「よーす茜。」
「凪センパイ!お疲れ様です。」
「どうだ、タイムは。」
「安定して11秒台は出るようになったっす。ただ。11秒90を切ってません。」
「良いじゃないか。少しずつ進んでる。よーしじゃあ今日も柔軟から始めましょうねぇ。」
「えーー・・・・」
「おら。寝っ転がれ。マットしくから。」
春休みも終わりに近づいている。
久しぶりに陸上部に顔を出していた。江場部長はもういない。卒業していった。
あの人の事だ。場所を変えて、どこかで何かに熱中しているだろう。
茜は順調のようだ。次は2年。まだまだ時間はある。
こいつなら、頂点を目指せると思うんだが。
スタートだけホント頼む。いつも0.2~0.3秒くらいロスしてると思う。
勿体なさすぎる。
「センパイももうすぐ3年生ですね。」
「そうだな。最後の1年だ。お前、俺が卒業したら辞めるなよ?」
「・・・・・」
「茜くぅん?」
「冗談っす!」
「お前のそれは笑えねぇ。」
「ナギ、遅いわよ。」
「あれま、ごめんなさい。」
陸上部の確認を午前に終えて、二乃とランチを食べに来ていた。
二乃が風太郎が好きだと告白したあの日。当然俺も覚えている。
今日はやけ食いしたい気分らしい。
どうして俺なのか。風太郎と行けばいいのに。
でもあいつは金がないか。ちょっとくらいなら俺が出してやるんだけど。
「じゃあこの間言ってたステーキね。」
「はいはい。ご馳走しますよ。」
そう言って知っている店に連れてきた。
高いんだぞここ。
「ここは?何が良いのよ。」
「御覧の通り。」
メニュー表を見せる。
「Tボーンステーキ?」
「そう。骨付きだ。・・・イタリアスタイルだね。」
正式名称はビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ。
フィレンツェ地方の郷土料理らしい。
どでかい大きさのステーキをがっつりと焼き、
厚みを利用してあらゆる方向から熱を中に閉じ込める。
厚みによりどの面からでもステーキを真っ直ぐ立てることが出来るのが強みだ。
フィレンツェってどこ?絶対オシャレな街だと思うけど。
「あとで写真に撮ってSNSに上げるのには向かないが。
骨がついていることにこだわらなければ、この店は少ない量から注文できる。」
「へぇー。良心的なのね。じゃあ、これにするわ。」
「ご注文をお伺いします。」
「これの150を2つ「250!」・・・・・150が一つと250が一つで。」
「かしこまりました」
マジかよ。そんな食うのこの人。
「アンタも見てたでしょ!何よあの態度!ありえないわ!」
「いやーまあしょうがない所もあるんだよ。直近に五月の偽物事件があったからなぁ。」
「でもさぁ!あたしがあんなに勇気出して頑張ったのよ!?ヒドくない!?」
「顔真っ赤だったもんね。知ってる知ってる。少し声抑えましょうね。」
なんで風太郎じゃなくて俺を誘ったんだと思ったら、グチ聞き係として目を付けられていた。
あの混浴温泉での話である。
参ったな。これから結構な頻度でお呼ばれしそうだ。
あとちょっと静かにしてください。ちゃんとしたレストランなんですここ。
姉妹の中には風太郎を好きな子もいるので、
風太郎の事はあまり愚痴をこぼせないんだろう。だから俺。
「今日はバイトの面接だったんでしょ。どうだったのさ。」
「勿論合格よ。これでフー君と一緒に居られるわ!」
「ようござんした。」
俺は旅館の一件もあり知ってるので、向こうも隠す気はさらさらないらしい。
フー君だって。この場合だと俺の事はナー君になるのかな。
2文字なら略さなくていいと思うけど。
「ただ・・・・三玖は落ちたのに、
ちっとも悔しそうな顔してなかったの。意外だったわ。」
「三玖も受けてたのか。そっちは別の場所に行ったの?」
「向かいのパン屋に目を付けたみたいよ。」
「ああ、あそこか・・・・」
ケーキ屋の店長はたびたび糞パン屋と呼んでいる。
