人通りのない路地で、彼女を抱きしめていた。
・・・とりあえず、泣きやんでくれた。
「・・・その、ナギ君。ごめんね?・・・嫌だった、よね。」
「いや、違うんだよ。今はちょっとした理由があって。」
「・・・ううん。気を遣わなくていいの。私が勝手に・・・」
「違う!・・・一花、聞いてくれ。」
一花は変な勘違いをしている。
さっきの俺の仕打ちを考えれば仕方のない事だが。
・・・・嫌なわけないだろ?俺はキミの事、好きなんだから。
「一花。言ったはずだ。俺はキミの事が好きだ。
あれは嘘なんかじゃない。誓うよ。」
「・・・ありがと。でも・・・」
「嬉しかったよ。一花の事は大好きだからね。」
「・・・・ふふ。照れるってば。」
直球を投げる。キミに一番効くのはコレだ。
俺も得意球なんだけどね。
さて、どうしよう。あんまり人に見せるもんじゃないけど。
こっちの予想以上にネガティブな気持ちになってしまっているようだ。
仕方ないか。気持ち悪がられないと良いけど。
「俺、今さ・・・・口内炎があって。下唇の歯の部分。
そこが押さえ付けられて、ちょっと痛かったんだ。」
「・・・え?そ、そうだったの?」
「見せたくないけど・・・・見る?」
そう言って自分の下唇をめくる。
はずかしー。白いクレーターみたいになってるんだよな。
「うわー。こんなに酷いの初めて見たかも。四葉のはたまに見るけど……」
「俺いっつも口内炎できるんだよね。ごめんね。
触れた時に、痛みに驚いて突き飛ばしてしまった。」
「・・・ふふふ。良かった。わたしも、ごめんね?」
「よかったよ。誤解が解けたようで。」
ひとあんしん。
時間がかかってしまったな。今日はもうお開きだ。
「駅、送っていくよ。」
「うん。お願いね。」
一花を駅まで送っていき、しばしの別れとなった。
・・・・人影はなかったものの、さっきの光景。見つかっていなければ良いが。
不安だな。
「プレゼントねぇ・・・・」
「そんなに考えなくていいと思うけど。」
「そうかなぁ。自信がない。」
2学期の終業式を終え、冬休みに入っている。
今日は3人でインドカレー屋に来ていた。
同席しているのは二乃と三玖。
口内炎は無事治った。食事のストレスが無いのは助かる。
クリスマスが近いのだ。
プレゼントを何にするべきか相談に乗ってもらっていた。
特に二乃には今まで散々付き合わされたので、借りを返してもらおう。
「何なら喜んでくれるかが、わからないんだよね。」
「アンタのあげるものなら何でも喜ぶと思うわよ。」
「うん。一花ならだいじょうぶ。」
「そうかもしれないけどね。でもちゃんと喜んでくれるものをあげたい。
・・・一花はハードルが高そうでね。女優だから。」
二乃と三玖はそう言ってくれている。
きっと、何を上げても喜んではくれるだろう。そう思ってはいるものの。
折角モノを上げるのだ。ちゃんと喜んでくれるもの、欲しいものをプレゼントしたい。
しかしながら中野一花は大女優。
この前のくだりで女優の先輩やらと大人やらとあちこち行っていると聞いた。
となると、それなりの物では喜んでくれない可能性がある。
色々考えたが、俺もちょっとお手上げだった。そのための相談。
しかし風太郎へのプレゼントは俺が考えたじゃないか。
もうちょっとなんか考えてくれよ。
「はぁ・・・・悩むなぁ。」
「考えすぎよ。もっと楽にしなさい。アンタらしくないわ。」
「うん。自信をもったほうがいい。」
「そう?・・・・でもなあ・・・・うーん・・・・・何なら・・・」
「・・・・・・・・・・」
そんな相談をしながら、3人でチーズナンをつまんだ。
二乃、三玖と別れ帰宅。
勉強がひと段落し、風呂掃除をしている。
結局プレゼントを何にするかは踏ん切りがつかなかった。
どうしようかな。残るは風太郎、四葉くん、五月。
失礼ながらこのメンツではちょっと期待できないと思うが。
・・・前田くんならどうだろう。
情けないが、今は俺よりも一花の事を知っているかもしれない。
ドラマ見たって言ってたもんな。ただなぁ。
男なら自信もって自分で選べやコラァ って言ってきそうな気もする。
ホワイトデーのお返し俺と五月で考えたけど。
風呂掃除を終えてスマホを手に取ると、メールが来ていた。
一花からだ。
『クリスマスプレゼントはナギ君が欲しいな☆』
・・・・・・・・・・・・・
・・・・どっちかが喋ったな?それとも二人か?
