「・・・・わかりました。1つ、お願いがあります。」
「いいよ。何でも聞こう。」
・・・・俺が冷静なまま、喋ることが出来れば良いんだがな。
まあ、別に幻滅してもらってもいいか。君の見ていたものは、蜃気楼に過ぎない。
憧れなど、一時の気の迷いだ。
そう考えていた俺の思考は・・・この後の五月の発言により、空回りした。
・・・・日が変わり、週末。
「お願い」を叶えるため、五月と待ち合わせをしていた。
待っている間、今日もまた、町の喧騒に耳を傾ける。
あの人たちは閉まったシャッターを使って、何をしているのだろう。
絵を描いている。不良や暴走族の落書きではない。脚立を持ち込んでいて準備が良い。
格好は、いかにもアーティスティックな大人が複数。特にベレー帽がそう告げている。
絵を描くだけではなく、マスキングテープも貼っている。定規を引いて真っ直ぐに。
芸術大生のなにかしらの企画だろうか。きっと、シャッターをキャンパス代わりにしているんだ。
「お待たせしました。ナギくん。」
「五月、こんにちは。」
「いきましょう。案内します。」
「よろしく。」
程よく待って、五月が現れた。
五月に連れられて、ある場所へ向かう。
前、病院で話した、「あそこ」へ連れて行ってくれるらしい。
私と、食事に行きませんか
彼女はそう言った。
・・・・・あの事を、聞いてこなかった。
勿論、林間学校でリフトに乗っていた時の、あの事だ。
あの長い沈黙。忘れたわけではあるまい。間違いなく頭の中にあったはず。だが、伏せた。
・・・・どういう意図があるのだろう。
「ここです。つきました。」
「おぉう・・・・」
めっちゃ立派。絶対高いこれ。
風太郎くんお断りだよこの店。貯金おろしといて良かった。
RESTAURANTって書いてあるもん。
「・・・・・・・・」
「ふふふ。心配しなくても大丈夫ですよ。ランチならそこまで高くありません。」
「じゃあ・・・・お礼に奢ります。」
いや予想よりは安かったけども。1万2千円のコースって。
ディナーメニューの表は恐ろしいので見ないことにする。
五月食べるからなぁ。2人前頼んだりしないよな?
「どれにしますかお嬢様。」
「ふふ。こちらでお願いします。」
「かしこまりました。」
2人前ではなかった。一安心。九死に一生だった。
「ここが前言ってたあそこ なんだね。」
「そうです。このお店、私はすごく気に入っていて。」
「格式高い雰囲気もあるし、良いね。大人なデートスポットと言う感じだ。
変な格好してこなくて良かったよ。」
「ふふ。事前に言っておくべきでしたね。ごめんなさい。」
「いや。大丈夫さ。」
高校生同士で来るべきではないかもしれない場所なんだが。
しかし五月は落ち着いている。さすが常連。お嬢様。
こちらはさっきから落ち着かない。
だって店に入った瞬間、数人のウェイターがお辞儀をして
中野様、ようこそいらっしゃいました だぞ。
俺の肩身が狭すぎる。俺も色々行くがこのレベルの価格帯と格式高さは初だ。
回らない寿司屋かよ。料理を食べる順番間違えたら叩き出されそう。お帰りくださいませ有坂様。
まあコース料理だから順番に出てくるけど。
「・・・・ナギくん。相談があるんです。」
「ああ。聞こうか。」
「四葉の事なんですが・・・・・昔、四葉は上杉くんと会っているんです。」
「!・・・・小学校6年、京都で?」
「そ、そうです。知っていたんですか。」
風太郎の生徒手帳に入っているあの写真。
四葉くんだったのか。
・・・・なるほど。だから四葉くんだけは最初から風太郎に好意的で、
家庭教師にも協力的だったんだ。合点がいった。
「四葉はそのことを・・・上杉くんに話そうとしないんです。」
「ふむ。何かしらの理由があるんだろうね。他の姉妹は知っているのかな。」
「恐らく、知りません。私だけです。・・・・二乃と私がケンカした時、
昔の姿になって、落ち込んだ上杉くんと話をしてくれと、四葉に頼まれたんです。
公園でボートに乗って、話をしました。」
昔の姿・・・・・風太郎の生徒手帳の、あの写真。
公園の時か。茜の面倒を見るため、俺はその場を離れている。あの後だろう。
陸上部にいるものだと思っていたが・・・・四葉くんは追いかけてきていたと。
