葬送の吸血鬼   作:mituha

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新章開幕です。最初は少し前回の続きから。だいぶ間を開けてしまった。春から仕事が新しく始まるので忙しいだろうなぁ〜。
働かずにお金が手に入る方法はないものか……。


なんで野菜から食べるかって?胃もたれするからだよ

 

【グリフィンドール!!】

 

組分け帽子が高らかに宣言し、大広間は歓声に包まれる。組分けを終えた少年は嬉しそうに手を叩いて歓迎される群衆に迎えられ、私はその光景にそっと胸をなでおろす。

 

「あ~あ」

 

そんな中、このテーブルの大半の生徒は残念そうに机の顔を伏せる。そして私の右隣も生気の抜けた溜め息を吐く。

 

「何を残念そうにしてるの?はじめからわかってた結果でしょ」

 

ホグワーツ3年目。

遂に原作が始まった。組分けによりハリー・ポッターは無事グリフィンドールへと組分けされここまで順調。私にとっては嬉しい限りだ。

 

「そうだけどさぁ、ちょっとくらい期待してたんだよね。あのハリー・ポッターがこっちに来てくれるんじゃないかって」

 

口を尖らせるスミスに私は手元の教科書から視線を上げずに答える。

 

「バカだね。彼のグリフィンドール行きはどうやったって覆らない」

 

確かに彼はスリザリンの素質を持っているが、ドラコ・マルフォイに嫌悪感を抱いた……いや森番が案内役な時点で運命は決定づけられている。

 

「仕方ないか………でも、英雄は悪のスリザリンと真反対のグリフィンドールの道を歩む………なんか王道の英雄物語みたい」

 

ギクッ

まぁ、物語の世界だからな。原作知識なんてなくても未来を断片的とはいえ知っていると、この光景は茶番に見えるかもしれない。私にも彼の組分けもあの老人がグリフィンドールに入るように誘導してるように見えるし。

 

それについては口には出さず同意できる、が。

 

「……そうかもね、でも一つ間違い。スリザリンは悪ではない」

 

私の訂正に間抜けた声が漏れる。

 

「へ?」

「例のあの人がスリザリン出身だからとか、死喰い人を多く排出したからだとか、性格悪い人が在籍してるとか色々負のイメージが強いみたいだけど、あのマーリンが卒業した寮でもある。サラザール・スリザリンが残したスリザリン生に求める素質は手段を選ばずに目的を成し遂げる努力と狡猾さ、鋭敏さ、自分を高める向上心。それが皮肉なことに4寮の団結を阻害してるだけ」

 

創設者たちも最初は意見が一致していた。魔法使いのため、未来のために。

 

時には大きな決断をするため『勇気』が必要になる。『勇気』の根拠は確固たる信念や『誇り』。そして結果を出すには『知識』がいる。『寛容』さがなければ人同士は纏まらない。

 

本来はこの4寮の素質はバランスを守っていたはずなのに、最終的に3対1の構図になってしまったからスリザリンは悪い側面が目立ってしまっているのだろう。

 

「でも、でも実際にスリザリンはマグル生まれを毛嫌いしてるじゃん。酷い言葉も使う意地悪だし、私彼奴等の『自分たちは人類より優れた存在、愚かな人間に施しを与えてやっている』、そんなあからさまに見下して、まるで自分たちを神様だと思っているような横柄な口ぶりが嫌いなの。何様な理由?」

 

憎々しげにスリザリンのテーブルを睨みつけるスミスの表情にそう言えば……と、とある記憶が掘り起こされる。1年目の終わりに繰り広げた談話室での口論。彼女は私が彼女たちを見下している目をしていると解釈し、ひどく腹を立てていた。実際、私は「物分りの悪いくそ餓鬼、さっさと失せろ」と思っていたからあながち間違いではない。

 

見下されることが嫌いなのか?

劣等感が強い?

いや、性格が根暗やネガティブ思考なわけではないようだから生まれや育ちといった自力では解決できないことを引き出されることを嫌うのか?

