スウェアとテラコマリのデートが中断されると、ヴィルヘイズから自分達も解散しようと言われ、サクナは一人で彼女が住んでいる帝国軍女子寮の部屋まで帰宅していた。
(……あの二人、アレで付き合ってないんだ)
ヴィルヘイズ曰く、デートすら初らしい。
サクナより先に七紅天になって、戦争でも無敗で連勝を積み重ねていて、歳もあまり変わらず、帝国の中でもトップクラスの名家のガンデスブラッド家の可愛い女の子であるテラコマリ。
生まれは平民なのに、皇帝にその力を認められて養子として引き取られ、実際にその力を戦争で活かしていて、サクナに自信を付けさせようとしてくれているスウェア。
二人とも、サクナからしたら良い人で、自分なんかとは違う輝かしい人だとも思う。
(でも、何でなんだろう? 家柄だけなら違和感はないけど……どんな関係なんだろう)
部屋の中にあるコマリンコレクションの一つである等身大テラコマリ人形の頬を撫でながら、あの二人について考える。
テラコマリのことについてであれば、機密情報以外は全て調べているし、秘蔵の写真だってある。
しかし、スウェアに関しては何も情報が出てこない。
個人としての経歴は幼い頃に皇帝に引き取られたことと、テラコマリの七紅天就任の少し前に軍に入ったことくらいしか調べられなかった。
(……どっちにしろ。やることは変わらないな)
翌朝。サクナが七紅府の執務室に出勤すると、先にスウェアが出勤していて、黒板にチョークで今週の予定を書いてまとめていた。
「おはようございます」
「おはよう。スケジュールまとめていたけど、今日はどうする?」
「そうですね……」
日中にやらなければならないこと仕事は特にない。
今朝たまたま執務室の近くに居たテラコマリが夜にパトロールをしようと提案してきて、念入りにスウェアを連れて来るようにと言われたため、パトロールはしなければならないが、それくらいである。
「私、ちょっと調べたいことがあるので、スウェアさんは訓練の監督していただいてもよろしいですか……? 夜はテラコマリさん達とパトロールするのでそれまでには戻ってきますが……」
調べたいこととは、スウェアのことであるため本人が居る場ではやりにくい。それらしい理由をつけて七紅府に居てもらうのが、サクナとしてはやりやすい。
「大したこと出来ないと思うけど……まぁ、任された」
「はい、お願いします」
今日のサクナはスウェアのことを知っていそうな相手に話を聞きに行くことにしていた。
その人物は地下牢に居ると聞いていたため、手続きを踏んで地下牢の受付口まで行くと予想外のことが起きた。
「申し訳ありません。今ここには収監されていないです」
「えっ……わかりました。ありがとうございます」
出鼻を挫かれてしまった。
他にスウェアを知っていそうなのはテラコマリとヴィルヘイズくらいである。その二人にはパトロール中にでも聞くことも出来るため今でなくても良い。
(どうしよう……)
行く宛もなく時間だけが過ぎていく。
「さあて……任されちゃったな」
一方。スウェアの方はというと、サクナが何を調べるかというのは、彼にとってはどうでも良く、彼女が居ないからこそ出来るということは限られて来る。
あくまでも補佐をする副官でしかなく、権限を貰っている訳ではない。
(でも、とりあえずは第六部隊の様子はおかしい。何かしら調べる必要はあるか……)
執務室から第六訓練場に向かうと、今日も元気に第六部隊がサクナの名前を叫びながら血走った目で殺し合いをしていた。
第七部隊で起きているなら気にすることはないのだが、普通の吸血鬼でもこんなことはよっぽどの祭りでもない限り起こらない。
(……もし、もしも、サクナがそうだったとして、精神操作系の魔法、はないな。人数と持続期間が人一人の魔力量とは思えない。じゃあ、やっぱり烈核解放?)
