外行き用の服に着替えたテラコマリは、寝ている間に自分の身体にちょっと他人には見せられない物を刻まれた上に、勝手に就職先が決まっていたという何かしらの特殊能力でも作用しているのかと頭を痛める事態に悩まされていた。
「なぁ、ヴィルヘイズ……」
「ヴィルとお呼びください」
「じゃあ私もコマリでいいや」
「はい、コマリ様」
あんなことの後に必要以上に畏まられてもやりづらいだけで、テラコマリとしてもこれから主従関係を築くのに愛称で呼ばれないというのもむず痒さを感じた。
そういう意味では強制的なアイスブレイクは、功を奏していた。
「急に七紅天になるって言われてもな……私の部下って何人くらい居るんだ? 三人くらいだと嬉しいんだけど……」
「五百人です」
「……帰りたい」
ガンデスブラッドの屋敷から出た馬車から降りて宮廷の中に進んでいくと、豪奢なドレスと王冠を身に付け、それに負けないほど、自分自身の存在そのものがそうあって当たり前と言わんばかりの女性、ムルナイト帝国が皇帝カレン・エルヴェシアスが出迎えた。
テラコマリが宮廷に呼び出されたのは、改めてカレンから今回の件についての説明をするため、という事が主な理由だった。
「よくぞ参ったな! 相変わらずちんまりしててめんこい……朕が初めて奪っておいて良かったと思うくらいにはなっ!」
「は……?」
「コマリ様が寝ている間に陛下がちゅーをして契約されてしまったのです……本来であれば血を飲むことでも可能でしたが……そこは陛下の趣味でございますね」
「うっそだろ……」
引きこもりにだってファーストキスの相手を選べる権利はあってほしかった。
テラコマリが書く恋愛小説に自身の理想とするシチュエーションの描写の物も無くはない。
もし、もし自分がそうなれたらという願望が叶うことはほぼ無いと思っていたが、それがこんな形で破壊されるのは、かなりメンタルにクるものがある。
「あががが……がが……」
「その様子だと、意中の相手でもおったか? 残念であったな。お主の初めての相手はこの朕だっ!」
「あ゛あ゛あ゛っ!? ……ミ゜っ!!」
脳が破壊される。というのはこれを指すのかとその身を以て理解した。
しかし、それをこんな形で理解はしたくなかったし、そもそも勝手に契約を結ばれているということもメンタルに追い討ちをかけた。
「本題に入るが、七紅天には三ヶ月に一度他国との戦争で勝利するノルマがあるのだが……さてさて、問題はきみにその能力が無いことだな」
「……待ってください、乙女の純情を奪っておいて追い討ちをかけないでください……ホントに」
「これはしばらく放って置くしかないか。
ヴィルヘイズ、スウェアはどうした?」
ショックから立ち直れていないテラコマリを見て、一旦時を置くため、ここに呼び出した筈の男の所在をヴィルヘイズに問う。
別に彼が居ようが居まいが関係はないのだが、大方予想出来る理由を聞いておく必要はあった。
「彼は急用ができたと言って同行を拒否しましたが……お連れしますか?」
「いや、ならば良い。
元々ヤツの嫌いな事をやらせているのだ。この程度のことに付き合わせる必要もない……コマリや、いい加減に正気に戻りたまえ、おっぱい揉むぞ」
カレンとしてはスウェアと顔を合わせておきたかったのだが、それはそれ。
本題を進めるためにもカレンは玉座から降りてテラコマリの頬を軽く叩いて意識を呼び戻す。
「はっ……!? 私は一体何を……?」
「うむ、戻って来たな。では説明を続きをするぞ──」
そんなこんなで、テラコマリがムルナイト帝国の将軍七紅天の一人に就任した。
アレよアレよと話が進んで行ってしまい、着いていくだけでも正直一杯一杯だったが、テラコマリは一つだけ引っ掛かりを覚えたまま数日が経った。
「なぁ、ヴィル。本当に大丈夫かな?」
「心配ご無用です。コマリ様は堂々としていれば問題ありませんよ」
その日はテラコマリが率いることになる第七部隊の隊員への顔合わせをすることになっている。
