帰り道。
新幹線の中で涙の理由を考えていた。
隣には茜がいるんだが、寝ている。
・・・どうしてあんなに泣いていたんだ。
それが気になってばかり。結局、今こうして帰るに至るまで、一度も笑顔を見ていない。
そもそも、こいつが泣いた所は見たことが無かった。
あんなに元気よく人懐っこかったお前が。まるで自分に失望したかのように。
やってしまった時の俺みたいに。
・・・・地区ブロックの時は2位でもあんなに喜んでいただろう。
ただただ、あの浅井選手に負けたからこんなに落ち込んでいるわけではないはずだ。
俺と一緒にやれるのはこれで最後ではあるが・・・・別に良いだろう?
俺はこれからもお前も見守っていると、そう言ったはずだ。
だから、恐らくそこも理由ではない。
それで落ち込んでいるのなら、また大会は見に行ってやる。
大学に行っても、定期的に会いに来てくれるんだろ?
気になるのは、あの時の茜の発言。
【センパイ・・・・自分は・・・・弱い人間です・・・・
信念を曲げたのに・・・勝てませんでした・・・・】
信念を曲げた。
どういう意味なんだ?
考える。
あの時の茜の走りで決定的に違った点。勿論スタートだ。
今シーズン1度もスタートを決めたことのない茜が、完璧なスタートを見せた。
とはいっても・・・・別に、今までスタートを決めたことがないわけではないのだ。
1.2回なら競技シーンでも見たことはある。それでも今回ほど良いスタートは無かった。
それにスタートを決めた時に限って、態勢を崩してイマイチスピードに乗れないんだ。
まるでそれでバランスを取っているかのように。予定調和というか。
・・・・そういえば、それもなかったな。今回は。
・・・スタートを成功させてしまったが、勝てなかった。
そうなるよな。
じゃあなんでだ。今までわざとスタートをミスしていたという事になる。
・・・・この日の為だとでもいうのか?今まで顔を伏せていたダークホースが、
満を持して登場し、彗星の如く金メダルをかっさらっていく。
まあ、面白い話だが。そんなことをして自分に何のメリットがある。
印象付け?インパクト?
陸上競技関係者の眼には間違いなく止まるだろう。
しかしそんなことをしなくても・・・・お前は既に注目の的だ。
まだ何か足りないな。恐らくはさっきの結論で良いのだが。
どうして今までそんなことをしていたのか
そして何故あの場所ではきっちりスタートをしたのか
そこの説明が足りない。・・・・頑張って考えるが・・・・
後者はわかりそうもないな。まあ、優勝したかったからで片付く。
後で直接聞こう。話をしてくれるかは、わからないが。
前者の理由を考える。大丈夫。まだ時間はある。今日中に突き止める。
「じゃあ、自分は一度学校に戻ります。」
「そうか、俺もついていこう。」
新幹線の中で考えはまとめた。
こいつがそんな馬鹿なことをしていたと。あまり信じたくはないが。
「いや、センパイは帰った方が・・・・もう学校終わってますよ?」
「お前に一度確認したいことがあるからな。ちょっと話をさせてくれ。」
「はあ。自分は良いですけど・・・歩きながら話しますか?」
「いや。大事な話だ。どこかに座ろう。」
夕方。公園のベンチに座り込む。
「それで?大事な話って・・・・え。もしかして、大学教えてくれるっすか!?」
「それはない。」
「そうですか・・・・・・」
「お前、今までわざとスタートをミスしてたのはなんでだ。」
「・・・バレちゃいました?ま、そうですよね・・・・あんなこと言っちゃったし。」
あっさり認めた。問題はここから。
「どーしてか、わかりますか?凪センパイ。」
「・・・・正直認めたくないが・・・・お前言ってたよな。陸上始めた理由。
俺の走りを見て、楽しそうだったって。」
「そうです。あれはホントです。嘘じゃないです。」
四葉くんの駅伝事件があった時の話。
そんなことを言っていた。
「もう少し詳しく聞こうか。俺の走りのどんなところを見てそう思ったんだ。」
「それは聞いちゃダメっす。自分で考えてください。」
・・・そう。どうやら合っているようだな。
「まあ、にぶちんのセンパイにはわからないっすよねー。」
「じゃあ言おう。
前半は後方待機し、途中からロングスパートをかけて後ろから全て抜き去る。
そんなところを見て面白いと思ったんじゃないのか。」
「・・・・・・・・・・・・」
【中学校の時、キミのレースを見てたんだよ!超楽しかった!】
【センパイみたいになりたかったっす】
【凪センパイなら大丈夫です!中学校の時は早かったんですよ!いつもごぼう抜きでした!】