一体何の恨みがあるのか。
ケーキとパンならそこまで競合しないと思うのだが。
「風太郎が好きなんでしょ?姉妹たちに宣戦布告したの?」
「三玖にはしたわよ。」
「三玖か。最近は随分積極的だったから。」
結局チョコレートのくだりはどうなったのか。いまだにわからない。
ちなみに俺は当日にエンカウントしなかったため茜からも貰えていない。
貰ったやつ全員滅べ。
「だから、ナギ。あんたもあたしに協力しなさい。
あたしもあんたに協力してあげる。」
「有坂くんは中立なので誰かに肩入れはしません。
ただ、聞かれたら嘘偽りなく答えよう。
キミ以外にも同じ質問をされたら同じように答えるというだけ。」
「それでいいわ。アンタはそう言うと思ってたからそれ以上は期待してない。」
「あいよ。何でも聞いてくんな。」
「フー君ってどういう子が好きなのよ?」
「・・・・・超がつく難問だね。それは。俺も知りたい。」
らいはちゃんになれなんて言えないしなぁ・・・・
「たまにはがっつりも良いわね。良い気分転換だったわ。ありがと。」
「あいよ。・・・フー君には向かないよ。この店。高いから。」
「そうね。ま、覚えておくわ。今すぐ来ないといけないわけじゃないもの。」
「そだね。」
「じゃあね、ナギ。また何かあったら呼ぶわ。」
「あいよ。」
二乃と別れた。
風太郎と俺は一番距離が近いという事もあり、二乃が風太郎に告白してからはかなり友好的だ。
姉妹に喋れないとなるとグチ聞いてくれるのが俺くらいしかいないからな。
女友達のポジションなんだろう。フー君だってさ。ああ妬ましい。
・・・よく考えたら金を出してのろけ話を聞かされただけじゃないか。今の俺。まあいいか。
まさか二乃がこんなことになるとはなぁ。
?
そういえば、宣戦布告を三玖にしかしていないのか。
一花にはしていないと。一花の恋心には気づいていないという事か。
なら、俺も喋らない方が良いかもしれないな。
さて、150しか食ってないとはいえ、ちょっと重い。
その辺を歩いて腹を「ナギ君!」
「にゃい!?・・・・一花か。びっくりした。」
「あはは。変な声出たね。大丈夫?」
後ろから一花に話しかけられた。
ホントに意識の外から話しかけられるとおかしな声が出る。
やめてほしい。
「こんなところで何してたの?」
「二乃とランチ食べてましたよー。そこ。」
親指でレストランを指さす。
「へ~。高そうだね?」
「うん。高い。気軽に行ける店じゃないね。キミを連れて行くのはまた今度だ。」
「ふふ。楽しみにしちゃおっかなー?」
「仕事帰りかい?」
「うん。一緒に帰らない?」
「いいよ。送っていこう。」
河川敷を歩き、中野アパートへ向かっていた。
「二乃は、風太郎と同じケーキ屋のバイトだそうだよ。」
「へぇー。募集してたんだ。」
「うん。フー君と一緒に居られる~ だってさ。恋ってのは恐ろしい……もんだ。」
あ、まずい。喋ってしまった。
「二乃は変わっちゃったね。まるで暴走機関車みたい。」
「三玖は向かいのパン屋って言ってたね。様子が心配だから、たまに見に行こうかな。」
「パン屋・・・・だ、大丈夫かな?」
「だからこそ見に行くんだよ・・・・」
「四葉はね。清掃のバイトを始めたみたい。」
「四葉くんが・・・・ああ、慣れてるからね。」
「もー!そういう事言わないで!」
「そういうならちゃんと掃除しなさい。このまま見に行こうか?」
「うーん・・・・・ま、まあ、良いけど・・・・」
「よし、一花の部屋に有坂チェックを入れます。決定。」
「五月は何するんだろう。」
「まだ決めてないみたい。でも、悩んでた。」
「最初は・・・・家庭教師って言ってたな。ちょっとあの成績じゃ無理だな。」
「あはは。ナギ君って、時々酷いよね。」
「俺はいつも現実とにらめっこしているからね。・・・・さあ、ついたよ。」
アパートに到着。中に誰かしらはいるようだ。
