ムルナイトスラングみてーな名前の女   作:効果音

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恐らく一番良い空気を吸ってる女

「おい、テメェ面貸せや」

「……何方でしたっけ、十二回死んでるデスダース中尉、で合ってます?」

 

 七紅府の食堂でスウェアがミートソーススパゲッティを頬張っていると、第七部隊特攻班班長のヨハンが絡んできた。

 実はテラコマリの七紅天就任前日に喧嘩を売られたため、スウェアは魔法も使わず拳で殺害されてしまい最近になってようやく存在を部隊内で思い出された憐れな存在として認知している。

 

「ヨハン・ヘルダースだ! 上官に話しかけられている時くらい飯食うの止めろ!」

「んく。ふぅ……ごちそうさまでした。で、中尉殿は何をしに? まさか先日自分で仕掛けておいて返り討ちにあったのが悔しくて、恥の上塗りにでも来ました?」

 

 スパゲッティを完食したスウェアは、ついでにヨハンを煽る。

 彼のような手合いは自分より弱いと思い込んでいた人間に負けることに納得行かず、負けた時の言い訳をし続けることは目に見えていた。

 

「今度はテメエに恥をかかせてやるっていってんだよ!」

「……仕方のない。では、第七訓練場でしあうとしましょうか」

 

 こういう手合いの相手をすることは、皇帝から直々にスウェアに依頼されている。

 不承不承ながらスウェアは紙ナプキンで唇に付着したミートソースを拭き取り了承した。

 

「さあさあ! 特攻班班長尉官と新人軍曹の決闘! 張った張った!」

 

 血の気の多い戦闘狂ばかりの吸血鬼にとって、決闘というものは余興に等しい。

 それに乗っかり賭け事にして一山稼ごうという輩も出てくる。

 

「……お前、何やってんだ」

「スウェアか。この前の戦争の無傷勝利もあってから、お前にかなり掛けられてるぞ」

「戦友、友人の決闘を賭け事にして儲けようとしてないか?」

 

 決闘直前にギャラリーが想像以上に盛り上がってるのを見て、その中心で金銭のやり取りをしている一人に近づくと、欠損した腕も綺麗に再生していた戦友が居たせいで、スウェアは半目で呆れながら声を掛ける。

 

「盛り上がれる時はこういうことするヤツが必要だろ?」

「本音は?」

「……人ってのは一ミリでも得すると思うと夢という幻覚を見る馬鹿が居るのさ。その分で利益は出る」

「お前いつか刺されるぞ」

 

 嫌な人の心理の突き方を心得ている戦友に忠告だけして、仁王立ちして構えているヨハンの前に出る。

 先程の賭けのオッズを見る限り、ヨハンが勝つ想定をされていない設定をされていて、そんな勝負にやる価値などないとスウェアは思っているが、ここで断ると一生粘着されそうだとも思うのでやるしかない。

 

「こんだけギャラリーが居れば、負けた時の言い訳は出来ねぇよなぁ?」

「それはそちらもそうでしょう……あっ」

 

 ギャラリーの野次に紛れてドタドタドタという轟音がスウェアの耳に届く。耳を澄ませば聞き慣れた声の悲鳴も聴こえる。

 ついでに土煙を上げて爆走している紅竜の手綱を何とか握ってはいるものの、そこを軸に振り回されているテラコマリの姿も見えた。

 

(このままだと轢かれるな)

 

 爆走紅竜はヨハンの後ろからドンドン接近してくるため、彼以外は気づいていて既に距離を取っている。

 スウェアもそんなことで死にたくもない。もっと言えば彼女に殺されるというのが一番嫌だった。

 

「あ、おい! 逃げる気か!?」

「逃げますよ。それより中尉殿も離れないと死にますよ?」

 

 スウェアは言うと思ったよ。とでも言いたげな表情で顔だけヨハンに向けてその場を離れる。

 それと同時に紅竜が大きくジャンプし、おおよその着地点を計算すると大体ヨハンの頭を踏み潰すコースである。

 

「はぁ? ごどぶ……っ!」

「言わんこっちゃない……」

 

 大方の予想通り紅竜はヨハンの頭蓋骨ごと踏み砕きながら着地し、そこから慣性に引っ張られ手綱から手を離してしまったテラコマリが宙を舞う。

 

