ムルナイトスラングみてーな名前の女   作:効果音

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おそらく年内最後の更新


そういう君だったから

 スウェアの目が覚める数時間前、テラコマリは依然変わらず引き籠っていた。

 何日経ってもスウェアは目覚めないせいで安心することすら出来ず、ミリセントが来ないせいで不安を煽られる。

 

「コマリ様。そろそろ私もコマリ様のお顔が恋しくなってきたので出てきてくれませんか?」

「……」

 

 ヴィルヘイズが話し掛けてもテラコマリの返事はない。

 流石に一週間以上も顔を見ていないと不安になるのだが、今のテラコマリを無理矢理引っ張り出しても意味がない。

 

「……なぁ、ヴィル……」

「はい、コマリ様。いかがなさいました?」

「……どうして、ヴィルは私のことをそこまで慕ってくれるんだ?」

 

 久しぶりにテラコマリの声を聞いたヴィルヘイズは胸を撫で下ろす。

 

「……私は以前、コマリ様と出会っていたことはお話しましたね。その当時の、学院に通っていた頃の私は……愚劣でどこに出しても恥ずかしい劣等生でした。

 そういう弱者が虐げられるのはごく自然のことで……当然のようにイジメを受けていました」

 

 その時のヴィルヘイズは学院での成績は底辺で、実力至上主義のムルナイト帝国で力の無い者は淘汰される。

 それが当たり前の価値観であれば、誰もヴィルヘイズに手を差し伸ばすこともなかった。

 

「そんな恥辱の日々は急に終わりを迎えました。コマリ様が私の手を取って救ってくださったのです……その後はコマリ様も知っての通りです」

 

 ヴィルヘイズという玩具で遊んでいるところに水を差されたミリセントはイジメの対象をテラコマリに変えた。

 それからのヴィルヘイズはイジメの現場を遠巻きから見ていることしか出来なかった。

 あの日救いの手を伸ばしてくれたテラコマリのように動くことも出来ず、かと言って他の誰かに助けを求めることも出来ない自分に嫌気が差していた。

 

「……ある日、何も出来ない自分を恥じた私は頭から水を被りました。

 その日のコマリ様が受けていた仕打ちを自分で再現したのです。わざわざ救っていただいたというのに愚かしい行為だと思っています。ですが、私はそうすることで自己満足しようとしようとしていました」

 

 何のためにテラコマリがヴィルヘイズに手を伸ばしたか、そんなことは少し考えればすぐに分かることで、それを蔑ろにする行為であることは重々承知した上での行為だった。

 しかし、そうしなければヴィルヘイズが耐えられなかったのも事実でもあった。

 

「自ら水を頭から被っただけの愚か者など、普通気にもされません。

 ただでさえ周囲から腫れ物のように扱われていた私であれば尚更です」

 

 折角助けたのに。恩知らずめ。そんな言葉を浴びせられても文句は言えないとヴィルヘイズは思っていたが、テラコマリは何も言わずに彼女の話を聞き続ける。

 

「……そんな折です。私がスウェア・エルヴェシアスと出会ったのは、いえ、出会ってしまった。とでも言うべきでしょうか」

「スウェアと……」

 

 スウェアの名前が出てきてようやくテラコマリが反応した。

 そこにすら反応しないようであれば、ヴィルヘイズも手段を選ぶつもりもなかったが、一先ずは安心した。

 毛布の中に入れたヴィルヘイズ手の先にちょこんとテラコマリの指が触れる感覚が伝わってくる。

 

「あの時、彼は私にタオルを渡してくれました。どうしてとか、誰がやったのかとか、そういうことは一切聞かずにただ身体を拭くためのタオルを渡して心配するだけして、数年後に再会したら覚えてなかったけれど、安心はしたというのはあまりにも無責任だと思いませんか?」

「……アイツは、そういうヤツだろ」

 

 テラコマリがスウェアに感謝の意を伝えた時には歯切れが悪そうにしていたのをよく覚えている。

 他人に評価されたり感謝されることが苦手なのだと認識している。

 