俺がプレゼントの相談をしていることを。
参ったね。本人に聞くのは良いんだが、バレない様に聞いてほしかった。
二人が気を遣ってくれたのはありがたい事だが。
これはどうしよう。なんと返そうかな。
うーん・・・・相談したことがばれているなら、素直に聞こう。
『何か欲しいものある?』
お得意のサプライズは使えなくなってしまったな。
いたずら好きの俺には死活問題だ。どうしよう。
もっと自信がなくなってきた。
ん?早いな。メールの返信がもう来てる。
『言った通りだよ クリスマスイブの日は朝から付き合ってね?
その日は撮影お休みなの 一日一緒だよ お泊りの準備もしてね』
・・・らしい。
どう受け取ろうかな。プレゼントなんていらないよ
という一花のお姉さん力がまた爆発している。
プレゼント無しならなしでいいんだ。
でも多分一花は俺にプレゼント渡してくる気がするんだ。
そうなるとちょっとバツが悪い。俺の格好がつかない。
悩むなあ。用意するか、しないか。
残念ながら・・・・そんな不安のおかげでこの日の勉強は手に付かなかった。
12/24。クリスマスイブ。
一花の宿泊先へと向かっている。
折角なので地元を離れてそちらの方で遊ぼうという事になった。
・・・・結局、あのメールを真に受けた。
プレゼントの用意はしていない。体一つと泊りの道具だけもって新幹線に乗っている。
・・・良かったんだろうか。不安でしょうがない。
新幹線の席でじっとしているというのに全く落ち着かない。
はぁ・・・・・
「・・・・・・・」
「ナギ君?大丈夫?」
「・・・うん?なんだい?」
「えっとね・・・この問題なんだけど。」
「ああ、ここね。失礼。ボーっとしてたよ。」
一花の宿泊先に着いて、まずは勉強を教えていた。
ちゃんと卒業はしないといけないので、最低限を教えている。
ただ、例の不安で俺の心はここにあらず。
・・・・・どうしよ。プレゼント出されたら。そればかり気になる。
そして気になることがさらに一つ。
「そう言えばなんだけど・・・・この宿泊先はどういう事なんだい?」
「えっとね。今日の為に取ったんだよ?クリスマスだから。」
いつものビジネスホテルではなく、ウィークリーマンションのようなホテル。部屋のサイズは1LDK。
・・・つまり、この部屋は一花の仕事の宿泊先ではない。
恐らく一花が自分でとった部屋。
ということは、費用は会社ではなく一花から出ているという事だ。
いくら女優や俳優と言えど、こんなにいい部屋を会社の金では泊まらせてくれないだろう。
テレビ局や芸能プロダクションの内部事情までは分からないが。
俺の為に取ってくれたのはありがたい・・・・が。
こちらとしてはあまり負担をかけたくない。一花の金だって無限じゃないんだ。
素直に喜べない自分がいる。
「ありがたいけど、そんなに無理をしなくても。」
「いーの。わたしが泊まりたかったんだから。気にしないで?」
そうは言っても…………俺からキミには何も返せない。
これがもうプレゼントのようなものだ。
何かしてやりたいんだが。思いつかなかった。・・・・情けない。
とりあえず今は、このままちゃんと勉強を教えることにする。