・・・まさか、今日あんなことを言われるとは思ってなかった。
でも、それを言われたおかげで思い出せたかもしれないな。
前、こいつが俺の事をなんと言っていたか。
ごぼう抜き。後ろから多数のランナーを抜くこと。
・・・・・先頭で走り続ける事ではない。
俺は昔・・・中距離のランナーだった。
俺は小学校から陸上をやっていたが、
中学校の時に、陸上がつまらないと感じるようになった。
何度も言った通り、様々なスポーツと比較して戦術や工夫に乏しい。そう感じた。
実際のところは置いておいて、俺の主観的考えでは、実力勝負の世界と思っていたからだ。
強いものが勝ち、弱いものが負ける。
そんな勝負はつまらない。誰が進んでそんなことをやろうというのだ。
強い奴しか得しないじゃないか。弱い者たちの立場はどうなる。
勝ったものが強く、負けたものが弱い。それが俺の理想。
・・・・走ることは好きだった。その辺の連中よりは余程足が速かったから。
だが、つまらない陸上をする気もない。だから、ゲーム感覚で中距離をやるようになった。
前半は体力を温存し、体を慣らし、後方で待機。
徐々にペースを上げていき、後半では短距離に劣らないスピードで順位を駆け上がっていく。
勝負というのは、対戦相手にいかにして勝利するか だと俺は思っている。
が、しかし。
陸上というのは相手に左右されず、自分だけがベストのパフォーマンスをすれば、
基本的にはそれ以上やれることがないと思う。
野球やサッカーとは違う。相手がミスしようが、大した影響ではない。
自分がミスをしないことがそれよりも大事。順位付けはあくまでタイムや数値。
複数人によるバトルロワイヤルな競技であるからだ。基本的には競泳と一緒だと思う。
いかにして自分の理論値を出す競技など・・・つまらない。
これは対人戦だ。自分との闘いなんてするな。そんなものは他者から見えないではないか。
俺とお前達との競争なんだぞ。対戦相手を見ろ。闘志を燃やせ。そう思った。
しかし、周りは当然、我関せず。・・・・みんな、自己ベストを狙うのに必死。
当たり前だ。それが一番勝利へと近づく道。こんなバカな事を考えてるのは俺だけだ。
・・・だから、自分が一番楽しく走れることを第一に考えた。それがこのやり方。
正直、自分の体にも合っていた。最初は実際スピードを出したくても出せなかった。
恐らく俺は心肺機能が強くないのだろう。前半から飛ばすと胸が、肺が苦しくなる。
それも理由の一つだったが・・・・何より、楽しかった。
どんどんと加速し、一人ずつ抜いていく。
こいつには勝った、次はどいつだ。どれくらいの距離がある。
今のスピードで間に合うのか。
そんなことを常に考えながら走っていた。次のランナーをターゲットとして、
自分の中で戦略とペースと残存体力を考えながら走るのが何よりも楽しかった。
基本的にペースは一度上げたら絶対に落とさない。
当然向こうも残り少ない距離を死ぬ気で走ってくるのだが、
俺を見てとっさにペースを上げたらまず最後まで持たない。
最後の1周はまさに全力疾走。追跡し、追跡し、どこまでも追跡し、
最後の直線でそれを上回るのが最高の瞬間だった。
観客もそれを見て湧いていた。それもまた、興奮。アドレナリンという加速要素になった。
会場の視線と注目は、先頭集団のランナーではない。
一人、また一人とバンバン交わしていく俺に対して歓声を上げる。
果たして後ろから追い上げているこの男がトップまで届くのかどうか。
その注目を浴びるのも、俺の足を速める要素となった。
小学校と同じ、ピエロだったんだな。・・・今も、あんなライブをしているから、大して変わらないが。
いや・・・・トラウマの反動かもしれない。
あれを忘れたいがために、このやり方でごまかしていたのかもしれない。
俺だって、今はちゃんと人を楽しませることが出来るんだ という。
「そうです。最初はどこにいたかもわからないのに、後半になったらいきなり後ろから現れて、
明らかに誰よりも早く走っているセンパイを見て、憧れたんです。」
「・・・・そうか。」
「でも、自分には中距離の適正なんてなかったっす。200mでも全力疾走が持ちません。
諦めて100mを走るしかありませんでした。」
「・・・・・・」
「だから、スタートをわざとミスして、後ろからレースしてました。
後ろから全部追い抜いて、先頭に立つ。やってることは凪センパイと同じです。
憧れの人に近づけた。そう思いました。」
「じゃあ、なんで今日はスタートを決めたんだ。信念だったんだろう。」