「まったく、ダイナミック飛び降りはお控えくださいと、日頃から申し上げておりますのに」

 

 そこに存在していなかったヴィルヘイズが突如現れてテラコマリをお姫様抱っこでキャッチする。

 

「いや、どっから出てきた」

「コマリ様のメイドですので、当然のことです」

 

 恰も当然のように振る舞っているため、忘れそうになったがスウェアが思わずツッコミを入れる。

 どうせ録な答えは返ってこないことは重々承知だが言わざるを得なかった。

 

「ごめん、吐きそ……」

「ご褒美です! 是非!」

 

 自分の選んだ紅竜に振り回され、紐無しバンジーまで食らったテラコマリの三半規管はズタボロになっている。

 初日にやらかしたアレに加えて吐瀉物までぶちかますのは、もう二度と社会復帰出来ない気がした。

 そもそも、この状況で吐いてしまおうものなら、下克上からの爆発待った無しである。

 

「そんなご褒美するか! というかご褒美にするな! 今日はブーケファロスの乗り心地を確かめられただけで十分だ、帰るぞ!」

「承知いたしました」

 

 嫌がるどころか、進んで浴びようとする変態メイドにげんなりしたテラコマリはそのままお姫様抱っこの状態でその場を離れる。

 これから決闘だと言うのに、仕掛けてきた張本人は死んでいて、そのせいで決闘不成立で賭け金を返さず全て自分の取り分にしようとしていた戦友は賭けた全員に追われていて、百人鬼ごっこ状態だった。

 

「どうすんだこれ」

 

 ある意味事態の中心だったせいで、今置いてけぼりを食らっているスウェアは所在なさげに呟く。

 だからといって、どうにかしようという気にもならず、先日の褒美の件で七紅府に出勤していたことが半休扱いとして処理されていて、その帳尻を合わせるために今日も半休になっていたのを口実に七紅府から出ていく。

 

(誰かしらにつけられてるな……)

 

 スウェアは青果店で果物を購入し、近くの広場の水道で軽く洗ってから噛っていると背後に気付いてくださいとでも言いたげな気配を感じ、暗殺者や喧嘩を売りに来た連中であっても、思い付くもう一つの可能性であっても対処のしやすい路地裏まで行き、曲がり角を背にして待ち構える。

 

「……今夜九時、一四三番地区にお越しください」

「いや、お前ヴィルヘイズだろ」

 

 外套で全身覆った女が曲がり角の向こうにスウェアと同じように背を向ける。

 スウェアは体格で判断した訳ではなく、聞き覚えしかない声で判断したのであって、決して、外套でも隠しきれていない胸なんか見ていない。

 

「……では、伝えましたので」

「おい」

 

 言うだけ言ってヴィルヘイズはその場を去り、スウェアがその後を追おうとして角から顔を出しても、もう彼女の姿は街の雑踏へと消えていて見当たらなかった。

 何処へ行ったのか。というのは考えるまでもなく七紅府かガンデスブラッド邸なのだが、問いただしたところで知らぬ存ぜぬで押し通されるだけであることは読めている。

 

(一四三番地区って、貴族が逢瀬に使う隠語じゃねぇか……)

 

 その晩、スウェアは指定された時間の五分前に一四三番地区と言われている酒場の前まで来ていた。

 場所が場所だけに軍服のまま来たが、そもそもヴィルヘイズが伝言役になっている時点で相手が誰かは大体分かりつつも、自分が多少でも緊張しているかと思うと、呆れて笑いが出る。

 

「……はぁ、行くか」

 

 扉を開いて酒場に入ると、バーカウンターに二人分の席と酒瓶が内側に備え付けられていて、初めて入る場所にしては雰囲気は悪くないと思い周囲を見渡す。

 これで自分が成人していて、相手が一回りだけ年上の美人のお姉さんとかなら嬉しい。

 

(まだ、来てないか……バーテンダーが居ないってことは勝手に飲んどけってことね)

 

 備え付けの葡萄ジュースをグラスに入れて手の中で揺らす。

 この行為に何の意味があるか知らないが、スウェアの中で漠然とした洒落た大人の酒の飲み方のイメージとして刻まれていて、何となくやってみたくなった。

 