カレンからの密命のせいで、サクナが犯人という前提で動いてしまっているが、だからこそ、彼女を信じていたい。
好みではないけれど、美少女ではあって、テラコマリと通じ会うところがあるのであれば、今後二人の関係に歪みが生まれないように疑い抜く。
「全員集合ー」
「サクナ様のためにぃー!!」
「万歳! サクナ様万歳!!」
第六部隊にスウェアが声を掛けても無反応のまま、殺し合い続けている。
他人の声が聞こえない状況なのか、それとも単一の指示を守るようにされているのか。
別のパターンを試行してみる。
「閣下の、サクナ閣下から伝令!」
流れ弾を避けながらしばらく待ってみても誰も何も反応を示さない。
「な、なぁ……やっぱりこれヤバイよな」
サクナ様、サクナ様とうわ言の様に繰り返すだけの集団に成り下がっている第六部隊の中から一人だけ恐怖に色を染めている表情の男がスウェアに話しかけてきた。
「……貴方は大丈夫なのか?」
「あ、あぁ……何とかな……」
この異常事態の中で一人だけ正気を保っているというのは気が狂いそうになるが、自分すら狂ってしまったらおしまいだという一心で耐えてきた男にとってスウェアが来たことは、か細い光のようだった。
「いつからこんな感じに?」
「大体二週間前……サクナ・メモワールが七紅天に就任してからだ……その時俺はたまたま有給を取っていたおかげで居合わせなかったんだが、来てみたらこうなってたんだ……」
「なるほど、なるほどな……大体分かりました」
ようやく確信を得られた。
犯人の正体や、動機が、とかではなく、今回のカレンの狙いが完全に理解できた。
「あ、おい! どこ行くんだよ!?」
「人をバカにして……」
その事で嫌な役割を演じる羽目になりそうで、スウェアは悪態を付きながらその場を後にして、謁見の間へ向かう。
皇帝に謁見するというのに、手続きはほぼ無いに等しく、まるで来ることが分かっていたような対応にも腹が立った。
「珍しいな。お前から朕に会いに来るとはな。乳が恋しい年頃でもないだろうに」
言葉とは裏腹にカレンは全て予測出来ていたような表情でスウェアを出迎えた。
スウェアは努めて冷静であろうとしつつも、カレンのやり方に反発心を押さえきれていない。
「今回、全部知っていたな? 第六部隊のことも、サクナのことも!」
「知っていて当然だろう? 末端とはいえ自国の軍の状況を知らない皇帝が居ると思うか? 第六部隊はある日を境にサクナ・メモワール信者へと変貌し、その頃を境に要人暗殺が始まった。答えは出てようなモノだろう?」
「だろうな。だけどな、俺が文句を言いたいのはその先の話だ」
カレンの言うことももっともである。
それに加え、七紅天の一人が運だけで殺されるのであれば、そもそも七紅天など勤まらない。何者かの意志が関わっていてもおかしくはない。
そうして気弱な少女が就任して、程なく部隊の様子がおかしいとなれば、状況が誰が何をしているかなど、分かりきっている。
「サクナは美少女だものな。お前としては心苦しいか?」
「……それでは意味がないことくらいは分かっている。茶番を続ける気はない」
カレンの試すような問いを茶番と切って捨てるようなスウェアに彼女は満足そうな笑みを返す。
「流石に引っ掛からぬか。いや、良い。それでこそ朕が見込んだ通りの逸材だ。続けたまえ」
「……サクナの性格に嘘偽りはない。だから、人を殺すことに何かしら抵抗を感じてるかもしれない」
「ほう、出会って数日のサクナに何をそんなに信じるものがあるのかね?」
実際にスウェアとサクナが出会ったのはつい一昨日のこと、それ程仲良くなったつもりもないが、そんなことは関係ない。
「俺が信じてるのはテラ子のことだ。あの子が友達になりたいと言う娘なら、きっとそうだって思いたいだけだ。
サクナだって、自分の意思じゃなくて誰かに利用されたりしてるのかもしれない。
だから、サクナの背後に居る存在を引きずり出そうとしている……違うか?」
今回スウェアに求められた真の役割とは、トカゲのしっぽ切りではなく、トカゲ本体を少しでも引きずり出すことだ。
ミリセントというテロリストの末端が簡単に帝都中枢に入り込み事件を起こして、今再びサクナという別の末端が入り込んで殺しをしているとなれば、その二人より前に帝都に潜むテロリストが居る筈である。
それも組織の中でも幹部と言わずともそれなりの地位のテロリストが、である。