「上杉くんに話すべきでしょうか・・・・」
「四葉くんが話さないのであれば、言うべきではない。本人の意思を尊重した方が良い。
話さない理由、わからないんだろ?」
「そうですが・・・・でも、明らかに四葉が寂しそうで、悲しそうで。」
「・・・・言うのであれば、風太郎と出会った瞬間から言っているはずだ。
食堂で初めて出会ったあの時に。・・・・まあ、風太郎は昔とだいぶ姿が違うから、
その時気づかなかったかもしれないけれど。」
様々なパターンを考えるが・・・・姉妹喧嘩のタイミングでは、
五月に変装を依頼しているので、四葉くんは完全にわかっている。
食堂のタイミングで言わなかったことを考えると・・・・林間学校のあの日、
金髪のカツラをかぶった風太郎を見て、思い出した。
小学校の風太郎は金髪だった。二乃が小学校の時の写真を見て、
別人と思い込んだくらいだ。可能性はある。
もしくは、最初から知っていたが、話せない理由があった。この2択だろう。
しかし、どちらも隠す理由がある。言えない理由がある。
これはわからない。
・・・・三玖だろうか?かなり早い段階から三玖は風太郎の事が好きだった。
林間学校の日、金髪のカツラを被って風太郎の事を思い出したが、
その時点で三玖が好意を持っていることを知っていたので、身を引いた。
現時点ではこれがかなり濃厚か?
四葉くんは超が付くお人好しだ。自分が好きな相手でも、
はいどうぞ とためらいもなく譲るだろう。
姉妹ならなおさらだ。四葉くん、ああ見えて人の気持ちにはかなり敏感だ。
三玖の気持ちも早々にわかっていただろう。
そしてそこに二乃も参戦。さらに言い出せなくなった。もう絶対に無理。
姉妹の為に自己犠牲を払い、思い出を永遠に心に閉じ込めるしかない。
・・・・悲しいな。
四葉くんが風太郎の事を好き という前提で話を立ててはいるが。
ん?待て。
これだと何故最初から風太郎に懐いていたのかが繋がらない。
林間学校で思い出したのなら、これはおかしい。
四葉くんは誰にでも好意的だが、
初対面の男子に積極的に話しかけるようなことはしない。
風太郎には明らかに最初から態度が違う。
「ナギくん?」
・・・そうだ。思い出した。初めて食堂で会ったあの時、
四葉くんは風太郎のテストの答案を拾って渡している。
その時に答案用紙の名前を確認しているはずだ。・・・間違いない。
やはり、知っていたんだ。初めて会った瞬間にはもう。
その時点で、何か口に出せない理由があったんだ。
サプライズ・・・・を考えるような子ではないと思うが。
もし考えていたのなら、姉妹の恋心により、言えなくなってしまったわけだ。
「・・・・・・・・・・」
「ナ、ナギくん?」
「・・・・・ん。ごめん。なんだい?」
「お料理が来ました。」
「あら。ごめん。考え事してた。でも考えはまとまったよ。」
・・・・追加で一つ、わかったことがあるな。
なんであんなことをしたのか理由がわからなかったが・・・・これで確信が持てた。
後ほど、四葉くんと話をしよう。
「「ごちそうさまでした。」」
料理をきっちりと平らげる。おいしかった。
流石食通。店選びは完璧だ。・・・高かったけど・・・・
これならあの焼肉屋2回行った方が良いなぁ。
まあ、いい経験にはなった。格式高いレストランで食事をするってのは、
中々無い体験だ。緊張も一種のスパイスであり、調味料。実感した。
「考え事の結果、俺なりの結論は・・・・
多分、四葉くんは初めて見た時から、風太郎の事をはっきりと思い出していた。
そして、その時点で何か口にできない理由があった。コレだと思うよ。」
「理由が、あった。」
「うん。色々考えたけど、これが一番可能性が高い。
・・・・あとは、二乃と三玖。あの二人は明らかに風太郎が好きだ。
そんな気持ちを知ってしまえば、絶対に自分より二人を優先する。
四葉くんならそうするはずだ。」
「・・・・・・・・・・」
「何か理由に思い当たることは?」
「そこまでは、ちょっと・・・・」
「そう。・・・まあ、そういう事だよ。少なくとも今、四葉くんが言い出せない理由には
間違いなく二乃と三玖が絡んでると思う。・・・・多分、一生言わないかもしれない。」
「それでは・・・・・四葉が・・・・報われません!
