101-1
足音を殺し、階段を昇る。
校内は暗いが・・・・電気をつける気にはなれなかった。
動きを悟られるのは、なんだか気に食わない。
サプライズが好きなんだよ。いたずらっこだからね。
俺は素直な自信はあるんだが・・・考えが真っ直ぐと言う訳ではないんだ。
・・・・・この自販機。・・・・懐かしいな。
三玖が抹茶ソーダを買ってくれたんだ。
ここは・・・・思い出が多い。
・・・・今日は、言うなれば心の声を聴く日。
心声の日、とでも言おうか。いや、決断の日かな。
とにかく。今日の有坂くんは、一味違ったってことだよ。
今日は俺が劇場版だね。本日の有坂くんは大変しぶとくなっております。
さあ、着いたねぇ。
心の準備が出来たら開こう。このドアを。
きっと彼女が待っているはずだ。
ドアを握りしめ、開いた。
・・・気圧差かな。
吹き込んでくる夜風。木枯らしにはまだ早いだろうか。
屋上。
ここでは、色々あったな。
三玖と打ち解けたり、風太郎と一緒に中野父へ電話したり。
俺の恋愛におけるスタンスを発表したのも、今回の手紙を開けたのも屋上。
そして・・・・・四葉くんに化けたキミを見抜いたのも、屋上だ。
「・・・・・・・・・・・・・あれ?」
ちょっと。どういうことですか。社長。
お宅の女優さん遅刻です。
3人から手紙を受け取り、
自分の気持ちがわかったので答えを出しに来たんだが・・・・・
女優さんいません。ドタキャンっすか?また代役探さないとだね。
流石に俺は女役をやれないよ。歌舞伎じゃないんだから。
ポケットにしまっていたスマホを取り出し、電源をぽちっと入れる。18時53分。
ちょっと早かったらしい。呼び出されたのは19時だからな。
にしたって、いてくれよ。キミが呼んだんだろ。
仕方ないので、しばらく待つことにする。まあ、トイレにでも行っているんだろう。
「これからどうっすっかなぁ・・・・」
屋上外周の手すりに両手両肘をつき、体重を預け、あることを思う。
俺は一花の事が好き。それはよくわかったんだが・・・・
正直、踏ん切りの付かないところはある。
中野 一花は既に、誰もが認める大女優である。
大して、平々凡々な学生に過ぎない有坂 凪。
この二人、どう考えても釣り合いが取れていない。
別に一花はそれでもいいと言ってくれるだろう。
だって、現時点でも俺が好きだと言ってくれているんだ。
しかし、それでは俺の気が済まない。それが問題。
俺だってキミにかっこいい所を見せたいさ。だって、好きなんだから。
進学先。
・・・東京の適当な大学を考えていたが。
その辺、ちゃんと考えた方が良いだろう。今からでも受験勉強は遅くない。
途中で一花に愛想でもつかされることになっても、芸は身を助けるからな。
そういった保険的な意味でも、良い大学に入るのは悪い事じゃない。
まあこの先大変だけど・・・・「う、嘘・・・」
あ。女優さん来ました。スタジオインです。
「待ちくたびれたよ。お陰で真剣な考え事をしてしまった。」
「ナギ・・・君・・・」
「なんだいその顔。まるでここに来るのが信じられないって顔だ。」
屋上のドアから一花が現れた。
立場が逆転してるじゃないか。呼び出したのはキミだぞ。
俺が呼び出したみたいになってるじゃないか。
と思ったが・・・三玖も風太郎をラブレター疑惑で呼び出した時は、向こうが後だったな。
こんな所でも五つ子か。
二人の釣り合いは取れていないが、
今日はとりあえず、ここまで来たら俺も覚悟を決める。逃がさんからな。
どちらかが根を上げるまで、星空の下で決闘をしよう。俺は負ける気しないぜ。
「わたしはてっきり・・・茜ちゃんを選ぶと・・・」
「違う。俺が好きなのはキミだ。一花。
前に言ったじゃないか。俺は君に憧れてすらいる、と。」
はっきり伝える。どうやらキミにはまだ現実感が無いらしいから。
夢じゃないよここは。それとも、キミも俺のように夢を見ない女になるかい?
