「ストーキングの話はほんの少しのムルナイトジョークです。三年前、少しだけ彼とは縁がありまして……その少し前に私とコマリ様にも会ったことがあるのです」
前提の情報のインパクトに負けている気がするが、大事なことである。
テラコマリのことも、スウェアのこともよく第三者だから知っているからことがある。
「……その時に私は重大な罪を犯しました。その償いのために尽くします……それだけのことです。
では、また明日朝餉の時間にお伺いします」
毛布に埋もれているテラコマリには見えないかもしれないが、ヴィルヘイズは律儀にお辞儀をしてから退室する。
(私では上手くいきませんね……だからと言って止まる理由も暇もありませんが……)
国の中枢にテロリストが忍び込み、皇子が意識不明の重体という国家として重大な一大事が起きてしまったのだ。
国としてはエンタメ戦争などやっている場合ではない。
第七部隊としては仕事はないが、ヴィルヘイズは別である。テラコマリの側近としてメンタルが安定していない彼女を支えながら今すぐにでも落とし前をつけに行こうと暴れだしそうになる第七部隊を抑えなければならない。
それに、今回の主犯であるミリセントの標的はテラコマリである以上は気が抜ける状況でもない。
「コマリ様、たまには外の空気でも吸いに行きませんか?」
一週間後、依然としてテラコマリは毛布の中から出てくる気配はなく、ヴィルヘイズが三度の食事の時に顔を出しては声を掛けるも返事はない。
ヴィルヘイズが退室した後に食事をしていて、食べるだけの気力があることの安心感はあった。
「先日お渡しした本は読まれましたか?」
「……」
「そうですか……では、また今度取りに伺います」
顔を見せずに返事もしないのであれば、ヴィルヘイズがどう解釈するも自由だ。食事を届ける以外にも来る理由をでっち上げて退室する。
(またオムライスだ……)
テラコマリはヴィルヘイズが居なくなってから少しだけ毛布の端を持ち上げてテーブルの上に置かれた食事を確認する。
手を伸ばしても届かない位置に置かれてしまっているせいで食べる時には毛布の中から出なければならない。
(ご飯は……食べないと……)
毛布から口だけ出るような状態でテラコマリは椅子に座りオムライスを食べる。
精神的に不安定ではあるが、食べなければ生きてはいけない。外の世界と関わりを持ちたくないだけで死にたい訳ではない。
オムライスを完食したテラコマリは再びベッドの上に戻り毛布の中でイルカの枕に抱き着く。
(怖い……)
また外に出れば怖い目に遭う。
自分ではない大切な誰かを傷付ける。
自分が無力であることを嫌というほど思い知らされる。
(……無理だったんだよ。こんなダメな私が誰かの役に立とうだなんて)
メンタルがドン底まで落ちている今のテラコマリは何を考えても自己否定に陥る。
消えてなくなりたい。
だけど、本当に消えることも出来ない自分が嫌になる。
その繰り返しが延々と続く。
(……本当にスウェアが死んじゃったりしたら……私はもう……)
定期的にヴィルヘイズからスウェアの容態について聞かされていて、未だに目が覚めないことも傷の治りが遅いことも知っている。
失血死することはないようではあるが、医学の知識も無ければ見舞いに行くことすら出来ないテラコマリに何が出来るというのか?
(……アイツは自分の魔法が嫌いだってこと知ってたのに、エンタメ戦争なんかもっと嫌いだってこと分かってたのに……支えになるどころか、私のせいで……)
テラコマリが毛布を被り続けるのは快復したスウェアに毛布に剥がして欲しいという希望と、彼を酷い目に遭わすくらいなら自分などもう二度と世界に顔を出さない方が良いという理由だった。
今日も無意味に夜が更けていく。
◇ ◇ ◇
嫌なら止めたら良い。
スウェアは光の届かない沼のような暗闇の中に居る感覚と共にその言葉が聞こえてきた。
確かに何度もそう思うことがあった。
──大怪我をして、目が覚めたらまた振り回されて、嫌いな戦争に参加して、また命の危機に陥る可能性もあるのに、また目覚めるのか?
そもそも彼女は守られる程弱くはない。むしろ自分以上に強い。そんな相手のために起きる必要なんてあるのか?