「はい、どうぞ。」
「おや。ありがとう。」
家庭教師はひと段落。今は休憩中だ。
一花がコーヒーを淹れてくれた。
俺も英語勉強用の単語帳を持ってきている。
ペラペラっとめくって自分の勉強をしよう。
英語が完璧になったら、他の言語もやりたいからな。
「・・・あれ、この単語・・・・・・」
「・・・・ナギ君。」
「ん?なんだい。」
「もしかして・・・受験勉強、大変だったりするの?」
「いや?大したことはないよ。東京ではあるけど、
大学のレベルはそんなに高くない。」
単語帳を持っていたせいかそんな会話をされた。
これはまあ、将来の為の英語の勉強。
・・・正直、受験よりも大事だな。
「それ・・・ホント?」
「うん。これはあれだね。趣味みたいなもんだ。
心配しなくていいよ。」
「・・・・そお?」
「そうなの。」
「・・・・・・・・・・」
うん?なんか一花の様子がおかしいな。
俺の顔をじっと見ている気がするが。
折角高い金を出して取ったんだ。
気にしないでくつろいでくれて良いのに。
「・・・・ナギ君。お口、もう治った?」
「口?・・・ああ。あの時はごめんね。もう大丈夫だよ。」
「見せてくれる?」
「え?・・・・はい。」
あの時と同じように唇の裏側を見せる。
治ったとはいえ、ちょっと恥ずかしい。でも、一花なりに気にしているんだな。
申し訳ない事をしてしまった。
「じゃあ、さ・・・・目、閉じててくれる?」
「え?目を?・・・わかったよ。」
言われた通りに目を瞑る。
・・・・緊張するな。
まさか、急にそんな事を言われるなんて。
まあ、今は二人きりだし・・・・何の問題もない。俺の心の準備だけか。
フー
「☆?▲★?×++!?!」
「あはははは!凄い声だね?」
クッソ。やられた。
例の奴だ。一花の得意技。耳に息。
完全に油断した。今俺はなんて喋ったんだ?誰か解読してくれ。
なんという計略。悔しすぎる。完敗だ。
キスされると思ってしまった。口内の確認なんてするから勘違いしてしまった。
恥ずかしすぎる。三玖さんぼくも自意識過剰くんでした。
「・・・・・びっくりしたよ。見事にやられてしまった。」
「ふふふ。いつものナギ君だったら、
こんなことにはなってないと思うよ?」
「え?いつもの俺?」
「三玖から相談されたの。最近、ナギ君の様子がおかしいって。」
三玖が?
という事はプレゼントの件も三玖か。
「なんて言ってたの?俺はそんなつもりは・・・」
「やたら考え込んでるって。必死で余裕がないって言ってたの。
近頃は教室で面白い事も言わなくなったし、笑わなくなったし、ため息ばっかりって。
・・・・・わたしも、そう思っちゃった。」
「え?」
余裕がない?・・・・確かに。
一花に告白してからは考えてばかりだったかもしれない。
今後の方針や計画。その場のリスク。プレゼントだってそうだ。
しかしそれは大事な事であって・・・
いや。心配をかけてしまったんだ。とりあえず謝っておこう。
「・・・・ごめんね。そう「ダメ。謝らないで。」
「・・・一花?」
言葉を続けさせてくれなかった。
・・・様子が、いつもと違う。
「・・・・・わたし、あなたの彼女なんだよ?
