日が変わり、平日の授業中。
勉強は手に付かなかった。
俺はああいう事をかなり引きずるタチだ。素早い切り替えが出来ない。
自分の力に失望した時、時々一人ぼっちになりたくなる。
ベランダに逃げたのもそれ。
こういうのを鬱というのだろうか。
それともこの程度を鬱とよぶのは鬱病の人に失礼だろうか。
大丈夫。また復活できる。態勢を整えろ。急がなくていい。
こういう時、俺は気分転換や現実逃避などをしない。夢など見ない。
気分が良くなかろうとただひたすらに問題と現実に向き合う。時間をかけて。
気分転換などしていられない。そんな気持ちになれない。
いつかはこれを解決しなければならない なら、早い方が良い。
だから、今すぐやってしまおう。そう考えてしまう。
面倒なことはあとに残さないという性格。それが反映されてしまう。
「ナギっち今日口数すくなかったねー。何かあった?」
「屋代さん。いや、何もないんだ。」
一花は今日欠席。仕事かな。助かった。
今は五つ子の誰とも会いたくない。少しは復活したが。
まだ原因要素を直視できない。
「有坂、大丈夫か?なんだか見てて不安になるぜ。」
「前田くん・・・・
ふふ、ありがとう。大丈夫さ。」
つい最近友達になったキミにまで心配されるとは。
そんなにわかりやすかったかい。ちょっと元気出た。
放課後。
陸上部に来ていた。茜にお土産を渡すためだ。
茜は……練習中だな。遠くで走る準備をしている。
サボってはいないようだ。
茜はいたんだが・・・・・
……聞いていないぞ。
「有坂さん!陸上部に来たんですか?」
「・・・・・四葉くん。どうしてここにいるんだい。」
四葉くんがいた。
まあ・・・・キミは、一番マシかな。大丈夫。
一番会いたくないのは二乃。
また昨日、傷つけてしまった。向こうは気にしてないかもしれない。
だが、俺が気にしている。それが問題。
次点は来週行くと言ってしまった五月。
来週行くにはまだ……時間が欲しい。
「有坂くん。」
「江場さん。どうして四葉くんがここに?」
「彼女は助っ人だよ。駅伝に参加してもらおうと思って。」
「駅伝に・・・・?」
四葉くんそんなに足早いのか。
主要メンバーどーなってんのよ陸上部。
「四葉くん?今日の勉強は?風太郎がやってるんだろう?」
「あはは・・・・ごめんなさい。上杉さんには秘密に……」
・・・・・ダメだな。期末テスト。無理だ。この調子だと。
厳しい。よりにもよって一番点数の良くない四葉くんだぞ。
君が一番勉強しないといけないのに。
「江場さん・・・・助っ人なら他を当たってほしいんですが。」
「どうして有坂くんがそんなことを言うの?」
「知らないんですか。四葉くんの現状。」
「現状って?」
「成績の事です。」
「成績?何か問題があるの?」
この人・・・・知らずに誘ったのか?
仕方ない。
「四葉くんは赤点常習者なので。期末テストが赤点だと進級できない可能性があるんですよ。」
「期末テスト?まだ十分時間があるでしょ?」
「いえ、足りません。現に中間試験にも時間をかけました。ですが、ダメでした。」
「・・・・なら、今からやってもダメなんじゃない?」
確かに。まあ一理あるが。
折れてはいけない。どうにかして反論する。もういい。俺が悪者になっても。
「ダメかもしれませんが、
中間試験で知識の土台は出来ています。十分可能性はあります。」
「そうかもしれないけれど、こっちも必死でね。
受かるかどうかわからないテストより、駅伝を手伝ってほしいな。」
「受かるかどうかわからない?・・・・そうですね。
でも違います。受からないといけないんですよ?
テストと部活は別です。今のままでは留年の可能性がある。」
「3学期末試験で合格すれば良いじゃない。駅伝は12月だ。今回の期末試験を諦めて・・・」
「そんなもんに頼らないために今回の期末を頑張るんでしょう?
彼女の試験は中間を含めて3つ。彼女は既に1つ落としている。
あと2つしかない。自分の所属でもない部活のために、
その1つをやる前から捨てろと言うんですか?・・・・・馬鹿げてる。
もし、最後の1つも落としてしまったら。そういうことを考えないんですか?
江場さん。あなたは多少勉強が出来るらしい。だから、そう考えてしまうんです。
・・・・俺もそこそこ勉強は出来ます。
・・・・・けど、四葉くんは違うんです。
彼女は人よりも沢山勉強しなければ・・・・人並みにはなれません。
勉強で苦労したことのない人に・・・勉強が苦手な人の気持ちはわからない。」
人が集まってきた。囲まれている。
「あ、有坂さん!落ち着いてください!」
「俺はとても落ち着いているよ。ごめんね。人前でキミの成績を引き合いに出してしまって。
だが・・・・・・・キミの方が落ち着いた方が良い。冷静になれ。
今キミのやっていることは正真正銘バカのやることだ。お人よしが過ぎる。」
「え・・・・?」
「人を助けることによって自分が破滅してどうする。
自分の命を差し出すから、その人を助けてほしい。
・・・・そう言っているようなものだ。
・・・・そんなことをされて、助けられた側はどう思えばいい?
自分のせいで別の人が、死ぬ。俺だったらそう思う。
一時的に助けられるが、その後良い気分にはなれない。
今回は・・・・例えそうであっても、助けてほしいようだが。」
「で、でも!駅伝と勉強の両立は出来ないことじゃないです!」
「・・・・無理だ!・・・確かに、不可能ではない。しかし、それは理論上の話だ。
・・・・俺はキミのように夢なんか見ない。
・・・あのテストを忘れたのか?