やめておいた方が良いよ。色々と考え方がネガティブになるからね。
「だ、だって。わたしの事、女優だからって。火遊び厳禁って言ったじゃない。」
「確かに言ったね。勘違いしてはいけない。火遊びは厳禁だ。
だが、これは決して遊びじゃない。
屋台で起こしたような、小さいボヤの火じゃない。あれはついてしまった不測の火。
しかし今回は明確な目的があってつけた火。天まで燃え上がるような崇高なる炎。灼熱だ。
・・・・・ごめん。わけわかんない事言ったね。つまり、遊びじゃなくて本気ってこと。」
なに言ってんだろ。俺。バカじゃねぇの。
ちょっと冷静さを欠いてる。一旦落ち着こう。
・・・一花の反応に、ちょっと怒っているんだな。きっと。
確かに火遊び厳禁と言った。
それは、俺が一花の恋に答える気がサラサラなかった時の話。
今は状況が異なる。お互いに本気なら何の問題もない。
私達は付き合ってます と、
世間様に対して大声で叫ぶことが出来るようになったのなら、話は別だ。
「家が知りたきゃ、教えるよ。なんなら、今からついてきたって良い。
・・・ああでも。こういう事は隠していた方が良いか。ファンが減ってしまうからね。」
「・・・ホント、なの?」
「何度でも言おうか?流石にちょっと恥ずかしいけど。
・・・・俺は、キミが好きだ。一花。」
何回言わせるんだい。その天丼、もう飽きてるよ。俺はね。
きっとテレビの前の視聴者も飽きてる。
やり過ぎは良くない。ちゃんと編集でカットしておいてくれ。
君たちは面白いかもしれないけれど、見ている側は大層つまらないものだよ。
身内ネタって言うのはね。
現場の主役の暴走は、裏方で止めなきゃならない。
それが俺の仕事。
「デートして、河川敷で一花の眼をじっと見た、あの時。
あれはほぼ一瞬だった。2,3秒だ。
・・・しかし、たったあれだけでキミを覚えてしまった。
キミの事が好きじゃなかったら・・・・きっとあれだけじゃ覚えられてないよ。」
「・・・・・・・・・・・・」
どうやら、まだ信じられないらしい。
一花くんは疑りぶかいなあ。四葉くんを見習ってよ。五つ子でしょ?
仕方ない。特別だぞ。アカペラは嫌いなんだ。
音楽がない分、自分の声を嫌でも認識してしまうからな。恥ずかしくなる。
『・・・・だが 闇に光が訪れた 君がここに帰ってきてくれたんだ
君が好きだ ・・・・ずっと、傍にいて欲しい』
一番好きなフレーズから大声で歌い始める。
最後は、両手を広げなくちゃならないだろうな。
キミも覚えてるだろ。この曲。カラオケボックスで歌ったあれだよ。
流石に意味を忘れてはないだろう?赤面してたからな。
「この声・・・・・
ふふふ。うらやましいです。
ナギくん。一花をよろしくお願いしますね。」
「これは・・・屋上から?・・・・もー!センパイ!やっぱり金っすか!?
女優ですか!?ちゃんと見ててくださいよ!
全国1位になって将来スポンサーいっぱいつけるんですから!!
後悔しても知りませんからね!!」
『もう手放さない だからここに来たんだ』
一花は・・・泣き始めた。
『何も隠さずに 素顔のままに話をしよう』
倉庫の中の時のあんな涙ではない。
『信じているよ だから僕の事も信じて欲しい』
『願っているよ 君が僕の愛に気づいてくれることを』
若干笑顔が混じった泣き顔。
『待っているよ この思い出の場所で』
『この 両手を広げて』
広げた両手の中に、一花が飛び込んできた。
星空と満月の下で、一思いに抱きしめた。
この日、一花と俺は結ばれた。