青く透き通ったソラに、導きの星を 作:新人しくじり先生
悪い大人たちの計略に嵌められたアビドス生徒会副会長たる「暁のホルス」小鳥遊ホシノ失踪。そして権限の空白による学区内での混乱を端として発生したアビドス在住の生徒や市民、企業が結集したアビドス解放戦線と自治権簒奪を目論んだカイザーPMCとの抗争──アビドス解放戦。結果として何とか丸く収まったとはいえ、途中来襲したビナーとその撃退により後に「第二次アビドス防衛戦」とも称される一大決戦からしばし経ったある日のサンクトゥムタワーにて、
「ようこそお越し下さいました、先生」
そしてそこにある連邦生徒会のオフィスの一室、本来は主席行政官執務室であるものの、その部屋の主が現在行方不明となっている連邦生徒会長を
“久しぶり、リンちゃん”
「リンちゃんはやめて下さいとあれほど……」
山と積まれた書類が連なる執務机ではなく、応接用のテーブルセットの前に立ったリンは相変わらず「リンちゃん」呼びを続ける先生にその細い指先で己の眉間を揉みほぐしつつちょっとした溜め息を吐く。
「はぁ、まあ良いでしょう。お帰りなさい、先生」
しかしそんな先生とのやりとりも慣れたもの、半ば訂正を諦めたリンは気を取り直し先生へと挨拶を返しそのまま対面の席に着くように促す。
「結論から言いましょう。連邦生徒会はカイザーPMCの法人資格並びに各種特権を剥奪、同時にPMCがアビドスへ進出した際に違法に接収していた各土地に建設された軍事基地敷地のアビドス高校への返還と賠償が連邦生徒会の名の下に命令されました」
2人が席についてすぐリンが告げたのは先生帰還後に連邦生徒会が担った「アビドス事変」の後始末、いわゆる戦後処理についてであった。
事変の中心組織であり
「ただ……」
しかしある程度の経過報告の後、リンは少しばかり言いずらそうに手元にあった資料を先生に向けて開示しつつその続き──裏で糸を引いていたであろうカイザーグループ全体に対する連邦生徒会の対応について話し出した。
「カイザーPMCの親会社、カイザーグループに対する強制捜査と既にPMCからカイザーローンに移管されていた違法
アビドス事変の根本的要因──領土を蝕む砂漠化現象に端を発する
「無論、
カイザーグループは強大である。
如何に千にも勝る数の学園都市群を束ねるキヴォトス最大の統治機構たる連邦生徒会であっても、絶対王政でもなければ独裁国家ではない民主主義の法治国家である以上はその尻尾を掴むことができなかった時点でPMCの解体とその責任者であった理事の解任という尻尾切りで終わってしまう。
ついでにいえばゲマトリアの黒服が使っていた
「…………先生、話は変わりますが今後のアビドス再建についてお話しがあります」
最良でないにしろその時点で取れる最善を尽くした一斉捜査であったが、悪い大人を相手にするにはあまりに初動で出遅れていた。
重くなった場の雰囲気に呑まれしばしの沈黙が続いた執務室内だったが、互いに多忙な身でありいつまでも黙ってもいられないリンは無理矢理にでも話題を切り替える。
「カヤ防衛室長から連絡がありました、先日追加でアビドスの治安維持任務に派遣された第二陣の部隊が無事現地入りし予定通り「フェニックス・リング」作戦を開始したとのことです」
“「アビドス治安回復作戦」……か”
「はい、事変で旧PMC中核戦力は壊滅状態で既にアビドスからは撤収済みなのは確認できています。また傭兵支援システムを介さずPMCに直接雇われ取り残された不良生徒集団についてはひとまず拘束、アビドス側からの要望で本当に行き場がない者は編入生として編入させてあげたいとのことで一度「新生アビドス生徒会」に引き渡しています」
既にカイザーがアビドスに展開する戦力は皆無、
“アビドスに入ってくれる娘はいそうかな?”
「現在は説得中、とだけ……一先ず学籍を与える前に収容所を兼ねて数年前に生徒不足で閉鎖していたかつPMCに接収されていた旧アビドス第三分校で生活しているそうです」
そしてとっ捕まったスケバン連中はアビドス生徒会に
その後も今後のアビドスと連邦生徒会の連携について話し合う先生とリン。時に真面目に、時に冗談を交えて話す2人の打ち合わせは昼前まで続くこととなったのだった。
リンとの打ち合わせの後、シャーレへと戻るべく連邦生徒会オフィス内の廊下を歩いていた先生。珍しく人通りがない、いつもなら書類の山を抱えた生徒会一般役員が行き来しているはずがそんな伽藍堂とした廊下の先で先生の前に現れたのは小柄な1人の少女であった。
「これはこれは、お初にお目に掛かります──
無機質な廊下の中心で立ち止まり大袈裟に、何処か芝居がかったような仕草の一礼をする彼女。
「私は連邦生徒会防衛室長の不知火カヤと申します。以後、お見知りおきを」
“初めまして、不知火防衛室長”
「カヤで構いませんよ、先生」
スッと自然に伸ばされたカヤの手を先生は迷わず握り返す。手袋越しだが細く小さなその手に、先生は室長と呼ばれる彼女も確かに
“ありがとう、カヤ防衛室長。アビドスの件も、君が手を回してくれて”
「いえいえ、私が
先程のリンとの打ち合わせでもあったが、連邦生徒会からアビドスに派遣された部隊は全て再編中の旧SRTやヴァルキューレの混成部隊、すなわち今や防衛室直轄の常備部隊の一部である。首都圏での混乱が続く中で他所にシワが行き過ぎぬようそれだけの戦力を引き抜くのにはどれほどの苦労や調整が必要であったのか、流石に国家運営の経験のない先生には想像だにできない代物であったに違いない。
「さて、あまり立ち話をしていては先生にもご迷惑でしょうし、私も
“そうだね、また何かあれば相談してね。カヤ防衛室長”
その後、幾つかの雑談を交えモモトークを交換した2人だったが、互いに流石に10分を越えて長話をしていられるほど暇な立場でもない。
「……ああ、そうそう。先生、ひとつご忠告が」
“何かな?”
その場を立ち去ろうとしてすれ違う直前、立ち止まったカヤはふと思い出したかのような口調で先生の方を向くと忠告を行なった。
「独立傭兵の雇用……についてはまあ我がヴァルキューレからシャーレオフィスの警備にはともかく、先生個人の護衛として有力な戦力を供出できていない以上咎めません」
忠告の内容は先生がD.U.騒乱やアビドス事変然り、これまでのシャーレの活動にて独立傭兵を雇ったことについて。連邦生徒会直轄の
ただ、それに続き告げられた内容はこれまでの防衛室長としての立場からではなくもっと別の──そうもっと
「ただし、あまり
すれ違った去り際に、カヤが小さな声で告げたその言葉。
“っ⁈”
思わずその場で振り返った先生は、立ち止まっていた先生とは対照的に、改めて振り返ることなく廊下を去って行った彼女の背を見送る以外にできることはなかった。
──死にますよ、クレイドル先生