現状があれでは今から駅伝をやめても遅いくらいだ!先生が悪かったせいでな!
努力は才能を超えるとでも思っているのか?
・・・・・ふざけるな!そんな保証がどこにある!
届かない星を見上げ手を伸ばすくらいなら・・・・いい加減、前を向いて地上を歩け!」
「セ、センパイ!どうしたんですか!」
「茜か。悪いな、邪魔をして。当分・・・・恐らく二度と、陸上部には来れない。」
「え、えぇー!そんなぁー!」
柄にもなく大声をだしてしまったからか、雰囲気を察した茜も来た。
周りの視線。
今ので結構な敵意を受けた。はっきりとわかる。
歓迎されていない。しばらく、下手すれば二度と顔を出せない。
「凪センパイが来ないなら・・・・自分もここには来ません。」
「え?」「・・・・何だって?」
は?
どうしてそうなる?
「江場部長!お疲れ様でした!もう来ません!」
「あ、ああ、お疲れ・・・・・・・・・・・いや、茜くん!」
「凪センパイ!教室に行きましょう!勉強教えてください!
試験近いんですよー!」
「え?いや、おま、ちょっと待て!
引きずるな!!まだ話がついてない!!!」
「とりあえず・・・これお土産な。」
「わー!ありがとうございます!」
結局引きずられてしまい、1年の教室で茜に勉強を教えていた。
グラウンドを見たら四葉くんは陸上部には居なかった。とりあえず今日の所は帰ったらしい。
しかし、あの子の事だ。明日からどうかな。
他の人の前で成績が良くないという話はあまりしたくなかったが、仕方ない。
また彼女も傷つけてしまったかもしれない。
だが・・・・大丈夫。あの子ならきっと許してくれるだろう。しかし、それだけでは意味がない。
駅伝なんてやってる暇はない。しばらく家庭教師をやって、
キミの成績を上げられなかったんだ。
俺を犠牲に勉強に集中させるくらいの役割はしたかった。
罪悪感を感じる。中々酷いことも言ってしまったし。
「茜・・・・どうするんだよ。」
「はい?」
「いや陸上よ。あんなこと言って。」
「あれは私の本心っす。凪センパイが来ないなら意味ないです。」
「なんで?」
「自分は中学校の時にセンパイが陸上やってたのを見て、陸上始めました。」
「うん。どっかで聞いた。」
「センパイ見てて、楽しそうに走るなーと思いました。
だから自分も、やりたくなったっす。」
「うん。」
「センパイみたいになりたかったっす。」
「うん。」
「だから、センパイがいないなら意味がないです。」
「なんで?」
そこがわからねぇ。
飛躍してるだろ。
「とにかく。陸上やらんのはダメだ。勿体ない。
俺とは比較にならない才能と実力がある。今投げ出してどうする。
推薦で大学に行けるレベルだぞ。」
「じゃあ、センパイはなんで陸上やめたっすか?」
「俺は・・・・バイトだ。」
「そこが聞きたいんです。詳しい内容が。バイトやりながらでも陸上は出来るっす。」
「うちは・・・・両親が共働きでな。どっちも夜遅く帰る。
21時を過ぎるのがしょっちゅうだ。
別に金がないわけじゃない。むしろ余裕がある。
だが・・・・一人っ子のせいか。将来おまえに苦労をかけたくないというのが、
両親の口癖。だから二人とも遅くまで頑張って、稼いでいる。
そんな両親を見て、俺も自分に金をかけたくないと思った。だから陸上やめてバイトを始めた。
父さんと母さんの晩飯を作ったりしないといけないって理由もある。」
「そうだったんですか・・・」
「俺がそういう理由でバイトを始めたのは二人とも知らない。
会うことは無いだろうが、黙っといてくれ。」
「・・・・・・・・・・わかりました。」
他にもあるが、これが陸上を辞めた主な理由。両親を見て、
いてもたってもいられなくなった。
きっと父さんも母さんも、俺にやりたいことをやれと言うだろう。
だが、それを真に受けるほど、既に俺は純粋ではなかった。
小学校のあのトラウマから、人を傷つけまいと気を遣い続け、
俺の心はすっかり老けてしまった。
これは・・・きっとすれ違い。
父と母は子のためと言い、仕事を頑張る。
子は父と母のために、バイトと家事を頑張る。
互いが支えあってはいるが、両者の本当にやりたいことが出来ていない。
だが、今の俺にやりたいことはないし。別に良かった。
父さんと母さんはもっと休んでほしい。休日は時々いるが。
両方いる時はほぼない。
「で?どうするんだ。あんな口論をした。俺はもう行けない。」
「センパイがいないならやめるしかないです。」
「そんなあっさり・・・・・ん? 俺が居れば、陸上やるのか?」
「やりますよ?」
「じゃあ自主練は?」
「センパイが来てくれるんですか?」
「来たら?」
「やります!」
「じゃあ、それで。」
理屈がわからないが、そういう事らしい。
仕方ない。付き合う。
「いつ来てくれますか?」
「やりたいときは、メールで呼び出せ。行ければ行く。ついでに勉強も見る。
ちなみに今週末はもう埋まってる。」
「やったー!じゃあ明日の放課後からお願いします!」
「えぇ・・・・・」
そんな感じで、平日は五つ子を見ることなく、茜に付き合っていた。