生まれに後ろめたさがある?…………余計なことを考えようとしていることに気が付き、小さく頭を振って思考を止める。こいつの過去なんて私には関係ない。興味もない。

 

 

「…………確かにスリザリンは血統や家柄を重視する傾向にある。マグル生まれに厳しいのも事実。でも、それは彼らが魔女狩りの時代、マグルの脅威から魔法族の子供を守るため内側の結束力を強固にしていた頃の名残だ。だから、余所者には自分たちの支配領域を踏み荒らされたくない。古い家ほど、当時自分たちが魔法界を救い、導いてきたプライドがある」

「でも、それはマグルを【穢れた血】なんて蔑む理由には……」

「マグルからすれば私達は【悪魔】らしいけど?」

 

結果的に魔女と吊るしあげられた被害者の多くはただのマグル。しかし極少数、その中に魔法力を制御できない魔法族の子供が含まれていたことは事実だ。憎しみや恨みは感謝や敬愛と違い、世代を跨いで脚色され、肥大化していく。例え被害者がどこの誰か詳細に分からなくなっても、彼らの中でマグルに受けた非道な拷問や屈辱、それに対する野蛮、傲慢、残虐性のイメージを完全に拭い去ることは出来ないだろう。

 

多分、彼らもこの偏見や差別化がなんの問題解決にならないことはわかっている。このままではイギリス魔法族はどんどん数を減らす。

 

魔法族の出生率はマグルと比べれば語るまでもない。どの家もウィーズリー家みたいに7人も子を産めれば話は別だが、純血名家は跡継ぎ争いの火種になるので子供は多くない。

しかし、純血だけの婚姻ではこの先百年、二百年も持つまい。近親婚を繰り返せば嘗ての栄華も名声も朽ち果てたゴーント家の二の舞い。マグル生まれを受け入れなければ魔法族は緩やかに衰退する。

 

だが、マグルの価値観を持つマグル生まれが魔法界に広く侵入すれば、純血には都合の悪く、マグル生まれに優位な政策や思考が広まり、立場を奪われかねない。だから魔法省の重役ポストの一部には未だに、スリザリン出身や純血名家が優遇される。

 

「ふーん。なんか、私スリザリンのこと誤解していたみたい。純血主義にそんな背景があったなんて…………彼奴等のことただの成金陰湿鼻曲がりゲス豚野郎と思ってたよ」

 

口悪っ!

このたった2年でスリザリンと何があった?

 

「まぁ、今のは私の個人の解釈だからすべてを真に受ける必要はないと思う。実際に今言った行動理念を持った貴族がどれだけ残っているかなんて定かじゃない。それこそお前が言ったように中身のない理想を掲げる子息が大半かもしれない。個人的な私怨もあるでしょう。でも、相手の本性をうわべだけで決めつけるのは愚かだと思っただけ。スリザリンもただの寮の一つに過ぎないからね」

「…………パヴィエルって、大人ぶってるだけかと思ってたけど本当に大人みたいな考え方するよね」

 

まぁ、この場の生徒より精神年齢が年上なわけだし、私は大方のストーリーや裏設定を知っている分、人より客観視が出来る。

 

「褒め言葉として受け取っておくわ」

 

老けているとか、老獪さがあるとか言われるよりマシな気がするし。

 

「ふふ」

 

含みのある笑いに眉を顰め、顔を上げるとスミスがテーブルに肘をついてニヤついていた。

 

「なに?」

「今日はよく喋ってくれるな〜って思って」

 

その言葉にサッと新入生の列を見ると、あんなにいた組み分け待ちの新入生がもう残り3人になっていた。喉の乾き具合からして確かに過去一喋った気がする。

 

「別に、凝り固まった偏見と固定概念に囚われた老害並みの知性のお前と一緒にされたくなくて解説しただけ。バカと同類扱いされたくないの」

「ふ~ん」

 

ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを続けているのが気に食わず、隣の足を少々力を込めて踏みつけた。

 

「ぃ゙ッ!…」

 

必死に足を引き抜こうとジタバタ藻掻くのを素知らぬふりをして残りの組分けを見守る。

そして怪しまれない程度に教員席を見回す。

 

スネイプは予想通りハリー・ポッターに向かって気持ち悪いくらい睨みを聞かせている。その一方で、意外とダンブルドアは組み分けを真剣に見ているらしい。てっきりハリー・ポッターの結果がわかれば満足なのかと思ったが、それ以外の生徒も真剣に目で追っている。目があった生徒に微笑んでいるところを見ると、腹黒狸爺かと思っていたが、しっかり教師らしい一面はあるみたいだ。