・・・もっと、頼ってよ・・・・一人で抱え込んじゃダメ。
ナギ君、言ってくれたでしょ?遠慮しなくていいって・・・・・」
「・・・言った、ね。あの時は。」
一花は・・・・涙目だった。
いつだったか忘れたが・・・
そんな発言を昔にしたのは覚えてる。
・・・・遠慮、してしまったな。
友達よりも恋人になってからの方が、一花に対して気を遣っている。
普通は逆・・・かも、しれない。
気を遣う、思いやるというのは別に悪い事じゃない。
しかしそれは・・・・案外、疲れる。
そんな些細な思いやりも、チリも積もれば結構な負担となる。
そんな自然体でいられなくなるような関係を・・・彼女は望んでいなかった。
「今のナギ君は、見ててちょっと、辛いよ。
この間も・・・私の足を引っ張りたくないからって・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・引っ張って、いいの。わたしもいつか、あなたの足を引っ張るから。
・・・だから、ナギ君はナギ君らしくして欲しい。
わたしが、好きに、なったのは・・・・・」
「・・・・一花。」
言葉を止める。
それ以上言わせてはいけない。恋人として。
「・・・・じゃあ、お願いがある。
正真正銘、俺もキミに遠慮はしないよ。」
「うん・・・・それでいいの。」
「なら、そこに立ってくれるかい。
ちょっと・・・キミに触れさせてもらおう。
今の俺は、安らぎを、求めてる。キミが必要だ。」
「・・・うん。」
一花を椅子から立たせ、正面から向き合う。
あの時のように、両手を広げる。
「失礼。ちょっと・・・強くするよ。」
「・・・いいよ、来て。」
また、一花の体を抱きしめる。
もう、遠慮はしない。今までよりも強く。
思い切り。深く、体を密着させる。
・・・顔が近い。一花の髪に、顔をうずめる。
そう、この花の香り・・・
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
何も言わない。言葉はいらなかった。
好きなだけ時間を使わせてもらう。どうせ今日は・・・1日オフなんだ。
今日は俺の心ゆくまで・・・・・付き合ってもらおう。
・・・とりあえずは、満足した。
・・・・キミに、プレゼントをしなくちゃならないな。
「・・・・・一花。」
「・・・・ナギ、君・・・・」
「・・・ありがとう。これは、俺からのお返しだよ。
目を、瞑ってくれるかい。・・・俺の愛を受け取って欲しい。」
「・・・・うん・・・」
顔をうずめたまま、恋人の名前を呼ぶ。
向こうも・・・・・応えてくれるようだ。
髪にうずめていた顔を、ゆっくりと動かす。
悪いね。今の俺からは、キミに、これくらいしかやれないんだ・・・・・
・・・・・よし。
この至近距離、外さないぜ。
フー
「わひゃあぁぁ!!??」
「うーし。作戦成功。」
何をそんなに驚くことがある。良く知っているだろうに。
キミの十八番だろ?この技は。
愛の抱擁を十分堪能したので女優さんにちょっかいを出させてもらった。
うずめていた顏を少し戻して耳に突風をお見舞いした。
伝家の宝刀、耳に吐息。どーよこの戦術。効果抜群でしょ。会心の一撃。
まさに致命傷、まさにクリティカルヒット。これぞ必殺の一本背負い。
今回は俺の勝ちだね。サプラーイズ。
これだからいたずらはやめられない。この瞬間、たまんねぇぜ。
キスされると思った?残念でしたー。いたずらっ子なのはキミだけじゃない。
俺もなんだぜ。忘れてもらっちゃ困る。
因果応報。夏休みに言ったじゃないか。人にやったことは自分にも帰ってくるのです。
「い、いきなり何するのぉ!?」
「え?言ったじゃん。お返しって。さっきキミも俺にしたじゃないか。」
純情な男心を弄んだバツだよ?一花おねーさーん。
俺は悲しいよ。だって本当にキスされると思ったんだぜ?さっき。
良い演出にすっかり騙されちまった。これくらいの報いは受けてもらおう。
じゃなきゃ、平凡な俺と大女優の釣り合いが取れないってもんよ。
ナギっちやったねー これで対等だねー 俺の心の中の屋代さんはそう言っている。
「……も、もう!びっくりした!!」
「だろうね。びっくりさせるためにやったんだもん。そらそーだよ。
一花さん100点満点です。ナイスドッキリ。ナイスリアクション。
視聴者もテレビの前で釘付けだぁ。」
「う、うるさぁい!!!心配して損したぁ!!!!」
「そんな怒る?」
抱きしめられながら一花がそんなことを言ってきた。
あら。結構怒ってる。ごめんなさいね。
予想以上に楽しんで頂けたようだ。
思わず俺も楽しくなってきちゃった。今日ホンマ調子ええわ。
「・・・・ふふふ・・・あははははは!!」
「まったく、もう・・・・・・・・ふふふ。久しぶりに聞いちゃった。その笑い方。」
「高笑い、直した方が良いかなぁ?」
「ううん。わたしの前なら別にいいよ?」
「じゃあ良いか。」
との事だそうです。
こんな情けない俺ですが、今ではこうして理解ある彼女さんが出来ました。