「決まってるじゃないですか。勝ちたかったからです。
・・・凪センパイと一緒にやれるの、これが最後なんですよ?金メダル、欲しかったっす。
センパイの首にかけたかったです。お願いも、聞いてほしかった、です。」
「・・・銀で充分だ。それに、言っただろう。一つくらいなら聞くと。」
当たってほしくなかった予想は全て当たってしまった。
・・・今までわざと。スタートをミスしていた。気づけなかった。
かなり偽装能力は高い。
「じゃあ、センパイ。一つお願いがあります。
・・・・陸上を辞めた本当の理由、教えてください。」
「何度も喋っただろう。主な理由はバイトだ。これは嘘なんかじゃない。」
「じゃあ、言い方を変えます。理由を全て、言ってください。
主な理由は聞きました。まだ何か、隠してますよね。」
「・・・・・・俺は、中学校の時にそんなレースをしていた。
そりゃ、盛り上がる奴が大勢居たさ。それが多数派だった。
だが、冷めた目で見る奴もいてな。
あいつは真剣に走っていない だとか、遊びで走ってる だとか、散々言われたよ。
走りもしない奴が・・・・・わかったような口を利きやがって。
最初から全力で走れないのは、まぎれもない本当だったのに。」
「全力で走れない・・・・それは・・・初めて知りました。
あれは作戦や遊びじゃなかったんですね・・・」
「ああ。俺は心肺機能が強くなかった。スロースターターという奴だ。
・・・レース前のウォームアップが足らなかっただけかもしれないが。」
「で、まあ正直・・・・負け犬の遠吠えだと思ってたさ。
俺がどんなレースをしようが、勝てば官軍だろう?ルール違反をしている訳じゃないんだ。
勝手にそいつが勘違いしただけ。俺は至って真面目に走ってた。この方が気分が乗るし、
結果的に一番早いタイムで走れる。何にも気にすることはないと思ってた。
中学3年までは。」
「中学最後の大会。いつも通りのレースをしていた。
地区大会の3000で全員ぶち抜いて、優勝して県大会に進んだ。覚えてるだろ?
その大会が終わった後、俺に抜かれて泣いている奴がいた。
他校の奴でな。所属の全員に慰められてた。
その光景を遠巻きに見ていたら、あることを言っていた。
お前はこんなに真面目に走ってるのに、あんな事をするなんて、失礼だ。
そう慰められてた。・・・・・確かに。一理あると思った。
だから、高校では陸上を辞めた。
バイトもやらなきゃいけなかったし。中学の終わりで、良い機会だったよ。」
「凪センパイは何も間違ってません。何も失礼な事なんかしてません。」
「・・・・そうかもしれないな。だが、スピードは俺の方が上だったのに、
ゴール前でギリギリ届かないシーンは何度もあったからな。
もしかして、俺は全力で走っていないんじゃないか と、そう考えたわけだ。
少なくともその時、胸を張ってそう言える自信はなかったね。
それに俺は・・・負けて泣くほど、悔しさは感じなかったからな。
あの泣いている奴ほど、真剣に陸上に打ち込んではいなかった。」
例え試合に負けたとしても、俺はそのやり方を最高に楽しんでいた。
悔しさなんて微塵も感じてはいなかった。
だから、あの光景を見た時に・・・余計に心を打たれてしまった。
「センパイは間違ってません。
・・・・だから、それを私が、センパイの前で、証明したかったんです。」
「・・・・」
「最初は、いつも通り後ろから行こうと思いました。
言ってくれましたよね。やりたいようにやれって。悩みました。
でも・・・・・フライング、あったじゃないですか。
あの瞬間、喝を入れられたような気がしたんです。」
「優勝すれば、金メダルをセンパイにかけられる。
センパイも喜んでくれる。お願いもきいてもらえる。
このやり方が間違ってないって主張は出来ないけど、
先頭でゴールできるなら・・・・って。」
「だけど・・・・結局、負けちゃいました・・・・
折角このやり方でインターハイ決勝まで来たのに・・・・
・・・・センパイと同じやり方で、頂上まで来て・・・・・
途中で投げ捨てたのに・・・・結局・・・・勝てなくて・・・・
・・・・わたしは、せんぱいとちがって・・・・
まじめにはしってないから、バチが、あたったんですね・・・・」
そう言いながら、泣き出した。
「もう、こんなバカなことはするな。これからは自分のために走れ。
正しいか、間違っているかなんて、どうでもいいだろう。」
隣にいる茜の肩に手を置く。・・・・・元気を出せよ。
泣け。泣いていい。後悔は人を強くする。
頭を・・・撫でてやった。
「・・・・凪センパイ、ありがとうございました。」