 

そして………挙動不審に周囲を伺う演技をしているヴォルデモートを寄生させたクィレル。こちらに見向きもしていないところを見ると、どうやら常に開心術を使っているわけではなさそうだ。さすがの闇の帝王も他人に寄生した状態でこんな不特定多数の人間がいる場で開心術をかけまくれないだろうし、そもそも私のようなイレギュラーがいることすら予想していないだろう。

いや、そう見せかけて私を油断させているのかも………。

 

「痛い!ギブ!ギブ!私が余計なこと言いました!」

 

思考の沼にハマっていたが現実に引き戻される。私の肩を乱暴に叩き、助けを懇願する奴に少し溜飲が下がり大人しく足をどける。

 

 

これ以上続けると目立ってしまうし、このくらいで勘弁してやるか。

 

「ひぃ~痛かった。足の骨が砕けるかと思ったよ」

「私、そこまで怪力じゃない」

「嘘だぁ!ほら見てよ赤くなるどころか青くなってる」

「足を見せるな、向けるな」

 

食事前になぜお前の足を見なければならん。

でも、確かに彼女の足にはくっきりはっきり青紫の痣ができている。

そこまで力を込めたつもり無いけど………。

 

「………前々から思ってたけど、パヴィエルって結構力強いよ。私の首を絞めたときも加減してきたつもりだろうけど跡が出来て、暫く残ったから」

「そんなわけ無いでしょ、だって私は」

 

そこで言葉が途切れた。

 

そっか、私はもう……………。

 

その時、テーブルの空の皿が料理で満たされ、宴が始まった。周囲の歓声やざわめきの中並べられたフォークを手に取る。

 

「?、だって私は?」

「………なんでもない。食べるのに集中するから話しかけるな」

 

疑問符を浮かべて顔を覗き込む彼女から視線を逸し私は手短なサラダを皿に盛る。

スミスは私の様子に眉をひそめていたがステーキの皿が回ってくると目を輝かせてそちらに目移りしてくれた。

それを確認して私はスプーンを手に取る。誰にも見られないように机の下に下げ、端と端を摘み両手を合わせるように近づけるとスプーンの柄はまるでゴムのように綺麗に曲がる。

 

そこまで力を込めたつもりはない。自分ではクラッカーを割るような強さだったのに金属が歪んだ。

奇妙に曲がったスプーンを見て自嘲気味な笑いが漏れる。

 

『だって私は、自分の体すら支えられないほど弱かったんだもん』

「なんか言った?」

「気の所為」

 

もう昔とは違う。

丈夫な体になったのなら力加減を学ばないとな。

これからが本当の始まりなんだから。

 

 

   ◇ ◆ ◇

 

 

花吹雪が舞う。

フランメの墓は花畑の囲まれた丘の上に作られた。

 

「悲しい?」

 

フリーレンの問いに私は静かに頷く。

 

生前フランメはフリーレンに自分の墓の周りを花畑にしてくれと頼んでいたらしい。

そういえば昔に花畑を出す魔法が好きと言っていた。私も教えて貰えばよかった。少なくとも魚の目の芯を抜く魔法より好みだ。

 

「………分かってた。人間の寿命は短いって。だから、早くいい報告ができるように急いで研究を進めた。寄り道なんてしなかったし、時間を無駄に使ったりしてない。その時、精一杯できることをやったつもりなんだよ」

 

冷たい墓石を指を撫でる。

墓石に名前は刻まれていない。世紀の大魔法使いの墓がこんな粗末で人里離れた山の片隅とは相応しくないと思うが本人の希望らしい。散々大立ち回りした癖に最後は誰もいない静かな所で眠りたい、なんて似合わない。

 

「でも、不思議なものでね。人間ってどんなに後悔ない道を選んだつもりでも結局最後には自分の選択に疑問を持つの」

 

あの選択は正解だったのだろうか?

再会した時、残された時間が短いことは覚悟していた。それでも、次の日にあっさりいなくなるなんて思わないじゃん。

杖を振ると花畑から花が集まり、ひとりでに花冠が編み込まれる。それを墓石に被せてやる。

 

「また明日………って、魔法を教えてくれるって、ッ!約束したのに…うそつきッ」

 

そこで我慢していた涙腺が崩壊する。

 

「もっと一緒にいれば良かったなぁ……。私には時間があるから少しぐらい後回しにすれば良かった。でも、フランメに順調な証拠を見せたかったのは事実なんだ」

 

実際、一分一秒無駄にしなかったからたった一日だけでも最後の時間を共に過ごせた。

でも、なんで「明日でいい。明日にしよう」と思ってしまったんだろう?