「そうですね、そういう方だからこそ……メイドや学院指定水着等を好んだのでしょうね」

「おい、今滅茶苦茶良い感じの雰囲気だったのにどうしてそうなった?」

「私が今こうしてコマリ様のお傍に居る理由だからです。

 以前はジョークと言いましたが、その時から私は彼のことをストーキングして調べ上げました」

 

 飛び出す単語が奇妙なだけで、ヴィルヘイズ本人は大真面目である。

 あの時、スウェアにタオルを返そうとしていたヴィルヘイズは彼の所属する教室の近くに行ったが、常に周りに誰かが居たことで行きづらかったことと、あの時どうしてタオルを渡したのかが理解出来ていなかった彼女は遠巻きに観察していた。

 

「勿論、コマリ様のことを忘れた訳ではありません。

 ただ、今までミリセント・ブルーナイトからイジメを受けていた劣等生の私が行ったところで出来ることはたかが知れています。私はまず努力することを始めました。

 コマリ様にいつか贖罪をするために……一方的ですが、私はその為にここに居ます」

「……ストーキングの話なんか関係性あった?」

 

 テラコマリからしたら未だにヴィルヘイズが自分に仕えていることと、スウェアと出会ったことの繋がりが今一つ見えてこない。

 

「彼の性癖がクーデレ巨乳メイドだったのでモデルケースとして参考にしました」

 

 こともあろうに変態メイドは恥ずかしげもなく真顔で宣言した。

 初めは理解できなかった彼の思考を読み取る為に普段から話している単語から彼を知ろうとしたのがきっかけだったが、それはまた別の話である。

 

「前置きは長くなりましたが、コマリ様は立派なお方です。誰よりも優しくて強い方です。心から幸せになってほしい思っています。でなければ私も彼も──」

 

 被っている毛布に手を掛けたヴィルヘイズの言葉が続くことはなく、不審に思ったテラコマリが少しだけ外に顔を出すと、ヴィルヘイズの腹部が何処からか侵入したミリセントのナイフによって貫かれている光景が広がっていた。

 

「前置きの自己語りが長いのよ。男をダシにして傷の舐め合いでもする予定だったのかしら?」

「……ぐ、がはっ……コマリさ、ま……お逃げください」

 

 傷口からドクドクと血を流すヴィルヘイズがテラコマリに逃げるように促すも、トラウマから立ち直れた訳ではない彼女が逃げることなど出来る訳もなく、ただ怯えることしか出来ない。

 

「──だ、だれか……」

「叫んだら殺す。抵抗したら殺す」

「……ぁ、ぁ」

 

 乱暴に毛布を投げ捨てたミリセントはヴィルヘイズを刺したナイフとは別のナイフ。先日スウェアを刺して殺しかけた銀色のナイフをテラコマリに突きつけた。

 

「物分かりが良くて助かるわ。アンタから便りの一つもないから直接顔を見に来たけど、何も変わってないグズのまんまね」

 

 ベッドの上で震えるテラコマリをミリセントは何処かで見た人殺しの冷えきった瞳で見下ろす。

 

「今すぐここで殺そうって訳じゃないわ。こいつを返してほしかったら日付が変わる頃、一人でラ=ネリエント街の廃墟まで来なさい。

 来なかったら、この女を本当の意味で殺す。誰かに話したらわかるわよね?」

 

 テラコマリに考える間も与えず、痛みで気を失ったヴィルヘイズを担いで破壊した窓ガラスからミリセントは逃亡した。

 ヴィルヘイズがおかげで少しは立ち直れそうだったのに、その彼女がまた傷つけられた。

 

(……やっぱり、私はダメだ……私に手を差し伸べてくれる人は皆、私のせいで酷い目に合うんだ……もう良い……もう全部どうだって……)

 

 元々散らかしていた部屋がヴィルヘイズの血と窓ガラスの破片で地獄のような有り様を呈していた。

 一気に色々なことがありすぎてテラコマリはかなり情緒が不安定になる。

 

「……ここだけは、綺麗にしといたのに……怒られる」

 

