1曲、歌い終えた。
パチパチと、一花から拍手を受ける。
「・・・やっぱり英語、得意なんだね。すごいな。」
「うん。聞いてるとなんとなーく喋り方がわかってくる。」
「そう?わたしはわからなかったなぁ・・・・」
「あらら」
誰もがそういう訳ではないらしい。
始めてみる単語だが、きっとこう読むんだろう。
それがある程度わかるようになる。たまに間違っている時もあるが。
「ねえ。もっと聞かせて。ナギくんの歌、もっと聞きたいな。」
「え?あ、そう?」
俺としては一花の歌も聞きたいが、ねだられたのでアンコールに応じる。
そう言ってくれるのは嬉しい。エンジンを全開にする。
さっきのはしっとりとした曲だったが、次の曲は声量と高い声が必要。
喉を潰す勢いで歌う。
「じゃあ・・・次はこれかな。」
「うん。楽しみ。」
歌詞と和訳を準備して、一花に見せる。
これで少しでも英語の理解に繋がれば儲けものだ。
次のアーティストは、米国のロックバンド。
古い曲だ。しかし、とてつもなく有名。きっと一花も聞いたことがあるだろう。
知っている歌の方が興味を持ってくれるはずだ。
♬~~~~
『とある町の少女は 光の見えない現状を壊すため
栄光へ向かう 大きな豪華客船に忍び込んだ』
テレビの画面には、歌詞、そして音程を表すラインが表示されている。
音程のラインは・・・・外れている。しかし、これで良い。
このバンド、ライブの時はこの音程で歌っていた。
俺はこの歌い方が好きだ。だからこう歌う。音程が原曲と合っているか合っていないか?
そんなものは今、問題じゃない。言ったはずだ。キレイに歌う時間は終わり。
ただただ、その時の自分が歌いたいように歌いきる。
アーティストになるというのはきっとそういう事。
正しさだけが全てではない。それだけではきっと、人を惹きつけられない。
『嗚呼、これは終わることのない映画なんだ!
そしてこれは、ずっと、これまでも、これからも続いていく・・・・』
2番のサビを歌い終えて、ここからがクライマックス。
とても高い声を求められる。喉はギリギリだ。
何とか持ってほしい。高い声を出すには、声量も必要だ。
大きな声を、マイクに響かせる。
・・・・マイクの音量を事前に下げておくべきだったかな。
~~~~~♬
また1つ、歌い切った。
上出来だろう。点数は82と微妙だが、さっき音程を外したのでこんなもんだ。
「・・・迫力のある声。ほれぼれしちゃうなー?」
「ありがとう。気に入ったら是非元の曲も聞いてほしいね。
綺麗で、透き通って、迫力のある男性の声だから。俺じゃ逆立ちしても永遠に敵わないよ。」
「ちょっと限界が近いなぁ。次で最後かな。」
「え~残念。ナギ君、ホントに本物の歌手みたいに歌うんだもん。
次、動画撮ってもいい?」
「撮っても良いけど他人に見せたら死ねます」
前科があるからなこの人。花火大会のくだりである。
別に今は良いんです。俺も気分が乗ってるから。
問題は熱が冷めて冷静になってこれを見返すときなんです。
ホント恥ずかしさで死ねる。部屋から出てこれないよ俺。
「じゃあ、最後の1曲、おねがい。」
「はーい」
途中からは俺しか歌ってない。別に良いけど。
キミの歌も、もっと聞きたかったな。
同じバンドにする。候補は2つあるけどどっちにしようかな。
バラードの方でいいか。こっちの方が声が低くて済む。
「あ、歌詞おねがいしてもいい?」
「おっと、・・・・・・・はい、どうぞ。」
また、歌詞と和訳を見せる。
忘れるところだった。このやり方、一花も気に入ったらしい。
♬~~~~~
『ここは暗闇、暗黒・・・・ 人影、君の姿を見つけた。
希望を感じながら スッと 君の隣へ寄りそう』
元はロックバンドのはずなんだが、このバラードもかなり人気が高い。
歌詞の内容も直球。わかりやすくて好きだ。
1番を終えたところで水分補給。カラカラだ。飲み物もなくなった。
『君と離れ離れになって 今はひとりぼっち
心にポッカリと穴が開いたのを感じる』
『果たして君はどこにいるのか 今何をしているのか
ふと 抱きしめたくなって 過去へと思いを馳せる』
2番のサビ前。この曲、ここが一番好きだ。
喉の限界が近いが、特に力を入れる。
『だが 闇に光が訪れた 君がここに帰ってきてくれたんだ
君が好きだ ・・・・ずっと、傍にいて欲しい』
さあ、最後。2番のサビを歌いきれ。
この曲で最後だ。力を振り絞って。
~~~~~♬
歌い切った。88点。今回は別にアレンジ入れてないのに。
どうやったら90点後半が出せるのか教えてほしい。
ビブラート?そんなものはくだらん。好きにやらせろ。
だったら点数に文句を言うなと言う話なんだが。
「・・・・・・・・・・・・・」
歌い切ったんだが、一花は何もしゃべらなかった。
