三年も前の話。
平民の子供だっだスウェアはちょっとしたことがきっかけで偉い家系の養子に取られた。
それで何か特別ないざこざや蟠りがある訳ではなく、養親や元父母との関係も良好で、スウェア本人にも特に不満はなかった。
強いて言うのであれば、家柄の都合で進路の制限や多少厳しい訓練を受けたりもしたが、それも耐えられた。
「なー、次の休みどっかいかねー? 海で彼女見つけに行こうぜ……彼女とか恋人とか婚約者とかさ」
「海で見つけるって顔か身体見て決めたって仕方ないじゃん?
どうせ長続きしねぇし、というかスウェアって婚約者とか居ないの?」
学院では友人も居て、年頃の男子特有のくだらない雑談に花を咲かせたりすることもあった。
「じゃあさ。逆にお前は見た目とか抜きに好きな子ってちゃんと愛せる? 滅茶苦茶性格好みでも、見た目ダメだったらキツくない?」
「俺はそういうとこから努力して自分磨き出来る子の方が好きだけど?」
十二、三歳の少年の好みなぞ、所詮はおっぱいと顔面の良さである。
スウェアもその例に漏れずエッチな格好のメイドさんにご奉仕されたいとか、図書館で手に取ろうとした本に手が重なって文学美少女と出会って恋愛したいとか、そういう物に憧れている。
「カーっ! 気取りやがって……で、海は?」
美少女は正義と考えているスウェアにとって、友人の至極真っ当に良いヤツな恋愛観は理解を示せなかった。
この場合スウェアがアレなことを言ってはいるのだが、別にその程度で崩れる友情でもない。
「ごめん、海には行けません。
次の休みにはお見合いがあります。
本当は、ナンパに失敗してフラれるお前が見たいけれど、でも……。
今はもう少しだけ、知らないふりをします。
私の恋愛も、きっといつか、お前の卒業アルバムの最後ページに乗せるから」
「こ、この野郎! 頑張れよ!」
何かしら用事があるにしても恋愛沙汰だったし、後半ただのマウントだった。
それでも友達に婚約者が出来て、それがちゃんと実を結ぶのであれば喜ばしいことであるので応援はする。
「そういえば、普段から美少女とかおっぱいとか言ってるけど、例えば誰が好みのタイプなんだ?」
「……うーん。ミリセントさんとか?」
「あー……まあ、可愛い方ではある」
別のクラスの女子の誰が可愛いとか、いやいや、その隣のクラスの子の方が好みだとか、そんな他愛の無い話を友人とする時間がスウェアは嫌いじゃない。学校に行く理由の一つだった。
そんな平穏な日々が過ぎ去っていく。
「じゃ、明日な~」
「おう、明日」
友人とは家の方向が違うこともあり、校門前で別れて少し歩いてからスウェアはあることに気づく。
(あ、今日の課題に使うもの忘れてるな……取りに行くか)
どうしても必要ということもないが、あるに越したことはない。そこまで離れていないこともあり、すぐに学院に戻ったスウェアは用を済ませた後、雨が降ってきてしまったため、少し雨宿りをしていた。
(ミリセントさんと……誰だっけ、別のクラスの人だよな……)
ミリセントともう一人女子生徒が会話しているのを目撃したが、距離もあった上に雨音に掻き消されて、内容は聞こえなかった。
そもそも、その二人が会話をしていたからといってスウェアには関係の無いことである。
「えぇい、ままよ!」
多少濡れてしまうが、さっさと家に帰りたいということもあり、鞄で盾にして走り出した。
「あー、濡れた……」
「あまりやんちゃをされては……」
「ごめんて。湯の準備は?」
流石に鞄程度では雨を防ぐことはできず、身体を濡らしたスウェアを出迎えた使用人の男にタオルで髪の毛を拭かれながら呆れられる。
それから、冷えた身体を暖めるために風呂に入って、夕飯を採って、やることをやってベッドで眠る。
そうして取るに足らない日常が消化されていく。
次の朝もそうで、モラトリアムという名のぬるま湯に浸かったまま、いつの間にか大人になっていくのだと思っていた。
「お見合いどうだったんだよ?」
「そこそこ仲良くやれそう。嫌味っぽいこともないし、普通にいい子だった」
「けっ、おめでとう」
「お前なぁ……海はどうだった?」
それから経ったある日、学院でまた友人と近況について話し合う。
無事にお見合い相手と上手くいってそうな彼の若干の照れ顔にムルナイトスナギツネのような表情になる。
「海にすらいけなかった……」
「雑魚がよ」
スウェアもスウェアで家の都合もあって、海に行くことすら出来なかった。
スタートラインにすら立てない者は、立つ努力を怠る者は、その先に行く資格などない。
「次はぜってぇ行く」
「はいはい……ん? なんだあれ?」
「どしたん?」
友人がふと窓の方を見ると晴天の下でずぶ濡れになっている女生徒の姿を、彼に釣られてスウェアも彼女を見つける。
「ダイナミック水浴び?」
「どーだかな」
少なくとも、スウェアの目には暑すぎるからという理由で水一杯のバケツをひっくり返したような状況には見えなかった。
「ちょっと行ってくる」
「どこに?」
「すぐそこ」
スウェアは汗を拭くためのタオルを自身の鞄から取り出して、ずぶ濡れ女子の元へと走る。
教室を出てから渡り廊下に向かうと青い髪の、死んだ目で歩いているずぶ濡れ女子を見つけた。
「そこの……えーと、何でもいっか。これ使って」
「え、あの──」
「どうせ、何枚も持ってるし返さなくていいよ。あと、そのタオルの刺繍見せれば大体の人が黙るんじゃないか?」