 再度引きこもって本を読み漁っていた時、スウェアの少量の私物が置いてあるスペースは触れずに一応は綺麗にしておいた。

 異性の部屋に物を置きっぱなしにしておくのはどうかとも思うが、一応面倒を見てもらっていたのは自分で、引きこもりに付き合ってもらっている以上は文句も言わなかった。

 

「……結局、私は……アイツの何だったんだろうな」

 

 まだ彼は死んではいないが、テラコマリのせいで生死の境を彷徨っていて、皇族として名乗りを上げた以上スウェアはもう普通の軍人として彼女の傍に居ることは難しくなるだろう。

 そもそも、テラコマリ本人がもう会わない方が良いとさえ思っている。

 そう思うと、どうしてスウェアがあそこまで自分に付き合ってくれたのか理解が出来ないテラコマリは彼の私物に触れる。

 

「……手紙?」

 

 スウェアの私物はテラコマリの膝にちょこんと乗る程度の箱に入っていて、蓋を外すと本やノートの上に便箋に入れられた手紙が入っていた。

 便箋に宛名に自分の名前が書いてあることを確認したテラコマリは中身を開けて手紙を読み始める。

 

『何で開いちゃったのさ。

 エロ本だったらどうすんの? いや、女の子の部屋にエロ本なんて置いていかないけどさ。

 もし、もし仮に入ってたら多分友達のだから、俺のじゃないから、本当に。

 

 これを読んでいるということは、何かあってテラ子の近くに居れなくなったりしたんだと思う。

 それがテラ子が立ち直れて俺が要らなくなったのか、それとも俺が家に戻らないと行けなくなったのか。どちらかはわからないけど、元気にしていてくれたら嬉しい。

 

 テラ子は出会ってちょっとした頃に俺に救ってもらってって言っていたけど、俺も同じくらいテラ子に救われていたんだと思う。

 今の家……まぁ、多分知ってるか、エルヴェシアスに引き取られた時も、学院での事件があった時も俺を見る人は皆強い吸血鬼になれるとか、その魔法を腐らせるなとか、力ばかり評価されて、あんな戦いにしか使えない魔法を評価されても、俺はあんまり嬉しくなかった。

 だから、なんというか、あの日テラ子が救ってくれた力って言ってくれて嬉しかった。

 これが本当に嬉しいだけなのかは、よく分からないままだったけど、ありがとう。

 この気持ちさえあれば俺は頑張れると思う。

 

 君も、あの時の俺みたいにそんな凄い存在じゃないって言うかもしれないけど、イジメから庇った子と俺は少なくとも、君に救われたと思うから、胸を張って良い。

 

 これから会う機会は無いかもしれないけど、会いに来てくれたらまた話そう。

 

 追伸、たまに運動くらいはしておけよ。あと、ちゃんと夜更かしせずに寝て風邪引かないように』

 

「なんだよ……こんなの用意してたなんて聞いてない……」

 

 手書きの手紙には何度も言葉を悩んだのか、少しだけインクの溜まった跡が見える。

 

「こんなの落ち込んでられない、だろ……」

 

 ポツポツと流れてくる涙が手紙を濡らす。

 事件当時の記憶は曖昧だが、本当に自分が救われたと思っていたからスウェアに渡した言葉が、そっくりそのまま自分に返ってくるなんて思ってもいなかった。

 

「ヴィルの言う通りだ……好き勝手言うだけ言って……多分こんなの用意してたのも覚えてないんだろうな……」

 

 時間はあまりない。ミリセントを殴ってヴィルヘイズを取り返すだけの力もない。

 だけど、それが今立ち上がらない理由じゃない。

 

「アイツが、あの言葉だけで、あそこまでしてくれたんだ。私がこれで動かないのは私が……違うだろ」

 

 考える時間も惜しい。

 無策で行ったところでそのまま殺されてしまう。それでは意味がない。

 テラコマリは部屋の棚にコレクション兼護身用として用意していた魔法石を大量に取り出して、軍服に着替える。

 

「待ってろよ。一緒にお見舞い行こうって言ったのはお前なんだからな」

 

 まだテラコマリも気持ちに整理は付いていないが、気が付いたら、もう深夜の廃墟に向けて走り出していた。

 そうするには理由も心も充分に貰った。




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