熱唱しすぎて流石に引いたか?バラードだもんねこれ。
「ちょっと飲み物取ってきまーす」
「う、うん・・・・いって・・・らっしゃい。」
部屋から出て、廊下のディスペンサーから烏龍茶を出す。
もう歌わないのでこれで良い。久しぶりにやったな。楽しかった。
一花の様子がおかしかったのは何故だろう。
途中までは何ともなかったはずだが。風邪ひいたかな。今日ちょっと寒いし。
でも、さっきの曲を歌ってからだったな。
「・・・・・・・あ。」
さっきのロックバンド。ラブソングが多い。
あの曲もそうだ。そんな曲を歌詞、和訳を一花に見せる。
そして、それを目の前で二人きりで熱唱している俺。
・・・・・・・告白や口説きと取られてもおかしくはないが。
いやそんなつもりなかったんですけど。
どうしよ。困った。あの反応。あの赤い顔。
絶対そう受け取られてる。急に恥ずかしくなってきた。
うーん。
烏龍茶を手に持ち悩みつつ部屋に戻ってきた。
ドアを開けるのにちょっと緊張する。
ちゃうねん。そんなつもりやないねん。
部屋のドアを開けた。
「・・zz」
一花は座ったまま寝ていた。疲れていたのだろうか。
リサイタルに付き合わせてしまったな。悪い事をした。
テレビの音量を下げて、ちょっと静かにさせる。
こうして寝ながら座っているのを見ると、あの時風太郎の肩で寝ていたのを思い出す。
・・・・・ん?
「・・・・・・zz」
あの時、寝たふりだったよな?今は?
一花の顔を至近距離でじっと見つめる。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・zz」
大丈夫っぽい。2分間くらい確認した。
多分寝たふりではない。本当に寝てる。
カラオケのテレビの音量を下げておく。
「悪かったね。付き合わせて。俺はキミの声をもっと聴きたかったけど。」
風太郎のまねごとをしてみる。
いや、一段上に上がってみよう。
膝の上に部屋の備え付けのクッションを置き、一花をゆっくりと寝かせる。
クッション越しに膝枕の態勢。ころんと転がった。あらかわいい。
「かわいい寝顔だねぇ、全く。」
「・・・・・ふぇ?ナ、ナギ君?」
「おはよう。だいぶお疲れですねぇ女優さん。
可愛い寝顔をゲット。こいつはとんだスクープだ。」
「え?」
女優さん起床。やっぱりガチ寝だった。
花火大会のお返しという事で寝顔を撮影しておいた。
いつかいたずらに使おう。
帰り。
空は夕焼けに染まり、すっかり夕方だった。
学校は終わり、きっと姉妹もアパートに帰っていることだろう。
一花と並んで、河川敷を歩いていた。
結局、今日はなんだったんだろう。
午前中は勉強をして、その後はプレゼントを買って、カラオケに行ったが。
……ただのデートじゃないか。
しかし、彼女の真意はわからずじまい。学校に行こうとはしていたはずだ。
荷物を持っていたし。突発的な何か、予想外の出来事があったと思われるんだが。
「今日はごめんね。振り回しちゃって。」
「いや、ありがとう。いい気分転換になったよ。」
一応その設定で誘ってくれた事は覚えている。
「ナギ君の知らなかった事、沢山知ることができて、嬉しかった。」
「……どうも。」
「だから……ナギ君もわたしの事を、もっと知って欲しいな。」
「……うん。」
「どうして……五月ちゃんだけわかったの?五つ子ゲーム。」
「あれは……旅館で言ったことと同じだよ。あの眼。あの眼には、五月にしかないものがある。」
・・・・・一花に手を捕まれた時。確かにその話題だった。
引っ掛かっていたのはそこか。
「じゃあ、私は?」
「一花は……まだ、わからない。」
「どうして……?」
「……どうしてだろうね。それもわからない。」
「わからないなら、教えて上げる。」
一花がメガネを外し・・・こちらの手を捕まれ、引き寄せられる。
引き寄せられた後、俺の顔を両手でがっちりと固定された。
……顔が近い。
こちらから全く視線を外さない。まばたき一つしない。
・・・・顔を捕まれて、眼を背ける事が出来なくなった。
「わかる?……これが、私の眼。」
「う、うん。」
「覚えて。」
「が、がんばる。」
・・・・そんなこと言われても。
急に・・・何があったんだ。様子がおかしい。集中できない。
それに・・・・なんだ、その眼は。
・・・見たことがないぞ。いつもと違う。
五月と違い今までじっと見たことはなかったが、その眼は記憶にない。
俺を見ているようで、全く見ていないかのような。
何を見ているのか、どこを向いているのかもわからない。
俺の顔をホールドしている手もかなりの力が入っている。
・・・・全く、動けない。動かせてくれない。
困惑するしかない。何が起こっているんだ?
今日の目的は一体何だったんだ?
一体俺に何をさせたいんだ?