私以外の明日が当たり前に来る保証がないことは知っていたのに。顔を見れたことに安心して油断した。

頬に流れる滴を拭い、フリーレンの方を向く。

 

「フリーレンは悲しくないの?寂しくないの?」

「わかんないよ………だって、私この人のこと全然知らないもん」

 

フリーレンは気まずそうに目を逸らす。

 

「たった50年、一緒にいただけだし」

 

「命乞いばっかりで、この人の言ってたこと全然理解できないし」

 

フリーレンの口からは際限なくフランメへの不満が溢れる。

 

「師匠にとって私は復讐を託した弟子にすぎないし、お互いそんなに干渉し合わなかった。悲しむほど関係性は深くなんて……」

「なら、どうして泣いているの?」

 

フリーレンの翡翠の瞳からもとめどなく大粒の涙がこぼれ落ちていた。私の指摘にフリーレンは顔を歪ませ肩を震わせる。

 

「違うよ。これは……っ、エルフは感情が希薄だから!たった50年一緒にいた人間の死に、一々心が動くはずっ……」

 

こぼれ落ちる涙を必死に拭い、平静を装うとすば、するだけ噛み締めた唇から嗚咽が漏れ出す。

 

「わかんないよぉ、どうしてこんなに苦しいの?師匠に会えないって!話せないって!考えただけで胸が苦しくて痛いよぉ。なんで?なんでぇ!」

 

うぉんうぉんと声を上げて泣くフリーレンの肩を引き寄せて両手で包み込む。

幼子をあやすように、諭すように優しく。

 

「それはフリーレンがフランメを大切な人、失いたくない人と思っていた証拠だよ。他者を大切できる、優しい子である証拠」

 

残酷なほど純粋無垢な感性を持つ彼女にも他者の死に心を痛めている。魔物や魔族には決してない感情。こんな形で自覚が芽生えてしまうことは願っていなかったけど。

 

「人間がこんなに早く死んじゃうって分かってなかった。別れが、こんな痛いなら、知りたくなかった!」

 

しゃっくりを上げながら首を横に振るフリーレンの背中を撫でる。

 

「痛いね、苦しいよね。分かるよ、フリーレンの気持ち。人の死に無関心であれば心は傷つかない。大切だと認めてしまえば失った時の絶望と喪失感に苛まれる。拒絶し、無関心でいることの方がずっと楽だ」

 

私も嘗てはそうだった。死の運命に囚われた彼らを目の前の人間としてではなく、いつまでも物語のキャラクターとして見ていた。だって、そうすれば傍観者でいることへの罪悪感を感じずに済んだから。彼らの運命は創設者が作った決定事項。私のせいじゃない。

涙に濡れる頬を両手で包み込む。

 

「フリーレン、よく聞いて。我慢しないで、泣いていいんだよ。悲しいことをあんまり我慢しているともっと大切なことに気がつかなくなってしまう。だから悲しい時は泣いて、ムカついた時は怒って、幸せな時は笑いなさい」

 

翡翠の瞳が揺れ動いている。

怖いのだろう、これからもこの苦しみを味わうことが。でも、どんなことも楽な道を選べば楽をしたツケは最悪なタイミングで降りかかってくる。

 

「この先、心を殺して耐え忍ばなきゃいけないことがあるかも知れない。でも、自分の心に嘘をついちゃダメだよ。嘘をつき続けると自分で自分のことがわからなくなるから。痛みに鈍くなって、大切な選択を間違える」

「エミリアは間違えたの?」

「………()ではないけどね」

 

()ではない。

愚かな女。私はあいつを反面教師にした。

 

私の言葉にフリーレンは視線を彷徨わせる。まだ、全てを理解できたわけではないだろう。でも、今はそれで良い。フランメの代わりにこれから私が教えていくから。

 

「約束してくれる?」

「………うん」

 

すっかり陽が落ちてしまい、暗い森を杖灯りを頼りに並んで進む。

徐にフリーレンが私の服の裾を掴む。

 

