実力もある。彼女こそ魔法史の片隅にでも名前が載ってもおかしくない。それこそ千年先まで語り継がれるだろうに。
「フリーレンには魔王をぶっ殺すという役割がある。その為には名前と顔が売れるのは好ましくない。魔族側に情報が漏れたらを欺いて殺す戦法が通用しないからな。現に私は魔族の侵入を防ぐ防護結界を各地に張ったら警戒されて、魔族との遭遇が極端に減った」
「そうか……」
「私はフリーレンを弟子として誰かに話すこともできない。してこなかった。フリーレンも誰かに私との思い出を語ることが出来ない。情報は何処から漏れるか分からない」
チラリとフリーレンに視線を向けると当の本人は全く気にしていないらしく呑気にクッキーを頬張っている。
しかも皿に盛られた山はほぼ消滅しつつある。
「別に誰かに話すようなことでもないから気にしないけど?」
相変わらずの無表情で私たちの懸念など微塵も理解していない。
「この調子なんだよ………」
項垂れるフランメの肩に手を置き、慰める。
今はそう言うけど、誰かと共通人の話を共有できないのはじわじわくる苦しさがある。それをまだこの子は理解できないのだろう。こればっかりは経験しないと分からない。
「エミリア、おまえに頼みがある。私が死んだ後、時々でいいからフリーレンの話し相手になってくれないか?」
人はずっと1人でいると人との関わり方を、空気の読み方を忘れてしまう。感情の機敏に鈍感になり、それを自覚できない、簡単なことを分からなくなってしまう。私もホグワーツに入学してから苦労した。当時は生まれて数年間1人で過ごすことに慣れすぎて、達観した気になっていたが、コミュ力が低下しただけだった。協調性が欠け、要らぬ争いの種を自分から蒔いてしまっていた。
「なんだ、そんなこと。いいよ、お菓子持って訪ねてきてあげる」
「わーい」
最初に出会った時の可愛げがない無表情と悪気のない未発達のお子様情緒に比べたらずいぶん成長したフリーレン。
フランメがフリーレンを弟子としてだけではなく、娘のように大切に思っていることは知っている。
だから、側で見てきた私もこの子を過去の自分のように孤独を孤独と理解できないような可哀想なことはさせられない。せめて、私がこの世界にいる間は味方でいてあげよう。
「そうか、良かった。これで安心できた」
「大袈裟だなぁ、フランメにはたくさん借りがあるからね。5年くらいは滞在して、介護でもしてあげるよ」
「………なんか、長命種の感覚に染まってきたな。おまえ」
そうかな?
確かにゼーリエと一緒に行動すると時間の感覚が鈍くなった。自分でもこれは不味い思って、なるべく旅先では人と関わるようにして時間に制限をかけて感覚を修正しているつもりなんだけど、100年以上生きているとたった5年くらいと思ってしまう。
「まぁ、悪い話じゃないでしょ?それにさっきのトランクの中には私が集めた向こうの貴重な魔導書もある。フランメがずっと求めてたお宝の山だよ。探索したいでしょ?」
「うひょー!」
「それは最高の土産だな。私もお前に見せたい魔法があるぞ」
フランメは背後の魔導書が収まりきっていない本棚を見る。
「また民間魔法?好きだねぇ」
「今度のは凄いぞ。これならお前も気にいるはずだ」
「はいはい。今日はもう遅いし、明日教えてもらうわ」
5年とは言わずとも何日かは滞在するつもりだ。ここら辺で一休みするつもりだったし、今日はもう寝たい。
「分かった。じゃあ、明日楽しみにしてろ」
カップと皿を魔法で片付け、今日はさっきの部屋で寝るためにもう一度、トランクを開ける。
「エミリア」
「ん?」
片足を突っ込んだ姿勢で振り返る。
「お前は魔法が好きになったか?」
この質問、前にも聞かれた気がする。
「うーん」
答えを探して無意識に視線が上に向く。
「私の中の価値観で魔法はただの手段だ。そこに好き嫌いを問われてもよく分からない。その感性は中々変わらないと思うし、悪いことだと思えない。ただ………」
この50年、色々な国、地方、街、村を訪れた。様々な魔法使いと交流し、様々な魔族の魔法も見てきた。勿論、一番の目的、優先するものは変わらない。だが、個々の魔法の法則性、威力、独創性など紐解いていくことは大変興味深かった。これでも、組み分けでレイブンクローを勧められた身だ。