今、こうして私達がここにいるのも、3年生に進級できたのも、
ナギくんと上杉くんに出会えたのも、全部、あの子のおかげです!
四葉だけは・・・家庭教師に最初から協力的だったんですよ!」
「・・・・あの子はそういう子だ。これまでもそうだった。
自分を殺して、周りを助けてきた。・・・・なんとかしては、やりたいが。」
せめて理由がわかればな。聞いたところで・・・正直に言うかな。
四葉くんが本気になったら、その辺りを聞き出すのはかなり難しいと思う。
「俺も別件で四葉くんと話をしたい。一回この話をやめよう。」
「わかりました・・・・」
「本題だ。・・・・・・・キミはどうして、こうして食事を選んだんだい。」
「え・・・・・?」
「忘れたわけじゃないだろう。俺の過去の秘密を。
てっきりそれを聞いてくるものだと思っていたんだけど。
・・・・聞かれれば、答えるつもりだったよ。」
「・・・・そんなことをして聞き出しても、嬉しくありません。」
「・・・・・」
「私は言いました。・・・・あなたの口から話してくれるのを待っています って。」
「・・・・・・・・・そうだね。その通りだ。思い出したよ。ありがとう。」
俺の口から話してくれるのを待っている。
・・・・自分の意志で という意味だろう。
確かに・・・・そうだ。彼女は待っていたんだ。
俺が自ら口を開く時を。俺の事を、信じてくれていたんだ。
「・・・・話して、いただけませんか。」
「・・・・言った通りだよ。そんな日は永遠に来ない。」
「・・・っ・・・・」
「俺の口から話すことはない。・・・・・・だから、一花に聞いてくれないか。」
「え・・・・」
「あの話を人にすると・・・俺はきっと冷静ではいられなくなる。
だから話したくないんだ。だが・・・・そうだね。もう、キミには知っていて欲しい。」
「・・・・・・・」
「一花に話をしておくから。・・・・一花から、聞いてくれないか。」
「・・・・わかりました。ナギくん、ありがとうございます。」
「いや・・・・俺を信じてくれていたんだ。その信頼に、答える時が来たんだ。
今まで、ありがとう。」
五月と別れて、帰宅。
今は、自室に向かって手紙を書いている。
手紙を書くのは・・・・初めてか?記憶にない。
年賀はがきとは違うからな。
便箋。ちゃんとした紙を使っている。
手紙を書きながら、一花にメールを出す。
『お願いがある 俺のあの昔話 五月に喋ってくれないか』
『林間学校の倉庫の時の話?』
『そう また俺の口から喋ると 変なことをしてしまいそうになる 無理だ』
『わかった でもお仕事が最近忙しくて 時間かかっちゃうかも』
『構わないよ ありがとう一花』
引き受けてくれた。嫌な役を頼んでしまったな。
女優さんに頑張ってもらおう。仕事の時間ですよ。