「エミリアは忘れたりしない?」

 

その問いに即答は出来なかった。少しの間考えて、口を開く。

 

「………どうかな。長命種特有の記憶力のお陰で、人より記憶力は良い自信はあるけど、全てを完璧に覚えていられるわけじゃない。現に私は前世の家族の顔と声は思い出せるけど、知り合い程度はもう思い出せない。きっとどんな生物も同じなんだと思う。年を重ね、老いて、死期が近づけば記憶は不確かになっていく」

 

人は声から忘れていく。若い時はそんなことあるのか半信半疑だったが、今はよく分かる。人の記憶は永遠じゃない。

不安そうなフリーレンの眼差しに苦笑し、安心させようと目線を合わせる。

 

「大丈夫。こんな劇的な人生はそう簡単に忘れられないよ。それに、前世と違って今の私には魔法がある。いざという時のためにバックアップはとってるから」

「バックアップ?」

「記憶を複製して保存してるの。トランクの作業部屋と繋がる五つの扉。あれの一つは記憶の保管庫なんだよ」

「そんなことしてるの?」

 

記憶とは今の私を形作る大切な部品だ。一つでも欠けてしまえば、今の私の人格は失われる。その可能性に気がついた80年前から日々記憶を溜め込んでいる。

溜め込んだ記憶は前世と合わせると膨大で最早、あれは完全に複製された私の人格と言っても差し支えない。

 

「まぁ、日記みたいなものだよ。もし、忘れてしまったり、消されてしまってもアレを取り込めば思い出すことができる」

 

実際にやったことはないが理論上、保存された記憶を取り込めば人格が消えても元に戻せる、はず。

 

「エミリアの記憶見てみたい」

「黒歴史が多いからダメ」

 

胸の前で腕を交差させて、即答する。

実際は【憂いの篩】がないと他者の記憶を見ることはできないが、壁一面に並べられた記憶の瓶を見られるのは勘弁してもらいたい。

自分の過去の失敗、それを見せびらかすなんてとんでもない。

こればっかりは気分の問題だ。

あの部屋は私だってあまり入りたくない。

 

1人分の気配の減った小屋に入るとそこは朝と何も変わらなかった。ただ、妙に静かな部屋が落ち着かない。

 

「フリーレン、これからどうするの?」

「…………師匠からは目立つなって言われたから、魔力制御の修行を続ける。なるべく人前には姿を見せないように、でも魔族や魔物との戦闘は続けるよ。出会った奴は生きて返さない」

 

最後の一言を口にしたフリーレンの瞳の奥には静かな闘志が燃え、魔族への憎しみが薄れないのを感じた。

そこでずっと考えていた事をフリーレンに提案する。

 

「提案なんだけど私と一緒に旅をしない?」

「エミリアと?」

「私も呪い研究のために旅をしてる。魔族と戦うこともあるし、姿形が変わらないから人前に出ることは殆どない。一人が寂しいなら暫く私と一緒に行動しよう。私と一緒にいよう」

 

絆を育んだ大切な人との別れを経験し、それを悲しいと自覚できないほど心が成長しきっていないフリーレン。今、彼女には誰かの助けがいる。フランメは個として彼女を強くすることは出来ても、心の成長を一緒に支えてあげられなかった。それなら私が引き継がなければ。

 

「………」

 

その時、甲高い鳥の鳴き声を捉え、反射的に背後の窓を開け放つ。ほぼ同時に赤い大きな翼を持つ鷲のような鳥が部屋に飛び込んできた。それは掴んでいた羊皮紙を私の手に放り込むと急旋回して再び大空に帰っていく。

 

「使い魔?だれの……」

「ゼーリエ様からだよ」

 

窓に駆け寄り鳥を目で追いかけるフリーレンに返事をし、羊皮紙を開く。ザッと目を通すと眉間に皺が寄る。

 

「どうしたの?」

「渡した逆転時計の解析が終わったみたい。解析結果を元に復元と任意の時間に飛ぶ方法を検証するから帰ってこいって。残念だけど、これからまた暫く研究室に篭りっきりになっちゃうな」

 

これは呪い集めの旅は一時中断しなくてはならなくなった。

どうしよう………協力者のゼーリエを待たせるわけにはいかないが、フランメからフリーレンのことを任されたばかりだ。悲しみから立ち直るまで5年……いや、この子の感覚では10年は一緒に行動した方がいい気がする。