「……よ、よう。お待たせ」

 

 それからスウェアがグラスを意味もなく揺らし続けて、数分待っていると、赤をベースにした黒のフリルの付いているドレスを身に纏ったテラコマリが合流する。

 普段と違い、髪にリボンも巻いており分かりやすくおめかししていることはスウェアにだって分かる。

 

「似合ってるじゃん」

「……あ、ありがと」

 

 隣の席に座ったテラコマリは、ダイレクトにスウェアから褒められるとは思っておらず、顔を紅くして伏せる。

 彼も彼で彼女のことを見ずにグラスに入ったジュースをちびちびと飲んでいた。

 

「今日はな……スウェアとちょっと話したくてな……その、戦争に勝った後の宴にも来てくれないし、仕事中は私もハッタリ張らないといけないし」

 

 それから仕事中に部下から人生相談を受けながら書類仕事に追われて大変だとか、毎回戦争に勝つ度に宴が行われて疲れるだとか、七紅天の仕事の愚痴を聞かされ続けた。

 

「三年間引き籠ってた割には頑張ってんだな」

「そうだよ。だからさ……宴も一応は私の勝利を祝う場所に、お前が居ないのは寂しいよ……」

「……ごめん」

 

 戦争で人殺しを躊躇うことはないが、人を殺した嫌悪感は残っている。

 そんな状態でテラコマリに会いたくないスウェアは毎回宴をパスしていた。

 それをテラコマリが直接言いに来たと知れば、少しだけ薄情だったと反省もする。

 

「偉い偉い」

「……子供扱いすんなよ」

 

 わしゃわしゃとテラコマリの頭を撫でて褒める。

 三年間眠っているところを叩き起こされていたせいで恥ずかしいということもないが、小馬鹿にされている感じが嫌だった。

 

(……いや、普通に可愛いなコイツ。直視したら失明する)

 

 スウェアはスウェアで脳内がバグっていた。

 性癖ではないと言いつつ、普段と違う装いであると見た目は可愛い女の子として認識してしまう。

 カラーリングがカラーリングだけに、初対面で見惚れていた時のことを思い出しているものの、結局それを恋愛的な対象としてだったかは別だと割り切っているため、そういうドキドキはない。

 

「……たまに思うんだ。今はヴィルが手伝ってくれてるけど、いつかみたいにスウェアが助けてくれるんじゃないかって……でも、お前が、戦争で色々嫌なことに向き合ってるって思うと、私だけがスウェアに甘えるのは……ちょっとズルいのかなって……だから、私頑張るよ」

 

 互いに気心が知れていて、傍に居てくれたら安心出来ると思っても、一応は上司と部下で、彼に甘えていたら色んな人の期待を裏切ってしまうことも怖いし、それ以上にスウェアからもそう思われてしまった時が一番辛い。

 だから、テラコマリは頑張ることにした。

 いつまでもトラウマを理由に立ち止まっている訳にもいかない。

 今、スウェアが戦争に参加することで辛いと思っているのであれば、今度は自分が支えてあげられるようになりたい。

 その日がいつになるかは分からないけれど、そうなれるように目指すことにした。

 

「……っ……すー……そうかい、頑張れよ。一億年に一人の美少女。

 今日は遅いし、もう帰る」

 

 今まで見たこともない良い表情をしているテラコマリに何か感じるところがあったのか、スウェアは無性に顔を手で隠したくなり、そのまま葡萄ジュースを飲み干して酒場を出ていく。

 すると、外でテラコマリを待っていたヴィルヘイズが無言でサムズアップをスウェアに向けて来た。

 

「あー、うん。だろうと思った」

「……」

「……良い空気吸わせていただきありがとうございますみたいな顔しやがって……」

 

 先日の件と言い、ヴィルヘイズがテラコマリの背中を蹴飛ばす勢いの行動の理由はいまいち分からないが、ものすごく驚いた表情をしていた。

 

「心が読めるのですか?」

「読まんでも分かるわ! このメイド……!」

 

 なんだか、引き籠りの面倒を見ている時以上に疲れることが多くなる予感がするスウェアであった。




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