ストームが来ると逆行した時代が消える、という世界観の中で。
ストームによって時代ではなく特殊な観測者の少女の記憶の方が消えてしまったら、という何でも許せる人向けIF。
ヴェルディとシュナイダーのCPなんですが。
ヴェルシュナかシュナヴェルかわがんにゃい。

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記憶はストームの中に

1920年代のアパートのコンパートメントの一室に彼女達はいた。

あの夜。

恐ろしい、全てを消し去る終末装置として人々に時代病を振りまきながらストームがやってきた。

かに思われた。

実際には、終末的病人の増加の終了をもって、

何事もなくストームは世界を終わらせることもなく終息したように見えたのだ。

少なくとも生き残った人々にはそう見えた。

だが、時代の替わりに、一人の少女の記憶を消し去っていたのは、

聖パブロフ財団でも一部の人間しか知らない事実である。

 

 

 

「旦……ヴェルティ。朝食よぉ」

「……」

 

トレイに乗せたブリオッシュとカプチーノと辞書を、

ベッドサイドのテーブルに置きながら、

旦那、といううっ呼びかけを飲み込んだ、

 

白いワンピースを身に着けたシュナイダーが、

薄いグリーンのパジャマを着たヴェルティに声をかける。

呼びかけられたヴェルティは、布団の中で身じろぎすると、

自分ではこっそり、というつもりなのだろう。

 

掛け布団の陰からちらりと灰銀の瞳を覗かせると、

まだ起きてない、と主張するかのように掛け布団を被り直した。

 

そんな一種奇妙な行動を取るヴェルティの事を、

呆れたように鼻で笑い、それでもシュナイダーは優しく、

ヴェルティが隠れた掛け布団を優しく剥がし、目をつむって眠った振りをする彼女を、

優しくゆすり、耳元で甘やかな響きで呼びかけた。

 

「起きて。ヴェルティ」

 

と。

 

その声に片目だけ薄目を開けて、

シュナイダーが自分の事を見ていることを確認したヴェルティは、

ようやく「今起きましたけど?」というわざとらしい欠伸を一つしながら、

身体を起こした。

 

「おはようシュナイダー。今日は晴れ?」

「快晴よ」

「そう。それはありがたいね。歩行訓練が捗る」

「その前に朝食よ。きちんと食事はとらないとね」

「ああ、ここで食べられるのかな?」

「辞書を読みながら食べられるわ」

「それはありがたい。早く知識を取り戻したいからね」

 

 ヴェルティは、あの1929年の夜に記憶を失ってから、

1か月でスポンジが水を吸収するようにぐんぐんと、

知識的な記憶の補完を済ませていた。

 

肉体の動かし方と言った、ある程度無意識によっても補われる、

基礎的動作も本当の基礎の基礎はできるのだが、

効率的な体の使い方となると、

途端に全ての経験を無くした反動か、ぎこちなくなってしまうのだ。

 

そういった、知識が必要な行動習得のヴェルティに対しての補助に、

財団はシュナイダーを付けた。

理由はあるが、長くなるのでそれが財団の判断だとだけ言っておこう。

 

「ねぇシュナイダー。今日も私が走るところを見ていてね。

 昨日よりきっと上手く走れるようになってるから」

「あら、もしかして昨日の夜ヴェルティの寝室がドタバタしていた事と、

 なにか関係があるのかしらぁ?」

「え!?べ、別に!なんとなく、なんとなくだよ!

 なんとなく上手くいくと思ったんだ!」

 

その実、ヴェルティは昨日の夜既定の歩行訓練の時間を超えて、

足踏みをする練習を重ねていた。

 

その興が乗ってしまい、つい室内で駆け足になってしまったのだ。

ヴェルティはそれをシュナイダーに隠せるつもりようだが……。

 

「ふふ、そうね。なんとなくね。ミッドナイトランナーの旦……ヴェルティ」

「ぐう!そ、それはそうと……また旦、って何か言いかけた?」

「そんな事ないわ」

「最近は少なくなったけど、3週間前はもっと多かった。ねえ、何を隠してるの」

「隠してるわけじゃ、ないわ……」

「じゃあなんなの」

「財団に、ヴェルティの面倒を看るならなるべく名前で呼んで欲しいと言われているの。

 

 記憶があいまいな内にあだ名で呼びかけられることが多くて、

 例えば「可愛い」と言われ続けた猫が自分の名前を「可愛い」だと思い込むようになったら事でしょ?」

 

「なんだいそれ!私は犬猫じゃないよ!」

「可能性は排除しておくべきでしょ。さ、それより朝食が冷めるわ。食べなさいな」

「はーい……くそう。納得いかない」

「ふふ。やさぐれてもマナーが崩れないのはヴェルティって感じだよねぇ」

「なにそれ」

「旦那らしい、って事」

「……シュナイダーは私の事、旦那って呼びたいの?」

 

ブリオッシュを齧り、カプチーノを流し込んでから。

 

つい、と言った感じでヴェルティを旦那と呼んだシュナイダーに、

そう呼びたいのか?と問いかける。

 

その問いに、シュナイダーはかぶりを振って「忘れて」と言った。

 

だが、黒檀の様な輝くくせ毛と白皙の顔に囲まれた紅い瞳には、

一抹の寂しさあ覗いていた。

 

それを見て取ったヴェルティは、その後黙って朝食を平らげ、

シュナイダーが食器を片付けている間にいつものスーツに着替えると、

大きな声で宣言した。

 

「シュナイダー!今日は財団の医師達に私の事を自由に呼べるようにしてくれと言いに行こう!」

「なんで?そんなの旦那には関係ないじゃない」

「関係は、あるよ」

「どんな?」

「私が呼ばれたい。私の友達から、私の愛称を呼ばせない権利なんて、

 私を保護していても財団にはない。それを分からせるんだ」

「ふ、ふふ!もう旦那ったら!面白いんだから!」

「頼りになると言ってくれ。と、医療部門が開業するまで時間があるな。

 それまでは歩行訓練をしようか」

「もう、旦那ったら……」

 

注意しなければわからないほど僅かにだが、足の動きがぎこちないのが、

シュナイダーには解る。

 

そんな状態でも、己の為に財団と掛け合うというヴェルティの言葉に、

シュナイダーは悦びを覚える。

 

どうして旦那と呼ぶのかは、まだ聞かれていない。

 

だがいつか聞かれるだろう。

 

それがいつになるかは分からないが。

 

その日まで、ゆっくり、確実に。

 

旦那の心に自分(シュナイダー)を刻み込んでいく。

 

そう決意を新たにするシュナイダーだった。


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