 

でも、フリーレンを私の元に縛り付けるのはそれはそれで良くない。実戦経験の機会が限られるし、第一フリーレンとゼーリエはあまり性格の相性が良くない。

30年前、一度私に会いにきた時、少し席を外しただけで初対面の時より険悪な雰囲気になっていた。とても一緒には暮らせないだろうし………。

 

研究を優先させるか、約束を優先させるか。

 

「分身魔法でも使えればなぁ……」

 

体が二つあれば同時に別のことができるのに。でも、自分と同じ姿形、思考する生命体が目の前に存在していると思うと脳が拒否反応を示す。どうしてもクローンを想像してしまって気分が良くない。この魔法だけは使える気がしない。

 

「何を悩んでいるの?」

「ゼーリエ様が早く逆転時計を解析してくれたことは嬉しいけど、そのせいでフリーレンと旅ができない。………一応聞くけどフリーレン、私と一緒にゼーリエ様の所に一時的に…………嫌だよね、ごめん」

 

言葉の先を察したフリーレンの顔がしょぼしょぼに崩れるのを見て途中でやめた。

そんなに嫌か。

確かに大人気ない言動や威圧的、脅迫紛いなやり取りは日常茶飯事だが、道理が通らないことはしないお方だ。………まぁ、弟子たちへの修行は鬼畜だったけど。側で見学して、私に特殊な魔法の才がなく、この人に気に入られなくてよかったと心底思った。フランメの人格疑うレベルの修行の仕方は師匠譲りだったわけだ。

 

仕方ない。許してくれるか分からないけどダメ元でゼーリエに研究を一時休止する様に頼んで……。

 

「………せっかくだけど、エミリア。私は一人で旅をするよ」

「え」

 

予想していなかった拒絶に少し心が傷ついた。自分の中では当然のようにフリーレンは私と一緒にいてくれると思った。短い付き合いではないし、浅い関係でもない。しかし、彼女はもしや、私といることが苦なのかと思ってしまった。

しかし、どうやら違った。

 

「確かに寂しい……と思う。師匠が死んで私には何を頼れば良いのか分からない。エミリアが一緒にいてくれると心強い。でも、今は耐えるよ。エミリアは一緒に魔王を討伐してくるわけじゃないでしょ?私には私の、エミリアにもエミリアの目的がある。私達どちらかの目的は優先度がつけられない。甘えない為にも私は一人で強くなる」

 

さっきまであんなに不安で怯えていたのに魔王討伐に対するフリーレンの瞳には確かな覚悟の炎が宿っていた。本当に……顔を見ない間に随分と成長したな。

あぁ、息子たちが成人した時もこんな気持ちだった。手を差し出してやらなければいけないと思っていたけど、そんな必要はなかった。

甘えたかった、甘えてもらいたかったのは私だったのかもしれない。

 

「そっか………」

 

なら、私の助けは必要ないな。私も、私のやるべき事をやろう。

 

「あ」

 

そうだ。

 

「じゃあ、これを持っていて」

 

トランクから出した小さなペアの鏡。其のうちの一つをフリーレンに差し出す。

 

「これは?」

「両面鏡。貴重な魔導具だよ。対になった方に呼びかけると通信ができる。これでいつでも、連絡が取れる」

 

普段は手紙のやり取りが主流ですっかり忘れていた。こんな便利なものがあるなら積極的に使わなければ。

 

「それから約束してね。どんなにこれですぐに連絡が取れても、10年に一度くらいは直接顔を見せるって」

「短すぎない?そんなに頻繁じゃなくて良いと思うけど」

「本当は毎年見せてほしいくらいだよ。でも、この世界では移動手段が限られる。離れていると普通に一年すぎてしまうからね」

 

私は姿くらましがあるから場所さえ教えて貰えばすぐに移動できる。

 

「これは私からのお願い。私も寂しいから、偶には休息として私の相手をしてよ」

「いいよ」

「ん、約束ね」

 

私が小指を差し出すとフリーレンは首を傾げる。

 

「なに?」

「私の世界の約束事をする時の決まり文句。小指を絡めるの」

 

ふーん、と不思議そうに指が絡めてくれる。それを見ると自然と上下に揺らしながら懐かしい歌を口ずさむ。

 