「面白いものだとは思うよ。だから
「そうか………なら、今のお前ならこの魔法の良さが分かるだろう。この『痛みを感じずに魚の目の芯を取る魔法』を!」
「それはいらん、おやすみ」
「おはよう〜」
あくびを噛み締めトランクから身を引っ張り出す。
昨日は山登りしたからか寝台に入ったら爆睡してしまった。顔を上げるとフリーレンが卓上に突っ伏している。
「おはよう、珍しいねフリーレンが先に起きるなんて」
「もう昼だよ。お腹すいたぁ」
昼?確かに窓から覗く太陽は随分高い位置にある。久しぶりにこんな寝坊をしたな。
「ごはんなに〜?」
「起きたばっかりの私に言うことがそれか?」
でも、朝から起きてずっと待たされていたなら可哀想なことをした。
「フランメは?」
「返事がないから師匠も多分寝てるよ」
珍しい。フランメも寝坊とは。
「朝昼兼用で食べよう。何がいいか考えておいて。フランメも起こしてくる」
フランメの寝室をノックする。
「フランメ?いい加減起きなよ」
返事がなく、仕方ないので勝手に扉を開ける。
中に入ると寝台と机だけの簡素な部屋。
動く気配のない膨らみにため息を吐いて窓に近づきカーテンを開く。
「もう、昼だって。フリーレンがお腹すいて我慢できないって言うから何か作るけど何がいい?」
返事がない。
こいつ爆睡型だったけ?
「早く起きなよ。魔導具見たいんでしょ?」
人間は歳をとると睡眠時間が短くなるはずなのに。
しかし、寝台の膨らみに近づき違和感を感じ取る。
「フランメ?」
固く閉じられた瞼。
強めに肩を揺するとシーツの上から皺の寄った手が力なく滑り落ちた。
そこで私はようやく気がついた。
魔力が感じられない。
体外に魔力が放出されてない。微塵も。
何より、息をしていない。
「フランメ………?」
フリーレンの世界って魔物や魔族は死んだら魔力粒子になって散っちゃう。でも、47話でシュタルク達が倒した獅子猪は肉体が残ってたし、肉も食べてた。
あれ魔物じゃないの?そういえば隕鉄鳥も普通の鳥とは違う、フリーレンの世界の生物の括りってどうなってるんだ?っと疑問に思った。普通の馬や牛とかはいるけど獅子猪や隕鉄鳥をその中に分類するのはなんか違う気がするし魔物でもない。攻撃魔法を通さない、音速で飛ぶのに魔力を殆ど持たなくて魔力探知に引っかからないってなんなの?悩んだ末にこういう結果になりました。
↓
以下は私の勝手な憶測と考察、独自の解釈や設定を含みます。公式の設定が発表されて見当違いだったら恥ずかしいので消します。
魔獣(オリジナル設定)
僅かしか魔力を持たない獣。
特徴:基本草食か雑食の生物。鱗や爪など一部分にしか魔力が通っていないので死後も肉体が残る。
例、獅子猪や隕鉄鳥、天脈竜?(何食べてるのか見当がつかない)など。
魔物
体の殆どが魔力で満たされた生物。魔法を使える。
特徴:知能が高い。肉食。
手懐けることは不可能。
死ぬと魔力粒子になって死体が残らない。
⭐︎魔獣と魔物の違い
肉食、草食か。魔法が使えるか否か。危険度で言えば圧倒的に魔物の方が上。魔物という強者から逃げ、生き延びる生存競争の過程で動物の一部能力が発達したと推測。
⭐︎何故死後死体が残るのか。
魔獣が主に食べるものは草、木の実や作物、虫など。元々魔力を多く保有しないので魔法も使えない。酸素のように外気から吸収する
魔力だけで体の機能が正常に回る。
魔物や魔族の場合、他の生物を捕食するとその生物の保有する魔力を吸収し、一時的に総魔力量が増加する。増加した魔力でさらに強い魔法を扱い、次の獲物を狩る。そのサイクルを繰り返し、捕食の結果、牛や魔獣より魔力が多い人類を好むようになった。しかし、自分と全く異なる性質の魔力を無理矢理取り込んでいるので内部では消化不良を起こし内部器官は正常に作動せず、満腹神経などが死滅している。心臓は丈夫。心臓が核となって魔力を生み出し、意識せず体内に魔力を行き渡らせ、内部器官を支えている。心臓が損傷するとその流通が途切れ、肉体を維持できなくなる。
アウラとドラートの場合、頭部と胴体が離れ、脳から心臓への伝達が途切れたからと推測。
本編ではこの魔獣設定を使っていきます。
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