彼女の頭にタオルを掛けると、戸惑った声音でタオルを返そうとしたが、それを受け取らないためにもスウェアはちょうど鳴ったチャイムに合わせて自分の教室に走って逃げる。
その後、思いっきり授業に遅れて教師に怒られたのはまた別の話。
そして、大体一ヶ月後。
「課題二倍も最後だー……鬼かよ」
「そりゃお前、俺ら吸血鬼だしな。じゃあなー」
スウェアは授業遅刻の罰として、課題を倍に増やされた上に学院に残ってやれという拷問を課されていた。
ちょうどその日が最終日だった。友人も今までは律儀に付き合ってくれていたが、よりによって最終日は婚約者とデートがあるから待てないと言って帰ってしまう。
「っし、さっさとやるか──」
課題に集中してさっさと終わらせてしまうに限る。気合いを入れた瞬間、大爆発が起きて爆風にスウェアの身体が吹き飛ばされる。
「おあぁぁぁっ!?」
身体を壁に叩き付けられてスウェアは気絶する。
「……ってぇなぁ……何があったんだ?」
魔核のおかげか、大した怪我もなく身体の上に乗った瓦礫を退かして爆風が来た方向に向かってみる。
テロリストが居るにしても、事故だとしても、そのまま放っては置けない。
爆心地に居る存在は、小柄で真っ赤な返り血を全身に浴び、金色の髪がアクセントのように輝いていて、冷たい目付きなのに瞳を赤く燃やし佇んでいた。
周りには肉片がいくらか散らばっていた。
人のパーツとして計算すると九十九人ほどだろうか。
犯人が彼女であることは誰が見ても明らかだった。
「……綺麗だ」
その姿にスウェアは、ただただ見蕩れていた。
彼女が好みという訳でもなく、自覚してなかった性癖が発掘された訳でもなく、漠然とそう思ってしまっていた。
「……ぁ、に……逃げ──」
近くの瓦礫の下敷きにされていたいつぞやの青髪の女子が何とか絞り出した掠れ声がスウェアの耳に届いた時にはもう遅く、金髪の女子はもう彼に気付いて殺意の籠った瞳で睨んでいた。
「ころす……」
「……──っ!?」
構える暇もない程の速度で金髪の女子に肉薄され、息が詰まりそうになる。
誰が死んだとか、何人の人が殺されたとか何も分からないし、知ったことではないが、自覚なく殺されるのだけは死んでも嫌だった。
「ああ゛あ゛あ゛っ!?」
断末魔にも近い叫びをスウェアがあげると、白い花が周辺に咲いていた。
「……かっ……ぁっ……」
花は徐々に花弁を紅く染め上げていき、それに合わせて金髪の女子が力を吸われていっているのか、徐々に目が虚ろになり、スウェアの方へ倒れ込む。
「……は? 何……は?」
スウェアが何も飲み込めずにいる間に、花は血の色に染まり切る。
それと同時にスウェアの脳内に大量の感情が流れてくる。
虐めに対する憤り、抵抗してもどうしようもない無力感、最後に大切な物を悪意を以て傷付けられた怒り。
様々な負の感情が殺到し、どうにかなりそうだった。
「が、ぃ、あっ」
一瞬だけ何とか踏ん張ったが、そこでスウェアの意識も途切れた。
◇ ◇ ◇
学院で起きた一件はミリセント・ブルーナイトという貴族令嬢が起こした虐殺として処理され、その渦中に居た金髪の女子、テラコマリとスウェアはお咎め無しだった。
翌日から二人は学院を自主退学として中退し、スウェアは毎日ガンデスブラッド邸のテラコマリの部屋を訪れることになっていた。
「いい加減機嫌直してくれよ……」
「やだ。私のプリンをよくも……」
「ごめんて」
そして今は、顔を合わせて初日で名前をとんでもない聞き間違いをして、ようやく機嫌を直してもらったと思えば、ガンデスブラッドのメイドが部屋に持ってきたプリンをスウェアが食べてしまい、それでテラコマリが機嫌を損ねてしまうという事件が起きている。
「……代わりの作ってきて、そしたら許す」
「分かったよ……ちょっと待ってろ」
言われた通りにキッチンを借りて焼菓子を作って部屋に戻ると、それを食べて機嫌が戻ったテラコマリを見て安心する。
「そういえば、お前ってどんな魔法使うんだ? あの日それで助けてくれたんだろ?」
スウェアは全ての事情を知っているが、テラコマリはそうではない。
彼女が知っていては問題のある事情もあり、当時気絶していて、ミリセントに殺されそうになったところをスウェアに助けられた。ということに彼女には説明がされている。
軍人も含めて、九十九人も殺した吸血鬼から気絶した自分を守りながらどうやって切り抜けたのか、テラコマリは気になっていた。
「……俺は、俺が使う魔法のこと、嫌いだ」
「なんでだよ」
強いなら良いじゃん。とでも言いたげな表情のテラコマリに、どうせ遅かれ早かれ知られることだと割り切ったスウェアは自分の魔法のことを教える。
「そっか。スウェアは魔法を使う時に、他人の痛みを感じてるんだな……」
「俺はそんな大層なヤツじゃない」
気を遣われて無理に褒められても、あまり気分の良いものではない。
だから話したくなかったんだと、心の中で吐き捨てるとテラコマリが少し怒った様子で口を開く。
「うっさい。少なくとも私はそれで助けられたんだ。私を助けてくれた恩人を馬鹿にするなよ」
隣に座って読書をしていたテラコマリが華奢な身体をスウェアの肩にぶつけて頭を乗せてくる。
「そういうとこだぞ。テラ子」
「何が?」
「……そういうとこが、だ」
癖ではないけれど、そうなってしまったのならそうなのである。
スウェアが三年後に軍人になって人殺しを躊躇わない理由はこの時が原点だった。
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