どうしようっていうんだ?
今、俺は何をしたらいい?
わからない……こんなケースは想定していない。
「……悔しかったの。五月ちゃんしかわからないって言われて。
2年生の時は同じクラスで、ずっと一緒だったのに。
一緒にいた時間はわたしの方がずっと長いのに。」
「……」
……嫉妬・・・なのか?
「わたしは貴方をもっと知りたい。
だから貴方もわたしをもっと見て。もっとわたしを知って。
姿が変わっても……ナギ君にだけは、覚えていてほしい。」
「一花……?」
「わ、わかったよ。一度離してもらってもいいかい。
突然の事でちょっとビックリしてる。」
「……うん。」
一旦、一花から離れ、改めて向き合う。
・・・心音が早い。少し落ち着こう。
「集中する。少しずつ近付くからね。」
「うん、来て。ナギ君、言ったでしょ。
遠慮するなって。わたしも同じ気持ちだよ。遠慮しちゃ……ダメ。」
「・・・・わかった、いくよ。」
・・・死ぬ気で覚えろ。それしかない。やれるかわからないが。
記憶と暗記。特徴で覚えて、頭の中に叩き込むしかない。勉強と同じだ。
五月はわかったんだ。一花も覚えられるはず。
5人全員は無理だと思うが、1人・・・いや2人なら。
ゆっくりと近づく。一時も目を反らしてはいけない。
今度はこちらが顔をホールドする。眼を覚えるために。
大丈夫。恐らく、いつもの眼だ。さっきのような空虚なまなこではない。
これならば・・・・
この眼は……優しい。とても。
そして決意に満ちている。何かを志した。目指すべき何かがある。そんな眼。
そういえば確か、あの時……
校舎の外のベンチで、両立の相談をされた時・・・・
「……おい。あの女の人、どこかで見た事ないか?」
「えー?だれのことー?」
!?
いつの間にか周りに人がいた。集中していて気づかなかった。
すぐさま離れる。
しくじったな。一花は有名人だった。今は判別のためにメガネを外してもらっている。
今のはほんの一瞬だというのに。・・・・・ついていない。
「行こう。」
「うん。連れていって。」
一花の手を掴み、走ってその場を離れた。
「……よし。ここで別れよう。」
「……そうだね。」
人気の多いところまでやってきた。
メガネさえかけていれば人の波が覆い隠してくれるだろう。
有名人が一般人へ帰れる場所。
「ごめんね、さっき言ったことは忘れて。わたし、どうかしちゃってた……」
「……大丈夫。次の五つ子ゲーム、もう君の事はわかると思う。」
「……!?……ホント?」
「次があるかはわからないけどね……」
「ふふ。きっとあるよ。……嬉しい。」
「じゃあ、また学校で。」
「うん。今日はありがとね。ナギ君。」
翌日。
「昨日は大変だったようだな。」
「ああ。一花を巻き込んじゃったよ。悪かったね。」
「あいつの出席日数は貴重だ。頼むぞ」
「わかってる。ごめんね。」
風太郎と登校していた。
今日は一花と遭遇しなかった。姉妹と行っているんだろう。
……昨日の一花。
あの様子。
今まで俺は・・・・大きな勘違いをしていたかもしれない。
……前田くん。俺は君の事をとやかく言える立場では無かったようだ。
一花が好きなのは、風太郎じゃなくて……
…………まだ、確証がないけど。確認が必要だろう。
風太郎と二人で教室に入ると、中が騒がしかった。
一花がクラスメート達に囲まれている。
「ニュース見たよ!一花ちゃん!」
「映画出演でしょ!試写会に映ってたね!」
「同じクラスに有名人がいるのか!」
「あ、ありがと~……」
「この前の撮影か?」
「わからないが、出演映画、そんなに有名だったんだ。知らなかった。」
「なんにせよ、これであいつも立派な嘘つきだな。」
思い出すのは、昨日の目撃者。
至近距離で見つめあって居るところを見られてしまった。
……変な情報が拡散されていなければ良いが。
あの時、手を引いて逃げるのではなく……二手に別れるべきだったな。
あれは……迂闊だった。
……彼女の事を思うなら、これから先、少し距離をとった方が良いかもしれない。
スキャンダルの芽・・・・雑草は早めに摘み取っておくべきだ。
「あ……おはよ!ナギ君。」
「うん。おはよう、一花。昨日は世話をかけたね。ありがとう。」
ざっくり見た感じは、いつもと変わらない様子だ。だから、俺も変わらないように。
・・・少し恐ろしかったな。昨日のあの正体不明の眼。
あれもきっと忘れない。というより、忘れたくても忘れられないだろう。
違った意味で頭にインプットされている。
「有坂くん、熱が出たって聞いたわ。大丈夫?」
「毛利さん。大丈夫。いつもの奴でね。一日で治るから心配ないよ。」
「よかった。私、貴方のファンだから。貴方がいないと寂しいわ。」
「ファン?え?何の話?」
「あとでサインを頂戴。」
「名前書けばいいの?」