(あぁ……そうかもな……アイツは巨乳でもなければ、年上のお姉さんでもなければ……メイドでもないし巫女さんでもないし幼馴染みでもないしサキュバスでもない……)
そう思うと辛い。
見返りなんてこれっぽちもなく、カレンに利用され力として扱われるだけの関係に嫌気が差していた。
──ここで終わろう。もう良いだろう。
(でも、立ち止まる理由じゃない)
エルヴェシアスに養子に出されてすぐの頃、スウェアは武術の『先生』に戦い方や魔法の使い方について教わっていたことがあった。
『どの様な道を歩むにしても自分が心から思う理由を一つは持っておくと良い』
どんな教えよりもその教えが一番記憶に残っていた。
戦う術よりも戦うことに対する考え方や心の在り方を教えてくれる人だったからだろうか。
『その理由に好きなモノを添えるんだ。それが君が定めた敵を倒す力になる』
メイドも好き。巫女さんとか憧れる。幼馴染みとかサキュバスとか古の時代に存在したナースとかいう文献でしか知らない存在も気になる。
それが理由でも良かった。でも、それが理由ではなかった。
(……どんなに嫌なことがあっても、どんなに恵まれなくても、自分で選んだことを止める理由じゃない)
ぼんやりとだけど、暖かな気持ちを今でも忘れられない。
そう思うとスウェアごと暗闇を光が包み込み、それに手を伸ばす。
「──っ……! テラ子は!? あの仮面痴女は!?」
意識を覚醒させたスウェアは意識を失う直前の記憶のせいでかなり焦っていた。
「どーどーどー。起きたようで何より」
急に起き上がり、今にも飛び起きて走ってしまいそうなスウェアの肩を掴んでベッドに押し戻したのは見舞いに来ていた戦友だった。
「いや、お前かよ……どうせなら初見の謎多き少女とかの方が良かった」
「……ちょっと
呆れながらもなんだかんだで無事そうなスウェアに安心した戦友は彼が寝ている間に起きたことを説明する。
「なるほど……てか、なんでお前がここに?」
「いやー、ここ一週間暇で暇で、ヴィルヘイズ中尉は動くなって言うし家に居ると婚約者から蔑む目で見られるし……だから、うちの蔵書を漁ってたら昔の文献が出てきてな」
「……サキュバスの?」
それなら戦友が起す理由も納得がいく。
学院時代に水路の近くに捨てられていた本で見た幻の種族なら大発見と言える。
「ちがわい! 薬だよ、薬。回復力が一時的に上がるけど、その後に反動が来るってタイプのやつだよ」
「あー……なんかあんまり意味なさそうなやつね」
あるよね。そういう対症療法にしてもみたいなやつ。あるある。
という中身のない会話をしていると、真面目なトーンで戦友が言葉を発する。
「本題だけど、お前をそんな薬で起した理由だがな。
第七部隊総出で嘗め腐ったテロリストを潰しに行こうって話になったんだが……テラコマリ閣下が単身でテロリストのとこに行ってしまったんだ」
「OK、理解した」
ミリセントのもとにテラコマリ一人で行ってどうにかなるわけがない。
そもそも国の中枢に転移魔法の陣を準備できる時点で内通者が必ず居る。その内通者も逆さ月に関わっているとなると一人では危険すぎる。
「で、どうする? 無理に動いたら傷口が開いてまた死に損ないに逆戻りだけど」
「仕方ないじゃん。好きな子が、守りたい子が居るんだから。俺の理由はこれで良い」
戦友は答えの分かりきった質問をスウェアに投げ掛け、即答した彼に呆れて少し笑ってしまった。
「なんだよ、それ」
二人が拳を突き合わせる。
それに意味はない。この二人が何となくそういう気分になったからしてみただけである。
戦友から第七部隊の軍服を受け取って着替える。
「三年前、なんで急に学院を辞めたのかとか、お前が死にかけてまで閣下を守ろうとしたのかとか。気になるけど、野暮だから聞かないよ」
「ほぼ言ってんだよ、それ……」
面倒な後先を考えそうになったが、それよりも今はやるべきことがある。
その答えはスウェアの中でしっかり形を成していた。
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