「あの……スウェアさんってどういう人、なんですか?」
ヴィルヘイズとサクナの組の方は会話が特にないまま、黙々とパトロールを行っていた。
無言に耐えられなかったサクナがスウェアについて尋ねる。
「……一言で言えばバカな人です。魔核があるのに人が死ぬのは嫌だとか、知らない相手を本気で心配したり、その時のことを覚えてなかったり……本当にバカな人です」
二回もバカと言われている辺り相当思うことがあるのだろう。反面、ヴィルヘイズはまるで自分にしてもらったことを嬉しそうに、思い返している表情だった。
「テラコマリさんに対してもそうだったんでしょうか……?」
「……さぁ? あの二人の出会いのことはメイドの私には関係のないことです」
無論、ヴィルヘイズも二人のことについて知ってはいるが一応機密事項であるため、話すわけにもいかない。
そのことについて本人以外が語るものでもない。
あの部屋の中で経った三年間は、あの二人の中にだけあれば良い。
「そんなことより、パトロール中ですので集中してください」
それから特にこれと言った雑談もなく、夜が更けていきテロリストの情報は何も得られないまま、解散の時間が迫り、一度合流した四人は報告することもなく、明日の捜索範囲を相談していた。
「じゃあ、明日は組を入れ換えてパトロールしよう。その方が視野も広がるかもしれないからな。それと、サクナ。これなんだが……」
「これは……小説ですか?」
「あぁ、私の親戚が趣味で小説を書いていてな。試しに読んでやってほしい」
自分の書いた小説が載っている原稿用紙をサクナに渡したテラコマリはそれだけ言ってその場を去った。
「……えぇと、これは……」
手渡された原稿用紙を一枚捲ると、裏面にテラコマリ・ガンデスブラッドの名前が書かれていて、それを見てしまったサクナは苦笑しながら、どうしたら良いか分からずスウェアの方を見る。
「……そっとしておいてあげてくれ、人権はあるんだ」
スウェアも苦笑いで返す。
三年間、新年やクリスマスすら自分の部屋に引きこもって外界との接触を断っていたテラコマリに、そんな親戚が居るわけがない。
テラコマリ本人も他人に見せることなど普段から考えていないことから、原稿用紙にうっかり本名を書いてしまっていることなど、頭から抜けていたのだろう。
後から気付いて、焦って取り返そうとする落ちがスウェアには見えていた。
◇ ◇ ◇
数日後、数回のパトロールを経て収穫が得られなかった。
スウェア視点。犯人がパトロールしているのだから、見つからないのは当たり前の話ではある。
あんまりにも無意味だったため、昨日でパトロールは打ち切りとなった。
(さて、アレから被害者は出ていないけど、こっちも目標には程遠いんだよな)
パトロールがない以上、スウェアは定時で上がって自宅で夕食にはかなり早いが、ぐつぐつと鍋とにらめっこしていた。
ガンデスブラッド邸に向かうか考えたが、土砂降りの雨を見て諦めた。
(目標……俺は何処に向かっていってるんだろうな……サクナを止めること? それとも、サクナの後ろに居る存在を仕留めることか? そのどっちも、か)
彼女のことは何も分からない。孤児院の出身で読書が好きで、気が弱くて自信が持てない。吸血鬼らしくはないかもしれないが、良い子という判定は出せる。
しかし、状況は彼女が要人暗殺の犯人であると言っている。
イコールで想像がつかないモノを飲み込むのは、何処か納得が行かず、踏み込めないでいる。
(……親代わりに聞いてみるか。なんか知ってるだろ)
火を止めて鍋に蓋をする。
まだ時間はあるし、食べるにしてもまだ早い時間だ。
軽い身支度を終えたスウェアは傘をさして、神聖教の教会のへ向かった。
(第二の爺さんが洗脳でもされてたら、厄介だが……まぁ、何とかなるか)
ヘルデウス・ヘブン。
第二部隊を率いる七紅天の一人にして、神聖教の神父で、孤児院も経営している。
そして、サクナはその孤児院の出身である。だから、彼に話を聞けば何か情報を得られるかもしれないと考えた。
「おやおや、皇帝陛下のご子息様ではありませんか?