「その通りだ。分かりやすいだろう? テロリストに利用されている哀れな少女を助けて、その根幹を倒す。良い宣伝材料としてはこの上ないと思わんかね?」
「……俺をどう使おうと、正直どうだって良い。好きにしろ。だけど、テラ子は──」
「養子に取られた癖に皇帝の座を蹴ったお前が言うことではないな。まぁ、元から渡す気もないがな」
あくまでもスウェアが言っているのは感情論でしかない。
次期皇帝の話をする次期でもないが、少なくとも本人がなる気がないのであれば、他の誰かがなるしかない。
至高と言われている烈核解放を持っているテラコマリがその力だけで候補になるのはごく自然な話でもある。
まだ、その力が世間に知られていないだけで、今のコマリンブームと合わせれば世界を取れる可能性すらあるのだから。
「とにかく頼んだよ。サクナがどうであれ、お前のやることは変わらん。存分に力を帝国のために振るってくれたまえ」
その言葉と同時に謁見の時間が終わり、スウェアは七紅府へと戻って行く。
今回もカレンの手のひらの上で踊らされていることに苛立ちを覚えて、壁を殴って八つ当たりをした。
◇ ◇ ◇
そして、その夜。ムルナイト宮殿内のパトロールのために、スウェア、テラコマリ、ヴィルヘイズ、サクナの四人が集まっていた。
「……うむ、よく集まってくれたな。私としては一人でもテロリストごとき捻り潰せるのだが……ヴィルヘイズがどうしてもと言うのでな」
「言ってませんが?」
言い出しっぺのテラコマリが音頭を取っていたが、建前上の話をしている最中にヴィルヘイズに梯子を外され、時が一瞬止まった。
「こほん! とにかく、今日は二人一組別れてパトロールしよう。私はスウェアと、サクナはヴィルヘイズとで頼む! 行くぞ!」
「え? あ、はい?」
テラコマリが無理矢理組分けをしてスウェアの手を引っ張って何処かに行ってしまった。
残されたサクナは硬直していた。ヴィルヘイズは何を考えているかよく分からず、若干の苦手意識を持っていて、どうしていいか分からなかった。
「……行きますか。別にこの二人が初めてという訳ではないでしょう」
「アレはヴィルヘイズさんがカチコミ掛けてきたからであって半ば強制だった気が……」
そうでしたっけ? と惚けるヴィルヘイズと共にサクナ達もテラコマリが向かった先とは別の方向へと向かう。
「おい、おーい、テラ子さーん? どしたん急に?」
数分歩き続けてヴィルヘイズ達と充分に距離を取った頃合いで、テラコマリはピタリと止まり、深呼吸し始める。
昨日途中で帰らせたのが気に入らなかったのか、それともまた何か別の件なのか、ただならぬ意気込みを感じてスウェアは息を飲んでテラコマリが口を開くのを待つ。
しばらくすると、彼女がスウェアの方を向いて伏せ目がちに口を開いた。
「……昨日はごめん。途中で寝ちゃって……」
「え、ああ……そのことね。気にしてないから大丈夫」
寝ていたテラコマリに触れてしまったりしたせいで、その感触ごと忘却の彼方に吹き飛ばしていたため、スウェアとしては気にするしないの領域の話ではなくなっていた。
「そっか……ありがとう。ところでさ。このテロリスト探しの件で、皇帝に変なこと言われてないか?」
昨日の件の問題はなくなったが、テラコマリがそれ以上に気にしていたのは、今回のテロリスト探しの件でスウェアがまたカレンに良いように利用されてないかどうかの心配だった。
前回、テラコマリを庇って死にかけたスウェアのことを思うと、もう二度とあんな光景は見たくはない。
あの時は何故あそこまで心に傷を負ったのか理解できなかったが、今なら、彼に対する感情を自覚してしまった今であれば理解できる。
「……大丈夫だろ。最強の七紅天のテラコマリ・ガンデスブラッド様が居るなら、俺が手を出すまでもない。だろ?」
そんな彼女の心配も分かっているから、もう二度と下手を打つつもりもないし、好きな女の子を二回も泣かせるような真似はしない。
「……ん、任せろ」
軽い弄りのつもりだったが、スウェアに頼られて悪い気はしないテラコマリは若干照れながらも快諾する。
弱ければ度胸もないが、彼に頼られるのであれば、力が湧いてくる気がする。
「……ホントに十時までやらないとダメ?」
「言い出しっぺのお前が言っちゃダメだろ」
それはそれとして、働かずに引きこもっていたい。
それだけは譲れなかった。
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