「む~。恥ずかしいなぁ・・・・」
「ちわー。掃除しに来ましたー。」
「ナギくん。こんにちは。」
「おや五月。お疲れ様。ちょっと一花の部屋掃除させてもらいますねー。」
「そうですか。わたしも手伝いますね。」
「い、いいってばぁ!せめてナギ君一人にしてぇ!」
「だそうです。また別の日に俺の代わりにやってあげて。」
「ふふ。わかりました。」
「ダメだよー、一花おねーさん。四葉くんはいつまでもいないんだからねー。」
「いやー。随分やってますねこれ。」
「うぅ・・・・」
「大体服が散らかってますが。また下着とかあったりするんじゃないの?」
「・・・・見ちゃダメ。」
「・・・・無茶ダメ。容赦しません。粛清します。」
「ダ、ダメ!この辺は私がやるから!そっち側をお願い!」
「よし、それで勘弁してあげよう。自分でやるのは良い事だ。」
いつしかの三玖の計略により、
こんな感じで一花の部屋を掃除することもあった。
下着なんか見てもな。俺は別に。そんな嗜好はない。
・・・そう言えばさっきの会話。自然過ぎて気が付かなかったが・・・
少なくとも一花は二乃の恋愛感情に気づいている。
逆はないという事か。
二乃の姉御はおねーさんの演技にすっかり騙されているらしいな。優秀な女優だ。
ニ乃の恋愛感情については此方から口を滑らせて喋ってしまったからな。良かった。
また翌日。
今度は五月に付き合っていた。
なんかご馳走してくれるらしい。ただ・・・・
「五月?」
「な、なんですか。ナギくん。」
「その恰好は何だい?」
五月はサングラスとマスクをしていた。
俺も依頼されたので自前の帽子をかぶっている。
「今日は・・・・レビューの日なんです。」
「レビュー・・・・」
前田くんのケーキを選んだ時に少し話をしたが、
五月はネット界隈で結構発言力のあるライターらしい。
主に、お菓子やスイーツのレビューと言う点で。
もうそれをバイト代わりにしたらいいんじゃないか?
でも店から金貰ったら癒着になるか。五月はそう言うのに拒否反応ありそうだ。
「公平なレビューをするために正体を隠さないといけません。」
「俺がついてきても良かったのかなこれ。」
「大丈夫です。同伴ひとりまでなら了承を受けてます。」
「じゃあゴチになります。」
「ふふ。一緒にレビューしてくださいね。」
「お待たせしました。」
五月とテーブルに座り、指定されたスイーツが運ばれる。
オレンジ色のケーキだ。・・・いや、違うか。
「・・・これ、確か正式名称があるよね。」
「これは、オペラです。」
そう。この四角いケーキ。とてもきれいなガトーショコラ。
オペラと呼ばれるものだ。形状がまず綺麗。
きっちりとした長方形に複数の層からなる様々な生地。
一番上はチョコレートでコーティングされている。
「「いただきます」」
オペラをすくって、口の中に入れる。
この色、この控えめな甘さ。
「・・・・みかん。」
「そうですね。どうですか?」
「あんまり詳しいことは言えないけど・・・・おいしいね。
ただ、甘さが控えめすぎる気がする。みずみずしい甘さが欲しい。
みかんの果汁のように。一部に上からみかんソースでも掛けたら面白そうだけど。」
「ふむふむ。」
「ただ。やっぱりおいしい。味が控えめだからこそ、スプーンが止まらないよね。
だけど・・・・ケーキは小さくて、量は少ないから。
もう少しインパクトがある方が満足感はあるんじゃないかな。」
「なるほど。参考になりました。」
「甘いもの好きだからね。ありがとう。」
「いえ。一緒に食べることが出来て私もうれしいです。」
「もしもーし。有坂です。お疲れ様です。」
「ええ。お嬢様方は変わらず元気ですよ。江端さん。そういえば、まだあの格好なんですか?」
「……そうそう、彼女たちはバイトを始めたんですよ。」
そんな日常を繰り返しながら、日は過ぎていった。
春休みが終わり、4月1日。
高校生活、最後の1年。3年生が始まる。