吸血鬼という種、というよりムルナイト帝国は基本的には実力至上主義で、気を抜いたら下克上をされ七紅天を解任されることも珍しくはない。
魔法も使えなければ、身体能力も低く、体格も良くないテラコマリが無策で、その環境を生き残れる訳はないため、ヴィルヘイズが工作班としてテラコマリを逆らう気にもならない圧倒的強者として演出する役割を持っている。
「……よし、行くぞ」
テラコマリは意を決して、まだ見ぬ部下達の待つ扉を開け──
「ぐぬぬ……」
扉を開けられなかった。
一般吸血鬼なら誰でも開けられる扉ですらテラコマリは開けられない。
「……もう少しです。頑張ってください」
それでも力みながら扉を開けようとするテラコマリを見て、ヴィルヘイズは後ろで応援をしていた。
代わりに開けても良かったのだが、可愛い姿を見られるのであれば問題はない。むしろ見られない方が問題であると判断している。
「おわっと、と……! ようやく開いた……」
貧弱吸血鬼基準で堅牢過ぎる扉がようやく開き、部下一同が出迎えたと思った矢先、テラコマリの目に映る景色は予想していなかった物だった。
「──ぺっ、口ほどにもないヤツ……遅かったじゃないか、テラ子」
そこにはズタボロになった隊員を足蹴にしているのに、一切乱れていない軍服を身に纏うスウェアの姿と、それを円形に囲っている他の部隊員の姿だった。
「……はい?」
「コマリ様、ただのじゃれ合いです。心配──」
「ご無用ではないだろ! 普通に喧嘩してんじゃん!」
三年間毎日会っていたスウェアが、数日顔を合わせないと思っていたら自分の指揮する部隊に混ざっていた上に同僚を一人半殺しにしていたというトラブルがあったものの、テラコマリは気を取り直して、威厳のある振る舞いを心掛けながら整列した隊員の前に立ち就任演説を行う。
「貴様ら、私が到着する前に何かしていた様だが、つまらんことで騒ぎ立てるな」
「……閣下、一つだけよろしいか?」
「……なんだ?」
先ほど隊員を血が出ない程度に血祭りにあげていたスウェアが手を上げて発言の許しを得る。
「ガーター付きニーソかタイツか。そんなことをつまらないと思うヤツは七紅天になんかいらねぇ!
俺と性癖バトルで勝負しろっ!!」
「しねぇよ! というかそんな思春期男子の雑談が元で喧嘩してんじゃねぇよ!」
どこぞの少年漫画かという目付きでテラコマリに堂々と宣戦布告するスウェアに困惑しながらも、今自分自身がガーター付きニーソを着けていた事を思いだし、顔を赤らめてスカートの裾を引っ張って隠す。
「いえ、閣下。彼の言うことはとても大事なことなのです」
第二班広報班班長のカオステルが横からスウェアを庇うような発言をする。
「我々第七部隊を統べる閣下の御御脚をカバーするモノがガーター付きニーソかタイツか……それは部隊全体のやる気に直結し、戦争での勝敗すら左右するのです。
私は多様性を考慮し、彼らを止めようとしたのですが……意地とプライドのある漢と漢の戦いを止めるなどという無粋な行為はとても……!」
(そんな意地とプライドは捨てちまえ! というか全体がそんなノリかよ!)
もうどこに行っても変態しかいない環境に自棄を起こしそうになる。
「御黙りなさい。この軍服は私がコマリ様の体格や性格、全てを計算し設計から関わった軍服です。
それに意見することも、許しません。コマリ様が!
コマリ様は幼少の頃に小指一本で百人の吸血鬼を皆殺しにしています。本気を出したコマリ様であればここに居る全員を秒単位でぶち殺しにすることも可能なのです」
ぶちかましてやったぜ。とでも言いたげな表情でサムズアップをするヴィルヘイズに退路を塞がれたテラコマリは絶叫を噛み殺し、それに乗っかるしかなかった。
「分かったか! 貴様ら程度の雑魚どもは、恐怖に奥歯を震わせながら私の言うことだけを聞いていれば良いのだ!!」
勢いに任せて部下にパワハラを超越したナニかで威圧しながら、テラコマリの内心は冷や汗でびしょびしょであった。
彼女の明日は鮮血色かもしれない。