「ゆびきりげんまん、うそついたら針千本の〜ます。指切った」

「すごく怖い!!何!?これ契約魔法?!呪い!」

「違う、違う。約束したら守る為にそれくらいの覚悟を持ちましょうってこと。本気にしないで」

 

青くなって怯えるフリーレンの様子を見て、軽率な行動は控えようと思った。

 

 

 

翌日、フリーレンは早速旅立つつもりだ。

身軽の方がいいからと最低限の旅支度を整えるのを手伝った。

 

「杖持った?これからは路銀を無駄遣いしても止めてくれる人はいないからね。魔導書じゃなく食糧優先で買うんだよ。魔王討伐の前に餓死とか洒落にならない」

「分かってるよ。私ってそんなに信用ないかな?」

「自分の胸に手を当ててよく考えて」

 

過去にフランメの目を盗み、路銀に手を出して魔導具を買い漁り、彼女に締められていたことを私はしっかり覚えている。まぁ、フランメも私の作り置きの料理を勝手に食べて、キレたフリーレンに土下座をしていたけど。

 

「あ、そうだ。フリーレン、あのテント出して」

「なんで?」

「いいから」

 

せっかく纏めた荷物からフリーレンが出した懐かしきテントは雨風に吹かれ経年劣化で色褪せ布地はボロボロになっていた。

 

「流石にこれも寿命だよね」

 

骨組みも大分脆くなってきている。何度か補修した跡が見えるが、これはあと1年も持たない。

「それがなかったら困るよぉ。もう、屋根無し野宿に戻れないから」

「分かってるよ。………少し直すだけだから」

 

折れたポールを永久粘着呪文で補強し、内装も簡単に掃除する。水道やキッチンに使用する為のルーンを専用の彫刻刀を使い、丁寧に彫り直す。これなら200年くらい使える。

破れてたり、ほつれた布地を繕い、家具も磨く。

 

そして、最後に。

 

「ここ物置に使ってるの?」

「だってぇ」

 

それは50年前に私が一時的に引きこもった部屋。ただ空間を広げる為に取り敢えず作ったから光源一つもない。

そこは現在、完全に物置化しフリーレンとフランメが集めた魔導具で足の踏み場もないほど埋まっていた。魔導書は床に積み上がり、番号はバラバラ。気色悪いお面や人形が雑に放置されている。あれ、呪いの人形じゃないよな?

これは50年前の私の懸念はしっかり当たっていたようだ。魔法オタクどもめ。

一見部屋の端など知覚出来ないが一応、部屋の広さを5畳に設定してよかった。広ければ広いだけこの惨状が続いていた。

 

「まぁ、私はもうココを使わないからいいけど流石に多すぎない?これとか何に使うの?」

 

足元に転がっていたカエルの置物を拾い上げる。

 

「それは頭に置くと話す言葉がカエルの鳴き声になる魔導具だよ」

「…………」

 

要するにガラクタか。

本当に何に使うんだよ?

でも、こんなものでも人にとっては大事なものなんだろう。他人の私があれこれ指図する事じゃない。

 

「まぁ、この部屋に収まるなら好きに収集すれば?」

 

本当はこの部屋をフリーレンの寝室か、研究室に改造してあげようと思っていた。いずれ魔王討伐の仲間ができれば男女で寝室を分けなければならないだろうし。でも別にメインルームは広いし寝食できる、パーテーションしかないけど風呂もある。それにフリーレンも一応女の子だ。その辺の危機感くらいあるだろうし、間違っても男ばかりのパーティに入ったりしないだろう。

 

これ以上部屋を増やしても第二、第三の倉庫になるだけみたいだし。壁と床の設定だけしてやめよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王都出立後、はじめての野宿。

フリーレンは継ぎ接ぎだらけのオンボロテントを取り出した。

 

「これは私の師匠の友人が作ってくれたテントだよ」

「随分ボロボロだけど、この大きさじゃ4人も入らないぞ。フリーレン」

 

ヒンメルの心配に何故かフリーレンは胸を張る。

 

「むふふ、そう思うでしょ?ほら見て」

「なっ!凄いです!!中がこんなに広いなんて!」

「凄いでしょー」

 