何か用ですかな? 神聖教にご興味がおありですかな?」
「あー、いや、サクナについて聞きたくて……えーと……」
「ヘルデウス。と、呼び捨てで構いませんよ。貴方くらいの歳の少年は敬語を使うよりか自分らしくあった方が良いかと思いますぞ。
何より軍に籍を置いているとはいえ、皇帝陛下のご子息です。対等でいられた方が楽というものです」
一応役職上は上の階級で年齢もかなり上の相手に敬意を払おうという気持ちがあったのだが、そういうことに慣れていなさそうなスウェアを見かねたヘルデウスは対等に接することを提案した。
長いこと孤児と接しているからだろうか。未成年に対する接し方において、視線を合わせるということにヘルデウスは抵抗はなかった。
「実の子じゃあないんだけど……まぁ、ありがとう。
それで、サクナのことなんだけども……院時代はどんな子だったんだ……?」
「そうですなぁ。今とあまり変わらない子だったと思いますな」
「……なるほど」
ヘルデウスの語り口は洗脳されている第六部隊の面々と違って強制されたような素振りもなく、自我で動いているように見える。
彼が神父の皮を被ったテロリストではない限りは、一旦信用しても良いと考えたスウェアは適当に世間話を小一時間ほど続けた。
「……そろそろ、帰るとするよ。じゃあな爺さん。邪魔したな」
「いえいえ、今回は入信してもらえませんでしたが、神聖教に興味があればまた是非」
神という存在にあまり興味のないスウェアは入信する気はなく、愛想笑いだけ浮かべて教会を出ようとすると、最後に一言、とヘルデウスに呼び止められた。
「メモワール殿の補佐。大変でしょうが、頼みましたよ」
その時のヘルデウスはサクナを自分の子供のように想っているような、そんな彼女を守ってほしいとでも言いたそう表情だった。
「……出来るだけやってみる」
そんなことは出会って数日の相手に頼まないでくれと思いつつも、それだけ追い詰められている相手ならば、手を伸ばすには十分で、ズルい神父だと思いながら、傘をさして帰路に着く。
(雨の日はやっぱり冷えるな。鍋も温めなおして……)
結局雨が降ってる中出掛けてしまって、防ぎ切れなかった雨が靴の中に入り気持ち悪さを感じながら帰宅したらやるべきことを頭の中で数えると、やっぱり雨は好きになれそうになかった。
「ふぃー……」
「──待ってましたよ」
本来、一人暮らしのスウェアを出迎える者など存在しない筈なのだが、玄関前には傘もささずに服も髪も何もかもが雨に濡らして、ポタポタと雫を垂らし玄関前を水浸しにしているサクナの姿があった。
「──っ、サ」
サスペンスかホラーに出てきそうな異様な姿のサクナにスウェアは怯んでしまって、それで出来た一瞬の隙を突かれ彼女の細い指が彼の額に触れる。
「マインドリフレイン」
マインドリフレイン。触れた対象に自分の記憶を見せることが出来る魔法で、この魔法の影響下に居る間は術者と対象者は一時的に意識を失うが、その代わりに第三者に覗かれることもない。
「……ここは……」
上と下も、右も左もなく、無数の星が輝きを放っている夜空に放り出されたスウェアは慣れない浮遊感に身を任せていると、周囲には幼い頃のサクナを映した記憶の破片が流れてきた。
「……私の精神世界です。スウェアさんに精神魔法の耐性がなくて良かったです」
その記憶に触れようと手を伸ばそうとすると、全裸のサクナがスウェアの近くに移動してきた。
精神世界とはいえ、見えてはいけないモノもある。
それが年頃の女の子の裸というのはスウェアの中で、命に関わる緊急時以外に見てはいけないランキングのトップに位置している。
「……服着てもらって良いか?」
「精神世界に現実の物質は持ち込めません」
「だとしても! 俺には女の子に見せちゃいけないものがあって、サクナには簡単に男に見せちゃいけないものがあるでしょうが!? ヴィルヘイズじゃないんだからもうちょい恥じらいを持ってくれ……!」
スウェアは自分の股間を手で隠して、何も見ないようにぎゅっと固く瞼を閉じる。
「……これから、私の裸なんてどうでも良くなる物を見てもらうので、目を背けないでください」
サクナがスウェアの頭に触れて直接イメージを注ぎ込む。
幼少期のサクナと彼女の家族との記憶がスウェアの中に流れ始める。姉がちょっと血の気が多いけど、正義感のあって妹思いの良い姉であることや、父親が神聖教の神父で星に詳しく、週末には家族全員でキャンプをしながら夜空を見ることもあった。サクナの中で大事で、大事過ぎたから血にまみれても、今も抱えたままで苦しんでいる記憶であることが理解出来てしまった。
「もう少しですから、我慢してくださいね?」
「一体何を──」
急に家族団欒を伝えるためだけにこんなことをしている訳ではないことは分かっている。
続けてスウェアが見せられたサクナの記憶は凄惨な血の臭いが酷い記憶だった。
サクナ以外の家族は逆さ月の構成員の神具によって皆殺しにされて、わざわざ死んだことを深く刻むために、即死させずに最期の言葉を発する瞬間に首を跳ねられて彼女の前に並べられていく。
逆さ月の目的はサクナの持つ烈核解放を手に入れることで、彼女が逆らえないように、丁寧に心を折り砕く。
それから逆さ月の一員として、特別強い訳でもないサクナは人を人だと思っていないような扱いを受けて、今ここに至った。
「……どうすることも出来なくて、苦しくて、誰も救ってくれなくて……だから、スウェアさんが……良い人なら、これを見て、私が逆さ月だって知ったら、何もしない。なんてこと出来ませんよね?」
そう言うサクナの声は本当に苦しそうで、今にも限界を迎えて壊れてしまいそうだった。
表情が気になったスウェアは、なるべく顔から下を見ないように瞼を開くと、彼女は笑っているのに、瞳に希望はなく涙を流していた。
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