「構わんよ。話は終わりだ。悪かったな、今まで。気づいてやれなかった。」
「良いんです。自分が勝手にやったことです。」
泣きやんだので、離した。
うん。終わってから一番良い顔だ。
「学校、行くか?ついていくぞ。」
「センパイ。もう一つだけ、お願いを聞いてもらっても良いですか。」
「なんだ。」
「今から言う事、きちんと聞いていてください。」
「改めて、ありがとうございました。自分が今日、あの場所に立てたのは・・・・
中学校の時にたまたまセンパイの練習風景を見ていたからです。」
「そうかもしれないな。俺も嬉しい。」
「それまで、自分には何もありませんでした。足が速いのは知ってたっす。
けど、ここまで早いとは思ってなかったです。高校全国、2位なんて。」
「来年は1位になってるさ。」
「えへへ、嬉しいっす。・・・・あの日のセンパイが居たからこそ、
今、こうして胸を張って、ここにいるんです。
・・・・センパイが私を変えてくれたんです。
・・・・・・・・・・わかりますよね。言いたいこと。」
「自分は・・・・・わたし、朝倉 茜は・・・・・・凪センパイの事が、好きです。」
「・・・・・・」
「いざ不安を抱えたまま、中学校の時に陸上部に入ったら、
センパイは誰にでも優しくて、面白くって。みんなから好かれてたっす。
あの頃から、好きでした。大好きです。好きすぎて、高校もここにしちゃいました。」
「だから、寂しかったっす。陸上、やってなくて。どうして?って。
・・・・でも、私が陸上を仕方なくやってると・・・
センパイ、来てくれたじゃないですか。呼んだわけでもないのに。」
「当たり前だ。見に行くに決まってる。」
「だから、ますます好きになりました。大好きです。愛してます。
センパイがいなきゃ、ダメなんです。わたし、もう。」
「たまに雑に弄られるのも、好きです。
ちゃんと12秒切った時に頭を撫でてくれたのも、好きです。
夏祭り、いろんな事教えてくれたのも、射的の時に気遣ってくれたのも、好きです。
柔軟は、ホントは今でも嫌いです。でも、センパイが密着してくれるから、好きです。
もっと、ずっと、一緒にいたいです。
家庭教師を始めたって聞いて・・・寂しかったです。
でも、テスト期間中に図書館へ向かう中野さんたちを見て・・・・
近くにいれば、センパイに会えるかもって思って、1時間も待っちゃいました。
でもよかったです。大好きなセンパイに会えました。」
「・・・・・・・・ああ。そんなこともあったっけ。待ち伏せしてたのか。」
「はい。作戦成功っす。テスト勉強した後にまた勉強でしたけど。
たまたま墓地を通りがかったら中野さんが居たことも・・・そこでも会えました。
たくさん待ちました。」
「その気持ちは嬉しいが・・・」
「待ってください。わかってます。中野さんたちですよね。」
「そう。あの時いたもんな。」
「だから、私もそこに割って入ります。・・・・センパイ。今日はありがとうございました。
学校にはついてこないでください。自分は、準備をするっす。」
「準備・・・・」
「・・・えへへ。秘密の作戦っす!だから・・・今日はこれで、我慢します。」
「は?」
ベンチに並んで座っていたが、胸を掴まれ、かなりの力で引き寄せられる。
いきなり何をーーーー
茜の顔が、目の前に。
唇と唇が・・・・・・・・・触れた。
・・・・・・・・・・・・・おい。
俺、ファーストキスだったのに。
唇を合わせていたのは一瞬。既に離れている。
「・・・・どうだったよ。」
「レモンの味なんてしないっす。嘘っす。」
「俺、初めてだったんだけど。」
「・・・・初物ですか?・・・やった。
じゃあこのまま自分と付き合った方が、縁起が良いですよ。
知ってますよ。初志貫徹です。」
「・・・・おまえさぁ・・・・・」
「センパイはどうでした?初めてだったんでしょ?」
「・・・・一瞬だ。何もわからん。うたかたの夢ってこういう事だろうな。」
「・・・・じゃあもう一度・・・・」
「その手には乗らんぞ。
だってまだ友達じゃん。恋人じゃないじゃん。体験版です。本編は正式に付き合ってから。」
「もー!!乙女の唇を何だと思ってるっすか!」
茜を両手でグイグイと押す。
もうやらせんぞ。認めない。ノーカウントだ。
俺はまだファーストキスを捨ててない。記憶から消した。ブラックボックス行きだ。
「ふー。満足っす。じゃあ、自分は学校に行くので!」
「・・・ああ。じゃあな。」
「また会いましょうね!凪センパイ!」
そう言って茜は走り去っていった。
・・・・あの野郎。これからどうしろって言うんだよ。