中はその辺の安宿より広く、綺麗。黄色とオレンジの落ち着いた室内。魔法のテントに3人は手を叩いて褒める。

 

「野宿の基本と言ったら焚き火を囲みながら雑魚寝だから、雨風に吹かれることは覚悟してたけどこれならその心配もないね」

「キッチンもあるのか。食事も作れるな。調味料はあるか?」

「あるよ。そこの戸棚」

「酒はないのですか?」

「ないよ。生臭坊主」

 

仲間の予想通りのリアクションにフリーレンは満足し、部屋の隅に移動する。

 

「さて、私お風呂入ってくる」

「お風呂まであるのか凄いな……っ!て、なんでここで脱いでるんだ!!フリーレン!」

 

突然上着を脱ぎ始めたフリーレンを見てヒンメルは慌てふためく。

 

「え?だってお風呂そこだし」

 

フリーレンが指差すパーテーションの内側には小さめのユニットバスが設置されている。しかし、例え隠されているとはいえ気になる異性に同じ空間で入浴されるのは、現在思春期真っ盛りのヒンメルとっては色々と宜しくない。

 

「じゃ、じゃあ!僕たちはこっちの部屋にいるから!」

「そこ物置だよ」

 

ヒンメルがただ一つある別室の扉を少し開けるが内側から重量が掛かる気配……それに微かに何かが崩れる音がする。何が詰め込まれているのか知らないが、このまま全開に開くと雪崩の餌食になる。

 

「じゃあ!外で待って……」

「おや、突然の豪雨が」

「雷まで鳴ってきたな」

 

タイミングを見計らったように降り出すゲリラ豪雨。

数メートル先すら見えない天災にヒンメルは石のように固まる。

 

「別に丸見えじゃないんだしいいでしょ」

 

呆れ顔のフリーレンがパーテーションの裏に隠れ、嫌でも聞こえてくる着崩れの音、水が流れる音。

 

(この向こうにフリーレンがいる?しかも風呂に入っているつまり彼女は今何も身に纏っていない裸で?いつもはツインテールにしている髪を解いたらきっともっと大人のお姉さんみたいだろうなそこに風呂上がりで火照った彼女には普段見られない色っぽさがある違いな)

 

そこまで思考が吹っ飛んでいたがヒンメルは我に返って顔を青ざめ床に頭を打ち付ける。急に首が吹っ飛びそうな音を立てる奇行に走ったリーダーにハイターとアイゼンはドン引きする。

 

(いやいや落ち着け勇者ヒンメル僕は魔王を倒して平和を取り戻す勇者だそりゃあフリーレンの裸に興味ないかと言われると嘘だけど彼女は大事なパーティの一員彼女とあわよくば………という思いがあるのは事実だけど彼女の合意なくそんなこと出来ないし考えるなんて勇者失格だそもそも一瞬でもあんな綺麗で高潔で触れたら壊れてしまいそうな儚い彼女で妄想するなんて自分が許せない!)

 

かくなる上は煩悩の消し去るしかない。

ヒンメルは床に座り込み瞑想しようとするが、開けっぱなしの入り口から冷たい雨風が吹き込み、部屋の明かりを全て吹き消す。

 

「わっ、蝋燭消えちゃった。あ、でも確かここに明かりが……」

 

フリーレンが壁のスイッチを押すと浴室の天井が発光し、その一角だけ照明の光が照らされる。暗い空間、パーテーションにハッキリ映し出されるフリーレンの一糸纏わぬ黒いシルエット。

 

心臓の音が最高潮に高鳴り、呼吸が浅くなる。頭に血が上り顔は茹蛸のように火照り…………。 

 

ゆっくりとヒンメルの体が後ろに傾く。

 

あぁ、女神様。彼女にこんな邪心を抱いてしまった罪深い僕をどうかお許しください。

 

「ゔっ!」

 

そして、吐血して倒れた。

 

「ヒ、ヒンメルー!!」

「なんて罪な女だ」

 




ヒンフリ大好き。
原作見てると本当にもう「お前ら結婚しちゃえよ!」っと思ってしまう。

エミリア
現在140歳くらい。
魔力制御も安定してきた。

フリーレン
原作通りフランメの死後は一人で行動。

当初はエミリアと旅をする設定にしようかと思いましたが、そうするとヒンメルたちと出会わない可能性があると思ったので却下。
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